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予期せぬ ICU 入室 3 予期せぬ ICU 入室 3

局所麻酔薬中毒

対処法を知らずして
ブロックするべからず
穴田 夏樹・吉田 敬之

末 神経ブロック,特に体幹のブロック その後に典型的な症状と経過を認めて
症例
では,硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔に いることから,TAP ブロックによっ
28 歳 の 妊 婦。 身 長 150 cm, 体 重 40 kg 比べて大量の局所麻酔薬が必要となるこ
て局所麻酔薬中毒が生じたと考えるの
(妊娠時 50 kg)。妊娠 35 週で常位胎盤早 とが多い。手術麻酔における末 神経ブ
が妥当である。
期剝離の診断で,全身麻酔管理で緊急帝 ロック施行が一般的になってきた昨今,
王切開を行った。帝王切開終了後,ガー 周術期に局所麻酔薬中毒が生じる潜在リ
ゼ遺残確認のため腹部 X 線写真を撮影し スクが増していることにわれわれは留意 局所麻酔薬中毒とは?
た後に,術後鎮痛を目的として両側の腹 し な け れ ば な ら な い。 折 し も 2017 年 6
横 筋 膜 面(TAP) ブ ロ ッ ク を 行 っ た。 月に日本麻酔科学会から『局所麻酔薬中 作用機序と症状
TAP ブロックには,0.375%ロピバカイ 毒への対応プラクティカルガイド』
1)
が発 局所麻酔薬は,神経細胞膜の Na+ チ
ン を 片 側 あ た り 30 mL(計 60 mL,225 行され,局所麻酔を行うすべての医療者
ャネルに直接結合することで,Na+ の
mg)使用した。 に対して警鐘が鳴らされた。本症例を通
 続いて全身麻酔薬の投与を終了し,患 細胞内への流入を抑制し,神経細胞の
じて,局所麻酔薬中毒の概要,診断,治
者の覚醒を確認してから抜管した。 療および集中治療管理の必要性,さらに 脱分極を阻害する。その結果,神経軸
 抜管して数分後から患者が不穏となり, 妊産婦に対して局所麻酔薬を使用する際 索の伝導が遮断され,痛み刺激の伝達
血圧 110/50 mmHg,心拍数(HR)80 bpm に注意すべき点について検討する。 も遮断される。一方,中枢神経細胞や
から,血圧 170/100 mmHg,HR 100 bpm
心筋細胞にも Na+ チャネルは存在す
へ変化した。続いて全身性の痙攣をきた
る。血中の局所麻酔薬は Na+ チャネ
した後,血圧 75/30 mmHg,HR 140 bpm
の心室頻拍から心室細動に移行した。直 何が起こったのか? ルを非特異的に遮断するため,多彩な
ちに気管挿管を含めた心肺蘇生を行った。 臓器に影響を及ぼし,さまざまな症状
本症例では緊急帝王切開に対して,全 を引き起こす。血中局所麻酔薬濃度が
身麻酔管理と術後鎮痛目的の TAP ブ 上昇していくと,まずは中枢神経に関
ロックを行った。そして,全身麻酔か 連する症状が出現する。具体的には,
らの覚醒・抜管後に,全身性の痙攣お 最初に口唇のしびれ,耳鳴が生じ,続
よび致死的不整脈が生じた。 いて興奮,多弁,呂律困難,めまい,
 妊産婦に生じる全身性の痙攣や不整 視力障害,聴力障害が現れ,重症な場
脈の鑑別疾患としては,子癇発作,羊 合には痙攣をきたし,昏睡,呼吸停止
©MEDSi Ltd, 2017

水塞栓症,頭蓋内出血,アナフィラキ へと至る(図 1)2)。心血管系の症状と


シーショックなどが挙がる。しかし, しては,初期の中枢神経症状に伴って,
本症例では体重に比して高用量の局所 高血圧,頻脈,心室性期外収縮を認め
ANADA, Natsuki・YOSHIDA, Takayuki
関西医科大学附属病院 麻酔科 麻酔薬を用いて TAP ブロックを行い, る。重症例では,心筋の伝導障害のた

1190 ● LiSA VOL.24 NO.12 2017-12 1340-8836/17/紙:¥250/電子:¥500/論文/JCOPY

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症例検討◆予期せぬ ICU 入室 3

▼図 1 リドカインの血中濃度と
(文献 2 より)
中毒症状
め,洞性徐脈,低血圧を経て,心室細 mL〕をむかえ(コラム 1),90 分後ま
動や心静止などの致死的不整脈が発生 で 2.2 μg/mL 以 上 の 水 準 に あ っ た。 心停止

