原井宏明

厚生科学研究費補助金 医薬安全総合研究事業
中毒者のアフターケアに関する研究 1
1年度研究報告書

諸外国との比較
北部九州とハワイの物質使用障害患者の比較

分担研究者原井宏明"
研究協力者村上優"、紅岳文"、比江島誠人"、遠藤光一引
W.F
. Haning3)、 M.P
. AndyAnderson川、内村英幸"
1)国立療養所菊池病院 臨床研究部 2)国立肥前療養所
fPsychiatry，School o
3) Department o fMedicine，University o
f
Hawaii，HonoluluUSA
4) Hina Mauka，Treatment Centerf
orsubstance use d
iso
rde
rs，
KaneoheHawaiiUSA

研究主旨
日本における薬物依存・中毒に関する治療・リハビ
リテーションに関する研究は諸外国と比べてまだ不十
分であると考えられる。中でもアメリカ合衆国の治療
に関する医療情報は豊かであるが、それらの情報が日
本の患者でも有用かどうかはまだ確かめられていない。
この研究では両国の患者を直接比較し、米国の医療情
報が適応可能かどうか検討した。
I 目 的
物質使用障害は世界中どこにでもある疾患である。
先進工業国では社会全体の問題になっている。日本は
戦後の混乱期を除いて比較的低い水準の有病率を誇っ
てきたが、他の国に近づいてきている。
物質使用障害についての研究や治療方法の開発につ
いては自助グループや法制度を初めとして米国に学ぶ
ことが多い。また治療関係施設、研究者、ポラソティ
7、医療関係者などの資源についても質・量ともに大
きな差が有ると考えられる。自助グノレ プや治療方法
については米国で出版された資料をそのまま翻訳して
用いていることが多い。
一方、日本の物質使用障害に関する研究者の中には、
日米間の患者数の違い、主要乱用薬物の違い、人種平
文化の差から米国での研究結果ゃ治療方法は日本には
適応しがたいとする意見が強い。米国での経験をその
まま持ち込めるかどうかについての検討が必要である。
日米の比較の最初のステップとして、治療施設に受
診した物質使用縛害患者の比較を行うことに Lた。患
者の閑に共通性があれば、米国での経験を日本に持ち
込むことについての根拠が得られることになる。
平成 1
0年度に H-SUDS (肥前薬物依存面接基準)
を作成した。国立肥前療養所を受診した物質使用障害
の患者に対して本面接を試行し、有用性を確認した。
1年度は同じ面接基準を英訳した。英語版を用
平成 1
いてハワイ州オアフ烏カネオへにある HinaMaukaと
呼ぶ物質使用性障害患者に対する治療施設に入所した
患者を対象にデ タを収集した。
1
1.方 法
H-SUDSに つ い て は 、 厚 生 科 学 研 究 補 助 金 薬 物
依存・中毒者の 7 7タ ケ ア に 関 す る 研 究 平 成 1
0年
度研究報告書に示されている。これは半構造化面接と
自記式評価尺度により構成されている。精神科診断の
他に薬物使用歴や治療・司法・福祉的処遇歴、社会適
応、家族歴、合併精神障筈、小児期の養育体験・離別
体験などについて評価が行えるようになっている。面
接は熟練した面接者が行えば 1時間程度で終了する。
自記式評価尺度は薬物使用歴と DAST2
0(S
kin
ner
)
などから構成されている。
原井宏明が H-SUDSの英訳を行った。英語版の語

71
分担研究報告

句の修正については、 HinaMaukaのスタップの協力 設を、オアフ島ワイパフ市とマウイ島に外来クリニッ

を得た。 クを有している。 M.P.AndyAndersonが全体の
組織運営責任者であり、 W.F.Haningが医学部門
1lI.対象 の責任者になっている。物質使用障害に対する入所
研究の趣旨、研究方法については国立肥前療養所と によるリハビリテーション及びデイケ了、集中的外
H
inaMauka
双方の倫理委員会の承認を得ている。対 来治療、アフターケア、高校生に対するアウトリ
象者は全て研究の趣旨について説明を受け、書面によ チ(学校までスタッフが出かけて心理教育を行う)
る同意書を得ている。ハワイサンプノレのデ タに関す などが、主な業務である。ハワイ州政府保健衛生局
る守秘義務については米国連邦規則42条パート 2に準 から認定され、入所患者の 2、 3割程度はハワイ州
じている。 政府の資金で費用がまかなわれている。
〔九州サ γ プ
ノレ〕 面接対象患者は入所治療を受けた患者から選ばれ
1O~1l年に国立肥前療養所を受診した物質使用性 た。入所治療は 1~3 ヶ月間行われる。報から夜ま

