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平成 18 年度 財団法人 笹川医学医療研究財団

「ホスピス緩和ケアスタッフに対する海外研修助成」 報告書

筑波大学附属病院 総合医コース レジデント


浜野 淳

研修期間:平成 18 年 10 月 1 日~平成 19 年 3 月 15 日(166 日間)


研修先:オーストラリア(ビクトリア州、南オーストラリア州)

目次
§1 今後の日本の医療システムに求めるもの
§1.1 日本のホスピス緩和ケアに対する提言
§1.2 ホスピス緩和ケアの対象
§1.3 Multidisciplinary チームが意味するもの
§1.4 医療者の勤務形態に対する提言
§2 バララットでの地域ホスピス・緩和ケアプログラム
§3 Peter Maccallum Cancer Centre の緩和ケアチーム
§4 McCulloch House での緩和ケアサービス
§5 Calvary Health Care Bethlehem での神経筋疾患に対する緩和ケアと
包括的緩和ケアサービス
§6 SAPS(Southern Adelaide Palliative Service)での地域ホスピス・緩和ケアプログラム
§7 Western Adelaide Palliative Service での地域ホスピス・緩和ケアプログラム
§8 Central and East Adelaide Palliative Service(CAPS) における地域ホスピス・緩和
ケアプログラム
§9 ホスピス・緩和ケアを支える社会資源
§10 オーストラリアの研修教育システム
§11 最後に
§1 今後の日本の医療システムに求めるもの
今回の研修を通じて様々な経験をさせて頂いたと同時に日本の医療システム、とりわけ
ホスピス・緩和ケアに対する自分としての意見・提言もいくつか出てきた。報告書として
研修全体の報告をさせて頂く前に自分としての意見を述べさせて頂きたいと思う。

§1.1 日本のホスピス緩和ケアに対する提言

約 6 ヶ月に渡りオーストラリアでホスピス・緩和ケアの研修をさせて頂いた結果辿り着
いた日本のホスピス緩和ケアの今後の方向性に関する個人的な考えを最初に述べさせて頂
きたいと思う。
「ホスピス・緩和ケア」という言葉が普及し始め、緩和ケア病棟や在宅緩和ケアという
言葉も聞き慣れたものになりつつある現在の日本にとって今後キーワードになるのが、
「地
域に開かれた End of Life Care」という考え方ではないだろうか?
日本では、ホスピス緩和ケアに携わらせて頂き多くの患者さんや家族と接する機会に恵
まれたが、自宅で療養したい方が様々な理由で帰宅できないケースにも数多く遭遇した。
もちろん、医療者側の力不足という部分もあるかもしれないが、在宅での介護力不足、介
護者の不安、在宅ケアをサポートする医療資源の不足など様々な要因が関係しているよう
に思われた。
今回の海外研修に応募したきっかけの1つが、海外では在宅で療養したい方々をどのよ
うにサポートしているか?ということを学ぶ事であった。
オーストラリアでは、各地域で症状コントロール、End stage care、そしてレスパイト・
ケアなどを行う緩和ケア病棟と他の専門医や看護師をサポート・教育する緩和ケアチーム、
そして在宅療養をサポートするホスピス・ケアプログラムという3つの組織が連邦政府、
州政府によって運営されている。
日本では、幸運にも施設やスタッフに恵まれた地域ではオーストラリアと同等もしくは
それ以上のケアサービスが提供されていると思うが、残念ながらそのサービスを受けられ
るのは限られたごく一部の地域というのが現状と思われる。
「人間の mortality は 100%」と言われているように、全ての人々に End of Life という
ものが存在し、死というものが避けられないものになった時に、その時間を少しでも自分
らしく満足いくように過ごしたいというのが多くの人々の願いであろう。しかし、地域や
医療機関の事情によって不幸にも End of Life を望み通りに過ごすことができないというの
が日本の実情であり、課題でもあると思われる。
今後の日本のホスピス緩和ケアにとって重要なことは数多くあるが、より多くの人々の
End of Life を充実させるシステムを日本の実情に則して構築していく過程に関わってい
くことが、今回の研修を通じて自分が学んだことを日本のホスピス緩和ケアに貢献する方
法と考え、以下に自分が考える End of Life Care システムを述べさせて頂く。

1つ目のポイントは、各患者さん・家族のマネジメントをそれぞれの医療機関ごとに考
えるのではなくて、その患者さん・家族が生活する地域単位でマネジメントを考えること
である。各医療機関にはそれぞれの事情があり、診断・治療・生活のサポートにおいて適
切なサービスを供給できない場合もあるが、地域単位で供給できる医療資源・人材という
観点から考えれば選択肢は広がり、より各個人に合わせた対応ができるようになると考え
られる。現在の各医療機関が地域の資源を活用するという考え方から、地域の資源を地域
で活用するという考え方への転換が必要と思われる。
そして、2 つ目のポイントは上記内容をマネジメントする人材・機関を医療機関でなく
地域の機関に担当してもらう。現在の日本で言うならば地域包括支援センターや在宅介護
支援センターに在宅緩和支援センターを併設し、何らかのサービスや介入が必要な場合は
患者が住んでいる地域の支援センターに登録し、担当者が初期アセスメントを行い必要な
サービスを判断する。
この担当者は緩和ケアに精通した看護師などの医療専門職が望ましく、その判断に応じ
て地元の開業医による往診や訪問看護ステーションへ訪問看護を依頼する。
この方法のメリットは各医療機関で緩和ケアに精通した医療専門職の雇用・育成が困難で
も、各地域単位でそのような医療専門職を共有することでより多くの人々に質の高いサー
ビスが提供できるものと思われる。

以上の2点を盛り込んだシステムの長所は、人口や医療機関の実情に合わせて地域を設
定することで地域格差を最小限にできる可能性があるということと、診断・治療・再発、
そして積極的な治療が難しくなる時期で担当する医療機関や医師が変わっても「地域」と
いう不変の枠組みで捉えることで継続的かつ個別化した対応ができる可能性が高いという
ことである。
最後に上記の考えに基づいた具体案を以下に提案したい。これはあくまでも現時点での
個人的な意見であり実現の可能性は今後の日本のホスピス緩和ケアの動きに大きく依存す
るものと思われる。

人口10万人ぐらいの地域で在宅緩和ケアサービスを提供する事務所を設置し、そこに
常勤看護師1名、非常勤1~2名、更にできればケアマネージャーかソーシャルワーカー
を1名配置する。
どんなに自宅から離れた病院にかかっていても登録時は自宅の地域の事務所に登録する
ことを原則として、サービスの流れを入院中心から在宅サービス中心に考えていく。「入院
していなくてもいいから在宅へ」ではなく、「在宅で提供できるサービスでは対応できない
ので一時的に入院加療を考慮する」という考えで。
在宅緩和ケアサービスを提供する事務所には、常勤看護師が多くいる方がサービスのレ
ベルも向上すると思われるが、地域によっては常勤看護師の確保が難しい場合もあり、さ
らに常勤だと育児などとの兼ね合いで勤務できないが非常勤でライフスタイルに合わせた
働き方ならば現場に復帰したいという経験豊かな看護師を採用する目的も兼ねて非常勤看
護師を採用する方法も可能性として考えられる。

上記はあくまで現在の自分が思い描いていることであって、現実的な提案かどうかは分
からないが、1 つだけ確実に言えることは、今後の日本のホスピス・緩和ケアは様々な医療
サービスをどのような枠組みで地域住民に提供し、利用してもらうか?という議論が最も
重要と考えられ、これは医療者だけでなく国民と共に議論し、意見を出し合う中で日本に
とって最適なシステムが構築できると考えられる。

§1.2 ホスピス緩和ケアの対象
オーストラリアでは、当初ホスピス緩和ケアの対象者はがん患者及び、その家族とされ
ていたが、WHO のホスピス緩和ケアの定義である「緩和ケアとは生命を脅かす疾患を持つ患
者とその家族の生活の質を改善するアプローチをさす」に基づき、徐々に対象疾患が広が
っている。具体的には、ALS などの神経筋疾患、慢性腎不全、慢性心不全、COPD などを抱
えている患者、家族にもサービスが提供されている。今回の研修で、特に印象的だったの
が ALS などの神経筋疾患に対するアプローチである。いくつかのホスピス緩和ケア施設で
は神経筋疾患のための外来を設け、徐々に失われていく ADL や本人・家族の精神的な負担
に対して、様々な職種が協力してサポートしている。この神経筋疾患のホスピス緩和ケア
に関わっている人々が必ず口にするのが「診断の時点からホスピス緩和ケアが必要であり、
がん患者に比べて一般的には長期に渡って様々な問題を抱えている」という事であった。
また、日本と違いこちらでは神経筋疾患の進行に伴う呼吸筋麻痺に対して人工呼吸器を
使用することはほとんどなく、本人、家族と相談の上、非侵襲的な Nasal CPAP を付ける。
もちろん、これは本人の決断によるが、このような問題についても症状が比較的軽い早期
のうちから、少しずつ相談し決めていく。症状の進行によっては、一度決めた本人の希望
が変更する場合もあるが、それも含めて何度も相談し決定していく姿勢に感銘を受けた。
現在の日本では、ホスピス緩和ケアはがん患者を対象としているという意識が強いと思
われるが、本来の定義からすれば、このような神経筋疾患、そして完治が困難な慢性疾患
患者に対してもホスピス緩和ケアのサービスが提供されていくべきだと感じた。
§1.3 Multidisciplinary チームの意味するもの
オーストラリアでは、どの施設でも医師以外に様々な職種の方々が患者、家族のケアに
あたっている。列挙すると専門看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語療法士、
ソーシャルワーカー、音楽療法士、Grief Care、Pastoral Care、Bereavement Care とまさ
に Multidisciplinary チームアプローチである。
もちろん、日本でもこのような形に努力し、実践している施設・地域もあると思われる。
しかし、オーストラリアの Multidisciplinary チームアプローチの特徴は1つ1つの職種の
専門性が非常に高いことであり、この点は日本と比較すると大きな差があると思われる。
つまり、どの職種もホスピス・緩和ケアが必要とされる患者さんの疾患や病状、そして必
要とされるサービス・介入を的確に把握し、他職種からの指示や依頼がなくても自分が行
うべき事が判断できている。
これにはいくつかの要因があるのだろうが、1つは各職種の教育課程にあると思われる。
どの職種でも大学在学中に基本的な医学知識や行動科学、コミュニケーション技術を身に
付けており、実際の臨床現場でも有効に活用されている。このような知識・技術があるた
め Multidisciplinary チームは、仕事を「分担」するのではなく、「共有」することができ
る。これは、例えば1つの事柄に対していくつかの職種が対応できる場合、状況に応じて
対応する職種を変化することができるということでより幅が広い対応ができるということ
である。極論で言えば日本では、医師が指示を出すことで、この事柄はこの職種の仕事で、
こちらの事柄は我々が・・というように良い意味でも悪い意味でも「分担」していること
が多い。(図1参照)
図1 現在の日本の Multidisciplinary チームのイメージ

