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並川 孝儀「正量部の修行階梯 -『有為無為決択』第21章「聖諦決択」より見て-」
並川 孝儀「正量部の修行階梯 -『有為無為決択』第21章「聖諦決択」より見て-」
正 量 部 の 修 行 階 梯
―『有為無為決択』第21章 「聖諦決択」 よ り見て―
並 川 孝 儀
点 か ら も貴 重 な 文 献 と言 え る2)。
尾 に 煩 悩 説 を,特 に 末 尾 の 煩 悩 説 は 正 量 部 の 煩 悩 説 を 纏 め て い る3)が,そ れ 以外
の大 半 の 内容 は 『倶 舎 論 』 第6章 「賢 聖 品 」 と ほ ぼ 同 一 で あ る 。 そ の 内 容 の 概 略
の 関 係 が 詳 述 さ れ,名 の 想 ・相 の 想 ・世 第 一 法 と,所 謂 説 一 切 有 部 で い う四 善 根
て は 四 諦 の 苦 諦 に お け る 三 心,即 ち 苦 法 智 ・観 察 智 ・苦 類 智 と そ の 所 断 の 煩 悩 に
か れ る 。 修 道 に お い て は 三 界 に お け る 各 々 の 所 断 の 煩 悩 が 述 べ ら れ,見 道におけ
る 十 二 心 と 修 道 に お け る 第 十 三 心 ・第 十 四 心 ・第 十 五 心 と 四 果 と の 関 係 が 規 定 さ
い て 説 明が な され る。
こ の よ う に,SAVに は 従 来 殆 ど知 ら れ な か っ た 正 量 部 の 修 行 論 が 詳 細 に 説 示
さ れ て い る 。 こ れ ま で に 正 量 部 の 修 行 論 に 関 し て は,Kathavatthu(『 論 事 』)に
紹 介 さ れ た 「禅 定 中 間 論 」5)(jhanantarika-katha),「 捨 離 論 」6)(jahatikatha),「 分
は『 異 部 宗 輪 論 』10)とそ の 註 疏 で あ る『 異 部 宗 輪 論 述 記 』11)に同 系 の 部 派 で あ る 犢
子 部 の 有 漏 道,即 ち 説 一 切 有 部 で い う 四 善 根 位 や 見 道 ・修 道 に 関 す る 所 説 を 知 る
のみ で あ っ た。
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(122) 正量部 の修行階梯(並 川)
の 構 造 に つ い て考 察 す る 。
先 ず,二 道 が 説 か れ る 。 即 ち 「道 は 二 種 説 か れ る の で あ る 。 即 ち 次 の 如 く で あ
る 。 有 漏 と無 漏 で あ る 。 そ の 中,有 漏 は四 〔種 〕 で あ る 。 即 ち 次 の 如 く で あ る 。
(mtshanma'i'dushes)と,世 第 一 法 で あ る。 無漏 の 道 は 二 〔種 〕 で,〔 即 ち 〕 見
道 と修 道 で あ る 。
」(D.235b7-236al,P.168a2-4)と 規 定 さ れ る 。 正 量 部 の い う有
漏 道 の 忍 ・名 の 想 ・相 の 想 ・世 第 一 法 は,説 一 切 有 部 で 説 く順 決 択 分 の 四 善 根
位,即 ち 媛 ・頂 ・忍 ・世 第 一 法 に 対 応 す る 説 で あ る が,両 部 派 は 各 々世 第 一 法 を
除 い て 異 な っ た 見 解 を 示 し て い る 。 尚,こ の内 容 の詳 細 は 別稿 で 論 じ る予 定 で あ
る。
無 漏 道 は見 道 と 修 道 と に 区 分 さ れ,見 道 では 苦 諦 か ら道 諦 ま で 四諦 各 々が 三 界
に 分 け ら れ,そ こに 生 じ る智 慧 に よ って 煩 悩 の所 断 が 論 じられ る。 修 道 は 三 界 に
向 四 果 と の 関 係 が 説 か れ る 。 こ の よ うな 構 造 は 説 一 切 有 部 の そ れ と 基 本 的 に ほ ぼ
同一 で あ る。
見 道 に お い て 四 諦 の 各 々 に 生 じ る 智 慧 に 関 し て,SAVは 「苦 〔諦 〕 に お い て
は な い の で あ る。 観 察智 に連 続 して 苦 〔諦 〕 に 類 智 が 生 じ る の で あ る 。」(D.234a
た め に 必 要 な 智 で,煩 悩 を 所 断 す る こ と のな い も の と規 定 され てい る。 この正 量
に お け る 苦 類 智 忍 ・苦 類 智 の 見 解 と 全 く異 な っ た 考 え 方 で あ る こ と が 判 明 す る 。
こ の 三 智(心)は 苦 諦 か ら 道 諦 ま で 同 様 に 存 在 す る の で,見 道 に お い ては 十 二
よ り道 類 智 ま で の 十 六 智(心)説 を 採 用 し て い る こ と か ら 両 者 は 全 く異 な っ た 見
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正量部の修行階梯(並 川) (123)
切 有 部 は見 所 断 に お け る十 六 心 で あ るの に 対 し,正 量 部 は見 道 の苦 法 智 か ら無 学
道 に 至 る十 六心 と,両 者 は 大 き く相 違 して い る。
見 道,修 道,無 学 道 と四果 との 関 係 に つ い て 眺 め る と,先 ず 修 道 に お い て欲 界
に生 じる智 を第 十 三心 とす る が,こ の 心 を 預 流 果,一 来 果,不 還 果 と規 定 す る。
そ し て,無 学 道 の第 十 六 心 を 阿羅 漢果 と規 定 す る。 四 向に つ い ては 全 く記 述 は な
