Download as pdf or txt
Download as pdf or txt
You are on page 1of 7

現代文編  評論1

ラジオ学習メモ

手技に学ぶ (全二回) 前田英樹


講師 ③高橋さんののこぎりの扱い方
渡部真一 と、話が進みます。
筆者はまず、一般的に職人さんの技についての話から導入し、
次に、具体的に高橋さんの技へと話を進めました。これは、筆
■学習のねらい■ 者が注目するのが、この高橋さん個人の技だけではない、とい
評論を読んでその内容を的確に理解し、筆者の考えを読 うことを示しています。

− 59 −
み取ります。また、現代の社会における問題点について考 この文章は、単に一人の大工である高橋さんだけの話ではな
えます。 く、もっと普遍的に、職人の技そのものをテーマとしているの
であって、導入から展開のしかたにもそれが表れているわけで
 全二回 の
一 [手技に学ぶ]
  す。
現代文編

 学習のポイント1  学習のポイント2
 冒頭の話題の進め方に注目する  「もっといい話」とは?

高校講座・学習メモ
まず、この文章全体は、大きく三つの部分に分けられている 第一段落後半の初めの部分にある「もっといい話」とは、ど
国語総合
ことを確認してください。 んな話でしょうか。それは、すぐ後の「のこぎりを引くこつは、
第 24・25 回
そのうえで、第一段落前半の話題の進め方を確認すると、 なんといってものこぎりの重さに従って、それに逆らわずに引
①職人さんの仕事ぶりへの興味 くことなのだそうである。」という部分につながりますが、そ
②大工の高橋さんの紹介 の後の補足的な部分にも注目しましょう。
*「腕が、体が、のこぎりに勝ってしまうようではいけない」
ラジオ学習メモ

*薄くてペラペラになったのこぎりの
「重さを生かして切る」 全二回 の
 
二 [手技に学ぶ]
 
*「のこぎりが、自分の重さで、自ら動いているかのように
  引く」
 学習のポイント1
これらのことをまとめて、「のこぎりの重さに従って、それ
に逆らわずに引く」と言ったのでしょう。そういった「のこぎ   第二段落への
論の展開のしかたに注目する
りを引くこつ」の話が、「もっといい話」なのです。
   
第一段落では、大工の高橋さんのすぐれた技術が紹介されま
した。
学習のポイント3 
 
第二段落では、どのように話題が進むでしょうか。
 「木を生かす」とはどういうことか
「筋肉がのこぎりの重さに勝っているかぎり、木の中には入
 *木で家を建てる技術の古くからの進歩

− 60 −
り込めない。つまり、木を生かすことに負けるのである。」と
    ↓
ありますが、どういうことでしょうか。
 *(技術の目的である)衣、食、住の自給=独立の条件
「筋肉がのこぎりの重さに勝っている」とは、人間の不安定
  =平和の条件
な意識が筋肉に伝わって、のこぎりの自然な動きを邪魔してし
    ↓
まうことでしょう。
 *古くからの技術の特徴…悠久の循環(自然の循環)
現代文編

「木を生かす」とは、本文の少し後の部分、「木の中に入り込
    ↓
んで、その特質を引き出すこと」に注目しましょう。のこぎり
 *自然の循環の中で深まる技術と私たちの命
を、その重さを生かして使うことによって、木の特質、その木

高校講座・学習メモ
の良さを引き出すことを言っているのです。 このように、第一段落の具体例をふまえて、今度は、そういっ
国語総合
さらに「木を生かすことに負ける」とは、「木の良い特質を たすぐれた技術の持つ意味合い、私たち人間の社会や共同体に
第 24・25 回
引き出すことができない」ことを言うのでしょう。 おける深い意味について述べられたわけです。
*    *    *    * 
   おける深い意味。
 学習のポイント2
ラジオ学習メモ

第三段落
 「近代」についての
 ……すぐれた技術を大切にせず、捨ててきた「近代」とい
筆者の見方を捉える
      う時代のあり方への批判。すぐれた技術を持つ高橋さん
次の部分に注目しましょう。
   のまなざし。
「近代の工業生産と都市の消費生活は、こうした技術をどぶ 高橋さんの技術の紹介もこの文章を書いた意図の一つでしょ
にでも捨てるように捨ててきた。」 う。また、筆者の意見・主張をとらえるという意味では、具体
「こうした技術」とは、「自然の循環に従う生産生活」の中で 例の部分以外に注目しましょう。すると、第二段落から第三段
育つ「独立自尊の技術」のことであり、それを「どぶにでも捨 落のはじめに筆者の言いたいことが述べられていると言えま
てるように捨ててきた」とは、それを捨てるのがとてももった す。それらをまとめてみましょう。
いない、せっかくのものを無駄にしている、という意味合いを *古くから、衣食住の自給、共同体の独立や平和のためのす
含んでいます。 ぐれた技術が発達し、深まってきたこと。
  

