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ႍ‫ڌ‬ ಔႌньઢ
一 クラス会
えきまえ
今年も、もうすぐクリスマス。 駅 前 の通りは、
かがや
イルミネーションがキラキラと 輝 いている。歩
み ち こ
いている人たちの顔も楽しそうだ。美知子は高校

のクラス会に向かっていた。

-1-
ーーもうすぐクリスマスか・・・。みんな楽しそ
わたし す
う。 私 は、今年もまた、一人で過ごすんだろう
なあーー
み ち こ
にぎやかで明るい町を歩きながら、美知子は、そ
んなことを思った。
み ち こ さい し ゅ う し ょく ま ん いん
美知子二十五 歳 。今の会社に 就 職 して三年。毎日、八時に家を出て 満 員 電車で会社
し ごと ま ん いん じ だい す
に行く。毎日、同じような仕 事 をして、また 満 員 電車で家に帰る。高校、大学時 代 は好き
し ゅ う し ょく み ち こ えら し ごと
な人もいたし、まあまあ楽しかった。でも、 就 職 してからの美知子は、自分の 選 んだ仕 事
まんぞく こ いび と さそ そ つぎ ょ う
に 満 足 していなかったし、 恋 人 もいない。そんな時、友だちに 誘 われて、 卒 業 してか
はじ
ら 初 めて高校三年の時のクラス会に行くことにした。
しんがく し ゅ う し ょく い っし ょ がん ば なか ま
ーー大学 進 学 や 就 職 のために、一 緒 に 頑 張った 仲 間たちに会える。うれしいけれど、

みんな、すごく変わってたら、どうしようーー

-2-
えき み ち こ ふ あん かん あ
店は、思ったより 駅 から近かった。美知子は、ちょっぴり不 安 を 感 じながらドアを開け
た。
なつ ぬ せき つ
店内には、 懐 かしい顔がいっぱいだ。コートを脱いで 席 に着こうとした時、声がした。
み ち こ ひさ
「お! 美知子、 久 しぶり!」
ひろ し
「あ、 広 志」
み ち こ すわ
「美知子、ここ 座 れよ」
「あ、うん、いいよ」
ひろ し み ち こ となり すわ
広 志は美知子の 隣 に 座 った。
ひろ し わたし おぼ
ーー 広 志、 私 の名前、 覚 えていてくれたんだーー
み ち こ ひろ し す ひろ し ぶ
美知子は、高校の時、 広 志のことが好きだった。 広 志はサッカー部のキャプテンでかっこ
にん き も の ひろ し まわ あつ み ち こ
よく、 人 気 者 だった。 広 志の 周 りには、いつもかわいい女の子が 集 まっていた。美知子は
び じゅつ ぶ び じ ゅ つし つ か こう てい お ひろ し
美 術 部だった。美 術 室 で絵を描きながら、 校 庭 でボールを追いかけ走り回る 広 志を見
ているだけでドキドキした。

-3-
み ち こ
「美知子、きれいになったなあ」
「え? 本当?」
「うん、きれいになったよ」
「ありがとう」
ひろ し み ち こ は む
広 志にじっと見つめられ、美知子は恥ずかしくなって下を向いた。
み ち こ
ーー美知子、かわいいじゃん、こんなかわいかったかなあーー
ひろ し ぶ いち ろ う
広 志がそう思った時、サッカー部だった 一 郎 が声をかけてきた。
ひろ し
「やあ、 広 志」
にん き もの ひろ し まわ つぎ つぎ
すると、 人 気 者 の 広 志の 周 りに、 次 々 に友
あつ
だちが 集 まってきた。
ひろ し
「よ、 広 志」
ひろ し ひさ
「 広 志、 久 しぶり」
ひろ し
「 広 志、こっち来いよ」
ひろ し ま なか
広 志を真ん 中 に、にぎやかで大きなグループが

-4-
できた。
み ち こ ひろ し せき すわ
美知子は、 広 志がいなくなった 席 に一人で 座
っていた。
び じ ゅつ ぶ なか よ
そこに、美 術 部で 仲 の良かった友だちが何人か
来て声をかけた。
み ち こ ひさ
「美知子、 久 しぶり」
み ち こ
「美知子、元気だった?」
み ち こ まわ
美知子の 周 りにも、小さなグループができた。
お み ち こ
クラス会が終わって、美知子が店を出ると、
み ち こ
「美知子」
ひろ し よ
と、先に店を出ていた 広 志が呼んだ。
け いた い ば んご う
「 携 帯 の 番 号 、教えろよー」
「え?」
「だめ?」

-5-
「ううん、いいよ、もちろん」
ひろ し ゆ ふ さむ
広 志のマフラーが風で揺れた。雪が降ってきそうな 寒 い夜だった。
ひろ し さい ぶ そ つぎ ょう け いけ ん い
広 志、二十五 歳 。大学でもサッカー部だった。大学 卒 業 後、サッカーの 経 験 を活かし
かんけい はたら ざ っし ど く しゃ
てスポーツ 関 係 の会社で 働 いている。おしゃれでかっこよく、 雑 誌の 読 者 モデルにな
き ゅ う り ょう ふく いん し ょく つか
ったこともある。 給 料 はほとんど 服 や 飲 食 に 使 っている。
つぎ えき み ち こ ひろ し
次 の日、会社から 駅 へ歩きながら、美知子は、クラス会で 広 志に声をかけられたことを思
け いた い ひろ し み ち こ
い出していた。その時、 携 帯 電話が鳴った。 広 志からだった。美知子はドキドキして電話に
出た。
「もしもし」
み ち こ
「あ、美知子?」
「うん」
ひろ し
「 広 志だけど」
「こんばんは」

-6-

「あのさ、今週、会いたいんだけど、空いてる日ある?」

「え? ちょっと待ってね」
み ち こ て ち ょう
美知子は、カバンから手 帳 を出した。

「えーと、木曜が空いてる」
おれ あ の
「お! 俺 も空いてる。飲みに行こうぜ」
「え、うん、いいよ」
しん じゅく
「ええと、 新 宿 でいい?」
「うん、いいよ」
し ん じ ゅく
「じゃあ、七時に 新 宿 南口で」
し ん じ ゅく
「うん、わかった。七時に 新 宿 南口ね」
「うん、じゃあな」
「うん」

