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安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用(繁枡江里他)
安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用(繁枡江里他)
〔原 著〕
安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
―対人コミュニケーションの観点からのアプローチ―
繁 桝 江 里 村 上 史 朗
山梨学院大学法学部政治行政学科 横浜国立大学安心・安全の科学研究教育センター
要 約
本研究は,安全行動を促進する要因として,仕事のやり方や態度に対して否定的な評価を示す言語コミュ
ニケーションである「職務遂行に対するネガティブ・フィードバック(以後職務 NF と表記)
」を受けること
の効果に着目し,化学プラントの研究員に対する質問紙調査による検討を行った。第 1 の目的として,職務
NF の安全行動促進効果を職務 NF の形態間や安全会話など他のコミュニケーションとの比較において検討し
た結果,安全職務に対する NF,一般職務に対する NF のアドバイス型,指摘型の順に効果があるが,不満型
には効果がないことが示された。また,安全職務に対する NF は,安全会話とは独立の最も強い効果を持っ
ていた。さらに,第 2 の目的として,職務 NF は効用を持つ一方で,受け手への脅威というネガティブな効
果を持つという議論に基づき,NF がもたらすフェイス脅威度に着目し職務 NF が機能する条件を検討した。
その結果,送り手が親しいという関係特性や,送り手の不満は含まれないというメッセージ特性の効果に加
え,職場の組織風土が,より強くフェイス脅威度を弱めていた。考察では,安全マネジメントにおいて NF
という特定のコミュニケーションに着目する意義や,組織風土の重要性を論じた。
キーワード:安全マネジメント,ネガティブ・フィードバック,フェイス脅威,組織風土
安全マネジメントにおける対人コミュニケーション
問 題
安全マネジメントにおける対人コミュニケーションの
近年,産業事故の危険を伴う様々な職場において,
「安 重要性は,多くの研究で示唆されている。たとえば,原
全」をキーワードにした取り組みや研究が進んでいる。 子力発電所の職員を対象とした研究では,職場で安全の
様々なアプローチによる知見が蓄積する中で,物理的環 話題について話をすることは,組織環境レベルでは職場
境よりも人的要因の方が安全行動を促進する効果が大き の作業規範を,個人レベルでは職員の知識・技能や訓練
いという結果が得られており,ハード面からソフト面へ への関心を高め,さらに,職員の安全確認行動を促進す
の視点の転換の必要性が指摘されている(Oliver, Cheyne, る重要な要因であることが示されている(福井・吉田・
Tomas, & Cox, 2002)。そこで本論文では,対人コミュニ 山浦,2000)
。また,原子力発電所の安全風土の検討にお
ケーションの観点から安全を促進する可能性を検討す いては,安全についての会話は「安全の職場内啓発」と
る。より具体的には,仕事のやり方や態度に対して否定 いう因子に含まれ,安全風土の組織環境要因として位置
的な評価を示すコミュニケーション,すなわち,職務遂 づけられている(福井,2004)。さらに,様々な工場・事
行に対するネガティブ・フィードバックが,安全マネジ 業所で働く職員を対象に安全に関わる要因間の関係を検
メントにもたらす効用を示し,それが効果的に機能する 討した研究でも,
「安全に関する議論をする」という組織
条件を探ることを目的とする。 風土が,職員の安全活動への取り組みと強く関連するこ
とが示されている(小島・廣瀬・高野・長谷川・庄司・
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繁桝・村上:安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
鈴木,2000)
。より一般的なコミュニケーションの効果に いう他者からのネガティブなフィードバックが,安全行
目を向けると,首都圏の男性勤労者を対象に行った調査 動を促進する重要な要因であると考え,安全に関する会
では,職場内でのコミュニケーション量が不足している 話や一般的なコミュニケーション量という他の対人コ
成員は,職場のルールに対する組織的違反や個人的違反 ミュニケーション要因との比較の上で,その効用を検討
を容認する傾向が高く,違反申告意識が低いということ する。
が示されている(宮本・上瀬・鎌田・岡本,2003)
。この ただし,指摘や注意,批判というコミュニケーション