障害の患者に対してデ タを収集した。患者の概要 で週末の休みなしで心理教育セッションや学習会、

については比江島らが報告している。面接は研究協 ミ ティ Y グ、作業のプログラムが組まれている。
力者である九州大学文学部臨床心理修士課程の学生 州政府から認定を受けた薬物使用障害専門カウツセ
4名及び村上優、紅岳文が行った。学生に対しては ラーが個人カウ γ セリングを平行して行う。 8人の
熟練した精神科医であり H-SUDSの作成者である カウ γ セラーがおり、それぞれが 6、 7人の入所，患
原井宏明が 5回の面接基準ワ クショップを行い、 者を担当している。カウンセラーの他に十数名の
診断面接が行えるように訓練した。村上、紅は熟練 TreatmentA
sso
cia
tesと呼ばれる治療補助者がお
した精神科医である。 り、施設の運営や患者の相談などを受け持っている。
5
1人(男性37、女性 1
4)、平均年齢26歳が対象と スタッ 7の半分は自身に物質依存の問題があった回
なった。 復者である。また HinaMauka
専属の精神科医によ
〔ノ、ヮイサ γ フ
りレ〕 る面接が必要に応じて行われ、物質使用障害以外の
ハワイ州オアフ島カネオへにある HinaMaukaと 精神分裂病や気分障害などの精神障害を合併する患
いう物質使用性障害患者に対する入院型治療施設に 者に対する薬物療法も必要に応じて行われている。
入所した患者で研究の趣旨に賛同し、書式による同 物質使用障害以外の精神障害を合併する患者は重複
意文書を記入した者を対象に直接面接によりデータ 診断 C
Dua
ldi
agn
osi
s)患者と呼ばれ、専用のプロ
を収集した。面接期間は 1月28日から 24日である。 グラムが設けられている。
診断面接は全て原井宏明が行った。通訳などは用い 入所治療は日常生活が自立し、急性精神病状態や
ず、直接英語で面接を行った。面接に関する英語力 自傷他害の恐れのない患者を対象としている。施設
については HinaMauka
での倫理委員会で認定を受 は全開放であり、入所時に交わされた契約に違反し
けた。 た患者(施設内での薬物使用など)は退所になる。
3
8人(男性25、女性 1
3)、平均年齢37歳が対象と 患者の大半は精神科などの医療施設や裁判所から
なった。このうち、 6人はアルコーノレ症及びニコチ の紹介患者である。医療施設の場合は急性精神病状
ン依存の診断が主診断であり、アルコール以外の物 態ゃ離脱せん妄が終わった後、 HinaMaukaに紹介
質については乱用の既往のみであったため、その後 される。
の検討については除外した。 国立肥前療養所の薬物依存治療プログラムとは、
C
Hin
aMaukaにつ L、て〕 急逝精神病状態や離脱症状に対する治療を行わない
H
inaMaukaとは、ハワイ州オ 77島カネオへ市 点で異なるが、物質使用障害に対する治療・開放処
に本拠をもっ非営利物質使用障害治療団体である。 遇と患者の構成については類似しているところが多
年の歴史を持つ。現在は州立精神病院に隣接した
30 い。ハワイ州には他にも物質使用障害を対象とした
敷地に本部と 50
人の患者を収容可能な入所型治療施 治療施設・精神病院があるが、 HinaMauka
が園立