-7-
み ち こ
電話を切った後、美知子は、空を見上げた。
よ ぞら
夜 空 に一つ、とても明るく光る大きな星があった。
み ち こ ねが
美知子は、その大きな星にお 願 いをした。
ーー今年こそ、いいことがありますようにーー
むね いき す
そして、 胸 いっぱいに 息 を吸った。
み ち こ け し ょう
木曜日の夜、美知子は、会社を出る前に、いつもより時間をかけてお化 粧 を直した。
にん き もの ひろ し じ だい
ーーあの 人 気 者 の 広 志と二人で会う? 高校時 代 には考えられなかったことだーー
し ん じ ゅく
二人は 新 宿 で会った。
ひろ し す がた
広 志は、スーツ 姿 だった。
ひろ し
ーースーツの 広 志も、かっこいいなあーー
ひろ し そ ば や し ょく じ や けい
広 志おすすめの蕎麦屋で 食 事をした後、夜 景 の見えるバーに行った。
まんげ つ かがや
満 月 が明るく 輝 いていた。

-8-
はい み ち こ の お ひろ し
二 杯 目のカクテルを、美知子が飲み終えると、 広 志が言った。
み ち こ おれ つ あ
「美知子、 俺 と付き合わない?」
「え?」
み ち こ おどろ こと ば み ち こ ひろ し
美知子は、 驚 いて 言 葉が出なかった。美知子は、 広 志の目をじっと見つめた。
おれ つ あ お もしろ
「 俺 と付き合うと、毎日、 面 白 いよ」
ひろ し え がお み ち こ わら
広 志が笑 顔 で言った。美知子は 笑 ってしまった。
ねが
「じゃあ、よろしくお 願 いします」
よ こはま
クリスマスは、 横 浜 のおしゃれなレストランを
ひろ し よ やく
広 志が予 約 してくれた。
み ち こ せき よ こは ま
美知子の 席 から、横 浜 ベイブリッジが見えた。
う あ うつ
夜の海に船が浮かんでいる。船の明かりが海に 映

って揺れている。
す てき け しき
「素 敵 な景 色 だろ?」
「うん、とてもきれい」

-9-
り ょう り り ょう り ち ょう おれ
「 料 理もおいしいだろ? 料 理 長 は、 俺 の
友だちなんだよ」
り ょう り ち ょう
「うん、とてもおいしい。 料 理 長 が友だち?」
「そう」
り ょう り ち ょう ふ み
料 理 長 が二人の方を見て手を振っていた。美
ち こ ふ
知子も手を振って、
り ょう り
「お 料 理、とっても、おいしいです」
と言った。
の お ひろ し み
コーヒーを飲み終わると、 広 志がどこかへ行った。美
ち こ ひろ し ま あ いだ や けい なが
知子は、 広 志を待っている 間 、夜 景 を 眺 めていた。
ひろ し しん
ーー今年のクリスマスは、 広 志と二人なんて、 信 じられ
ないーー
ひろ し
その時、 広 志の声がした。
み ち こ
「美知子、メリークリスマス!」

- 10 -
もど ひろ し はな たば も
戻 ってきた 広 志は、赤いバラの大きな 花 束 を持ってい
た。
「わあ! きれい!」
はなたば ひろ し
花 束 は大きくて 広 志の顔が見えなかった。
ひろ し
「 広 志、ありがとう!」
す てき
ーーなんて素 敵 なクリスマスなんだろう!ーー
み ち こ しあ わ
美知子は 幸 せだった。
ひろ し つ あ み ち こ か
広 志と付き合って美知子は変わった。
ひろ し しぶ や ろ っぽ ん ぎ さけ の おど
金曜日の夜は、 広 志と 渋 谷や 六 本 木のクラブへ行って、お 酒 を飲んで 踊 った。
み ち こ か わい
「美知子、そのミニスカート可 愛 いよ」
み じか
「ほんと? 短 すぎない?」

「うん、おれは好きだな」
「ありがとう」
かみがた か
「お? 髪 型 も変えた? いいね」

- 11 -
「わかる?」

「もちろん、わかるよ、色も変えただろ?」
「うん、ちょっとだけね」
み ち こ か わい
「美知子、どんどん可 愛 くなってるよ」
み ち こ かみ み ち こ ひろ し つ あ
美知子の 髪 は、明るい茶色になっていた。美知子は、 広 志と付き合う前は、ミニスカートを
かみ おど
買ったことも、 髪 を茶色にしたこともなかった。クラブに行って、 踊 ったこともなかった。
み ち こ かがみ ひろ し す がた まんぞく
美知子は、店の 鏡 の中の 広 志と自分の 姿 に 満 足 した。
まよ
二 迷い
ひろ し つ あ す
広 志と付き合って、半年が過ぎた。
み ち こ ひろ し
その日、美知子と 広 志は、イタリアンレストランで夕食を食べていた。
の ひろ し け いた い
コーヒーを飲んでいると、 広 志の 携 帯 電話が鳴った。
だ いじ ょう ぶ えきまえ
「もしもし? どうした? 明日の夜? 大 丈 夫だよ。わかった。七時に 駅 前 で。じゃあ」
だれ
「今の電話、 誰 から?」

- 12 -
さち
「 幸 だよ」
さち だれ
「 幸 って 誰 ?」
か のじ ょ
「前の 彼 女 」
「え?」
「言ってなかったっけ?」
「知らない」
そう だん
「何か 相 談 があるみたいで」
「それで、明日会うの?」
「うん」
さち わか
「 幸 さんとは 別 れたんでしょ?」
わか
「 別 れても友だちだからさ」
「友だち・・・」
み ち こ そう だん
「美知子も友だちが 相 談 あるって言ったら、会うだろう?」

- 13 -
「そうだけど・・・」
み ち こ ひろ し さち ねむ
その夜、美知子は、 広 志と 幸 のことが気になって、なかなか 眠 れなかった。
つぎ ひろ し し ごと おおさか
次 の日から、 広 志は仕 事 で 大 阪 へ行ってしまった。
み ち こ ま いば ん さけ の おど み ち こ
美知子は、それから 毎 晩 、一人でクラブへ行き、お 酒 を飲んで 踊 った。家に帰って、美知子
かがみ かがみ つか み ち こ
は 鏡 を見た。 鏡 の中には、 疲 れた顔の美知子がいた。
わたし わたし
ーーこれが 私 ? ううん、 私 じゃない。こんな生活、楽しくないよーー
ひろ し
広 志が帰ってきたのは一週間後だ。
さち そう だん
「 幸 さんは、何の 相 談 だったの?」
し ごと いそ が つか おれ の
「仕 事 が 忙 しくて 疲 れてたから、 俺 と飲みに行きたかったんだって」
ひろ し
「 広 志じゃなくてもいいのに」
おれ
「 俺 じゃなきゃ、だめなんだよ」
わか なか
「 別 れたのに、 仲 がいいね」
み ち こ おれ さち かんけい
「美知子には、 俺 と 幸 の 関 係 がわからないだろうなあ」