する場合がある。 ロピバカインを用いた TAP ブロック 20


呼吸停止
で局所麻酔薬中毒を生じた 2 症例の報
診断 告5)では,ロピバカイン使用量は 150 15 昏睡

リドカイン血中濃度
局所麻酔薬の使用後に前述の症状およ mg(2.68 mg/kg)または 300 mg(4.9

(μg/mL)
び症状の推移を観察した場合に局所麻 mg/kg)であった。後者の例では痙攣 意識消失,痙攣
10
酔薬中毒と診断される。典型的には軽 発症時のロピバカイン血中濃度を測定
多弁,振戦,
度の中枢神経症状から始まって重度の しており,3.99μg/mL であった。 視覚・聴覚異常
中枢神経症状,心血管症状へと進行す  本症例は 225 mg のロピバカインを 5

るが,局所麻酔薬が血管内に注入され 投与しており,体重あたりで 4 mg/kg 耳鳴,頭重感,


口唇・舌のしびれ
た場合など,急速に血中局所麻酔薬濃 を超えている。ロピバカインの添付文
0
度が上昇したときには,いきなり重度 書6)上の最大投与量,“伝達麻酔では
の中枢神経症状,心血管症状を呈する 300 mg”は超えていないが,TAP ブ
こともある。 4本が極量 ロックに関する過去の報告や,妊婦で
あったことを考える(後述) と,局所 コラム 1
アナペイン
ロピバカインと 麻酔薬中毒を引き起こす可能性が高い
75mg/10ml その極量 術後の末 神経ブロックは
危険な投与量であった。 いつ行うべきか?
ロピバカインは長時間作用性のアミド TAP ブロック後の血中局所麻酔薬濃度
型 局 所 麻 酔 薬 で あ る。Knudsen ら3) 妊娠と が最大となるのはブロック施行から平均
局所麻酔薬中毒 30 分後である。すなわち,ブロック直
は,ボランティアに対してロピバカイ
後に無症状だったとしても,ブロックの
ンを持続静注し,局所麻酔薬による中 McDonnell ら7)は, 予 定 帝 王 切 開 に 30 分後くらいまでに局所麻酔薬中毒が
枢神経症状が出現し始めたときの静脈 おいて 3 mg/kg のロピバカインを用 発症する可能性がある。本症例のような
血中の全ロピバカイン濃度および遊離 いたランドマーク法 TAP ブロックが, 重篤な局所麻酔薬中毒が発症することは
非常にまれであるが,酸素投与や抗痙攣
ロピバカイン濃度の平均値が,それぞ プラセボを用いた対照群に比して,術
薬投与を要する局所麻酔薬中毒はたまに
れ 2.2 μg/mL と 0.15 μg/mL であった 後のモルヒネ消費量を減らすと報告し 経験する。そのような症状が手術室や回
ことを報告した。ロピバカインの血中 た。しかし,帝王切開に対してモルヒ 復室,集中治療室で生じた場合はすみや
かに対処できるが,一般病棟への移動中
濃度が 2.2 μg/mL に達したら必ず中 ネを添加した局所麻酔薬を用いて脊髄
や移動完了後に生じた場合は対応が遅れ
枢神経症状が生じるというわけではな くも膜下麻酔を行った場合,そこに る可能性が高い。したがって,比較的高
いが,この濃度を危険水準と考えて, TAP ブロックを加えても術後鎮痛の 用量の局所麻酔薬を用いて体幹ブロック
を行った後に一般病棟へ帰室する場合は,
末 神経ブロックにおけるロピバカイ 向上は認められなかったという報告 8)

