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未来創造学研究 Vol.

8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」
竹内 光風1
序章
大恐慌真只中の 1930 年代、ケインズ(1883-1946)の『雇用と利子および貨幣の一般理
論』では、金融政策は恐慌下では有効ではないという主張が、経済学者の中で主流で
あった。それはいわゆる、流動性の罠 2と呼ばれるもので、名目利子率が 0%近くになり
金融政策が無力化している状態のことを示している。第二次世界大戦が終わり、ゼロ金
利時代が終わったにも関わらず、金融政策を軽んじる風潮が続き、その中で出版された
のがミルトン・フリードマン(1912-2006)とシュワルツ(1915-2012)共著『アメリカ金融
史:1867〜1960』である。この中では、景気循環が歴史的に貨幣の供給量の変動と相関
していることを示し、そもそも貨幣の供給量を増やしていれば大恐慌は起こり得なかっ
たと主張した。こうした議論の末に実現した政策が、「中央銀行に例えば年率 3%などの
一定の貨幣供給量の成長を達成するという目標を立てさせ、経済にいかなる変動が起こ
ろうともそれを貫徹させるもの」3で、いわゆるマネタリズムと呼ばれているものである。
マネタリズムはケインズのアイデアを反駁するだけではなく、多くのところで賛同し
ている部分がある。それは、総需要の短期的な変化は物価と総産出量の両者に影響し、
大恐慌の中では拡張的な財政政策を行うべきであるとしている。しかし、フリードマン
は、場当たり的に経済政策で経済を平準化させる裁量的財政政策、裁量的金融政策の両
者に難色を示している。しかし、中央銀行が一定の貨幣量を供給し続けるだけでは、ク
ラウディング・アウトによって財政政策が総需要に与える効果は極めて小さくなる 4。こ
こで、フリードマンが示したのが、金融政策を金融政策のルールに従って、自動的に決
定することであった。
金融政策のルールとして認識されていた MV =PT という数量方程式がある。これは、
「貨幣量(M)と流通速度(V)の積は、価格(P)と取引量(T)の積に等しい」こと
を意味しており、貨幣数量説と呼ばれる考え方である。この式が有効であると考えられ
ている背景には、貨幣の流通速度が短期的には安定的にしか変化せず、一定であるとい

1
学生会員。本論は、筆者の卒業論文をベースにしている。
2
「流動性の罠という惹句は、イギリスの経済学者ジョン・ヒックスがケインズの考えをまと
めた『ケインズの氏と古典派:1 つの解釈』と題する論文の中で初めて導入したものだ」
ポール・クルーグマン, ロビン・ウェルス(2016) 『クルーグマン マクロ経済学』東洋経
済 p.493。
3
同上 p.494。
4
拡張的な財政政策は AD 曲線を右方シフトさせ、物価と総産出量を引き上げることになる。
IS-LM 分析によれば、拡張的な財政政策は、利子率を引き上げ、投資支出の減少を招く。そ
のため財政政策の効果が一部相殺する。貨幣量が固定されている場合、財政政策の効果は弱
くなってしまう。

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

う信念が存在する。1960 年から 1980 年まで米国では比較的、安定した変化を見せており、


短期的に見れば一定値を保っていた。しかし、1980 年以後、不規則に変動するようにな
り、裁量的政策の行き過ぎが経済において有害な影響があるという教訓を残しつつも、
純粋なマネタリズムの政策は有効ではなくなってしまった。
貨幣数量説の考えを受け継ぎ、ケインジアンの政策と対峙していたマネタリズムが一
定の成果と課題に直面した結果、貨幣数量説自体の研究がなされなくなってしまった。
その結果、貨幣の流通速度の変化が大きな政策転換のきっかけになっているのにも関わ
らず、その研究が盛んでないのが現状である。
イノベーションで知られる経済学者シュンペーター(1883-1950)は「第一、貨幣の流通
速度の背後にある諸要因の分析においては、ミルを超えるいかなる偉大な前進もなされ
なかった」5と述べる。つまり、19 世紀以降、貨幣の流通速度の研究は止まり、進展がな
されていないのが現状である。貨幣数量説の歴史を振り返り、流通速度が経済成長に与
える影響を論じることが本論考の目的の一つである。
 そして、幸福の科学の大川隆法総裁は、「「お金の量を多くすれば景気が回復する」
というものではなく、「資金の流通速度」というものがあるのです。(中略)「資金の
量」だけではなく、実は、その「回転率」が非常に大事です。経済を活発にするために
は、資金が速く動いて何回もの回転することが重要なのです」 6と述べた。また、シュン
ペーターは、自身の貨幣論構築を目指すにあたり、信用理論を強調した理論の展開を構
想していた。その中で、信用が拡大し、資本としての役割が果たされることを主張して
いる。
その一方で、ノーベル経済学賞を受賞した R.マンデルは、貨幣現象における成長は、
高いインフレーション率を伴い望ましくないと主張している。こうした理論と比較検証
し、貨幣の流通速度と信用理論の関係を明確にし、経済発展へ与える影響について考察
していきたい。本論考では、第 1 章「「貨幣数量説」の歴史」、第 2 章「流通速度が与
える経済発展への影響」、結論という流れで論じていく。

5
シュムペーター (1977) 『経済発展の理論(下)』 岩波文庫 p.641。
6
大川隆法 (2013) 『大川隆法政治講演集 2009 1 法戦の時は来たれり』幸福実現党
pp.74-76

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第 1 章「貨幣数量説」の歴史
(1)「貨幣数量説」の起源
  MV =PT として確立したのは近代においてではあるが、古くから長く貨幣数量説とし
て展開され、議論されてきた。実際、貨幣数量説の起源を辿れば、中国の孔子、または
ギリシアのクセノフォンまで遡ることができる 7。こうした意味でも、経済学の歴史の中
で最も古い経済理論といっても過言ではない。しかし、現代の貨幣数量説に直接的な起
源は、16 世紀のスペインにあると言われる。当時のスペインは、中南米からの金銀が大
量に流入し、物価が大きく上昇した。「価格革命」として知られるこの現象は、スペイ
ンのみならずヨーロッパの国々にも波及した。そして、「貨幣量が増大すれば、価格の
上昇を招き、貨幣量の減少は価格の下落を招く」という初歩的な貨幣数量説が主張され
ることになった。もちろん、取引量、貨幣の流通速度など他の要因については言及がな
い。
それ以後も、経済学という学問が独立していなかったため、モンテスキュー (1689-
1755)、ロック(1632-1704)などの哲学者によって主張されている。モンテスキューは、
『法の精神』の中で、金銀の流入が増大すれば、物価も同じだけ上昇すると主張してい
る8。そして、ロックは、貨幣の流通速度によって貨幣需要が異なることなども分析し、
ケインズの流動性選好理論に似た主張をしている 9。こうして経験的に形成されてきた貨
幣数量説は、18 世紀半ばにデービッド・ヒューム(1711-1776)によって理論化される。
ヒュームは貨幣量を一国の経済力の指標とする重商主義の主張を覆し、貨幣は交換の媒
介でしかないと主張した。そして古典派経済学の「貨幣ヴェール観」を確立した。貨幣は
あくまでも交換手段にしか過ぎず、貨幣量が多いと単に物価上昇を招く貨幣の中立性を主
張している。そして、ヒュームのもう一つの貢献として、長期的には貨幣の中立性を主張
しておきながら、短期的には貨幣量の増加が取引、生産を刺激することを示したことがあ
る。少数の人々に渡った貨幣は新たな雇用を生み、労働意欲を高め、消費を刺激し、生産
を活発にするという、乗数効果の説明を行った。短期的に物価、賃金は変化しにくいので 、
短期的には貨幣は非中立的な側面を持っているということを明らかにしたのである。貨幣

7
Mark Blaug. (1978) “Economic Theory in Restrospect” Cambrige University Press. p.18.
8
「アフリカ海岸の黒人は、貨幣は持たないが価値の標識はもっている。それは、彼らの精神
の中で彼らが必要の割合に応じて各商品におく尊重の度合に基づく純観念的な標識である。あ
る物品または商品は三マキュートの価値があり、他のあるものは六マキュート、また他のもの
は一〇マキュートの価値がある。それは単純に三、六、一〇と言っているようなものである。
価格は彼らがすべての商品相互の間で行なう比較によって形成される。その場合、特別な貨幣
はなく、商品の各部分が他の商品の貨幣なのである。(中略)一国の金銭の量が 2 倍になった
と仮定すると、1マキュートについて 2 倍の金銭が必要になろう」モンテスキュー(1989)
『法の精神(中)』岩波文庫 p.307
9
平山健二郎 (2004)「貨幣数量説の歴史的発展」(経済学論究 58 巻, 29-62 頁)p.37。

