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幸福度と「顕示性」

主観的幸福度として計測される人間の満足度あるいは幸福度は、名目所得や物価上昇率といった経済
的要因に応じて変化するが、それだけできまるわけではない。また、たとえ所得が高まっても、公害等
によって生活環境が悪化することもあれば、経済的格差が高まることもある。
実質所得(実質GDP)と主観的幸福度には、時代が経るにしたがい前者は大きく増加するが後者は
一定の範囲内で変動するという関係性がみられる。このことは、それを発見した経済学者の名前をとり
「イースタリン・パラドックス」とよばれている。これは時系列データから得られる実証結果であるが、
ある時点におけるデータ(クロスセクション・データ)を一般化線型モデルによって分析すると、
(他の
条件を一定とすれば)所得が高くなるほど主観的幸福度は高まる。このように時系列分析とクロスセク
ション分析には、一見、矛盾した結果が現れる。最近では、時系列分析でみても主観的幸福度は所得と
ともに上昇し、こうした矛盾は存在しないとする研究もみられるが、それはマクロ経済の循環的な変動
が支配する短期の動きをみたことにともなう結果であり、リチャード・イースタリン自身は、自らも執
筆した近年の包括的な研究を参照しつつ、より長期のトレンドとしてみればイースタリン・パラドック
スは実在することに自信をみせる。2122
なぜこのようなパラドックスは生じるのか。これについてのイースタリン自身の推測はつぎのような
ものである。ひとつは、所得の増加にともない物質的な願望も大きくなる。物質的な願望が大きくなれ
ば、所得の増加によって主観的幸福度が高まる効果は打ち消されてしまう(習慣化仮説)
。例えば自動車
を買うことがあたり前になれば、自動車を買うことの喜びはかつてのように大きなものではなくなる。
もうひとつは、主観的幸福度の領域と所得の領域との違いである。主観的幸福度は、信頼、健康、仕
事の機会などさまざまな領域に関わる。たとえ所得が増加し消費生活がより充実したものになったとし
ても、ロシア、東欧の国々のように、仕事や子育て、医療といった側面が自由経済への移行によって保
証されなくなりこれらに対する満足が低下すれば、所得の効果は打ち消されることになる。イースタリ
ンは所得だけに着目しようとする経済学者を戒めている。23

日本の統計から、実際に、生活者の満足の動きをみてみたい。 24ここでは概ね1年間に1度実施され

21
Richard A. Easterlin, Romesh Vaitilingam “Happiness and the Easterlin paradox” (VoxEu.org)
による。なおそこで引用されている研究は、Richard A. Easterlin, Laura Angelescu “Happiness and
Growth the World Over: Time Series Evidence on the Happiness - Income Paradox”。
22
逆にいえば、短期において生じる大きな所得の変化は、主観的幸福度に影響を与え得る。
23
これらのほかに、相対所得仮説が成立し、効用が家計の相対的地位に左右される場合、所得が増加し
ても効用(ないし主観的幸福度)は高まらないことがある。筒井義郎は、この相対所得仮説と習慣化仮
説によって「イースタリン・パラドックス」のおおくは説明可能であり、特に相対所得仮説の効果が大き
いことを指摘している(大竹等『日本の幸福度』 終章) 。
24
フライ=スタッツアー『幸福の政治経済学』では、主観的幸福度についての心理学における研究をも
とに、幸福を体験する瞬間のほとんどは「生活に対する全般的な評価」といったてっとりばやい単一の
尺度で適切に評価が可能であり、この尺度は一個人の中でかなり安定しており個人同士の比較も可能だ
としている。しかし実際の調査では、生活満足度と幸福度ではその分布が異なったものになる。 (独)労
働政策研究・研修機構「勤労生活に関する調査」 (2004 年)では、生活満足度と幸福度が同一調査票の
中で質問されている。生活満足度と幸福度は、それぞれ5段階評価で調べているが、それぞれの分布に
は違いがあり、後者の方がやや高めに偏る傾向がある。またこの傾向は、性別、年齢階級別にみても同