ブロック後に少なくとも 30 分程度は患
ンの投与量を検討している論文が多い。 もある。帝王切開の術後鎮痛における 者を手術室ないし回復室で観察下に置き,
開腹婦人科手術を受ける成人患者に対 TAP ブロックの有用性の評価は定ま 局所麻酔薬中毒の発症がないことを確認
して 3 mg/kg のロピバカインで TAP っていないといえるが,本症例のよう するべきである。本症例では術野遺残確
認の X 線撮影後に TAP ブロックを行っ
ブロックを行い血中濃度推移を調べた に全身麻酔管理の場合は施行を考慮し
ているが,筆者が術後に TAP ブロック
研究4)では,ロピバカインの平均血中 てよいと思われる。一方で,妊娠時は を行う場合は,手術終了後ただちにブロ
濃度は TAP ブロック施行 15 分後には 以下の三つの理由で局所麻酔薬中毒が ックを行い,ブロック後に患者が手術室
エリアに 30 分程度は滞在するようにし
2.2 μg/mL 以上に到達し,30 分後にピ 起こりやすいため,投与量は慎重に決
ている。
ーク〔平均 2.54(標準偏差 0.75)μg/ 定しなくてはならない。

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予期せぬ ICU 入室 3

▼表 1 妊産婦における痙攣発作の鑑別疾患 以上の理由から,妊産婦に対して局所 が,経過からは局所麻酔薬中毒が最も


てんかん 麻酔薬を用いるときは,非妊娠時に比 疑わしい。非常に高用量のロピバカイ
脳血管障害(頭蓋内出血,脳梗塞)
べて使用量の上限を低く見積もる必要 ンが用いられていることに加え,患者
脳炎,髄膜炎
子癇
がある。減量の程度について明確な指 は出産直後で非妊産婦よりも局所麻酔
羊水塞栓症 針はないが,TAP ブロックで確実な 薬中毒発症のリスクが高い状態にあっ
血栓性血小板減少性紫斑病 鎮痛域を得るためには十分な容量 た。TAP ブロック後に出現した症状
電解質異常(低ナトリウム血症,高ナトリ
(mL)を使用することが推奨されてい とその推移も局所麻酔薬中毒に典型的
ウム血症,低カルシウム血症など)
低血糖 る9)ため,使用する局所麻酔薬の濃度 なものであった。中枢神経症状が出現
精神疾患 を下げるのがよい。筆者は,本症例の した際に血液を採取し,ロピバカイン
薬物性(局所麻酔薬,オキシトシン製剤な
ような場合はロピバカインの使用上限 の血中濃度やコプロポルフィリンなど
ど)
量を 2 mg/kg とする。体重 50 kg であ 羊水塞栓症のマーカーを測定すること
ればロピバカインの使用量は 100 mg は確定診断に有用であるが,結果を得
◎血中蛋白質濃度の低下 を超えないようにする。全身麻酔を要 るまでには数日を要するため,並行し
血中の局所麻酔薬の多くはα1-酸性糖 する超緊急の帝王切開であれば,手術 て治療を進める必要がある。
蛋白やアルブミンと結合しており,薬 創はおそらく臍から恥骨上までの腹部
理作用を発揮するのは,蛋白質に結合 正中切開であろう。皮膚分節域では どのような
治療を行うか?
していない遊離局所麻酔薬である。妊 T10∼L1 に相当する領域である。この
娠時は循環血液量が増加するためα1- 範囲の鎮痛を TAP ブロックで得るた まずは蘇生を
酸性糖蛋白やアルブミンの血中濃度が めには,超音波ガイド下 TAP ブロッ 米国区域麻酔学会 American Society
低下しており,遊離局所麻酔薬の血中 クの肋骨弓下アプローチを用いて,外 of Regional Anesthesia and Pain
濃度が上昇しやすく,非妊娠時に比べ 腹斜筋,内腹斜筋,腹横筋の三層構造 Medicine(ASRA)
11)
が 2010 年に,日
て局所麻酔薬中毒の危険性が上昇する。 が出現した位置から腸骨稜前縁までの 本麻酔科学会1)が 2017 年に公表した
腹横筋膜面に局所麻酔薬を投与する必 局所麻酔薬中毒の治療ガイドラインを
◎プロゲステロンによる 要がある 9,
。そのためには片側あた
10)
表 2 にまとめる。致死的不整脈や心停
局所麻酔薬への感受性亢進 り 30 mL, 両 側 で 60 mL 程 度 の 局 所 止が生じた場合は,その原因が局所麻
妊娠時に産生が増えるプロゲステロン 麻酔薬が必要となる。したがって,ロ 酔薬中毒であっても,まずは二次心肺
は,Na チャネルの局所麻酔薬感受