知見は,安全に関わる違反にもつながるだろう。 は,受け手の間違いや直すべき点をフィードバックする
以上の知見から,組織環境としての対人コミュニケー ことを意味し,その人の職務遂行に対する否定的な評価
ションが安全マネジメントに対してもつ効用は明らかで を含むコミュニケーションである。したがって,これら
ある。しかし,対人コミュニケーションの内容に焦点を のコミュニケーションは,安全行動を促進するというポ
当てた検討は十分ではない。すなわち,安全に関するコ ジティブな効用を持つ一方で,受け手に対する脅威とな
ミュニケーションであればどのような内容でも効果があ り関係が悪化するなどのネガティブな効果を持つ可能性
るのか,それとも特定の内容が効果を持つのか,もしく もある。このことは,森永ら(2003)が,エラーを指摘
は一般的なコミュニケーション量自体に効果があるのか することへの抵抗感は対人的な問題の予期と関連すると
は,明確ではない。そこで本研究では,コミュニケーショ 議論していることからも示唆される。このような議論に
ンの内容として「他者からの指摘」に注目する。Sasou & 基づけば,職場の成員間での指摘や注意,批判を通じた
Reason(1999)によれば,チーム作業におけるメンバー 安全マネジメントは,職場の対人関係を犠牲にしてのみ
のエラーは,他のメンバーが検出しそれを指摘すること 実現されるものかどうかを問う必要がある。サポーティ
により修復され,事故の回避につながる。このようなエ ブな対人関係や良好な対人関係は,安全マネジメントに
ラーの指摘の効果については,主に医療組織における事 おいて重要な要因である(Ivrerson & Ervin, 1997; 小島
故防止という視点で研究が重ねられている(森永・藤村・ ら,2000; Oliver, Cheyne, Tomas, & Cox, 2002)。したがっ
三沢・山内・松尾,2003; 大坪・島田・森永・三沢,2003; て,指摘や注意,批判というコミュニケーションが,安
山内・山内・山口,2001; 山口,2005)。また,交通関連 全行動を促進するという肯定的な効果と同時に,対人関
のエラーの原因を収集した丸山(1986)は,機器の故障 係の悪化によって媒介される否定的な効果を持つのであ
以外の人的要因は,意識水準が低下することと判断を誤 れば,単に「効用がある」とは言えないだろう。
ることの 2 つに分けられるとしている。このように生じ 本研究では,この問いに対して,身近な対人関係にお
るエラーは,
エラー生成者個人による抑制は困難であり, いて,相手の態度や行動,考え方に対して否定的な評価
それゆえに他者からの指摘という対人的な要因に効果が を示す言語コミュニケーションである「ネガティブ・
あるといえる。さらには,事故を引き起こすもうひとつ フィードバック(以後 NF と表記)
」の効果を検討したモ
の心理過程とされるルール違反(Reason, 1997)も,意 デル(繁桝,2007)を,安全マネジメントに関わる組織
図的な行動であるゆえに自発的な抑制は期待しにくいた 場面に援用する。本研究の目的は,NF が,その形態や
め,他者からの指摘による抑制が必要だといえよう。 状況次第で,対人関係を損なうことなく安全行動を促進
本研究では,このような他者からの指摘は,エラーや することを示すことである。安全マネジメントにおいて
ルール違反に限らず,日常的な安全行動に対しても,そ 指摘や注意,批判というコミュニケーションを含めた検
の意図の形成や適切な行動を促進する効果があると考え 討をしている上述の研究では,そのポジティブな効果と
る。先行研究においても,指摘に類似したコミュニケー ネガティブな効果という両価性や,効果の規定要因につ
ションである注意や批判が,安全行動の促進のために必 いては検討されていない。どのような NF がどのような
要な要因として含まれている。たとえば,福井ら(2000) 場合に安全行動を促進するかを,対人コミュニケーショ
では「不安全行動を注意してくれる」という項目が,職 ンの観点から詳細に検討する本研究の視点は,安全マネ
場の事故防止の取り組みの下位因子である「作業規範」 ジメントに新たな知見を加えるだろう。
に含まれ,小島ら(2000)では「安全に関する批判や議
論が盛ん」という項目が,安全行動に関わる組織風土の ネガティブ・フィードバックの効用
測定に含まれている。しかし,これらの研究においては, NF についての検討は,インフォーマルな身近な関係
注意や批判というコミュニケーションに焦点を当てた検 での対人コミュニケーションを中心に行われてきた(繁
討は行われていない。そこで本研究では,指摘や注意と 桝,2007)
。これらの研究は,現実場面で日常的に行われ
