李延玉(2010)

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甲南女子大学研究紀要.

文学・文化編 =
Studies in Literature and Culture 46 55-61,
2010-03-18 55

補助動詞構文の文法化の初期段階の設定について

李 廷玉(イ ・
ジョンオク)

About a Cline of Grammaticalization of [te]-form Auxiliary Verb

LEE Jung-og

Abstract: In this article it is considered that Japanese [te]-form auxiliary verb structure is in the process of
grammaticalization from a main verb to an auxiliary verb. Based on this consideration this article discusses
the morphological and syntactic characters of [te]-form auxiliary verb structure.
These [te]-form verb structure has characters such as impossibility of separation between main verb and
auxiliary verb, dependency, nucleus dominance and grammatical meaning etc. However these characters can­
not be seen in all the [te]-form auxiliary verb structure. All these characters are not seen in the process of the
grammaticalization and this brings the consideration that this [ te] -form auxiliary verb structure is in the
process of grammaticalization and that there can be a cline in the process of this grammaticalization. Apart
from that some Japanese dative verbs and Korean PATTA verbs are given as a bases of the argument in this
article.

Centering on these points a cline of the [te]-form auxiliary verb structure is discussed in this article.

要旨:本稿では、 日本語のテ形補助動詞構文は、 本動詞から補助動詞への文法化の途中にあるものと


看倣し、 その立場から、 テ形補助動詞構文の形態的 ・統語的特徴について考察する。
テ形補助動詞構文の形態的 ・統語的特徴としては、 ①前項動詞と補助動詞との分離不可能性、 ②依
存性、 ③前項動詞の格支配、 ④文法的な意味などが考えられる。 この4つの諸特徴は、 全てのテ形補
助動詞構文にみられるのではない。 文法化の途中段階ではこれらの諸特徴全てがみられないことか
ら、 テ型補助動詞構文は文法化の途中にあり、 文法化に段階性(連続性)が存在すると考えられる。
また、 日本語の授受に関する動詞類の 一 部と韓国語の「PATTA」動詞の存在も本稿の主張の裏づけ
の根拠として挙げられる。

以上のような点を中心に、 本稿ではテ形補助動詞構文の連続性についての考察を行う。

0. はじめに 1. テ形補助動詞のひとまとまり性

l
補助動詞構文を本動詞から補助動詞への文法化の連 影山(1993)は, テ形複合動詞は,「語」の緊密性 '

続線上にあるものとする立場から, まずテ形補助動詞 に問題があり, 一つの語としては認められないと述べ


構文の形態的 ・統語的特徴について考察する。 その ている。 イ形複合動詞は, 副助詞の付加が不可能であ
後補助動詞としての文法化の途中にあると考えられ る反面, テ形複合動詞の例は, 副助詞の付加が可能で
る日本語の授受に関する動詞類と韓国語の「PATTA」 ある。 また, 名詞化においても, イ形複合動詞は, 名
2
動詞の存在から, 文法化の初期段階の存在を明らかに 詞化が出来る反面 テ形複合動詞 ' は, 不可能である。
する。 しかし, だからといって, ただ単なる二つの動詞の
甲南女子大学研究紀要 第 46号 文学 ・文化編 (2010年 3月 )

(前 項動詞 +補 助動詞 )の 連続か とい う と,そ う とも 語 の補助動詞構 文 は,統 語 的 に ま とま りを もつ 単位 で


吾」 の緊密性 には問題
限 らない。テ形補助動詞 は,「 言 あ る とい うこ とであ る。 しか し,先 ほ ど,説 明 した よ
があるが,以 下 のように,ひ とつの まとまり性 を帯 び うに,日 本語 の補助動詞構文 は,副 助詞 の挿入 がで き
なが ら存在するか らである。 る こと等 か ら,形 態 的 な語 (mOrphologial word)と し