ピバカインの濃度は 0.15%(計 60 mL 蘇生法 advanced cardiovascular life
性を亢進させる。そのため,より低い で 90 mg)に調製する。 support(ACLS) に も と づ い た 蘇 生
血中局所麻酔薬濃度で中毒症状が現れ 処置をすみやかに開始し,並行して局
ると考えられる。 本症例の場合 所麻酔薬中毒に特異的な治療を行う。
 本症例では,担当麻酔科医がコマン
◎心拍出量の増加による 妊産婦に生じた全身性の痙攣について ダーとなり,応援と除細動器の準備を
組織からの局所麻酔薬吸収促進 の鑑別疾患を表 1 にまとめた。このう 要請するとともに,すみやかに手術室
妊娠後期には,心拍出量の増加,循環 ち,本症例のように急速な経過で循環 にいる産科医または看護師に胸骨圧迫
血液量の増加により局所の血流が増加 虚脱を生ずるものとしては,羊水塞栓 を開始させた。患者の状態および処置
し,神経ブロック施行部周辺組織から 症,肺塞栓症,アナフィラキシーショ の経時記録も依頼した。さらに担当麻
の局所麻酔薬の吸収が促進され,血中 ックがある。本症例における痙攣や不 酔科医は 100%酸素でのマスク換気を
の局所麻酔薬濃度が上昇しやすくなる。 整脈の原因として,羊水塞栓症や肺塞 開始し,気管挿管の準備が整ったら挿
… 栓症を完全に否定することはできない 管した。除細動器が到着したら心電図

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症例検討◆予期せぬ ICU 入室 3

(文献 1,11 をもとに作成)


▼表 2 局所麻酔薬中毒の治療項目

波形で心室細動が持続していることを 初期対応

確認してから電気的除細動を行い,す 局所麻酔薬の中止,応援要請,モニター装着,静脈ライン確保
気道確保:100%酸素による換気を行う
みやかに胸骨圧迫を再開した。
痙攣抑制:ベンゾジアゼピン系を推奨 
 痙攣を制御するためにベンゾジアゼ      血圧・心拍が不安定な場合プロポフォールの使用は不可
ピン系薬であるミダゾラムを 5 mg 静 重度の低血圧,不整脈がある場合
脈内投与した。なお,循環虚脱が生じ 一次/二次心肺蘇生法にもとづいて心肺蘇生処置を行う
ている状況ではプロポフォールは投与 脂肪乳剤を投与する
すべきでない。最初の電気的除細動か バソプレシン,カルシウム拮抗薬,β遮断薬,局所麻酔薬(リドカイン)の使用を避ける
アドレナリンの投与量は AHA の蘇生ガイドラインに準ずる
ら 2 分が経過し再度心電図波形を確認
体外循環装置の準備をする
したが,心室細動が持続していたため,
重度の低血圧,不整脈が認められない場合
2 回目の電気的除細動を行った。
厳重な監視と対症療法を行う
 経過と症状から局所麻酔薬中毒によ 脂肪乳剤の投与を考慮する
る可能性が高いと判断し,蘇生処置と 20%脂肪乳剤の投与方法
並 行 し て Lipid rescue を 開 始 し た。
脂肪乳剤 1.5 mL/kg(除脂肪体重換算)を,約 1 分かけて静脈からボーラス投与する
20%脂肪乳剤(イントラリポスⓇ)75 その後 0.25 mL/kg/min で持続静注する
mL(体重 50 kg として 1.5 mL/kg)を 5 分後も循環虚脱が続いていたら,再度ボーラス投与(1.5 mL/kg)する
同時に持続静注流量を 0.5 mL/kg/min へ倍増させてもよい
1 分かけて静注した。その後 0.25 mL/
さらに 5 分後も循環虚脱が続いていたら,再度ボーラス投与(1.5 mL/kg)を考慮する(ボー
kg/min で 20%イントラリポスの持続 ラス投与は 3 回を限度とする)
静注を開始した。本症例の場合は体重 循環動態の回復・安定後もさらに 10 分間は持続静注を継続する
最大投与量の目安は 12 mL/kg とする
50kg の た め, 投 与 速 度 は 750 mL/hr
となる。この投与流量はほとんどのシ
リンジポンプや輸液ポンプの上限投与 0.5 mL/kg/min へと増量した。  そのまま手術室で十数分間状態を観
速度を超えているため,20 滴=1 mL  蘇生処置を継続しながらさらに 5 分 察したが,循環動態は安定しており痙
の輸液セットを用いて 1 秒あたり約 4 が経過したが,依然,心停止であった 攣の再発も認めなかったため,イント
滴のスピードで滴下した。 ため,再び 20%イントラリポス 75 mL ラリポスの投与を終了し,気管挿管管
 応援にきた麻酔科医が動脈ラインを を 1 分かけて静注した。この時点で 理のまま ICU へ移送した。
確保することに成功し,動脈血液ガス 20%イントラリポスは計 400 mL 程度
分析を行うとともに,後日ロピバカイ 投与された計算となる。イントラリポ Lipid rescue
ンの血中濃度を測定するために血液を スのボーラス投与はガイドライン上, 局所麻酔薬中毒,特にブピバカインに
採取した。 計 3 回までとされている。また,20% よる中毒は,治療抵抗性の心停止をま
 その後も心電図波形は無脈性電気活 イントラリポスの総投与量は 12 mL/ ねきやすいことが知られている。1998
動 pulseless electrical activity(PEA) kg を超えないことが推奨されている。 年 に Weinberg ら12) は, ラ ッ ト を 用
と心室細動とを繰り返した。ACLS ガ  3 回目のイントラリポスボーラス投 いた動物実験において,ブピバカイン
イドラインに沿って,心室細動に対し 与の 2 分後に心室細動に対して除細動 による心停止に対して脂肪乳剤の静注
ては電気的除細動を行い PEA にはア を行ったところ,心リズムが洞調律へ が有効であったことを報告した。その
ドレナリン 1 mg を投与したが心拍の 復帰し心拍が再開した。心拍再開直後 後 Weinberg ら13)は 臨 床 症 例 に お け
再開は得られなかった。心停止から 5 の血圧は低値であったが,ドパミンの る推奨投与量を提案し,Lipid rescue
分 後, 再 度 20 % イ ン ト ラ リ ポ ス 75 持続投与を開始し徐々に上昇した。心 が考案された。本法による局所麻酔薬
mL を 1 分かけて静注し,持続投与を 停止時間は約 13 分であった。 中毒原性心停止からの蘇生成功の臨床