72
 原井宏明

肥前療養所に一番近似していると考えられた。 2
) 使用薬物の差
九州サ γ プノレでは 7割以上はアルコールとタパ
N
.結 果 コ、覚せい剤、シンナー以外は経験していなかっ
結果は現在集計中であり、最終的な結果報告につい た。コカイ γ やヘロインの使用経験者はなく、マ
ては後日報告する予定である。この報告では主診断の リファナ経験者は数人以下であった。
比較とハワイ群の面接中に受けた印象についてまとめ ハワイサンプノレでは 9割以上が 7ノレコールとタ
一
.-
，~。 パコ、マリファナを経験していた。これはアノレコ
〔主診断〕 ノレ依存症患者にも共通していた。ただし、これは
DSMIVによる物質使用障害の診断を表に示す。 出身地が米国以外の患者 2、 3名には当てはまら
九州では吸入剤(シソナ )がもっとも多い。覚せ なかった。例えば南米で生まれ成人してから渡米
い剤が 2番目である。次に鎮静剤または催眠剤、抗 してきたアルコーノレ依存主主患者の場合は、アルコー
不安薬、その他の薬物、多剤依存が続く。具体的に ノレとタパコ以外には使用経験が全くなかった。米
は、処方されたベンゾジアゼピン系抗不安薬、薬局 国の薬物使用文化の中では常に多種類の薬物が流
で処方第無 Lで購入可能な OTC
薬物である咳止め 通していると恩われる。マリファナについてはハ
剤(商品名プロン、 トニン)や鎮痛剤(商品名セデ ワイで自生しており、特にハワイ島などでは大量
スなど)、睡眠薬(商品名ウットなど)である。 に栽培されているところがある。ハワイサンプノレ
ハワイでは覚せい剤が過半数を占める。コカイ γ ではマリファナの入手方法について自分で栽培し
が 2番目である。覚せい剤とコカイ γ を合わせた中 たという答えが多かった。
枢神経刺激剤jが 全 体 の 93%を 占 め 、 抗 不 安 薬 や シシナーなどの吸入剤については、数人の患者
OTCは数が少ない。また麻薬依存も少数である。 で接着剤やライターガス、塗料を吸引した経験が
ハワイでは日本以上に覚せい剤が使用されているこ あった。病院看護婦との付き合いの中で笑気ガス
とが分かる。処方されたベソゾジアゼピン系抗不安 を乱用していた例もあった。しかし、純粋なトル
薬の使用は麻薬と同じ程度見られる。日本と違い、 エンを吸入したことがあるものはなかった。純粋
咳止め薬の使用はなかった。 はトノレエ γ はハワイでは流通していないと思われ
〔患者の特性違い〕 た。接着剤や塗料の吸入は 1
0数年前に流行した今
面接した印象として患者の違いについて述べる。 は時代遅れの子供だましと薬物使用者からは思わ
) 九州の年齢が若い
1 れていた。
平均では九州サ γ プノレの方が 1
0歳以上若い。施 覚せい剤やコカインの使用者はマリファナやオ
設内の雰囲気も HinaMaukaの方が大人びていた。 ピオイドを経験したことがあった。覚せい剤とコ
ハワイサ Yプノレでは 50歳代の患者が 4名いた。い カイソの使用者は中枢神経興奮に伴う不眠や食欲
ずれも数年間の断薬期間をもっていた。 60~70年 低下を補うためにマリファナやアノレコールを調整
代のカゥ γ タ カルチャーの時代に多彩な薬物を しながら同時に使用することが通常であった。党
経験していた。 J
せいi¥lとコカインが同時に使用されることはなかっ

表 日本とハワイの患者の主診断別パーセンテージ

恥r
DS r
v Ampheta I
nhala
nt C田 ai
ne Sed
atie，
v Other Poly Amphe
ta I
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nt Sed
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ce Anx
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epぽ l
denc
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use Anxi
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ic
nc
e Depend
ence a
buse
九州 33% 40% 。% 8% 6% 6% 2% 2% 2% 。%
ノ
、ヮィ 53% 0% 40% 3% 0% 0% 。% 。% 。% 3%

