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公理論的集合論(情報科学特別講義 III)
公理論的集合論(情報科学特別講義 III)
公理論的集合論(情報科学特別講義 III)
∗
矢田部俊介
2013 年 2 月 17 日
1 はじめに
「数学は無限の科学である」とよく言われるが、集合論はその無限を論理学の手法を用いて研究する分野で
ある。また、公理的集合論は、情報科学の数学的な基礎にもなっている。つまり、計算機科学では、計算とい
う現象を数学的に記述する際に数学的なモデルを構成するが、多くの場合、それらのモデルは古典論理上の公
理的な集合論上で構成される。そのため、公理的集合論について、そこで何が問題となり、どんなことができ
るのか知ることは、情報科学を学ぶにも非常に有益だと思われる。この授業では,公理的集合論がどのような
公理を持ち、どのような基本アイディアに基づいた理論であり、どのようなトピックが研究されているかを紹
介する。
公理的集合論 ZFC の特徴を一言で言うと、以下の通りである。
• 超限帰納法、つまり通常の数学で使われる帰納的構成法を無限の長さの整列順序に拡張したもの、によ
り集合を構成していく。このように、簡単なものを 1 ステップずつ組み合わせ、全ての集合を構成する
集合観を「反復的集合観」と呼ぶ。つまり、大まかに言うと、空集合から始め、無限ステップの帰納的
構成により集合を構成する。
• その際、超限帰納法による構成の「天井」、すなわちこれ以上構成を続けていけない限界が存在する。
その典型例は不完全性定理による「ZFC の無矛盾性が証明できてしまうぐらいの大きな整列順序は
ZFC では存在を証明できない」というものである。これらの限界は「巨大基数」と呼ばれる、真に大
きな無限の大きさの整列順序である。もちろん、限界の作り方はたくさんある。集合論は、これらの不
完全性定理による複数の限界の間の相対的な関係の研究でもある。
本講義の構成は以下の通りである。まず、2 章では、公理的集合論がどのような問題意識の中で産まれてき
たのかを説明する。そのため、その前身である素朴集合論で何が可能であり、どんな問題点(ラッセルのパラ
ドックス!)があったのかを説明する。同時に、そのパラドクスを乗り越えるために提案された公理的集合論
の兄弟(型理論、非古典論理上の素朴集合論)達と公理的集合論を比較し、その特色をあぶり出す。この際の
キーとなる概念は「定義可能性」と呼ばれるものである。次に、3 章において、ZFC の公理とそのモデル理
論の初歩を説明する。ZFC の研究はそのモデルの研究であるが、不完全性定理の結果、ZFC がモデルを持
つことを ZFC で証明することはできない。上述のように、この不完全性をどう乗り越えるかが、ZFC の研
究を行う上での鍵となる。また、4 章においては、上述の集合の超限帰納法による構成法の詳細について述べ
∗ 京都大学文学部大学院文学研究科 shunsuke.yatabe@aist.go.jp
1
る。超限帰納法を行うための順序を表現する順序数を構成するとともに、代表的な反復的集合観を表したモデ
ルである集合の累積的階層 V、内部モデル L 等を紹介する。そして 5 章では、不完全性定理の天井を超えて
集合を構成するための代表的方法として、巨大基数を紹介する。ここでは、代表的な巨大基数として到達不能
基数と可測基数を紹介する。可測基数があると、その上で超フィルターを定義することができ、その結果、超
冪を定義し自身の初等的部分モデルを構成する事ができる。そのエレガントな世界に注目されたい。最後の 6
章では、付録として、理論計算機科学で使用される ZFC 以外の公理的集合論を紹介する。
2 公理的集合論の出現:ラッセルのパラドックスと定義可能性
歴史的には、公理的集合論は、素朴集合論につきまとうパラドックスを解決するために提案された。公理的
集合論のモチベーションと特徴を理解するためには、まず素朴集合論の問題点を理解することが助けになるだ
ろう。そのため、本節では素朴集合論およびその上のパラドックスを紹介する。
2.1 素朴集合論と無限集合の濃度
2.1.1 カントールの素朴集合論
カントールの素朴集合論のアイディアは、以下のカントールの台詞に端的に表れている。
「集合(Menge)
」 という術語によって、われわれは、何であれ、われわれの思惟または直観の対象であ
り、十分に確定され、かつたがいに区別される対象 m(これらの対象はこの集合 M の 「要素」と名づ
けられる)を一つの全体へと総括したもの M を理解する
つまり、無限個あろうがなかろうが、とにかく、自然数のような十分に確定的に定まった対象の全体の集まり
も、また一つの確定的に定まった数学的対象として考えて良いよね、ということである。形式的には、素朴集
合論は一階の言語上の理論であり、その定義は以下の通りである。
• 変数 x, y, · · · を持つ。
• P [x] が論理式(少なくとも x は自由変数である)のとき、項 {x : P [x]} が存在する。
• 等号 = を持つ
L∈ は一階の言語である。また、事前に等号に関する公理を入れておく。
包括原理は、任意の論理式に対し、その論理式を充たすものの集まりを集合として認める、非常に「自然な」
原理である。
2
2.1.2 無限の濃度:対角線論法と実数の濃度
自然数には二種類の役割がある、と言われる:
もちろん、普通の数学においては、任意の自然数は有限である。集合論における無限は、この自然数の役割を
無限大に拡張したものである。
カントールの業績として、濃度に関する大発見がまず有名である。彼は、二つの集合の間の濃度を,以下の
ように定義した(「無限の大きさ」を 1-1 対応で測るというアイディアは、ガリレオにも遡ることができる)。
以下の定理は、集合位相の授業の時間に必ず紹介されるだろう。
では、具体的な集合のサイズを考えてみよう。以下の定理は自明である。
また、この定理の一般化一般化は以下のように書ける:任意の集合 X に関し
2.2 素朴集合論のパラドックス
前節で紹介した包括原理は非常に強力な集合の存在保証原理であり、解析学など大抵の数学をこの上で展開
できるが、一方で、この原理は実は強力すぎ、古典論理の上ではいくつかのパラドックスにより、矛盾を導く。