第 一 ,分 離移 動 の 不 可 能が考 え られ る。副助 詞 ての位 置 は 占め に くい 。


「ハ,サ エ,モ 」等以外 の要素 は,前 項動詞 と補助動 こ うい った特徴 に よって ,日 本語 の補助動詞構 文 に

詞 の間に介入で きない。影山での説明の ように,副 助 つい ての研究 は意味 の 分類 に とどま り,そ の構 文 上の

詞 の介入 は可能であるが,以 下 のように,副 詞類 の介 特徴 な どの詳細 に まで は及 んで い なか ったのが 現状 で


入はで きない。 あ る とい え よ う。
影 山 (1993)は ,日 本語学 にお い ての補助動詞 とい
(1)納 豆 を食べ てみた。 われて きた もの は大 部分が統語 的複合動詞 に相 当す る

(1-1)納 豆 を思 い″ つて 食べ てみた ものの ,完 全 に対応す るわけで はない と し,補 助動詞

(1-2)#納 豆 を食べ て思 い切 ってみた。 を見分 け る基 準 が明瞭 とも言 えない ことか ら,独 立 し


た範疇 として補助動詞 なる もの を立て る根拠 はない と
「 食 べ てみ る」 とい う補 助動 詞構 文 は ,例 (卜 1) しなが ら,い わゆる補助動詞構 文 の (受 身化 )の 実現
の ように,副 詞 「思 い切 って」が補助動詞構 文 の前 で の され方 の異 な りを説 明 して い るが ,こ れ こそ ,補 助

は修飾可 能 で あ って も,例 (1-2)の よ うに,前 項動 動詞構 文 の二 面性 と程度性 が存在す るこ とを明 らか に

詞 と補助動詞 の 間 には介入で きない 。 す る根拠 になる。

第 二 ,補 助 動 詞構 文 は依 存 度 が 高 い ので ,例 (2- 補助動詞 とい う範疇成 立の妥 当性 を説 明 で きない と


1)(2-2)の ように,ひ とつ の ま とま りと して の移動 す る証拠 として挙 げて い る説明が返 って ,逆 接 的 に も
は可 能 で あ るが ,例 (2-3)の ように,前 項動詞 を分 そ うい った 中間的 な存在が存在す る こ とを説明す る手

離 して の移動 は不可能 である。 がか りとな ってい る。


イ形 複 合動 詞 の 受 身性 が V2に よつて左 右 され た
(2) 私 はその本 を読 んでみ た。 よ うに ,テ 形 複 合動 詞 も V2に よって 直接 受 身文 に
3。
(2-1)読 んでみ た,わ た しはそ の本 を。 な った りな らなか つた りす る
(2-2)私 も読 んでみたその本 を。 V2が 自動 詞 の 「 ∼ て い る」「 ∼ て あ る」 は ,「 い
(2-3)*私 は読 んでその本 をみた。 る 」「 あ る」 が 自動 詞 で あ るた め 直 接 受 身 に な らな
い 。 また,V2が 他動詞 の 「て しま う」 は ,以 下 の よ

とい うの は,「 前項動 詞 +補 助動詞」 が あ る程度 緊密 うに受 身化 が生 じない 。


性 を保 ってい る証拠 で もあ る。 あ る程 度 とい う言 い 方
は明示 的 で はない が ,程 度性 の 問題 が大 き くかか わる (4) 桜 の 本 を切 つて しま った → *桜 の 本 が
ので ,こ うい った表現 に とどまる。 切 って しまわれ た。

第 三 ,格 支配 は,前 項動詞 に よる。


しか し,同 じく,V2が 他動詞 の 「∼ てお く,∼ て
(3) ダイエ ツ ト中 の 花子 は ,我 慢 で きず ,つ い み る」 の場 合 は,基 本的 に受 身 を許容す る。
ノゞン を 全部 食べ て しまった。
(5) 陳列 台 に商 品 を並 べ てお い た →
(3-1)ダ イエ ッ ト中 の 花子 は ,我 慢 で きず ,つ い 商 品が
ノゞン を 全部 食べ た。 陳列 台 に並 べ て お か れ た