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

量の変化が短期的に非中立性的な効果をもたらすことを示したのはヒュームだけではなく 、
ソ ー ン ト ン (1760-1815) 、 マ カ ロ ク (1789-1864) 、 マ ル サ ス (1766-1834) 、 ト レ ン ズ (1780-
1864)、J.S ミル(1806-1873)なども、こうした貨幣の非中立性を指摘している10。
 その一方で、貨幣数量説に対する指摘も、ヒュームと同時期に存在していた。その批
判的な指摘は、大きく二つある。一つが、有効需要が増えなければ貨幣量が増えたとし
ても、物価上昇を招かないという指摘。二つ目が、貨幣量の増加が物価上昇を招く過程
の不明瞭さを指摘し、貨幣の流通速度というものが財市場に影響を与え、物価上昇を招
くという点である11。ヒューム以降、古くから議論されてきた貨幣数量説が理論として成
熟してきた。しかし、その一方で、貨幣数量説の推論に対する現実的な疑問も存在し、
解明されていないことも明らかになった。

10
平山健二郎 (2004)「貨幣数量説の歴史的発展」 p.40。
11
重商主義者であるジェームズ・スチュアートは、貨幣量が増えたとしても貨幣の支出に現れ
てこなければ物価上昇は起きないと主張し、ケインズの「流動性の罠」のはしりのような考
えを表していた。カンティロンは、貨幣量の増加だけではなく、貨幣の流通速度が価格に影
響を与えるとし、貨幣がどの財市場に流入するのかも問題であると考えを示した。つまり、
貨幣量増加がすべての財市場において物価水準の上昇を招くわけではないということである。
平山健二郎 (2004)の議論を参照。

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

(2)「 MV =PT 」という現代の貨幣数量説の成立


イギリスをはじめ国際的に金本位制が導入されてきた 1870 年代から 1900 年代のはじめま
でに現代の貨幣数量説が成立した。その大きな貢献を果たしたのは、I.フィッシャー(1867-
1947)とアルフレッド・マーシャル(1842-1924)の二人である。アメリカでは、フィッシャー
が取引に焦点を当てたアプローチで貨幣数量説を展開し、マーシャルとその弟子は、現金
残高方程式に見られるように貨幣数量説を発展させた。この二人の貨幣数量説の理論構築
の過程を見ていく。

(a)フィッシャーの「交換方程式」
フィッシャーの交換方程式の展開を追う前に、簡単に当時のアメリカ経済学の本位制に
対する議論の典型を見ていく。アメリカ経済学では「貨幣数量説」について、 F.A.ウォー
カー(1840-1897)と J.L.ラフリン(1850-1933)の論争が展開されていた。数量説を支持する立
場に立って複本位制を主張するのが、ウォーカーである。彼は、銀の廃貨が不況の原因で
あると主張した。それは、銀の廃貨よって、貨幣供給が減少したことによって、物価水準
が下がる。このことが、債務者の損失、固定費用負担を増大させたのみならず、企業の利
潤見込みを減退させた。その結果、投資と雇用を抑制させ、不況を引き寄せたと説明でき
る。ウォーカーによると、銀貨鋳造の自由化による貨幣量の増加とインフレ政策が、不況
の解決策であると主張している。
 その一方で、複本位制反対論者であったラフリンは、政策論争における複本位制支持
者の根拠に当たる数量説に批判を浴びせた。そのため、物価上昇を抑えることで、輸出財
の国際競争力の維持に不況からの脱出策を見出していた。
 ラフリンとウォーカーの数量説をめぐる対立の本質は、貨幣の機能をどのように捉え
るのかということにある。ウォーカーは価値尺度と交換仲介機能を分けずに考えるべきあ
ると主張し、反対にラフリンは区別すべきであると主張した。交換と同時に価格が決定さ
れるのであれば、二つの役割は区別する必要はないが、交換の前に概念上決定されている
のであれば区別する必要があるということを示している。
 そして、後にミッチェル(1864-1950)が、この時代の数量説の論争の「真の論点」は、
大別して「数量説における貨幣とは何か」「貨幣量はどのように物価に作用するのか」
「貨幣以外に物価に作用する要因は何か」「物価に作用する各要因のうちどれが相対的に
重要であるのか」の四つに区分した。こうして明らかになった四つの論点に、ミッチェル
による整理に言及は存在しないが、フィッシャーは『貨幣の購買力』の中で答えている。
ラフリンとウォーカーの議論が、フィッシャーの交換方程式の成立に大きな影響を与えて

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

いる。
 銀行預金が貨幣と認識するべきか躊躇されていた古典派の経済学の中で積極的に支払
手段として銀行預金を貨幣として認めた。こうした意味で、フィッシャーの方程式はス
トックとフローに焦点を当てた。フィッシャーは、交換方程式を定式化した際に、ストッ
クとフローの関係の応用として、回転の概念を提示した。

「資本の回転時間とは、その期間の開始時点で全流出量が資本に等しい期間であり、し
たがって、その期間の終了時点で流入量が資本に等しい期間のことである。たとえば、も
しある商人が自転車を年 100 台の割合で売買し、手元に 20 台の在庫を置くとすれば、回転
率は年 5 回で回転時間は五分の一か月である。」12

回転の概念は、ストックとフローの比として定義できる。その応用として、所得の流れ
から貨幣の「数量説」および「貨幣の流通速度」を連想する。財産を貨幣・銀行預金・財
貨の三種類に分けるとすると、交換は六種類に分類することができる。それぞれ同一種類
の交換で三つ。また異なる種類間で三つ、貨幣と預金、貨幣と財貨、預金と財貨である。
完全な理論構築のためには、こうした六種の交換形態を考慮に入れなければならない。回
転概念を流通速度に応用するという目的上では、「財貨と貨幣」と「財貨と預金」だけが
考慮される。こうした想定のもと、交換方程式は導き出される。

Si:個人 i の一年間の貨幣支出量(i=1,2,3,…,N)
Si’:個人 i の一年間の小切手支払額(i=1,2,3,…,N)
qji:個人 i が一年間に購入する第 j 番目の財貨の量(i=1,2,3,…,N/j=1,2,3,…N)
pj;第 j 番目の財貨の価格(j=1,2,3,…,M)

各個人が貨幣と小切手によって、所与の価格のもとで各財貨量を購入する。この時等価
の交換フローだけからなるということと、そのほかの交換形態が考慮されないということ
が仮定されているので、各個人について次の式が成立する。

Si + S'i= p1 ∙ q1i + p2 ∙ q 2i + …+ pM ∙
(i=1,2,3,…,N)
(1−0)

12
Irving Fisher(1896) “ What is Capital?”.The Economic Journal Vol.6, No.24, p.515.

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左辺と右辺とをそれぞれ個人ごとに足し合わせると次式を得る。

N N N N N

∑ s i+∑ s 'i =p 1 ∑ q 1i + p 2 ∑ q 2i +⋯+ p M ∑ qiM


i=1 i=1 i=1 i=1 i=1
(1−1)

M
¿ p1 ∙ Q1 + p2 ∙ Q2 +⋯+ p M ∙Q M =∑ p j ∙ Q j
j=1

つまり
N N M

∑ s i+¿ ∑ s 'i=∑ p j ∙Q j ¿ (1−2)


i=1 i=1 j=1

次に M,M′をそれぞれ流通している貨幣量と銀行預金とし、基準年における諸価格は下添
字 0 をつけて表すと、上の式は次のように変形できる。

Σs
Σ ∑ ∙Q
'
' '

M s +M M = p ∙ Σ ∙Q
M Σp ∙Q p0
0

( 1−3 )

∑s ∑ ∑ ∙Q
ここで、 =V , s' =V ' , p =P ,∑ p ∙ Q=T と置き換えると
M M' ∑p ∙Q 0
0

MV + M ' V ' =PT


(1−4)

が得ることができる。さらに変形して、
' '
( M + M ' ) ∙ MV + M 'V =PT
M+ M
(1−5)

MV + M ' V '
ここで M+M′=C, =R と書き換えると
M+ M '

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

CR=PT
(1−6)