− 61 −
この部分には、近代から現代という時代の、生産や生活のあ *その技術は、自然の循環を特徴とし、物の特質を生かすも
り方に対する筆者の厳しい見方(批判)が表されていると言え
  のであること。
るでしょう。 *近代社会のあり方は、こうした大切な技術を捨ててきてし
  まった、という批判。
 学習のポイント3
現代文編

 全体の流れをふまえ 、
  筆者の言いたいことをまとめる

高校講座・学習メモ
第一段落
国語総合
 ……職人さんの仕事ぶりへの興味。すぐれた大工である高
第 24・25 回    橋さんの、熟練したのこぎりの扱い方。
第二段落
 ……すぐれた技術の持つ意味合い、人間の社会や共同体に
ラジオ学習メモ

て わざ
手技に学ぶ 講師
 渡
部真一
まえ だ ひで き
前田英樹
私は、若い頃からいろいろな職人さんが仕事するところを見るのが好きで、邪
魔を承知で、黙っていつまでも見させてもらったりした。できあがった物を見る
のもいいが、私のような素人には、その途中がおもしろい。包丁で魚をさばく、
と いし
かんなで木を削る、砥石で刃物を研ぐ、腕のいい職人の仕事は、みな本当にすば
らしい。
私の家に、近頃は一人の大工さんが毎日来てくれている。ある建築会社をとお
して家の改築を頼んだ。とてつもなく腕のいい人で、こういう大工さんが、今日

− 62 −
ぎょう だ しげる
本に何人いるかと思う。この人は、埼玉県の 行 田で工務店を営んでいる高橋茂
さんという。高橋さんは、電動工具もたくさん使うが、かんな、のみ、のこぎり
を全く昔のやり方で使う。そうしなければできないところが、家のあちこちにある。
見ていると、本当に驚く。例えば、のこぎりの扱いだが、杉の角材一本を切る
のに、木を左手に、のこぎりを右手に持って、実になんでもなくヒョイヒョイと
現代文編

切る。その動作には、なんの習練もいらないかのように。切られた断面を見てみ
ると、ぞっとするほど滑らかに平らになっている。のこぎりで切ったようには、
とうてい見えない。高橋さんによると、こういうことは、誰にも教えられないの

高校講座・学習メモ
だそうである。どうしてかというと、人の腕は一本ずつみな違っていて、その腕
国語総合
との相談ずくでないと、のこぎりは引けない。もちろん、腕だけではない、体の
第 24・25 回 全体がそうだろう。体と二本の腕、腕とのこぎり、のこぎりと木との相性、その
全部がのこぎりの引き方を決める。切り口は、ほんの結果である。
これを、私がやるとなるとどうだろう。角材を台の上に据え、足で踏んづけて、
のこぎりを引く。さんざん引いたあげく、切り口は曲がって、荒れ放題というこ
ラジオ学習メモ

とになる。高橋さんが角材を左手に持って、片手でのこぎりを引くのは、不精し
ているのではない。両腕を動かして、木とのこぎりとの関係を不断に調整しなが
ら切っているのである。切り口の驚いた平滑さは、こうした動きの全体から生み
出されてくる。
もっといい話も聞けた。のこぎりを引くこつは、なんといってものこぎりの重
さに従って、それに逆らわず引くことなのだそうである。腕が、体が、のこぎり
に勝ってしまうようではいけない。そののこぎりだが、歯は限度まで薄くてペラ
ペラになっている。素人が引けば数回で折れてしまうだろう。そういう物の重さ
を生かして切るという。のこぎりが、自分の重さで、自ら動いているかのように
引く。これは何を意味しているか。木の中にのこぎりが入り込んでいくのに、人
間の不安定な意識ほど邪魔なものはない、ということだろう。腕の筋肉に命令す
るのは、その意識になる。筋肉がのこぎりの重さに勝っているかぎり、木の中に

− 63 −
は入り込めない。つまり、木を生かすことに負けるのである。
高橋さん愛用ののこぎりは、どこまでも軽い。その軽さから、いかに重みを引
き出せるかが、木との勝負の分かれ目になる。高橋さんは六十五歳くらいだと思
うが、実にみごとな体つきをしている。無駄なところが少しもなく、見るからに
しなやかそうな筋肉が、さえた骨格を覆っている。これは、全てを木と腕とのつ
現代文編