医師

看護師

PT/OT/ST

ソーシャルワーカー

しかし、こちらでは、お互いがそれぞれの職種がカバーしている領域についても基本的
な知識があるため(ソーシャルワーカーが疾患に関する医学的知識・病状をきちんと把握
するということ)、お互いの仕事を理解し、認め合うことができている。そして、そのチー
ムをまとめる人というのは、必ずしも医師ではなく家族関係などを含めて全体を把握でき
る人が中心になることが多い。
つまり、医師を中心に計画し、仕事を分担していく訳ではなく、お互いが同じ目線で共
通の認識を持ち、お互いが担当する領域において「重なる部分」を多く持つことで、非常
に層の厚い Multidisciplinary チームが構成されているのである。(図 2 参照)
それぞれの職種がお互いの職種の知識・技術も理解する努力をすることで「裾野の広い」
専門職を育てていくというのは、日本のこれからの Multidisciplinary チームを成長させて
いく上で非常に重要な考え方だと思う。そのためには、それぞれの職種の専門教育課程に
おいて、「我々はこういうことをする」と決めた枠組みの中で教育するのではなく、「患者
さん、家族のために必要で我々ができることは何か?」という視点で学習していくことが
必要ではないだろうか?そして、現在医療現場で働いている人々は、それぞれの知識・技
術に満足せず、またその知識・技術を独占せず、お互いに貪欲に自分達の知識・技術を高
めていく姿勢が必要だと考えられる。その結果、図2のようにお互いが重複する知識・技
術を持つことになるかもしれないが、それは決して無駄にはならず、必ず Multidisciplinary
チームの成熟度を高め、患者、家族に質の高いケアを提供できるようになると思われる。
図 2 オーストラリアの Multidisciplinary チームのイメージ

医師

看護師 Grief
Care

PT/OT/ 薬剤師
ST

§1.4 医療者の勤務形態に対する提言~ワークシェアリングの導入に向けて~

オーストラリアでの研修を通して、常に感じられたのが「勤務形態の柔軟性」である。
日本では、医師や看護師は常勤が求められる傾向が多いが、こちらでは「ワークシェアリ
ング」の概念に基づいて、各個人ができる範囲内の勤務条件で契約をし、雇用者側は、全
体で必要な仕事量に対して各個人の勤務量を組み合わせながら、職場を管理していく。例
えば、研究にあてる時間を確保するため、週 3 日はコンサルタントとして病棟の業務を行
ったり、子供の成長に合わせて夜間勤務の方が働きやすいという看護師に対しては、週 2-3
日の病棟夜勤のみ行ってもらうなど様々な勤務形態が取られていた。
各個人のライフスタイルに合わせて、労働者のニーズも変化するが、常勤で働くことが
大前提で考えられている日本の社会では、「できる範囲内で頑張りたい」という意欲のある
医療者を現場で生かすことができず、貴重な医療資源(人材)を活用できない状態になっ
ていると思われる。
昨今、医師や看護師が不足し社会問題として騒がれているが、医学生や看護学生を増や
すことで、医療者従事者の数を補っていくだけでは根本的な解決にはならないであろう。
最近は一度現場を離れた医師・看護師が再び勤務できるような再教育プログラムなどを提
供する施設も増えているが、元々現場を離れなければいけない状況になった原因は何であ
ろうか?マスコミの報道では、「出産・育児」によって働けなくなり現場から遠ざかるケー
スが多いと取り上げられるが、そうだとするならば「出産・育児」で働けなくなった原因
を分析し、改善していくことが最優先されるべきではないだろうか?これは恐らく医療業
界の問題だけでなく、日本の労働社会全体における問題でもあるだろうが、雇用者側がワ
ークシェアリングの概念に基づいて、労働者のニーズに合わせた勤務形態を提供する努力
を行わなければ、少子高齢化の日本社会では労働者不足が免れなくなると思われる。
そして、オーストラリアでは非常勤者にも、常勤者との時間的な割合を換算して、平等
な福利厚生及び研修環境を保障している。具体的には、常勤者の半分の時間だけ働く場合、
健康保険は常勤者と同じだが、給与・有給休暇・研修補助などは常勤者の半分だけ支給と
いうように保障している。このように雇用者側の創意工夫次第で労働意欲のある医療従事
者を数多く現場に導くことができると思われる。

§2 バララットでの地域ホスピス・緩和ケアプログラム
オーストラリア南東部に位置するビクトリア州バララットでは地域ホスピス・緩和ケア
プログラムを中心に研修させて頂いた。バララットはビクトリア州の州都メルボルンの北
西約 110 キロにある人口 9 万人前後の中規模都市であり、農業や観光業が中心となってい
る。
このバララットで特記すべきことは、地域在宅ケアを中心として緩和ケアチーム-ホスピ
ス-在宅ケアの連携が非常にうまく運営されていることである。
ここでは緩和ケアチーム、ホスピス、在宅ケアそれぞれに分けて研修内容をまとめていく。

1.Grampians Regional Palliative Care Team


緩和ケアチームは約7-8年前に州政府の資金援助によって設立され、緩和ケア専門医
1名(Dr David Brumley)、緩和専門看護師2名(1名は在宅ケアを兼任している非常勤看
護師)で構成されている。仕事内容は病院や地域からの症状マネジメントの相談から始ま
り、医師、看護師などへの教育、患者の退院マネジメント、そして現場スタッフのメンタ
ルサポート・カウンセリングなど多岐に渡る。さらに国土が広いオーストラリアの特徴と
して、カバーする地域が非常に広く Grampians と呼ばれるこの地域は人口約22万人であ
るが、面積はイギリスの約1.3倍を有している。
そのため、症状マネジメントなどの相談は主に電話で行い、担当看護師や主治医(GP や専
門医)にアドバイスを行う。診察が必要な場合は毎週火曜日の往診日に Brumley 医師が片
道200キロ近い道のりを運転し、一人の患者を診察しにいく。往診日は1日に約300
~500キロ運転し患者さんを2-3人診察するという感じである。
そして、医師や看護師教育については、毎月1回緩和ケアチームが主催する勉強会をおこ
なっているが、遠方の医師・看護師が参加できるように衛星テレビを利用して多施設間で
講義やディスカッションの映像・音声を共有する形で運営されている。
これだけの広大な地域を医師1人、看護師2人の緩和ケアチームで運営できるのは、後述
する在宅ケアサービスの充実と、そこで働く看護師の臨床能力が非常に高いことが大きく
関係していると考えられる。
看護師が患者さんの病状や病態を的確に判断・評価し、対応方法を考えることができるた
め、大抵の場合は地域の開業医(GP)に診察・検査・投薬を頼むことで解決でき、緩和ケ
ア専門医が実際に診察・評価をする必要があるケースは非常に少ないという印象を受けた。
しかし、このような状況がすぐにできた訳ではなく、10年近くかけて地道に地域の開業
医(GP)、看護師を教育してきた結果であり、現在でも地域によっては人材不足などにより
ケアのレベルが非常に低いというのが現状であると Brumley 医師は仰っていた。
そして、懸案事項となっているのが財政面であり、この緩和ケアチームは州政府から資金
提供を受けているため、年によっては州政府が他の医療分野に予算を分配することもある
ため、継続的な人材育成が困難となっているようである。

2.Ballarat hospice care Inc.( http://www.ballarathospice.com/)


このホスピス・ケアプログラムは約20年前に地域住民の要望に応え、募金から始まっ
た地域在宅ケアサービスである。現在でも財政面は地域住民からの募金と連邦政府、州政
府それぞれからの支援をもらい、地域住民に提供されるサービスは全て無料である。
前述した Grampians 地域には、このようなホスピス・ケアプログラムが4つ存在し、一
番規模の大きい Ballarat で人口9-10万人をカバーしている。
組織の運営は全て看護師とソーシャルワーカー、ボランティアで行われており、常勤看護
師が2名、非常勤看護師が6-7名という体制で24時間、365日のサービス提供を行
っている。そして、直接的な看護サービスだけでなく病院やかかりつけ医とも密接に連絡
を取りながら、全体のサービスの調整も行っている。(図 3 参照)
サービス内容としては、訪問看護、在宅酸素や皮下注射用のシリンジドライバーなどの
器具の貸し出し(無料)
、ソーシャルワーカーによる Bereavement Care などである。
Bereavement Care の一環として、毎年1回ホスピススタッフが企画・運営する Memorial
Service が行われている。これは遺族を招いて故人を偲ぶという目的と同時に遺族とスタ
ッフの交流を通じて遺族のケアを行うことも重要な目的となっている。今回滞在中に参加
させて頂く事ができ、年単位で遺族と関わっている姿が非常に印象的であった。
そして、これらのサービスを受けるにはホスピス・ケアプログラムに登録される必要が
あるのだが、在宅サービスが必要だと判断された患者は主治医(腫瘍医、GP、緩和ケア医
など)や看護師からホスピス・ケアプログラムに「紹介」される。紹介を受けるとほとん
どが24時間以内に在宅看護師が自宅や入院先を訪れて初期評価を行う。
そして、初期評価では現在の症状や生活状況などを把握し今後必要なサービスについて
判断し、調整していく。初期評価で緩和ケア専門医の評価が必要だと判断されれば、
Grampians Regional Palliative Care Team の Brumley 医師が再評価を行うが、そのような
ケースは稀で、看護師が中心になって情報収集と評価・判断を行うのが特徴である。