3
2.2.1 順序数とブラリ・フォルティのパラドックス
そのパラドックスとして、歴史的に最初に見つかったのはブラリ・フォルティのパラドックスである。順序
数全体の集合 On は、これもまた順序数になるが、では On ∈ On となるのかという、循環性にかかわるも
のである。また、このパラドックスの基本構造は、次に紹介するラッセルのパラドックスと非常によく似てい
るため、ここでは紹介のみにとどめる。
ブラリ・フォルティのパラドックスは、本来は整列順序を使用して定義されるが、ここでは簡単のため、本
来は公理的集合論のために開発された概念である順序数を使用して簡略化して紹介する(ブラリ・フォルティ
の時代にはこの定義は知られていなかったため、多少時代錯誤的ではあるが、スペースの都合上やむえをな
い)。順序数とは、集合論の枠組みの中で自然数の構成法を一般化し無限の整列順序を表現するために開発さ
れたものである。
つまり、順序数とは以上の二つの条件を満たす集合のことである。しかし、そんな条件を満たす集合が本当に
構成できるのだろうか。その具体的な形成方法は、有名なフォン・ノイマンによる定義である。
定義 2.9 順序数は以下のように構成される:
• 最初のステップ: ∅ はフォン・ノイマン順序数である。
• 後続者ステップ: x が順序数のとき、suc(x) = {x, {x}} は、x の次のフォン・ノイマン順序数である。
• 極限ステップ: X が、後続者ステップについて閉じており、推移的な順序数の集合だとする。このと
き X 自体もフォン・ノイマン順序数だとする。
このとき、以下が成立する:
補題 2.10 任意のフォン・ノイマン順序数は、順序数の定義を満たす。
さて、順序数全体の集まりを暫定的に On と書こう。このとき、以下が成立する。
このように順序数全体は集合を形成しない。しかし、包括原理は、On が集合として存在することを保証して
しまう。つまり、どこかおかしいということになる。
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2.2.2 ラッセルのパラドックス
さて、フレーゲは、このブラリ・フォルティのパラドックスの原因は順序数概念が矛盾を含むからだと信
じ、カントールの素朴集合論と似ているがはるかに厳格に定義された素朴集合論を作り上げ、順序数ナシで数
学を展開できることを示した(が彼の体系はカントールの素朴集合論と数学的にはほぼ同値なのでここでは紹
介しない)。しかし、ラッセルは順序数なしでもフレーゲの素朴集合論では矛盾が示されることを示した。こ
れがラッセルのパラドックスである。
R ∈ R ⇔ R 6∈ R R ∈ R ⇔ R 6∈ R
[v : R ∈ R] R ∈ R → R 6∈ R [w : R 6∈ R] R 6∈ R → R ∈ R
[v : R ∈ R] R 6∈ R [w : R 6∈ R] R∈R
⊥ ⊥
v →+ w→+
¬(R ∈ R) ¬¬(R ∈ R)
⊥
以上により、素朴集合論は古典論理上で矛盾を導出する。
上記の矛盾の導出は、どこにも排中律を使っていないため、もちろん直観主義論理上でも可能である。ちなみ
に、上の定理では以下のルールを使用している
• 包括原理
ラッセル集合 R が存在を保証されるのは包括原理があるからである。
• 縮約規則:
上の証明において、v →+ の箇所で、二つの R ∈ R という前提を同時にキャンセルし、R 6∈ R を導いて
いる。同様に、w→+ の箇所で、二つの R 6∈ R という前提を同時にキャンセルし、¬R 6∈ R を導いてい
る。このように、複数の前提を一度にキャンセルすることのできる古典論理の構造に関する推論規則の
ことを「縮約規則」と呼ぶ。
2.3 ラッセルのパラドックスの解決法
ラッセルのパラドックスを解決するため、いくつかの解決策が提案された。
(1) 古典論理は保持するが、包括原理を制限する。
(a) 集合論の一階の言語を保持し、包括原理そのものを弱め、公理で定義出来る集合の形をもっとこま
めに制限し、ラッセル集合が定義出来ないようにする(公理的集合論)
(b) 言語の文法を変更して高階の言語を採用し、ラッセル集合が文法違反になるようにする(型理論)
(2) 包括原理を保持するが、古典論理を制限する。
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2.3.1 文法的解決:型理論による解決
このパラドックスは、循環性が生むパラドックスと言われている。というのも、R が R の元かどうかを調
べるためには、自分自身(R)について R 6∈ R かどうかを調べなければならない。R は、その意味で強く自
己言及的(再帰的)に定義されている。包括原理の特色は、このような悪循環こと強い自己言及性を許すこと
である。
この循環性を文法的に排除するために開発された体系が型理論である。さて、ここでは簡単のために、ラッ
セルによって開発され、ラムジーによって簡略化された単純型理論 (simple type theory) を紹介する。
• 型: この言語は、可算無限個の型 0, 1, 2, · · · を持つ。
• 言語: カントールの素朴集合論と比べると、変数に違いがある。
– 出発点になる言語 L0 の論理式や項を、type 0 と呼ぶ。
– 任意の自然数 n に対し、type n+1 の言語 Ln+1 は、以下を満たす。
∗ n + 1 階の変数 x(n+1) , y (n+1) , · · · を持つ。
∗ P (x(n) ) が論理式のとき、項 {x(n) : P (x(n) )} は type n+1 の項となる。
∗ 任意の項 τ に対し、ある n が存在して項 σ が type n であり、項 τ が type n+1 を持つ時
のみ論理式 σ ∈ τ は有意味な論理式となる。
• 公理:外延性公理の他に、任意の n について以下の公理図式と公理を持つ。
– 包括原理: ∀x(n) [x(n) ∈ {y (n) : P (y (n) )} ⇔ P (x(n) )],
– 外延性公理: ∀x(n) [x(n) ∈ a(n+1) ↔ x(n) ∈ b(n+1) ] → a(n+1) = b(n+1) .
