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[scene.

117]

1. ひたぎ - 阿良々木くんはここで少し待っていて。
2. 私が一人で先に行って、準備してくるから。
3. 暦
思考
- 準備って……
4. ひたぎ - お父さんと歓談でもしておいて頂戴。
5. 暦 - えっ?
6. 父親 - 阿良々木くん――とか言ったね?
7. 暦 - は、はい……阿良々木、暦です。
8. 父親 - そうか。
9. 娘を、よろしく頼む。
10. 暦 - えええっ!?
11. 父親 - なんちゃって。
12. 阿良々木くん。
13. 聞いているとは思うが――僕は絵に描いたような仕事人間でね。
14. ひたぎと過ごす時間なんて、ほとんど持てていない。
15. 暦 - はあ――
16. 父親 - だから、そんな僕に言われても説得力を感じないかもしれないが――
17. あんなに楽しそうなひたぎは、久し振りに見たよ。
18. ひたぎの母親のことは、もう聞いているね?
19. 暦 - ……はい。
20. 父親 - じゃあ、ひたぎの病気のことも?
21. 暦 - はい。
22. 父親 - まあ、それだけじゃないし――
23. 無論、仕事ばかりにかまけていた僕の責任も少なからずあるが……
24. ひたぎはすっかり、心を閉ざした人間になってしまった。
25. でも――この間、久し振りに、本当に久し振りに、
26. ひたぎから、頼みごとをされたよ。仕事を手伝わせて欲しい――と。
27. そして、今回だ。両方――きみが絡んでいる。
28. あの子を変えることができるなんて、
29. 阿良々木くんは本当に大したものだと思うよ。
30. 暦 - ……随分高く買ってもらっているようで、恐縮ですけれど……、
31. でも、そんなの、たまたまだと思いますよ。
32. 父親 - そうかい? ひたぎの病気を治すのにも、
33. きみが一役買ってくれたと聞いているが。
34. 暦 - だから――別に、それは僕じゃなくても、よかったんだと思います。
35. それに、ひたぎさんは、あくまで一人で助かっただけで、
36. 僕はそれに立ち会ったに過ぎません。
37. 父親 - それでいいんだよ。必要なときにそこにいてくれたという事実は、
38 ただそれだけのことで、何にも増して、ありがたいものだ。
39. 僕は役目を果たせなかった父親だ――
40. 僕はあの子が必要としてくれているときに、
41. そこにいることができなかった。
42. だが、こんな父親でも、あれは自慢の娘でね。
43. 僕は娘の見る眼を信用している。
44. あれが連れてくる男なら、間違いないだろう。
45. 暦 - …………
46. 父親 - 娘をよろしく頼むよ――阿良々木くん。
47. 暦 - ……お父さん。
48. ひたぎ - お待たせ、阿良々木くん。
49. お父さん。
50. ここから先は若い二人の時間ということで。
51. 送ってくれてありがとう。
52. 二時間ほどで戻ると思うから、仕事に勤しんで頂戴。
53. 父親 - ああ。
54. ひたぎ - さ。阿良々木くん。
55. ありがとう、お父さん。
56. 暦 - おい、戦場ヶ原。いつまでこの格好で?
57. ひたぎ - 阿良々木くん。まだ上を見ちゃ駄目。
58. 目を閉じて、横になりなさい。
59. 目を開けていいわよ。
60. 暦 - ……………………………………………うおお。
61. ひたぎ - どうかしら――阿良々木くん?
62. 暦 - すげえ――正直、言葉にならない。
63. ひたぎ - 語彙が足りないのね。
64. あれがデネブ。アルタイル。ベガ。有名な、夏の大三角――ね。
65. そこから横にすーっと逸れて、あの辺りがへびつかい座よ。
66. だからへび座は、あの辺りに並んでいる星になるわね。
67. あそこのひときわ明るい星がスピカ……
68. だから、あの辺りはおとめ座ね。
69. あっちにかに座……は、ちょっと判別しづらいかしら?
70. これで、全部よ。
71. 暦 - ん……? 何がだ?
72. ひたぎ - 私が持っているもの、全部。
73. 勉強を教えてあげられること。可愛い後輩と、
74. ぶっきらぼうなお父さん。それに――この星空。
75. 私が持っているのは、これくらいのもの。
76. 私が阿良々木くんにあげられるのは、これくらいのもの。
77. これくらいで、全部。
78. 暦 - 全部……
79. ひたぎ - まあ、厳密に言えば、毒舌や暴言があるけれど。
80. 暦 - それはいらない!
思考
81. ひたぎ - それに、私自身の肉体というのもあるけれど。
82. 暦 - …………
83. ひたぎ - それもいらない?
84. 暦 - え、いや……その。
85. ひたぎ - けれど知っているでしょう?
86. 私はその昔――下種な男に乱暴されかけたことがある。
87. 暦 - ああ……うん。
88. ひたぎ - あの下種が私にしようとしたことを、阿良々木くんとするのは、
89. 正直言って、怖いわ。
90. 私は今、阿良々木くんを嫌いになることが、とても怖い。
91. 私は今、阿良々木くんを失うのが怖い。
92. でもね――
93. これまでの私の人生はあんまり幸福とは言えないものだったけれど…
94. 不幸たからこそ、
95. 阿良々木くんの気を引けたというのなら――それで、
96. よかったと思うの。それくらい、私は、
97. 阿良々木くんに参ってしまっている。
98. だから、絶対に何とかするから、少しだけ、それは待って欲しい。
99. だから、現時点で阿良々木くんにあげられるものは――
100. 今のところ、この星空が最後。
101. ……子供の頃、お父さんとお母さんと――
102. 私とで、来たことがあるのよ。
103. 私の、宝物。
104. ねえ阿良々木くん。私のこと、好き?
105. 暦 - 好きだよ。
106. ひたぎ - 私も好きよ。阿良々木くんのこと。
107. 暦 - ありがとう。
108. ひたぎ - 私のどういうところが好き?
109. 暦 - 全部好きだ。好きじゃないところはない。
110. ひたぎ - そう。嬉しいわ。
111. 暦 - お前は、僕のどういうところが好きなんだ?
112. ひたぎ - 優しいところ。可愛いところ。
113. 私が困っているときにはいつだって
114. 助けに駆けつけてくれる王子様みたいなところ。
115. 暦 - 嬉しいよ。
116. ひたぎ - そう言えば、あの下種は、私の身体だけが目当てだったから――
117. 私の唇を奪おうとは、全くしなかったわね。
118. 暦 - ふうん?
119. ひたぎ - ……阿良々木くん。だから、キスをします。
120. 暦 - ………………
121. ひたぎ - 違うわね。こうじゃないわ。キスを……キスをして……
122. いただけませんか? キスをし……したらどうな……です……
123. キスをしましょう、阿良々木くん。
124. 暦 - 最終的に、そう落ち着くか?
思考
125. 暦 - こうして――今日は記念すべき日になった。僕達にとって。

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