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新聞配達を通じて知った日本 (おもしろいタイトルを考えてみましょう)

私はずっとまえから日本に留学する興味がありました。どうすれば行けるかなといろいろ考えて、よ
く調べた末に私の夢を実現しました。
 しかし、そこでする仕事の理解が全然ありませんでした。
モンゴルでもともと新聞配達という仕事がありません。モンゴルの新聞といえば、種類や内容が限ら
れてたいてい政治とか経済のことで、読者はほとんどお年寄りとか経済に関する仕事をする人しかい
ません。日本みたいにスポーツ新聞、経済の新聞、小学生新聞など種類もたくさんありません。小学
生新聞は何年か前モンゴルにありました。もし買いたいのなら先生に言ってお金を払ってもらいます 。
あるいは三、四人の友達とお金を分けて払っていました。でも、残念なことに読者が減って、その新
聞はもうなくなりました。現在もモンゴルで新聞を買おうとしたらコンビニや区役所に行って買いま
す。

 だから新聞配達ってどんな仕事かなって面白く感じていました。
「えっ?、自転車? 私なんか自転車、絶対できないんだもん。無理だよ無理。」
自電車とかバイクに乗って 1 件、1 件で配っていくということを聞いて叫びました。するとお母さんは
「日本に知り合いが一人もいないあなたにこれこそ一番いい機会なの」と答えました。
それでも日本に行くことに興味深かったからなんとか自転車を乗れるように頑張ろう、と思っていま
したが「明日やる」明日になると、「明日絶対やる」と繰り返し続けてあっという間に日本に行く日
になりました。最初の日はすごく自信を持っていましたが、自転車ができなくて心が真っ黒になって
きました。
一瞬先は闇
 自電車がうまくできなくて困ってる時 日本人や先輩のもとでしっかり練習ました。なんとか乗れ
るようになっても、重い新聞を後ろに積んでいくとても大変でした。そのたび店の日本人は助けてく
れていました。
このことから見て、日本人はみんな優しいと思っていたがある日、仕事を早く終わらせようと思って
走っていました。ちょうど配達が終わった頃 ある人が後ろから私に向かって走って来ました。怖
かったから速くそのマンションを出ましたが、あるおじいさんが待っていました。私にすごく怒鳴り
ました。「あなたのせいでなかなか寝られない。今回は絶対許さないよ。店の電話番号を言って」
謝っても聞いてくれなかったから仕方なく店の社員に電話して、おじいさんは話しました。それでこ
の問題がやっと終わりました。その後、私は何か月のあとあのおじいさんとまた会いました。すると 、
思っていたのと違って、とても優しい声でおはようございますと言ったので、すごく驚きました。
今また考えると、日本人は仕事のことに厳しいけど、そのあとは怒っていたことも忘れて普通のと
きとても優しいと思うようになりました。そのことがあってから私は仕事に気を配るようできるだけ
努力しました。

慣れましたがやっぱり雨や風の日とても大変です。朝学校もあるから疲れていても、急いで配って
いました。すると、あるおばあさんが新聞を待ちながら家の外に立っていました。「おはようござい
ます」と言って新聞を渡したところ、「お父さん、日経さんにジュースをあげてくださいね。」と言
いました。びっくりして、どうしていいかわからなくて「いいえ、大丈夫」と言っても、「毎日頑
張っているから必ず持って帰ってね。いつもありがとう」と言いました。
 そのことからも日本人の優しさをすごく感じました。家に帰る途中で考えました。「とても優しい
人たち。でも外見からすると確かに夫婦だと思い込んでいたけど、やっぱりお父さんって呼んでい
た? じゃあのおじいさんは結構若いころ結婚したに違いない。」
何か月のあと学校で勉強しているとき日本では家族の一番年下の者に応じた呼び方をする習慣があ
ることを知りました。びっくりです。モンゴルでは
このように私は日常生活を通じて日本について知りつつあります。そしてそのとき自分ができっこな
いと思っていても、延さないで試してみればできると思うようになって自分の欠点も直しました。こ
れからも日本人の優しさや真面目な態度からたくさんの事を学べると思います。
以上です。ご清聴ありがとうございます

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