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肝AML
肝AML
症 例
画像所見の異なる肝血管筋脂肪腫の 3 例
北九州市立医療センター外科
岡 山 卓 史 阿 部 祐 治 渡 邉 雄 介
西 原 一 善 岩 下 俊 光 中 野 徹
血管筋脂肪腫(angiomyolipoma;AML)は血管・平滑筋・脂肪の 3 成分から成る間
質系良性腫瘍であり,構成成分の比率により異なる画像所見を示す.腎臓に好発し肝原
発は比較的まれとされる.今回それぞれ画像所見が異なる30,40歳台女性の肝血管筋脂
肪腫 3 症例を経験した.基本的には良性腫瘍であるが,時に肝細胞癌との鑑別が困難な
症例や悪性化例も認めるため,肝血管筋脂肪腫の診断や手術適応の決定には慎重な検討
が必要である.
索引用語:肝血管筋脂肪腫,ペコーマ,多血性腫瘍
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― 2118 ― 日本臨床外科学会雑誌 78 巻
Table 1: 3 症例の採血所見
症例 1 症例 2 症例 3 症例 1 症例 2 症例 3
血算 凝固
WBC 5,110 5,140 8,500 /μl PT 12.7 13.3 11.5 s
RBC 394×104 464×104 421×104 /μl PT-% 99 88 104.1 %
Hb 9.9 14.2 12.8 g/dl PT(INR) 1.01 1.01 0.98 %
Plt 262×103 191×103 247×103 /μl APTT 25.1 28.9 44.8 s
生化 腫瘍マーカー
T-Bil 0.4 1.4 0.6 mg/dl CEA 1.6 0.9 6.1 ng/ml
AST 17 17 14 U/l CA19-9 29.8 6.6 12.5 U/ml
ALT 8 11 14 U/l AFP 3.4 3.2 1.6 ng/ml
LDH 167 146 140 PIVKA-II 21 27 9 mAU/ml
ALP 179 178 139 U/l
γ-GTP 21 13 58 U/l 感染症
CHE 240 221 U/l HBs 抗原 - - -
TP 7.1 7.4 6.8 mg/dl HBs 抗原 0 0 0 IU/ml
Alb 4.2 4.8 4.2 mg/dl HCV 抗体 - - -
BUN 10.9 10.1 13.4 mg/dl HCV 抗体 0.1 0 0 S/C
Cr 0.8 0.5 0.45 mg/dl
Na 140 138 137 mEq/l
K 4.2 3.5 4.1 mEq/l
CRP 0.3 0 0.377 mg/dl
Fig. 1:腹部超音波検査
a:症例 1 .肝外側に7.3×5.1cm の大部分は等エコーで内部に数カ所強い高エコー領域を認める腫瘤.
b:症例 2 .左上腹部に 6 × 4 cm の均一な高エコー腫瘤を認めた.
c:症例 3 .肝 S1 に7.1×5.4×5.9cm の等エコー腫瘤を認め,中肝静脈,下大静脈を円弧状に圧排していた.
瘍が肝外側区域(S3)から吊り下がるように存在し め,比較的血管成分に富んだ組織標本であった.散在
ていた.周囲への浸潤はなかった.肝部分切除術を施 する大きく拡張した血管が見られた(Fig. 4a).免疫
行した. 染色:HMB-45
(+)
.
病理組織学的検査所見:血管・脂肪・筋肉成分を認 症例 2 :44歳,女性.
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Fig. 2:腹部造影 CT
a:症例 1 .肝外側より胃穹窿部後壁に接する 7 ×5.5cm の腫瘤.ほぼ全体が急激に強く増強され,上部には低吸収部
分も見られた.内部は不均一に増強され辺縁は比較的明瞭であった.左肝静脈に流入血管を認め肝由来の可能性が高か
った.
b:症例 2 .左横隔膜下に 5 cm の脂肪成分に富む腫瘤を認めた.左肝静脈への還流血管を認め,肝臓由来と考えた.
c:症例 3 .肝尾状葉に5.7cm の境界明瞭な多血性腫瘤を認めた.Dynamic study にて被膜ははっきりとせず,腫瘤辺
縁から下大静脈への還流が疑われた.下大静脈は腫瘤により圧排・偏位していた.
主訴:特になし. 接しており,起源ははっきりしなかった.ほとんどが
既往歴:特記事項なし. 脂肪成分だが,内部に増強される血管あるいは隔壁様
家族歴:祖父 膵臓癌. 構造が見られ,脂肪腫様脂肪肉腫も疑われた(Fig.