包括原理そのものは生き残っているが、適用される式の形が制限され、結果的に包括原理は制限されて
いる。
ラッセル集合の定義不可能性
一般に、プログラム言語に型を導入するのは、循環性を排除し、プログラムが有限で停止することを保証する
ことにある。ラッセルのパラドックスは、R 6∈ R から R ∈ R、そしてその逆も導出される一種の無限ループ
なプログラムであり、型の導入によってこの無限ループを排除(つまり矛盾を除去)することができる。この
定義の下では式 x ∈ x(従って x 6∈ x も)は 型を持てないことがすぐわかる。ポイントは、σ ∈ τ のとき
τ の type= σ の type +1
が成立することである。従ってもし式 x ∈ x が型付け可能ならば、
x の type = x の type+1
となるが、これは矛盾。
つまりラッセル集合の定義式は、型理論においては文法違反なので考慮の対象外となる。以上よりラッセル
集合は定義できず、ラッセル集合は存在できない。従ってラッセルのパラドックスは体系の矛盾を証明しない
ということになる。
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型理論の言葉で言い換える:
カントールとフレーゲの集合論において、包括原理で定義される集合は、型理論の言葉では、型無し (type-free)
な λ-項 の一種だと考えられる。ラッセルのパラドックスは、Type-free な λ-項の理論では無限ループが存在
することを示した。このループを、型がないことにより、この言語上では自己言及文が書けてしまうことが原
因である、と考える。というわけで、型付けをすることで、自己言及エラーを排除しようというのがラッセル
の型理論である。
ZFC との比較
数学を型理論で展開する場合、最大の問題は言語を一階の言語から高階の言語に変更することに起因する。と
いうのも、高階の言語で数学を展開するのは、大きな面倒を伴うからである。例えば自然数を定義するのすら
面倒である。例えば、ラッセルの定義では、自然数 1 とは、全ての対象 a の一つだけの集まり {a} の集まり
である。しかし 0 階の対象 a が1個存在したら、{a} は 1 階であるが、n 階のもの b が 1 個存在したら {b}
は n + 1 階であり、結局自然数は何回の対象とすればいいのかわからない。そこでラッセルは還元公理を仮定
し、本来は型が違う対象を、無理矢理同じ型を持つものとして扱うことを認めた。しかし、それは単純に、本
来の型理論の厳格な型付けという利点を失わせるだけになってしまった。ゲーデルは、ラッセルの型理論につ
いて、その巧妙さを褒めつつも、数学を展開するのに高階の型は本当に必要かどうかを疑問視している。
しかし、厳格な型システムは、いうまでもなく計算機には重要である。現代の計算機科学は、型システムな
しでは成り立たず、その意味で非常に重要である。
2.3.2 非古典論理の採用による解決:非古典論理上の素朴集合論
(2) は、1936 年にフィッチによって指摘され、非古典論理上の素朴集合論として、近年研究が(一部で)行
われている。本節では,構成的素朴集合論 CONS[Y13] の体系を紹介し,同時にその強い循環性について紹
介する.
Γ1 ` α Γ2 , α, Θ ` β
cut
α`α ⊥` `> Γ1 , Γ2 , Θ ` β
Γ ` α β, Π ` γ Γ, α ` β Γ, α, β, Σ ` δ Γ`α Σ`β
α → β, Γ, Π ` γ Γ`α→β Γ, α ⊗ β, Σ ` δ Γ, Σ ` α ⊗ β
Γ, αi , Σ ` δ Γ, ` α Γ ` β Γ, α, Σ ` δ Γ, β, Σ ` δ Γ ` αi
Γ, α1 ∧ α2 , Σ ` δ Γ, ` α ∧ β Γ, α ∨ β, Σ ` δ Γ ` α1 ∨ α2
構造規則
Γ, β, α, Σ ` δ Γ, Σ ` δ
e w
Γ, α, β, Σ ` δ Γ, α, Σ ` δ
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なお,略記として,(A → B) ⊗ (B → A) を A ≡ B と表記する.FLew ∀ は,直観主義論理から構造規則の一
つである縮約規則を除去した体系であり,存在具体性などの良い性質を満たす.
次に,FLew ∀ 上の素朴集合論を定義する.形式化には,技術的理由(無矛盾性証明の容易さ)から,包括
原理ではなく,それと同値な論理規則である ∈-規則を使用する.
言い換えれば,自分自身をパラメーターとしてとる論理式で定義される集合を定義できるということであり,
「自分で自分を定義することが出来る」という循環性の極限である.
2.4 定義可能性というアイディア
本節では、古典論理上の一階の言語を維持しつつ、(1a) のアイディアに沿った、パラドックスの解決法を取
り上げる。
カントールは、ブラリ・フォルティのパラドックスの際に、それを深刻な問題だとは考えなかった。という
のも、ラッセル集合が存在すれば矛盾を導くが、実際の数学は矛盾していない以上、実はラッセル集合は実は
集合として存在していないはずである従って、このパラドックスの原因は、包括原理がアバウトすぎ、本来な
らば集合ではないような「全体性を欠く」ものの集まりまで集合と認めてしまったせいだ、と考えた。
ここで登場したのが「定義可能性」という概念である。カントールの素朴集合論に対するブラリ・フォル
ティのパラドックスは、「順序数」のような「直感で考えればわかるやろ」という概念が非常に危ないことを
示した。この種の「だいたいの感じ」で集合論を展開することの困難は、ツェルメロの整列定理の証明などで
も繰り返されることになる。したがって、集合の定義は、有限の長さの論理式できっちりと書き下せるもので
なければならない。
一方、フレーゲは、順序数概念に問題があることを見て取り、ブラリ・フォルティのパラドックスは「順序
数と言う概念が矛盾を含んでいることを背理法によって証明したものだ」と考えた。そして、一見無矛盾に見
える順序数概念が矛盾を含んでいるのは、カントールらのアプローチが厳密に概念を書き下すことをしなかっ
たからだと考えた。そこで、素朴集合論で厳密に論理式によって定義を書き下すことが可能な体系を考え、そ
の上で順序数抜きで素朴集合論上で自然数論を展開した。しかしそれは、順序数抜きで矛盾を導いた(厳密に
書けばいいというものではない)。
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このことは、ラッセル集合 R は、無矛盾な集合論では定義不可能にならなければならないことを示す。包
括原理の下では R は定義可能であるため、R を定義できなくなるように包括原理を弱める必要がある。この
後の集合論は、定義可能性を巡る戦いとなる。つまり、R のようなパラドックスを起こすような対象は(いく
ら厳格に定義できたように見えても)みな集合論で定義不可能であり、そういう集合の存在を認めないながら