(3-2)#ダ イエ ッ ト中 の花子 は,我 慢 で きず ,つ モ ルモ ッ トに新 しい 薬 を試 してみ た

い パ ン を 全部 しま った。 → モ ル モ ッ トに新 しい 薬 が 試 して み られ

「パ ンを」のヲ格 は,前 項動詞 の「食べ る」の要求 冷蔵庫 の 中 をのぞ い てみ た → 冷蔵庫 の

する格 であって,補 助動詞 「 しまう」 の要求す る格で 中が のぞ い て見 られた


はない。 ドア を ノ ック して み た → *ド アが ノ ッ
以上 の三つのテス トフレームか ら分かるのは,日 本 ク して見 られた
李 廷玉 :補 助動詞構文の文法化の初期段階の設定について 57

駐 車場 に車 をい れ てお い た → 車 が駐 車 例 (12)は 「太郎が本 を くれ た」 の省略 の可能性 は


場 に入 れておかれた 考 え られ るが ,「 太郎 が行 って くれ た」 の 省略 と して
*風
(10)風 呂 を沸 か して お い た → 呂が沸 か は ,考 え られ な い 。 同 じく,「 太郎 が見 た」 も「太 郎
しておかれた が映画 を見 た」 の省 略 の 可能性 は考 え られ るが ,「 太
郎が試験 問題 を解 い てみた」 の省略 と しては,考 え ら
このように,同 じ,「 テ ミル」「テオク」構文で も , れ な い 。即 ち,補 助動詞構 文 にお い て前項動詞 の省略
「見 る,置 く」 の原意 と意味的に整合 してい るか どう はで きな い。前項動詞 あ ってか らの補助動詞構 文 であ
かによって,受 身化 の可否が決まるのである。受身化 るか らであ る。
の様相 の違 い は,ま さに,本 動詞「置 く」「見 る」の
意味が残 っているか否かによるので,「 見る」「置 く」 2.2 補助動詞 だけの「 ソウスル」代用 の不可
の原意が残 っている と判断 されるのは,前 項動詞 の 「 ソウスル」 に よる代 用 は ,動 詞 を中心 とす る ま と
「のぞ く」 と「入れる (∼ 二∼ ヲ)」 「並べ る (∼ ヲ)」 ま りを置 き換 える もので ある。補助動詞構 文 にお い て
によるものである。 は,前 項動詞 の代用 ,例 (13-1),補 助動詞構 文全体
これ らの前項動詞 は「置 き方」「見方」 を表す動詞 の 代 用 ,例 (13-2)は 可 能 で あ るが ,補 助 動 詞 だ け
としての解釈が可能であるか らである。すなわち,補 の 代用 ,例 (13-3)は 不 可 能 で あ る。補 助 動 詞 だ け
助動詞構文 を考える上では,補 助動詞だけではな く ,
の代用化 がで きないのは,補 助動詞が文法化 しつつ あ
前項動詞 をいれた補助動詞構文 として考えるべ きであ る こ とを物語 ってい る こ とであ り,こ れは補助動詞 の
る。 依存性 の証拠 で もあ る。

2。 日本 語 補 助 動 詞 構 文 の 形 態 的 ・ 統 語 的 特 徴 (13) 彼 は大西 の前 の切 身か ら一 っぺ らをかす め


とって食 べ てみた。 (太 郎物語〉
この節 では,補 助動詞構文 の認定 の根拠 として,依 (13-1)彼 は大西 の前 の切 身 か ら一 っぺ らをか す め
存性 (前 項動詞 の省略不可),補 助動詞だけの代用不 とって食 べ てみた。 彼女 もソウシテみ た。
可 と文法的な意味を挙げることにする。すなわち,以 (13-2)彼 は大西 の前 の切 身 か ら一 っぺ らをかす め
下の三点が,補 助動詞 と一般動詞 (本 動詞)と を分 け とって食 べ てみた。彼女 もソウシ タ。
る基 準 になるわけで,補 助動詞た らしめ る根拠 にな (13-3)*彼 は大西 の前 の切 身か ら一 っぺ らをか す め
る。 とっ て 食 べ て み た 。 彼 女 も食 べ て ソ ウ シ
古 くは橋 本進吉が ,「 補助 的 に用 い られ る」 と し 夕。

