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楽曲分析と演奏解釈

〜「悲愴」「風紋」を例として〜
2009 年 8 月 15 日
保科 洋

はじめに ................................................................................ 2

1. 楽曲分析の道具 ..............................................................3
1-1. 音符の長さ(音価)は音の強さ(大きさ)......................................................................................3
1-2.「音の分割 」⇒「骨のリズム(基本リズム)」................................................................................. 4
1-3. フレーズ・グループ ⇒ 抑揚の生成 ⇒ 重心(抑揚の頂点)..................................................... 5
1-3-2. 複合グループ、フレーズ .................................................................................................... 6
1-3-3. 重心の設定 ........................................................................................................................ 7
イ)ある音符群の中で、比較的音価が長くかつ音高の高い音符 ............................................... 7
ロ)「バウンド分割」と判断できる音符群の最初の音符 ........................................................... 7
ハ)「骨のリズム」の中で比較的音価が長い音符 ..................................................................... 8
ニ)付点音符を含む音符群の付点音符 .................................................................................... 8
ホ)倚音 (appoggiatura) および各種の装飾音が付加された音符 ............................................. 8
ヘ)「ジェットコースター音型」と判断できる音符群の最低音(又はその周辺の音符)............. 9
ト)不協和度の大きな和音上の旋律音 ....................................................................................10

2. 楽曲分析 ...........................................................................11

3. 演奏解釈 ...........................................................................13
4. 作曲者からのお願い…楽譜から読み取ってほしいこと ...........16
4-1.「繰り返し」とそのコントラスト ..................................................................................................16
4-2. 強弱記号 ....................................................................................................................................17
4-3. その他の記号・標語類 .................................................................................................................18

終わりに ...............................................................................19

この著作物の一部または全部を権利者に無断で複製することは、著作権法での例外を除き禁じられています。
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-1-
はじめに

 本日は「保科アカデミー室内管弦楽団」の創立 15 周年記念特別演奏会にお越しいただきましてまことにありがとうござ
います。そのお礼という訳ではありませんが、ご鑑賞のお伴に本日の演奏に関する舞台裏を少々ご披露させていただきたい
と思います。お時間のある時にお読みいただければ幸いです。

音楽と料理
 音楽を聴くことは、例えていえば料理を味わうようなものでしょう。食べる人にとって料理は美味しいことが重要であっ
て、そのために板前がどのような工夫・努力をしているかは知らなくても料理を楽しむにはさほど問題ではありません。同
様に音楽を聴く人も、楽譜に何が書かれているかなど知らなくても、十分に音楽を楽しめますし感動もできます。ところで、
腕の良い板前ほど材料の質や料理の腕前を講釈するようなハシタナイことはしないものですが、今日はあえてそのハシタナ
イことをしてしまいましょう。
 私は作曲が専門ですが指揮も大好きです。ですから「楽譜」とはどのように作られ、どのように読みとるべきなのかとい
う一例を、素材を提供する作曲家とそれを料理する指揮者という両方の体験からご披露いたしたいと思います。
 西洋音楽、特にクラシック音楽では楽譜の存在が不可欠ですが、実は楽譜とは作曲者から演奏者への手紙であって、聴衆
への手紙ではないのです! 料理でいえばメニューと必要な素材を板前に提供することにあたりましょうか。したがって、
演奏者は先ず楽譜という手紙から作曲者の意図を読み取らなくてはなりません。この作業を「楽曲分析」といいます。料理
でいえば与えられた素材の質・鮮度などを、板前が吟味することにあたりましょうか。つまり、目の利いた板前であればそ
れらは一目瞭然で、板前によって評価が変わるということは殆どないでしょう。
「楽曲分析」も同じです。手紙をありのま
まに読み取ることが「楽曲分析」なのですから、その判断に個人差が生じることは殆どないはずですし、仮に個人差が生じ
るものであるとすれば、楽譜は手紙の用を成さなくなってしまうでしょう。
 それに対して「演奏解釈」とは与えられた素材を生かしてどのように料理するかという創造的な行為です。料理人が変わ
れば同じ素材でも異なった料理・味が造られるように、演奏解釈は指揮者によって微妙に変わるものです(ただし、優れた
料理人は素材の特徴を壊してしまうような味付けまではしないものです)

 私は岡山大学のオーケストラを 45 年にわたって指導してきましたが、
その間、
一貫して上記の2項目を実践してきました。
本日演奏する「保科アカデミー管弦楽団」の諸君は学生時代から本日まで身をもってこれらを体験し共感してくれている仲
間です。岡山大学の学生諸君、そしてアカデミーの仲間がこれらを如何にして実践してくれているかという意味で、本日の
演奏は私が考える音楽表現のまたとない実験場でありご披露の場といえましょう。
 それでは私たちが本日のプログラムをどのように料理しようとしているのか、その厨房の一部をご披露することにしま
しょう。本日の演奏が皆様の舌にお気に召していただければ料理人としてこれほど嬉しいことはありません。

-2-
1. 楽曲分析の道具

 それでは本日演奏する「悲愴」交響曲と「風紋」を材料にして台所の情景をお見せしたいと思いますが、
それに先立って、
分析の根拠となる要点をまとめておきましょう。やや理屈っぽいかと思いますが、これからの解説を理解していただくため
には不可欠の事項ですのでご勘弁下さい †。
 
1-1. 音符の長さ(音価)は音の強さ(大きさ)
 音楽の素材はいうまでもなく音です。音は空気が振動することによって生じます。そして空気を振動させるには何らかの
エネルギーが必要で、エネルギーが大きくなるほど音は強く(大きく)そして高くなります。
・高さ(振動数)は連動しているのです。
 つまり音を生み出すエネルギーの大きさと音の強さ(振幅)
 作曲家は伝えたい音楽を楽譜という手紙に書きますが、楽譜の主役は音符ですから、音符は上記のような音の特性を伝え
る機能を持っていると考えられます(仮に音符が音の特性を記せなかったら、楽譜は手紙の用をなさないことになってしま
うでしょう)

 ところで、個々の音符は長さ(音価といいます)と高さしか記すことは出来ません。そこで、音符の長さ(音価)とは音
の強さ(大きさ)を表したもの、と考えてみましょう。そのように仮定すれば、音符とはその高さと長さを支えるために必
要なエネルギーの状態を表したものとなり、音符が連なって出来ている旋律などはエネルギーが推移して行くさまを表わし
た一種のグラフと見ることが出来ます。すなわち、音符の高さ・長さが推移する変化は、音というエネルギーの変動・抑揚
を暗示しているのです。
 以上の物理的な音の特性と音符の機能の関連を整理しますと下図のようになります。

音の三要素と音符の三機能
《物理的な音の要素》 《具体的な音の現象》 《音符の三機能》

振幅 音量 音長 *
振動数 音高 音高
波形 音色 なし
振動数 ( 複数 ) 音高 ( 複数 ) 音積

         
 上図を解説しましょう。音は物理的には振幅、振動数、波形の三要素で特徴づけられます。音の振動数が変化すると音高
の変化として現れますのでこれは五線紙上に音符で記すことが出来ます(ただしデジタル)
。また振動数が異なる複数の音
が同時に響くと和音になりますが、
和音も含めて同時に複数の音が響く状態(音積ということにします)は複数の音符を使っ
て記すことが出来ます。さらに音の波形の違いは音色の違いとして現れますが、残念ながら音色は音符で記すことが出来ま
せん。そして最後に振幅ですが、ここで、振幅の変化は音量の変動として現れますが、音符ではこれを音長を変えることで
記していると仮定してみましょう。これは振動のエネルギーを表す公式に基づいた私の仮説です。詳細は省きますが、一例
をあげますと、ギターは強く弾くほど余韻が長くなります。つまり弾くエネルギーの大きさとその結果生じる余韻の長さは

† 説明文で使っているさまざまな用語については必要最小限の注釈にせざるを得ませんでしたので、分かりにくい箇所もあるかと思います。これら
の内容は、
拙著「生きた音楽表現へのアプローチ」
(音楽の友社)の記述をもとに書いたものですが、
残念ながら同書は現在絶版中です(インターネッ
ト上で時々売買されているようですが、非常に高価なプレミアムがついており困っております。皆さんのご協力で再販されることを祈ります)

-3-
因果関係にあります。そこで、音符とはこの場合の結果を記していると仮定するのです。
 これ以降の解説はこの仮説をもとに述べていますので、今はこの仮定を了承してください。疑念を持たれる方もおられる
と思いますが、追って説明するつもりです。
 さて、この仮定に従えば、音価(音符の長さ)が長い音は音量が大きいことを意味します(重大な例外が一つありますが
後述します)
。より一般的に言えば、長さが異なる音符の組み合わせは必ず音量の変動を伴うのです。