- 14 -
「うん、わからない」
おれ つか さち
「 俺 も 疲 れた時、 幸 といると元気になるんだよね」
「・・・」
さち いそ が つか
「でもな、 幸 は 忙 しくても、 疲 れてても、楽しそうなんだよなあ」
つぎ み ち こ ひろ し こと ば
次 の日、美知子は 広 志の言った 言 葉を思い出した。
さち いそ が
ーー『 幸 は、 忙 しくても、楽しそうなんだよなあ』ーー
さち そ つ ぎ ょう ゆう めい はたら
幸 は、ファッションの学校を 卒 業 して、 有 名 なファッションブランドで 働 いてい
る。
み ち こ さち くら
美知子は、そんな 幸 と自分を 比 べた。
さち し ごと わたし し ごと
ーー 幸 さんは、仕 事 を楽しんでいる。 私 は仕 事 を
わたし し ごと
楽しんでいるだろうか? 私 が心からやりたい仕 事 は
何だろう?ーー
み ち こ
それから、美知子は、毎日、自分のやりたいことは何か、

- 15 -
考えるようになった。
ころ み ち こ
子どもの 頃 、美知子は、夏休みになると、おばあちゃ
あそ はたけ や さい
んの家へ 遊 びに行った。おばあちゃんは、 畑 で野 菜
はたけ や さい
を作っていた。トマト、キュウリ、ナス。 畑 の野 菜 は
や さい
みんな、とてもおいしかった。こんなにおいしい野 菜 を
み ち こ
作れるおばあちゃんはすごいなと思った。それから、美知子
や さい き ょう み も み ち こ
は、自分で野 菜 を作ることに 興 味を持った。美知子は
そだ
今、家の小さなベランダで、トマトとナスを 育 てている。
はたけ や さい
でも、もっと大きな 畑 で、野 菜 をたくさん作ってみたかった。
た いよ う はたら はじ だいす
土や風、 太 陽 、そんな中で 働 いたら楽しいだろうなと思い 始 めた。それに 大 好きだった

絵もずっと描いていないことに気づいた。
わたし や さい し ぜん はたら
ーー 私 がやりたいことは、何だろう? 野 菜 を作ること? 自 然 の中で 働 くこと?ーー
み ち こ ひろ し
美知子は 広 志に、これからのことを話してみることにした。

- 16 -
ひろ し わたし
「 広 志、 私 の話聞いてくれる?」
「いいよ。何?」
し ぜん はたら
「あのね、自 然 の中で 働 くってどう思う?」
し ぜん
「え? 自 然 の中で?」
「うん」
「何をしたいの?」
はたけ や さい
「 畑 で野 菜 を作りたいの」
つか
「え? そんなの 疲 れるだけだよ」
し ごと つか
「今の仕 事 だって 疲 れるよ」

「今の会社に慣れてきたんだろ?」

「うん、慣れてはきたけど・・・」
つづ
「じゃ、 続 ければいいじゃない」
し ごと
「でも、今の仕 事 、楽しくないから」
や さい
「野 菜 作るのは楽しいの?」

- 17 -
「うん、きっと楽しいと思う」
おれ
「そうかあ? 俺 はそうは思わないけど」
ひろ し わたし し ぜん はたら
ーー 広 志は、わかってくれなかった。でも、 私 は、やっぱり自 然 の中で 働 いてみたい
ーー
み ち こ ひろ し あそ
それからも、美知子は、 広 志と 遊 んでいても、会社にいても、いつも自分のやりたいこと
し ぜん はたら
を考えていた。自 然 の中で 働 きたいという思いがどんどん強くなっていった。
み ち こ ひろ し つ あ た み ち こ
美知子と 広 志が付き合って、もうすぐ一年が経つ。美知子は、外出することも楽しいけれど、
り ょう り す
たまには、家でゆっくり 料 理を作って、休日を過ごしたかった。
ひろ し
「明日の夜、 広 志の家へごはんを作りに行ってもいい?」
「明日は土曜日だし、家で食べる気分じゃないな」
「そう」
おれ お も てさ ん ど う や
「 俺 、 表 参 道 に新しくできたピザ屋に行ってみたいんだよ」

- 18 -

「ピザ屋?」
「チーズにハチミツがかかったピザがおいしいんだってさ。行ってみようぜ」
「・・・わかった」
ひろ し き
広 志は、いつも自分の思った通りに決めてしまう。
つぎ ひるごろ ひろ し
次 の日の 昼 頃 、 広 志から電話がかかってきた。
み ち こ
「美知子、ごめん。今日、会えなくなった」
「え? どうしたの?」
に ゅ う いん み ま
「 入 院 している友だちのお見舞いに行くことになったんだ」
と つぜ ん
「 突 然 だね」
「今日しか行ける日がなくて」
こん ど
「・・・わかった。じゃあ、また 今 度」
「ごめんな」
わたし ひろ し ふく かみがた ひろ し この
ーーいつも、 私 が 広 志に合わせてばっかり。 服 も 髪 型 も 広 志の 好 みに合わせてる ・・・

- 19 -
わたし む り
私 、何か無理しているんじゃないかな?ーー
み ち こ は ら じ ゅく か もの は ら じ ゅく わかもの
外は晴れている。美知子は、 原 宿 へ買い 物 に行くことにした。休日の 原 宿 は、 若 者
あつ
たちがたくさん 集 まり、にぎわっていた。
み ち こ し ぜん かか し ごと さが はじ ほん や ざ っし
美知子は、自 然 に 関 わる仕 事 を 探 し 始 めていた。 本 屋に入り、 雑 誌を読んでいると、
いり お も て じ ま が ぼ し ゅう
西 表 島 のさとうきび刈りのアルバイト募 集 を見つけた。
と ころ いり お も て じ ま ばたけ が
ーーわあ、きれいな 所 ! 西 表 島 だって。へえ、さとうきび 畑 だ。さとうきび刈り、
やってみたいなーー
み ち こ ざ っし ほん や
美知子は、 雑 誌を買って 本 屋を出た。
く なか す お も てさ ん ど う
日が暮れて、お 腹 が空いてきた。 表 参 道
み ち こ ひろ し
まで来ていたので、美知子は 広 志の行きたがっ