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予期せぬ ICU 入室 3

みやかに Lipid rescue を開始すべき


コラム 2 である。中枢神経症状のみの場合は局

ASRA ガイドラインと 所麻酔薬中毒を疑った段階で脂肪乳剤


日本麻酔科学会プラクティカルガイドの差違について の投与を考慮するが,明確な投与開始
局所麻酔薬中毒の対処について,Associa- ている 。高用量アドレナリンによる不整
11) 基準はない。局所麻酔薬中毒の治療で
tion of Anaesthetists of Great Britain & 脈の増加や代謝性アシドーシスの悪化に伴 脂肪乳剤を使用した場合に重篤な副作
Ireland(AAGBI)や ASRA が ガ イ ド ラ イ う局所麻酔薬中毒増悪の可能性14,15)に配
用が生じたという報告はない。脂肪乳
ンを公表しており,2017 年には日本麻酔 慮したものと思われる。他方,日本麻酔科
科学会も『局所麻酔薬中毒への対応プラク 学会プラクティカルガイドには,「アドレ 剤の一般的な副作用としては急性肺障
ティカルガイド』 を公開した。どのガイ
1)
ナリンの投与 量は,American Heart As- 害や急性膵炎の報告があるが,心血管
ドラインも Weinberg らが提案した脂肪乳 sociation(AHA)の蘇生ガイドライン等
症状を伴う局所麻酔薬中毒を疑ったと
剤の推奨投与量にもとづいて Lipid rescue に従い,ASRA の基準である<1 μg/kg に
の内容を記載しており,脂肪乳剤の投与法 はこだわらないこと」と記載されている。
きはためらわずに投与すべきである。
に関してガイドライン間の違いはほとんど 筆者は,実際に心停止患者を前にしたとき, また,脂肪乳剤の主成分であるダイズ
ない。 蘇生処置と鑑別診断を行いながら,心停止 油や添加物の卵黄へのアレルギー歴を
 一方,心停止時の蘇生処置については若 の原因を局所麻酔薬中毒と確定して,アド
考慮する必要がある。脂肪乳剤の投与
干の違いがある。ASRA はアドレナリンの レナリンの投与量を減らすのは難しい判断
投与量を 1μg/kg 未満にすることを推奨し であると思っている。 後は,急性肺障害や急性膵炎発症の可
能性を念頭において,胸部 X 線撮影
や呼吸状態の評価を行うとともに,血
報告が続き,Lipid rescue は心血管症 液検査で膵アミラーゼやリパーゼの値
状を伴う局所麻酔薬中毒治療の中核に を確認する。
位置づけられるようになった。Lipid
rescue の治療機序としては,血管内 ICU 入室基準および
ICU 管理
に投与された脂肪乳剤が,脂質エマル
ジョンへ局所麻酔薬を取り込み血漿中 本症例のように心停止,あるいは重篤
の局所麻酔薬濃度を低下させるという な低血圧,不整脈をきたし,呼吸と循
説(lipid sink 説)が有力である。局 環のサポートが必要になった場合は,
所麻酔薬の血中濃度低下により,心筋 蘇生成功後も ICU へ入室させて厳重
からのブピバカインの wash out が促 に管理する必要がある。上述のとおり,
進され,心筋細胞が蘇生に反応しやす ロピバカインを用いて TAP ブロック
くなると考えられている 。 12)
を行った後に血中ロピバカイン濃度を
 脂肪乳剤の具体的な投与方法につい 測定した報告5)によれば,血中ロピバ
ては,Weinberg らが提唱した方法を カイン濃度はブロック 30 分後に最大
もとに,2012 年に ASRA が投与プロ に 達 し た が, そ の 後 も 60 分 間 程 度
トコルを作成している 。日本麻酔科 11)
(ブロック後 90 分まで)は局所麻酔薬
コメント
学会が 2017 年に公表した『局所麻酔 による中枢神経症状が生じやすい濃度
このような目的においては,本来はリカ
薬中毒への対応プラクティカルガイ 域にあった。本症例では抗痙攣薬を投
バリールームや麻酔後回復室 post an-
esthesia care unit(PACU)に入室させ ド』 にも脂肪乳剤投与のプロトコル
1)
与して痙攣を止め,さらに局所麻酔薬
て観察にあたるのが適当であるが,日本 が示されている(コラム 2)。 中毒に対する特異的治療として Lipid
ではこれらを備えていない施設が多数派
 局所麻酔薬中毒による重篤な血圧低 rescue を行って心停止からの回復を
であろう。
下や不整脈を認めた場合は,可及的す 得たが,ICU 入室時点では局所麻酔