い が,当 然 の こ と見 道 の心 を 預 流 向,修 道 に お け る色 界 ・無 色 界 の心 を 阿 羅 漢 向
であ る と想 定 で き る。 説 一 切 有 部 の場 合,預 流 果 は 修 道 で見 所 断 の道 類 智 の 心 と
され,正 量 部 の修 所 断 の心 との考 え と異 な る 。 この 相 違 は,説 一 切 有 部 が 道 類 智
を 見 所 断 と しな が ら も修 道 と規 定 す る のに 対 し,正 量 部 が 道 類 智 を 見 所 断 で 見 道
とす る こ とか ら生 じる。
さて,こ れ よ り所 断 の煩 悩 に 関 し て述 べ てみ る。 先 ず,見 所 断 か ら眺 め る と苦
法 智 は 十 随 眠 と二 十 非 随 眠 を 断 じ,色 界 に おけ る苦 類 智 は 九 随 眠 と十 一 非随 眠 を
断 じ,無 色 界 に お け る苦 類 智 は 九 随 眠 と八 非 随 眠 を 断 ず る とす る。 集 法 智 は 七 随
眠 と二 十 非 随 眠 を,色 界 に お け る集 類 智 は 六 随 眠 と十 一 非 随 眠 を,そ し て無 色 界
に お け る集 類 智 は 六 随 眠 と八 非 随 眠 を 断 じ る。 滅 諦 の場 合 は 集 諦 と同 じで あ る。
道 法 智 は 八 随 眠 と二 十 非 随 眠 を,色 界 に お け る道 類智 は、
七 随 眠 と十 一 非 随 眠 を,
そ し て無 色 界 に お け る道 類 智 は 七 随 眠 と八 非 随 眠 を 断 じる と され る。 次 に,修 所
断 に つ い て 見 れ ぼ 欲 界 で は 四 随 眠 と二 十 一 非 随 眠 を 断 じ,色 界 で は 三 随 眠 と十 一
非 随 眠 を,そ し て無 色 界 で は 三 随 眠 と八 非 随 眠 を 断 じ る と規 定 す る13)。以 上 を 纏
め る と,見 苦 所 断 は 二 十 八 随 眠 と三 十 九 非 随 眠,見 集 所 断 は 十 九 随 眠 と三 十 九 非
随 眠,見 滅 所 断 は 同 じ く十 九 随 眠 と三 十 九 非 随 眠,見 道所 断 は 二 十 二 随 眠 と三 十
九 非 随 眠 で あ り,合 計 見所 断 は 八十 八 随 眠 と百 五 十 六 非 随 眠 とな る。 修 所 断 は 十
随 眠 と四 十 非 随 眠 で あ り,結 局 正量 部 の説 く煩 悩 の所 断 は 随 眠 が 九 十 八 種 で,非
随 眠 が 百 九 十 六 種 とな る。 正 量 部 の煩 悩 は 随 眠 と非 随 眠 の 二 種 に 区 分 さ れ る の
で,当 然 の こと煩 悩 の所 断 も両 面 よ り論 じら れ,こ の 点 か ら見 れ ば そ れ は 正量 部
固 有 の説 で あ る が,随 眠 に関 し て言 え ば説 一 切 有 部 と同様 に 九十 八 随 眠説 を採 っ
てい る こ と が判 る。
こ こで,上 記 の随 眠,非 随 眠 が何 で あ るの か 具 体 的 に 示 し て お きた い 。
九随眠 〔十 随 眠 よ り瞑 を 除 く〕
八随眠 〔十 随 眠 よ り有 身 見,辺 見 を 除 く〕
四随眠 〔貧,瞋,慢,無 明〕
三随眠 〔貧,瞑,慢 〕
非随眠〕
二十非随 眠 〔
二 十 一 非 随 眠 よ り食 不 調 性 を 除 く〕
Lを 纏 め て 表 示 す る 。 尚,()はSAVに は 記 述 さ れ て お らず,筆 者 は 書 き入
した も の で あ る 。
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正量部の修行階梯(並 川) (125)
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(126) 正量部 の修行階梯(並 川)
23が あ り,こ れ を 参 照 され た い。
3)拙 稿 「正 量 部 の 煩 悩 説 一 『 為 無 為 決 択 』 第21章 「聖 諦 決 択 」 よ り 見 て ― 」 『印 度 学
仏 教 学 研 究 』42-2PP.(173)一(178)。 尚,本 小 論 中 に 出 る 正 量 部 の 煩 悩 説 に 関 して も本
拙 稿 を 参 照 され た い 。
4)SAV第21章 「聖 諦 決 択 」 の シ ノ プ シ ス は,拙 稿 「正 量 部 の 聖 諦 説 〔I〕 ―Sa1pskr-
て い る の で参 照 され た い 。
5)Kathavatyhu)PP.569-572,katKthavatthu-atthakatha(KvA.)PP.175-176
6)Kv.PP.109-115,KvA.P.43
7)Kv.pp.103-109,KvA.pp.42-43
8)Kv.pp.69-93,KvA.pp.36-37
9)Kv.PP.212-220,KvA.P.59
(下)』29-31
12)『 異 部 宗 輪 論 』 で は,こ の術 語 に対 応 す るで あ ろ う語 が 「法 忍 」 と 訳 さ れ て お り,そ
は 考 え ら れ な い の で,一 応 「観 察 智 」 と 訳 し て お く。
い ず れ に お い て も 断 じ ら れ る こ と が な く な り,そ れ で は 不 適 切 と 考 え,第16章 「非 随
眠 決 択 」 の 記 述(D.206b7∼207a6,P.129b1∼130a2)に 従 った 。
(佛 教 大 学 助 教 授)
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