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精神医学史研究 Vol.5・1 2001.4

って,その詳細を調べていく過程で,医師の証言が 1−5 江戸時代後期の精神障害者の処遇と非人制度
拘禁を要する精神障害者の処遇の決定に重要視され         大阪府立大学大学院博士後期課程
ていることが判った.官医のみならず町医・村医も                    板原和子
証言者となっており,多数の医師が存在していたが,            大阪府立大学社会福祉学部
当時の医師たちの精神障害についての知識はどのよ                    桑原治雄
うであったのか.この医師層に広く読まれた医学書  江戸時代後期の精神障害者の処遇は,家宅内に持
はなんであったか,また,どのように読まれていた えた濫に入れ置く「入濫」,牢に入れ置く「入牢」,

のかについて問わねばならない. 病囚や幼年の罪人,無宿の行倒れ者を収容する,非
 PrintingからPublishingへ,「活字版から版木に 人の管理する溜に預け入れる「溜預」の3つが存在
よる整版」に移行した17世紀前半である.以降商品 していた.これは,当時の役人の手控帳や幕府の公
生産としての大量出版文化の時代になっていた.印 文書から見出される記述から明らかになってきたも
刷された書物から「知」を読みとる「知的読書の階 のであるが,これらの処遇がどのような性格をもつ
層」が成立した. のかについてはまだ検討されていない.本報告は,
 18世紀後半の在郷町の年寄・村落庄屋層の日記等 17世紀後半から18世紀前半にかけての幕藩体制の
の記録から,蔵書の形成,地域社会での賃借ネット 確立のなかで,江戸における精神障害者の処遇がど
ワーク,個人的ないし共同的読書行為が成立してい のように成立したのか,またその性格はどのような
たことが明らかになっている.その蔵書にある代表 ものであったのかを,当時の触書や法令から,また
的な医学書に「官刻普及類方」(享保15年1730)や 江戸以外の都市における事例やイギリスの処遇史と
「東医宝鑑」(享保8年1723)がある.両者とも幕府 の比較から検討するものである.

の医療政策により刊行された.後者は朝鮮医書の訓  先の3つの処遇は,手続きの方法や,役人の関与,
点本だったが,前者は,将軍吉宗が幕府医官林良適, 対象となった人々などの点で差異があり,とりわけ
丹波正伯に命じて,「本草綱目」の中国医書を編纂さ 「入艦」「入牢」と,「溜預」との間には,明瞭な区

せて,頭痛・腹痛など症状別にその治療法を「録ス 別があった.つまり,「入艦」「入牢」は町役人(名
ルニ国字ヲ似シ」たものである.この本が庄屋・年 主,五人組,家主)や家族などによる身元の保証が
寄層に購入され,「民俗」(呪術的民間医療)の世界 確実な,共同体のなかで守られていた人々が対象と
に文書の権威を浸透させた状況を,塚本学が明らか なったのであり,「溜預」はそのような条件がない,
にしている.中国・朝鮮医書を典拠の意味を読解し, あるいは薄らいだ人々が対象となっていたというこ
そこに「民俗」に替わる新たな権威を認めた者たち とである.そして重要なことは,処遇の基本は「溜
は,庄屋・年寄層であり,その層に医師たちも加わ 預1であり,そうであったからこそ,「入艦」「入牢」

って,地域における医療も含めた文化ネットワーク が特別な処遇として,証文や手形を作成するなど入
を形成していた.そこで読まれていた「東医宝鑑」 念な手続きを要する処遇となっていたということで
 「普救類方」「東垣十書」宇治田友春著の「医学弁害」 ある.溜は「農工商」の身分制度から欠落した人々
等の精神障害の記載を検討し,当時の医師層の精神 のなかでも,働くことのできない人々を収容する場
障害の認識について述べる. として機能した.いわば,江戸時代後期に成立した
精神障害者の処遇は,アウトカーストである非人と
して処遇する「溜預」を基盤として実施されたとい
うことができよう.

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