故意・錯誤

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故意・錯誤

2023 年 4 月 25 日
■1.故意 担当:安藤・安田
(1)故意とは
刑事責任を認めるために必要な要素であり、過失と対比されるもの¹
☆故意処罰の原則:38 条 1 項 「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。」
「罪を犯す意思」=故意/犯罪事実の認識ないし予見
→刑法が処罰するのは原則として故意犯、過失犯は「法律に特別の規定がある場合」
(同項但書)に例外的に処罰されるにすぎない。²

(2)故意の具体的意義
行為者が結果が及ぶものとして認識した対象と現実に結果が生じたものとの間に食い違
いが生じた場合、あるいは行為者は違法ではないと思って行為をしたところ現実には当
該行為が違法であった場合に、故意を肯定し得るか、という形で問われる³

■2.錯誤
(1)錯誤とは
行為者の当該行為の結果に関する予測(主観)と現実に生じた結果(客観)との間の食い違い₄
→この齟齬にもかかわらず、故意があるといえるか?あるとしても何罪の故意か?

(2)錯誤の種類⁵
1.具体的事実の錯誤:齟齬が同一構成要件内の場合 ex)A だと思って殺したら B だった
2.抽象的事実の錯誤:齟齬が異なる構成要件にまたがる場合
ex)人だと思って殺したら犬だった

(3)錯誤の態様⁵
1.客体の錯誤 ex)A だと思って殺したら B だった
2.方法の錯誤 ex)A を狙って攻撃したら隣の B に当たった
3.因果関係の錯誤 ex)溺死させようと思い突き落としたら落下中に橋桁に頭を強打し死亡

____________________________________________________

₁.₃今井猛嘉・小林憲太郎・島田聡一郎・橋爪隆『刑法総論 第 2 版』115 頁(有斐閣、2012 年)

²今井ほか・前掲注 1)116 頁 ⁴今井ほか・前掲注 1)125 頁

⁵亀井源太郎先生講義「刑法総論」2022 年「構成要件該当性Ⅰ-基本形」配付資料 28~29 頁

1
■3.具体的事実の錯誤と故意⁶
→具体的事実の錯誤は、故意の成否に影響するか?
[学説の対立]
(a)法定的符合説 ←判例・多数説
認識された事実(α)と実現された事実(β)とが、一定の構成要件の枠内において符合する
限りにおいて、故意を肯定する見解⁷
⇒客体の錯誤、方法の錯誤ともに故意あり
理由:
「人を殺すつもりで人を殺した」といえるから⁸
ex1)A だと思って殺したら B だった(客体の錯誤)
→殺人罪の故意あり
→(B に対する)殺人罪(既遂)
ex2)A を殺そうとして攻撃したら B に当たり B 死亡(方法の錯誤)
→A に対する殺人未遂、B に対する殺人既遂

(b)具体的符合説
認識された事実(α)と実現された事実(β)とが、具体的に一致していることを要求
⇒客体の錯誤は故意あり、※方法の錯誤について故意なし
※理由:「その人」A を殺そうとしたのであり、現実に結果が発生した「あの人」B を
狙うつもりはなかったことから、発生結果についての故意は阻却されるから⁹
ex1)A だと思って殺したら B だった(客体の錯誤)
→殺人罪の故意あり
→(B に対する)殺人罪(既遂)
ex2)A を殺そうとして攻撃したら B に当たり B 死亡(方法の錯誤)
→A に対する故意あり(ただし、A は死亡していない)、
B に対する故意は欠ける(ただし、B は死亡している)
→A に対する殺人未遂、B に対する過失致死

○(補足) 故意の「個数」―数故意犯説―¹⁰
法定的符合説: 構成要件的に同価値である限り、いずれの客体との関係でも故意を認めうる
とする見解→1 個の故意しかないケースで、2 つの故意犯の成立を肯定
[54 条 1 項] 観念的競合:1 個の行為が 2 個以上の罪名に触れた場合、最も重い刑で処断
_____________________________________________