ていたピザ屋へ行ってみることにした。
や さむ ま
そのピザ屋は人気があり、 寒 いのに、外で待っ
ている人もいた。

- 20 -
こん ど ひろ し い っし ょ
ーーやっぱり、また 今 度、 広 志と 一 緒 に来よ
うーー
まどぎわ せき ひろ し
そう思って帰ろうとしたら、窓 際 の 席 に 広 志
がいるのが見えた。
ひろ し び ょう いん み ま
ーーあれ? 広志? 病 院 へお見舞いに行って
いっ
いるはずなのに、なんで? あれ? 女の人と 一
しょ さち
緒 にいる。あの人、 幸 さんだ!ーー^
み ち こ ひろ し さち しゃしん おぼ
美知子は、 広 志の家で、 幸 の 写 真 を見たことがあったので、 覚 えている。
み ち こ はな ひろ し ひろ し
美知子は、店から 離 れて、 広 志に電話をかけた。 広 志は、店の外へ出てきて、電話に出た。
み ち こ
「もしもし? 美知子、何?」
ひろ し
「 広 志、今、どこにいるの?」
び ょう いん
「 病 院 だよ」
い っし ょ
「友だちと 一 緒 ?」
び ょう いん おれ れんら く
「一人だよ。 病 院 だから、長く話せないんだ。また明日、 俺 から 連 絡 するよ」

- 21 -
ひろ し さち もど はじ ひろ し
広 志は、そう言って電話を切ると、幸 のいるテーブルに 戻 り、楽しそうに話し 始 めた。広 志
み ち こ うそ
は、美知子に 嘘 をついていたのだ。
つぎ の ざ っし ひろ し
次 の日、家でコーヒーを飲みながら、 雑 誌を読もうとした時、 広 志から電話がかかってき
た。
き のう
「昨 日はごめんな。これから会える?」
お も てさ ん ど う
「会えない。 表 参 道 のピザはおいしかった?」
「え?」
き のう や
「昨 日、ピザ屋に二人でいるのを見たよ」
だれ
「 誰 と?」
さち
「 幸 さんと」
おれ に
「 俺 に似てる人だったんじゃないか?」
ひろ し
「 広 志だったよ」
「・・・」

- 22 -
わたし だま さち
「今までも、 私 に 黙 って 幸 さんと会ってたの?」
「まあ、友だちだから」
「友だちだから何?」
「会ってたよ」
さち す
「 幸 さんのこと、まだ好きなの?」
「自分でもわからない」
「え?」
み ち こ す さち
「美知子のことも好きだけど、 幸 のことも気になる」
「え? 何、それ」
おれ す
「 俺 は二人とも好きなんだよ」
ひろ し わたし わか
「・・・ 広 志、 私 たち、もう、 別 れよう」
「・・・」
み ち こ
美知子は電話を切った。
み ち こ まどぎわ す がた
美知子は、 窓 際 から見た二人の 姿 を思い出した。

- 23 -
ひろ し さち わたし さち
ーー 広 志も 幸 さんもおしゃれで、テレビドラマの中の二人みたいだった。 私 は、 幸 さん
ひろ し わか
みたいにはなれない・・やっぱり、 広 志とは 別 れようーー
み ち こ の ほ お ざ っし と
美知子は、コーヒーを飲み干すと、テーブルに置いてある 雑 誌を手に取った。そして、さと
が ぼ し ゅう ひら
うきび刈りのアルバイト募 集 のページを 開 いた。
わたし わたし
ーー 私 は、 私 のやりたいことをしようーー
み ち こ いり お も て じ ま き
美知子は、 西 表 島 へ行くことを決めた。
さ い し ゅ っぱ つ
三 再 出 発
み ち こ まつ や はじ
美知子は、一月 末 で会社を辞めて、二月 初 め、
いり お も て じ ま し ゅ っぱ つ
西 表 島 へ 出 発 した。
いり お も て じ ま お き な わ ほん と う みどり
西 表 島 は、 沖 縄 本 島 の南西にある 緑
ゆた しま お き な わ ほん と う ひ こう き いし が き
豊 かな 島 だ。 沖 縄 本 島 から飛 行 機で 石 垣
じま いし が き じ ま こう そ く の
島 に行き、 石 垣 島 から 高 速 フェリーに乗って

- 24 -

四十分くらいで着く。
み ち こ いり お も て じ ま みなと つ ひる
美知子が 西 表 島 の 港 に着いたのは、お 昼

過ぎだった。
み ち こ こう そ く せ ん お た いよ う
美知子は、 高 速 船 から降りた。 太 陽 がまぶし
あせ あつ
い。二月だけれど、 汗 が出てくるほどの 暑 さだ。
にお の き も よ ふ
歩いていると、
海の 匂 いを乗せた風が、
気持ち良く吹
いてきた。
みどり ゆた み ち こ いき
どこまでも広がる海と大きな空、 緑 の 豊 かな山を見て、美知子は大きく 息 をした。体も心
も元気いっぱいだ。
き も
ーー気持ちいいなあーー
はじ み ち こ こ き ょう なつ かん
初 めてなのに、美知子は、まるで自分の故 郷 に帰って来たような 懐 かしさを 感 じた。
つぎ が し ごと はじ
次 の日から、さとうきび刈りの仕 事 が 始 まった。
い っし ょ はたら なか ま す い がい やど と
一 緒 に 働 く 仲 間は十人。近くの家に住んでいる一人以 外 、みな同じ 宿 に泊まっている。

- 25 -
に だい の ばたけ む ふ
朝早く、トラックの荷 台 に乗り、さとうきび 畑 へ向かった。前方に、サラサラと風に吹か
ばたけ ふ なが
れているさとうきび 畑 が見えてきた。風が強く吹き、雲は、右から左へ、どんどん 流 れて
よ となり しま
いった。天気が良く、海を見ると、 隣 の 島 が青くぼんやり見えた。
ばたけ み ち こ ばたけ つ
さとうきび 畑 が近づいてきて、美知子は、わくわくした。さとうきび 畑 に着くと、走っ
はたけ せ み ち こ の とど
て 畑 の中に入った。さとうきびは、背が高い。美知子が手を伸ばしても 届 かない。
さ とう
ーーわあ、大きい! へえ、これが砂 糖 になるんだーー
さ ぎ ょう はじ な
いよいよ、
作 業 が 始 まった。
力があって慣
はたけ か と
れている人が、 畑 のさとうきびを刈り取り、
か と は ほか
その刈り取ったさとうきびの葉っぱを、 他 の
なか ま き お
仲 間たちが切り落としていく。
み ち こ し ぜん はたら
美知子は、自 然 の中で 働 いていること
あせ き も よ
がうれしかった。 汗 をかくことが気持ち良か
し ごと お つか
った。仕 事 が終わると、体はくたくたに 疲