1194 ● LiSA VOL.24 NO.12 2017-12

閲覧情報:国際医療福祉大学・高邦会グループ 10086 2018/11/07 16:37:03


症例検討◆予期せぬ ICU 入室 3

薬投与から 45 分程度しか経過してい 分析,胸部 X 線で異常所見を認めな algesia. Reg Anesth Pain Med 2014;
39:248-51.
ないと推測され,今後,中枢神経およ いことを確認した。術翌日に頭部 CT 6. アスペンジャパン株式会社.アナペイン
び心血管系の症状が再燃するリスクが を撮影し,改めて頭蓋内病変,低酸素 注 7.5 mg/mL,アナペイン注 10 mg/mL
添付文書.第 10 版.2017. 《https://ane.
ある。このような血中局所麻酔薬濃度 脳症を疑う所見がないことを評価した
aspenpharma.co.jp/product/files/ 97/
の推移も頭において,中枢神経症状を 後に抜管した。局所麻酔薬中毒による ana_pi.pdf》(2017 年 9 月 22 日閲覧)
7. McDonnell JG, Curley G, Carney J, et
伴う局所麻酔薬中毒が出現した場合に 後遺症は認めず,同日中に ICU を退
al. The analgesic efficacy of transver-
は,本症例ほどの重症例でなくても, 室した。 sus abdominis plane block after cesar-
ean delivery:a randomized controlled
ブロック施行後 2 時間程度は状態を観 ● ● ●
trial. Anesth Analg 2008;106:186-91.
察するために ICU への入室を考慮し 局所麻酔薬は,麻酔科医にとってなく 8. McMorrow RCN, Mhuircheartaigh
てもよいであろう(コメント)。さら てはならない薬物であり,使用頻度も RJN, Ahmed KA, et al. Comparison of
transversus abdominis plane block vs
に,本症例では経過から局所麻酔薬中 高い。心停止にまで至った局所麻酔薬 spinal morphine for pain relief after
毒による痙攣,不整脈の発症が明らか 中毒において Lipid rescue は有効な Caesarean section. Br J Anaesth
2011;106:706-12.
であったが,それらの症状の原因がは 蘇生法であり,すみやかに施行する。 9. 吉田敬之,藤原 貴.婦人科悪性腫瘍手
っきりしない場合も,ICU に入室さ 重篤な局所麻酔薬中毒の発症はまれで 術に対する肋骨弓下腹横筋膜面ブロック.
In:森本康裕,柴田康之編.超音波ガイ
せて鑑別診断にあたるほうがよい。 あるが,麻酔科医にとって局所麻酔薬 ド下末 神経ブロック実践 24 症例.東
中毒の症状,局所麻酔薬の血中濃度推 京:メディカル・サイエンス・インター
ICU 入室後の本症例の ナショナル,2013;81-7.
移,脂肪乳剤の投与プロトコルの知識 10. Hebbard PD, Barrington MJ, Vasey C.
経過
は必要不可欠であり,手術室内での治 Ultrasound-guided continuous oblique
subcostal transversus abdominis plane
ドパミン,ミダゾラムを持続投与した 療から ICU での管理までを見据えて
blockade:description of anatomy and
状態で ICU へ入室させ,人工呼吸管 対応にあたる必要がある。 clinical technique. Reg Anesth Pain
Med 2010;35:436-41.
理下においた。ICU 入室後,動脈血
11. Neal JM, Bernards CM, Butterworth
液ガス分析,血液生化学検査,血液凝 文 献 JF 4 th, et al. ASRA practice advisory
on local anesthetic systemic toxicity.
固能検査を行い,蘇生後評価を行うと 1. 日本麻酔科学会.局所麻酔薬中毒への対
