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三貨

森野 榮一

つ た も み じ う つ の や とうげ
江戸時代は、三貨制の時代でした。
河竹黙阿弥の芝居脚本、
「蔦紅葉宇都谷 峠 」第
5幕は、登場人物たちが居酒屋で小皿物をつまみ
三貨とは、金貨、銀貨、銭貨です。金貨と銀貨
ながらいっぱいやっている場面から始まります。
は量目貨幣で、銭貨は計算貨幣ですから、前者は
含有している貴金属で値打ちがちがってきます。
料理は、鉄砲鍋(注:ふぐ鍋のこと、当たると
幕府はこれらの両替基準を公定しましたが、たび
死ぬから)、鮪鍋、お刺身、煮魚、はしらのお吸
たびの改鋳(品質の低下)で金貨・銀貨の相場は
い物、こはだのぬた、コノシロの魚田など、どれ
実際にはかなり変動したことはひとのよく知ると
も、うまそうだな∼と思わせます。
ころです。

ちなみに、コノシロの魚田とは、こんなもので
銭はびた銭ですからそれ自体にたいして値打ち
す。コノシロは幼魚のときはジャコといわれるさ
があるものではありません。庶民は、まあ、銭を
かな。20センチくらいには育ちますね。魚田の
使っていたわけですが、秤量貨幣の銀貨も、一朱
田は田楽の意味ですから、コノシロを串に刺して
銀なども使いました。
みそを塗って焼いたものです。

計算貨幣は計算のために使うわけですから、実
武士は「此の城を喰う」わけにはいかんと、こ
体のない抽象的単位を銭という具体的なかたちに
の魚を敬遠したそうですが、庶民はおいしく食べ
しているものです。これらを当時の人間は当たり
ていたわけです。
前のように使い分けていました。

そろそろ桜の咲く季節。コノシロの魚田などか
つまり、1000文を銭一貫とし、これがいく
じって、いっぱいやりたい向きもいらっしゃるか
らの金貨・銀貨に両替できるかの相場は変動して
もしれません。
いたのですが(実際は960文を一貫としました、
なぜならかは960が2と3の倍数で計算しやす
この脚本に、登場人物が楽しくやってお愛想の
いということがありました)、庶民はそれをつね
とき、こんなやりとりが・・
に意識して使いこなしていたわけです。当然現代
人よりも貨幣への感度は高かったことでしょう。
こっちはいくらになるぇ
財布のなかを探すとびた銭で424文にたりな
四百二十四文でございます。
い、仕方ない一朱銀を使うか、しかし相場からい
八文足らないが、一朱でまけてくんな うとちょっとたらんかな∼、負けてよ。というわ
へい、よろしうござりまする・
・・ けです。

貨幣について知っていないと、歌舞伎も楽しめ

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ません。と同時に複数の、性質の違う貨幣を当た
り前に使っていた時代のあることを知ることがで
きます。

そうした意味で、地域通貨は私たちの記憶を呼
び覚ましてくれる効果があるといえるかもしれま
せん。

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