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ベトナム語圏日本語学習者の

発音の誤用と日越語音声の特徴について

杉本妙子 

1 はじめに
近年、ベトナムでは日本語ブームであると言われている。その要因の一つと
しては、ベトナムに進出する日本企業数の増加を挙げることができる。また、
他の要因としては日本文化、特にマンガやアニメなど日本のポップカルチャー
人気や、ドラマ、現代小説などへの関心の高さを挙げることができるだろう。
2003 年国際交流基金調べによる海外日本語教育機関調査では、学校での学習者
数(高等教育機関のみ)は 5,988 人、学校外学習者数は 12,041 人、合計 18,029
人となっている。この学習者数は、前回調査に比べて 1.9 倍に増加していると
いう(注1)。しかしながら、この調査が行われてから、まだ4年しか経って
いないが、現在のベトナムにおける日本語教育の現状は国際交流基金調査時以
降、すでに大きな変化が起きている。現在、ベトナム国内での日本語教育は、
成人を対象とする大学や VJCC といった公的機関、語学学校や私塾、より年少者
を対象とする中等教育機関での日本語クラス等、さまざまな場で行われている。
また、日系企業内での日本語クラスもある。そして、公的機関、私的機関、企
業内のそれぞれにおいて日本語学習者数は増加していると推定される。(注2)
このように日越の関係や日本への関心が高まってきたことにより、日本語学
習者が増加するという状況につながっているわけである。日本語学習者の増加
につれて、まず求められるのはより多くの日本語教師の養成である。さらに、
そのための日本語教師養成機関の整備が求められる。日本語教師の養成ならび
に日本語教師養成機関の整備のためには、その基礎の一つとなる日本語研究レ
ベルの向上が、ベトナム国内でも欠かせない。ところが、残念なことにベトナ
ム国内において基礎研究としての日本語研究は、その研究者の数や研究成果数
でも、盛んだとは言えないのが現状のようである。
本研究は、ベトナム国内における日本語教育のための日本語研究レベルの向
上に貢献する目的で行うものである。本稿では、言語調査に基いてベトナム人
日本語学習者の発音・音声面における誤用の実態や特徴を明らかにするととも
に、日本語発音の仕組みや特徴についても考えてみたい。

2 ベトナム語の発音の仕組みと日本語の発音の仕組みの違い
2.1 ベトナム語の発音
ベトナム語の発音は、音節(syllable)を単位とし、基本的に1語1音節で
ある。音節言語では、音は母音(V)あるいは二重母音(VV)を中心におき、そ


茨城大学人文学部
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の前後に子音(C)が位置する CVC 構造の音のまとまりである。CVC 構造の C な
らびに V は複数の場合もあるし、V 前後の C はゼロの場合もある。そして、どの
ような母音か、その前後の子音としてどのようなものが位置し、いくつ位置す
るかによって、1音節の時間的な長さは異なる。したがって、音節言語では、
音の時間的な長さは音節を区切る際の要素とはならない。
音節言語であるベトナム語の音節には、子音で音節が終わる CVC 構造の閉音
節と、母音で音節が終わる CV 構造の開音節がある。具体例は以下のとおりであ
る。
閉音節:頭子音+母音・二重母音類+末子音(始めの子音がない音節を含
む)
例:mot(一),bon(四),nam(五),tam(八),chin(九),den(来
る),hoc(学),Viet(越),khoc(泣く), ong(おじいさん),
em(弟妹),Uc(オーストラリア) sau(六),muoi(十),hai(二),
bay(七)
開音節:頭子音+母音・二重母音類(始めの子音がない音節を含む)
例:ba(三),gia(値段),nghe(聞く),kia(あれ) a〈丁寧形〉,
o〈で:前置詞〉
2.2 日本語の発音
一方、日本語の発音は、拍(モーラ、mora)を単位とする。つまり、音の単
位として音の長さが重要な要素となるのである。日本語の一般拍の構造は CV を
基本とする開音節である。1拍中の V ならびに C はそれぞれ1つずつを基本と
する。半母音(S)を含む拗音の拍(CSV、SV)も存在する(注3)が、時間的
な長さは日本人母語話者にとっては CV と CSV とは同じ長さと意識されている。
また日本語は、音を時間的な長さで区切るために、モーラ音素である「撥音・
促音・長音」(音韻記号では/N//Q//R/)が一つの拍となる(特殊拍)。そして、
この特殊拍は、音を長さで区切らない音節言語を母語とする日本語学習者にと
って、習得しにくい発音である。ベトナム語圏学習者にとっても、これら特殊
拍の習得では誤用が起きやすい。
日本語の拍の具体例は以下のとおりである。なお、特殊拍は1拍語にはない
音なので、特殊拍を含む語を示し、該当箇所に下線を付して示す。
一般拍:ニ(二)、シ(四)、ゴ(五)、ク(九)、サ(差)、ジ(時,
発音は「ヂ」に同じ)、タ(田)、チ(血)、ド(度)、ナ(名)、ハ
(葉)、ビ(美)、メ(目) ヤ(矢)、ワ(輪) イ(胃)、エ(絵)
特殊拍:サン(三)、サンマン(三万)、サンニン(三人)、サンカク(三
角) キッカケ(きっかけ)、キッサ(喫茶)、キット(きっと)、キ
ップ(切符)) ジュー(十)、オカーサン(お母さん)、オニーサン
(お兄さん)、オネーサン(お姉さん)、オトーサン(お父さん)