-10-
る内閣府「国民生活に関する世論調査」から、現在の生活に満足している者(
「満足している」
、「まあ満
足している」と回答した者)の割合をみることにする。なお、生活満足者の割合は、概ね3年に1度実
施されている内閣府「国民生活選好度調査(国民の意識とニーズ)
」でもみることができる。この調査で
は、生活満足者の割合は 1978 年から一貫して低下傾向にあり、
「国民生活に関する世論調査」とは必ず
しもその傾向は一致しない。
「国民生活に関する世論調査」によれば、生活満足者の割合は、第1次石油ショックが生じた 1973
年に大きく低下し、この間の最低値(50.4%)をつけている。その後は 1995 年まで傾向的には上昇し
ており、この年に生活満足者の割合は調査開
(Fig.1) 生活満足者割合の推移
75 始以来最高の 72.7%に達している。しかし、
その後のデフレ不況期には、生活満足者の割
70
合は大きく低下した。このほかにも、生活満
足者の割合は、景気動向に準拠するかたちで
(%)

65

上下変動をくり返しており、生活満足度を決
60
第1次石油ショック 定する方向性には、経済の動向が一定の影響
55 を与えていると指摘することができる
(Fig.1)。
50
ただし、生活満足者の割合は、実質GDP
1958

1963

1968

1973

1978

1983

1988

1993

1998

2003

2008

(資料) 内閣府「国民生活に関する世論調査」
ないし完全失業率といった経済指標によって
主として規定されるということはできない。
生活満足者の割合は、必ずしもそれらの指標と連動しているわけではない。生活満足者の割合は、第一
次石油ショックによって終わることになる高度経済成長期にはむしろ傾向的に低下しており、第一次石
油ショック以後の安定成長期に高まる傾向がみられるようになる。バブル崩壊後も、1995 年や 1996 年
の生活満足者割合はバブル期のそれよりも高くなる。

しかしこれは驚くべきことではないのかもしれない。高度経済成長期には地方から都市への人の移動
が進み、地域の共同体が機能を低下させた。国内産業においては農林漁業の占める構成比が大きく低下
し、工業化が進んだ。25また、公害などによって都市の生活環境は悪化した。高度経済成長期の地方と
都市の姿は、1970 年代の山田洋次の映画をみることでその一端をうかがうことができる。26
『家族』
(1970 年)は、長崎の閉山した炭坑のある小島に住む風見精一とその妻民子、父源蔵、そし
て赤ん坊を含む2人の子どもの5人の家族が北海道の開拓村へと向かう行程をえがいた物語である。一
家は途中、福山の工場で臨時工として働き団地に住む精一の弟夫婦のもとを訪れ、高齢の父を預けるこ
とにしていた。しかし弟の妻は源蔵を預かることを歓迎せず、民子の発案により北海道まで連れて行く
ことにする。
福山の灰色の風景や団地に住む弟夫婦と精一ら家族との行き違いは、高度経済成長によって変化した

じである。つまり生活満足度は一般的な傾向として幸福度よりも低めになる、というのがこの調査から
得られる結果である。
25
産業別就業者構成比をみると、農林漁業は 1950 年は 48.5%であったのが 1975 年には 13.8%に低下
した(2005 年は 4.8%)。一方、製造業は 1950 年は 15.8%であったのが 1975 年は 24.9%にまで拡大し
ている(2005 年は 17.3%)(厚生労働省『平成 20 年版 労働経済白書』166~167 頁) 。
26
山田洋次『故郷』 、『家族』など。

-11-
日本社会の姿を現すもののように思う。一家は途中で訪れた大阪の万国博覧会をみるが、その人混みの
中で疲れ果て、東京では赤ん坊である長女がひきつけを起こし、治療が遅れたことで死なせてしまう。
ようやく北海道にたどり着き、開拓村の人々に一家は歓迎を受けるが、上機嫌であった源蔵はその日の
夜に息を引きとる。
吉見俊哉は『万博幻想──戦後政治の呪縛』の中で、この映画について「1970 年という戦後日本史の
中の重要な転換点、そこに一瞬佇んだ、日本列島と日本人の表情」をこれほどまでに「見事に切開」し
てみせた作品はないとし、作品を通じ、戦後日本における「高度成長」とは何だったのかを、コンビナ
ートや大阪万博の風景、大衆の欲望と押し潰される自然や貧しく小さな命を通して凝視していると指摘
している。同書では、工業化が進み高度経済成長を続ける日本を「開発主義体制」という言葉で捉えて
いる。科学技術の進歩を象徴する万博の華やぎの裏側には、砂埃の舞う広大な工業地帯や都市の雑踏が
あり、その中でかつての日本はしだいに失われていく。
『家族』は、2人の死を乗り越えて北海道の緑の
原野で新しい生活を始める家族の姿、そこに生まれる新しい生命によって、時代に逆らって生きる人間
の残滓を明朗にえがきその物語を閉じる。しかしそこには、
「高度成長」を続ける日本への批判とそれに
抵抗しようとする人々への同情的な視線が感じられる。