1-2.「音の分割 」⇒「骨のリズム(基本リズム)

 ただし、楽譜上のすべての音符が音量に連動して記されている訳ではありません。それは楽譜に記された音符の大半は、
実は何らかの形で本来の音が分割された状態で記されているからです。例を挙げましょう。

譜例 1 【「悲愴」第一楽章・第1主題】・・・「骨のリズム」① P.I.Tschaikowsky

Allegro non troppo. (%=116)


# ≤ ≥œ œ ≤ œ œ ≥œ œ ≤œ œ œ. œ. œ œ œ. œ.
2 3 4 5

& #c Ó Œ œ. œ. J ‰ Œ œ œ J ‰Œ œ # œ œ. œ. œ œ œ. œ. œ œœ œ œ œ œ j‰Œ
p .. . œ. œ. œ. œ. œ. # œ
p p
「骨のリズム 」 j j j
÷ c Ó Œ œœ œ œ‰ Œ œ œ œ œ ‰Œ œ œœ œ œœœ œœœ œœœ œœ œ œ œ œ œ œ œ œ ‰ Œ

 譜例1の3小節4拍目以後の 16 分音符が続いている箇所に注目ください。各拍の最初の2音符にはスラーが記されてお
りますが、これは下段に記したリズムの8分音符が倚音(非和声音の一種、後述)によって装飾されて 16 分音符に分割さ
れたものと考えられます。したがってこの場合には、スラーが記された最初の 16 分音符には8分音符と同量のエネルギー
を付加する必要があるのです。
 さらに2小節4拍目の 16 分音符は1小節4拍目の変形と考えられますので、1小節目と同じリズムの表情が必要です。
このように音が分割された状態を「音の分割」ということにします。
  「音の分割」と
「音の分割」つまり音が分割された状態であるかどうかを判別する際には重要な条件があります。それは、
は必ず同一和音内で生じる現象であるということです。そして、このような楽譜に記されたリズムの奥に潜在する元のリズ
ムのことを「骨のリズム †」ということにします。
 なお「骨のリズム」とは一義的に定まっているものではなく複数の解釈も可能です。次例をご覧下さい。

譜例 2 【「悲愴」第一楽章】より・・「骨のリズム」② P.I.Tschaikowsky

-3 - - -3 - -3 - - -3 - œ œ œ œ j‰ Œ
œœ œ œ œœ j‰ œœœ
# œœ œœ œ œ œ‰ œ Œ
3

& #c œ œœœœ œ œ œ œœ œœ œœ œœœ


3
œ
œ œœ œœœ œ œ œ œœ œ œ
p ∑ œ œ œ œ œ œ œ -- J
œ
-3 -
-
-3 - 3
p
#
3

& # c œœ œœ œœ œœ œœ œœ œœ œœ œœ œœ
saltando 3

œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œœœ œ œœ œœ œœ œœ œœœ œœ œœ œœœ œ œœ œœœ œœ
œ œœœœœ œœœ œ . . . . . . . . . . œœ. œœ. œœ. œ. œ. œ. œœ. œœ. œœ. œ. œ. œœ. œœ. œœ. œœ. œ. œœ. œœ. œœ. œ.
p . . . . . . . . .
j
「骨のリズム 1」
j j j j j j j j j j j j j j j
÷ c œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ œœ . œ œœ
J J J J J J J J
「骨のリズム 2」

† 拙著「生きた音楽表現へのアプローチ」では「骨のリズム」のことを「基本リズム」と称しております。

-4-
 上例の2段目は弦楽器による伴奏のリズムですが、この「骨のリズム」は最下段に記したような2通りが考えられます。
どちらが妥当であるかは一概に決められませんが、リズムの表情は微妙に違いますので演奏者(指揮者)は自己の感性に基
づいて選択することになります。
 このように楽譜上のリズムを「骨のリズム」に置き換えることによって音楽の流れを支える基本的なリズムを演奏者全員
が統一して感じ取ることが出来るのですが、更に重要なことは、
「骨のリズム」における音符の長さ(音価)の変化が音量の変動を示唆している
ということです。前述の〜長さが異なる音符の組み合わせは必ず音量の変動を伴う〜という音の物理的な性質は、正確には
「骨のリズム」の長さが異なる音符の組み合わせは必ず音量の変動を伴うということです。

1-3. フレーズ・グループ ⇒ 抑揚の生成 ⇒ 重心(抑揚の頂点)
 以上が楽譜という手紙を演奏者に読み取ってもらうための基本的共通語(音の物理的特性と音符の関連)です。ただし、
作曲者は己の意図を演奏者に的確に伝えるために、音符という単独では意味を成さない文字を単語やセンテンスとして構造
化・文章化しています。

1-3-1. グループ
 文章において個々の文字(アイウエオ、ABC、など)が単独では意味を持てずに(例外はあります)複数の文字を組み
合わせることで単語として活用しているのと同様に、音符も単独では音楽的意味を表現することは出来ません。音楽的意味
を持たせるためには、複数個が集まって更にそれらのエネルギー状態を連続させる必要があるのです。このエネルギー的に
連続している最小の音群を「グループ」ということにします。言い換えれば、エネルギーが連続しなくなるとそこでグルー
プは終わったと感じるのです。つまり、エネルギーの谷間はグループの接点として感じ取られるのです。

譜例 3 【グループの生成】
2 3 4

÷ 24 œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ œ

↓ ↓ ↓ ↓
÷ 24 œ . œ œ œ œ. œ œ œ œ. œ œ œ œ. œ œ œ
œ. œ œ. œ œ. œ œ. œ
J J J J
) ( ) ( ) ( ) (

 譜例3の上段はすべて8分音符という同じ音価ですから前述の仮定によりそのエネルギーは均一です。したがって、どこ
かでエネルギー状態を切断しようと思っても(単語に分けようとしても)どこが適切であるかを決めることは出来ません。
言い換えればこれらは連続していると感じ取れるでしょう(拍子に潜在する拍節感はこの際考えないことにします)

 しかし下段のように変化させると、音価の変動に応じてエネルギー状態に差が生じることになります。したがって、これ
らのエネルギーを繋げるためには、音価が長い音符(エネルギー大)に先行する音符はその落差を埋めるためにクレッシェ
ンドが必要になり、後続する音符には同じ理由でディミニュエンドが必要になります。すなわちエネルギーの大きい音符を
軸として下段に示したような音量の抑揚が生じるのです! 見方を変えれば、抑揚の谷間を接点として音符はグループ化さ
れることになります。このように、グループとはエネルギーが大きい箇所を軸として生じた抑揚の単位なのです(譜例3下
段のカッコで括られた音群)
。そしてグループの軸になるエネルギーの最も大きい音(箇所)を「重心」
(譜例3↓の音)と
いいます。
グループとは重心を軸としたエネルギーの抑揚を内包する最小の音群!
 このグループこそが音楽における単語であり表現のための基本的単位なのです。なお、下段下部に記したリズムはこのグ
ループの最も妥当と思われる「骨のリズム」を表しています。

-5-
1-3-2. 複合グループ、フレーズ
 文章における文(センテンス)が複数の文節(単語)によって構成され、
ある程度まとまった内容を表現しているように、
複数のグループがグループごとに完結せずに緩やかに繋がり合うことで、ある程度まとまった音楽的内容を含むまでに成長
した構造を「フレーズ」といいます。また、フレーズほど大きな構造ではなくても複数のグループが緩やかに繋がって単独
のグループよりも複雑な内容を含むもの(文章の熟語に相当します)
、あるいは一見単独グループと思われる内部に複数の
抑揚が生じている状態を「複合グループ」ということにします。
 つまり、フレーズや複合グループは必ず複数の重心を含んでいるのです。見方を変えれば、フレーズとはさまざまな起伏
に彩られた山並みのようなものです。この場合、山並みを形成している個々の山々はグループあるいは複合グループに相当
するでしょう。演奏表現とはこの山並みを登り下りしながら歩いて行くようなものです。すなわち、山の起伏を登り下りす
る際には起伏に応じてエネルギーを使い分ける必要があるように、フレーズやグループの抑揚を表現するにも同様のエネル
ギーのコントロールが不可欠なのです。
 次例は「悲愴」交響曲の第一楽章・第2主題の旋律ですが典型的なフレーズの一例です。