3 発音にかかわる誤用について
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日本語教育・日本語習得において、目標言語である日本語の発音面の問題点
つまり発音にかかわる誤用としては、
① 発音された日本語の音が正しく聞き取れない
② 学習者による発音が日本語の音として認められない
の2点を上げることができる。①の場合、具体的には、発音された音とは違う
音として聞き取る、他の音と区別できない(混同する)、学習言語の音として
認識できない、などの場合がある。また、②の場合、学習言語の音とは違う音
として発音する、他の音と区別できない発音をする(混同する)、などの場合
がある。そして、この2つの問題点(誤用)では、誤用があっても発話者の意
図が相手に伝わる場合はコミュニケーション上の問題は起きにくいが、発話者
の意図が伝わらない場合は、当然のことながら深刻な誤用となる。ただし、発
話者の意図の伝達・理解には、現実の場では発話相手によってかなり大きな理
解の程度の差が存在すると考えられる。
とはいえ、発音の誤用は、音声コミュニケーションにおいては重大な問題点
である。この問題点の解決のためには、まず、どのような誤用が存在するのか、
それは学習言語や学習者の母語とどのように関連するものなのかを明らかにす
る必要がある。
そこで、本研究では、ベトナム人学習者の日本語の発音に関する上記①②の
問題について、調査に基づく誤用の実態とその特徴や要因を述べる。また、こ
こで取り上げるものは、複数の学習者に共通して数多く見られる誤用や、発音
の面から見て共通する特徴のある誤用、という体系的な誤用とする(注4)。
具体的には、短音の長音化・長音の短音化、促音に関する誤用、撥音に関する
誤用、サ・ザ行直音の拗音化・シャ・ジャ行拗音の直音化、ツの拗音化・チュ
の直音化、ダ行とラ行の交替、である。なお、子音の有声化・無声化の誤用に
ついては、調査結果から見てベトナム人学習者ではほとんど問題とならないの
で、ここでは取り上げない(注5)。
本研究で報告する調査結果は次の調査による。
・ 調査時期…2003 年 3 月 17 日・19 日
・ 調査対象…ハノイ国家大学社会人文科学大学東洋学部日本学科 2・3 年生
発音聞き取り調査対象者は 38 名、発音(読み上げ)調査は 7 名。
・ 調査票…聞き取り調査・発音調査ともにほぼ同一の短文・単語からなる
調査票。聞き取り調査では、読み上げられた調査文・調査語のうち 109
語を聞き取って( )中に仮名書きで回答する形式。発音調査では、聞
き取り調査とほぼ同一の調査票全文を一人ずつ個別に読み上げ、録音す
る形式。(調査票・調査語については省略。杉本妙子(2003)、杉本(2005)
参照)