73
分担研究報告

た。中枢神経刺激剤j
依存患者は覚せい剤とコカイ 4
) ハワイ系女性患者での若年出産・子沢山
ンに対して交叉依存を起こすことなく、どちから ハワイ系混血の女性患者では 1
0代後半から出産
依存
に対して高い選択性をもっていた。覚せい剤j している例がよく見られた。 20
代後半で数人の子
症患者にコカインを好まない理由を問うたところ、 供を持つ例があった。妊娠中絶は例外的であった。
鼻に良くないからなどの理由が挙げられた。また この聞に離婚を経験することが殆どで、婚外子を
コカイン依存症患者に覚せい剤について同様の理 出産することが多かった。こうした例ではC
hil
d
由を問うたところ、依存性が高く暴力的になるか P
rot
ect
ionS
erv
iceが必ず関わっていた。
ら等という理由が上げられた。いずれの理由も表 一方、日系や白人では子供を持つことは少なかっ
面的であり、患者自身が理由についてよく分から 守
.
。
ないというところが正直なところと思われた。ど ) ハワイでの薬物売買の多さ
5
ちらかに依存するのは生得的に決定されていると ハワイサ γ プノレでは違法性薬物の販売により生
考えられた。 計を満たす以上の利?聞を得ていた患者が数人いた。
50
歳代の患者の中には 20
歳代にアノレコ ノレ依存 こうした販売は 1
0代から始まっていた。患者は、
症やへロイシ依存になり、その後 1
0年間断酒や断 1
0代の方が他の売人に警戒されず、売りやすいと
、 40
薬 歳代から覚せい剤やコカイン￠依存になり、 述べていた。
今回の町田 Mauka
での治療につながった例があっ 6
) 九州で自殺が多い
た。アノレコ の聞
ノレやへロイソと中枢神経輿奮剤j ハワイサ γ プノレでは自殺企図の頻度が少なかっ
には交叉依存が見られるようであった。 た。売人をしていた患者に尋ねたときでも、客に
) 家族の関わり
3 自殺がある例はまれだと答えていた。九州サ γ プ
九州サンプノレの若年者では殆どの場合、両親の ノレの方が自殺の頻度が高いのではないかと考えら
関わりがあった。両親に生活を依存することや本 れた。
人受診の前に家族だけが相談するなどの行動があっ ハワイの場合でも、アルコール依存症の場合は

。
千 台
ハワイサシプノレでは日系人の一部で同様な家族
の関わりが見られたが、殆どの場合、薬物使用を
日代後半で親元から離れて暮らしており、
始めた 1
親の金で薬物を使用することや親だけが医療機関
に相談のために受診するということはまれであっ
。 H
た inaMauka
のような治療施設を経た後、カ
ウ γ セラ などの治療上の指示で薬物使用仲間や
場所から離れるために両親の家に身を寄せること
はあった。
日系人の場合はハワイで生まれ育ち、島を離れ
ることなく、両親も離婚していない例が多かった。
ハワイ系やフィリピン系の場合はハワイで生まれ
育ち、島を離れることが無い例が多かったが、両
親は殆ど離婚していた。白人や黒人系の場合は、
アメリカ本土で生育 L、成人してからハワイに移っ
てきている例が殆どであった。その結果、家族や
親戚は全て遠方におり、配偶者ゃ恋人を除いた家
族の関わりもなかった。
かなり自殺企図が見られた。自殺には拳銃が用い
られることが多かった。方法の点を除いて、アノレ
コ ノレ依存症に伴う自殺企図の頻度では九州サン
プノレとの差はないように思われた。
7
) 警察との関わり
薬物使用者の殆どが 1
0代から使用を開始してい
たが、日本でいう補導を受けることはまれであっ
た。高校で同級生相手に常習的に売買していた例
でも補導を受けずに済んでいる例があった。ある
日系女性例では、高校 1年生の時に高校敷地内で
マリファナを大量に所持しているところを学校の
ガードマンに発見され、警察に連れて行かれたが、
その後、司法的処霞は受けなかった。
またある男性患者例では高校 2年生の時に、コ
カイ Y を販売していて逮捕され、裁判になったが、
売買で得たお金で弁護士を雇ったところ、出廷す
る必要もないまま無罪になったと述べた。この聞
は親が関わったことはないようだった。
高校生から売人をするというのは日本からする
とかなり極端な逸脱行動のように思われるが、高