- 26 -
に だい の ゆう や
れた。トラックの荷 台 に乗って帰る時、 夕 焼
なか ま て あせ
けが 仲 間たちの顔を照らしていた。 汗 をか
え がお かがや
いたみんなの笑 顔 が 輝 いて見える。その
え がお
中に、笑 顔 がとてもすてきな青年がいた。そ
そうすけ
れが、 壮 介 だった。
そう すけ さい なか ま す そう すけ
壮 介 、二十二 歳 。十人の 仲 間の中で、近くの家に住んでいる一人というのが 壮 介 だ。
いり お も て じ ま す し ぜん あそ す
一年前から一人で 西 表 島 に住んでいる。子どもの時から、自 然 の中で 遊 ぶのが好きだっ
つ か ぞく じ てん し ゃ たび
た。父親と釣りに行ったり、家 族 でキャンプをしたりした。高校一年の時、自 転 車 一人 旅
いり お も て じ ま しま だいす
で、 西 表 島 に来た時、この 島 が 大 好きになった。ここにまた来たいと思った。その後、
いり お も て じ ま す が
毎年、夏休みも春休みも、 西 表 島 で過ごした。夏はパイナップル、春はさとうきび刈りの
しま おど
アルバイトをするようになった。 島 の歌や 踊 りも気に入り、家の近くのおじいさんに教えて
もらっている。

- 27 -
そう すけ なか ま が じ ょう ず
壮 介 は、 仲 間の中で一番さとうきび刈りが早くて 上 手だ。

どんどん、さとうきびを刈っていく。
そうすけ
ーー 壮 介 って、すごい!ーー
み ち こ そうすけ そうすけ そうすけ み ち こ
美知子が 壮 介 を見ていると、 壮 介 が顔を上げた。 壮 介 と美知子の目が合った。
そう すけ み ち こ え がお そう すけ え がお
壮 介 も美知子も笑 顔 になった。 壮 介 の笑 顔 は、かわいくて少年のようだった。
み ち こ いり お も て じ ま はたら はじ た
美知子が 西 表 島 で 働 き 始 めて、一週間が経った。
いた
「 痛 い!」
はたけ さ ぎ ょう なか ま ち
畑 で作 業 中、 仲 間の一人がケガをした。手から血が出ている。
そうすけ そうすけ も お
すると、 壮 介 が走ってきた。 壮 介 は、持っていたタオルで、ケガ人の手を押さえた。そし
の び ょう いん む もど そうすけ
て、トラックに乗せ、 病 院 に向かった。しばらくして、 戻 ってきた 壮 介 は、
だ いじ ょう ぶ しんぱ い
「 大 丈 夫。 心 配 ない」
さ ぎ ょう はじ
と言って、すぐ作 業 を 始 めた。

- 28 -
そう すけ し ごと いり お も て じ ま し ぜん ゆた
壮 介 は、休みの日や、仕 事 の後、一人でよく海や山、川に行く。西 表 島 は、自 然 が 豊
そう すけ み ち こ し ぜん す
かなので、 壮 介 は楽しくてしかたがないのだ。美知子は、自 然 は好きだけれど、一人で行
ゆう き
く 勇 気はない。
が お み ち こ そうすけ
ある日、さとうきび刈りが終わった後、美知子は 壮 介 に話しかけた。
「今日もどこか行くの?」
「海だよ」
わたし い っし ょ
「 私 も 一 緒 に行っていい?」
「え、いいよ」
そうすけ そうすけ
壮 介 は、ドキドキした。 壮 介 は、さと
ばたけ み ち こ
うきび 畑 で美知子と目が合ったときから、
み ち こ す そう すけ
美知子が好きになっていた。 壮 介 は、うれ
かく み ち こ
しさを 隠 して、どんどん歩いていく。美知子
そう すけ
が 壮 介 の後を歩いていくと、目の前に、海

- 29 -
た いよ う かがや
が広がった。オレンジ色の 太 陽 が 輝 いて
いる。
「きれい! 海がキラキラ光ってる!」
なみ
「うん、ほんとにきれいなんだ。それにさ、波
き お つ
の音を聴いていると落ち着くんだ」
「いつも一人で来てるの?」
「うん」
「毎日、この海を見られたらいいなあ」
おれ いり お も て じ ま す はじ
「うん、 俺 もそう思って、 西 表 島 に住み 始 めたんだよ」
わたし や さい
「そうだったんだ。 私 、この海を見ながら、野 菜 を作りたいなあ」
いり お も て じ ま す
「 西 表 島 に住んじゃえば?」
「え?」
いり お も て じ ま
「あ、あのね、ほんとに、 西 表 島 はいいところだから」
「うん、ずっといたいなあ」

- 30 -
はたけ や さい
「うん、で、 畑 で野 菜 を作る!」
わたし ゆめ
「それ、 私 の 夢 !」
み ち こ いり お も て じ ま
ーー本当に美知子が 西 表 島 にずっといてくれたら、楽しいだろうなあーー
そう すけ おどろ み ち こ そうすけ こと ば ゆう き
壮 介 は、そんなことを思った自分に 驚 いた。美知子は、 壮 介 の 言 葉に 勇 気づけられ
た。
しず あた くら はじ
夕日は 沈 み、 辺 りは 暗 くなり 始 めていた。
「そろそろ帰ろう」
そうすけ さそ
「うん、 壮 介 、ここに来る時は、また 誘 ってね」
「うん、そうするよ」
しあ わ
帰る二人は、 幸 せそうだった。
い っし ょ
それから、二人は 一 緒 に出かけることが多くなった。
なか ま
仲 間たちは、言い合った。
そう すけ か
「 壮 介 、変わったよね、女の子と二人で出かけるなんて」