応プラクティカルガイド.2017.《http: Reg Anesth Pain Med 2010;35:152 -
ともに脂肪乳剤の副作用の有無につい //www.anesth.or.jp/guide/pdf/practical 61.
ても評価した。症状が落ち着いた段階 _localanesthesia.pdf》(2017 年 9 月 22 12. Weinberg GL, VadeBoncouer T, Rama-
日閲覧) raju GA, et al. Pretreatment or resusci-
で,頭蓋内出血を除外し,今後の低酸 tation with a lipid infusion shifts the
2. 川真田樹人.局所麻酔薬.In:弓削孟文
素脳症発症リスクを評価するために頭 監,古家 仁,稲田英一ほか編.標準麻 dose-response to bupivacaine-induced
酔 科 学. 第 6 版. 東 京: 医 学 書 院, asystole in rats. Anesthesiology 1998;
部 CT を撮像した。羊水塞栓症および 88:1071-5.
2011;47.
肺塞栓症を除外するために胸腹部造影 3. Knudsen K, Beckman Suurküla M, 13. Weinberg GL. LipidRescueTM Resusci-
Blomberg S, et al. Central nervous and tation.《http://www.LipidRescue.org》
CT も併せて撮像した。頭蓋内に異常 (2017 年 9 月 22 日閲覧)
cardiovascular effects of i.v. infusions
所見はなく,羊水塞栓症や肺塞栓症を of ropivacaine, bupivacaine and place- 14. Weinberg GL, Guido DG, Ripper R, et
bo in volunteers. Br J Anaesth 1997; al. Resuscitation with lipid versus epi-
疑う所見も認めなかった。心停止の影 nephrine in a rat model of bupivacaine
78:507-14.
響で ICU 入室時は代謝性アシドーシ 4. Griffiths JD, Barron FA, Grant S, et al. overdose. Anesthesiology 2008;108:
Plasma ropivacaine concentrations af- 907-13.
スを認めていたが,循環の改善ととも
ter ultrasound-guided transversus ab- 15. de Queiroz Siqueira M, Chassard D,
にすみやかに改善された。局所麻酔薬 dominis plane block. Br J Anaesth Musard H, et al. Resuscitation with
2010;105:853-6. lipid, epinephrine, or both in levobupi-
投与の 3 時間後からミダゾラムの投与
5. Weiss E, Jolly C, Dumoulin JL, et al. vacaine-induced cardiac toxicity in
量を漸減し,痙攣の発症がないことと Convulsions in 2 patients after bilater- newborn piglets. Br J Anaesth 2014;
112:729-34.
意識レベルを確認した。呼吸状態は継 al ultrasound-guided transversus ab-
dominis plane blocks for cesarean an-
続的にモニタリングし,動脈血液ガス

1195 ● LiSA VOL.24 NO.12 2017-12

閲覧情報:国際医療福祉大学・高邦会グループ 10086 2018/11/07 16:37:03

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