どこまで強い公理をもてるか、のバランスを追求する研究の歴史であった。
3 ZFC の公理とモデルの定義可能性
本節以降、基本的に [K80]、一部 [J78] に依拠しつつ議論を進める。
3.1 ZF と ZFC
前述のように、ZF, ZFC は一階の言語上の集合論である。型理論と比べた場合、その研究の意義は、以下
のような点にある。
• 包括原理のサブセットで、矛盾を起こさない(ラッセル集合の存在を認めない)ぐらいには弱い体系で
ありながら、どれだけ現代数学を展開できるかを教えてくれる
• 包括原理なしでカントール流の高階の無限に関する理論を展開できる
• 古典的数学(と大抵の現代的数学)がここで展開できるので、「数学の基礎」と呼ばれうる体系である
• 数学的に面白いこと、とくに解析学や実数上の組み合わせ論を研究する上で面白い現象が起こること
さて、ZFC は本来、無限個の公理から構成される。もちろん、ただ雑然と無限個の公理が並んでいても人
間が ZFC はどのような公理を持つかということを把握できない。そこで登場するのが公理図式というアイ
ディアである。公理図式とは、無限個の公理を一つにまとめて書く方法である。(集合論以外での)その典型
的な例は、数学的帰納法を表す公理図式なので、それを以下に紹介する。数学的帰納法は「任意の論理式 ϕ(x)
に対し、ϕ(0) かつ、任意の x に関し ϕ(x) → ϕ(x + 1) が成立すれば、∀xϕ(x) が結論されるというものであ
る。実はそれぞれの論理式 ϕ にたいし「ϕ についての数学的帰納法」が公理であり、数学的帰納法は無限個の
公理からなる。無限個の公理を書くことは不可能なため、通常は以下のような「公理図式」を採用し、無限個
の公理を生成する方法のみを記述する。
つまり、公理図式は、無限個の公理を生成する、計算機のプログラムである。そして公理と公理図式を合わせ
て公理化された理論のことを再帰的に公理化された理論、と呼ぶ。
(∀z∀w)(∃y)(∀x)[x
~ ∈ y ⇔ x ∈ z ∧ ϕ(x, z, w)]
~ for any ϕ
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• 和集合公理 (∀F )(∃A)(∀Y, x)[x ∈ Y ∧ Y ∈ F → x ∈ A],
• 置換公理図式 任意の論理式 ϕ(x, y, A, w)
~ に対し
(∀A, w)[∀x
~ ∈ A∃!yϕ → ∃Y ∀x ∈ A∃y ∈ Y ϕ]
定義 3.2 選択公理は以下の公理である:
(∀A)(∃R)[R well-orders A]
以上の公理群は、以下のグループに分けることができる:
• 集合の同一性関係:外延性公理
• 集合の超限帰納法による構成
– ベースケース:存在公理、無限公理
– 後者ケース:分離公理図式、ペアリング公理、和集合公理、置換公理図式、巾公理
• 構成された集合上に順序構造を入れる:選択公理
• ∈ に関する無限降下法が可能であること:整礎性公理
補題 3.3 以下の関係・集合・概念は定義可能である
• ⊂,
• ∅,
• suc(x) = x ∪ {x}
• 整列順序が定義可能、
• 自然数全体の集合 ω
3.2 整礎性公理:高さが有限な木としての集合
集合は、集合そのものをノードと見なし、∈ 関係をエッジと見なすことで、有向グラフと見なすことができ
る。多くの場合、イメージとして持ちやすいため、集合は木(tree)とみなされる。例えば、空集合 ∅ は
∅
の一点のみからなるグラフとして表される。順序数 2 = {∅, {∅}} は以下の木である(この木の高さは 2 で
ある:{∅, {∅}} → {∅} → ∅ の枝を見よ)。
{∅, {∅}}
y HH
∈ y y HH
yy HH
yy ∈ HHH
y| y #
∅ {∅}
∈
∅
このとき ZFC の公理は木に関する以下の性質を保証する。
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• 外延性公理は、木の形が同じであれば、木そのものは等しいことを保証する。
• 整礎性公理は、全ての木が整礎木であり、∈-無限列が存在しないこと、つまり任意の木においてどの枝
の長さも有限(ノードも高さが有限)であることを保証する。
3.3 集合論のモデルとその定義可能性
次に、ZFC の研究には不可欠な道具であるモデルの定義可能性を考えてみよう。このことは、公理的集合
論の研究の上で以下に定義可能性という概念が重要であるかをハイライトするだろう。
3.3.1 モデル論初歩とモデル相対性・初等的部分モデル
古典論理は、排中律と矛盾律という規則のおかげで、証明論的に非常に強力であるが、具体的にある定理を
その上で証明することが大変である。従って、ゲーデルの完全性定理から
が言えるので、通常は定理を公理から証明図を書いて証明するのではなく、
• 証明可能なことを示す時はその定理が全てのモデルで真になることを示し、
• 証明できないことを示すときはその定理が成立しない反例モデルを構成する
モデル理論的アプローチが広く行われる。そのため、ZFC がどんなモデルを持つかの研究は非常に重要で
ある。
次に ZFC のモデルがどんなものかを見てみよう。ややこしいことに、ZFC のモデルは ZFC のモデル
の中で構成しなければならない(つまり ZFC を対象理論としたときのメタ理論は通常 ZFC となる)。今、
ZFC のモデル N = hN, ∈i の中で別のモデル M = hM, Ei を構成するとしよう。M はモデル M の領域で
あり、E は集合論の言語の二項述語 ∈ の M における解釈である。このモデルの領域 M は N の部分集合(そ
れも N の中で定義可能な集合)であり、任意の a ∈ N はもちろん M の元でもある。しかし、だからといっ
て a が M と N の双方において同じ性質を持っている訳ではない。つまり、hN, ∈i |= a ∈ b でありながら
hM, Ei |= ¬(aEb) が成立する可能性もあるし、また c = ∅M は N では空集合ではないかもしれない。∈N と
E M が同じである保証は全くないのである。
この問題を突き詰めていくと、以下の定理を証明することができる。
hM, Ei |= ZFC
11
M より広く、上記の f に相当する 1-1 関数が N の中に存在する。
このように、多くの集合論の概念はモデル相対的であり、あるモデルである定理が真となるからと言って、
他のモデルでもそれが成立するわけではない。
さて、モデルを使った議論をするときは、集合論の言語で書かれた「抽象的な」議論を、そのモデルの対象
に翻訳してやらなければならない。これは、例えば形式的な自然数論のモデルを考えるときに、自然数論にお
ける項 suc(suc(0̄)) を自然数 2 に翻訳することなどに対応する。この翻訳のことをモデルへの相対化と呼ぶ。
• (x = y)M は x = y,
• (x ∈ y)M は x ∈ y,
• (ϕ ∧ ψ)M は ϕM ∧ ψ M ,
• (¬ϕ)M は ¬ϕM ,
• (∃xϕ)M は (∃x ∈ M)ϕM .