74

校生の段階から自分で金を稼ぎ、裁判費用も自分
で出すということがアメリカでは習慣になってい
ると恩われ、高校生の薬物売買もそれほど逸脱行
動とは思われていない可能性がある。
〔治療や治療環境の違い〕
) 医療経済上の違い
1 間についての心配がない。しかし、この場合は医
肥前療養所と HinaMauka
が類似してレる点の
もう一つに治療費がある。肥前療養所の場合は健
康保険で賄われるが、 ヶ月あたりの医療費は 3
0 こうした医療経済上の事情が患者の受診行動に
万円程度になる。 HinaMaukaの場合は、患者の
保険によって請求額が異なるが、全て自費の場合
で一日 $
165、民間健康保険会社 (HMO) で$135
~145 、福祉医療(メディケア)で $125 となる。
これらは食費なども全て含んだ額である。 HMO
の場合はこのうち 20%が自己負担になる。保険に
加入している患者の自己負担額は一ヶ月 $81O~870
になる。日本の医療保険の場合よりもやや高いが
同等に近いといえるだろう。一方、病院に入院す
る場合には一日の入院の医療費請求額が総∞~lOOO
になる。一ヶ月の入院になると $
30，
000を越える。
現在は、メディケアでも健康保険会社でも余程の
例外的理由が無い限り、 1週間以上の入院に対し
ては支払いを拒否する。物質誘発性障害(離脱せ
ん妄、精神病性障害)などのために入院する場合、
3日程度が標準的な入院期間である。
また、 HinaMaukaに入所する場合でも民間健
康保険会社の場合、無条件に 1ヶ月の入所を認め
ることはない。 3日おきに保険会社から入院継続
の必要性について問い合わせの電話がかかってく
る。また 1ヶ月を越える入所については支払いを
拒否されることが多い。 1ヶ月を越える入所が必
要であったり、本人が希望する場合は、ハワイ州
政府健康保健局薬物 7ノレコーノレ部門が支払いをし
てくれる病床 (
Hin
aMaukaの50床のうち 1
0床ほ
どは患者の費用はハワイ州から支払われる)の空
きを待つことが必要になる。
民間保険会社との契約を持つ患者の場合は、マ
ネージドケアという仕組みによって診断によって
受診できる医療機関、治療内容について制限があ
る。薬物使用性障害だけでなく、精神分裂病や気
分障害の合併診断をもっていれば、保険会社から
の支払いの継続が受けやすくなる。カウソセラ
原井宏明
の主な仕事の一つは保険会社との交渉と医療費の
調整である。
刑事犯として訴追され、薬物法廷から治療を受
けるように指示され、治療費が司法当局によって
支払われている患者には、こうした費用や入院期
療機関の選択平治療内容について患者の自由はな
L。
、
大きな影響を与えている。例えば、九州サンプノレ
とハワイサシプノレでは面接時までの治療歴につい
て大きな差がある。九州の場合は、患者平家族が
あちこちの医療機関を訪れているが、ハワイの場
合はHinaMaukaが始めての受診である場合が過
半数を占めていた。 1
0代から物質使用に伴うさま
ざまな問題が生じているにも関わらず、受診や専
門家への相談がないことが多い。親が子供に関わ
ることが日本よりも弱いことなども関わっている
が、医療機関受診にかかる金銭上の問題が受診を
抑制していると思われた。
また、こうし たマネージドケアなどの医療保険
の仕組みゃ制限は過去 1
0数年の間に大きく変った。
50
歳代の患者で 1
5年前、 7年問、今回と 3回の治
療エピソ ドがある患者を面接したが、保険会社
が認める医療内容が治療の度に変っている。過去
には数ヶ月精神科病床に入院できたのが、 7年前
には 1ヶ月、今回は 3日、そして前に入院した病
院は精神病棟を廃止している、というように変化
している。患者は同じ病気で入院しているのにも
関わらず、治療期間平内容が制限されていくこと
に不満を抱いていた。
2
) CPS (
Chi
ldP
rot
ect
ionS
erv
ice
) による治療
導入
子供を持つ女性患者の場合は薬物使用が明らか
になった時点でCPSが強制的に子供を母親から取
り上げることが行われていた。子供を取り返すた
めには断薬することが条件になっており、そのた
めに治療を受ける患者がいた。患者は一般に CPS
の対応は厳しいと述べていた。
) 薬物法廷 (DrugC
3 ou