4 ベトナム語圏学習者にとって聞き取りにくい日本語の音

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ベトナム人日本語学習者を対象とする聞き取り調査において、複数の被調査
者が誤って回答したものを分類した結果、次のような誤用があることがわかっ
た。以下に、音声・音韻的特徴によって大分類した誤用の具体例を示しながら、
誤用の特徴や傾向を述べる。以下の指摘では体系的な誤用を取り上げることと
し、語彙的な誤用は省略する。具体例の挙げ方は、カタカナで誤用例を示し、
誤りの箇所には下線を付す。( )中は調査語である。なお、長音などのカナ
書きの仕方は、調査結果(被調査者の回答)の記述どおりとしたので、同じ発
音として聞き取ったと考えられるものでも複数の表記の仕方となっている場合
がある。
(1) 長音化、短音化の誤用
(1)-1 短音の長音化
[誤用例]ハンサーム(ハンサム)、リーボン(りぼん)、シュウミ(趣味)、
ユウライ(由来)、レイキシ(歴史)、ジコウ(事故)、ホウケン(保険)、
シンボール(シンボル)、エンリョウ(遠慮)、マンーション(マンション)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 長音化の誤用は、語の語頭・語中・語末のどこでも起きている。また、長音
化する音節の始まりの子音も、さまざまな子音である。
・ 長音化する母音は、5母音のどれにおいても起きている。そして、ウ段音と
オ段音で多くの誤用が見られ、母音単独拍では誤用は見られない。
・ 長音化の誤用が起きる音節の前後に撥音や長音を含む音節が接する場合に、
長音化する傾向が強い。そして、促音を含む音節が前後に接する場合は、長音
化はほとんど起きていない。
(1)-2 長音の短音化
[誤用例]サッカ(サッカー)、キワド(キーワード)、ユニク(ユニーク)、
シンゴ(信号)、レイゾコ(冷蔵庫)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 短音化の誤用は、語の語頭・語中・語末のどこでも起きている。また、短音
化する音節の始まりの子音も、さまざまな子音である。
・ 短音化する母音は、5母音のどれにおいても起きている。そして、ア段長音・
イ段長音で多くの誤用が見られ、エ段長音では少ない。ただし、そもそも日本
語の長音を含む語は、5つの長母音が含まれる語種や語数に大きな偏りがある
ので、そのことも長音の短音化の傾向と関係していると考えられる。
・ 短音化の誤用が起きる音節の前後に長音や促音が接する場合や、撥音が前接
する長音で、短音化する傾向が強い。
(2) 促音に関する誤用
促音に関する誤用としては、促音の挿入、促音の脱落、無声子音の促音化、
促音と長音の交替の4種類が観察された。
[誤用例]ブッカ(部下)、イッショウ(衣装)、カッチ(価値) ハンドバ

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グ(ハンドバッグ)、スイチ(スイッチ)、ミツ(三つ) ヒャッサイ(百歳)、
フッカ(二日) 日本デート(列島)、チョコレット(チョコレート) ハン
ドバング(ハンドバッグ)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 促音が挿入されるという誤用は、挿入される促音の前後の母音に関係なく、
種々の無声子音の前で起きる。
・ 促音の脱落という誤用は、タ行音の前の促音が脱落しやすく、カ・サ・シャ
行音の前の促音での脱落の例は見られない。つまり、タ行音の前の促音は聞き
取りにくい傾向があると言える。
・ 促音化は、語中の無声子音に挟まれて無声化した狭母音(イ、ウ)を含む語
で、幅広く誤用が起きている。調査語では、促音化の誤用が全く見られなかっ
たのは1語だけである。つまり、語中の無声化した狭母音を含む拍は促音とし
て聞き取る傾向があると言える。
・ 促音と長音の交替では、その数は多くはないが、比較的拍数の多い外来語に
おいて、促音→長音、長音→促音のどちらの誤用も見られる。促音と長音とを
混同せずに聞き分けることは難しくないが、外来語のように長い単語になると
聞き間違うこともあるということだろう。
(3) 撥音に関する誤用
撥音に関する誤用としては、撥音の挿入、撥音と長音の交替、撥音と促音の
交替、撥音の長音化が観察された。また、複数名からの回答ではないが撥音の
脱落もあった。
[誤用例]ハンサンム(ハンサム)、カランです(空です) マンショウニ
(マンションに) ハンドバング(ハンドバッグ) アナウンーシャ(アナウ
ンサー)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 撥音を含む調査語は 31 語であるが、この 31 語では誤用はわずかしか観察さ
れず、撥音はおおむね聞き取れていると言える。
・ 上に記したように種々の誤用が見られるが、比較的多くの誤用が観察された
のは撥音の挿入だけである。撥音の挿入では、鼻音「ム」の前に撥音が挿入さ
れることが多いが、語末に撥音が挿入された「カランです(空です)」の例も
あった。
・ 撥音の長音は日本語の音としてはない音であるが、調査ではシャ・ショの前
の撥音を長い撥音として聞き取る場合があった。
(4) サ・ザ・シャ行音に関する誤用
(4)-1 シャ行音の直音化
[誤用例]サッタ・サッター(シャッター)、サベル(喋る)、オサレ(お
しゃれ)、スルイ(種類)、マンソン(マンション)
〔誤用の特徴、傾向〕