- 31 -
そう すけ み ち こ
「 壮 介 と美知子、うまくいくといいねえ」
そう すけ す き も つた し っぱ い
壮 介 は、好きな女の子には、なかなか気持ちを 伝 えることができないで、今まで何回か 失 敗
そう すけ か つぎ す
している。 壮 介 は、そんな自分を、そろそろ変えたかった。 次 に好きになった人には、ち
す き
ゃんと好きだと言おうと、心に決めていた。
み ち こ いり お も て じ ま す か
美知子は、 西 表 島 に来てから、好きな絵をまた描くようになった。キラキラ光る海、魚
と は き ぎ お しげ みどりゆた か ふう けい
が飛び跳ねる川、木々が生い 茂 る 緑 豊 かな山、描きたい 風 景 がたくさんある。
が し ごと
その日、さとうきび刈りの仕 事 は、休みだった。
み ち こ そう すけ そう すけ にわ さ んしん ひ
美知子は、 壮 介 に会いに行った。 壮 介 は、 庭 で、 三 線 を弾きながら歌っていた。
み ち こ そうすけ
美知子を見つけて、 壮 介 は歌うのをやめた。
「ごめん、歌ってたのに」
「ううん、いいよ」
そう すけ
「 壮 介 、今日は、何かある?」
「ないよ。どうして?」

- 32 -
わたし たき
「 私 、 滝 に行ってみたいの」
い っし ょ
「 一 緒 に行こうか?」
「いいの?」
「もちろん、いいよ」
そうすけ う んてん み ち こ の まど あ
壮 介 の 運 転 する車に美知子は乗った。車の 窓 を開けていると、
き も よ
風が入ってきて気持ち良かった。
そう すけ つ ざお も き み ち こ
壮 介 は、釣り 竿 を持って来ていた。美知子はス
かか たき つ そう すけ
ケッチブックを 抱 えている。滝 に着くと、壮 介 は、
つ ざお つ
釣り 竿 にエサを付けた。
そうすけ
「 壮 介 、見て! あの石の下に魚がいるよ」
「お、ほんとだ」
そう すけ つ いと な い た
壮 介 は釣り 糸 を川に投げ入れた。すると、五分も経

たないうちに、大きな魚が釣れた。

- 33 -
そう すけ
「 壮 介 、すごいね!」
つ と は
釣りあげられた魚が、岩の上で、元気に飛び跳ねた。
そう すけ あみ
壮 介 は、魚をつかみ、 網 に入れた。
あ いだ びき つ
一時間の 間 に、三 匹 釣れた。
そうすけ つ あ いだ み ち こ
壮 介 が魚を釣っている 間 、
美知子はスケッチした。
そう すけ あら み ち こ ま ね
壮 介 は、川の水で顔を 洗 った。美知子も真似をし
つめ き も よ
た。川の水は、 冷 たくて気持ち良かった。
そう すけ かわ ら ゆ わ はじ
壮 介 は、 川 原でお湯を沸かし 始 めた。コーヒーをいれるためだ。
そう すけ み ち こ わた
壮 介 は、コーヒーの入ったカップを美知子に 渡 した。
「ありがとう」
み ち こ あつ の
美知子は 熱 いコーヒーを一口飲んだ。
「おいしい!」
た いよ う う
川が、 太 陽 の光を受けて、キラキラと光っていた。

- 34 -
そう すけ つ り ょう り そう すけ しお や み ち こ
それから、二人は 壮 介 の家に行って、釣った魚を 料 理した。 壮 介 は 塩 焼き、美知子は
に もの
スープと煮 物 を作った。
に もの
「このスープと煮 物 、うまい!」

「そう? 良かった。うれしい!」
おれ さしみ や
「 俺 、魚は、いつも 刺 身か焼くだけだったよ」
わたし や ざ かな す
「でも、 私 、ほんとは焼き 魚 が一番好き」
あわもり の し ょく じ
ビールと 泡 盛 を飲みながら、二人はゆっくりと 食 事を楽しんだ。
そう すけ お さ んしん と しず はじ しま つた こい
壮 介 は、食べ終わると、また 三 線 を手に取って 静 かに歌い 始 めた。 島 に 伝 わる 恋 の
歌だ。
み ち こ おれ き も
ーー美知子、 俺 の気持ちわかってくれるかなあーー
み ち こ き むね な
美知子は、その歌を聴いて 胸 がキュンとして、泣きそうになった。
わたし そう すけ す
ーー 私 、 壮 介 が好きになっちゃったみたいーー
み ち こ
美知子は、もっとここにいたいと思ったけど、立ち上がって言った。
そう すけ
「 壮 介 、今日は、ありがとう」

- 35 -
「 こちらこそ」
「もう、帰らなくちゃ」
そう すけ み ち こ やど おく
壮 介 は、美知子を 宿 まで 送 っていった。
やど よ かぜ ふ
宿 まで歩く二人を、夜 風 がやさしく吹きぬけていった。
なが ぼし
四 流れ星

それから一週間経った。
いち ど なが ぼし
その日は、数年に 一 度、 流 れ 星 がたくさん見られる夜だった。
なが ぼし す
ーー 流 れ 星 を見ながらだったら、きっと好きだって言えるーー
そう すけ み ち こ さそ
壮 介 は、思い切って美知子を 誘 った。
み ち こ なが ぼし
「ねえ、美知子、 流 れ 星 を見に行かない?」
なが ぼし
「 流 れ 星 ! 行く行く!」

- 36 -
はじ そう すけ さそ み ち こ おど
初 めての 壮 介 からの 誘 いだった。美知子は、 踊 り出しそうなぐらい、うれしかった。
そう すけ み ち こ てん ぼ う だ い む
壮 介 と美知子は、車で 展 望 台 のある山へ向かった。
お ね ぶくろ も てん ぼ う だ い
車を降り、寝 袋 を持って 展 望 台 まで歩いた。
ね ぶくろ ね ころ よ ぞら なが なが だ
寝 袋 に寝 転 がって夜 空 を 眺 めていると、ふいに星がたくさん 流 れ出した。
よ ぞら かがや き
夜 空 に 輝 く星が、光る線を作っては消えていく。

「うわあ、星がどんどん降ってくる」
「すごいな」
ゆめ
「 夢 の中にいるみたいだね」
む ごん よ ぞら なが
それから、二人は、しばらく無 言 で夜 空 を 眺
めていた。
そう すけ しま
ーー 壮 介 のいるこの 島 にずっといられますよ
うにーー
み ち こ しま
ーー美知子がずっとこの 島 にいますようにーー
そう すけ よ こが お み ち こ
空を見上げる 壮 介 の 横 顔 を見て、美知子は、