口)の導入
過去 2、 3年間で有罪となった薬物事犯に対し
て収監するだけでなく、治療を受けさせることが
75
分担研究報告
法廷の命令で行われるようになった。この制度を
薬物法廷といい、執行猶予中や仮釈放中または実
刑そのものの代用として治療命令が出される。 2、
3年以上の 定期間、毎週裁判所に出頭し、尿を
提出し(薬物反応が陰性でないといけない)、指
定された命令を守る(例えば特定の薬物汚染地域
に出入りしてはならない)を守ることが義務付け
られる。これに違反すれば、収散される。一方、
命令を遵守すれば前科の記録が取り消される。こ
の制度による入所患者が数名いた。いずれも華々
しい前歴や反社会性人格傾向の持ち主であったが、
治療契約に対する動機付けが強かったのが印象に
残った。法廷の命令による患者と比べると、自発
的入院の患者の方が、薬物使用に伴う社会的問題
の程度は低いのだが、治療に対する動機付けが一
般に弱かった。
4
) 司法処置に関する患者の感想
逮捕歴や訴追歴、薬物法廷などを経験したこと
がある患者にこうした司法制度への感想を尋ねた。
警察制度については、ハワイ州やホノノレノレ市警
察州の刑務所システムに対してはあまり良い評価
がなかった。ホームレスであったり街娼をしてい
た患者からは警察に不当に扱われたという感想を
閣くととがあった。刑務所にいた患者からは刑務
所内で薬物が売買されていたことを聞いた。また
州や市の警察はあまり取り締まりが厳しくないと
いう感想があった。一方、連邦警察 (
FBI
)やDrug
EnforcementAgencyなどの連邦レベノレの取り
締まりについては厳しいという感想が多かった。
薬物法廷や執行猶予中・仮釈放中の保護観察官
に対 Lては好意的な感想が多かった。
L
患者の特性共通性〕
1)薬物使用の結果起こること
覚せい剤について述べると、使用の結果起こる
ことについては共通点が多かった。また一回当た
りの価格もほぼ同等であった。
依存の進行、使用時の誘発性精神病性障害、離
脱、連続使用とクラッシ~ (使用を止めて 2、 3
日間寝て食ベる)の繰り返し、セックス中の使用
など共通 Lていた。覚せい剤使用中の特徴的な行
動の一つに常同的に一定した細かな作業に熱中 F
るととがあるが、日本語では適切な表現がなかっ
76
た。ハワイの患者はこれを“Twe
叫<ing" (微調
整する)と呼んでいた。
覚せい剤使用者では使用中に暴力が多いことが
他の薬物と比べて問題になっていた。いったん断
薬した後の再発の事情も日本の患者と似通ってい
，-
。
このような事情からすれば、ハワイで覚せい剤
使用者も対象にして作られた治療マニュアノレは日
本の患者にも同様に役立つと考えられる。
) 患者の雰囲気
2
主観的な感覚であるが、 HinaMaukaで患者が
休み時間に集まっているときに原井に示した好奇
心や発言は、 DARCを訪問したときに受けた経験
とよく似ていた。何人かの患者は日本での薬物入
手可能性や価格に興味を示していた。
3
) 日系の患者など
日系ゃ中園系の患者の一部では両親や親族との
かかわりがあり、その中のやりとりは日本で見ら
れるものとよく似ていた。
[
Hin
aMaukaを含めたノ、ワイにおける治療〕
ハワイにおける薬物依存治療について印象深かっ
たことがらをまとめる。
) さまざまな専門職種の存在
1
必要があればそれに応じて専門の職種平資格が
作られている。州政府から認定を受けた薬物使用
障害専門カウ γ セラ がその一つである。他にも
さまざまなカウンセラーの資格がある。個人療法
は許されず、集団療法のみ行えるカウンセラーの
資格もある。
精神科医は制限なくどのような治療でも自分の
独自の判断で行える立場にあるが、精神科医が提
供するサ ピスに対する支払いが高いことから医
療保険は精神科医受診を制限している。結果的に
精神科医でしかできないことがら、すなわち診断
と薬物療法に精神科医の役割が限定されている。
2
) 監査
HinaMaukaのような国立肥前療養所から見れ
ばはるかに小さな組織でも、品質管理担当者(カ
ルテや治療が規定とおり行われているかどうかチェア
クする責任者)が規定されている。また定期的に
州政府から係員が派遣されて監査がある。 Hina
Maukaは大学教授や銀行員などの外部委員によっ
 原井宏明