このサービスを利用しているのは癌患者だけでなく、先天奇形を持った小児から神経筋
疾患、慢性腎不全、慢性心不全など非悪性疾患も含まれている。

人口10万人近くをカバーするこの Ballarat hospice care プログラムには常時60-


80人の患者が登録されており、毎週水曜日に看護師と Brumley 医師、そしてソーシャル
ワーカーなどを含めたミーティングが行われ、変化のある患者さんや家族のフォローが必
要なケース、新たにプログラムに登録された患者さんなどを中心に情報交換が行われる。
この在宅サービスを提供するスタッフをサポートする技術・システムは日本でも応用でき
る可能性があると感じさせるものであったので以下に記述する。

a) 患者データベース
プログラムに登録された患者は全てデータベースに入力されるのだが、このデータベー
スは氏名、住所、疾患名などの基本情報を管理するだけでなく、情報を加工して様々な統
計データを作成することができる。例えば、紹介から初期アセスメントまでどれぐらいの
日数がかかったか?ということや、どのような理由でどの医師から紹介されているケース
が多いか?などを簡単に分析できる。
また、このデータベースにはリマインダー機能があるため、患者さんがなくなってから
1週後、1ヵ月後・・・6ヵ月後というような設定した時期に画面上に患者さんの氏名が
リマインダーとして出てくるので、担当した看護師やソーシャルワーカーはBereavement
Careとして電話や手紙でコンタクトを取ることができる。これが継続的なBereavement Care
になると同時に関わったスタッフ自身の精神的なサポートにもなっている。
このデータベースシステムはBallaratの地域訪問看護センター(ホスピスケアプログラム
と は 別 組 織 ) を 運 営 し て い る 団 体 (Ballarat District Nursing & Healthcare
Inc, http://www.bdnh.com.au/bdnh/index.html)が開発しており、現場で働く看護師の意
見を反映させて作ったため、非常に使いやすいという評判で他の州・地域でも利用されて
いるようである。
そして、患者さんの詳細な情報(診断・治療、現在の服薬など)は Word 形式で保存し、
訪問毎に看護師が Up Date する。この Word 形式の情報は看護師各自が貸し与えられている
Palm に保存され、夜間の呼び出し時には自宅で患者情報を確認しながら対応できるように
なっている。このシステムは当初 Palm を使いこなせないという理由で看護師から反対意見
もあったが、暫定的にシステムを開始したところ、作業効率が上がり看護師も Palm を使い
こなせることが分かったため、現在では Palm を中心とした情報交換が行われている。

b)看護師の勤務体制
設立当初は常勤看護師が多かったそうだが、連日の勤務による疲労や子供の成長とともに
勤務条件が厳しくなっていったため、数年前から基本的には非常勤採用として、常勤看護
師は組織を管理するもの1名(実際の訪問看護には関わらない)のみとして、各看護師の
生活に合わせられるように変更した。
そして、この無理がない勤務体制がスタッフの質の向上につながり、最終的には地域に提
供されるサービスの質も向上していると考えられているようである。

c)看護師の継続教育
勤務している看護師は常勤でも非常勤でも有給の研修日が年間5-7日程度与えられてお
り、平日の勤務日に自分が興味ある分野のセミナーに参加できる。これはオーストラリア
全土の看護師教育に共通しているようだが、セミナーなどに参加することも勤務と考えて
休暇を利用せずにストレスなく教育を受けられるように配慮されているようである。そし
て、セミナーの方もこのような研修体制を考慮して1つのテーマについて1-2ヶ月に 1
回のペースで継続的にセミナーを行い、1 年間で完結するようなプログラムになっている。
図 3 バララットの地域ホスピス緩和ケアプログラム

Base 病院や
Gandarra
Palliative
Care Unit

Grampians かかりつけ医
Palliative や
Care 主治医
チーム

患者さん

家族

地域の 地域のホーム
訪問看護 ヘルパーなど
ステーション

Ballarat
ホスピスケア
サービス

3. Gandarra Palliative Care Unit


ここは 10 年まえに建設されたベッド数 9 床の緩和ケア病棟だが、リハビリテーション病
棟や老年科病棟と一緒に合計 60 床程度の医療複合施設の中にある。この施設は Ballarat
地域の公的医療機関である Ballarat Health Service の1つとして運営されており、基幹
病院である Base Hospital からは約 500m 離れた場所にある。この病棟では症状コントロー
ル、看取り、そしてレスパイトケアが行われており、平均入院日数は約 2 週間で待機リス
トには常に数名が登録されている。
ここは Brumley 医師と卒後 1~2年目の研修医 1 名が常勤で、緩和ケア専門医を目指す
GP が研修を兼ねて、非常勤医師として週 2 日勤務している。Brumley 医師が緩和ケアチー
ムや在宅ケアも担当しているため、コンサルトや往診で病棟を空けることが必然的に多く
なり研修医の負担が多くなると思われるが、ここでもやはり専門看護師の技量が非常に高
く、状況の変化に適切に対応できるため Brumley 医師が不在でも問題なく運営されている。
例え、夜間に患者さんが亡くなっても看護師による確認のみで良く、必要な書類は翌日
に医師によって書かれていた。このシステムは在宅でも同様で亡くなったことを確認する
ために医師が夜間に呼ばれることは基本的にはないそうである。日本では法的問題もあり、
このようなシステムを導入するのは現時点では難しく、国民性の違いも影響して患者・家
族側の考えも 2 国間では異なると考えられるので現実的ではないかもしれないが、医療者
の負担を分担するという考え方は取り入れていくことができるのでは?と感じた。
この病棟では週 1 回医師、看護師、リハビリ、ソーシャルワーカー、Pastoral Care の担
当者などが患者さんの病状、今後の方向性などについてディスカッションしている。
また、毎週定期的に看護師を含めた勉強会が行われており、臨床現場で出された疑問や
学会でのトピックスなどを医師や看護師が講師となって話し合う時間が作られている。企
画・運営をしている Brumley 医師の考えは、
「忙しいからこそ、少しでも時間を作って職員
のレベルを向上させなければいけない」というもので、この姿勢が看護師たちのモチベー
ションにもつながっている印象を受けた。
そして、患者・家族のみならず働くもの自身の健康管理を非常に大切にするオーストラ
リアらしく、患者さんが亡くなった場合や難しいケースがあった場合には、誰からともな
く振り返る時間を作りストレスをためないように、そして新しい仕事に取り組めるように
意識している姿勢に感銘を受け、いわゆる医療者の「燃え尽き症候群」が問題になってい
る日本でも取り入れることができるのではないか?と感じた。

最後にバララットでの研修スケジュールを以下に示す。

Barallat 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り 申し送り/回診 申し送り/回診
午前 申し送り/回診 オンコロジー 申し送り/回診
Journal Club
ミーティング
病棟/訪問診療 僻地訪問診療
ホスピスケア 外来/コンサル
午後 /コンサルト業 病棟/訪問診療
ミーティング ト業務

§3 Peter Maccallum Cancer Centre(http://www.petermac.org/ )の緩和ケアチーム

ビクトリア州の州都メルボルン市内にある Peter Maccallum Cancer Centre(PMCC)は


ベッド数約 90 のガンセンターである。
ここでは、緩和ケア病棟を持たず緩和ケアチームがコンサルタントとして各診療科から依
頼を受けた患者の症状マネジメントなどを行っている。
チームは常勤専門医 1 名、非常勤専門医 3 名、レジストラー1 名、専門看護師 1 名、研
究専任看護師が 2 名、そしてサポートしてくれるチームとして Psyhco-Oncology チーム(常
勤精神科専門医 1 名、非常勤 2 名、レジストラー1 名)と Pain チーム(常勤麻酔科専門医
1 名)がある。
緩和ケアチームは主に疼痛、嘔気・嘔吐などの症状コントロールと退院後の地域ホスピ
ス緩和ケアサービスへの移行をマネジメントすることを依頼される。緩和ケアチームが担
当するのは常時 15 名前後であるが、数日間の化学療法期間中だけの症状コントロールもあ
れば数週間単位で症状コントロールと退院マネジメントを行うケースも見られた。
Ballarat と同様に地域との連携では、専門看護師が非常に重要な役割を果たし、退院後
のサポート体制のマネジメントやホスピスに移る場合に必要な特殊用具(脊椎麻酔用の持
続ポンプなど)を手配するなどしている。
疼痛コントロールは主にモルヒネ、フェンタニル、オキシコドンを使用し、神経障害性
疼痛には塩酸ケタミン持続皮下注射、ギャバペンチン、プレギャバリン、メサドンを組み
合わせて対応し、コントロール不良の場合は硬膜外・脊椎麻酔を併用することもしばしば
見られた。
嘔気・嘔吐のコントロールで印象的だったのは、日本では副作用が問題視され積極的に
使われていない levomepromazine を少量(6.25mg 皮下注)から開始し、症状コントロール
を行っていた点である。緩和ケアチームの長年の教育効果もあって、オンコロジストがオ
ピオイドを開始するときは、嘔気・嘔吐の対策も行われているためコンサルテーションさ
れるときには、様々な制吐薬が効かない難治性嘔吐が多いため levomepromazine の使用頻
度も多いようである。この薬剤は日本でヒルナミン/レボトミン®として統合失調症や躁鬱
病のコントロールには認可されているが、制吐薬としては認可されていないため今後日本
でも臨床試験などを通して日常診療で利用できるようになることが期待される。

独自の病棟を持たずオンコロジストからの紹介を受ける形で診療を行うため、オンコロ
ジストとの関係は重要視されており、オンコロジストが開催する各カンファレンスへ参加
したり、逆にこちらが開催するミーティングに誘ったりしてコミュニケーションを取るよ
うに心がけているようであった。そして、投薬やマネジメントに関して常にタイミング良
くオンコロジストへフィードバックしようと努力している姿が印象的であった。
しかし、実際はなかなかオピオイドによる疼痛コントロールや治療・退院マネジメント
において改善が見られないようで、いかにオンコロジストを教育していくか?という点に
ついて緩和ケアチーム内で議論が行われることが多かった。特に積極的なガン治療と症状
コントロールの共存ができること、そして積極的なガン治療を中止するタイミングについ
てオンコロジストの意識を変えていくことが重視視されていた。

印象に残っている活動が、15 歳から 25 歳前後の青年期のがん患者さんを対象に緩和ケア


を啓蒙・普及し、緩和ケアを積極的に取り入れていくためのプログラム、OnTrac@Peter mac
という活動である。青年期のがん患者さんは疾患も高齢者とは異なるし、精神的な反応や
周囲の家族・友人との関係などといった特有の問題を抱えることが多いため、緩和ケア医、
腫瘍医、腫瘍精神科医、専門看護師、ソーシャルワーカーが共同で取り組んでいる。具体
的には、PMCC に通院、入院中の対象患者(登録数は約 70 人)について、毎週変化を確認し、
今後必要になりそうなサービスや介入について、相談する。このプログラム以外にも、現
在 Cancer Survivor に対して、どのように緩和ケアサービスを提供していったら良いか?
という点が注目され、新しいプログラムを開発している途中ということであった。