現病歴:検診の CT やエコーで左上腹部腫瘤を指摘 3b).
され,精査加療目的で当科紹介受診となった.なお, 手術所見:肝臓は正常肝.外側区域の左外側に約 5
PET では軽度の FDG 集積(SUVmax=1.82)を示して cm の黄色・弾性軟な腫瘤を触知し,胃・横隔膜への
いた. 浸潤はなかった.肝外側区域切除を施行した.
現症:身長155cm,体重46.3kg,BMI 19.3.腹部腫 病理組織学的検査所見:血管・脂肪・筋肉成分を認
瘤は触知しなかった. めた.ほとんどが脂肪成分に囲まれた,紡錘型腫瘍細
血液検査所見:腫瘍マーカー,肝機能,感染症等異 胞であった.比較的脂肪成分の多い組織像であった
常所見なかった(Table 1). (Fig. 4b)
.免疫染色染色:S-100
(+)
,HMB-45
(+)
腹部超音波検査所見:左上腹部肝左葉背側・脾内側・ (Fig. 4b1),Desmin
(-),SMA
(+).
横隔膜足側に 6 × 4 cm の均一な高エコー腫瘤を認め 症例 3 :39歳,女性.
た.エコー上は脂肪腫で矛盾しなかった(Fig. 1b). 主訴:心窩部痛.
腹部造影 CT 所見:左横隔膜下に 5 cm の腫瘤を認 既往歴:19歳 大腸癌疑いで手術が行われたが,癌
めた.栄養血管ははっきりとしなかったが,左肝静脈 で は な か っ た( 詳 細 不 明 ).30歳 帝 王 切 開.35歳
への還流血管を認め,肝臓由来と考えられた.脂肪成 Basedow 病.
分の多い AML が考えられた(Fig. 2b). 生活歴:喫煙 10-15本/日,飲酒 機会飲酒.
腹部造影 MRI 所見:左横隔膜下に T1 強調で高信 家族歴:特記事項なし.
号,脂肪抑制 T1 強調で低信号を呈する 5 ×3.3cm の 現病歴:2016年 7 月,急に心窩部痛が出現して近医
境界明瞭な腫瘤を認めた.横隔膜,肝外側区域,胃と を受診.腹部エコーで肝腫瘤を指摘され,精査加療目
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Fig. 4:病理組織学的検査
a;症例 1 .血管・脂肪・筋肉成分を認めた.散在する大きく拡張した血管が見られ,比較的血管成分に富んでいた.
b;症例 2 .血管・脂肪・筋肉成分を認めた.ほとんどが脂肪成分に囲まれた,紡錘型腫瘍細胞であった.b1;HMB-
45染色.
c;症例 3 .血管・脂肪・筋肉成分を認めるが,脂肪成分が乏しく,上皮様の形態をとる平滑筋細胞有意な組織像であ
った.c1;HMB-45染色.
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的で当科紹介となった. ため4),その比率によって多彩な画像所見を呈し,時
現症:身長156cm,体重48.1kg,BMI:19.8.上下腹 に肝細胞癌との鑑別が困難とされる.報告された当初
部手術瘢痕,臍左下に圧痛あり.肝脾や腫瘤は触知し は「過誤腫」,すなわち正常な成熟細胞が過剰に増殖
なかった. した「組織奇形」の一種と考えられていた5)が,近年
血液検査所見:腫瘍マーカー,肝機能,感染症等異 では血管周囲に存在する多分化能のある perivascular
常所見なかった(Table 1). epithelioid cell(PEC)がクローン性増生を示す
「腫瘍」
腹部超音波検査所見: 肝 S1 に7.1×5.4×5.9cm の 等 と考えられている6).PEC 由来の腫瘍は,由来する細
エコー腫瘤を認めた.中肝静脈,下大静脈を円弧状に 胞名に因んで PEComa と呼ばれ,AML のほか,肺の
圧排していた.門脈横行部を腹側に圧排していたが, clear cell sugar tumor,lymphangiomyomatosis があ
浸潤傾向はなかった.エコーレベルからは focal nodu- る.