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・ シャ行音の直音化としては、シャ・シュ・ショがそれぞれサ・ス・ソになる
誤用だけである。これは、そもそもシャ行イ段音は「シ」であること、エ段音
の「シェ」は外来語以外にはないこと(共通語の場合)による。
・ したがって、シャ行音を含む調査語では、種々の直音化の誤用が起きている
と言える。また、調査語例中2語を除く全ての語で、多くの被調査者にわたっ
て誤用が観察されている。特に、「サッタ・サッター(シャッター)、サベル
(喋る)、オサレ(おしゃれ)」を始め、シャをサとして聞き取る誤用が多い。
また、シャ行拗音を含む調査語の中でも、外来語は全ての語に誤用が観察され
た。
・ シャ行音の語中の位置については、「オサレ(おしゃれ)、マンソン(マン
ション)」以外は全て語頭にあり、語頭で拗音を直音として聞き取りやすい傾
向があると言える。
(4)-2 サ・ザ行直音の拗音化
[誤用例]アナウンシャ(アナウンサー)、シャンプール(サンプル) レ
イジョウコ(冷蔵庫)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ サ・ザ行直音を含む調査語はかなりあったが、誤用が観察されたのは上の3
語のみであり、誤用は起きにくいと言える。
・ この3語では誤用が起きる音節の母音が広母音であること、前後に特殊拍
(撥音、長音)が接するなどの共通性はあるが、誤用例数が少ないので、母音
や前後の音声環境と誤用の起きやすさについては断定できない。
(5) チャ行音の直音化
[誤用例]ツイ(注意)(ツシン(中心)…1例)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ チャ行拗音のチュがツと直音化する場合に限られる。この誤用で複数の被調
査者からの誤用例があったものは「ツイ(注意)」のみで、その他に1名から
だけだが「ツシン(中心)」があっただけである。サ行拗音の直音化の例が多
数観察されることと関連があるかもしれないが、誤用例数が少ないので、誤用
の特徴や傾向は指摘できない。
(6) ダ行とラ行の交替
[誤用例]ダブレタ(ラブレター)、コーダ(コーラ)、デキシ(歴史)、
日本デット(日本列島)、ドウドウ(道路)、エンドウ(遠慮)、エンジョ(遠
慮)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ ダ・ラ行等に関する誤用では、ラ行音をダ行音として聞き取ってしまう誤用
に限られ、ダ行音をラ行音として聞き取ったり、ラ行子音やラ行音の脱落は観
察されなかった。
・ ラ・リャ行音を含む調査語では、ラ・レ・ロ・リョをダ・デ・ド・ジョとし

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て聞くという種々の誤用が起きている。また、調査語例中1語を除く全ての語
で、比較的多くの被調査者にわたって誤用が観察されている。これは、日本語
のラ行音が発音上の特徴においてダ行音と近い関係にあることによるものと考
えられる。例えば、日本語のラ行音子音は巻き舌ではなく弾音ある、rとtの
調音点が近いなどである。
・ 誤用例の音節の母音を見ると、全てが広母音であること、前後に特殊拍(撥
音、促音、長音)が接する場合が多いことなどの共通性がある。しかし、誤用
例数が少ない上、狭母音のラ行音リ・ルに対応するダ行音の問題もあるので、
母音や前後の音声環境と誤用の起きやすさについては断定できない。