このガンセンターで特徴的だったのは、Pain チームと Psyhco-Oncology チームと協同で


診療に当たっているということと、研究に費やす時間が多いことである。以下にその点に
ついてまとめていく。

1) Pain チームの関わり
Pain コントロールを専門にしている常勤麻酔科医が緩和ケアチームからの依頼を受
ける形で硬膜外・脊椎麻酔を行っている。依頼されるのは主に骨転移や脊髄播種など
による難治性の神経障害性疼痛で、様々な鎮痛薬を試してもコントロール不良だった
り副作用のため継続困難な場合が適応となっている。硬膜外麻酔、脊椎麻酔に使用す
る薬剤は麻酔科医の判断で決定するため、緩和ケアチームが調整することはないが常
に情報交換し包括的なマネジメントができるように努力していた。

2) Psycho-Oncology チームの関わり
Psycho-Oncology チームはガンセンターに入院中の患者さんだけでなく、外来診療も
行っている。入院中の患者さんで多い依頼は、ガン罹患後に発症した不安、抑うつ、
適応障害、せん妄、そして元々統合失調症などの精神疾患を抱えている患者さんが入
院した場合に治療に当たる。緩和ケアチームは彼らとオフィスが同じということもあ
って常にコミュニケーションを取り情報交換をしている。Psycho-Oncology チームか
らすると緩和ケアチームは早い段階で心理社会的な側面についても問題を評価して
紹介してくれるということで非常に働きやすいということであった。
3) 研究活動について
緩和ケアチームは毎週火曜午前中を Research Meeting、木曜のランチタイムを
Academic Meeting として研究活動に関して意見交換・議論する場を定期的に設けて
いる。Research Meeting では各自が現在行っている研究についての報告や相談に合
わせて、緩和ケアチーム自体の活動報告や振り返りを行っている。チームの活動報告
としては、登録データベースを元にして紹介患者数、紹介から初診時までの時間、依
頼された問題、様々な予後評価ツールを利用した初診時の臨床的な評価などを毎週数
項目ずつ確認し、今後の活動に反映できるようにしているのが印象的であった。また、
新しい研究テーマがないか?という議論もされ、後期研修中のレジデントに「こうい
うテーマでやってみたら?」というように教育的な内容も含まれている。Academic
Meeting は緩和ケアチーム以外の Pain チームや Psycho-Oncology チーム、そして臨
床研究専任の看護師などと共に各チームが毎週持ち回りで最近の研究トピックや院
内で行われた研究報告を行い、部署を超えた意見交換を活発に行っていた。
このような研究活動を臨床活動と平行して行うのは、とても大変だと思うが、こちら
では研究活動も回診や外来と同じく重要な臨床活動なので、そのためにはきちんと時
間を設けるという姿勢で取り組んでいるようである。

最後に Peter Maccallum Cancer Centre(PMCC)での研修スケジュールを以下に示す。

PMCC 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り/ チーム
Journal Club/
午前 申し送り・回診 Research meeting/申し送 申し送り・回診
申し送り/回診
meeting り・回診

Ground Round/ 放射線カンファ Academic


午後 病棟 病棟
外来 /回診 meeting/回診
§4 McCulloch House での緩和ケアサービス

McCulloch House はメルボルン中心部から電車で南へ 30 分ほど行ったところにある独


立型緩和ケア病棟である。この地域は Southern Health Care Service によって医療システ
ムが運営されており、その中心となるのが Monash University 付属の Monash Medical
Centre であり、McCulloch House はこの Monash Medical Centre の敷地内に位置する。
McCulloch House は 1992 年に設立され、現在 16 床で運営されている。研修期間中は看
護職員の離職・病欠のため一時的に 10 床で運営されていた。スタッフは常勤医師 1 名、非
常勤医師 2 名、レジストラー1 名、インターン 1 名で、その他に専任ソーシャルワーカー1
名、Postal Care 1 名 であった。
この地域の特徴は、非英語圏の住民が非常に多く患者の約 25%は英語がしゃべれないギ
リシャ人、イタリア人、ベトナム人などが占めていることである。そのため、病状説明や
方針を決定する際には、英語のしゃべれる家族もしくはボランティアの通訳を必ず同席さ
せないと意思疎通が図れないことが多い。
そして、様々な文化が混在しているためオーストラリアで通常行っているような本人へ
の告知や残された時間をどのように過ごすか?などという内容は家族から強い反対を受け
て告知できず「関節炎の治療をします」などと言った嘘をつきながら治療を行っていくこ
ともあるそうである。
この施設は主に症状コントロール、レスパイトケア、そして terminal care を行っている。
時期によって患者さんの入院目的は大きく変化し、研修した時期がクリスマス前だった影
響でレスパイトケアの依頼がやや多かった印象がある。もちろん、レスパイトケア中でも
クリスマスは自宅に外出・外泊できるように調整し、なるべく家族と過ごす時間が取れる
ように配慮している。
毎週多職種との合同カンファで、患者さんの今後の方針などについて相談し、情報の共
有を図っている。また、毎週行われている Journal Club では、医師や看護師が持ち回りで
最近のトピックなどについてまとめ、発表している。
また、救急センターを抱える総合病院 Monash Medical Centre に併設されていることも
あって、コンサルタントの医師は毎週専門看護師と共に、依頼のあった一般病棟患者さん
の診察に出かけていく。依頼されるのは、悪性腫瘍の患者さんだけでなく、COPD や慢性
心不全、慢性腎不全などの非悪性腫瘍の患者さんも多い。ここでの研修期間中では COPD
の急性増悪を繰り返して入退院を繰り返していた患者さんのケースが印象に残っている。
今回は肺炎などの誘因なく低酸素血症による意識障害で入院し、意識回復後に自分の意思
で「これ以上酸素をつけて生活はしたくないので、呼吸苦がない状態にしてくれるならば
酸素を止めたい」と申し出、医療チーム、家族とも相談の上、本人の意思を尊重し、症状
コントロールを行いながら、苦しくない範囲で酸素を減らしていくという方針になった。
このようなケースは、オーストラリアでも多いケースではないそうだが、本人の意思を
尊重し、最大限のサポートを行っていくという姿勢にはとても感銘を受けた。

最後に McCulloch House での研修スケジュールを以下に示す。

McCulloch 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り 申し送り 申し送り 申し送り 申し送り
午前 オンコロジストと
回診 回診 回診 回診
の合同カンファ
Journal Club
合同カンファ コンサルタントと コンサルタントと
午後 病棟業務 病棟業務
コンサルタントと 腫瘍病棟回診 一般病棟回診
緩和病棟回診

§5 Calvary Health Care Bethlehem での神経筋疾患に対する緩和ケアサービスと


包括的緩和ケアサービス

Calvary Health Care Bethlehem は 1982 年に創立され、当初は小児科や外科、産婦人


科などを備える総合病院だったが、様々な経緯を経て現在は緩和ケアと神経筋疾患対象の
入院・在宅ケア・ディサービスのみが運営されている。このような施設はオーストラリア
でも珍しく神経筋疾患の緩和ケアに関しては、オーストラリアでも有名な施設である。ま
た、音楽療法士が 7 名在籍するというオーストラリア最大の音楽療法を行っている施設と
いうことで病棟だけでなく、在宅でも音楽療法が提供されているそうである。

緩和ケアと神経筋疾患を対象とした入院・在宅ケア・ディサービスはとても密接に連携
しているが、説明の便宜上、今回は緩和ケア部門と神経筋疾患部門、そしてディサービス
部門に分けて記載させて頂く。

1. 緩和ケア部門
入院病棟は 40 床あり、常勤勤務医が 3 名、レジストラー(後期研修医)が 1 名で
運営されている。病棟は大きく分けて 2 つの役割を持ち、症状コントロール・レスパ
イト中心の病棟が 20 床、リハビリ目的や長期在院になりそうな患者さん(Aged Care
も少し含む)のために 20 床が用意されている。
医師・看護師以外に PT/OT、MSW,ST,グリーフケア、音楽療法士、Bereavement Care
など総勢 15 名ぐらいで毎週カンファレンスを開催し、各職種とも活発な意見交換を
行っているのが印象的であった。また、会議の進行は各職種が毎週持ち回りで行って
いるのもユニークであった。
患者さんは前述の McCulloch House と同様に移民が多いため、イタリア系、ギリ
シャ系、ロシア系、バルカン諸国など多岐に渡り、英語が全くしゃべれない患者さん
も多かった。通訳を介して家族会議などを行うが、日常の診療に関しては図などを使
って意思疎通を行っていた。
在宅ケアも盛んで 2 つの在宅チームで約 200 名の患者さんを担当していた。1 チー
ム14,5人の看護師が登録され、基本的にはパートタイム勤務(週 2-4日ぐらい)
である。疾患は小児から非悪性腫瘍まで多岐に渡っていた。