て,補 助用言 を設けた所以 は文節 として一文節 であ り


なが ら,「 上の語 と共 に文の成分 となる」 とい うそ の 補助動詞 の代用化が で きないのは,補 助動詞が文法
点にあ った 一中村 (1994)弓 1用 一とい う才
旨摘か ら分か 形式 の性格 を帯 びて い る ことへ の 反証 で もあ る。 代用
るように,一 番大 きな補助動詞の特徴 として考え られ 化 は,内 容語 で は起 こるが ,機 能語 で はお こ らない 。
るのは,前 項動詞に依存 してい るとい うことである。 助詞や助動詞 な どには置 き換 え られ ないの が そ の夕1で
あ る。
2.1 依存性 (前 項動詞 の省略不可 )

(11) パ ンを食べ て しまった。 2.3 文法 的意味


(H-1)パ ンを食べ た。 補助動詞 を一 般動詞 と区別す る次の理 由 は,そ の文
(11-2)♯ パ ンをしまった。 法 的意味 にあ る。補助動詞構 文 は二 つ の動詞が つ なが
ってい る よ うに見 えるが ,補 助動詞が文法化 の段 階 を
補助動詞「 しまう」 は,例 (11-2)か らわか る よ 経 て ,文 法的意味 を帯 びて い る。単独 で使 われ る本動
うに,単 独 では使 われない。単独で使われた際には , 詞 の意味 とは,違 う意味 を帯 びて い る。
本動詞 の「シマウ」 の原意 の解釈 しか不可能にな り ,

補助動詞構文 とは異なる文 を成す。 (14) 「 しか し,母 もiFく が /Jヽ さい 時か ら,ず っ と


独 りで生 きて きた人 間 で す か らね。母 に僕
(12) 太郎が くれた。 か ら別れ ろ とは言 えない で す よ」 〈ひつ じ〉
甲南女子大学研究紀要第 46号 文学 。文化編 (2010年 3月 )


例 (14)は ,(動 作の継続〉 とい う文法的な意味 を 原 因 の 意味 にな りやす い 無 意思動詞 を入 れ て 作 例
伴 ってお り,こ れは,補 助動詞 「クル」の影響 であ してみ たが ,こ の 文 は 自然 さに欠ける。実際 の例 をみ
る。 てみて も,原 因,並 列 の例文 は存在 しない 。
また,補 助動詞形 とい うのは,明 示的 な用語 とは言

(15) 昨 日,東 京 か ら親 戚 の お じさんが 来 た。 えない が ,テ 形 と「 イク 0ク ル」が繋 が って存在す る


場 合 ,例 (17)の よ うに,「 イク ・ クル」が あ る程 度
しか し,例 (15)の よ うに,単 独 で 使 われて い る場 本動詞性 を持 って い る とは い え,単 独 で 使 われ る本動
合 は,(動 詞 の継続〉 の 意味 はな く,(空 間 の移動〉 の 詞 の「 イク・ クル」 とは異 なる こ とを表 して い る。 単
み を表す。 独 の「 イク・ クル」 は,起 点 を表す 「 カラ」 と共起 で
以上 ,一 般動詞類 とは異 なる補助動詞 固有 の形態 的 きるが ,本 動 詞性 を帯 び る補 助 動 詞 形 の 例 (17-1)
・構 文的特徴 につい て述 べ た。 日本語 にお い て ,補 助 は ,起 点 を表 す 「 カ ラ」 とは 共起 出来 な い か らで あ

動詞構文 を設定す る根拠 を示 した こ とになる。 る。


しか し,こ うい つた独 立 した ひ とつ の 範疇 と して の
特徴 を持 ちつつ も,補 助動詞構文 は,文 法 カテ ゴ リー (17-1)*彼 は 自分 の家か ら学校 に歩 い て きた。
の一 種 と して扱 うの には ,無 理 が あ るの も事 実 で あ
る。 なぜ な ら,補 助動詞 は,文 法 的 な意味 を持 って い 一 方 ,例 (18)は ,「 クル」 の格体制 を守 って お ら