• j が初等的埋め込みであるとは、j の定義域が初等部分モデルであるような埋め込みなことをいう
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のモデルを構成できるように見える。しかし、集合論は再帰的に公理化された強力な理論であり、内部に自
然数論を展開することが出来る。従って、ゲーデルの第二不完全性定理の毒牙にかかってしまう。すなわち、
ZFC は自身の無矛盾性を証明できないため、自身がモデルを持つことも証明できないのである。
• 集合 m 上の二項関係 ∈ を ∈m と表記する、
• Σ のモデル N 上で N |= (E は関係) が成立するとき、E ∗ = {hx, yi : xEy} とする、
• 任意のモデル M, N に対し以下の関係 < を定める:
M < N ⇐⇒ (∃m ∈ M )[∈M = (∈m )∗ ]
13
• M1 |= G だと仮定すると、(4) より、M2 < M1 が存在し、 M2 |= ¬G となる。
• そうでない場合、M1 |= ¬G なので M1 = M2 とする。
以上のゲーデルの第二不完全性定理の証明は、集合論内部で行っているため、いわゆるヒルベルトの「有限の
立場」を満たしていないが、一方で不完全性定理の証明でもっともウンザリする証明可能性述語の構成をス
キップしているため、非常にわかりやすい形をしている。
さて前定理は、ZFC では自身の無矛盾性が証明できない事を示している。ZFC の無矛盾性証明は、ZFC
より証明力が真に強い理論において ZFC の無矛盾性を証明する「相対的無矛盾性証明」以外に方法がない
(5 節において ZFC より証明力の強い理論の例を紹介する)。おそらく、ある程度以上強い表現力を持つ再帰
的に公理化された体系は、本性として、それ自身の無矛盾性は証明できず、相対的な無矛盾性の証明関係のみ
存在すると考えた方がよいと思われる。そして、ZFC という体系の無矛盾性自体は、未だに未解決問題であ
る:つまり実際には全ての ZFC の定理には「もし ZFC が無矛盾であれば」という断り書きがついている。
しかし、恐らく ZFC は無矛盾ではないかと思われる。というのも、これだけ長い間、多くの天才達が ZFC
をつつき廻してきたにもかかわらず、誰も矛盾を発見しなかったからである。
もちろん前定理は、ZFC では自身のモデルの存在が保証できない事を示している。しかし、ZFC の研究を
する上ではモデル論的手法はかかせない。そこで、どうやってこの問題を誤魔化すかという問題が出てくる。
代表的な方法は二つある。
4 反復的集合観と累積的階層
4.1 反復的集合観と段階理論
本節では [B71] に依拠しつつ議論を進める。
14
さて、ZF や ZFC などの体系の根ざしている集合観は以下のようなものだといわれている:
ラッセル・パラドックスの本質は、ラッセル集合「自分自身を含まない集合の集合」の自己言及性(「自分自
身」に言及している)にあり、包括原理の問題点はこのような自己言及的な集合を許してしまうことにある、
という分析がこの集合観の元になっている。反復的集合観でも、例えば「これまでに構成された集合のうち自
分自身を要素として含まない集合の集合」ならば定義できる(例: {x : x 6∈ x, ∧x ∈ Vω } とか)。この場合、
自分自身が自分自身の要素とならなくても、何の矛盾も生じない。しかしラッセル集合、つまり「自分自身を
要素として含まない全ての集合の集合」は、全ての集合が定義された後に定義されなければならないはずだ
が、そのときはラッセル集合自身も定義されているはずで、これは矛盾。このように反復的集合観はラッセル
集合の定義に必要な自己言及性を排除する。
前節の反復的集合観を形式的に表現したのが、これから紹介する段階理論 (stage theory) である。この理論
は、ZFC(の意図された解釈)を導出することができる。段階理論は、以下の二種類のものからなる理論で
ある:
• 集合、
• 集合を構成する順序こと段階
正確な定義を与えよう
定義 4.1 段階理論の言語は以下の通りである:
• 集合を値としてとる変数 x, y, z, · · · ,
• 段階を値としてとる変数 r, s, t · · · ,
• 集合に関する二変数述語 ∈, =、
• 段階に関する二変数述語 E (rEs は「r は s より早い(early)」と読む)、
• 集合と段階に関する二変数述語 F (xF t は「x は t で形成される(form)」と読む)
次に公理を導入しよう:
定義 4.2 段階理論は、以下の公理からなる
• 段階にかんする公理
(I) (∀s)¬sEs:
いかなる段階もそれ自身より早くはない、
(II) (∀r, s, t)[rEs ∧ sEt → rEt]:
「早い」は推移的、
(III) (∀s, t)[sEt ∨ s = t ∨ tEs]:
段階は比較可能、
(IV) (∃s)(∀t)[t 6= s → sEt]:
15
「早い」に関する最小元が存在する、
(V) (∀s)(∃t)[sEt ∧ (∀rrEt → (rEs ∨ r = s))]:
任意の段階 s は、その直後の段階 t を持つ、
(VI) (∃s)[(∃t)tEs ∧ (∀t(tEs → ∃rtEr ∧ rEs))]:
どんな段階の直後でもないような段階が存在する(極限順序数と呼ばれるものの段階バージョン
で、ω などがこれにあたる)、
• 集合に関する公理
(VII) (∀x)(∃s)[xF s ∧ (∀t(xF t → t = s))]:
任意の集合 x は、ただ一つの段階 s で形成される、
(VIII) (∀x, y, s, t)[y ∈ x ∧ xF s ∧ yF t → tEs]:
全ての集合は、それ以前の段階に形成された集合のみ集めて新しく形成される(任意の集合 x の任
意の元 y は、x より早く形成される)、
(IX) (∀x, s, t)[xF s ∧ tEs → (∃y, r(y ∈ x ∧ yF r ∧ (t = r ∨ tEr))]:
任意の集合 x がある段階 s で形成され、また s より早い任意の段階 t に対し、t と s の中間に形成
された x の元 y が存在する(x の元が全て構成されたら、x 自身もすぐ形成されねばならない)
(X) (∀s)(∃y)(∀x)[x ∈ y ↔ ξ ∧ (∃t(tEs ∧ xF t))]:
どの段階でも、その段階以前に形成され、ξ を満たすような集合をそっくりまとめた集合が存在す
ることを表す公理図式(特定公理 specification axiom と呼ばれる)、
(XI) (∀s, t)[tEs → (∀x(xF t → θ[t])) → (∀x(xF s → θ[s])) → (∀s, x(xF s → θ[s]))]:
帰納法の公理
段階理論は、「集合は、段階に従って、順々に構成されていく」ことのみを述べている。段階に関する公理に
ついて配下が成立する。
このとき、以下が成立する
4.2 ブートストラッピング:順序数の構成と集合の累積的階層
段階理論と ZFC を比べてみると、その大きな違いは、ZFC には集合とは別の種類の存在者としての段
階は存在しないと言うことである。段階が存在しないのにどうやって反復的集合観を表現するのか。ここで、
ZFC という集合のみからなる理論の特色がでる。ZFC では、段階に相当する順序自身も、集合によって構
16
成する。すなわち、集合論の公理は、一方で順序(段階)に従って新しく集合を形成しながら、他方でその際
に新しい順序(段階)も形成しているのである。
4.2.1 集合と真クラスの区別
順序を表現する順序数自体は、 2.2.1 節でやったのと全く同様に、ZFC でもまったく定義することができ
るし、フォン・ノイマン順序数が ZFC で構成できるのも、それらが順序数の定義を満たすのも明らかである。
ブラリ・フォルティのパラドックスは、ZFC においては以下を示している。
proof そうでないとすると、ブラリ・フォルティのパラドックスより矛盾を導く。
このように順序数全体は集合を形成しないが、一方で、任意の順序数は、それが順序数かどうか判定すること