5 ベトナム語圏学習者にとって発音しにくい日本語の音
ベトナム人日本語学習者を対象とする発音(読み上げ)調査において、全て
の被調査者が誤って回答したものを分類した結果、次のような誤用があること
がわかった。以下に、音韻的特徴によって大分類した誤用の具体例を示しなが
ら、誤用の特徴や傾向を述べる。以下の指摘では、聞き取り調査と同様に体系
的な誤用を取り上げることとし、語彙的な誤用は省略する。具体例の挙げ方は、
主にカタカナで誤用例を表記した。ただし、撥音・促音・長音が1拍としては
短い音である場合には、それぞれ小さい文字の「 ン / ツ / ー」とした。また、
直音化・拗音化の場合で、直音と拗音の中間的な発音については該当箇所をひ
らがな書きとするなどしてある。具体的なものについては、誤用例とともに注
意書きした。調査語は( )中に示し、誤りの箇所には下線を付す。
(1)-1 短音の長音化
[誤用例]ブンカー(文化)、テンプーラ(てんぷら)、リョーリー(料理)、
リーボン(リボン)、ユーライ(由来)、エネルーギー(エネルギー)、ジョー
ゲー(上下)、チャンネール(チャンネル)、コーツージーコー(交通事故)、
センキョー(選挙)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 長音化の誤用は、語の語頭・語中・語末のどこでも起きている。語頭の音の
長音化はやや少なく、語末においてはよく長音化する傾向がある。
・ 長音化する音節の始まりの子音も、さまざまな子音である。中でもラ行音の
長音化は顕著である。
・ 長音化する母音は、5母音のどれにおいても起きているが、エ段音において
は少ない傾向がある。また、母音単独の音節の長音化はほとんどない。
・ 誤用が起きる音節の前後に撥音や長音・二重母音(連母音)を含む音節が接
する場合に、長音化する傾向が強い。促音を含む音節が後ろに接する場合は、
長音化は少ない。
(1)-2 長音の短音化
[誤用例]アナウンサ(アナウンサー)、キワード(キーワード)、ユニク
(ユニーク)、アタラシ(新しい)、チュゴク(中国)、ケカク(計画)、チ

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ョコレート(チョコレート)、タンジョビ(誕生日)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 短音化の誤用は、語の語頭・語中・語末のどこでも起きている。語頭の音の
短音化はやや少なく、語末においてはよく短音化する傾向がある。
・ 短音化する音節の始まりの子音も、さまざまな子音である。
・ 短音化する母音は、5母音のどれにおいても起きているが、ウ段音において
は少ない傾向がある。
・ 長音が短音化する例は、さまざまな音が前後に接する音声環境で聞かれる。
その中でも、撥音節が長音の前後に接する場合、全ての語で短音化の例があり、
非常に短音化しやすいと言える。
(2) 促音に関する誤用
促音に関する誤用としては、促音の挿入、促音の短縮・脱落、無声子音の促
音化、促音と長音の交替の4種類が観察された。
[誤用例]オ ッ サレ(お洒落)、ヒャ ッ クサイ(百歳)、ス ッ トレス(ストレ
ス) カセ ッ トテープ(カセットテープ)、キ ッ チン(キッチン)、ミ ッ ツ(三
つ)、サ ッ カー(サッカー) フッカ(二日) スイーチ(スイッチ) スポッ
ツ(スポーツ)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ 促音の挿入は、エ以外の母音と種々の無声子音の間で促音が挿入された発音
が聞かれた。ただし、挿入された促音は1拍としては短い傾向がある。
・ 促音の短縮・脱落は、聞き取り調査結果と同様、タ行音の前の促音が発音さ
れない傾向が強い。カ・サ・シャ行音の前の促音では誤用はほとんど聞かれな
かった。なお、促音が完全に脱落する例はまれで、促音が短くなるという発音
である。
・ 促音化が聞かれたのは「フツカ→フッカ(二日)」の1例だけであった。聞
き取り調査では幅広く促音化の誤用が起きていることから、語中の無声子音に
挟まれた無声化狭母音と促音は聞き分けるのは難しいが、発音は難しくないと
いうことである。
・ 促音と長音の交替では、促音→長音、長音→促音のどちらの誤用も見られる。
しかし、誤用例は合わせても4例と少なく、発音する上では、あまり問題では
ないと言える。
(3) 撥音に関する誤用
撥音に関する誤用としては、撥音の挿入、撥音の短縮、鼻音を含む拍の撥音
化、語末撥音と助詞ヲの連声、撥音と長音の交替が観察された。
[誤用例]ホンケン(保険)、エ ン ネルギー(エネルギー)、フィ ン ルム(フ
ィルム)、ミ ン ナサン(皆さん) シ ン ボル(シンボル) システン(システム)
シャシンノ(写真を) ゼンナル(ジャーナル)
〔誤用の特徴、傾向〕