となる。
なお、C は「通貨」であり、R はその「流通速度」である。フィッシャーは V や V′は習
慣的なものとして規定されると考え、過渡期には T は変動するが長期的には一定であると
捉えている。そのため、ここでいう貨幣量と価格は比例関係にあると主張している。こう
した考えが、マネタリズムの考えの源流にあると言える。貨幣量が増大したとしても、す
ぐに長期水準に物価が上昇するわけではないと、フィッシャーは説く。つまり名目利子率
と実質利子率を区別し、インフレ率の上昇に比べて名目利子率の調整が遅れるため実質利
子率が下落すると財需要を増加させ、これが物価上昇につながるということである。いわ
ゆる、「フィッシャー効果」13と呼ばれる「インフレ率の上昇に応じて、名目利子率が同率
で上昇する」ことは短期的には主張されていない。

(b)マーシャルの「現金残高方程式」
近代経済学の基礎を築いたアルフレッド・マーシャルを中心としたケンブリッジ大学で
貨幣数量説の定式化を試みていた。フローの概念を本質とするフィシャーの方程式に対し
て、ストックの需要を表しているのがマーシャルの現金残高方程式(The cash balance
equation)である。特に、貨幣の流通速度の変化は、市場において個人がどのように消費を
するのかということを表しており、現金残高方式の中で現れる「マーシャルの k」と呼ば
れるものは、個人行動決定の理由を表したものである14。恒等式で、条件式でもある「
MV =PT 」の取引量(T)を国民所得(Y)として捉え直して、名目 GDP に対するマネーサ
プライの割合(the proportion between outlay of any given type and the cash balance held against
that outlay)15を k として式を展開する。

13
フィッシャー効果とは、現物の物価上昇から生じる人々のインフレ期待が名目利子率に織り
込まれる効果。物価が上昇することによって金利も上昇することを指す。
14
「The “velocity” are the simple resultant of the decisions which the individuals in charge of the
administration of cash balances make with respect to the size of the cash balance that they choose to
keep relative to outlay. The “Marshallian K” is the symbol which we use to summarize the body of
analysis designed to explain why these decisions are what they are. As Mr. Robertson has put it, the
symbol is designed to call attention to the “phenomenon of the mind” which lies behind the
phenomenon of the market” which, in turn, is represented by the V in equations of Fisherine form.」
(Arthur W. Marget(1938). THE THEORY OF PRICES volumeⅠ. PRENTICE HALL p.419).
15
Marget (1938) p.416.

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

M =k PY
( 2a )

または取引量(T)をそのままにして

M =k PT
( 2 b)

と表せる。
古典派の想定で Y は一定であるとされているとともに、貨幣の中立性から貨幣需要も一
定と考えられるので、結論は M と P の比例関係を意味することになり、古典派的な貨幣数
量説と変わらない。
一方で、消費財に対する貨幣の循環を明らかにするために、消費者(c)と生産者(p)を区別
して PT を書き直す。

PT =P T c + P T p
(3 )

消費財に対す購買力は、所得に基づいて決定されることになるので、(2b)と(3)に基づい
て展開する。

1
M ∙ =P T c + P T p
k
( 4 a)

または

1
M ∙ −P T p =PT c
k
( 4 b)

ここで明らかになることは、現金残高は消費財の価格( P T c )に直接作用しているという
ことである。現金残高が消費財の価格に対する影響があるという点から、マーシャルの方
程式はストックの需要を表していると言える。しかし、フィッシャーの方程式も、マー
シャルの方程式も、先行きで実現される価格と実際に実現された価格が消費行動に与える

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

影響に分析したものであり、本質的には大きく変わることはない16。そもそも恒等式である
「 MV =PT 」から、貨幣需要関数を導出するのにどこまで正当性があるのかは疑問である。
長期的に実現する「貨幣の中立性」という古典派の前提から援用している部分が大きい。
しかし、現金残高における貨幣需要を明らかにしたことは、「貨幣量の増加が利子率の
低下をうながし、それが投機的な商品の購入につながるため、価格の上昇が始まる」17とい
う見方を示し、ケインズの流動性選好理論に発展するとい主張も存在する。価値貯蔵手段
としての貨幣が増えることになれば、代替手段である貸出が増えることになるというポー
トフォリオ調整に目が向けられることは理論の発展であると考えることもできる。

(3)ケインズの「貨幣数量説」への批判と「基本方程式」の構築
 ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)の三部作と呼ばれる『貨幣改革論』『貨幣
論』『一般理論』がある。特に『貨幣改革論』『貨幣論』で、貨幣数量理論への評価が大
きく変化している。三部作の最初に出版された『貨幣改革論』では、彼の指導教授が、現
金残高方程式を確立したマーシャルだったことも影響して、貨幣数量説を肯定的に論じて
いる。『貨幣改革論』の為替レートに関する第 3 章に購買力平価18について論じる際に、価
格決定の原理として「貨幣数量説」を採用している。「この理論は根本的なものである。
これが事実関係と対応しているという点は疑問の余地がない」と述べている。しかし、貨
幣の流通速度が一定とする長期的な貨幣の中立性を主張しながらも、マーシャルの k は大
きく変動することも認めており、全面的に貨幣数量説を受け入れている訳ではなかった19。
構造的な問題を含め、慣習的な要因が変動させる可能性を示しながらも、それが固定され
ているのであれば貨幣量と物価水準には明確な関係が存在すると結論づけている。
そして、1930 年に出版された『貨幣論』の中では、この貨幣数量説では説明できない、

16
「This is merely another way of saying that the relation of “anticipated” and “realized” prices to V of
the Fisherine equation is in no wise different from the relation of the two groups of prices to the K of
cash-balance equations.」(Marget (1938) p.431).
17
平山健二郎 (2004)「貨幣数量説の歴史的発展」(経済学論究, 29-62 頁)p.49。
18
「購買力平価とは、貿易される財(これを「貿易財」と呼ぶ)についての「国際的な一物一
価の法則」である。例えば、同じ自動車が日米間で貿易されているなら、この自動車の価格
は日米両国で同じ価格になっていなければならない。そうした国際的な一物一価が成り立つ
ように為替レートは決まる、というわけだ。二国の物価が与えられるとそれによって為替
レートは決まる」(吉川洋 (2009) 『いまこそ、ケインズと、シュンペーターに学べ』 ダイ
ヤモンド社 p.73)。
19 '
「n= p(k + r k )(筆者付記: n:貨幣量 p:価格 k:マーシャル k k′:k 分の銀行への預金額 
r:銀行の現金保有率) k,k′r が一定なら、さっきと同じ結果になる。つまり、n と p が同じ比
率で上下動するということだ。k と k′の比率は世間一般の銀行取引の形による。そしてその
絶対値は人々の全般的な慣習による。さらに r の値は銀行の準備金保有慣行による。だから
こうしたものが変わらなければ、現金の量(n)と物価水準(p)の間には直接的な関連がある」
(ケインズ(2014) 『お金の改革論』 講談社学術文庫 p.81 )。

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

動的なアプローチに取り組もうとしていた 20。『貨幣論』の中の「第 3 編 基本方程式」


「第 4 編 物価水準の動態」の中で、フィッシャーの「交換方程式」、マーシャルの「現
金残高方程式」として表されていた数量方程式に対する批判を論じている。滝川によると 、
以下の伝統的な貨幣数量説は 5 つの論点で批判している21。
1 両貨幣数量説の物価水準は、貨幣取引の対象として種々の商品への相対的な重要さと、
消費取引の対象として種々の商品への相対的な重要さと異なること。
2 生産要素の完全雇用を仮定している。「貨幣のヴェール観」は長期的には成立するが、
短期的な貨幣量変化の影響を検討するときには、消費物価と比較して緩やかにしか動
かない。これは、ヒュームの指摘と類似している。
3 伝統的な貨幣数量説は、所得預金のみ認識し、他の営業預金、貯蓄預金を区別してい
ない。
4 伝統的な貨幣数量説は貨幣量を中心論点としているが、『貨幣論』では貨幣(銀行預
金)を何に支出するのかを、「産業的流通の目的」、「金融的流通の目的」に分類し
て、「貨幣」ではなく「資金」としての視点を取り込んでいる。
5 伝統的な貨幣数量説は「正常利潤(あるいは正常報酬)」と「意外の利潤(実際の報
酬)」を区別していない。「正常利潤」は企業が社会貢献を行なっていることから正
当化される利潤で、伝統的な貨幣数量説は正当利潤しか想定していないとしている。
『貨幣論』の中では、正常な売上を非雇用者に対して支払わせる俸給および賃金、ま
たは企業者の正常報酬、資本に対する利子、規則的に得られている独占利潤、地代お
よびこれに類するものからなっているものとしている。そして実際の売上金額と正常
な売上金額を区別し、それらの関係で、消費者物価の状況を描写し、『一般理論』で
は雇用量の描写をしている22。