ができ、その意味で「順序数全体」という概念は「しっかり定義されている」と見なすことができる。このよ
うな場合、便宜的に、順序数全体 On は集合よりももっと大きな集まり(真クラス proper class)を形成す
る、と言う。
• C がクラスだが集合ではないときに真クラスであるという。
V = {x : x = x}
4.2.2 超限帰納法
順序数は、前述のように、集合を形成するための段階を表現するためのものであり、ZFC では全ての集合
はこの順序に則って形成されていくと見なすことができる。
• ∅ ∈ C,
• α ∈ C ならば suc(α) ∈ C,
• α が ∅ 以外の極限順序数であり、任意の β < α が β ∈ C であれば α ∈ C である。
このとき、C は全ての順序数からなるクラスになる。
17
前述のように、
「クラス」とは、論理式の略記である。つまり上記は、以下の超限帰納法(有限だけでなく無限
の順序数に沿って帰納法を行う)をやっていることになる:任意の論理式 ϕ[x] に対し
• ϕ[∅],
• ϕ[α] ならば ϕ[suc(α)],
• α が ∅ 以外の極限順序数であり、任意の β < α が ϕ[β] であれば ϕ[α] である。
このとき以下が成立する:
(∀x)[x ∈ On → ϕ[x]]
自然数論の場合、数学的帰納法以外でも、自然数による整列順序はなにか数学的対象を帰納的に定義するの
に不可欠である。集合論では、順序数による整列順序に従って帰納的定義を行うことが可能である。これが超
限帰納法による定義である。
定義 4.7 • 超限列とは以下の形をした列である:
haξ : ξ < αi
当然、クラス関数となる超限列を考えることもできる。F がクラス関数となる超限列は、任意の順序数 α に
たいし、F(α) = aα となるようなクラス関数のことである。このとき、列 haβ : β < αi のことを F|α と記述
する。
4.3 累積的階層と反映原理
順序数を定義したことだし、段階理論における集合の構成をシミュレートしてみよう。
定義 4.9 M の中で、集合のなす累積的階層を以下のように超限帰納法により定義する:
18
• V0 = ∅,
• Vα+1 = P(Vα ),
∪
• Vα = β<α Vβ .
このとき、以下が成立する。
もちろん、V は真クラスとなり、集合としては定義可能ではないため、この結果は不完全性定理には反しな
い。ここでのポイントは、V は独立した一つのモデルではなく、各モデルに相対化された「モデル内モデルの
共通レシピ」みたいなものである。それでも、どのモデルの中でも、ある程度共通の性質を持つ部分モデルを
構成できるため、結果的に「これこそ集合論のモデルであり、他のモデルは V の中で構成される」と見なし
てもそれほど不自然ではない。そのため、集合論の宇宙(universe)は V だといわれることが多い。
次に、有用なクラス関数を定義しよう:
4.3.2 内部モデル
前節の累積的階層 V の定義に関し、一つ問題がある。構成の後続者ケースにおいて、Vα+1 = P(Vα ) とい
う定義になっているが、P(Vα ) の内実は何だろうか、と言う問題である。もちろん、巾集合の存在そのもの
は ZFC の公理において認められており、任意の集合 X に対し P(X) の存在そのものは認められる。しかし、
P(X) の内実はモデルによって大きく違い、中にどんな集合が含まれているのか外からうかがい知ることはで
きない。つまり、V は「共通レシピ」と言うにはあまりにおおざっぱすぎる:V は「材料:塩適量・コショ
ウ好みに応じて」と書かれたレシピのように大雑把である。なので、もうちょっと、どんな集合が中に含まれ
ているのか、外(土台となるモデルの視点)から見て分かるような共通のモデルが欲しい。そういう目的で、
ゲーデルによって提案されたのが、これから紹介する内部モデルである。
• Def(x) ⊂ P(x),
• α + 1 ∈ Def(α).
• L0 = ∅,
19
• Lα+1 = Def(Lα ),
∪
• Lα = β<α Lβ .
L は、多くの良い性質を持っている。
proof 面倒なので、定義する論理式の変数が一つだけの定義可能集合上に順序を超限帰納法で定義してみよ
う。任意の順序数 α に対し、Lα 上の順序 ≺α を以下のように定義する:
• α = 0 のとき ≺= ∅,
• α: limit のとき x ≺α y ⇐⇒ rank(x) < rank(y) ∨ (rank(x) = rank(y) ∧ x ≺rank(x)+1 y),
• α = β + 1 のとき
x ≺β+1 y ⇐⇒ [x ≺β y]∨[x ∈ Lβ ∧y 6∈ Lβ ]∨[nx < ny ∨(nx = ny ∧sx ≺nβ x )∨(nx = ny ∧sx = sy ∧mx < my )]
ただし
– s ≺nβ t ⇐⇒ (∃k < n)[s|k = t|k ∧ s(k) ≺β t(k)],
– nX は (∃s ∈ Lnβ )(∃R ∈ def(Lβ , n + 1))[X = {x ∈ Lβ : s _ hxi ∈ R}] を満たす最小の n、
– sX は (∃R ∈ def(Lβ , nx + 1))[X = {x ∈ Lβ : s _ hxi ∈ R}] を満たす ≺nβ x の順序で最小の
s ∈ Lnβ x 、
– mX は X = {x ∈ Lβ : s _ hxi ∈ En(m, Lβ , nX )} を満たす最小の m*1 。
L の元は一つ一つ論理式によって定義されるため、それらを定義する論理式の変数の数などで並べれば、L の
元を並べることができる、ということである。
2ℵα = ℵα+1
L では、あまりに整然といろいろな定理が証明できるため、「いっそのこと L を集合論の宇宙と見なしたら
どうだ」という提案さえある。
V=L
ただし、この公理は広く受け入れられているとは言いにくい。
n
*1大まかに言うと En(m, Lβ , nX ) は、m が、ある論理式 ϕ(x0 , · · · , xnx ) について、値域が Lβ x であり論理式を満たす関数 s
(つまり ϕ(s(0), · · · , s(nx ) − 1))の集合のゲーデル数が m であることを示す、再帰的に定義された述語。
20
4.3.3 反映原理
さて、V の階層は、階層が上がると単にその階層に含まれる集合が増えるだけではなく、階層がモデル全体
の性質を反映する。つまり、以下のような非常に強力な定理を証明することができる。
このように、モデル全体の性質を、階層の下の方を調べることで理解することができる。注意として、この反
映原理は、V だけでなく、L などの他の階層的モデルに対しても成立する。
4.4 推移的モデルとモストウスキ崩壊
集合論のモデルを扱う場合、一口にモデルと言ってもいろいろなモデルがある。多くの場合、モデルが ∈ に
関し推移的である(x ∈ y ∈ M ならば x ∈ M)であると証明が楽である。しかし、そうである保証はない。
例えば、集合が urelements を含んでいる場合を考えよう。u が urelemant であるとは、u 自身は集合では
ないが、他の集合は u を含むことができるもののことをいう。例えば、{u} は集合となる。この urelement は
いかなる集合も元として含まないため、空集合のようなものであるが、空集合ではない。また、集合ではない
ため、u 自身は集合として集合論の宇宙に含まれることはない。
しかし、このような推移的でないモデルが与えられたとき、モストウスキ崩壊 と呼ばれる方法により、モデ
ルがある条件を満たせば、それと同等だが推移的なモデルを構成する方法がある。本節ではそれを紹介する。
まず、そのために用語を紹介しよう。以後、A を集合もしくはクラスとする。これから、A 上の関係 R を考
え、hA, Ri が推移的でないような ZFC のモデルであるとき、それに同型だが推移的なモデルを構成する事を
目標とする。
• A, R のモストウスキ崩壊 M は以下のように定義される:
M = range(R)
21
{a, b}
{ CC
R { { CC
{{ CC
{ CC
}{{
R
!