- 37 -
なみだ なが
涙 が 流 れた。
わたし そう すけ こい
ーーやっぱり、 私 、 壮 介 に 恋 してるーー
ね ころ ふ
寝 転 がっている二人の手が触れそうになった
そうすけ ひら
時、 壮 介 が口を 開 いた。
み ち こ
「・・・あのう、美知子、聞いていい?」
「え? うん、いいよ」
み ち こ つ あ
「ええとね、美知子は、付き合ってる人いるの?」
「え? ううん、いないよ」

「ほんと? でも、好きな人は?」

「え、好きな人? ええと、それは・・・」
み ち こ み ち こ け いた い が なか ま
美知子がそう言った時、美知子の 携 帯 電話が鳴った。さとうきび刈りの 仲 間からだった。
「ごめんね。電話、出るね」
************

- 38 -
み ち こ
「もしもし、美知子だけど」
み ち こ
「美知子、友だちが来てるよ」
「え? 友だち?」
「男の人だよ」
だれ
「男の人? 誰 だろう・・」
「名前、教えてくれないんだよ」
もど
「わかった。あと二十分くらいで 戻 るから」
つた
「うん、じゃ、そう 伝 えるね」
「うん、ありがとう」
み ち こ
美知子は電話を切った。
だれ しま ひろ し
ーー 誰 だろう? 男の人? 友だち? この 島 に? ・・・あ! 広 志? まさか!ーー
************
そう すけ
「 壮 介 、ごめんね」

- 39 -
「どうしたの?」
だれ わたし
「 誰 か、 私 に会いに来てるんだって」
「友だち?」
「名前、言ってくれないんだって。だからわからないけど」
やど おく
「そうか。じゃあ、 宿 まで 送 るよ」
わたし
「ありがとう。
・・・ 私 、もう少しここにいたかったな」
い っし ょ
「また、 一 緒 に来よう」
「うん」
そう すけ み ち こ い のこ こと ば
壮 介 も美知子も、言い 残 した 言 葉があった。
いち ど よ ぞら
二人は、もう 一 度、夜 空 を見上げた。
いそ もど やど と
急 いで 戻 ると、 宿 の前に、タクシーが一台停まっていた。
み ち こ お はし さ そうすけ ふ
美知子は、車を降りて、 走 り去る 壮 介 の車に大きく手を振った。
み ち こ げ んかん あ ひろ し な だ すわ
美知子が 玄 関 のドアを開けると、そこには 広 志がいた。ソファに足を投げ出して 座 って
いる。

- 40 -
ひろ し
「 広 志・・・なんで?」
むか
「 迎 えに来たんだよ」
むか
「 迎 えに?」
「もう、東京に帰りたいだろう?」
わたし
「 私 、東京には帰らないよ」
おれ み ち こ さび
「 俺 、美知子がいなくて 寂 しいんだ」
わたし ひろ し さび
「 私 は、 広 志がいなくても 寂 しくなんてないよ」
さち
「 幸 のこと、気にしているんだろ?」
さち
「 幸 さんのことなんて、気にしてないよ。そんなこと、どうでもいいの」
「じゃ、なんで?」
わたし ひろ し す
「 私 は、 広 志のこと、もう好きじゃないから」
おれ み ち こ す
「 俺 は、まだ美知子が好きだ」
わたし しま す
「 私 は、この 島 が好きなの」
「こんなところで、何がおもしろいんだよ」

- 41 -
「もう帰って!」
み ち こ い っし ょ
「美知子、 一 緒 に東京へ帰ろうぜ」
「帰らない」
む り
「無理するなって」
む り
「無理してないよ」
「本当は、もう帰りたいんだろ?」
「だから、帰りたくないって、さっきから言ってるでしょ」
「だから、なんでだよ?」
ひろ し
「 広 志、もう帰ってよ!」
い っし ょ
「 一 緒 に東京に帰ろうよ」
ひろ し み ち こ こう く う け ん わた み ち こ ひ ぱ
そう言って、 広 志は、美知子に 航 空 券 を 渡 そうと、美知子の手を引っ張った。
げ んかん ひら み ち こ ね ぶくろ も そうすけ
そのとき、 玄 関 のドアが 開 いて、美知子の寝 袋 を持った 壮 介 が入ってきた。
み ち こ わす もの
「美知子、 忘 れ 物 」
ひろ し み ち こ ひ ぱ そうすけ
広 志は、美知子の手を引っ張ったまま、 壮 介 を見た。

- 42 -
そう すけ み ち こ ね ぶくろ ゆか お
壮 介 は、美知子の寝 袋 を 床 に置いて、何も言わず出ていった。
そう すけ ま
「 壮 介 、待って!」
み ち こ ひろ し ふ やど そう すけ はし さ
美知子が 広 志の手を振りほどいて 宿 の外へ出ると、 壮 介 の車は 走 り去っていた。
ひろ し み ち こ お み ち こ む り こう く う け ん にぎ
広 志は、美知子の後を追って外に出た。そして、美知子の手に無理やり 航 空 券 を 握 らせ
て言った。
おれ きたな と ころ と いや みなと と
「 俺 は、こんな 汚 い 所 に泊まるのは 嫌 だぜ。 港 の近くのリゾートホテルに泊まるよ。
み ち こ い っし ょ
美知子も 一 緒 に来れば?」
き たな わたし す
「 汚 くなんてないよ! 私 はここが好きなの!」
おれ みなと ま い っし ょ
「そうかよ。じゃ、 俺 はホテルに行くよ。明日の朝、 港 で待っている、来いよ。なあ、一 緒
に帰ろうぜ。じゃあな」
ひろ し の さ み ち こ かがや いき は
広 志を乗せたタクシーは去っていった。美知子は一人、星の 輝 く空を見上げて大きく 息 を吐
いた。
つぎ そう すけ み ち こ やど み ち こ みなと
次 の日の朝早く、 壮 介 は、美知子に会いに 宿 に行った。けれど、美知子は 港 へ行った

- 43 -
後だった。
おれ み ち こ おれ み ち こ だいす
ーー 俺 、また、だめだったのか。美知子、 俺 、美知子が 大 好きなのにーー
そう すけ みなと む
気づくと 壮 介 は、走り出していた。 港 に向かって走り出した。走って、走って、走った。
みなと
ようやく 港 が見えてきた。
ーーあともう少しだーー
みなと と
港 に船が停まっている。
ーーあの船だーー
みなと し ゅ っぱ つ
その時、船が 港 を 出 発 した。