P.I.Tschaikowsky
譜例 4 【グループ⇒複合グループ⇒フレーズ】「悲愴」第一楽章・第2主題より
【フレーズ】

Andante (%=69) グループ ① グループ ②

# ≤ ≥ ↓ ↓
& #c Ó ‰ œ œ œ œ œ œ œ œ. œ ˙ œ
œ œ œ
œ œ œ œ œ. œ
j
2 3 4

J
p
incalzando 【フレーズ・続き】 ritenuto come prima
グループ ③ グループ ④ グループ ⑥
グループ ⑤
-

œ œ œ ↓
> -

œ >œ ↓
#5 œ œ œ œ œ ‰ œ œ œ
↓ j
& # ˙ œ œ œ œ œ. œ ˙
6 7 8

f F f

 このフレーズは①〜⑥のグループで構成されています(実線カッコで示しました)
。フレーズをグループに分けて分析す
る目的とは、当然のことですが分析の内容を演奏に反映させることです。
 一例を挙げましょう。①をグループとして聴かせるということは、最初の Fis 音から静かに滑り落ちるように動き出した
旋律が、加速によってエネルギーを増幅しながら重心(↓の D 音)を形成し、重心からはそのエネルギーを減衰させて行っ
て最後の A 音でグループが収束したことを感じさせるように一旦停止する、という抑揚を具体的に音で表現することです
(フレーズ全体の詳しい解説は後述します)

 ところで、①の最後の A 音はこのグループの中で最も長い音です! 前述の「音価の長い音は音量が大きい」という原
則に従えばこの A 音は音量を大きくすべきなのですが、それではグループが収束したことを感じさせることが出来ません!
 この矛盾はどのように考えるべきなのでしょうか? 
 実はこのことが前述の「音価と音量」の原則に関する唯一の例外 † なのです!
 フレーズやグループの最後の音符は音価が長くても音量は大きくならない(ことが多い)!
 これは非常に重要な例外です! これによって初めて、聴き手は音楽の単語やセンテンスの輪郭を聴き取ることが出来る
のですから……。つまり作曲家はフレーズやグループが収束してゆく様相を、山の裾野が緩やかに長く広がっているような

† 正確には、この音に与えられたエネルギーの減衰曲線をよりなだらかに変形させる事に相当します。音量から経験的に予想される音の長さを超え
て長く音を伸ばすことによって、
「もはやこの音にはあまりエネルギーがない」と聴衆に感じさせることができるのです。

-6-
景色に見立てて、時間を要する長い音符を使ってエネルギーを減衰させた、あるいはグループやフレーズの接点に時間間隔
を空けることでその輪郭を明瞭にした、とも考えられます。
 いずれにせよ、これはフレーズやグループという音楽の言葉を聴き手に伝えるための意図的な表現手段ですから、音の物
理的特性にかかわらず音価が長くても音量は大きくはならない(ことが多い)のです!

1-3-3. 重心の設定
 フレーズの分析とは、要約すればグルーピング(グループを整理すること)と重心を設定することです。グループには重
心が必ず1カ所 † あります!
 重心はグループの抑揚の軸としてその音楽的ニュアンスを演出する重要な役割を担っており、音楽の表情に多彩なインパ
クトを加えるものです。また重心とはグループ内で最大のエネルギーが付加された箇所ですから、エネルギーを付加された
音符は楽譜上ではどのような状態になるのか、を知ることが出来れば重心を見つける際のヒントになります。そのような音
符の状態をまとめておきましょう。

イ)ある音符群の中で、比較的音価が長くかつ音高の高い音符
 
「音価が長い」
「音高が高い」はどちらも音のエネルギーが大きいことを示す基本的な現象ですから、この両方の条件を満
たしている音符(次例4小節目の↓ H 音)はフレーズの重心として最も適しています。

譜例 5 【重心(イ)・「音価・長、音高・高」】「悲愴」第三楽章より P.I.Tschaikowsky
Allegro molto vivace (%=152) 【フレーズ】

【複合グループ】 【複合グループ】

(↓)(↓) (↓) (↓) . >˙
# c œ. ⋲ œ. >œ œ ⋲ œ >œ œ ⋲ œ >œ œ ⋲ œ œœ ⋲œ œ œ œ œœ
(↓) (↓) (↓) (↓)

& œ œ ⋲ œ. œ ⋲ œ œ ⋲ œ œ ⋲ œœœœ
> .
Ï(実線カッコはグループを表します。このようにグループとはいくらでも細かく設定できます) 6

 ちなみに、
「音価が長い」はそれだけでも重心になり得ますが(譜例5のカッコつき↓)
「音高が高い」だけでは重心にな
るとは限りません。特に「高いけれど短い音」は重心ではなく先行音群の余剰エネルギーで抛り上げられた音である場合が
多いです。

ロ)
「バウンド分割」と判断できる音符群の最初の音符
 机の上をスティックで叩くと反動で数個の音が生じます。つまり叩いたエネルギーの反動(衝撃)で音が分割されたので
す。このような状態を表した音符群を「バウンド分割」された音群ということにします。
 
「バウンド分割」された音群は、その成因から最初の音が短くて最後の音が長くなるのが特徴で、しかも短い最初の音符
が必ず重心になります(譜例6の↓)
。一見このことは「音価と音量」の原則に矛盾するようですが、
「骨のリズム」を整理
すると音価が長い音が重心になっていることが分かります。すなわち「バウンド分割」された音群とは原則の意図的な変形
なのです(次項も参照)
。なお「バウンド分割」は、必ず同一和音内で生じる現象です。

† 重心は一つの音符に設定するとは限りません! 音符はどのような音価でも必ず長さを持っていますから、重心とは原理的に時間的な広がりを持
つものなのです。したがって一カ所であれば複数の音符に跨がる重心を設定しても不都合はありません(2カ所以上ある場合は複合グループ)
。こ
の状態は広々とした山の頂上に例えられるでしょう。頂上が広い山は穏やかなあるいは雄大な景色として感じられますが、音楽も同様で時間的に
広がった重心は広々としたあるいは雄大な表情を醸し出します。

-7-
譜例 6 【重心(ロ)・バウンド分割】「悲愴」第一楽章・第三楽章より P.I.Tschaikowsky
b œœ ↓ ↓
c b œœ ‰ Œ j # j j j
& J œ n>œ >œ >œ b >œ ‰ Œ œ. ‰ œ ⋲ œ œ. ‰ œj ‰ œ. >œ œ œ ‰ Œ
3

bœ œ œ œ œ
ƒ ç p . . .
「骨のリズム 」 ↓ ↓
÷ c œ ‰ Œ ˙ œ œ œ œ œ ‰ Œ œ ‰ œ ‰ œ ‰ œ ‰ ˙ œ ‰ Œ
J J J J J J J

ハ)
「骨のリズム」の中で比較的音価が長い音符
 前述のように楽譜上の音符は実際には相当な比率で分割されています。詳細は前述「音の分割」の項を参照願いますが、
前項(ロ)の「バウンド分割」や後述する「倚音」も分割された音群の一種です。分割された音群の奥に潜在する「骨のリ
ズム」の中で音価の長い音符は音群の重心になる可能性が非常に大きいので、重心の設定に際して「音の分割」を見つける
ことは非常に有効です(譜例1、2、6や後出譜例8も参照)

ニ)付点音符を含む音符群の付点音符
 一般に音が分割される場合には等分割になるのが自然で(エネルギー的に均等な分割)
、不等分割するには意識的なエネ
ルギーのコントロールが必要です。付点リズムとは、等分割されるべきある音符が意図的に過剰なエネルギーを付加されて
付点音符の長さにまで変形し †、その圧力によって後続音符が後へ追いやられた状態と考えますと、この現象は、等分割で
は物足りない! という作曲家の強烈な意志を表したものとも受け取れます。ですからそのような付点音符が重心になるの
はごく自然なことで、事実、付点音符を含むリズムでは付点音符が重心になる場合が非常に多いのです。なお、譜例7(b)
は複付点音符の例ですが、複付点音符とは上記の現象が更に強調された状態ですから付点リズムの効果は当然より強まりま
す。まさに作曲者の強烈な意志を感じさせられる箇所です。ちなみに譜例7(b) は次項の倚音でもあります。
 仮に上段の付点音符が下段カッコのように4分音符で均等に書かれていたら……、
この曲の魅力・説得力は半減するでしょ
う! 無論 Tschaikowsky がそのような書き方をする訳がありませんが……

譜例 7 【重心(ニ)・付点音符】「悲愴」第一楽章より P.I.Tschaikowsky

(a) ↓ (b)
# ‰œœœ œ œ œ œ œ. nn Ó ↓ ↓
r
& #c Ó œ
J ˙ Œ
# œ .. œr ˙
Ó Œ
œ œ .. # œ ˙
p ƒ #œ
# ‰œœœ œœœœœ œ nn Ó
& #c Ó ˙ Œ
#œ œ
Ó Œ
œ œ #œ ˙
p ˙
ƒ #œ