20
「貨幣理論の基本問題は、単に(たとえば)貨幣的用具の回転率を貨幣と取引されるものの
回転率と関係付ける恒等式、あるいは静学的方程式を立てることに尽きるものではない。こ
のような理論の真の任務は、問題を動学的に取り扱い、そこに含まれている種々の要因を分
析して、物価水準が決定される因果的過程と、均衡の一つの他の位置へ移動する仕方とを示
すようにすることである。ところが、われわれがそれに基づいて育てられてきた数量説の諸
形式は(中略)この目的に対してはほとんど適していない。それらは、種々の貨幣的要因を
結びつけることによって定式化しうるような多数の恒等式のうち特殊な例である。しかしそ
れらはいずれも、現代の経済組織において、一期間の変化を応じてその因果的過程を動かし
ているような諸要因を識別可能にするという長所を備えてはいない(ケインズ(1979)『 ケイ
ンズ全集 5 貨幣論Ⅰ 貨幣の純粋理論』p.136)。
21
滝川好夫(2007)「ケインズ三部作の論理構造」 pp.6-7。
22

実際の売上金額>正常な売上金額
総需要価額(D)>総供給価額(Z)
実際の売上金額=正常な売上金額
総需要価額(D)=総供給価額(Z)
実際の売上金額<正常な売上金額 雇用量減少
雇用量の均衡水準
雇用量増大
諸費者物価下落
消費者物価の均衡水準
消費者物価上昇
『一般理論』では、実際の売上金額を総需要価額とし、正常な売上金額を総供給価額としてい

44
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

こうして区分した正常な売上金額を E、意外の利潤を Q、消費財生産、投資財生産に


おける意外の利潤はそれぞれ Q1、Q2 と表し、R を消費財の産出流通量、C を投資財の
産出流通量、O(=R+C)を総産出流通量、P を消費財の物価水準、P′を投資財の物価水準、

E
S を貯蓄流通、 を総産出量に対する生産費として基本方程式を構築する。
O

E+Q=P∙ R+ P' ∙ C
( 5)

E E
E= ∙ R+ ∙ C
O O
(6 )

として、

E E
Q= P−( O) (
∙ R+ P' − ∙C
O )
¿ Q 1 +Q 2
( 7)
となる。

E E
E= ∙ R+ ∙ C
O O
(8)

E=P∙ R+C
(9 )
であり、(8)、(9)を合わせると

E
∙C−C
E O
P= +
O R

E
∙ C−(E−P ∙ R)
E O
¿ +
O R

る(滝川好夫(2007) p.7)。

45
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

E
P ∙ R− ∙R
E O
¿ +
O R

E Q1
¿ +
O R
(10 )

となり、これが基本方程式の形として構築されることになった。投資財と消費財を分け、
2 財モデルの構築がこの方程式の大きな特徴である。『貨幣論』の中で「もし社会の所得
のこのような第一の分割が第二の分割と同一の割合であるならば、すなわちもし生産費で
測った産出が、支出の経常消費と貯蓄とに分割される割合と同一の比率で、消費財と投資
財とに分割されているならば、そのときわれわれは、消費財物価水準がその生産費と均衡
していることを見出すであろう。しかしこの分割の割合が二つの場合に同一でないならば 、
そのとき消費財物価水準はその生産費とは異なっているだろう」23と述べており、消費財物

E
価水準(貨幣の購買力の逆数)の安定は、「総産出流通一単位たりの生産費( )が不変
O
であること」「消費財生産における意外の利潤がセロであること」の二つが条件である。
 さらに、M1 を所得預金の総額、V1 を所得預金の流通速度とすれば以下のようにかける。

E=M 1 ∙V 1
( 11 )
 (11)を(10)に代入すれば、

M 1 ∙ V 1 Q1
P= +
O R
( 12 )
となる。
 基本方程式において、消費財の物価水準の変動要因は、「貨幣的要因」「投資要因」
「産業的要因」の三つに分類分けすることができる。

(a) 資金と証券価格の決定
『貨幣論』の中で、公衆は二つの意思決定を行なっていると主張している。一つ目が、
所得を現在消費と貯蓄に分割すること、これは『一般理論』の中で論じられる消費性向に

23
ケインズ(1979)『 ケインズ全集 5 貨幣論Ⅰ 貨幣の純粋理論』p.137。

46
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

ついて発展していく。二つ目が、貯蓄の運用である。その運用は「貨幣と他の貸付資本ま
たは実物資本への分割」「保蔵と投資との選択」「銀行預金と証券への分割」の 3 通りに
区別することができる。
 伝統的な貨幣数量説とはとは異なり、貨幣総量を動機から「所得預金」「営業預金」
「貯蓄預金」に区別し、資金の視点から「産業的流通目的で使用される預金」「金融的流
通目的で用いられる預金」をそれぞれ分類している。さらに、産業的流通目的で使用され
る営業預金を「営業預金 A」、金融的流通目的で使用される営業預金を「営業預金 B」と
している24。これらの関係を以下のように整理している。
産業的流通目的に用いられる預金= 所得預金+ 営業預金 A
金融的流通目的に用いられる預金=貯蓄預金+営業預金 B

証券価格の下落を予想する人を「弱気筋」、価格証券の上昇を予想する人を強気筋と呼
び、貯蓄預金を「強気」「弱気」にかかわりなく貯蓄される金額を「貯蓄預金 A」、「弱
気」であるために保有される預金を「貯蓄預金 B」と分類する。つまり、「強気筋」に人
は、貯蓄よりも証券を好んでいるということを意味する。そして、貯蓄額の急激な変化は 、
貯蓄預金 A ではなく、貯蓄預金 B の変化であると考えられる。
 貯蓄預金 B ストック市場の需給均衡で証券価格が決定され、『一般理論』の「貯蓄預金
B の需給均衡」と対応し、IS-LM 分析と発展していく。

(b)『貨幣論』の政策展開
 『貨幣論』の基本方程式は、

E Q1
P= +
O R
( 10 )
であり、さらに貨幣的要因を明らかにする目的で、

M 1 ∙ V 1 Q1
P= +
O R
( 12 )
と展開することは前述した通りである。そして、消費財物価水準の基本的な変動過程を
「貨幣的要因に基づく変化→投資要因に基づく変化→産業的要因に基づく変化」と考えて

24
「産業は「形状的な産出、分配および交換の正常な家庭を維持し、また生産要素が生産の最
初の出発点から消費者の最終の満足に至るまでの間に遂行する種々の仕事に対して、彼らに
その所得を支払う経済活動」、金融は「富に対する既存の権利を保有しまた交換する(産業
の文化に起因する交換以外の)経済活動」をそれぞれ意味している」(滝川好夫(2007) p.7)。

47
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

いる25。また「貨幣要因に基づく変化」は産業的流通に利用可能な預金の供給であり、「産
業的要因に基づく変化」は産業流通ための預金の需要である26。

E
 (10)の基本方程式における に基づく消費財の物価水準の継続的上昇を「所得インフ
O

Q1
レーション」、 に基づく消費財の物価上昇の継続的上昇を「商品インフレーション」と
R
区分し、『貨幣論』では「商品インフレーションというものは、新規投資のために利用で
きる資源を増加し、そして社会の富の残高を増大するのに役立つものである。この点にお
いてそれは、この作用しない所得インフレーションおよび資本インフレーションとはまっ
たく異なるのであるが、種々のインフレーションを相互に区別しない人びとは、一般的に
この点を看過してきた」 27と述べている。それぞれのもたらす意味について、所得インフ
レーションは「貨幣および債券の所有者から、借り入れをしている人々および貨幣で表示
された債務を持つ人々へ富を移転させることによって、既存の富の再分配を引き起こす」 28
に過ぎないが、商品インフレーションは「この経常所得の価値の現存にちょうど等しい額
の利益が、その経常産出物を騰貴した価格で売却できる企業に利潤という形で帰属する」 29
ので必然的に新投資に使用される資源の増加をもたらすことになる。
 しかし、「商品インフレーションの場合には、生産要素の総収入は彼らが生産しつつあ
るものよりも価値が小さく、そしてその差額は企業者集団の富への永続的な追加として、
この集団の成員の間で勝手に分配されるのであるが、それは彼がデフレーションによって
損失を被りするものの、通常はそれよりも一層多くインフレーションによる利益を獲得す
ることができるからである。勤労の成果に対する所得のこのような強制的かつ恣意的な移
転は、それ自身看過できない悪である」30と述べ、商品インフレーションは社会的正義の観
点から許されるべきものではないとしている。