つぎに、クロスセクション・データから主観的幸福度に関係する属性・要因をみてみたい。内閣府『平
成 20 年版 国民生活白書』
(第1-3-4表、付注1-3-1)によれば、女性であること、子どもが
いること、結婚していること、世帯全体の年収がおおいこと、大学または大学院を卒業していること、
学生であること、困ったことがあるときに相談できる人がいることは、幸福度が高いことに関係する。27
一方、年齢が高いこと、失業していること、ストレスがあることは、幸福度が低いことに関係する。な
お、自営業であること、何らかのトラブルを経験したことがあることは、幸福度との関係はみられない。
世帯年収は幸福度と関係し、年収が高くなるほど幸福度も高くなるが、失業中であることは、この世帯
年収とは独立に幸福度が低いことに関係している。一方、学歴が高いことは、世帯年収とは独立に幸福
度が高いことに関係している。
結婚していることや学歴が高いことが幸福度の高さに関係し、失業していることやストレスがあるこ
とが幸福度の低さに関係すること、所得が高いことは幸福度の高さに関係する一方、所得に応じて幸福
度が高まっていく効果(限界効果)はしだいに低下する、といった結果は、国内外のおおくの幸福度分
析に共通する定型的事実であることが、大竹文雄、白石小百合、筒井義郎(編著)
『日本の幸福度 格差・
労働・家族』の中で指摘されている。同書では、所得がおおむね一定であるとしてみても、失業してい
ることは幸福度の低さに関係することに注目する。通常、経済学では労働は負の効用をもつと考える。
しかしこの結果は、労働が正の効用をもつことを示すもので、経済学における通常の想定とは異なる。
ただし、労働の内容によっては異なる結果となる可能性もある。同書でも、女性のパート労働者は、
専業主婦よりも有意に幸福度が低いとの結果が示されている。すなわち、労働のもつどの側面が正の効
用をもたらしているのか解釈することは難しい。失業は所得とともに職場を通じた人間関係を失わせ、
きずなの喪失が幸福度を低下させるのかも知れない。
あるいは職業に付随する個人のアイデンティティ、
「顕示性」の喪失が、幸福度を低下させているとも解釈できる。

27
ところが、白石賢、白石小百合による前掲論文では、子どもの誕生と子育ては結婚の幸福度は低下す
るというのが先行研究における定型的事実であるとされている。

-12-
所得についてみても、実際の所得水準よ
(Fig 2) 生活満足度(満足確立)に対する所得の効果
り格差意識の方が主観的幸福度を左右する
0.5000
ことがある。ここでは同書をいったんはな
れ、筆者自身が行った分析の結果を紹介す
0.2500
る。これは、
(独)労働政策研究・研修機構
から一時期提供されていた「インターネッ
0.0000
ト調査等の調査手法に関する実験調査」の
調査票をもとに行った分析である。 28 生活
-0.2500
収入なし ~350万円
350~550 550~750 750~1000 1000万円~ 満足度は年収が高くなるほど大きくなるが、
万円 万円 万円
変数なし 格差意識を変数 さらにコントロールする属性の中に調査対
(注) 回帰式の係数の大きさであり、350~550万円を基準(ゼロ)として、他の階級がそれより
も大きいか、小さいかをみる。白抜きは、5%未満の水準で係数の方向性が有意とはならな 象者の格差意識の違いを加えると、生活満
かったものを示す。
足度は年収が 700~1000 万円程度までであ
れば所得が高くなるほど大きくなるものの、その相対的な大きさの違いは縮小し、年収が 700~1000 万
円程度を超えると所得はもはや生活満足度の高さと関係しなくなる。つまり所得が大きいことは低所得
層では生活満足度が高いことに関係するが、
年収が一定水準を超えると生活満足度には関係しなくなり、
むしろ周囲との比較によって自身がどう位置づけられるかということの方がより大きな意味をもつよう
になる(Fig.2)。このことをあわせて考えれば、失業によって職を失うことは、特に高所得者にとって顕
示性の喪失を意味し、それがより生活満足度を低下させることになる。