て構成された理事会に運営の責任があり、また寄 が、それを見る限り都市問の差は甚大である。このこ
付金を広く募っている。フォローアップを行い、 とから類推すると肥前療養所と東京の聞にも相当な差
治療成績の報告をすることが理事会によって義務 があるものと考えられる。したがって、今回の調査が
付けられている。 それぞれの国の違いを表しているとはいえない。
日i
naMaukaの品質管理担当者によれば手を抜 一方、薬物依存の治療について考えてみると、 1
2ス
〈とすぐカルテの記入や所在管理がいい加減にな テップのようなアルコ ノレ依存症から始まった治療法
るとのことであった。カウンセラーの中では煙た が他の薬物依存にも良い成績を残していること、
い存在であるようであった。 HinaMaukaではアノレコ ルも違法性薬物も同等に治
3
) HinaMauka
の運営 療に関しては同等に扱っていること、ハワイのような
英語で運営していることのメリットは、優れた さまざまな民族からなる地域においても出自の差から
さまざまな教育資料が大量に手に入ることである。 治療を変えてはいないことから、使用薬物の差や国や
資 料 の 中 に は CSAT (Centerf
or Substance 文化の差について考えるということはそれほど重要な
AbuseTreatment) のような連邦組織が無料で ことではないと考えられる。一方、合併診断の違いに
配布しているものもある。日本語で行う限り、こ は気を配っていることを考えると、治療の成功を生む
れらの資料は翻訳しなくてはならないし、それに ものは、個人個人の問題に合わせて治療を組み立てる
は大量の時間がかかる。 ことだと考えられる。 HinaMaukaの治療全体の監督
この 2
0年間の聞に物質使用性障害に対する治療 者は患者同土や患者と外部の人間ののやりとりを考慮
を提供する組織、医療費支払い制度がハワイでは に入れながら、時期を逸さず、速やかに患者の処遇や
変化しつづけている。変化の中には経済的な理由 治療方針について判断を下していた。
によるとしか思えないものもあるが、治療成績の 現在の時点では、米国の豊富な資料を選択して邦訳
悪さや医療費の高さ、評判の悪さから消えていっ し、日本で使えるようにすること、治療者を訓練する
た治療施設が多いように思われた。オアフ島の中 ことが今後必要になると考えられた。
でHinaMaukaと競合しているの治療施設に救世
軍による施設があるが、離脱症状に対しても 切 W 参考文献
薬物を使わないことや救世軍の活動のーっとして 肥前物質使用障害面接基準厚生科学研究補助金 医
行われている不要品販売活動について問題がある 薬安全総合研究事業 薬物依存・中毒者にアフターケ
ことなどが面接した患者から述べられていた。自 ア に 関 す る 研 究 平 成1
0年度研究報告書 pp9-46、
分自身から HinaMaukaを選んで受診した患者の 1
999
場合、 HinaMaukaを選んだ理由について治療成
績が良かったからと述べるものが多かった。治療
成績のよしあしで治療を提供する団体が出現した 研究協力者
り広がったり、消滅したりしている様子が伺えた。 九州サ γ フaノレに対する面接協力者
HinaMauka
の場合、治療がうまく行っている 九州大学教育学部臨床心理学科修士課程
のは、治療マニュアノレの整備だけでなく、治療全 関崎千絵
体を監督している特定の人物の資質によるところ 新林智子
も大きいという印象を受けた。 石井実夏
大島祥子
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.まとめ 英語版H-SUDS
作成への協力者
今回の報告は肥前療養所の患者と HinaMaukaの患 日i
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者を比べただけであり、それぞれが日本全体、アメリ a
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カ全体を代表しているという保証はなし、。アメリカで RubyKaneshiroMS
は各都市での薬物乱用実態についての比較調査がある

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Attachments
1) Sampleof InterviewForm
2) SampleofSelfr eportform
3) Sampleof InformedConsentForm
4) PhotocopyofDr.Harai'squal
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