25
「証券価格についての「強気」「弱気」は「金融的要因」と呼ばれ、「金融的要因基づく変
化、産業的流通に利用できる預金の供給を変化させることにより「貨幣的要因に基づく変
化」を経由して作用するか、あるいは投資もしくは貯蓄の優位性を変化させることにより
「投資要因に基づく変化」を経由して作用する」(滝川好夫(2007)p.14)。
26
「このようにして新貨幣の全ては結局(一)収入支払額 M1V1 の増加に応じて M1 に流れて
いくか、あるいは(二)企業者の取引額の増加、または(三)株式取引所の取引額の増加の
いずれかを処理するために M2 に流れていくか、あるいは M3 に流入して(四)「弱気」の資
産配分の拡大を賄うかのいずれかになるであろう」(ケインズ(1979)『 ケインズ全集 5 貨幣
論Ⅰ 貨幣の純粋理論』p.276)。
27
ケインズ (1979) ケインズ全集 5 貨幣論Ⅰ 貨幣の純粋理論』 p.307。
28
同上 p.307。
29
同上 p.309。
30
同上 p.303。

48
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

(c)『貨幣論』おける流通速度の分析
 『貨幣論』では「現金預金の流通速度(V)」と「総預金の効率(E)」を区別して、総預金
を M、所得預金を M1、営業預金を M2、貯蓄預金を M3、所得預金の流通速度を V1、営業預
金の流通速度を V2、貨幣取引の総額を B とすると、貯蓄の流通速度はゼロであるから、

M 1 ∙ V 1 + M 2 ∙ V 2=( M 1+ M 2 ) ∙ V
( 13 )

であり、流通速度で式を展開すると

M1 M2
V= ∙V 1 + ∙V
M 1+ M 2 M1 + M 2 2
(14 )

となる。
 貯蓄預金は「保蔵」されている預金であり、預金の流通速度を計算するときには除外さ
れている。保蔵量の変化は貨幣の流通速度の変化の要因のように見えるが、実際は有効な
貨幣の供給量の変化が本当の要因であると論じる。すなわち、二つの V の加重平均が本当
の流通速度であるとして、 V1 と V2 が変化しなければ、 (14)の式を見て分かるように、現
金預金のうち所得預金と営業預金のそれぞれの割合の変化の結果として変化しうるとして
いる。
 しかし、貨幣の流通速度の中から貯蓄を除外して考えるという点においては、 J.S.ミルに
よって論じている内容と同じであり、貯蓄預金、所得預金、営業預金として預金の種類を
分類分けしてそれぞれの流通速度を考えることは、革新的な論点ではない。単に「貨幣の
ヴェール観」から貨幣の中立性が実現するとして V は一定という考えから、長期的では貨
幣の中立性は成り立つが短期的には変化するというヒュームの主張から、貯蓄預金の貨幣
の流通速度を抜いたかたちで考えるべきであるという理論の発展で止まっている。のちに
マネタリズムの政策においては「貨幣のヴェール観」が実現するという原始的な貨幣の流
通速度の描写を採用したと言える。

(4)「基本方程式」に集められた批判と評価
物価水準の説明を目的として構築された「基本方程式」は、「交換方程式」と「現金残

49
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

高方程式」の発展形として考案された。消費財と投資財の 2 財で、消費財の物価水準を説
明する式の意味することは、消費財の物価水準は投資が貯蓄を超過したときに上昇すると
いうことであり、逆だと下落するということである。
 しかし、前述した通り基本方程式の分析は複雑な過程を有しており、 2 財モデルの定義
式を書き換えたものにしか過ぎない。こうした批判はハイエクとケインズの有名な論争と
して代表されるが、本論考で論じるとなると様々な論点に触れざるを得なくなり、本論考
の目的と大きく離れてしまう31。そのため、端的に論争を示した一文を借りて満足しなけれ
ばならない。つまり、「フリードリッヒ・フォン・ハイエク、デニス・ロバートソンとい
う当代きっての理論家二人は、『貨幣論』が出版されるや否や直ちに長大な書評を書き、
いずれもこの本は「失敗作」だとした。二人ともこの本が金融論の書物としては価値のあ
る本だとしながらも、ケインズの主張する新しい理論的枠組み(基本方程式)は失敗だと
結論づけたのである」32。

31
ハイエクとケインズの論争については、F.A.ハイエク(2012) 『ケインズとケンブリッジに
対抗して』 春秋社、ニコラス・ワプショット(2012) 『ケインズかハイエクか 資本主義を
動かした世紀の対決』新潮社を参照されたい。
32
吉川洋 (2009) 『いまこそ、ケインズと、シュンペーターに学べ』 ダイヤモンド社 p.99。

50
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

第2章 流通速度が与える経済発展への影響

米国の所得流通速度の変動
Federal Reserve Economic Data の Velocity of M1 Money Stock, Ratio, Quarterly, Seasonally
Adjusted をもとに竹内が作成
  (https://fred.stlouisfed.org を参照)
12.000

10.000

8.000

6.000

4.000

2.000

0.000
1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
-0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0 -0
-01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07 -01 -07
59 61 64 66 69 71 74 76 79 81 84 86 89 91 94 96 99 01 04 06 09 11 14 16
19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 19 20 20 20 20 20 20 20

 前章で詳しく論じてきたように、貨幣数量説の中において貨幣の流通速度は、大別する
と一定と考えるか、もしくは「短期的には変動する可能性がある」という二つの考え方が
存在する。前者は、古典派の「貨幣のヴェール観」から貨幣の中立性という考えから形成
されたものであり、ミルトン・フリードマンを代表するマネタリストの考えの原型である 。
しかし、こうした貨幣の中立性は、ハイエクによって否定される33。実際、米国の所得流通
速度の推移(図1を参照)を見てみると、 1980 年までは比較的安定した変化を見せていた
が、それ以降大きく変動することとなり、貨幣のヴェール観は現実に即しない考え方であ
るというハイエクの主張が正しいことがうかがえる。
図1

(1)インフレーションにおける所得速度の変動
 ヒューム以降、「短期的に変動する可能性がある」という考え方においては、インフ
レーション、デフレーションの指標として貨幣の流通速度を捉えなおす向きがある。コロ

33
「個人の各計画の完全な調和と一致という観念は、完全均衡市場の理論モデルが、間接交
換を可能するのに必要な貨幣は相対価格には何ら影響を与えないという仮定から引き出した
ものである。けれども、この仮定は現実の世界とは決して一致することのない完全に虚構の
観念である。私自身はかつてこれに「中立貨幣」(neutral money)という表現を与えたので
ある。(中略)けれども、それは理論分析でほとんど普遍的になされているこの仮定の特徴
を説明し、そして現実の貨幣がかつてこのような性質をもちえたかどうかという問題を提起
することを意図していたのであり、金融政策によって目標とされるべきモデルであることを
意図したものではない。私は以前から、現実の貨幣はつねにこのような意味で中立でありえ
ないのであり、我々は避けえない誤りを敏速に訂正するような制度で満足しなければならな
いという結論に達したのである」(F.A.ハイエク (1988) 『貨幣発行自由化論』 東洋経済新
報社 pp.117-118)。

51
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

ンビア大学の R・マンデルは、「所得速度が一定であるという最も単純な仮定は、インフ
レーション率に差がある場合に不適当であることは明らかである。インフレーション自体
が実質貨幣残高の保有のコストの一部である。インフレーション率が高いほど、社会が保
有しようと欲する実質貨幣残高量は小さいであろう」34と述べている。
マンデルは、インフレーションが与える経済効果を明らかにするため、取引量を産出量
と読み替えた交換方程式を展開する。 M は貨幣供給量、 V は所得流通速度、 P は物価水準、
Y を産出量とする。

MV =PY
( 15 )
(15)の式を時間について微分すると、

1 dM 1 dV 1 dP 1 dY
+ = +
M dt V dt P dt Y dt
( 16 )