なが ら も,動 詞 と して の 活 用 も保 って い るか らで あ ず ,意 味 も空 間移動 か ら,時 間移動 ともい えるア スペ


る。 ク ト的 な意味 へ と抽 象化 して い る ことか ら,文 法化 が
進 んで い る とい える。
(16) 今 度一緒 に行 ってみ よう。
(20) 彼 はパ ン屋 でパ ンを買 って きた。
また,他 の文法 カテ ゴ リー,た とえば,テ ンスは , (20-1)*彼 は家 にパ ン屋 で パ ンを買 って きた。
す べ ての文 に現 れ るが ,補 助動詞 はそ うではな い。 ま
た ,テ ンス は ,す べ ての用言 に現 れ るが ,補 助 動 詞 例 (20)は ,例 (20-1)の よ うに,「 クル」 の 要求

は,補 助動詞 の種類 に よつて,前 項動詞 の類 を選 ぶ。 す る着点句 との 共起 は不可能 で あ り,場 所 を表す 「パ


本稿 で は,こ うい った動詞 の特徴 と,文 法形式 と し ン屋 で 」 は,「 クル」 で は な く,前 項動詞 の「 買 う」

ての特徴 を も併 せ 持 つ 補助動詞 をひ とつ の範疇 と して に よ り必 要 と され て い る も の で あ る。 この 点 ,例

設定す るこ とにす る。 (18)と 似 てお り,補 助動詞 化 が進 んで い る よ う に も


み えるが ,ク ルの 空 間移動が まった くな くな った とも
3.初 期 段 階 の 設 定 い えないので ,例 (20)は ,例 (17)と 例 (18)の 中
間的 な段 階 で ,文 法化 の初期段 階 で あ る とい える。 こ
補助動詞構文 の 設定基準 の ひ とつ であ る動詞 自身が うい った例 の存在 は,本 動詞 の補助動詞化 へ と連続線
要求す る格支配 関係 を考 えてみ る。 上 にあ ることを示 して くれ る好例 である。
文法化 の 認定 にお い ては,こ うい つた統語 的 な認定
(17) 彼 は学校 に歩 い て きた。 基準 を考 えるべ きで あ るが ,そ れが絶対 的 な基準 では
(18) 彼 は近 頃髪 の毛が 薄 くな って きた。 な く,意 味的 な側面 を視野 にい れ ,初 期段 階 の存在 も
認 め つつ ,連 続 的 な様相 を描 い て い く必要 が あ る と思
例 (17)は ,「 学校 に」 と共起 して い るため ,補 助 われ る。

動詞形 とは言 え,本 動詞 と して の性 質 を失 ってい ない


詞形 とは, テ形 とイク ・ クリ
こ とが分 か る。補 I功 重し レが 4.初 期 段 階 の 設 定 の 裏 づ け
繋が ってい る形式で ,こ の場合 ,テ 形 の 意味分類 と し
て知 られ る ,付 帯 状 態 ,継 起 ,原 因 ,並 列 の 内 ,原 4.1 前項動詞 +「 与 える,よ こす,わ たす」
因,並 列 は現 れ ない 。 補助動詞構文 を,本 動詞か ら補助動詞へ の文法化 の
連続線上にあ るもの と見た上での考察である本稿か ら
(19)*彼 は学校 に驚 い て きた。 す ると,い わゆるヤ リモ ライ補助動詞構文 も,本 動詞
李 廷玉 :補 助動詞構文の文法化の初期段階の設定について 59

か ら補助動詞構文へ と文法化 の道 をたどってい る。 こ た。 (さ ぶ )