ホ)倚音 (appoggiatura) および各種の装飾音が付加された音符


 倚音 (appoggiatura) とは簡単に言えば、和音を構成する音以外の音を意図的に使って緊張を高めておいてから本来の和
声音に戻る、という作曲上の技法の一種です。主に旋律の音に使われますが内声でもしばしば使われます。心理的・内的な
葛藤あるいは焦燥感などを表現するのに非常に効果的なので古くから活用されています。
 現象的には倚音と後続音(解決音といいます)はペアになって必ず緊張⇒弛緩を生み出すので、倚音がグループの重心に
なる確率は非常に大きいのです。
 譜例8は上声と下声が交互に倚音(↓)で装飾し合いながら心理的葛藤を描いている見事なまでに感動的なフレーズです。

† 音価 = 音量の原則からは必然的な現象です。いわば記譜されたアゴーギクともいえましょう。

-8-
仮に下段に示したように倚音を省いてしまったら……、何ともありきたりのフレーズになってしまうと感じるのは私だけで
しょうか? 倚音の表現力の大きさに今更ながら感嘆する例です。
 なお、
下段は上段の「骨のリズム」にもなっています。つまり倚音と解決音は「音の分割」の一種でもあるのです。また、
↓を付けていない2分音符がありますが、これらはグループ(カッコ内の音群)の最後の音ですので音価が長くても重心に
なるとは限りません。

譜例 8 【重心(ホ)・倚音その1】「悲愴」第四楽章より P.I.Tschaikowsky
【↓が倚音で重心(注)】

œ œ -œ œ œ -œ

# 3 -œ ↓ -œ ↓ -œ ↓ ↓ œ œ ˙ -œ
œ œ œ œ œ œ
& #4 ˙ ˙ œ
pp cresc. F p
? ## 34 -œ -œ ↓
œ œ nœ œ ↓
œ #œ œ ↓ ↓ -œ ˙ -œ
˙ ˙ # œ œ -œ œ #œ
-œ ˙
pp cresc.
F p
【倚音なし(骨のリズム)】

-œ -œ ↓ -œ ↓
# 3 -œ ↓ -œ ↓ ↓
˙ ˙ ˙ ˙ -œ
& #4 ˙ œ ˙ ˙ œ ˙ œ

? ## 3 -œ -œ ↓
˙ nœ œ ↓

↓ ↓ ↓ -œ ˙ -œ
˙ ˙ œ ˙ #˙
4 -œ ˙

 もう1曲、倚音の表現力の素晴らしさを披露しましょう。次例は、迫りくる死をひしひしと感じながら、なおも病魔に抵
抗して生きようと必死にもがく Tschaikowsky の痛ましいまでの心情を生々しく伝える見事なフレーズです。
 この例も下段の倚音・繋留音 † を省いた例と比較すると、その説得力の違いに驚かれるでしょう!

譜例 9 【重心(ホ)・倚音その2】「悲愴」第四楽章より P.I.Tschaikowsky

【↓は倚音、(↓)は繋留音(注)】
# 3 (↓) (↓)
-
j ↓ #-œ œ .
↓ (↓) œ œ . -œ #-œ -œ
œ œ # œ . œJ #œ
(↓) (↓) (↓)

& #4 Œ ˙ œ #˙ œ œ œ œ œ. J
P F ƒ
-œ -œ ˙.
œ . # -œ -œ œ.
cresc.

# -œ -œ . -œ ˙ œ. -œ -
& # 34 ∑ œ. Œ J œ J J
P F cresc. ƒ
【倚音(繋留音)なし(骨のリズム)】
# ˙ #œ œ œ . -œ #-œ -œ
& # 34 Œ ˙ #˙ . ˙ œ ˙ œ #˙ œ
P F ƒ
-œ -œ ˙.
cresc.

# 3 -œ ˙ -œ ˙ -œ œ. J
& #4 ∑ ˙ ˙ Œ
P F cresc. ƒ

ヘ)
「ジェットコースター音型」と判断できる音符群の最低音(又はその周辺の音符)
 高い音から低い音へ進行することはエネルギーが大きい音から小さい音へ進むことです。したがってこれらのエネルギー
状態を連続させるにはディミニュエンドが自然であり、低い音から高い音へ進行する場合は逆の理由でクレッシェンドが自
然です。したがって、下降して上行する音群は下降から上行に切り替わる箇所がエネルギーの谷間になるので、一般的には

† 繋留音とは倚音をやや穏やかにした表情を持つ作曲技法の一種です。歴史的には倚音より早くから用いられてきた技法で、倚音にクッションを加
えた型をしています。詳細は省きますが、倚音と同様に緊張⇒弛緩を伴い心理描写に優れています。

-9-
そこでグループが分かれて聴こえることになります。
 それでは、下降して上行する音群を一つのグループにまとめるにはどうしたら良いのでしょうか? 
 それは、下降でクレッシェンドしてその反動を利用して上行する際にディミニュエンドをする、という方法で一つにまと
めることが出来ます。この状況は丁度ジェットコースターが上下する動きと似ているので、
このような音群を「ジェットコー
スター音型」ということにします。この音型の特徴は、元来エネルギーが小さいはずの低い音が下降する音群に蓄積される
加速エネルギーによって重心として機能することです。

譜例 10 【重心(ヘ)・ジェットコースター音型】「風紋」より H.Hoshina

Vivace ↓ ↓ ↓
w œ œ œ œ œ œ ˙ ˙ œ œ bœ œ ˙ œ œ œ bœ
& C œ bœ œ œ ˙
2 3 4 5 6 7

f p

 譜例 10 は私の作品「風紋」の一部分です。私は下降⇒上行するカッコ内の音群に<>を指示しましたが、仮にこの
指示がなくてもカッコ内の音群はジェットコースター音型としてグルーピングする方が自然です。なぜなら7小節目はバウ
ンド分割された音群と判断できますから↓の音が重心になりますが、元来7小節目は3小節の変形ですので、遡って3小節
および5小節もバウンド分割と判断でき、それぞれの重心は↓の音ということになります。したがって、重心に先行する2、
4、6小節は<する方が理にかなうことになります。
 以上のことから、この旋律はカッコのようにグルーピングする方が自然なのです。なお、前出譜例4のグループ①②など
もジェットコースター音型を応用した例ですのでご参照ください。

ト)不協和度の大きな和音上の旋律音
 和音には大別して協和音と不協和音がありますが、一般に協和音⇒不協和音は緊張が高まり不協和音⇒協和音は弛緩しま
す。作曲家はこの現象を利用して音楽的な緊張・弛緩を表現するのに役立てているのです。したがって、協和音と不協和音
が混在するフレーズやグループでは不協和音と重心が一致することがしばしば見受けられます。譜例4などはその好例です
が、後に詳しく分析しますのでそちらを参照して下さい。

 以上が重心になり得る音符の状態の主なケースです。上記のいずれかに合致した音符が必ず重心になるとは限りませんが
その可能性は大きいと考えてよいでしょう。特に拍節感の強い曲では、強拍にこれらのいずれかが当てはまった場合には重
心である確率は非常に大きくなります。さらに上記の項目が複数で合致した場合は更に強固な重心になるでしょう。

- 10 -
2. 楽曲分析 
 それでは実際に楽曲分析をしてみましょう。例として「悲愴」交響曲の第一楽章第2主題を取り上げます。楽曲分析とは
それを活用する目的によって視点を変えるべきですが、
今回は演奏するための楽曲分析という立場で分析することにします。
文章で説明すると非常に理屈っぽくそして冗長になってしまいますが、
実は演奏するための楽曲分析とは、
フレーズをグルー
ピングして、グループ内の抑揚と重心を音符と指示記号から読み取ることなのです。つまりフレーズというセンテンスの内
容を理解するための単語の整理整頓です。
 前述のようにグループとはフレーズ(音の山並み)を形成している個々の山々に相当するものですが、
文章と違ってグルー
プとは固定されている訳ではなく常に流動的です。またグループはしばしば複数個が緩やかに繋がって複合グループを形成
しますが、自然発生的にせよ人為的にせよ、聴き手はエネルギーの抑揚、特に重心からエネルギーが減衰して行くさまを感
じ取るとグループが一旦完結したものとして認識するので、一見単独のグループに思われるものでも、内部に複数の抑揚が
存在すると解釈した場合には、それは複数の抑揚を含む複合グループとして整理すべきです。
 以上をふまえてこのフレーズ(第2主題)の内部構造をグルーピングしてみましょう。

譜例 11 【楽曲分析の例】「悲愴」第一楽章・第2主題より P.I.Tschaikowsky
【フレーズ】
【複合グループ①】
Andante (%=69)
≤ ≥ グループ ①↓ グループ ②