1 dP 1 dY
そして、 はインフレーション率と読み、π と置き換え、 は成長率と読み λ と置
P dt Y dt

1 dM
き換え、 を貨幣供給増加率と読み、 ρ と置き換えると以下のように展開できる。
M dt

1 dV
=π+ λ− ρ
V dt
( 17 )

ここで、資本と産出量の関係を、 φ を資本の生産性、 K を資本ストックとして以下のよう


に定義づけする。

Y =ϕK
( 18 )

そして、上式についても時間で微分をすると

34
R・マンデル(2000) 『マンデル 貨幣理論』ダイヤモンド社 p.43

52
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

dY dK

dt dt
( 19 )

と変形することができる。ここで、φ は一定であるとしている。
 中央銀行が、全ての政府投資における資金調達を担い、なおかつ他の投資を無視するこ
とができれば、政府投資の価値は以下のように示すことができる。 R を実質準備、G を政
府投資とする。

P 1 dR dK
= =
G P dt dt
( 20 )

個人の所持金を無視した場合の準備率を r とすれば、

R=rM
( 21 )

となる。(21)の式を同様に時間について微分をすると

dR dM
=r
dt dt
( 22 )

となり、この式を(20)の式に代入して次式を得る。

dK 1 dM
=r
dt P dt
(23)

次に、(23)を(19)に代入すると、

53
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

dY 1 dM
=rϕ
dt P dt
( 24 )

となり、両辺を Y で割ると次式を得ることができる。

1 dY 1 dM 1 dM M
Y dt
=rϕ
PY dt
=rϕ ( )
M dt PY
(25 )

これは成長率と貨幣供給量の増加率の関係を表し、前述した記号に置き換えるなら、


λ= ρ
V
( 26 )

所得速度が一定である期間を想定すれば、(17)の式は以下の湯に書き換えることができる。

π=ρ−λ
( 27 )

上式に(26)を代入すると、


π= 1−( V
ρ )
( 28 a )

または

π= ( rϕV −1) λ
( 28 b )

と表すことができる。この二つの式は、インフレーション率、貨幣供給の増加、成長率の
三つの関係を示している。この二つの式から、インフレーション率が決定する要因は V と
rφ の関係である。つまり、所得速度が資本生産性の積よりも大きければ、インフレーショ

54
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

V
ンであり、小さければデフレーションになると言える。そして、 (=R/PK)は、銀行準

備対資本ストックの比率であり、これは実質貨幣量であり、ケインズの基本方程式の中で
示された現金預金における営業預金、金融預金のそれぞれの割合を示すものと同じ概念で
ある。
 「強制貯蓄」35で表されるように、インフレーションが起きれば貯蓄が促され実質貨幣利
子率が低下し、結果としてインフレーションよりも実質貨幣利子率が低くなる。しかし、
「資本の生産性自体は実質貨幣残高対資本の比率の増加関数であることを無視できるもの
として、生産財と消費財は一定の機会費用で生産することのできる」36経済において、イン
フレーションにおける資産効果を無視することが正当化される。その結果、貨幣利子率は
インフレーション率だけ上昇することになる。そのため、所得速度はインフレーション率
の関数として認識することができる。

V =V ( π )
(29 )

 そして、所得速度とインフレーション関係は一時式で表されるものと仮定する。そうす
ると以下のように(29)の式を展開できる。

V =V 0+ ηπ
( 30 )

V0 はインフレーション率がゼロの時の所得速度であり、 η は説明変数を表す。マンデルは
ここで、 (30)に(28b)を代入することの正当性を説明しインフレーション率の式を展開し、
続けて極大成長率についての式を求める。

V 0−rϕ
π= λ
rϕ−ηλ
( 31 )

35
賃金上昇が物価上昇に追いつかず、消費者は実質消費を制限され、利潤は増大して利潤取得
者の貯蓄は増加する。こうした貨幣現象で、消費者が強制的に貯蓄を促された状態のことを
「強制貯蓄」と、本論考では意味する。
36
R・マンデル(2000)p.44。

55
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」


λ=
η
( 32 )

(32)の式が意味するのは、信用によって資金が調達される成長の上限を表す式である。

ここが意味することは、所得速度を上昇させることによって資金を調達する信用は高いイ
ンフレーション率を要するという結論に至る。例えば、成長率を 1%高めるためには年率
50%以上のインフレーション率を覚悟しなければならないとマンデルは主張する。貨幣現象

による成長は、その代償として高いインフレーション率を覚悟するべきであり、インフ
レーションは誤った資本分配を招きかねないという結論にマンデルは到るのである37。

(2)信用理論の展開と流通速度の決定要因
貨幣現象として成長が実現されるのであれば、高いインフレーション率を招き、資本の
分配において大きな偏りが生まれ不適当であると考えるのがマンデルの主張である。しか
し、信用創造によって調達された資金がどのような目的で使用するのかという点が、マン
デルの主張において欠けている。貨幣数量もしくは流通速度の増大が消費財の購入に向け
られた場合は、確かにインフレーションを起こす要因になる。その一方で、貨幣数量の増
加または流通速度の増大が投資された場合においては、経済発展をもたらす可能性が存在
する。イノベーションで知られるシュンペーターは晩年、貨幣論の論考を残している。彼
の残した論点を参照しつつ、貨幣の流通速度が経済発展に与える影響について考察してい
く。

(a)シュンペーターの貨幣観
静態経済における、貨幣の一般的購買力の決定を、彼の「貨幣理論の基本方程式」を構
築して説明している。 1 年間における総所得を E、流通貨幣数量を M(貯蓄額、租税給付額
は含まれない)、平均流通速度を V として次式を得る。

E=M ∙ V = p1 m 1+ p2 m 2+ p 3 m 3 +⋯ pn m n
( 33 )

37
R・マンデル (2000)p.40。

56
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

この方程式において、貨幣数量の増加、また貨幣の流通速度の増加が招く経済への影響
は二つ存在する。一つは、増加された貨幣、回転している貨幣が消費財へと使われてしま
えば、インフレーションを招き、国民経済に悪影響を与えるとする。物価上昇は必然的に
起き、同時に所得が増加し、所得の増加分は物価の増加分に消費するサイクルにおいてイ
ンフレーションが起きる。こうした現象がマンデルの分析した貨幣現象における成長率の
代償と表現したものである。
二つ目は、投資へと使われた場合、前述した通り経済発展を促すことになる。投資の増
大は生産市場において生産財価格が上昇し、該当産業の労働者所得が上昇し、消費財の上
昇をもたらすことになる。一方で、投資額が増大しなかった産業において所得は圧縮され 、
経済主体の消費は制限される。そのために解放される生産力は消費財ではなく生産財への
支出に使われることになる。この現象が「強制貯蓄」であり、経済発展につながると考え
る。後者のシナリオがシュンペーターの動的な貨幣論の展開へ繋がり、信用理論への橋渡
しになる。
こうした静態経済を前提に、企業者による「新結合」の遂行によってイノベーションが
起こり、経済発展のメカニズムを明らかにしようとするのが、いわゆる動態経済の理論で
ある。経済発展のメカニズムに密接するのが、「動態的諸問題―信用創造、企業者利潤、
利子、景気循環―の本質、あるいは生成過程の解明」38である。シュンペーターの想定する
経済発展とは、「経済が自分自身のなかから生み出す経済生活の循環の変化のことであり 、
外部からの衝撃によって動かされた経済の変化ではなく、「自分自身に委ねられた」経済
に起こる変化」39である。つまり、企業家による「新結合」が起こすイノベーションは、経
済発展の根本要因であり、非連続的かつ飛躍的に成長を促すという性質がある。そして、
「新結合」は、1)新しい財貨の生産、2)新しい生産方法の導入、3)新しい販路の開拓、4)
原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、5)独占市場における新しい組織の実現の五つ
の概念を含んでいる40。そして、こうした新結合を遂行する際に資金面での源泉となるのが、
銀行による信用創造であると考える。
「信用の供与によって、企業者は彼の必要とする生産手段に対する需要を展開すること
によって、これを従来の用途から抜き取り、経済を強制的新しい軌道に乗せることでき
る」ものであり、「財貨取引の梃子」41になるものとシュンペーターは考える。「年々、国
民経済の貯蓄が増加し続けているまたは解放され続けている部分から企業の財源を賄う」

38
加藤峰弘 (1998 年 12 月 25 日) 「シュンペーターにおける「貨幣の社会学」」( 金沢大学
経済学部論集 19(1), 185〜221 頁)p.191。
39
シュムペーター (1977) 『経済発展の理論(上)』岩波文庫 p.174。
40
同上 p.183。
41
同上 p.271。