lar hyperplasia(以下,FNH と略記)が考えられた(Fig. AML は血管・脂肪・平滑筋細胞の 3 細胞成分のう
1c). ち一つが80%以上占める場合をそれぞれ血管腫型・脂
腹部造影 CT 所見:肝臓の形態は正常範囲.肝尾状 肪腫型・筋腫型と分類している.一つの細胞成分が80
葉に5.7cm の被膜ははっきりとしない境界明瞭な腫瘤 %に満たず他の細胞成分が混在している場合,混合
(通
性病変を認めた.単発の多血性腫瘤で,HCC の他に 常)型と分類している.肝 AML において悪性と診断
FNH や AML,adenoma が鑑別に上がった.腫瘤辺縁 する所見は腫瘍の大きさ,mitotic activity,脈管侵襲,
から下大静脈への還流が疑われ,FNH や AML がより 周囲への浸潤,腫瘍塞栓,腫瘍壊死,細胞異型,遠隔
疑われた.下大静脈は腫瘤により圧排・偏位していた 転移などが挙げられている.どの所見をもって悪性肝
(Fig. 2c). AML と診断するかについては議論が多く一定のコン
腹部造影 MRI 所見:肝尾状葉に周囲肝実質と比較 センサスは得られていない.
して T1 強調で低信号,T2 強調で高信号を呈した5.8× 肝 AML は本邦でも約300例報告されている.本邦
4.1cm の被膜を有さない境界明瞭な単発の多血性腫瘤 での報告例(医学中央雑誌1993~2011年 3 月)は203
を認めた.Dynamic study では high-low pattern を示 例(男性 _ 女性:58_145例)で40~60歳台に好発し,
し,肝細胞相は EOB の取り込みが欠損していた.被 女性に多いとされている7)8).出現形態としては単発
膜を有さない点や CT で静脈還流様所見が疑われた点 93.3%,多発例6.7%である.本邦で報告されている肝
から AML>adenoma>HCC と考えられた(Fig. 3c). AML は筋腫型の割合が多く,筋腫型には様々な増生
手術所見:肝臓は正常肝であった.左尾状葉に弾性 パターンが観察される2)9).また大部分は正常肝を背
軟の腫瘤を触れた.下大静脈と癒着していたが,剥離 景としている10).今回の症例は,35・44・39歳と比較
可能であった.肝左葉+左尾状葉切除術を施行した. 的若い女性であった.腫瘍は正常肝に単発で発症して
病理組織学的検査所見:血管・脂肪・筋肉成分を認 おり,部位は左葉に 2 例存在していた.また,症例 1
めるが,脂肪成分が乏しく,上皮様の形態をとる平滑 は血管成分,症例 2 は脂肪成分,症例 3 は筋肉成分有
筋細胞有意な組織像であった(Fig. 4c).免疫染色: 意とそれぞれ異なる特徴的所見を示した(Table 2).
AE1/AE3(-)
,hepatocyte(-),HMB-45(+)
(Fig. 典型的な肝 AML は豊富な腫瘍血管を有する多血性
4c1),SMA(+). 腫瘍で,周囲肝を圧排することなく置換性に増生し,
考 察 被膜を有さないことが特徴である11).通常の病理組織
血管筋脂肪腫(angiomyolipoma;AML)は血管・ 診断では診断に至らない場合も多く,メラノーマ特異
平滑筋・脂肪の 3 成分から成る間質系良性腫瘍で,腎 抗 体 で あ る HMB(human melanomablack)-45や
臓に好発する.腎 AML の約半数は結節性硬化症(tu- Melan A などの免疫染色の陽性を得ることが診断に
berous sclerosis;TS)に伴い発症する.肝 AML で 有 用 で あ る10).HMB-45は 肝 原 発 性 腫 瘍 の 中 で は
は 6 ~10%に TS を伴って発症する 1)
といわれてい
2)
AML に極めて特異性が高く,確定診断に有用であ
る.当院での 3 症例中 1 例は TS を合併しており,両 る10).
側の腎 AML の既往を認めた. 画像診断としては,流出血管である肝静脈への早期
肝臓原発の AML は Ishak3)によって初めて報告さ 還流所見が注目され,肝 AML の特徴的所見の一つと
れ,腫瘍に含まれる脂肪成分が 5 ~90%と一定でない して報告されている12).被膜様構造を伴った場合は
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― 2122 ― 日本臨床外科学会雑誌 78 巻
症例 1 症例 2 症例 3
腹部超音波 大部分は等エコーで内部に数カ 高エコー腫瘤. 等エコー腫瘤.
所高エコー領域を含む腫瘤.
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9 号 肝血管筋脂肪腫の 3 例 ― 2123 ―
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