⁶亀井源太郎先生講義 配付資料・前掲注 5)29 頁 ⁷今井猛嘉ほか・前掲注 1) 127 頁

⁸井田良『講義刑法学・総論』175 頁(有斐閣、2008 年) ⁹井田・前掲注 8) 176 頁

¹⁰井田・前掲注 8) 180 頁

2
■4.事案の検討
・鋲打ち銃事件¹¹ 最判 S53-7-28 刑集 32-5-1068
【事実】
・被告人は、警ら中の巡査 A からけん銃を強取しようと決意して同巡査を追尾し、周囲に
人影が見えなくなったとみて、同巡査を殺害するかも知れないことを認識し、かつ、あえて
これを認容し、建設用びょう打銃を改造しびょう 1 本を装てんした手製装薬銃 1 丁を構え
て同巡査の背後約 1 メートルに接近し、同巡査の右肩部附近をねらい、ハンマーで右手製
装薬銃の撃針後部をたたいて右びょうを発射させた
・同巡査に右側胸部貫通銃創を負わせたにとどまり、かつ、同巡査のけん銃を強取すること
ができず、更に、同巡査の身体を貫通した右びょうをたまたま同巡査の約 30 メートル右前
方の道路反対側の歩道上を通行中の B の背部に命中させ、同人に腹部貫通銃創を負わせた。

【判旨】 上告棄却(被告人を懲役 8 年に処した原判決を維持)


・「犯罪の故意があるとするには、罪となるべき事実の認識を必要とするものであるが、犯
人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致すること
を要するものではなく、両者が法定の範囲内において一致することをもって足りるものと
解すべきである……から、人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなか
った人に対してその結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意があるものと
いうべきである。」
・「本件についてみると、……人を殺害する意思のもとに手製装薬銃を発射して殺害行為に
出た結果、被告人の意図した巡査 A に右側胸部貫通銃創を負わせたが殺害するに至らなか
ったのであるから、同巡査に対する殺人未遂罪が成立し、同時に、被告人の予期しなかった
通行人 B に対し腹部貫通銃創の結果が発生し、かつ、右殺害行為と B の傷害の結果との間
に因果関係が認められるから、同人に対する殺人未遂罪もまた成立」する。

【参照法令】→刑法 38 条 1 項、刑法 240 条、刑法 243 条

◇刑法 38 条 1 項:(故意)

「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合はこの限りでない。」

◇刑法 240 条:
(強盗致死傷)

「強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。」

◇刑法 243 条:
(未遂罪)

「第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂

は、罰する。」

________________________________________
¹¹最判昭和 53 年 7 月 28 日刑集 32 巻 5 号 1068 頁


【解説】¹²
1・「方法の錯誤」の事案…A に侵害を加えようとしたところ B に侵害を加えた
・A 及び B に対する強盗殺人未遂罪の成否が問題→肯定

2・判例は「法定的符合説」の立場
→根拠:
「法定の範囲内において一致することをもって足りる」
「人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかった人に対して
その結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意がある」

{ 認識された事実(α)=「人を殺す」 }→AB ともに「人」


{ 実現された事実(β)=「人を傷害した」 } 法定の範囲内において符合=故意肯定

cf.殺意をもって行為をしたが殺害を遂げなかった場合は「強盗殺人未遂罪」(243.240 後)
or
殺意なく行為をし、傷害結果を生じさせた場合は「強盗致傷罪」
(240 前)
→殺人の故意が認められれば「強盗殺人未遂罪」
、認められなければ「強盗致傷罪」¹³

3. 「数故意犯説」の立場
・認識済 A に対する強盗殺人未遂罪+認識していなかった B に対する強盗殺人未遂罪
→1個のびょう打ち行為により、A・B に対する各強盗殺人未遂罪を実現
→罪数関係:観念的競合
◇54 条 1 項:
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)

「一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れると

きは、その最も重い刑により処断する。

【検討】
「具体的事実の錯誤」としての「方法の錯誤」があっても、発生事実について、故意が認め
られるかが問題となった事案(故意肯定)。¹³ 法定的符合説に立ち、2 個の強盗殺人未遂罪
の観念的競合として「数故意犯説」を採用し処断して懲役 8 年に処した。

________________________________________
¹²山口厚『基本判例に並ぶ刑法総論』103 頁(成文堂、2010 年)

¹³2021 年度 法務演習Ⅰ(憲法・民法・刑法)刑法パート 配付資料 9~12 頁


抽象的事実の錯誤

■1.抽象的事実の錯誤

・抽象的事実の錯誤とは、行為者が認識した事実(認識事実)と実際に実現した事実とが異な
る構成要件にまたがる錯誤のことをいう。1 ex)犬を殺そうとしたら飼い主を射殺