の授受表現は,物 の授受 とい うのが基本で,他 の物 の (26) 自分 の行 く美容 院で は,お 客 に
授受 を表す 「与える,よ こす,渡 す」等 との相違点 は たいな物 を作 って渡 している。(錦 繍〉
い くつか存在する。 (27) 「見る人の心 々にまかせお きて雲井にすめ
しか し,こ れ らの「与 える, よこす ,わ たす 」等 る秋の夜の月」 とい う 和歌 を一首 書 いて
は,「 やる,く れる」 と違 って,補 助動詞化が進 んで 渡 した。(山 本〉
い ない。 これ らの動詞がテ形 と連結 してい る際の例 を (28) 「少 しあるだろう」 とこういってその内の
取 り上げてみると,そ のテ形は,物 の授受 を表す類 の 一 人が立 ち止 って 自身の水筒 を抜 い て 渡
動詞類 に制限されてい ることが分か る。 した。(小 イ
曽〉
「「与 える」は,「 子供 にお もちゃを買 って与 える」
のように,具 体的な物 の受け渡 しがある場合の一部 で 「テワタス」の実夕1も ,「 テアタエル」同様,前 項動
*教
補助動詞的にも用 い られるが,抽 象的 に「 えて与 詞 として,「 取 る」「書 く」
「作る」などの生産動詞 ,

える」 とは言えないこ とか ら考 えて も,こ れは継起的 「抜 く」な どの対象変化他動詞が多い。また,格 支配


な「買 う」 のテ形に「与 える」が付 いた ものと考えら においても,例 (26)か ら分かるように,「 渡す」の
れる。山田 (2000:102注 1)」 とあるように,「 与 え 格支配を従 っていることがわかる。すなわち, これ ら
る」 とテ形 との連結についての指摘がある。 の例は,モ ノの授受を表す場合で,前 項動詞 と「ワタ
ス」には時間的継起関係を成 している。
4.1.1「 テアタエル」
(21) 山本の買 って与 えた 薔薇 の花 が ,花 瓶 い 4.1.3「 テ ヨコス」
つぱいにさしてあった。 〈
山本〉 (29) 「見てみろ,ひ どい器量 だ」山本 は言 い な
(22) 源氏 は二 ,三 日,宮 中に も出仕せず ,紫 の が ら 望遠鏡 を息子に返 して よこ した。
君 を手なずけるのにかかっていた。 (太 郎〉
姫君へ ,そ の まま手本 になるよ うに,と 思 (30) ともか く君 はかかる内部 の葛藤 の激 しさに
い,卜 や絵│を かいて与えた。(新 源氏) 堪 えかねて,去 年 の十月にあのスケ ッチ帖
(23) 源氏は舎人たちに國 を脱いで与え,そ と真率 な 国 とを僕 に送 って よこ したの
のいろいろは,ま るで秋の紅葉 を風が吹 き だ。 (小 さき〉
ひるがえす ばか りだった。〈
新源氏) (31) その後 は岡安 も諦めたのか,し いて会 わせ
(24) 運命 は彼が表面的に望 んでいた もの をすべ よ う とはせ ず ,差 入れ の 品だけ を部屋 ヘ
て与 えた。陰険に皮肉に与えて くれた。 届けて よこした。 (さ ぶ〉
(沈 黙 )(「 ヤ リモ ライ 十与 える」の承接 は (32) 黒が炊事室 の建物 の陰か らわずかに手 をだ
不可能) してみせ ,大 丈夫 だ ,と し らせ て よ こ し
た。
「テアタエ ル」 の実例 をみると,前 項動詞には,モ
ノの生 産 を表す 「買 う,書 く」 (例 (21)(22))な ど 「テ ヨコス」 は,「 テアタエ ル」「テワタス」 に比 べ
の 生 産 動 詞 ,モ ノの 授 受 を 表 す 「 与 え る 」 (伊 l る と,抽 象的 な ものの授受 (例 (32))等 もあ る こ
(24)),対 象変化他動詞 の「脱 ぐ」 などが来やす い。 と,格 支配が前項動詞 に従 っているのか,「 よこす」
また,例 (23)か ら分かるように,「 舎人たちに」 の によるのか,不 明 ではあること,前 項動詞 と「 よこ
二格 は,前 項動詞 の「脱 ぐ」ではな く,「 あたえる」 す」 との関係が時間的継起関係 を成 してい ないこ と ,