2. 神経筋疾患部門
神経筋疾患部門では主に ALS、多発性硬化症、ハンチントン舞踏病、パーキンソン
病などの患者さんが、症状コントロールやレスパイト目的で入院されていた。この施
設では terminal care を必要とする患者さんはほとんどおらず、多くの患者さんが在
宅で亡くなるという事であったが、これは在宅ケア部門のサポートがあるからできる
事であると病棟医は仰っていた。
印象的だったのは、日本で通常見られる人工呼吸器を付けた患者さんが 1 人もおら
ず、呼吸筋が障害された場合は夜間のみ経鼻 CPAP を付けるということであった。こ
の施設の方針として、ALS などの診断がついた時点で、患者さんや家族と今後の病状
の推移や必要となってくる事柄について何度も話し合うそうである。その中には当然
呼吸筋が障害された場合のことも含まれており、経鼻 CPAP の紹介と共に、どのよう
な状態になったら経鼻 CPAP を中止するか?ということもきちんと決めるそうである。
もちろん、呼吸苦などの症状コントロールは適切に行うことを前提として話を進めて
いくそうである。国民性の違いかもしれないが、人工呼吸器を希望する患者さんはほ
とんどいないそうである。
そのような事もありこちらの神経内科医や理学療法士、言語療法士などは日本で人
工呼吸器を付けている患者さんが多いことや、呼吸筋麻痺による呼吸障害で緊急挿管
される例があることをよく知っており、「なぜ、そのような事態になるのか?」と再
三質問された。
個人的に感じる大きな違いは、こちらの先生が繰り返し仰っていた「診断の時点か
ら緩和ケアサービスを提供する」姿勢だと思われる。こちらでは、病名告知や病状の
推移などの見通しについては、きちんと本人、家族に説明し Advanced Directive を
決めるそうである。この点は、まだ日本国民及び医療関係者がきちんと議論していな
い点ではないだろうか?そして、現在、がんのホスピス・緩和ケアに対する認識は高
まっていると思われるが、このような治癒が見込まれない神経筋疾患や慢性心不全、
腎不全といった非悪性疾患に対する緩和ケアサービスの提供が、これから最も大事で
はないであろうか?この点については、医療界だけでなく国民と共に議論していく場
が必要と思われる。
この施設では、現在緩和ケア在宅部門と神経筋疾患在宅部門の統合を開始したとこ
ろで来年中には、統合された在宅ケア部門が悪性疾患、神経筋疾患、そして非悪性疾
患の在宅緩和ケアを提供するようになるということである。
3. ディサービス部門
ディサービス部門は神経筋疾患を対象にしたものと、緩和ケア患者を対象にしたも
のに分かれている。どちらの部門も対象は入院、在宅患者であり、神経筋疾患を対象
としたディサービスは平日毎日、緩和ケア患者さんを対象としたものは、水曜と金曜
のみとなっている。
内容は各部門を統括している看護師が参加者の状況を見ながら日々プログラムを
作成していく。神経筋疾患部門では絵を描いたり何かを作ったりする Art Therapy や
参加者が関心を持ちそうな話題で討論をするといった Discussion Group,そして全員
で音楽を聴いたり映画を見たりする場合もあるそうである。緩和ケア部門もほとんど
一緒であるが昼食後に理学療法士と共に軽い柔軟体操を行う点が神経筋疾患部門と
の違いである。

そして、他施設と大きく違う点として音楽療法の充実が挙げられる。7 名の音楽療法士が在
籍し、病棟患者だけでなく在宅患者へも音楽療法を提供し、同時に音楽療法が患者さんに
与える影響についても積極的に研究し、様々な発表を行っている。現時点で言われている
のは音楽療法によって不安や抑うつ症状を有意に改善できるということで、このような効
果が望まれる患者さんへは積極的に介入しているそうである。

最後に Calvary Health Care Bethlehem での研修スケジュールを以下に示す。

Bethlehem 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り 申し送り 申し送り 申し送り 申し送り
回診/ディセンタ 回診/ディセンタ
午前
回診 回診 ーのバックアッ 往診 ーのバックアッ
プ プ
Journal Club 病棟/ディセンタ 病棟/ディセンタ
午後 病棟業務 ーのバックアッ 往診 ーのバックアッ
合同カンファ
プ プ
§6 SAPS(Southern Adelaide Palliative Service)での地域ホスピス・緩和ケアプログラム

SAPS は南オーストラリア州の州都アデレードの南部を中心にホスピス・緩和ケアサー
ビスを提供している。具体的なサービスは在宅ケアを提供する Outreach Nurse、症
状コントロールやレスパイトケアを提供する緩和ケア病棟(Daw House)、緩和ケア病棟を
持たない病院へのコンサルト業務、そして外来に分かれる。以下に各サービスについて説
明していく。

1. 在宅ケア
SAPSでは、SAPSがカバーするエリアを地域毎に4つに分割し、各エリアに専任の
専門看護師を配置している。各地域には 40~50 名程度の患者が登録されており、外
来通院のみの患者も含めるとSAPS全体で 300 名近い患者を担当している。
専任の看護師は直接患者宅に訪問看護を行う訳ではなく、実際の訪問看護を行うの
はRoyal District Nursing Service (RDNS http://www.rdns.com.au/ )である。専
任看護師は患者の現状を把握し、今後必要なサービスなどを考えマネージメントし
ていくことが仕事の中心である。そして、RDNSで対応・判断が難しい場合には直接
患者宅に訪問する場合もある。
この在宅ケアサービスには、毎週 20 人近い患者さんが病棟、開業医、ナースなど
から紹介され、トリアージナースと言われる 1 人の看護師がほとんど全てのケース
に関して初期アセスメントを行い、在宅ケアのサービスが必要か判断する。判断が
難しい場合には、在宅ケア専従の医師に往診を依頼し、協議の上でサービス導入の
可否を決定する。
患者の疾患としては、悪性腫瘍だけでなくALSなどの神経筋疾患、慢性腎不全や慢
性心不全といった慢性期の良性疾患など多岐に渡る。そして、病状も様々でほぼ自
立して日常生活を送っている者から自宅で最後を迎える方もいる。しかし、在宅に
おける看取りというよりも診断直後の早期の段階で在宅ケアが導入されており、日
常生活におけるサポート、そして、より質の高い生活を送るために何ができるか?
という視点からのアプローチが多くされており、とても興味深かった。
毎週月曜日には医師・専任看護師・RDNSナース・ボランティアなどによるミーティ
ングが行われ、変化のある患者さんや新しく紹介されてきた患者さん、そして先週
亡くなった患者さんについて報告を行う。
ミーティングの最後には参加メンバーの 1 人が患者からの手紙を朗読したり、自
分自身に関する振り返りを行うことで、メンバーのdebriefingを行っており、働く
もの自身の心身の健康を維持することを重視しているオーストラリアの特徴が現れ
ていると感じた。
2. Daw House における緩和ケア
Daw House は退役軍人のための総合病院であるRepatriation General Hospital
(http://www.repat.com.au/service.asp?ServiceName=Palliative%20Care )内に
設置された独立型緩和ケア病棟である。ベッド数は 15 床で 2 人のコンサルタント、
1~2 人のレジストラー、そして 1~2 人のレジデントという構成で運営されている。
病棟の管理・運営自体は看護師長が行い、待機リストにいる患者のうち誰を入院さ
せるかなどのマネジメントは看護師長がほとんど行っている。
入院目的はレスパイト、症状コントロール、そしてターミナルケアであるが対象
疾患は在宅サービスと同様に悪性腫瘍に限らず、ALSなどの神経筋疾患や腎不全など
の慢性疾患と多岐に渡る。Daw HouseとSAPSの事務所は隣接しており常にお互いの医
師、看護師がコミュニケーションを取り、実際に退院予定の患者を診察に行って退
院後の在宅ケアの相談を行ったりしている。ボランティアも充実しており、ハーブ
を引いてくれる方や定期的に犬と一緒に部屋を訪れてくれる方など様々である。そ
して、この犬というのがボランティア用に特別に訓練されているというのも驚きで
あった。

3. 緩和ケアコンサルトチーム
緩和ケアコンサルトチームは、Repatriation General Hospital (RGH)、Flinders
Medical Centre (FMC)、Noarlunga Health Services (NHS)の3つの病院を担当し、
専任コンサルタント 1 人、レジストラーが 3 人(いずれも在宅や病棟などと兼任)、
専任看護師が 3 人で構成されている。Flinders Medical Centre では、3-4 人の入院
患者を緩和ケアチームが担当し、その他の専門科からのコンサルトを受けるという
形だが、残りの2つの病院では緩和ケアチームの入院ベッドは持たず、コンサルト
だけを受けるという形となっている。コンサルト内容のほとんどは疼痛などの症状
コントロールだが、化学療法後の在宅での療養に関しても相談を受けることがある。
積極的にアドバイスをする場合もあれば、コンサルトを受けた時点で特に介入する
必要がないと判断されれば、患者、家族への挨拶程度にとどめ、今後の経過を見守
っていくという形になる。この際に、非常に重要なのが専任看護師の存在である。
彼女達が随時情報を確認してくれるお陰で、介入のタイミングなどを逃さずに対処
できている。

4. 緩和ケア外来
Repatriation General Hospital (RGH) 、 Flinders Medical Centre (FMC) 、
Noarlunga Health Services (NHS)の各病院で週 1~2 コマの外来を行っている。
RGH では、2 週に 1 回の割合で ALS などの神経筋疾患専門の外来を行っている。
そして、この外来と同時刻に RGH の消化器内科チームが ALS 患者の嚥下機能を評
価する検査も行っているため、外来患者は外来通院と同時に定期的な嚥下機能の評
価を行っている。前述した Calvary Health Care Bethlehem でも述べたように、オ
ーストラリアでは ALS などの神経筋疾患が診断早期の段階で緩和ケア医に紹介され
神経内科医と共同で症状マネジメントを行っていく。そして、多くの場合が緩和ケ
ア医の外来通院のみとなり必要に応じて神経内科医や呼吸器内科医への紹介を行う
形になる。オーストラリアでは 10 年程前までは ALS などの疾患は神経内科医のみ
が診察・マネジメントしていたが、診断早期から緩和ケアのアプローチが必要とい
うことを教育していった結果、現在のように緩和ケア医が中心となってケアのマネ
ジメントを行う体制ができていったそうである。今後の日本のホスピス・緩和ケア
の方向性を考える上でも参考になる取り組みだと思われる。

SAPS では、この他にもマッサージやアロマセラピーなどの Complementary Therapy


が積極的に行われたり、Flinders University と共同で臨床研究も盛んに行われており非
常に活動的な組織であった。そして、患者のアクセスや病状に応じて入院や外来を行う
医療機関は異なるが、患者の動向を包括的に見守る SAPS という組織が患者全体のケア
サービスをマネジメントし、必要に応じたサポートを提供していくという典型的なオー
ストラリアの「地域包括的ホスピス緩和ケア」を実感できた研修であった。今後の日本
も医療施設毎に患者を把握し、マネジメントしていくという考えではなく、
「地域」とい
う視点から各患者へのサービスを調整する組織を確立し、その組織が中心となって「地
域」の医療・福祉資源を活用し「地域」に根付いたホスピス・緩和ケアプログラムを提
供していくことが重要と思われる。

最後に Southern Adelaide Palliative Service での研修スケジュールを以下に示す

SAPS 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
教育セッション/
コミュニティー 申し送り 申し送り 申し送り/回診 申し送り
午前 ミーティング
ビジネス コンサルタント Psycosocial コンサルタント
往診
ミーティング ミーティング ミーティング ミーティング
コンサルタント コンサルタント
午後 回診 往診 外来
回診 回診
§7 Western Adelaide Palliative Service での地域ホスピス・緩和ケアプログラム