・判例・通説は認識事実と実現事実の間に「構成要件的重なり合い(構成要件的符号)」が
認められる場合には重なり合う限度で故意犯の成立を肯定している。2

・判例・通説は構成要件の形式的重なり合い(形式的符号)が認められる場合だけではな
く、構成要件の実質的な重なり合い(実質的符号)が認められる場合にも故意犯の成立を肯
定している。3ex)窃盗罪と占有離脱物横領罪

■2.事案の検討

・最決昭和 54 年 3 月 27 日刑集 33 巻 2 号 140 頁

【事実】

「被告人は、ほか二名と共謀のうえ、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩
類である粉末を覚せい剤と誤認して、本邦内に持ち込み、もつて右麻薬を輸入し、税関長
の許可を受けないで、前記麻薬を覚せい剤と誤認して、輸入した4」

1
亀井源太郎=小池信太郎=佐藤拓磨=薮中悠=和田俊憲『刑法 I 総論』38 頁(日本評論
社,2020)
2
亀井ほか・前掲注1)39 頁
3
亀井ほか・前掲注1)40 頁
4
刑集 33 巻 2 号 143 頁

【判旨】

「麻薬と覚せい剤とは、ともにその濫用による保健衛生上の危害を防止する必要上、麻
薬取締法及び覚せい剤取締法による取締の対象とされているものであるところ、これらの
取締 は、実定法上は前記二つの取締法によつて各別に行われているのであるが、両法は、
その取締の目的において同一であり、かつ、取締の方式が極めて近似していて、輸入、輸
出、製造、譲渡、譲受、所持等同じ態様の行為を犯罪としているうえ、それらが取締の対
象とする麻薬と覚せい剤とは、ともに、その濫用によつてこれに対する精神的ないし身体
的依存(いわゆる慢性中毒)の状態を形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすお
それのある薬物であって、外観上も類似したものが多いことなどにかんがみると、麻薬と
覚せい剤との間には、実質的には同一の法律による規制に服しているとみうるような類似
性があるというべきである。
本件において、被告人は、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である
粉末を覚せい剤と誤認し輸入したというのであるから、覚せい剤取締法…の覚せい剤輸入
罪を犯す意思で、麻薬取締法…の麻薬輸入罪にあたる事実を実現したことになるが、両罪
は、その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は同
一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤との類似性
にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合っているものとみる
のが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬輸入の罪
についての故意を阻却するものではないと解すべきである。してみると、被告人の…所為
については、麻薬取締法…の麻薬輸入罪が成立し、これに対する刑も当然に同罪のそれに
よるものというべきである。5」
→行為者が認識・予見した事実が該当する構成要件と客観的に実現された事実が該当する
構成要件が、規定された法定刑が同一で、完全に (実質的に)重なり合っている場合には、
客観的に実現された構成要件にかかる故意が成立し、同罪の故意犯が成立する。6

・最決昭和 61 年 6 月 9 日刑集 40 巻 4 号 269 頁


【事実】
・「被告人は、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する粉末を麻
薬であるコカインと誤認して所持した」7

5
前掲注 4)
6
山口厚『刑法総論』238 頁(有斐閣, 2016)
7
刑集 40 巻 4 号 271 頁

【判旨】
・「本件において、被告人は、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含
有する粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持したというのであるから、麻薬取締法六
六条一項、二八条一項の麻薬所持罪を犯す意思で、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、
一四条一項の覚せい剤所持罪に当たる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物
が麻薬か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけ
で、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんが
みると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の罪の限度において、実質的に重なり合
っているものと解するのが相当である。被告人には、所持にかかる薬物が覚せい剤である
という重い罪となるべき事実の認識がないから、覚せい剤所持罪の故意を欠くものとして
同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い麻薬所
持罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである8」

→・法定刑に軽重がある場合にも実質的符号を肯定
・行為者が認識・予見した事実が該当する構成要件と客観的に実現された構成要件が規
定された法定刑が同一ではなく完全には重なり合っていないが、軽い犯罪の限度で (形
式的又は実質的に) 重なり合っている場合には、軽い罪の故意が成立し、同罪が成立す
るとされていることになる。9

■3.実質的符号の限界

・構成要件の実質的符号が肯定されるか否かをどのように判断するかについては、学説で
は、①保護法益の共通性と、②行為様態の共通性が基準になると理解されている。10

8
刑集 40 巻 4 号 271・272 頁
9
山口厚『刑法総論』238 頁(有斐閣, 2016)
10
亀井ほか・前掲注1)40 頁

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