# ‰ œ œ œ œ œ œ œ œ. œ œ œ j
& #c Ó œ ˙ œ œ œ œ œ œ. œ
2 3 4

J
p
# j j
& #c ∑ ˙˙˙
2 3 4

˙˙ n ˙˙ œœ œœ œœ ˙˙ ˙˙
pp P pp pp P
? ## c ∑ ˙˙ # ˙˙ ww ˙˙ ˙˙
incalzando 【フレーズ・続き】 ritenuto come prima
【複合グループ①・続き】 【複合グループ②】

- グループ ③

œ œ œ ↓
> -

œ
グループ ④
>œ ↓グループ ⑤ ↓グループ ⑥
## 5 œ œ œ œ œ œ œ œ j
& ˙ ‰ œ œ œ œ. œ ˙
6 7 8 9

œ
f F f
#5
& # œœj œœ œœj n ˙˙ ˙˙ b ˙˙ ˙˙ ˙˙
# ˙˙œ œ
j j
6 7 8 9

˙˙ ˙˙ œœ œœ œœ
pp F p F ˙ F p
p
œ
? ##
˙˙ # œ˙˙ œ ˙˙ œ˙
˙˙
œ œ ˙˙ # ˙˙ ˙˙ # œ˙ œ ˙˙
n˙ ˙ ˙ ˙ ˙

フレーズ=二重線カッコ、グループ=実線カッコ、複合グループ=点線カッコ、↓=各グループの重心
グループ③に↓が2カ所あるのは重心が↓から↓まで時間的に広がっていることを意味します(重心の項参照)

 
グループ①
 最初ですので詳しく解説しましょう。先ずこのグループの重心は前掲条件の ( イ )( ニ )( ト ) と ( ヘ ) の応用に該当する2
小節3拍目の D 音と考えるのが妥当です。

- 11 -
 あたかも停止していた物体が静かに下降していくように、Fis 音から8分音符で滑り落ちるように動きだしたジェットコー
スター音型の旋律は、次第に加速を伴って勢いを増し、その反動で2小節3拍目の D 音まで抛り上げられた後に、徐々に減
衰して最後の A 音(グループが終わることを伝える長い音)で収まる、という様相を音符の高さと長さの推移で見事に表現
しています。スタートから2小節3拍目の D 音まではジェットコースター音型ですので、仮に2小節1〜2拍の<が指定
されていなければ2〜3拍目は>する方が自然です。しかし作曲者は3拍目の D 音が重心であることを演奏者に明確に伝
えるために意識的にここに<を指定したと考えられます。つまりここの<は重心の位置を変更するための意図的な指示
なのです。
 ところで歴代の作曲家の作品をつぶさに調べると、実は音符の変動が示唆する微妙な抑揚は必ずしも指示していないこと
に気付きます。それは、作曲家はそのような微妙な抑揚は音符の推移が十分に伝えてくれることを信じているからではない
でしょうか。あえて指示するとむしろオーバーな表情になってしまうことを怖れているからではないでしょうか。 
 つまり、<>をはじめとするさまざまな指示記号、指示用語などは(作曲者の意図を端的に表したものであることは
申すまでもありませんが)単に表面的な意味に留まらず、周りの状況によってニュアンスは微妙に異なるのです。それらを
大別すると以下の5通りになります。
イ)音符だけでは的確に表現し得ない音楽的内容を記したもの
ロ)音符だけでは複数の解釈が可能な場合、作曲者の意図を明確に伝えるために指示したもの
ハ)音符で表現している内容を、より強調する目的で記したもの
ニ)音符から常識的に感じ取れる内容と全く異なる表情を意図的に指示したもの
ホ)音符から常識的に感じ取れる内容を確認するために記したもの
 楽曲分析によってグループ内の抑揚を整理・設定したとき、作曲家が指示した記号類の意味と異なった結論に至ることが
ままあります。このような場合、基本的には作曲家の意思を尊重してその指示に従うべきでしょうが、単に盲目的に従うの
ではなく上記のいずれに基づいた指示であるかを分析結果から判断し、指示記号の真の音楽的意味を理解するように心がけ
るべきでしょう。例えばグループ①2小節目の<は上記(ロ)に該当する指示と考えられます。

グループ②
 グループ②はグループ①の変形反復ですので重心の位置も同じになりますが、下降している部分の音域が①よりも広いの
で加速量の違いを感じさせます。このことは演奏解釈に微妙な影響を及ぼすことになりますが(後述)
、ここでは最後の A
音に指示された<に注目しましょう(グループ①にはありませんでした)

 前掲フレーズの項でも述べましたが、この A 音はグループ最後の音なので何も指示がなければ①のように減衰するのが
自然です。つまり②の最後の A 音に指示された<は、
ここで減衰せずに5小節3拍目のオクターブ上の A 音にエネルギー
状態を連続させるための意図的な指示(上記(ニ)の項目)と考えられます。これによって②は③と合体して複合グループ
になり、2小節ごとに一段落してしまう安易さを避けつつ③の f を唐突に感じさせないでスケールの大きな抑揚を作り上げ
ることにも寄与しているのです!

グループ③、グループ④
 グループ③とグループ④は同形移高反復ですのでまとめて解説することにしましょう。
 グループ③の5小節3拍目の A 音はこのフレーズで最も高い音です! しかも②の最後の音から p 〜 f まで盛り上が
る<によって大きなエネルギーが付加され、かつ減七の和音(不協和音の一種)で支えられているので、ここを重心とする
のは妥当な考えです(重心の条件 ( イ )( ト ))
。ただし6小節1拍目の Fis 音も倚音でしかもアクセントが指示されているの
でこの音も重心の候補になります(条件 ( ホ ))

 このようにグループの内部に重心が複数カ所想定される場合は、一般的には複数の抑揚を含む複合グループと考えるべき
ですが、③の場合には最初の A 音のエネルギーが大きいために、2つの重心の間に抑揚の谷間を作るには時間間隔が短す
ぎます。したがってこの場合は、重心が5小節3拍目から6小節1拍目まで時間的に広がっている状態と考えるべきでしょ

- 12 -
う。譜例の↓─↓は重心が3拍間に亘って広がっていることを示しています(重心の項を参照)

 グループ④の重心も③との整合性から6小節3拍目の G 音と考えるべきです。ただし③と違ってここから>が指示さ
れていますので③のような広がった重心にはなりません。したがって7小節1拍目の倚音に指示されたアクセントは重心で
はなく倚音の心理的ストレスを表現するような繊細なアクセントとして扱うべきでしょう。なお、④の後半7小節1〜2拍
目に指示された<は、②〜③と同じで④を後続グループ⑤と複合グループ化させるための意図的な指示です。

グループ⑤、グループ⑥
 グループ⑤の7小節3拍目からグループ⑥の最後までは②と全く同じ旋律です。しかし、指示されたダイナミクスからも
分かるように、⑤と⑥は2つの重心と抑揚を含んだ複合グループです。特に7小節3拍目の Fis 音は緊張度の大きい借用属
九の和音(根音省略)に支えられていることと、このフレーズの最初から持続音として動かなかった低音の D 音が、ここ
で初めて Gis 音に下行する衝撃的な効果と相まって⑤の重心になっています(f の指示は必然でしょう)

 この重心に付加されたエネルギーは直後の下降進行で減衰し始めますが、すぐに跳躍下降によって加速されつつ余韻のよ
うな⑥の抑揚をもたらします。つまり⑥の抑揚は⑤の余剰エネルギーによって生じた内向的な表情と考えられます。なお、
⑥の重心は②と同じく8小節3拍目の H 音です。

3. 演奏解釈

 演奏解釈を要約すれば、楽曲分析によって整理した各グループとその重心を全曲的見地から比較検討して、それぞれをフ
レーズごとにランク付けすることといえます。具体的には各重心にかかるエネルギーの大きさ及び音楽的比重の比較検討で
す。したがってこれからは旋律だけでなくすべてのパートが検討の対象になります。
 なお、フレーズやグループを演奏する際には、重心に先行する音群はクレッシェンドで、後続の音群はディミニュエンド
で表現するのが基本的な方法です。ただし各グループはその接点でハッキリ分かれるように演奏するのではなく、むしろフ
レーズ内で音楽の流れが切れ過ぎないように複合グループ化して、隣接するグループの接点の音は両方のグループに所属す
るように表現する場合の方が多いようです(譜例 11 で実線カッコが重複している箇所)

 この様相は山並みを縦走する状態に似ています。つまり一山ごとに平地へ降りるのではなく山から山へ渡り歩くのです。
しかもペース(テンポ)を維持して登りや下りを歩くためには同じ距離でも全く異なるエネルギーの使い方が必要なことも
フレーズ表現と酷似していないでしょうか。
 以上をふまえて早速「悲愴」交響曲・第一楽章・第2主題の演奏解釈を始めましょう。