なお、同書では、リスク回避度、時間割引率、利他性の程度といった人間の性格と主観的幸福度との
関係も分析している。リスク回避的な人ほど、また時間割引率が高い人ほど幸福度は低くなる。また利
他的な人は有意に幸福であり、
「他の人の生活水準を意識している人」

「できるだけ質素な生活をしたい」
と考えている人、
「お金をためることが人生の目的だ」という人ほど有意に不幸である。

現代の市場経済において一定の豊かさを手にすることができた人間は、実利とは異なる顕示的なもの
としての商品や地位、富そのものをおいもとめる。所得の上昇を実利においてみれば、その満足の水準
はいずれかの時点で飽和するが、顕示的なものを求める人間の欲望は飽和することがない。ソーンスタ
イン・ヴェブレンは、消費や富の蓄積について、その正当な目的は、財貨の消費であると考えるのが普
通であり、そのような消費は、その消費者の肉体的欲望や、精神的、芸術的、知性的その他の高級な欲
望に役立つものだという。しかし人間には財貨の消費への必要以上の所得を得、富を蓄積しようとする
欲望がある。このような欲望の根底には見栄の動機がある。そして、この見栄の動機は、市場経済の基
礎にある私有財産性の発展に作用しつづける。富の所有は名誉をあたえ、それは上下の差別・区別をと
もなう。29
顕示的な消費と富の蓄積は習慣化され、再び生活の程度を引き下げることには困難が生じる。またそ
の誘因は産業的効率の向上(労働生産性の上昇)を吸収する。効率の向上は、いっそう少ない労働によ
って生活手段を獲得することを可能にするが、それでも労働は軽減されずに、むしろ生産高の増加分は

28
この調査の調査票は、2004 年2月に実施した4つの調査のマイクロ・データをプールしたものであり、
2007 年当時にウェブサイトで提供されていたが、現在は提供されていない。調査の詳細は、参考に記載
した。分析では、調査の違いはダミー変数を加えることでコントロールした。
29
ソースタイン・ヴェブレン(小原敬士訳) 『有閑階級の理論』

-13-
無限に拡大し得る顕示的な欲望をみたすための用途にむけられる。

こうした誘因は、人々をより勤勉的で節約的にし、物質的なものをいつまでも求める。特に、顕示的
な欲望を満たすための闘争は弱まることがない。市場経済というシステムは勤勉な身体がなければその
発端において存在し得ないものであり、規律訓練によって創り上げられた勤勉な身体を得ることで市場
経済は始めて機能し得るものとなる。またそれは同時に、そこに参加する人間たちの顕示性によってそ
の自律性が確保されている。こうして「不断の魂の平静」としての幸福の源泉は、市場競争によってま
すます人間から遠のいていくことになる。
しかし、このような心性は、経済が成熟化し資本の蓄積が進むにつれ、消費の拡大よりもむしろ、過
剰な富の蓄積を目的とするものに変質し得る。高度経済成長期のような時代には、投資に対し国内の貯
蓄は不足していた。このとき三面等価の原理から、経常収支は赤字基調となる。国内の商品供給力には
制約があり、景気が過熱し輸入が増加すると、外貨準備高の減少を恐れる日本銀行は金融引き締めを行
い、その後、景気が後退し経済成長率が低下するというパターンがみられていた。この時代には、労働
者が勤勉であり富の蓄積が進むことは望ましいことであった。しかし、投資に対して貯蓄が過剰な時代
(前々章 Fig.6)になると、労働の価値が高まり「資本の限界効率」が相対的に上昇することが、マクロ
経済全体にとって望まれるものとなる。一方で、労働者の勤勉さや蓄積欲──これを「デフレ心性
「デフレ心性」
「デフレ心性」と
よぶことにする──は、市場に流通する貨幣の量を減らし、デフレ経済を促進する要因ともなるのであ
る。