Western Adelaide Palliative Service はアデレード北西部に位置する The Queen


Elizabeth Hospital の中に事務所がある。病院自体は公立病院で約 50 年前に設立され、
緩和ケア部門(Western Adelaide Palliative Service)がスタートして約 10 年、そし
て院内併設型 PCU(12 床)ができて 3-4 年という概要である。周辺住民はギリシャ、
ベトナム、イタリアなどの移民、そしてアフリカなどからの難民が中心で低所得層が
多いのが特徴である。
また、Western Adelaide Palliative Service の特徴は病院から車で 15 分ぐらい離れ
たところにあるナーシングホーム内にある Philip Kennedy ホスピスの運営にも協力し
ていることである。
今回は院内の緩和ケア病棟、院内コンサルタント業務、在宅ケア、Philip Kennedy
ホスピス、そして Western Adelaide Palliative Service が運営する Bereavement Care
について説明していく。
1. 院内緩和ケア病棟
院内緩和ケア病棟は主に他の診療科から受けたコンサルタント患者や在宅ケアの
患者の症状コントロールを入院目的としている。症状としては、疼痛コントロール、
呼吸苦などが一般的なものだが、地域的特徴から英語がしゃべれない患者の割合が
高く、回診で症状を的確に捉えるのが難しい場合が多い。可能な限り通訳ボランテ
ィアに協力をお願いするが、言語も 3-4 種類に及ぶため通訳の確保もなかなか大変で
ある。病棟自体ができて 3-4 年ということもあり、看護師などのスタッフも未経験者
が多く、定期的に教育セミナーを開催している。平均在院日数は 10 日前後というこ
とで状態の安定している患者などは後述する Philip Kennedy ホスピスに転院するケ
ースが多いという事である。
病棟の管理・運営は専任コンサルタント 1 名、レジストラー1 名(卒後 5 年目以上)、
レジデント(卒後 2-4 年目)1 名、インターン(卒後 1 年目)1 名という構成で行わ
れ、週 1 回は在宅ケアなどを担当している他のコンサルタントも交えて、3 人のコン
サルタント全員で合同回診を行い、様々な視点から評価を行えるようにしている。
コンサルタント 3 人は 6 週毎に病棟、在宅・ナーシングホーム、研究という担当を
ローテーションするため、お互いの立場を理解しあった連携が取れており情報交換
も非常にスムーズであるという印象であった。このようなコンサルタントのローテ
ーション方式は珍しいようで、一番の目的は業務の負担が 1 人のコンサルタントに
集中しないようにし、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥らないようにお互いが注意
しているということであった。
日本では、コンサルタント(専門医)それぞれが外来・病棟・在宅を兼務してい
るパターンが多いが、このような「分散ローテーション型」も面白い方法と思われ、
更に医師の過労を防いだり、定期的に違う環境で働くことでモチベーションの維持
もできるのではないだろうか? 今後日本での勤務形態を考えていく上で参考にな
るものと思われた。

2. 院内コンサルタント業務
病院全体で 350 床の入院ベッドを持ち、腫瘍医や外科医も多いため緩和医療科へ
のコンサルトは非常に多い。多くがコントロール不良の疼痛や嘔気などであるが、
モルヒネなどを使った疼痛コントロールが各専門医に浸透してきているため、相談
された時点では大きな変更はなく、原因検索であったり脊椎・硬膜外麻酔による疼
痛コントロールの適応を検討したりするケースが多い。
週 1 回腫瘍医との合同カンファレンスに参加し、情報交換を行い、その場で治療
方針のアドバイスを与えることもある。

3. 在宅ケア
Western Adelaide Palliative Service が担当する地域は4つに分割され、各地域に
専任のコンサルタントと看護師が 1 名ずつ配置される。
(在宅ケア担当のコンサルタ
ントは 2 箇所の地域を担当)。Western Adelaide Palliative Service のサービスを希
望する患者さんは地域のGPや病院の専門医から紹介され、その患者さんが住んで
いる地域の担当看護師が初期評価に訪れる。そして、Western Adelaide Palliative
Service の介入が必要と判断されれば、必要と思われるケアなどを調整し、関係する
部署(訪問看護ステーションなど)に連絡を取る。
Western Adelaide Palliative Service の専任看護師は直接的な看護・介護は行わず、
症状や状況の評価及び方針決定が中心となる。直接的な看護・介護は RDNS という
地域の訪問看護ステーションの看護師が行う。
夜間・休日などの救急対応はオンコール医師が担当し、必要があれば臨時往診も
しくは救急外来受診をしてもらい対応する。

4. Philip Kennedy ホスピス


Philip Kennedy ホスピスは、Southern Cross Care というキリスト系団体が全国経
営しているナーシングホーム内(High Care 88 床、Low Care 70 床)にできたホス
ピス(14 床)でオーストラリアでも珍しいモデルである。入院患者は比較的症状が
落ち着いてはいるが、在宅ケアのための家族サポートが得られないようなケースが
多く、ナーシングホーム入院規定として 65 歳以上という決まりがあるが、近年は 65
歳以下でも病状や家庭状況によっては特例的な形で入院を認めるケースが増えてい
るということであった。
このホスピスの設立にあたっては、Philip Kennedy ナーシングホームの管理・運
営に関わっていた 1 人の GP が 1980 年代中頃に緩和ケアの概念に感銘を受け、州政
府に働きかけてホスピス病棟の建設や看護師の増員のための予算を獲得したことで
ホスピス設立が可能となった。当初はこのナーシングホームと契約している数名の
GPが主治医として診療にあたり、Western Adelaide Palliative Service がコンサル
タントとしてサポートするという形式だったが、近年は診療報酬改定などの影響で
GPの診療業務が外来中心にせざるを得なくなり、ナーシングホームでの診療時間
確保が難しくなったため、実質的には Western Adelaide Palliative Service の在宅
ケア担当医師が Philip Kennedy ホスピスの診療も担当する状況になっているようで
ある。そのため、コンサルタントの負担が増え、現在の診療体制を維持することが
困難になりつつある。
今後は以前のようにGPの診療参加を促すためにも、ナーシングホームで診療し
たGPがある一定レベルの報酬を受けられるように州政府から予算を獲得するなど
の方法を考えているようであるが、具体的な解決策はまだ見つかっていないようで
ある。
少子高齢化や核家族化が進み在宅での介護力が確保しにくくなっている日本でも
今 後 は 介 護 療 養 型 施 設 で の 終 末 期 ケ ア が 増 え て い く こ と が 予 想 さ れ 、 Philip
Kennedy ホスピスのような施設も建設されてくるかもしれないが、重要なのは長期
に渡って地域の資源として活用していくために継続的かつ維持可能な運用システム
を構築することであり、そのためには、いかに地域のGP(一般開業医)や看護師・
介護師などの協力を得られるか?という点になると思われる。それと同時に非専門
医である Health Care Provider に緩和ケアの概念や知識・技術を伝えていく教育的
な介入も必要になると思われる。

5. Bereavement Care
Western Adelaide Palliative Service による Bereavement Care は 4-5 年前にサービ
スの一部として開始され、現在は 1 人のコーディネーターと 3 人のソーシャルワー
カー、20 人前後のボランティアと共に活動している。活動内容は亡くなった後に
Bereavement Care が必要と思われる家族を看護師やソーシャルワーカーがプログ
ラムに登録し、その人達へ定期的に手紙を送ったり電話をすることだけでなく、年 1
回 Memorial Walk というイベントを開催したりする。Memorial Walk では、「我々
はあなたのことを忘れない」という主旨の言葉が書いてある横断幕を掲げながら、
海岸沿いの歩道をスタッフと共に歩くそうである。プログラムに登録された人の中
でカウンセリングや精神科医の診察が必要と思われるケースについては、心理療法
士や精神科医に相談することもある。現在 285 人がプログラムに登録され、月 1 回
行われる Coffee Club(みんなでランチやコーヒーをとりながら雑談をする)には毎
回 10 人前後が参加しているそうである。
また、このプログラムにはボランティアの協力も必須となっており、現在 22 名のボ
ランティアが登録し、様々な部分で Bereavement Care の活動に協力している。

この研修期間中は新しく配属になったレジストラーとレジデント及び医学生 2 名と
共に活動させて頂いたが、印象に残っているのは毎週火曜の午前中に医学生を含めた
全スタッフに「この 1 週間はどうだったか?」
「何か困っていることはないか?」
「自
分の研修目標は実現できているか?」などといったことを 1 人ずつに聞いていき、個々
人の仕事内容を振り返ると同時に業務内容などに必要な改善点などを全員で議論する
場にもなっていた。
日本では、日々の業務が優先され個々人の仕事を振り返ったり、業務内容の改善点
を議論するという時間があまり重視されていないが、個々人の学習効率を向上させた
り、ストレスの蓄積を防ぐという意味でも、このようなグループとして個々人のコン
ディションや業務内容を考えていくという姿勢は、今後の日本の医療においても重要
なものと思われる。

最後に Western Adelaide Palliative Service での研修スケジュールを以下に示す。

WAPS 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り Journal Club 申し送り 申し送り 申し送り
コンサルタント
午前 ビジネス 全体 ビジネス コンサルタント
ミーティング/
ミーティング ミーティング ミーティング 合同回診
振り返り
コンサルタント コンサルタント コンサルタント
午後 往診 外来/往診
回診 回診 合同回診

§7 North Adelaide Palliative Service での地域ホスピス・緩和ケアプログラム


アデレード市北部に位置する North Adelaide 地域にある Modbury Public
Hospital(http://www.modburyhospitalfdn.org.au/ )の中にNorth Adelaide Palliative
Service がある。このサービスは 1990 年に院内に 14 床の病棟が設置され、同時に在宅
ケアを担当するコミュニティーサービスや Day Hospice Centre も開始された。
1 年半前に Modbury Public Hospital に常勤の緩和ケア医を雇用するための予算が州
政府から配分されるようになったため、現在は常勤コンサルタント 1 名とコミュニテ
ィーナース 3 名が在宅部門を担当し、病棟部門は同じコンサルタントがレジデントや
レジストラー、地域の GP や院内オンコロジストと協力しながら運営している。
常勤医師が配置されるまでは非常勤緩和ケア医と地域の GP、院内のオンコロジスト
が病棟運営にあたっていたが、需要の高まりと共にこの体制で対応できなくなったた
め、州政府から予算が配分されるようになった。
しかし、この地域はアデレード市の中で最も緩和ケアに関わる医師・看護師が少な
く、政府から割り当てられる予算も少ないため、往診・訪問看護専用の車がないこと
や看護師の人数も他施設と比較して少ないようである。しかし、1 年半前に常勤とな
った Dr. Lawrie Palmer の努力もあって今年度からは緩和ケアの専門研修を受けるレ
ジストラーも入ってきたため、徐々に活動内容を広げているようである。
ここでは病棟、在宅、そして Day Hospice Centre についてまとめていきたい。