グループ①と②の比較
 グループ①と②の表情は指定された強弱記号や<>によっても明瞭に感じ取れますが、前述のようにこれらの記号類
は元来補助的なもので本質的なエネルギーの抑揚は音符の推移によって描かれているのです。
 ちなみに音符以外の指示記号を見てみましょう。グループ①と②は指示記号が全く同じですので †、抑揚の中味も同じと
思われがちですが、音の高さと和音が微妙に違うのでその内容は決して同じにはなりません。
 ところがそのような微妙な違いを的確に指示する記号はないのです! 強弱記号は相対的な量は記せても質までは記せま
せん。また記号<>に至っては量も質も記すことは出来ません!
 もしも仮に記せたとすると、変幻無限な音楽的表情の微妙な違いに対応させるために記号の種類は膨大な数が必要になっ
てしまうでしょう。そのような記号の海に埋まった楽譜は煩雑になるだけでなく演奏者の主体的な表現意欲を妨げることに
なりかねません。

† 5小節の<は前述のように後続グループへ繋げるための意図的な指示ですからこの際考慮外にします。

- 13 -
譜例 12【演奏解釈その1】第2主題より、グループ①と② P.I.Tschaikowsky

Andante (%=69) incalzando


≤ ≥ グループ ①↓ ↓
グループ ②
-œ œ
# ‰ œ œ œ œ œ œ œ œ. œ j œ
& #c Ó œ ˙ œ œ œ œ œ œ œ œ. œ ˙
2 3 4 5

J
p f
# j j j j n˙
& #c ∑ ˙˙˙ œœ œœ œœ ˙
2 3 4 5

˙˙ n ˙˙ œœ œœ œœ ˙˙ ˙˙
pp P pp pp P pp F
? ## c ∑ ˙˙ # œ˙˙ œ œ
# ˙˙ ww ˙˙ ˙˙ ˙˙ n˙

 例えば中段3小節目のシンコペーションのリズム(
「バウンド分割」です)に注目してください。これは①のエネルギー
が重心から減衰して行くなかで、最後に残ったエネルギーがあたかも水面に広がる波紋のように静かに消えて行くさまを見
事に描いている箇所です。このリズムが旋律の A 音ではなく内声のホルンに与えられているのもこの部分の内向的な収束
感を的確に表現しています(しかも①の中でここだけです!)

 このような繊細なニュアンスは記号で表せる限界を超えているとは思われませんか? 
 また、バロック音楽のように音符以外の指示記号が極端に少ない作品(楽譜)でも、繊細な強弱法や音楽的な表情に満ち
あふれた演奏が数多く存在しているという歴史的事実があります。これらのことは、音符だけでも十分に、いや音符の方が
より繊細に音のエネルギーが推移して行く際の微妙なニュアンスを伝えられることを証明していると考えられないでしょう
か !!

 以上のことは楽譜の読み方の基本ですので、譜例で具体的に説明しましょう。
 グループ①では下降する音域が8度(オクターブ)でしたが②では 10 度に広がっています! この違いはジェットコー
スターが落下する際にその距離が大きいほど加速も大きくなるように、音が下降して行く際のクレッシェンドの中味が違う
ことを意味しています。さらに、最下点から重心まで登る距離は同じ6度ですが、重心の音の高さが①と②では異なってお
りその和音も違います。ここで指揮者は判断を迫られます。

イ)グループ①と②では抑揚はどちらが大きいのか? 
ロ)またニユアンスはどのように違うのか? 
ハ)そしてそれらの根拠は? 
(前述のように音が違うので音楽的に同じではあり得ません)

 これについては実は解釈に個人差が生じるのです。ですから同じ「悲愴」でも多種多様な名演奏が存在するのです。しか
しそれでは話が終わってしまうので、ご参考までに私の解釈をご披露しましょう。
 ①と②については前述の音域の違いもさることながら、①の重心を支えている減七の和音がもたらす内的な焦燥感ともい
えるニュアンスと、②の重心に付けられた属九の和音(旋律の H 音を倚音と解釈することも出来ます)の厚みのある響き
に注目したいと私は思います。この違いを表現するために、具体的には①の<>は量的な表現よりも内面的・音色的な
表現を心がけ、
②の<>は下降する音域の広さも勘案してより幅の広い量的な響きを目指すのが適切であると考えます。
 以上を勘案して<>の幅は②の方が大きくなるように表現したいというのが私の解釈です。

- 14 -
グループ③と④の比較
譜例 13【演奏解釈その2】第2主題より、グループ③~⑥ P.I.Tschaikowsky
incalzando グループ ③ グループ ④
ritenuto グループ ⑥
come prima
グループ ⑤

-

œ œ œ ↓
> -

œ >œ ↓ ↓
# 5
& #c ˙
œ œ œ œ œ ‰ œ œ œ œ œ œ œ œ. œ
j
˙
6 7 8 9

f F f
# 5
& # c œœj œœ œœj n ˙˙ ˙˙ b ˙˙ ˙˙ ˙˙
# ˙˙œ œ
j j
6 7 8 9

˙˙ ˙˙ œœ œœ œœ
pp F p F ˙ F p
p
? ## c
˙˙ # œ˙˙ œ œ ˙˙ ˙œ˙ œ œ ˙˙ # ˙˙ ˙˙ # œ˙ œ ˙˙
n˙ ˙ ˙ ˙ #˙ ˙ ˙

 グループ③は先行グループ②と複合グループを成していますが、重心は前述のように5小節3拍目の A 音から6小節1
拍目の Fis 音まで広がっています(譜例の↓─↓)
。この重心に付加されたエネルギーは6小節2拍目の E 音に向かって減
衰するのが和声的にも旋律の流れからも自然なのですが、5小節3拍目から3拍間も支え続けた重心のエネルギーをたった
E 音1拍で減衰させることは非常に難しいと思われます。つまり③の余剰エネルギーは④まで積み残されていると考えるべ
きでしょう。
 そのように解釈すれば、④の最初に指示された>は③の余剰エネルギーを減衰させるための指示として理解できます。
つまり④は③とペアになって大局的な緊張⇒弛緩を表現しているのです。このことは5小節3拍目〜7小節2拍目までの和
声構造がカデンツ(T-S-D-T)を成していること、さらに④は③を2度下に移高した反復進行(和声も含めて)で、このよ
うな反復進行はエコー効果を意図する場合にしばしば使われる手法 † であることなどからも推察できます。
 以上のことから④の重心は③より比重が小さいと解釈しました。

グループ⑤及び⑥の解釈
 グループ⑤の重心は f の指示でも分かるように、④から受け継いだエネルギーが付加された7小節3拍目の和音及び旋
律の Fis 音です。この Fis 音は③の重心5小節3拍目の A 音よりも低くて短い音なのですが、前述のようにフレーズの最初
から続いてきた低音の D 音が此処で初めて Gis 音に変化する衝撃的な効果と、借用属九の和音がもたらす緊迫感との相乗
効果でこのフレーズのクライマックスとして機能していると考えるべきでしょう。この重心に付加されたエネルギーがいか
に大きいかは指示された ritenuto によって推し量れます ‡ ! 
 グループ⑤の後半とグループ⑥の旋律はグループ②と全く同じです。したがって⑤の重心は②と同様の8小節3拍目の H
音になりますが、一方では⑤はこのフレーズ全体を締めくくる部分として先行グループ④の激しい抑揚を沈静化する余韻の
ような役割を果たしていると考えられます。したがって量的には大きくなくても深い心理的な終止感が求められるグループ
です。重心の内声に使われている倚音(Dis 音)がこの部分の内向的な凝縮感を見事に表現しています(同じ旋律である②
ではこの倚音は使われていないことに注目してください)

 このように②と⑤〜⑥は同じ旋律でありながら、その音楽的内容は全く異なる表現を要求しているのです。これらをどの
ように解釈し演奏のための設計図を作成するか、が指揮者に課せられた使命といえましょう。

† 高さを変えながら反復進行するのは基本的な作曲技法の一種ですが、盛り上がる時は高く移行し、収まる時は低く移行するのが一般的な用法です。

‡ 音量=音価の原則を思い出してください! 与えられたエネルギーが大きくなりすぎると、音は記譜された音価よりも長くなるように変化し始めま
す。ritenuto の指示はそのようなエネルギーの変動を要求していると解釈すべきです! 多くの演奏が重心の Fis 音をテヌートして長めに表現して
いるのも、ここに付加されたエネルギーの大きさを実感しているからに他なりません。このような部分的なテンポの揺らぎをアゴーギクといいます
が、アゴーギクとはエネルギーの変動によって生じる現象で、書かれた音の高さを勝手に変えることが出来ない楽譜による演奏では必然的に生じる
魅惑的な表現法です。

- 15 -
 最初に述べたように、演奏解釈とは要約すれば、フレーズ内の各重心にかかるエネルギーの大きさ及び音楽的比重の比較
検討を行うことです。これを全曲に亘って整理するとともに、可能ならば音色的なニュアンスも加味して †、演奏のための
設計図を描くのです。
 それでは「悲愴」第一楽章・第2主題の設計図の例をご覧下さい。これまでの解説をまとめると重心の比重は以下のよう
になります。
グループ⑤>グループ③>グループ⑥>グループ②>グループ④=グループ①

 お疲れさまでした! 演奏すると 30 秒もかからない僅か8小節の楽曲分析と演奏解釈を説明するのに、何と膨大なペー
ジを費やしてしまったのでしょう !!
 裏返せば、これだけ多くの内容を僅か 30 秒ほどで表現し伝達できる音楽の不思議さ・素晴らしさに、今更ながら感服せ
ざるを得ません! 