(参考)
「インターネット調査等の調査手法に関する実験調査」を用いた分析について

この分析に用いた調査は、
(独)労働政策研究・研修機構が、労働分野の調査手法の改善を目的とする
調査研究の一環として、調査回答モニターをつかったインターネット調査の特性を把握するための実験
調査として行った調査である。実験調査では、5種類のタイプの異なる調査手法(公募モニター型イン
ターネット調査3種、無作為抽出モニター型インターネット調査1種、混合モニター型郵送調査1種)
による調査が実施されているが、このうち、以下の4種類の調査に関する調査票が、ウェブサイトを通
じて、一般に提供された。

調査方法 モニターの集め方 配布・発信数 有効回答数 有効回答率

インターネット調査 様々なジャンルのサイトからアフィリエイトプログラ
調査A 1,650 981 59.5
公募モニター ムにより募集(約20万人)

インターネット調査 ホームページでの募集+提携している各種媒体
調査B 1,650 1,423 86.2
公募モニター からの入会(約42万人)

インターネット調査
調査C 特定のポータルサイトで常時募集(約15万人) 1,650 657 39.8
公募モニター

郵送調査 電話帳から無作為抽出した人を対象に、モニター
調査E 1,650 1,344 81.5
無作為抽出+公募モニター 登録を依頼する方法が中心(約10万人)

(出典)(独)労働政策研究・研修機構『インターネット調査は社会調査に利用できるか―実験調査による検証結果―』
  (労働政策研究報告書 No.17)
(注1)調査Dについては、提供されていない。
(注2)調査のより詳細な説明は、出典を参照されたい。

なお、調査票は、2007 年5月時点においてダウンロードしたものであるが、現在は、一般への提供が

-14-
停止されている。

ここでは、順序プロビット・モデルにより、生活満足度(満足確率)を被説明変数とし、労働者の属
性、年間収入、格差意識を説明変数とする最小二乗推計を行った。
この分析では、一般化線型モデルを用いているが、被説明変数 Y、説明変数 x=x(x1, x2,..., xn)としたとき、
被説明変数が2値をとる単純なモデルの場合は、Y=1 となる確率 P(Y=1)が関数 F を用いて、

P(Y = 1) = F ( Z ) = F (a + b ⋅ x) (b:係数ベクトル、ε:誤差項)

のように表現される。
これは、被説明変数が2値をとる場合であるが、本分析の被説明変数である生活満足度は、①満足し
ている、②まあ満足している、③どちらともいえない、④やや不満だ、⑤不満だという5段階の離散的
数値30をとり、それらの数値は順序づけられている。ここでは、被説明変数に序列がある順序選択モデ
ルの考え方を適用する。31なお、順序プロビット・モデルでは、F は標準正規分布の累積密度関数

1 Z  −t2  1.00
F (Z ) = ⋅ ∫ exp dx
2π − ∞
F
 2 
を用いる(右図参照)

0.50

0.00
-10.00 -5.00 0.00 5.00 10.00
Z

順序プロビット・モデルでは、各説明変数の係数 bi の大きさそのものには意味はないものの、ここで
は便宜的に、係数の大きさで各説明変数の説明力の強さを評価している。

分析に用いた4種類の調査ごとの生活満足度の分布は、つぎのようになる。

生活満足度 合計 調査A 調査B 調査C 調査E

合計 4,405 100.0 981 100.0 1,423 100.0 657 100.0 1,344 100.0

不満だ 795 18.0 205 20.9 284 20.0 127 19.3 179 13.3

やや不満だ 1,304 29.6 300 30.6 458 32.2 184 28.0 362 26.9

どちらともいえない・わからない 197 4.5 44 4.5 52 3.7 34 5.2 67 5.0

まあ満足している 1,912 43.4 400 40.8 571 40.1 288 43.8 653 48.6

満足している 197 4.5 32 3.3 58 4.1 24 3.7 83 6.2

郵送調査である調査Eでは、
「不満だ」
、「やや不満だ」と回答した者が少なく、「満足している」、「ま

30
調査では、
「わからない」という選択肢もあるが、この分析では、 「どちらともいえない」に加えて取
り扱っている。
31
順序選択モデルの考え方は、厚生労働省『平成 20 年版 労働経済白書』の付注などを参照されたい。
なお、本参考の記述にあたって、当該付注の記述を全面的に参照している。