57
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

という生産手段購入財源に対する伝統的な考え方は、すでに起きている新結合による経済
発展を前提としており、シュンペーターが考える「無発展の状態からの経済発展」とそぐ
わない。つまり、新結合は既存の結合から調達できる資金―貨幣または貨幣代替物―に
よって賄うことはできないと考える。そのため、循環する財貨と対応関係の存在しない信
用創造による貨幣供給によって、生産手段の確保を図らないと考える42。経済発展における
貨幣の役割は、企業者の生産手段の購入目的として、銀行による信用創造を介して生まれ
る。
 シュンペーターの考える貨幣は、静態経済においては「交換仲介機能」の役割を果たす
貨幣であり、人間の経済活動に介在するものである。このような部分においては、古典派
の「貨幣のヴェール観」に近い。その一方で、経済発展を想定する動態経済においては
「新結合」を起こす企業家の唯一の資本の源泉である「信用」に貨幣的な役割と機能を見
出している。「静態経済における貨幣」と「動態経済における貨幣」を、企業家が起こす
新結合という観点から区別しようとしたのがシュンペーターの貨幣論である。

(b)貨幣の流通速度に加えられるべき解釈
フィッシャーが構築した「 MV =PT 」という交換方程式、マーシャルを代表するケンブ
リッジ学派が構築した「 M =kPT 」という現金残高方程式は、「通貨供給量と物価の関係
性について」または「個人の購買行動についての洞察」を試みたものである。しかし、こ
うした方程式は、「貨幣の供給量の増加は貨幣の購買力の低下の関係性」、「貨幣の流通
速度の変動は個人の購買行動に関係する」ということをそれぞれ示したにしか過ぎなく、
トートロジーであるという批判は避けられない。また、経済主体である個人は、方程式通
りに行動する訳ではないので、ここに経済的な意味はなく、方程式の構築にあたり無理や
り作った貨幣の流通速度という概念自体が誤謬を含んでいると指摘する考えも存在する43。

42
「新しい購買力を創造するための信用契約が、それ自身流通手段ではない何らかの実体的担
保に基づく場合にも、同じように無から創造されるといわなければならない。そしてまさに
これこそが新結合の遂行のための典型的な金融の源泉であり、しかも過去の発展の結果が事
実上存在しないときには、ほとんど唯一の金融源泉となるのである。このような信用支払手
段、すなわち信用供与の目的および行為によって創造される支払手段は、流通にさいして現
金と同様の役割をする。その一部分は直接そのままの形で通用し、他の一部分は小額の支払
とか銀行と取引関係のない人々――特に賃金所得者――への支払の際には直ちに現金にかえ
ることができるからである。新結合を遂行するものは、この支払手段の助けによって、現金
によるのと全く同様に生産手段市場に接近することができるし、また彼が生産用役を買い取
る相手方を消費財市場に直接接近させることができる。」(同上 p.196)。
43
「各経済主体がこの公式、総取引量を流通速度で割ったものを利用することはできない」
(ミーゼス(1980)近代経済学古典選集 13 『貨幣および流通手段の理論』)という指摘から、
「生産 される財・サービスの質も量も変化しており、通貨の購買力も変化している(中
略)個人的視点からは、価格はここの取引で決定される。どの取引においても、通貨が持ち
主を変えるのであり、“平均流通速度”を考えることはできない.さらに“社会的”な視点か
ら見ても、一般物価水準はある特定の時点(期間ではない)においてのものであり、この場
合にも“流通速度”の概念は完全に無意味である.」と批判する。へスース・ウエルタ・デ・

58
未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

経済主体を経済人として捉え、「利益によってのみ行動する経済主体」を前提として捉え
ることへの批判が存在する。
 静態経済において、利益を最優先する経済人を想定することによって個人が経済に与え
る影響を平均化することができる。そのため、流通速度という概念が正当性を持ち、貨幣
の中立性というよりも個人の経済行動のインセンティブが利益に限定されることによって
流通速度を乗数と捉えることができる。しかし、イノベーションを起因とする経済発展を
想定する動態経済学においては、企業家の存在を前提とする。シュンペーターがいうとこ
ろの企業家がもたらす「新結合」は、「人間行為」―意志を持った行動、あるいは活動―
を前提として構築される44。こうした意志を持つ行為は、個人によって大きく異なり、特に
経済に対して大きな影響を与えるものをイノベーションと呼び、「新結合」の遂行を果た
す人を企業家と呼ぶ。
 つまり、貨幣の流通速度は、二つの意味において解釈されるべきである。一つは、交換
方程式、現金残高方程式で示されたような「経済活動から生じるストックとフローの概
念」。これは、文化や慣習、また消費者の心因的な要因で変動するが、長期においては比
較的安定を保つ。そして二つ目は、イノベーションを起こす企業家の輩出を前提とした信
用流通の概念として捉えるものである。利益優先を前提とする「経済人」ではなく、「人
間行為」の延長線上に企業家の行為を捉え、その行為がなされるために必要な資本の供給
として信用を考える。これは、人間の意志によって大きく変動するものであり、資本の回
転率、資本の流通速度とでもいうべき概念である。このように、二つの意味で流通速度は
再解釈されるべきである。

(3)オオカワノミクスの正当性と可能性
 これまで見てきたような、貨幣の流通速度について大川隆法総裁は、「「お金の量を多
くすれば景気が回復する」というものではなく、「資金の流通速度」というものがあるの
です。(中略)「資金の量」だけではなく、実は、その「回転率」が非常に大事です。経
済を活発にするためには、資金が速く動いて何回もの回転することが重要なのです」45と述

ソト (2015) 『通貨・銀行信用・経済循環』 春秋社の原注 33 を参照。


44
「“人間行為”(human action)とは、意志を持った行動、あるいは活動である。人は自分
が大切だと思う目的を達成するために行為をする。“価値”とは、その目的に対して行為者
が感じる主観的な重要性を表しており、“手段”はその目的を達成するために行為者が適切
だと考えることである。“効用”とは、目的達成手段に対する行為者の主観的評価である。
手段はその定義からして、“希少”でなくてはならない。もし目的に対する手段が希少でな
いなら、それは考慮されない。目的と手段はデータとして存在するものではなく、人間の企
業家的活動から生じる。企業家活動とは、創造すること、あるいは自分の置かれた状況で、
どの目的が重要かを発見したり、認識したりすることである。」(へスース・ウエルタ・
デ・ソト (2015) 『通貨・銀行信用・経済循環』 春秋社 p.178)。
45
大川隆法 (2013) 『大川隆法政治講演集 2009 1 法戦の時は来たれり』

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未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

べ、資金の回転率を上げることで経済発展の可能性について指摘している。こうした資金
の回転率を上げる政策は、既存の貨幣数量説が主張するような、「貨幣のヴェール観」か
ら貨幣の中立性を主張するような古典派的解釈や、短期的なインフレーションとして貨幣
の流通速度が変動するが経済に対しては悪影響があるというような主張とも一致しない。
 そこには、動的な解釈を導入する必要があり、利益をインセンティブとして消費者行動
を分析する経済主体ではなく、企業家を想定するような「意志」に基づく経済主体として
捉え直すことによって理解することができる。つまり、シュンペーター的な経済発展の原
動力である、イノベーションを起こすための資金を信用と捉え直し、その回転率を上げて
いくことが経済発展の土台になるということである。
 マクロ経済学における成長論の主流の 4 つの考え方は、ハロッド・ドーマーモデル、ソ
ロー・スワンモデル、フォン・ノイマン多部門成長モデル、内生的成長モデルである。こ
こでは深く論じはしないが、それぞれ、貯蓄率、資本の生産性、労働などの各要因につい
ての分析をしている。資本の回転率という観点から経済発展を論じたモデルはまだない。
しかし、これまで見てきたように、貨幣の流通速度を動態的に解釈し直し、経済発展につ
ながる信用論として貨幣の流通速度、資本の流通速度を研究することは一定の正当性があ
るとともに、可能性を示していることが分かる。こうした意味において、大川隆法総裁が
主張する「オオカワノミクス」は、経済学の発展について示唆する内容があると言える。