1. 病棟
ベッド数は 14 床で主に症状コントロール、ターミナルケア、レスパイトを目的と
した患者が入院している。院内の他の専門科からのコンサルテーションも多く、個
室での対応や、積極的な症状コントロールが必要な場合は、他科からの転科という
形で入院してくる。ベッド数からすると医師の数は足りないが、Dr. Lawrie Palmer
の細やかな心配りで他の職種とうまく協力・連携できているため、人手不足を感じ
させないケアのレベルが維持できている印象である。

2. 在宅
在宅部門は専門看護師 3 人のそれぞれリーダーとして、3つの地域に分けられて
いる。各地域でのケアは主に RDNS が行い、緩和専門ナースは病棟医、開業医など
から紹介された患者さんの初期評価及びトリアージを行う。年間の紹介患者数は 600
~700 人前後となっており、毎週 12 人前後の新しい紹介患者がいる状態である。紹
介から初期評価までの時間は 1~2 日となっており、緊急を要する場合には、即日正
気評価を行う場合もある。患者さんは癌などの悪性疾患のみならず COPD、慢性腎
不全、神経筋疾患など多岐に渡る。

3. Day Hospice Centre


病棟開設直後からボランティアによる Day Hospice Centre が運営されている。目
的は、患者さんや家族が楽しい時間を過ごすことで QOL を向上させることである。
毎週木曜日の午前 11 時から毎週異なるイベント(ゲームやゲストによるコンサート)
を行い、その後参加者とボランティアスタッフで昼食を囲む。患者さんの参加は平
均 3~5 名だが、ボランティアは、毎回 7~8 人参加しているようである。そして、1
人の専任看護師がスケジュールや必要なものを調整し、運営している。現在の問題
点は運営資金であり、一部は病院が行う Raffle(院内で行う賞品があたる宝くじの
ようなもの)の利益から資金援助を受けているが、徐々に援助を減らされており、
専任看護師の人件費など最低限必要な資金のみ提供されているようである。今後ど
のように継続的に資金を確保していくか?ということが課題であると担当者は述べ
ていた。日本でも Day Hospice Centre を作る施設が増えてくると思われるが、継続
的に行うためには、運営を担当する人材確保と共に、資金獲得が1つの課題になっ
てくると思われる。

最後に North Adelaide Palliative Service での研修スケジュールを以下に示す。

NAPS 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
申し送り 申し送り 申し送り 申し送り 申し送り
午前 コンサルタント 合同カンファレ コンサルタント
外来 Journal Club
回診 ンス 回診
コンサルタント
午後 病棟 往診 往診 病棟
回診

§8 Central and East Adelaide Palliative Service(CAPS) における地域ホスピス・緩和


ケアプログラム

Central and East Adelaide Palliative Service(CAPS)はアデレード市中心部にある


Royal Adelaide Hospital(RAH)内にオフィスを持つ。活動内容はアデレード市中心
部及び東部に住む患者さんの在宅ケア、RAH に入院中もしくは通院中の患者さんに
関するコンサルテーション、そして、RAH から車で 5 分ほどのところにある Marry
Potter Hospice の病棟運営である。常勤の専任コンサルタントは 3 人、非常勤のコン
サルタントが 1 名、RAH と Mary Potter Hospice にはそれぞれ 1 名ずつのレジデン
トがいる。在宅ケアはカバーする地域を 3 つに分け、それぞれの地域に専任看護師を
配置し、患者さんのトリアージ、マネジメント及び情報管理を行っている。CAPS
には年間で約 1300 人の患者が紹介され、初期評価の後に、在宅ケアの導入、ホスピ
スへの移行など必要なサービスが決められていく。ここでは、RAH でのコンサルテ
ーション業務、Marry Potter Hospice での業務、そして在宅ケアについて述べていく。

1. RAH でのコンサルテーション業務
RAH は 1840 年に設立され本来は 848 床の入院病床を有する病院であるが現在は
看護師不足などもあって、700 床程度で運営されている総合病院である。ほぼ全ても
専門診療科が備えられ、他施設で対応できない疾患や特殊な治療を必要とする患者が
南オーストラリア州全体及び医療過疎地域である Northern Territory から重症患者
がヘリコプターで搬送されてくることもある。その中で Palliative Care Service は悪
性腫瘍や COPD、慢性腎不全などの慢性疾患を持つ患者さんの症状コントロールや
退院後のケアマネジメントなどの相談を受ける。コンサルテーション患者数は平均
25~30 人で、このコンサルテーションとは別に RAH 院内で 3~5 人程の患者を
Palliative Care Service 部門が受け持っている。他科からのコンサルテーションは主
にコンサルテーション専門看護師に連絡が来た後、看護師が初期評価、トリアージを
行い、コンサルタント医師に相談・確認を行うシステムになっていた。印象的だった
のは、コンサルテーションの初期評価を行える看護師のレベルの高さと大病院の中で
多くの他専門科とのコミュニケーションを図るため、各専門科が主催する勉強会・カ
ンファレンスに可能な限り出席しようとする各個人の姿勢である。
日本でも各地域単位で緩和ケアチームの設置が進められているが、チームに所属す
る医師・看護師などのマネジメント能力及び他専門科とのコミュニケーション能力が
円滑なチーム運営に不可欠であると考えられる。
コンサルテーション業務で興味深かったのが、近くにある Women’s and Children
Hospital(WCH) での小児緩和ケア・コンサルテーション業務である。WCH では、
約 10 年前に 1 人の看護師によって小児緩和ケアのコンサルテーションが開始された。
現在では、設立の中心となった看護師ともう 1 人が専任でコンサルテーションを受け、
週 1~2 回必要に応じて CAPS の専任コンサルタントが看護師と共に腫瘍内科カンフ
ァレンスや回診に同行して、必要なアドバイスなどを行っている。オーストラリア国
内で小児緩和ケアを行っている施設は 3~4 施設と少なく、この WCH のように看護
師だけで業務を行っている施設は他にはないそうである。小児緩和ケアに関しては、
日本でも需要が高いが専任となる医師がまだ少なく、今後 WCH のように医師だけで
なく看護師が緩和ケアサービスを提供するシステムも選択肢の 1 つとなるのではな
いだろうか。

2. Mary Potter Hospice での業務


Mary Potter Hospice は、1976 年に設立されたアデレード市中心部のやや北に位置
し、16 床を有する私立ホスピスである。ここでは CAPS に所属する 1 名の専任コンサ
ルタントが 1 名のレジデントと共に入院患者を担当している。入院目的は症状コント
ロール、レスパイト、そしてターミナルケアであるが、CAPS がカバーする患者数が多
いため、このホスピスに入院を希望しても 2~3 週間待つ必要がある場合もあるようで
ある。また、私立ホスピスのため、医療保険との兼ね合いで原則的には 28 日以上の入
院はできないことになっている。そのため、平均在院日数は 10~12 日と他施設より短
くなっている。
このホスピスでは、毎週 1 回医師・看護師、PT/OT、ソーシャルワーカー、ボラン
ティアなど全職種があつまって、入院患者に対する方針決定などを行うカンファレン
スを開催している。そのため、各職種間のコミュニケーションは良く、業務がスムー
ズに行われている印象があった。
3. 在宅ケア
CAPS は年間で 1300 人の患者が紹介され、その内 300 人前後が常に active patients
として地域ホスピスケア・プログラムに登録され、往診や訪問看護が提供されている。
カバーする地域は 3 つに分けられ、それぞれ専任の看護師が初期評価・トリアージを
行い、病状の判断が難しいものや更なる医学的な介入が必要な場合は、コンサルタン
ト医師と共に往診に出向く。しかし、基本的には専任看護師の仕事は初期評価・トリ
アージ、サービスのマネジメント、患者・家族の情報収集が中心となり、日々のケア
は RDNS という地域の訪問看護ステーションによって提供されている。
アデレード市中心部はビルなどが集中したオフィス街になっているため、在宅ケア
を受ける患者の多くは市東部地域に住んでいる。
また、印象的だったのは、在宅の患者のみならず介護施設に入所している患者のケ
アも積極的に行い、必要に応じて入院治療・検査などを行っていたことである。現在
の日本でも高齢化社会に伴って介護施設で長期間過ごす患者さんも増えており、今後
の地域ホスピス・緩和ケアサービスが介護施設も視野に入れて運営されていくことが
望まれる。

最後に CAPS での研修スケジュールを以下に示す。

CAPS 月曜 火曜 水曜 木曜 金曜
RAH ミーティン
申し送り 申し送り 申し送り
ホスピス グ
午前
カンファレンス コミュニティー コンサルタント
外来 病棟
カンファレンス 回診
コンサルタント
午後 病棟 往診 往診 病棟
回診

§9 ホスピス・緩和ケアを支える社会資源
今回の研修を通じて、医療システムだけでなく患者さんや家族の心身面を支える様々
な社会資源が充実していることも印象的だった。その内のいくつかについて以下にま
とめる。

1.Safety Link(http://www.safetylink.org.au/home.php)
これは、個人専用の通報ベルを持つことで何かあった場合に電話ではなく、ボタ
ンを押すだけで中央管理システムへ連絡が行き、すぐに誰かが応答するサービス
であり、前述したバララットの在宅サービスからの要望がきっかけで設立された
民間の事業である。オーストラリアでは高齢者の独居が増加し子供世帯は都心や
他州に住んでいるケースが増えている。そのため、在宅サービスなどが提供され
ていても、週 1 回の訪問看護しか他人と接する機会がないという高齢者も多い。
このサービスでは、電話ではなく個人が身に付けるペンダントやブレスレットタ
イプのブザーを支給(有料)しているので、トイレや庭などで調子が悪くなって
もすぐに連絡が取れる。連絡を受けた中央管理システムはまず自宅に設置されて
いるスピーカーから本人に呼びかけるが、応答がない場合は予め登録されている
緊急連絡先(近所の家や訪問看護ステーションなど)へ連絡する。この緊急連絡
先に登録されている者は、非常時の家の鍵の保管場所を知らされている事が必須
条件なので、すぐに自宅へ駆け付け本人を確認する。場合によっては、そのまま
救急車で搬送される場合もあるということである。
また、オプションとして毎日午前 10~11 時頃に自宅に設置されているスピーカー
から「安否確認」を行うこともあり、応答がない場合は上述と同じような手順で
本人の確認が行われる。
このシステムはスピーカー設置などの初期費用として 2 万円ほどかかるが、その
後は毎月 3000 円程度で必要な機器もレンタルなためコストはあまり掛からず好評
ということである。
離れて暮らす子供世帯にとっては、遠く離れている代わりに何かしたいという気
持ちと日々の「安心料」という考えから好評だそうである。
このシステムは既に日本でも導入されているかもしれないが、高齢者の独居を支
える上で重要なサービスになるのではないだろうか?