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・ 撥音を含む音節で誤用が観察されたものは非常に少なく、撥音はおおむね発
音できていると言える。しかし、撥音のないところに撥音が現れる誤用は種々
のものがある上、誤用例の数も少なくない。
・ 上に記したように種々の誤用が見られるが、比較的多くの誤用が観察された
のは撥音の挿入である。
・ 撥音の挿入では、ナ行鼻音やル・ケの前で観察される。一方、マ行鼻音の前
に撥音が挿入される誤用は見られなかった。
・ 鼻音を含む拍の撥音化は、聞き取り調査では観察されなかったものである。
語末の狭母音が脱落して鼻音のみの音=撥音として発音されたものと考えられ
る。
・ 語末撥音と連続する助詞ヲの連声は、会話などではしばしば耳にする発音だ
が、調査では上の「シャシンノ(写真を)」1例だけが聞かれた。
(4) シャ・ジャ行音の直音化、サ(・ザ)行直音の拗音化
(4)-1 シャ・ジャ行音の直音化
[誤用例]サシン(写真)、カイサー(会社)、オサレ(おしゃれ)、サワー
(シャワー)、サンプー(シャンプー)、カンサ(感謝)、しゅルイ(種類)<
しゅ=シュとスの中間音>、イソー(衣装)、マンそン(マンション)<そ=シ
ョとソの中間音>、スィステム(システム)、ネッスィン(熱心) じゃナー
ル(ジャーナル)<じゃ=ジャとザの中間音>、じょーシ ▼ ト(上司と)<じょ=
ジョとゾの中間音>、カノじょ(彼女)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ シャ行音の直音化としては、シャ・シュ・ショがそれぞれサ・ス・ソになる
誤用のほかに、シがスィとなる誤用が聞かれた。シの子音は、音声としてはシ
ャ行子音と同じ子音であるので、シがスィとなる誤用があることは、音声とし
て体系的に誤用が起きていると言うことである。
・ 発音においてシャ行音を直音化する誤用は、聞き取り調査よりもさらに多く
の語に観察される。また、前後の音、語中での位置についてもさまざまである。
・ 以上のことから、シャ行拗音の発音は、音声環境や語中の位置に関係なく発
音しにくい、つまり習得しにくい音であると言える。
・ ジャ行音については、ジャ・ジョがザ・ゾに近い音として発音される例が4
語において聞かれた。わずか4語だが、直音化しない語は2語だけであるので、
ジャ行拗音も直音として発音されやすそうである。
(4)-2 サ(・ザ)行直音の拗音化
[誤用例]シャンプル(サンプル)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ サ行直音の拗音化の例としては、調査語例中、誤用が観察されたのは上の1
語のみであった。被調査者数が少ないことも関係しているだろうが、聞き取り
調査以上に拗音化の誤用は起きにくいと言える。

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(5)タ行音の拗音化
[誤用例]チュイタチ(一日)、チュヨイ(強い)、ソつギョー**(卒業)、
スポーちゅ(スポーツ)<つ・ちゅ=ツとチュの中間の音>、シンセチュ(親切)、
ミッつ(三つ)
〔誤用の特徴、傾向〕
・ タ行直音が拗音化する誤用はツの拗音化に限られる。しかし、語中のどの位
置でも現れ、また、数多くの語で拗音化した発音が聞かれる。拗音化する音声
環境はツ→チュに限られるものの、拗音化しやすいと言える。そして、ツがチ
ュになるのは、ベトナム語の発音に日本語のツにほぼ相当するベトナム語の音
がないため、近い音(ch-,tr-)で代替したものと考えられる。
・ ツの拗音化は、聞き取り調査では全く観察されなかった誤用である。したが
って、日本語のツは聞き取れるものの、発音はしにくい音だと言える。
(6) ダ行とラ行の交替
[誤用例]見てクらサイ(見てください)、マだ(まだ)<ら・だ=ダとラ
の中間の音>、~レス(~です)、どクショでス(読書です)<ど=ドとロの中
間の音>
〔誤用の特徴、傾向〕
・ ダ・ラ行等に関する誤用では、ダ行音をラ行音として発音する誤用に限られ、
ラ行音をダ行音として発音したり、ラ行音の脱落などは聞かれなかった。聞き
取りではラ行音をダ行音として聞き取ってしまう誤用に限られていたので、聞
き取りと発音とは誤用の現れ方が全く逆となっている。ラ行音はダ行音として
聞き取ってしまいやすいが、ラ行音を発音することは問題ないものと考えられ
る。なお、ラ・リャ行音の発音は、しばしば巻き舌の発音で現れる。例えば、
「レキシ(歴史)、カレラ(彼ら)、ボールペン、リョコー(旅行)」など。
・ ダ行音がラ行音に交替する誤用は、ダ・デ・ドがラ・レ・ロになるという種々
の誤用が起きているものの、そのほとんどは「(~)ください、~です」の形
式で現れていて、これ以外でダ行音を含む語では、上の例の「読書」だけであ
った。また「~です」形式では、語末がラ行音で終わる語(例:台所(ダイドコロ)、
空(カラ))に着く場合に、ラ行音で発音された例が多い。これは、前接のラ行音
の影響であろう。
・ 誤用例は、異なり語で見ると少ないが、「(~)ください、~です」は調査
票に多くある形式であり、日常でもよく使う形式であるので、比較的よく耳に
する誤用となりやすい。