ながりの中でやってきた人の全く自然な体つきである。
木との勝負、と言ったけれども、本当はそうではない。大工の仕事は木をやっ
つけることではない。木の中に入り込んで、その特質を引き出すことである。そ

高校講座・学習メモ
いくさ
のためにのこぎりやかんながある。だから、こういう刃物は、狩りや 戦 をする
国語総合
時の武器とは反対の性質を持っている。大工にだけ可能な木の理解や分類や愛し
第 24・25 回 方というものがあり、それに鉄の道具が不可欠なのだろう。生身の体だけでは、
だめである。そこで、あの極度に軽いのこぎりなんかが登場する。考えてみれば、
のこぎりのこの重さほど、大工の腕と木の間で微妙なはたらきをするものはない。
木で家を建てる技術は、人間の歴史の中でとても早い時期からもう頂点に達し
ラジオ学習メモ

あすか こうじん
ている。例えば、飛鳥時代に寺を建てた工人の技術は、今でも実際に寺へ行って
見ることができる。その技術に達している大工は、鎌倉時代からこっちはもうい
ないそうである。けれども、私はもっとはるかに古い時代の民家がどんなふうで
あったかを考えてみる。掘っ立て小屋のような家屋は、決して浮かんでこない。
はた
丁寧に米を作り、麻を育てて機を織っていた生活が、どうしてそんな建築で満足
していただろう。
衣、食、住の自給は、人が独立して暮らしていくための根本条件である。独立
とは、どういうことか。他と争わず、他に依存せず、生活していける、というこ
とだろう。それなら、独立は平和の根本条件だと言っていいことになるではない
か。人間の共同体は、こうした独立のためには、なくてはならないものだ。衣、食、
住の自給を目的としない共同体は、他と争い、他から奪うために組織されるしか
なくなる。

− 64 −
木を切って家を建てる技術が、こんなにも深くにまでいったのは、その技術の
目的がそもそも深いからである。木を育てて伐採し、家を建てて何代も住み、最
後には消却する。消却した土地の土からまた木を育てる。この悠久の循環は自然
の中の何物も破壊しない。いや、自然の循環そのものになっている。米を作り、
機を織る昔の技術も同じである。
現代文編

こうした自然の循環の中で、人の技術はほとんど限りなく深くなることができ
る。腕のいい大工は、現にそのことを、いやというほど示しているではないか。
深くなる、とはどういう意味だろう。物の表面を滑っていく私たちの日常生活が、

高校講座・学習メモ
物の隠された性質の中に入り込み、それを引き出し、生かすことに成功していく
国語総合
ことを言う。だから、これは私たちの命そのものが深くなっていくことと同じで
第 24・25 回 ある。
道徳や信仰の本来の基盤は、自然の循環に従う生産生活の中にある。そこで育
つ独立自尊の技術の中にある。近代の工業生産と都市の消費生活は、こうした技
ラジオ学習メモ

術をどぶにでも捨てるように捨ててきた。
もっとも、高橋さんによると、昔から腕の悪い大工というものは、たくさんい
たそうである。そういう大工はまず、曲がっている物とまっすぐな物の見分けが
つかないらしい。そうすると道具の刃も研げないし、材木の下地作りもできない。
でこぼこの下地にどんどん床板を張っていく。
けれども、そんなことは初歩の初歩で、大工は手に取った板一枚が、これまで
どんなふうに育ってきて、これからどう曲がるかまですぐ分からなければ「話に
なんねえ。」ということである。持っただけで、それは分かる。分からなかったら、

木の家はすぐあちこちすきまだらけになる、くっつけた板が剝がれ、柱もゆがむ、
あげくには家が傾く。これを防ぐのは、木の暴れ癖を読んだ組みしかない。読み
に狂いがなかったら、木造家屋はいつまでも生きる。柱や戸板は、仲のいい家族
みたいに、お互いに変化し合いながら生きていくのである。

− 65 −
そんな話をしながら、高橋さんは小さな板一枚を手のひらで持ち上げて、穏や
かな目でその表面を見ている。が、それは、見ているという感じでは少しもない。
何か不思議な接しようが、そこにある。
現代文編

高校講座・学習メモ
国語総合

▼作者紹介
前田英樹(まえだ・ひでき) 1951年〜。大阪府生
第 24・25 回

まれ。フランス文学者。評論家。言語や身体、記憶、時
間などをテーマとして、映画や絵画、文学、思想などを
こ ばやしひで お
扱った著作を多く発表する。主な著作に、『小 林 秀雄』『在
るものの魅惑』
『倫理という力』『絵画の二十世紀』など
がある。本文は『独学の精神』(2009年刊)による。

You might also like