4. 作曲者からのお願い…楽譜から読み取ってほしいこと

 以上、長々と理屈っぽい文章を連ねてしまいました。本来音楽は音で表現するものですから、この小冊子を書きながらも
解説すればするほど本質から遠ざかってしまうようなもどかしさを否めませんでした。と言いつつ、屋上屋根を重ねるのは
本意ではありませんが、最後に作曲家の立場から、楽譜という手紙をどのように読み取って欲しいかという願いを少しだけ
ご披露させてください。
 題材は本日演奏する「風紋」です。

4-1.「繰り返し」とそのコントラスト
 作曲家は伝えたい音楽を楽譜に書いていますが、当然のことですが本当に伝えたいのは「音による音楽」です。ところで、
音は発するそばから消えていってしまうものです。このような音を素材として聴き手に作者の意図を伝えなければならない
音楽では、伝えたい内容を「繰り返し」て聴かせる ことによって目的を達成させています ‡。
 ただし、単純に繰り返すのではなく、聴き手を飽きさせないように、更には聴き手に感動を与えられるように繰り返し方
を模索し試行錯誤しています。その工夫の中で最も重要なタームがコントラストです。基本的にはフレーズやグループにさ
まざまな変形を加えて繰り返し、それらの違いを通して作意を伝えるという方法です。例をお見せしましょう。

譜例 14【繰り返し・コントラスト】「風紋」テーマより、 H.Hoshina

Andante % = ca 76~80

bœ ˙.
œ œ œ œ œ bœ œ œ œ ˙
1 2 3 4 5

˙ œ œ œ ˙
【1回目】

& c bœ œ œ bœ œ
P p

œ ˙. bœ œ ˙
˙ œ œ œ œ œ œ œ ˙ œ bœ œ
& c bœ œ œ bœ œ
【2回目】

P F

† 音色に関する情報は音符では記せません! 音楽の内容に見合った音色を工夫することは演奏家の特権であり責任なのです。

‡ あらゆる音楽形式に共通する要素は「繰り返し」です。繰り返しという概念を含まない音楽はありません(一部の実験的な前衛音楽は除きます)

ソナタやロンドなどさまざまな形式の違いとは、繰り返し方の違いであると受け止めれば分かりやすいでしょう。

- 16 -
 譜例 14 は
「風紋」
のテーマですが、
最初に提示された上段と2度目に再現された下段では3小節目の最後の音が違います!
 僅か1音の高さがたったの2度、音程が違うだけなのですが、私にとってこの違いは、テーマの心臓のように重要な意味
を持っています。なぜならば、この違いがもたらす表情は、後続する旋律の流れを変えさせるほどの大きなコントラストの
効果を生み出しているからです。それは、1回目では B 音にしか上がれなかった勢いなのでそのまま減衰して旋律を下降さ
せているのに比べて、2回目は C 音まで抛り上げられるほど勢いが大きいので旋律を更に上昇させられるからです。私と
しては旋律に潜在するこのような内的エネルギーの違いを、この1音を書き分けることで伝えたかったのです。
 遡ってこのことは3小節1〜2拍に指示した<の中味が違うことも暗示しています(<>などは量も質も表せないこ
とを思い出してください)! そして他の部分の指示記号類の微妙な使い分けも、1回目と2回目のエネルギーの勢い・様
相などの違いを理解してもらうための補助として指示したもので、これらはすべて上記1音の違いとそのコントラストがも
たらす効果を源とした因果関係にあるのです。
 他の作品にも言えることですが、繰り返されたフレーズやグループの僅かな変化とそのコントラストこそが作曲者の真意
を知るためのこの上なく大きなヒントなのです † !

4-2. 強弱記号
 強弱記号はバロック以後の作品では必ず見受けられる記号で、音楽表現の基本である音量を指示する記号です。ところが、
あまりにも普遍的にどの楽譜にも使われているので、楽譜という手紙の中で音量を指示できるのは強弱記号だけである、と
思い違いしている方もおられるのではないでしょうか? しかしそうではないのです!
 一般に強弱記号は p(piano の略)と f(forte の略)を組み合わせて表記しますが、大半の曲で使われているのは π(ピ
アニッシモ)から ƒ(フォルティシモ)までで ∏ や Ï はそれほど多くはありません(
「悲愴」には ∏∏ というと
んでもない指示がありますが、これは例外中の例外です)

 ところで多くの作品で使用されている限界と思われる ∏ から Ï ですが、この間には8段階の記号しかありません!
 さまざまなニュアンスの変動に満ちあふれた作品の音量を、僅か8種類の記号で書き分けるなど、作曲者としては不可能
としか言えません。特に不便に感じるのは p から f までの間に僅か4種類の記号しかないことです! 私にとって(お
そらく多くの作曲家も)p から f までの隔たりを書き分けるには少なくとも8種類ほどの記号は欲しいところですが、
そのような記号はありません。では実際にはどのように対応しているのでしょうか。例をご覧下さい。

譜例 15【強弱記号その1】「風紋」より、序奏 H.Hoshina

Andante % = ca 76~80
`~~~~ `~~~~ `~~~~ `~~~~
2 3 4

œœ ˙ œ b œ ˙˙
œ ˙˙ œn œ œ œ œ ˙ œ ˙˙ œ
7 7

& c Œ œœœœ œ b œ Œ Œ
œœœœ œ b œ Œ œœ b œ b œ
p P pp
-
7

- -
7

- Œ ˙
& c Œ ˙œ˙ .
˙ œ
Œ ˙˙œ. ˙
n œ˙ . ˙ œ
Œ b œ˙ . ˙ œ
b
p ˙ œ P pp
œ ˙˙ œ œ ˙˙ œ b b ˙˙˙
? c œ ˙ œ # ˙˙ œ nœ ˙˙ œ œ
œ˙ . œ Œ œ˙ . œ Œ n œ˙ b œ˙ b˙
p P pp

 上例は「風紋」の序奏です。私としては、3小節目>1小節目>2小節目>4小節目の順で小節ごとに音量を変えたかっ
たのですが、それを強弱記号で明記しようとすると4種類の記号が必要になってしまいます。しかし、この4小節は最も大
きいところでも P 以上は書きたくないし最も小さい小節でも π 以下は書きたくなかったのです。つまり、私にとってこ

† 前掲「悲愴」にも随所に変形された繰り返しがありました。もう一度そのコントラストの効果を実感してみてください。

- 17 -
の序奏は F と指示する音楽ではないし ∏ と指示する内容でもないのです。この辺の事情は作曲家によって差があると
思いますが、私にとって強弱記号とは単に音量を指示する記号にとどまらず曲想や音楽的ニュアンスの表情と連動している
のです。
 ∏ も F も書きたくないフレーズ内の微妙な音量の揺らぎは π から P までの中で書き分けなくてはならないので
すが、それでは記号が足りません! ですから2小節目には何も指示しないで音符で1小節目とのコントラストを描いたの
です。音符から2小節目は1小節目より小さいことを読み取って欲しかったのです。このような悩みは作曲家なら誰でも体
験するものですが、それを見事にクリアした素晴らしい曲がありますので、本日の演奏には関係ありませんが、ご参考まで
に紹介したいと思います。

譜例 16【強弱記号その2】「交響曲第四番」第4楽章より、 J.Brahms

# œ #œ œ œ œ ‰ œ œ œ œ œ
espress.
œ # œ œ œ œ ‰ œJ # œ œ œ n œ œ #œ œ œ œ ‰ œ œ œ œ œ œ #œ œ œ œ œ #œ œ œ nœ
& 32 J J ‰J
poco cresc.