2.Centre Link
(http://www.centrelink.gov.au/internet/internet.nsf/home/index.htm)
これは連邦政府によって運営され、独居老人が安心・安全に 1 人暮らしができ
るように様々なサービスを継続的に提供する機関である。具体的には日々の食事
や買い物、交通手段を維持するために利用できるサービスを紹介し、利用しても
らえるように手配を行っている。日本では各病院施設で医師や看護師、ソーシャ
ルワーカーがサービスの情報提供を行うことが多いが、一度退院して状態が落ち
着くと、継続的に患者さんの生活状況を把握するのが難しく、時期に合わせた適
切なサービスマネジメントが困難になることが多い。
Centre Link のように地域に設置された公的機関が、継続的に患者さんの生活
状況を把握し、適切な介入を行うことは高齢者が自立して生活していく上で必要
不可欠と考えられ、日本でもこのような機関が全国に普及することが必要なので
は?と感じられた。
3.Grief Line(http://www.bethlehem.org.au/griefline.shtml)
これは前述したCalvary Health Care Bethlehemに併設されたグリーフケア専用
の相談窓口である。毎日正午から深夜 3 時までボランティアが電話相談を受け付
ける。相談内容はホスピス・緩和ケアの患者、家族だけでなく、家庭内の問題に
より悩んでいるものや留学してきてホームシックになっているもの、更にはペッ
トの死を悲しむ人々からの電話も含まれている。このGrief Lineの代表者が言う
には、人間は夜や夜中に寂しさを感じることが多いので、深夜まで窓口を開けて
いるということであった。また、このGrief Lineでボランティアとして働いてい
る人々は、約 3 倍の倍率の中から選ばれたもので、選ばれた後 14 週間にも渡るト
レーニングを受けているそうである。トレーニングの中身は様々で最低 1 時間相
手の話を聞くための訓練や、何人かで協力して他人をもてなすための料理を作っ
たり・・などあらゆる趣向が凝らされている。
これだけ多くの方々がボランティアとして働きたいと思うことに疑問を感じ、代
表者に聞いたところ、過去に自分自身も同じように辛い経験をしたものや、オー
ストラリアの国民性として他者のために何かできることをするという意識が強い
からであろうという答えであった。
たまたま滞在中に史上最悪の山火事が発生したが、この時も消火活動にあたるの
はほとんどが地域のボランティアであるという話も聞き、オーストラリアの国民
性を実感するニュースでもあった。
Grief Line は単独の施設が運営するボランティア中心の組織だが、Grief Care全
体に関しては、州政府も援助してGrief Care専用の教育及び相談センターを開設
している。ビクトリア州では前述したMcCulloch House内に設置されている
Centre for Grief Education(http://www.grief.org.au/ )が中心的な役割を果た
しており、地域の患者さん、家族に必要なカウンセリングや患者さん、家族のグ
ループによる定期的なグループセッションを開催している。そして、このような
Grief Careに関わるボランティアを育成する教育プログラムも行っており、
McCulloch House内に設置されているCentre for Grief Educationには現在 32 名
のボランティアが登録されているそうである。

4.薬剤の一包化(Webstercare® http://www.webstercare.com.au/home.asp)
こちらでは多くの薬局が在宅患者への薬の配達を無料サービスで行っている。同
時に配達する薬剤は出来る限り一包化されている。日本でも薬の一包化は日常的
に行われているが、このWebstercare®が提供する一包化は、1 枚のシート(システ
ム手帳ぐらいの大きさ)に月曜から日曜までの 1 週間を朝・昼・夜・寝る前にそ
れぞれ分けて、薬を一包化している。具体的な商品はWebstercare®のHPからも見
ることが出来るが、このシートだと患者さんは 1 箇所ずつ薬を出して飲むだけで
良く、例え飲んだかどうか覚えていなくても、シートが空になっているかどうか
を確認するだけで服薬状況が確認できる。これによって、薬の飲み忘れや重複内
服などが予防できるそうである。また、処方内容が変更になった場合は医療機関
から薬局に連絡が行き、薬剤師が新しい処方シートを自宅まで配達し、以前の処
方シートを回収するので、残薬が増えてしまうという心配もないそうである。こ
れは、一包化する機械の導入だけで開始できるサービスであり、日本の医療シス
テムでは、このようなサービスに保険点数は付かないだろうが、服薬コンプライ
アンスを向上させるという点では、有効な方法と考えられる。

§10 オーストラリアの研修教育システム
今回の研修を通じて、医学生、医師、ソーシャルワーカーの研修教育システムを知る
ことができたので以下にまとめていく。尚、州によっては多少の違いがあることと、社会
の変化によって求められる専門性も変わってくるため数年毎に多少改変されているようで
ある。

a) 医学生の研修内容
教育カリキュラムは各大学によって異なるため、ホスピス・緩和ケアに対する学習期
間は一定でないが、医学生時代にホスピス・緩和ケアについての講義を受けることは
各大学で必修になっているようである。印象に残った教育カリキュラムはビクトリア
州にあるメルボルン大学 5 年生のカリキュラムである。オーストラリアは日本と同様
に 6 年間の教育課程があり 5 年生頃から約 1 年間病院実習を行う。この実習期間中に
RAPP(通称ラップ)と呼ばれる実習期間がある。これは 4-5 人の学生が Rehabilitation,
Aged Care, Palliative Care, Psychiatry of Aged Care の 4 科を合計 6 週間実習す
るのだが、この中で1~2週間(多くが 1 週間)がホスピス・緩和ケアの実習に当て
られる。内容は回診や家族会議に同行することだが、この 6 週間の間に疼痛コントロ
ール、皮下注射の使い方、呼吸苦、嘔気・嘔吐、せん妄などの症状アセスメント・マ
ネジメント、そして、延命治療の是非などに関する倫理的な問題を講師が症例を提示
しながら RAPP の学生グループとディスカッションする。内容は非常に実践的で日本
の初期研修では教わる機会の少ない内容まで盛り込まれている。
そして、特徴的なのはこの実習期間の評価法であり一般的にはレポート提出などが多
い病院実習において、ホスピス・緩和ケア実習だけは OSCE が取り入れられている。
これはメルボルン大学独自の評価方法だそうで、OSCE の内容は疼痛を訴える患者さ
んの診察や、患者さんや家族と End of life care について話し合うこと、そして亡
くなる直前の患者さんの前で家族へ状況を説明し、死亡確認をし、その後の家族の悲
嘆や悲しみの言動に対して対応するという非常に実践的な内容が盛り込まれている。
日本でも OSCE は積極的に行われているが、このようなテーマに関する OSCE は一般的
には行われていないように思われる。今後医学生に対して、このような実践的な研修
教育システムが普及することでホスピス・緩和ケアを担う専門医・非専門医のレベル
が増えることを期待すると同時に自分自身も積極的に関わっていきたいと思う。

b) 医師の研修システム
オーストラリアでは 6 年間の医学部卒業後、インターンとして 1 年、RMO(Resident
Medical Officer)として 2~3 年研修した後に自分の専門分野の研修プログラムへ進
んでいく。緩和医療に関して言えば、2000 年に正式な専門研修プログラム(3 年間)
が開始された。内容はホスピス研修、コンサルテーション研修、地域・在宅研修が 6
ヶ月ずつ必修となり、6 ヶ月はオンコロジー(腫瘍内科もしくは放射線治療)での研
修も必修となっている。残りの 1 年は選択研修となっており、多くの研修生がホス
ピスなどでの追加研修を希望しているようである。このプログラムでの特徴は研修
以外に 3 年間で 3 つの「プロジェクト」を行わなければならず、臨床研究や症例報
告を指導医と共に行っていくことが研修プログラムの必須条件となっている。まだ、
研修制度が始まったばかりということも関係しているかもしれないが、地域によっ
ては研修希望者がおらず、オーストラリア全体では定員割れをしているようである。
原因としては、過疎地域だと若い医師が希望しないということが挙げられ、各州と
も州都のような大きな都市では定員を満たしていることが多いそうである。
今後、日本でも緩和医療専門医の育成が進むと思われるが、緩和医療だけでなくオ
ンコロジーや臨床研究というものも視野に入れたプログラムも取り入れていくこと
で、より魅力的かつ多様性のある研修プログラムにすることができると思われる。

c) ソーシャルワーカーの研修
ソーシャルワーカーはカウンセリングや Grief Care などに興味を持って、この職
業を選んだ方が多いようであるが、今回の研修を通じて出会ったソーシャルワーカー
の方々に共通しているのが、心理学や行動科学、そしてコミュニケーション技術を学
問として大学(3 年間)で学び、さらに大学卒業後、指導員と共に実地研修を行い国
家資格として認められているソーシャルワーカーとして認定される。このようにオー
ストラリアのソーシャルワーカーは退院調整などの社会的側面でのバックアップの
みならず、カウンセリングや Grief Care を担当することで心理的側面へ強く介入す
ることができる。そして、重要な家族面談の時も、司会を行い患者・家族側と医師・
看護師側のディスカッションが円滑に進むようにマネジメントすることができる。現
在の日本では、ソーシャルワーカー各個人の力量に差があり、心理的側面に介入でき
る人材は非常に少ないと思われ、今後、医師・看護師のみならずソーシャルワーカー
にも心理学、行動科学、Grief Care などの教育が必要と思われる。
医師・看護師だけでなく、ソーシャルワーカーのような存在の方が心理的側面に介
入できるようになると非常に層の厚い Multidisciplinary チームが構成することがで
きると思われる。

§11 最後に
今回の研修を通じて、ホスピス・緩和ケアに関する知識・経験だけでなく一人の
人間として人生観や Globalization について感じ、考えることができた。このよう
な貴重な経験が出来たのは、笹川医学医療研究財団の援助はもちろんだが、研修を
勧めてくれた上司・同僚、そして、支えてくれた友人・家族のお陰であると強く感
じている。この場を借りて、皆様に感謝の気持ちを伝えさせて頂きたいと思います。

2007 年 3 月
浜野 淳

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