-15-
あ満足している」がおおくなる。ただしここでは、これらの調査のマイクロ・データをプールして回帰分
析を行い、調査の違いをコントロールするためにダミー変数を使用した。
説明変数に用いた各ダミー変数と、これらのプールデータによる記述統計量は、つぎのようになる。

説明変数 平均値 標準偏差


(性:男性を基準)
女性 0.512 0.500
(年齢:30歳代を基準)
20歳代 0.181 0.385
40歳代 0.203 0.402
50歳代 0.213 0.409
60歳代 0.205 0.404
(仕事の有無・種類:正規雇用を基準)
役員 0.022 0.148
非正規雇用 0.198 0.398
自営業・自営業の家族 0.095 0.294
内職 0.023 0.149
失業 0.021 0.145
休業・学生・家事 0.193 0.395
その他の無業(高齢など) 0.100 0.300
(学歴:高校を基準)
小学・中学 0.016 0.125
専門学校 0.091 0.288
短大・高専 0.147 0.354
大学・大学院 0.467 0.499
(配偶関係:未婚を基準)
有配偶 0.734 0.442
離別・死別 0.048 0.214
(世帯収入:350~550万円未満を基準)
収入なし 0.035 0.183
350万円未満 0.159 0.366
550~750万円未満 0.185 0.388
750~1000万円未満 0.177 0.382
1000万円以上 0.155 0.362
不明 0.057 0.232
(格差意識・公平感)
上流意識 0.158 0.365
下流意識 0.399 0.490
公平・だいたい公平である 0.149 0.356
公平でない 0.370 0.483

(注)各ダミー変数は、該当する場合を1,しない場合を0としている。

順序プロビット・モデルによる回帰分析は、①説明変数を回答者の属性のみとした場合、②説明変数
として①に格差意識を加えた場合、③説明変数として①に公平感についての意識を加えた場合、の3種
類のモデルによって行った。これらの結果は、左から順につぎのようになる。

-16-
係数 標準誤差 有意確率 係数 標準誤差 有意確率 係数 標準誤差 有意確率
(閾値)
*** *** ***
[H = 0] -0.531 0.077 0.000 -1.012 0.082 0.000 -0.749 0.080 0.000
*** **
[H = 1] 0.384 0.076 0.000 0.000 0.081 0.998 0.214 0.079 0.007
*** * ***
[H = 2] 0.504 0.076 0.000 0.133 0.081 0.098 0.340 0.079 0.000
*** *** ***
[H = 3] 2.235 0.083 0.000 2.012 0.087 0.000 2.129 0.086 0.000
(性:男性を基準)
*** *** ***
女性 0.279 0.041 0.000 0.274 0.042 0.000 0.305 0.042 0.000
(年齢:30歳代を基準)
** ** **
20歳代 0.151 0.058 0.009 0.178 0.059 0.002 0.140 0.058 0.016
*
40歳代 -0.077 0.053 0.146 -0.067 0.054 0.214 -0.097 0.053 0.070
50歳代 0.044 0.054 0.411 0.037 0.055 0.503 0.010 0.054 0.849
*** *** ***
60歳代 0.338 0.060 0.000 0.235 0.061 0.000 0.278 0.061 0.000
(仕事の有無・種類:正規雇用を基準)
役員 0.081 0.115 0.479 -0.062 0.116 0.597 0.090 0.115 0.433
** **
非正規雇用 -0.117 0.051 0.023 -0.083 0.052 0.112 -0.130 0.052 0.012
* *
自営業・自営業の家族 -0.119 0.063 0.058 -0.102 0.064 0.109 -0.113 0.063 0.073
内職 0.010 0.116 0.933 -0.064 0.118 0.588 0.049 0.117 0.672
失業 -0.148 0.118 0.208 -0.072 0.119 0.544 -0.095 0.119 0.421
** * **
休業・学生・家事 0.154 0.055 0.005 0.106 0.056 0.057 0.141 0.055 0.011
** ** **
その他の無業(高齢など) 0.163 0.070 0.020 0.169 0.071 0.017 0.141 0.070 0.046
(学歴:高校を基準)
小学・中学 -0.064 0.135 0.635 0.042 0.136 0.760 -0.055 0.136 0.688
専門学校 -0.032 0.064 0.620 -0.017 0.064 0.787 -0.054 0.064 0.396
**
短大・高専 0.136 0.055 0.013 0.085 0.055 0.123 0.088 0.055 0.109
*** ** ***
大学・大学院 0.223 0.042 0.000 0.112 0.043 0.009 0.175 0.042 0.000
(配偶関係:未婚を基準)
*** ** ***
有配偶 0.178 0.050 0.000 0.115 0.051 0.024 0.179 0.051 0.000
離別・死別 -0.009 0.090 0.919 -0.035 0.091 0.699 -0.003 0.090 0.970
(世帯収入:350~550万円未満を基準)
収入なし 0.022 0.096 0.822 0.014 0.097 0.884 -0.004 0.096 0.965
*** ** ***
350万円未満 -0.187 0.054 0.001 -0.127 0.055 0.021 -0.189 0.055 0.001
**
550~750万円未満 0.102 0.052 0.047 0.036 0.052 0.495 0.057 0.052 0.276
*** *** ***
750~1000万円未満 0.335 0.054 0.000 0.203 0.055 0.000 0.296 0.054 0.000
*** ** ***
1000万円以上 0.424 0.057 0.000 0.141 0.059 0.016 0.373 0.057 0.000
不明 0.079 0.079 0.318 -0.002 0.080 0.977 0.093 0.080 0.240
(格差意識・公平感)
***
上流意識 0.530 0.052 0.000
***
下流意識 -0.770 0.039 0.000
***
公平・だいたい公平である 0.406 0.050 0.000
***
公平でない -0.471 0.037 0.000
(調査の区分:調査Eを基準)
*** *** ***
調査A -0.267 0.046 0.000 -0.215 0.047 0.000 -0.248 0.047 0.000
*** *** ***
調査B -0.239 0.042 0.000 -0.166 0.043 0.000 -0.224 0.042 0.000
*** ** ***
調査C -0.221 0.052 0.000 -0.169 0.053 0.001 -0.195 0.053 0.000