a b
R
c
このとき、a と c はともにどんな集合も含んでいないので、同じ集合 ∅ に翻訳して良い。従って、上図のモ
ストウスキ崩壊は以下のようになる:
{∅, {∅}}
y HH
∈ y y HH
yy HH
yy ∈ HHH
y| y #
∅ {∅}
∈
∅
さて、上の例から分かるように、以下が成立する:
次に、モストウスキ崩壊により推移的で同等なモデルを構成できるのは、どのような条件においてであるか
を、これから考察しよう。まず条件を定義し、その付随的な性質を証明しよう。
定義 4.24 R は外延的であるとは、以下を満たす場合を言う:
このとき以下が成立する。
以上の結果をまとめると、以下の定理が証明できる。
22
定理 4.27 (モストウスキ崩壊定理) A 上の関係 R を、整礎で、集合もどきで外延的だと仮定する。このとき、
推移的なクラス M と、単射な同型写像 G : hA, Ri → hM, ∈i を定義することができる。また、M は一意に
定まる。
5 巨大基数論
本章では、特に [H] (素晴らしい講演でした)に依拠し、巨大基数論(その中でも到達不能基数と可測基数)
の紹介を行う。
5.1 正則基数
前述のように、無限の基数は、ω がそれぞれの有限の自然数からいかに際だって大きいかを表現する性質を
一般化した性質を持つ。具体的には、以下の性質に注目しよう。
• 正則でない基数は特異基数(singular cardinal)と呼ばれる。
簡単に言えば、正則基数は自分より小さいパーツの少ない集まりに分割できないものである。特異基数は、そ
の逆に、自分自身が、自分自身より小さいパーツの、自分自身より小さい数から組み立てることが出来る。そ
の代表的な例は ℵω であり、 ∪
ℵω = ℵn
n∈ω
5.2 到達不能基数
到達不能基数は、自然数全体の集合 ω の持つ、前節 (b) の性質を一般化したものである。
23
正則性の条件がない場合、前述ので ℵω は、GCH の下、2ℵn = ℵn+1 < ℵω を満たす。しかし、基数の正則性
の条件が入ると、とたんに話がややこしくなる。
実際問題として、以下が証明可能である。
5.3 可測基数と超フィルター、初等的埋め込み
5.3.1 可測基数と超フィルター
定義 5.7 κ が可測基数であるとは、κ 上に κ-完備な超フィルターが存在することである。つまり、ある
µ ⊂ P(κ) が存在し以下を満たす:
• ∅ 6∈ µ, κ ∈ µ,
• A, B ∈ µ ならば A ∩ B ∈ µ,
• A 6∈ µ ならば κ \ A ∈ µ,
• A ⊂ B かつ A ∈ µ ならば B ∈ µ,
• µ は non-principal (任意の α ∈ κ に対し {α} 6∈ κ),
∩
• µ は κ-完備:(∀β < κ)[(∀α < β)Aα ∈ µ → α<β Aα ∈ µ]。
数学の時間にやった対象で、超フィルターに一番近いのは、ルベーク積分の時に出てきた、[0, 1] 区間上のル
ベーク測度が 1 な集合全体のなす集合族であろう(超フィルターは A ∈ µ のとき µ(A) = 1、A 6∈ µ のとき
µ(A) = 0 だと考えればよい)。
補題 5.8 任意の可測基数は到達不能基数である。
24
∪
• κ の正則性: κ が正則でない(つまりある γ < κ にたいし κ = α<γ βα )だと仮定する。このとき任
∪
意の βα 6∈ µ より、 α<γ βα 6∈ µ、つまり κ 6∈ µ となるが、これは超フィルターの条件に反し矛盾。
• κ の到達不能性: 任意の γ < κ をとる(2γ < κ が示されれば十分)。逆に、2γ ≥ κ だと仮定してみよ
う。hσα : α < κi を、それぞれ異なった γ の部分集合を並べたものだとする。ここで、任意の β < γ
に関し、以下の集合を定義する:
A0β = {α < κ : β 6∈ σα },
A1β = {α < κ : β ∈ σα }.