6 聞き取りの誤用と発音の誤用の比較
前節で誤用の種類ごとに述べたことをもとに、聞き取りの誤用と発音の誤用
とを比較し、共通する点と異なる点を指摘する。

・ 誤用の種類を大別すると、聞き取り調査でも発音調査でも、長音・短音に関

356
する誤用、促音に関する誤用、撥音に関する誤用、サ・ザ行とシャ・ジャ行の
拗音化・直音化の誤用、ツ・チュの拗音化・直音化の誤用、ダ行とラ行の交替
の誤用である。
・ これらの誤用のうち、長音・短音に関する誤用と促音に関する誤用において
は、誤用例が多いこと、種々の音声環境で誤用が観察されることなど、聞き取
り調査と発音調査での誤用の傾向に類似点が多い。
・ また、長音化・短音化では、聞き取り調査でも発音調査でも、母音の種類や
語中での位置に関わりなく誤用が起きていて共通性が高い。また、前後の音声
環境と誤用の起きやすさにおいても類似する点が多い。
・ 違いが見られる点としては、連母 音または二重母音が前後に接する短音で
は、正しく聞き取ることができるが発音は長音化する傾向があることである。
・ 促音に関する誤用としては、聞き取りと発音とで共通する点が多いものの、
日本語(共通語)で無声子音に挟まれた狭母音が無声化した音節は、促音とし
て聞き誤ってしまいやすいが、発音はほぼ正しくできる、という違いがある。
・ 撥音については、聞き取り調査でも発音調査でも撥音の挿入の誤用が比較的
多いこと、誤用例は多くはないが種々の誤用が起きている点が共通する点であ
る。とはいえ、調査結果から、おおむね撥音は聞き取ったり発音したりできて
いると言える。ただし、細かな点においては聞き取りと発音とにおいて違いも
ある。
・ サ・ザ行とシャ・ジャ行の拗音化・直音化の誤用では、シャ・ジャ行の拗音
がサ・ザ行直音になる誤用が、聞き取りでも発音でも比較的多く観察された。
特に発音においては、シがスィと発音される例も多くあり、より体系的で広範
である。一方、サ・ザ行直音がシャ・ジャ行拗音になる誤用は、聞き取りでも
発音でも誤用例は少ない。誤用の現れ方に程度の差はあるが、聞き取り調査と
発音調査の結果は共通点が多い。
・ ツ・チュの拗音化・直音化の誤用、ダ行とラ行の交替の誤用では、聞き取り
調査と発音調査の結果に大きな違いが見られる。
・ ツ・チュの拗音化・直音化の誤用では、聞き取り調査ではチュをツと聞くと
いう誤用が少数あっただけで、おおむね直音と拗音は聞き分けられているとい
う状況であった。そして、直音を拗音として聞いた例はなかった。ところが、
発音調査では、直音ツを拗音チュと発音する誤用例が多数観察され、ツの発音
が習得しにくいことがわかった。そして、拗音を直音で発音した例はなかった。
誤用の現れ方が逆であること、聞き取りでは習得の問題は少ないのに発音では
直音ツに問題があることと、調査結果は大きく異なった。
・ ダ行とラ行の交替では、聞き取りでは種々のラ行音をダ行音として聞いてし
まうという誤用が多数見られたのに、発音では逆に特定の語に集中しているが
ダ行音をラ行音として発音する例が少なからずあり、誤用の現れ方が全く逆で
あった。ラ行音はダ行音と区別して聞き取ることは難しいが発音することには