ーー間に合わなかったかーー
みなと と う ち ゃく そうすけ いき
港 に 到 着 した 壮 介 は、 息 を切らしな
さけ
がら、遠ざかる船を見て 叫 んだ。
み ち こ
「美知子! みーちーこーーー」
そう すけ なみだ
壮 介 の目から、 涙 があふれた。
そうすけ
「 壮 介 !」

- 44 -
ふ かえ み ち こ
振り 返 ると、美知子が立っていた。
み ち こ
「美知子!」
そう すけ り ょう て なみだ
壮 介 は、 両 手で 涙 をふくと、少年のよ
え がお
うな笑 顔 になった。
こん ど
そして、 今 度はまじめな顔になって言った。
み ち こ おれ おれ おれ み ち こ す
「美知子、俺 、俺 、俺 は、美知子が好きだ!」
み ち こ なみだ
美知子の目からも 涙 があふれた。
そう すけ わたし そうすけ だいす
「 壮 介 、 私 も 壮 介 が 大 好き!」
そう すけ み ち こ だ
壮 介 は、美知子を抱きしめた。
おれ み ち こ
「 俺 、美知子が帰っちゃったのかと思ったんだ」
そうすけ
「帰らないよ、 壮 介 がいるのに」
み ち こ わら
美知子はそう言って 笑 った。
そう すけ わら
壮 介 も 笑 った。
みなと せ む はじ
二人は 港 に背を向けて、歩き 始 めた。

- 45 -
そう すけ み ち こ にぎ み ち こ にぎ かえ
壮 介 は、美知子の手をしっかり 握 った。美知子もその手を 握 り 返 した。
ゆめ
五 二人の 夢
そうすけ み ち こ はじ す はま べ
一週間後の夕方、 壮 介 と美知子は、 初 めて二人で過ごした 浜 辺へ行った。
はま べ そうすけ さ んしん ひ こい
浜 辺で、 壮 介 は、 三 線 を弾きながら、またあの 恋 の歌を歌った。
わたし だいす
「 私 、その歌 大 好き」
す おれ だい す
「そう? 好き? うれしいよ。 俺 も 大 好きなんだ」
お そう すけ ゆ わ
歌い終わると、 壮 介 はお湯を沸かしてコーヒーをいれた。

二人はコーヒーを飲みながら話した。
おれ じつ しま ひら
「あのさあ、 俺 、 実 は、この 島 でカフェを 開 きたいんだ」
「どんなカフェ?」
け しき よ
「景 色 が良くて」
「うん」

- 46 -
「コーヒーがおいしくて」
そう すけ だ いじ ょう ぶ
「 壮 介 のコーヒーなら 大 丈 夫だね」
「一人でゆっくり本が読めるようなカフェ」
「いいね」
て ん じ ょう せんぷう き つ
「あと、 天 井 に大きな 扇 風 機を付けたい」
「お! すてき」
ほか
「コーヒーの 他 には?」
「ビール」
た もの
「食べ 物 は?」

「まだ決めてない」
「じゃあ、カレーはどう?」
「いいね、カレー」
そう すけ なか
壮 介 のお 腹 がグーと鳴った。
「カレーって聞いたら、カレーが食べたくなってきた」

- 47 -
「これから、作ろうか?」
「うん」
か もの
「じゃあ、買い 物 に行こう!」
ざ いり ょう そう すけ み ち こ
二人は、カレーの 材 料 を買って、 壮 介 の家に行った。そして、美知子がカレーを作っ
た。カレーには、ゴーヤ、ナス、キノコ、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンを入れた。
「おいしいね!」

「カフェのメニュー決まりだね」
「うん」

二人でカレーを、あっという間に食べてしま
った。
わたし そう すけ て つだ
「 私 も 壮 介 のカフェを手 伝 いたいな」
み ち こ て つだ
「うん、美知子に手 伝 ってもらえるとうれし
い」
け しき さが
「今から、景 色 のいいところを 探 しに行こ

- 48 -
うか?」
「うん、行こう、行こう」
はじ
二人は、歩き 始 めた。空には、きれいな星
かがや なが
が 輝 いている。すると、一つ、大きな星が 流
れた。
なが ぼし
「あ、 流 れ 星 !」
なが ぼし
「あ、 流 れ 星 !」
二人は、顔を見合わせた。
そうすけ なが ぼし ねが
「ねえ、 壮 介 、この前、 流 れ 星 見た時、何かお 願 いした?」
み ち こ しま ねが み ち こ
「え? うん、あのね、美知子がずっとこの 島 にいますようにってお 願 いした。美知子は?」
そうすけ しま
「 壮 介 のいるこの 島 にずっといられますようにって」
はじ
星空の下、二人は 初 めてのキスをした。

- 49 -
け っこ ん いり お も て じ ま ひら
一年後、二人は 結 婚 して、 西 表 島 に小さなカフェを 開 いた。
かべ み ち こ えが か
壁 には、美知子が 描 いた絵が掛かっている。
まど さまざま へん か
カフェの 窓 から見える海は、 様 々 な色に 変 化する。朝の海。昼の海。夕方の海。夜の海。
う つく み ち こ
どの海も 美 しくて、美知子は気に入っている。
となり はたけ み ち こ や さい ゆた みの
カフェの 隣 の 畑 には、美知子の作った野 菜 が 豊 かに 実 っている。
み ち こ や さい
美知子は、毎日、海を見ながら、野 菜 のたくさん入ったカレーを作っている。
そうすけ
コーヒーをいれるのは、 壮 介 だ。
け しき よ たびびと しま
景 色 が良くて、おいしいコーヒーとカレーを出すカフェは、 旅 人 にも 島 の人にも人気だ。

十一時、カフェを開ける時間だ。
さ っそ く あ き ゃく
早 速 、ドアが開いて、お 客 が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「コーヒー、一つ」

- 50 -
「かしこまりました」
み ち こ そうすけ いり お も て じ ま はじ
美知子と 壮 介 の一日が、今日も 西 表 島 で 始 まった。
【写真】
・表紙、P.32、P.33
アドビストック https://stock.adobe.com/jp/photos
・上記以外の写真
写真 AC https://www.photo-ac.com

み ち こ

美知子の星空
はっ こ う
2020年10月15日発行

おおつか
原作:大塚えみ
ほんあん
翻案:川本かず子
かんしゅう た げん ご た どく
監修:NPO多言語多読

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