の要求する格 である ことが分かる。 等 の理由か らして,補 助動詞構文に近づいてい る形式


である とい えよう。
4。 1.2「 テワタス」 しか し,本 動詞 「アタエル,ワ タス」が補助動詞形
(25) そ して,与 平 に挨拶 をし,持 っていた包み 式 として使 われた際,新 しいモノの生産,対 象変化 を
をあけて,少 ない けれ どみなさんでひ と口 表す前項動詞類 と共に使 われ,新 しいモノの授受 を表
ず つ ,と 云 い なが ら 切餅 の包み を取 って してい る点で,補 助動詞 の文法化 の初期段階を表 して
渡 し,あ との包み を持 って栄二のほ うへ 来 い ることが分か り,こ の現象 は,「 テアゲル」「テクレ
甲南女子大学研究紀要第 46号 文学 。文化編 (2010年 3月 )

ル 」 にお い て も,モ ノの 授 受 を表 す 例 は ,文 法 化 の 初 (33)■ 七 祖司せ♀ (chonebadun/手 渡 して もらっ


期段 階 で あ る こ とを物 語 って い る とい え よ う。 た)毅 Ol斗 嘲 電立三 司詈 キ 鎖鎖立 。■可
ス1子 を (通 帳)会 ヨ署司せ〇卜(dhedOryobadゴ

4。 2 韓 国語 の 「PATTA」 返 して貰って)ユ 号スI Ell刹 司頭■ .

日本語において,や りもらい動詞 「やる (あ げる) (34)月 1叶 Il° l鍬 嘔 計晉 (作 品)舎 列1。 l口 1 011ttql

/く れる/も らう」 は,物 の授受 を表す と共に,様 々 バ七 ユ 嘲三 〇101せ 。卜 (iobadゴ 受 け継 い で


な動詞 と結合 して,利 益行為を表す文法形式 として発 もらって)せ 電三朴 殻Ol立
達 してい る。 嘲フトユ
(35)。 卜 通≧司理よ。卜(ml町 obadゴ
韓国語 にお い て も,「 子叫CHUDA」 動詞 は,日 本 譲 って もらって )オ ス1ユ 入1召 敷 嘔 号 ュ
語 と同 じく,物 の授受 を表す と同様に,様 々な動詞 と 咀 嘔■ (鏡 )三 u朝
賛o卜 彗書 .…
結合 して,利 益行為 を表す文法形式 として発達 してい (36)司 1ユ 鍬嘔 を手舎 ♀冽 到 ユ七 1司 金 (桂 ユ
る。 しか し,日 本語 の「 もらう」動詞に該当す る韓国 ン・人名)1舎 唱冽せ〇卜 (nomgyObad″ 渡 して

語 の「せ■ PATTA」 の場合 は,授 受動詞 としては ,


もらい)立 暑舎ユ三 司書到 望子J詈 頚■ ..

生産的に使われるが,利 益行為 を表す文法形式 として (37)社 子■司1嘔 司 そ ■ dJlせ フ1(gome


(本 )舎

は,発 達 してい ない といわれてい る。 paki/渡 してもらうことに)三 殻嘲 .

(日 本語 ・韓国語 ・英語の授受動詞〉 韓 国語 の「A PATTA」 構 文 は ,日 本語 の 受益構 文


日本語 韓 国語 英語 とは対照 的 に生産的で はない 。 しか も,こ れ らの動詞

くれ る 子■CHUDA GIVE も物 の授受性 が残 っている動詞 で あ るので ,授 受性 を


くだ さる 千人1■ cHuSIDA 色濃 く持 って い る前項動詞 に限 つて受益 が存在 してお
やる 丁叫 CHUDA り,物 の授受性 の 延長 に存在 して い る程度であ る こと
あげる
さしあげる 三 司■ TURIDA が言 える。例 (33)は 「子を (通 帳 )」 ,例 (37)は ,