幸福実現党 pp.74-76。

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

結論
 以上、貨幣数量説の起源から、流通速度の解釈の変遷、またオーストリア学派の解釈と
現代貨幣論を比較検証しながら、貨幣の流通速度が経済発展に与える影響について考察し
てきた。
 長らく、貨幣の中立性から貨幣の流通速度は一定であると信じられてきた。そして、貯
蓄を抜いた形で流通速度を捉え直し、平均流通速度で考えることによって貨幣現象がもた
らす影響を分析しようともしてきた。しかし、どれも、流通速度の性質を描写するに成功
した理論は存在しない。こうした議論が混在しているにも関わらず、いまだに交換方程式 、
現金残高方程式が金科玉条のように信じられているところに、経済学の盲点が存在してい
ると言わざるを得ない。
 貨幣の機能を「交換仲介」にあると考え、貨幣を介して個人の経済行動がスムーズに行
われる。そうなれば、貨幣現象によって与えられる経済に対する影響は少ないだろう。し
かしこうした考えは、長期においては実現可能であっても、短期ではそうはいかない。貨
幣の購買力には、文化、慣習、心因的な動機など様々な要因が存在し、また貨幣の供給量
も大きく関係している。そうした貨幣の側面を描写し、研究したのがフィッシャーの交換
方程式であり、マーシャルの現金残高方程式である。
 しかし、経済が発展し、経済全体の生産性が非連続的に、そして飛躍的に向上すると考
える動態経済においては不十分であると言わざるを得ない。つまり、「利益」をインセン
ティブとして行動する経済の主体を想定していては、動態的経済の構造を理解することは
できないということである。人間行為を意志に基づくものとして捉えるオーストリア学派
の考えから、経済発展の原動力である新結合を生み出す企業家の概念は構築されている。
そのため、利益という合理的な目的ではなく、可変的で不安定な人間の「意志」を前提に
している。こうした経済活動の解釈の相違から、貨幣数量説の解釈の違いが生まれてきて
いるのは、本論で指摘した通りである。
 そして、シュンペーターによれば、企業家の活動の源泉は、信用創造による供給である 。
彼自身、信用を貨幣として捉え直し、「動態経済における貨幣」の構築を目指していた46。
この信用によって獲得された資本の回転率、流通速度が経済発展の要因として働き得ると
したのが、本論考の結論である。
 生物学の考え方を援用して定式化される進化経済学( Evolutionary economics )の中に、
シュンペーターは分類されることもある。また、「弾力性」、「均衡」など伝統的な経済
学における各種概念は、物理学の概念から名称を決定している。経済学において、観察と

46
石川淑子, 飯田裕康 (2003) 「シュンペーターにおける信用の概念―シュンペーターはなぜ
貨幣論を完成できなかったのか―」 (帝京経済学研究, 97-122 頁)を参照。

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未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

分析のプロセス自体に相違があることがうかがえる。したがって、伝統的な経済学は物理
学として例えることができる。経済において起きた現象を冷静に分析し、それに対して最
適解を求めていくところに伝統的な経済学の本質はある。そのため、様々な諸問題に対し
て的確な分析と、政策を展開することができる。その一方で、動態経済は生き物のように
捉え、それを扱うシュンペーターの理論は生物学的と説明されることが多い。
経済はどこまでも成長していくものとして捉え、それは経済主体の「意志」によって成
し遂げられるものであると考える。こうした二つの考えの流れには、両者に利点と欠点が
存在する。こうした二つの考えを融合し、新たな経済学の構築のはしりとして本論考が役
立つことを切に願っている。また、信用理論の具体的展開まで、本論考では論じることが
できなかった。今後の課題として、研究していければと考える。

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未来創造学研究 Vol.8 竹内光風
  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

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  「貨幣の流通速度と経済発展の関係について」

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J・A・シュンペーター 塩野谷祐一他訳 (1977)『経済発展の理論』(上)
     岩波文庫 初版は 1912 年。本書は第 2 版の翻訳
J・A・シュンペーター 塩野谷祐一他訳 (1977)『経済発展の理論』(下)
     岩波文庫 初版は 1912 年。本書は第 2 版の翻訳
J・A・シュンペーター 大野忠男他訳(1983)『理論経済学の本質と主要内容(上)』
岩波文庫 初版は 1906 年。
J・A・シュンペーター 大野忠男他訳(1983)『理論経済学の本質と主要内容(下)』
岩波文庫 初版は 1906 年
J・A・シュンペーター 清成忠男訳(1998)『企業家とは何か』
東洋経済新報社 初版は 1912 年
J・A・シュンペーター 東畑精一 福岡正夫訳 (2005)『経済分析の歴史 (上)』岩波書
店本書は遺稿であり 1954 年に夫人によって出版される。
J・A・シュンペーター 東畑精一 福岡正夫訳 (2006)『経済分析の歴史 (中)』岩波書
店 
J・A・シュンペーター 東畑精一 福岡正夫訳 (2006)『経済分析の歴史 (下)』岩波書
店 
J・M・ケインズ 小泉明他訳(1979)『ケインズ全集 5 貨幣論Ⅰ
   貨幣の純粋理論』 東洋経済新報社.
J・M・ケインズ  長澤惟恭訳(1980)『ケインズ全集 6 貨幣論Ⅱ
貨幣の応用理論』東洋経済新報社 
J・M・ケインズ 塩野谷祐一訳(1995)『雇用・利子および貨幣の一般理論』
東洋経済新報社 初版は 1936 年。
J・M・ケインズ 山岡洋一訳(2010)『ケインズ説得論集』日本経済新聞出版社.
ジョン・メイナード・ケインズ 山形浩生訳 (2014)『お金の改革論』講談社学術文庫
滝川好夫(1989)「ケインズの物価理論について」国民経済雑誌 160 巻号, pp.99-116.
滝川好夫(2007)「ケインズ三部作の論理構造」神戸大學經濟學研究年報 = The annuals of
economic studies 54 巻号, pp.1-30.
デヴィッド・ヒューム 田中敏弘訳 (1967)『アダム・スミスの会監修 初期イギリス経済
学古典選集 8 経済論集』東京大学出版会
東條隆進 (2006)「シュンペーターの貨幣数量説」. ソシオサイエンス, Vol.12, pp.1-13.
ニコラス・ワプショット 久保恵美子訳(2012)『ケインズかハイエクか 資本主義を動か

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平山 健二郎(2004)「貨幣数量説の歴史的発展」 経済学論究 58 巻,pp.29-62.
二神孝一(2012)『動学マクロ経済学 成長理論の発展』日本評論社
F.A.ハイエク 川口慎二訳(1988)『貨幣発行自由化論』東洋経済新報社
F.A.ハイエク 小峯敦他訳(2012)『ケインズとケンブリッジに対抗して』春秋社
F. A.ハイエク 池田幸弘他訳 (2012)『ハイエク全集Ⅱ-2 貨幣論集』春秋社
F.A.ハイエク 矢島欽次監修 古賀勝次郎他訳(1988)『ハイエク全集Ⅰ-1 貨幣理論と景気循
環 価格と生産』春秋社.
ヘスース・ウエルタ・デ・ソト 蔵研也訳(2015)『通貨・銀行信用・経済循環』春秋社
ポール・クルーグマン& ロビン・ウェルス  大山道広他訳(2016)『クルーグマン マクロ
経済学』東洋経済新報社.
M・フリードマン 斉藤精一郎訳(1993)『貨幣の悪戯』三田出版会
モンテスキュー 野田良之他訳(1989)『法の精神 上・中・下 3 冊』岩波文庫
ラニー・エーベンシュタイン 大野一訳 (2008)『最強の経済学者 ミルトン・
フリードマン』日経 BP
ルードヴィッヒ・フォン・ミーゼス 東米雄訳(2007) 近代経済学古典選集 13
『貨幣および流通手段の理論』日本経済評論社
ルードヴィッヒ・フォン・ミーゼス 村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』春秋社
R・カンティロン 津田内匠訳(1992)『商業試論』名古屋大学出版会
R・ソロー  福岡正夫訳(2017)『成長理論』岩波オンデマンドブックス
R・J・バロー & X.サライ‐マーティン 大住圭介訳 (2006)『内生的成長論Ⅰ 第 2 版』
九州大学出版会
R・J・バロー & X.サライ‐マーティン 大住圭介訳 (2006)『内生的成長論Ⅱ 第 2 版』
九州大学出版会
R・A マンデル 柴田裕訳(2000)『マンデル貨幣理論』ダイヤモンド社
吉川 洋(2009)『いまこそ、ケインズと、シュンペーターに学べ』ダイヤモンド社

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