疑似 R2 乗
Cox と Snell 0.099 0.228 0.163
Nagelkerke 0.107 0.246 0.175
McFadden 0.040 0.099 0.068
サンプル数 4,405 4,405 4,405

(注1)有意確率(P値)は、***:1%未満、**:5%未満、*:10%未満。

(注2)本分析は、労働政策研究・研修機構「インターネット調査等の調査手法に関する実験調査」のマイクロ・ データを利用しているが、データの分析及びその解釈
は、利用者が自らの責任で行ったものであり、労働政策研究・研修機構が正当性を保証するものではない。

結果をまとめると、つぎのようになる。まず、女性は男性よりも有意に生活満足度が高い。これは、
本文に引用した内閣府『平成 20 年版 国民生活白書』や大竹文雄、白石小百合、筒井義郎(編著)
『日
本の幸福度 格差・労働・家族』の推計と一致している。年齢については、20 歳代と 60 歳代の生活満
足度が基準である 30 歳代よりも有意に高くなり、年齢については生活満足度はU字型となっている。
仕事の有無・種類については、非正規雇用であることや自営業・自営業の家族であることは生活満足
度が有意に低くなるが、格差意識をコントロールすると、有意に生活満足度が低いとはいえなくなる。
休業・学生・家事、およびその他の無業(高齢など)では、有意に生活満足度が高くなる。ただし、こ
の推計では、失業していることは有意に生活満足度が低いとはいえず、この点は、上述の国民生活白書
や大竹らの推計とは異なっている。
学歴が大学・大学院である場合、有意に生活満足度が高い。これは、国民生活白書や大竹らの推計と
一致する。
世帯収入については、おおむね世帯収入が高いほど生活満足度は高くなる。ただし、本文において指

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摘したように、格差意識をコントロールすると、生活満足度はやはり世帯年収が高いほど高くなるもの
の、その相対的な違いは縮小し、年収が 700~1000 万円程度を超えると世帯年収はもはや生活満足度の
高さと関係しなくなる。格差意識や公平感は、生活満足度を有意に高める属性となっており、その影響
は他の属性や実際の世帯収入と比較しても大きなものである。

参考文献
(独)労働政策研究・研修機構『インターネット調査は社会調査に利用できるか―実験調査による検証
結果―』
(労働政策研究報告書 No.17)

mailto: train_du_soir@livedoor.com

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