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& #œ œ #œ œ nœ #œ œ œ œ

 この美しいフルートの旋律には多くの抑揚が含まれていますが、Brahms は賢明にも一切ダイナミクス記号を指示しま
せんでした! そうです! このような微妙な音量のゆらぎは記号よりも音符の方がより的確に伝えられることを信じてい
るからこそ、あえて記さなかったのでしょう。仮に抑揚の中味に合わせて記号を記すとすれば、おそらく6種類ほどの記号、
つまり π から ƒ までの種類が必要です! そのような指示がこのフレーズに指示されているとしたら……、想像するだ
けでも寒気がするのは私だけでしょうか?
 多くの名演奏が自由奔放にこの名旋律を表現している歴史的な事実からも、音符の表現力・コントラストの威力をまざま
ざと実感せざるを得ません!

 以上でお分かりのように、強弱記号とはそれらの相対的な音量を表すという本来の機能の他に、曲想のイメージとも連動
している面があると思われます。したがって、ミクロな部分の微細なコントラストを表すには機能的な限界があります。こ
の辺の事情は作品・作曲家によっても流動的で一概に決めつけられませんが、あえていえば私の場合は、グループ内あるい
はグループ相互の音量のコントラストは音符の長短・高低を使い分けて表現し、フレーズ単位あるいはフレーズ内での大局
的な音量の変動は記号によって指示するように心がけております。いずれにせよ、強弱記号とは無批判に額面通り鵜呑みに
するとリスクが大きい記号です!

4-3. その他の記号・標語類
 楽譜には強弱記号以外にもさまざまな記号類が指示されていますし、発想標語など文字で記されている用語類も数多くあ
ります。文字で指示されている用語類については、言葉として具体性があるのでそのまま受け取ってもさほど問題はないの
ですが、記号類については量や質は表せないものが多いので注意が必要です。ここではアクセント記号について考えてみま
しょう。
 アクセント記号(>)とは記号が付けられた音に文字通りアクセントをつけること、
具体的には発音の際に瞬間的にスピー
ドをつけて音の輪郭を明瞭にすることです。そのためにはエネルギーが必要ですが、記号自体にはその量や質を表す機能は
ありません。現実的にはすべてのアクセント記号のエネルギーが同じ量であるはずがないので、
演奏者は何らかのコントロー
ルをしているはずなのですが、その基準は必ずしも決まっている訳ではないようです。そこで多くの作品を分析した経験か

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ら私は次のような基準が妥当であると思うようになりました。ぜひさまざまな作品で検討してみてください。
骨のリズムの音価とアクセントのエネルギー量は比例する!

譜例 17【その他の記号・アクセント】「風紋」より H.Hoshina
Vivace % = 144
>œ .. œ œ >
œœ . œœ œœ # œœœ ˙˙˙
Strings (b)
(a)
? 2 ∑
2 œ. œ œ œ œœœ œ œ
b>œœ .. œœ œœ. >œœ œœ œœ œœ. œ. œ.
&
>œ . œ œ. b >œœ œœ >œ œ œ œ.
? 22 œ . œ œ ‰ j œ œj ‰ ‰ œj œj ‰ œ œœ
Timp.

Œ ∑
Horns

>œ œ œ
&
> >œ b >œœ œœ >œ œ b>œœ >œ œ œ. .

÷ 22 >œ . >œ ˙ >œ . >œ ˙ >œ . >œ œ >œ . >œ . >œ œ œ œ. œ. œ.


【骨のリズム】 【グループ①】 【グループ②】 【グループ③】

J J J J J

 譜例 17 をご覧下さい。
(a) は Vivace の最初の部分ですが、Timp. と Strings のリズムにそれぞれ2個のアクセント
記号がついています。これらの骨のリズムは下段に示した通りですが、それぞれ 1.5 拍と 2.5 拍で後の音の方が長い音価
です。したがってアクセントを表現するために必要なエネルギーの量も後の音の方が多いということになります。
 また(b)は(a) から派生したリズムですが、譜例の2小節がペアになって繰り返されています。そしてこの骨のリズ
ムも下段に示した通りですので、この音価に応じてアクセントの量をコントロールすることになります。ただし、このリズ
ムはカッコで示したようなグルーピングが考えられます。つまりグループ③と示した部分は次のグループのアウフタクトと
解釈すべきなので、直前のアクセント記号の量には関わりません。
 すなわち、上記の基準はグループ内(あるいは複合グループ内)で通用するものなのです。なお、グループ②の骨のリズ
ムの中には同じ長さの音が2個ありますが、拍節感が明瞭なこの曲では強拍を重心にするのが自然でしょう。したがって2
小節1拍目のアクセントを最も強調するようにコントロールすべきです。
 以上アクセント記号の読み方について作曲者からの願いを述べましたが、その他の諸々の記号類についても同様で、決し
て一義的に量や質が決まっているものではありません。それらの内容は周囲の音符の状況から判断するというのが正しい記
号類の読み方です。ぜひ表面的ではない柔軟な解釈をお願いします。

終わりに
 長々とお付き合いいただきまして大変お疲れさまでした! 前にも述べましたが、作曲家も演奏家も刻々と消えゆく音を
相手にして、いかにして我が想いを聴き手に伝えるか、という命題に日夜悩み試行錯誤をくり返しております。しかも、音
という抽象的な素材による表現では、感じ方は聴き手次第という宿命を甘んじて受けるしかないのが悲しいところです。
 それでも、それだからこそなおさら少しでも我が想いを伝えたいという一心から、楽譜の書き方・読み方の一端をご披露
させていただきました。
 最初にも述べましたように、本来これらはすべて厨房の中でのこだわりでして、お客さんにお見せするのは恥ずかしいこ
とかも知れません。しかし本日は「保科アカデミー室内管弦楽団」というこだわりの権化ともいえる演奏をお聴きいただき
ますので、あえてこだわりの一部をお見せいたしました。本日の演奏が独りよがりのピエロにならないことを願っておりま
す。
 本日はまことにありがとうございました!!
2009 年8月 東条にて 保科 洋

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保科洋&兼田敏のアンサンブル作品・待望の復刻版!

ARABESQUE アラベスク / 作曲・保科 洋


【サクソフォン4重奏曲 Soprano, Alto, Tenor, Baritone Saxophone】
演奏時間 : 約4分 ¥3800 ( 税込)
サクソフォンの響きの柔らかさを生かしつつ、フガートな部分では各パートの線がくっきり浮き出るなど抜群の演奏効果を
持つ。中間部の美しく表情豊かなメロディも心を打つ。発表当時、多くのサクソフォンアンサンブルで演奏された話題の曲。

SONATINA ソナティネ / 作曲・保科 洋


【木管5重奏曲 Flute, Oboe, Clarinet, Horn & Bassoon】
演奏時間 : 約4分 ¥3800 ( 税込)
生き生きとしたリズムを伴った美しい旋律が、変則的な拍子の中で流れるように歌われる叙情的な作品。日本が生んだ木管
五重奏曲の傑作。中高生もじっくりと取り組んで味わいたい名曲。

EPISODE エピソード / 作曲・兼田 敏


【金管6重奏曲 2 Bb Cornets (or 2 Trumpets), Horn, Trombone, Euphonium & Tuba】
演奏時間 : 約3分弱 ¥3800 ( 税込)
明るく溌剌としたファンファーレに始まり、各楽器が対位法的に重なり合い変拍子も交えながら小気味よいテンポで音楽が
進む。ユーフォニアムを含んだ貴重な小編成アンサンブル曲。上級者も十分に楽しめる音楽的内容。

MOZART SONATA (1) / 編曲・兼田 敏


モーツァルト / ソナタ変ロ長調 K.V.570 第1楽章
【クラリネット4重奏曲 3 Bb Clarinets & Bb Bass Clarinet】
演奏時間 : 約5分弱 ¥3000 ( 税込)
ピアノソナタ第 17 番として知られるモーツァルトの後期の名曲。第1楽章アレグロの明朗闊達なメロディはクラリネットに
最適でアンサンブルの楽しさが味わえる。

MOZART SONATA (2) / 編曲・兼田 敏


モーツァルト / ソナタ変ロ長調 K.V.570 第 2 楽章
【クラリネット4重奏曲 3 Bb Clarinets & Bb Bass Clarinet】
演奏時間 : 約5分弱 ¥2800 ( 税込)
上記モーツァルトの後期の名曲の第2楽章。アダージョのゆったりとした旋律が様々に展開されていく中で、各楽器が存分に
活躍し4パートとも楽しめる。

ご注文方法;パイパーズへ直接ご注文下さい。
e-mail : order@pipers.co.jp 電話:03-5205-3666 FAX:03-5205-3667 送料一律 200 円

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