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問題がなく、ダ行音はダ行音として聞き取ることでは問題がないが発音では特
定の語に集中するもののラ行音で発音してしまいやすいという逆の結果であっ
た。

7 今後の課題
以上、調査をもとにベトナム人日本語学習者の日本語の発音に関する誤用に
ついて述べた。本稿で指摘した誤用の実態は、ベトナム人を対象とした日本語
教育の現場においては経験的によく知られていることとおおむね一致するもの
と思われる。しかし、経験的に知ってはいても、日本語・ベトナム語の発音の
どのような体系と関わるのかといった分析的な取り扱いはあまり行われては来
なかったものと思われる。本稿では、ベトナム人日本語学習者によく観察され
る発音面での主な誤用を取り上げ、誤用の実態やその特徴について、その傾向
をおおよそ指摘できたと考えている。しかし、調査語が少なくて十分に誤用の
傾向・特徴について分析できなかったものもある。この点については、今後、
より詳しい調査を行うことで明らかにしていきたい。
また、本研究で得られた結果は、ベトナム人学習者の日本語習得の場、すな
わち日本語教育の場で応用されることがのぞましい。日本語教育現場への応用
においては、教授法や教材に反映させるなどが有効だろうが、筆者にはそのた
めに必要な知識や方法論が乏しい。したがって今後は、現場の日本語教師の方々
と連携しながら、さらに研究を進めていくというのが課題となろう。

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(C)「ベトナム人に対する効果的日本
語教育のための基礎研究:音声・文法と人材育成の点から」(2007-09 年度課題
番号 19520440 研究代表者杉本妙子)による成果の一部である。

《注》
(注1) PDF 版『海外の日本語教育の現状-日本語教育機関調査・2003 年-(概
要版)』(国際交流基金ホームページより)による。
(注2) VJCC ハノイ Director 小樋山覚氏によれば、在越日本語教育機関 133
のうち 111 機関からの回答を集計した結果、日本語学習者数は 29,881 名(重
複回答を含む)にものぼるという。未回答機関や企業等での日本語学習者
を考慮に入れると、重複しない学習者数として、現在おそらく約3万人ほ
どいるものと推計できるという。(2007 年 8 月 28 日、VJCC ハノイにて小
樋山氏談)
(注3) 拗音の拍や拗音を含む語は、現代日本語では数も多く、日本語の発
音として、また拍構造の一部として欠かせないものである。しかし、拗音
はもともと日本語にはなかった音であると言われている。中国語の漢語の
影響や、連続音の融合によって生じた音である。
(注4) 調査の結果の中には、本研究で取り上げたものの他に、個人的な特
徴と考えられるものや、語彙的な誤用と考えられそうなものもあったが、
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省略した。
(注5) 子音の有声化・無声化の誤用は、中国語圏学習者や韓国朝鮮語圏学
習者においては深刻な誤用である。これは、中国語や韓国朝鮮語の発音に
おいて、有気音と無気音の対立(弁別)はあっても有声音と無声音の対立
がない言語だからである。ベトナム語では、有気・無気の対立とともに有
声・無声の対立を持つ発音の仕組みのため、有声化・無声化は問題になら
ない。

《主要参考文献》
杉本妙子(2003) 「ベトナム語圏日本語学習者の発音に関わる誤用についてⅠ
―誤用の実態を中心に―」,茨城大学人文学部紀要『コミュニケーション
学科論集』,14 号,p.19-45
杉本妙子(2005) 「ベトナム語圏日本語学習者の発音に関わる誤用についてⅡ
―音声聞き取り調査と発音調査における長音化・短音化の誤用の比較と考
察―」,茨城大学人文学部紀要『コミュニケーション学科論集』,17 号,
p.73-93
杉本妙子(2007) 「ベトナム語圏日本語学習者の発音に関わる誤用についてⅢ
―促音と撥音における誤用の比較と考察―」,茨城大学人文学部紀要『人
文コミュニケーション学科論集』,2 号,p.149-164
宇根祥夫・ゴー・ミン・トゥイー(2000) 『ゼロから話せるベトナム語』,三
修社

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