もらう せ■ PATTA
「 硼 (本 )」 とい う,モ ノの 授 受性 が 大 い に残 って い
いただ く RECEIVE る。韓 国語 の 「A PATTA」 構 文 は ,日 本語 の 受益構
文 とは対照 的 に生 産的 ではない に も関わ らず ,実 例 を
奥津(1979:25)に も,「 ところが ,朝 鮮 語 に は みてみ る と,モ ノの授 受 に関係す る場合 は,成 立す る
「 ∼ て もら う」 にあ た る表現 が な い 。 PATTAは あ る ことが 分 か る。

が ,そ れ を補助動詞 として使 う こ とがで きない 。 つ ま 日本語 の「テ ワ タ ス ,テ ア タエ ル 」,韓 国語 の 「A


り朝鮮語 で は受 け手主語 の恩恵授受構 文 はな い わけで PATTA」 の 存 在 は ,補 助 動 詞構 文 の 文法化 を連続 線
あ る」 の よ うな指摘 が あ り,韓 国語 の 「せ叶 PATTA」 上 の もの として捉 える際 ,そ の初期段 階 の 設定 を裏付

構文 が補助動詞構 文 と して発達 して い ない こ とについ ける根拠 となる と考 え られ る。


て言 及 して い る。
庵 (2000:H5)で は,「 恩 恵 を表 す補 助 動 詞
他 主な参考文献

表現 は韓 国語や タイ語 な どに も見 られ ますが ,英 語 な 庵 他 (2000)『 日本語文法ハン ドブック』


スリーエー不ットワーク
どの西洋語 には見 られ な い表現 です。 韓 国語 の授受表
影山太郎 (1993)『 文法 と語形成』 ひつ じ書房
現 は「 (∼ て )や る」 と「 (∼ て )く れ る」 の 区別が な 仁田義雄 (1995)『 複文』 くろしお
く,ま た補助動詞 と して の「 ∼ て もらう」 の 用法が な 山田敏弘 (2000)「「連載 日本語におけるベ ネファクテ
い な ど,細 部 で は 日本語 の それ とは違 ってい ます」 と イブの記述的研究」『日本語学』2000.Ho VOL。 19
い った言 及 もあ る。
7。l嘔
斗 (姜 )(1998)『 号Ol到 嘔電 子■Oll嘲 せ 電子

=ス
(国 語の動詞連結構成に関する研究)』 せ号モ斗ス ト(韓 国
しか し,実 際 ,例 文 を集 めてみ る と,「 A PATTA」
文化社)
の形 で 使 われ る例 を見 つ か るこ とがで きる。 しか し ,

これ らの例の共通点 もや は り,具 体物 の授受 であ る こ 用例 出典


とが分か る。 日本語 :新 潮文庫 100冊 CD
韓国語 :を (姜 )(1998:56)
李 廷玉 :補 助動詞構 文 の文法化 の初期段 階 の設定 につ い て

1)影 山 (1993;10∼ H)は ,語 の 形 態 的 な緊密 性 と し 4)仁 田 (1995;107)「 (時 間的継起 )の 典型 は,シ テ節


て ,形 態 的 な不 可 分性 ,統 語 的要 素 の 排 除 ,外 部 か ら と主 節 が と もに意志 動 詞 で 形 成 され ,両 者 の 主 体 が 同
の修飾 の禁止 ,語 彙照応 の制約 を挙 げて い る。 一 の もの で あ る。 無 意志 動 詞 で の 形 成 や異 主体 の 可 能
2)影 山の用語 で本稿 のテ形補助動詞 に当た る。 性 の 高 さは,(起 因的継起 )を (時 間的継起 )か ら分 か
3)例 (4∼ 10)は ,影 山 (1993:170∼ 172)か らの引用 つ一つ の特徴 であ る」 との指摘 を受 けて の作例 であ る。
であ る。

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