∩ i
さて、任意の α ∈ β<γ Aββ をとる。このとき β ∈ σα ⇐⇒ iβ = 1 が成立する(面倒なのでこのこと
を σα (β) = iβ と書こう)。このとき、任意の δ < γ にたいし、σα (δ) = iδ となる。つまり α の選び方
∩ i
は任意であったはずだが、別の η ∈ β<γ Aββ をとっても ση (δ) = iδ = σα (δ) となる。α 6= η ならば
∩ iβ
ση 6= σα のはずだから、つまり は元を一つしか持たないことになる(つまりある α が存在
β<γ Aβ
∩ iβ
し {α} = β<γ Aβ ∈ µ)となる。しかし、µ は non-principal なはずであり、これは矛盾である。
従って以下の補題が成立する。
補題 5.11 E は Vκ /µ において整礎である。
25
proof 整礎ではないと仮定しよう。つまり、E-無限降下列 · · · E[f2 ]E[f1 ]E[f0 ] が存在すると仮定する。ここ
で An = {α < κ : fn+1 (α) ∈ fn (α)} とすると An ∈ µ。したがって
∩
An ∈ µ
n∈ω
∩
となる。さて、ここで任意の α ∈ n∈ω An をとる。このとき、定義から明らかに · · · f2 (α) ∈ f1 (α) ∈ f0 (α)
となり、もとの V にも ∈-無限降下列が存在したことになるが、これは矛盾。
j ∗ (a) = [ca ]µ
定理 5.12 (Los)
hVκ /µ, Ei |= ϕ[[f ]µ ] ⇐⇒ {α < κ : hV, ∈i |= ϕ[f (α)]} ∈ µ
従って以下が成立する:
M = range(π) = {j(f )(δ) : f ∈ Vκ }
26
補題 5.13 (1) 任意の γ < κ に関し、j(γ) = γ となる
(2) しかし j(κ) > κ となる
j(γ) = π([cγ ]µ )
= {π([g]µ ) : [g]µ E[cγ ]}
= {π([g]µ ) : γ κ }
= {π([cβ ] : β < γ}
= {j(cβ )(δ) : β < γ} = {β : β < γ} = γ
以上より、以下の定理が成立する:
この定理の対偶を考えよう。
A ∈ µ ⇐⇒ κ ∈ j(A)
µ は κ 上の超フィルターになる。
5.3.3 可測基数の性質
可測基数は、いくつかの面白い性質を持つ。
実はこの定理は、30 年以上にわたって未解決問題であった!(ちなみにこの逆は成立しない)。
27
(iii) M κ ⊂ V,
(iv) µ 6∈ M .
• 2κ < j(κ)
(i) より (2κ )V ≤ (2κ )M であり、j(κ) は到達不能基数のため (2κ )M よりはおおきいはずである。
• j(κ) < (2κ )+
j(κ) = π([cκ ]µ ) = {π([f ]µ ) : f ∈ κκ } であり、この集合のサイズは最大でも 2κ のはずである。
さて、j(hfα (δ) : α < κi) = hgβ : β < j(κ)i(ただし gj(α) = j(fα ) を満たす)だと置こう。このとき、最
初の κ 個、つまり hgβ : β < κi は hfβ : β < κi そのものである。仮定から hfβ : β < κi ∈ M であるため、
hj(fβ ) : β < κi ∈ M が成立する。従って、hj(fβ )(δ) : β < κi ∈ M も成立する。これは F ∈ M を意味する。
(iv) µ ∈ M だと仮定しよう。このとき M において j も定義出来るため、M において j(κ) の大きさも計算
できる(κ M ⊆ M だし)。また、j(κ) は、その次の到達不能基数より小さいため、M は j(κ) が j(κ) より小
さいことを計算できるはずであるが、これは矛盾!
上補題は、以下の大定理を導く。
6 計算機科学のための公理的集合論
6.1 反基礎公理を持つ集合論 ZFA
計算機科学においては余帰納法が重要な役割を果たすため,帰納法だけではなく余帰納法もできる体系で
あった方が,計算機科学者にとっては都合がいい.余帰納的な集合の定義を許す体系のモデル化のために開発
されたのが,古典的な理論では,集合論 ZF から整礎性公理を除去し,それにかわる公理 AFA を付加された
体系 ZFA である [A88][BM96].
28
定義 6.1 フラットシステムは,以下を満たす集合と関数の組 hX, A, ei である:
• X ⊆ U (U は urelement*2 の集合であり,変数を表現する),
• A は任意の集合,
• e : X → P(X ∪ A).
直感的には,フラットシステムは集合 A の元を用いて集合を定義する連立方程式を表現している.例えば,
h{a}, ∅, {ha, {a}i}i (ただし a は urelement) で e(a) = {a} となるフラットシステムは,「方程式」 x = {x}
を表現している.このとき,上記の b をこの方程式の x に代入した式が成立するため,集合 b がこのフラット
システムの解であるという.
x0 = ha1 , x1 i,
x1 = ha2 , x2 i,
..
.
構成的数学を展開するために直観主義論理上の集合論を使用するというアイディアは,少なくとも 1975 年
のマイヒル(Myhil)まで遡ることができる.その代表例はアクゼル(Aczel)によって提案された CZF であ
る。CZF は,ZFC を制限した体系であり,基本的にその集合観は「反復的集合観」に基づいているが、CZF
の場合は「許された種類の操作」が構成主義者が受け入れることができる操作のみに制限されているのが特徴
である.CZF の言語は ZFC と同じ集合論の言語であり,直観主義論理上で ZFC と似た公理をもつ体系で
ある.違いとしては,
また,論理が古典論理から直観主義論理に変更されているため,公理として採用される字面が,ZFC の場合
と異なるものが多い.公理の詳細については [AR12] を参考にされたい.なお,構成的集合論について,一部
では直観主義では「実無限」を定義できないと言う誤解もあるようだが,無限公理を持ち,自然数の集合 ω な
29
どを初めとする無限集合を定義することも可能である*4 .また,CZF では集合は(超限)帰納的に構成され
る.その結果,自分自身を自分自身の元として持つような集合(a = {a})は構成できない.この点において,
かなり自己言及性からは遠い存在である.
参考文献
[A88] Aczel, P. Non-well-founded sets. CSLI publications (1988)
[AR12] Aczel, P. Rathjen, M. Notes on Constructive Set Theory. Preprint
[BM96] Barwise, J. Moss, L. Vicious Circles. CSLI publications. 1996.
[B71] 反復的な集合観. ジョージ・ブーロス. 「リーディングス 数学の哲学」所収。
[C03] Cantini, A. The undecidability of Grisı̆n’s set theory. Studia logica 74: 345-368. 2003.
[H] Hamkins, Joel. An introduction to large cardinals. Lecture note.
[J78] Jech, T. Set Theory. Academic Press. 1978.
[J94] On Goedel’S second incompleteness theorem. Thomas Jech. Proceedings of the American Mathe-
matical Society. 1994
[K80] Kunen, K. Set Theory. Elsevier. 1980.
[Y13] Yatabe, S. 2013. On the crispness of ω and arithmetic with a bisimulation in a constructive naive
set theory. Preprint.
*4 この点は,「実無限」という言葉の定義の問題である.無限を表す名辞「自然数全体の集合」が指示する対象 ω が存在するという
意味では実無限が定義可能である.しかし無限集合に関し排中律が成立しないという意味では実無限は定義不可能である.
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