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繁桝・村上:安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
該行為が与える負荷については,個々の行為自体の特性 動をしたら,チームの人があなたに『よくない』
,『直
と,行為の背景としての文化的要素が含まれるという定 した方がいい』と言う」という項目を独自に作成し,
義に着目し,それぞれ「メッセージ特性」と「組織風土」 頻度を「まったくそうしない」から「いつもそうする」
によって変数化する。職場の文化である組織風土が,職 の 4 件法で尋ねた。なお,
「チーム」とは各研究グルー
場における NF のフェイス脅威度を規定するという検討 プの中で,作業時に編成される下位集団を指す。
は,安全マネジメント研究で重視される風土や文化の議 2)一般職務への NF:「あなたの仕事のやり方や態度に
論にも貢献する。この意義は,大坪ら(2003)が,医療 対して,職場の人から以下のようなことをされること
現場におけるエラー指摘は,組織の文化的要素全体との はどれくらいありますか。」というリーディング文の
関係において検討すべきであると議論していることにも 後に,NF の 3 つの形態を測定する項目として,①ア
示唆される。 ドバイス型:
「アドバイスをされること」,②指摘型:
以上の議論に基づき,本研究では,危険を伴う作業を 「間違いを指摘されること」,③不満型:
「不満を言われ
行う職場である化学プラントの研究所の成員を対象に, ること」
,の 3 項目を独自に作成し,頻度を「まったく
① NF の効用,② NF の効用が機能する条件,の 2 点を ない」から「よくある」の 4 件法で尋ねた。
検討するための質問紙調査を行った。①については,日 3)職務 NF 以外の会話:
「あなたは仕事中に,職場の人
常的な職務NFが成員の安全行動に与える効果を検討し, と以下の会話をどのくらいよくしますか。
」というリー
②については,職務 NF が与えるフェイス脅威度やその ディング文の後に,
「事務的な連絡や指示以外の仕事内
規定要因を詳細に検討した。 容についての会話」
,「安全意識や安全行動についての
会話」,「仕事に関係ない雑談」の 3 項目を独自に作成
方 法
し,頻度を「まったくしない」から「よくする」の 4
手続き 8 つの研究グループによって構成される化学 件法で尋ねた。
プラントの研究所において,調査票と回収用封筒を配布 4)安全行動:小島ら(2000)が「日常作業の安全態度」
した。1 週間程度の回収期限を設け,封をして回収する として開発した項目群から,個人の安全行動を測定す
ことにより回答の匿名性を確保した。 る項目を選択した。
「日常の業務の中で,以下のそれぞ
対象者 研究所員 315 名を対象に調査票を配布し,回 れについて,あなた自身はどのくらい実行しています
収数は 299 であった。研究グループごとの人数は最少 13 か。」というリーディング文の後に,
「作業前に手順や
名,最大 50 名であり,不明が 44 名であった。性別の内 注意点をチェックする」,「安全規則や作業手順は必ず
訳は,男性 89. 0%,女性 4. 7%,不明 6. 4%であり,年 守る」,「作業の際,疑問点を上司・責任者に積極的に
代の内訳は,35 歳未満が 20. 4%,35 ~ 39 歳が 13. 4%, 質問する」,「安全教育・安全訓練に積極的に参加して
40 ~ 44 歳が 15. 1%,45 ~ 49 歳が 12. 1%,59 ~ 54 歳 いる」,「安全が確認できない時は作業を中断する」の
が 14. 1%,
55 ~ 59 歳が 12. 0%,不明が 13. 0%であった。 5 項目を示し,頻度を「まったく行わない」から「常
項目 調査項目は,NF の効用に関する項目と,NF の に行っている」の 4 件法で尋ねた。なお,小島ら(2000)
効用が機能する条件に関する項目に分けられ,これらの はあてはまりの程度の尺度を用いているが,本研究で
項目以外にも,事前のフォーカスグループインタビュー は行動に焦点を当てているため,頻度による測定を
で安全マネジメントに関わることが示唆された項目群が 行った。
含まれている。全ての項目について,調査協力者である 5)ミスの相対的多さ:組織環境として検討する職務 NF
所員によって,研究所における内容的妥当性が確認され に個人特性としてのミスの多さが含まれうること,安
た。なお,以下の項目で示される「職場」という用語か 全に関わる行動の自己報告には社会的望ましさの動機
らは各研究グループを想起することが,調査協力者の確 付けに基づくバイアスが生じうること(福井,2004)
認に基づく前提となっている。 の 2 つの理由から,これらを統制するために,ミスの
多さについて同じ組織環境に属する他者と比較する項
1.NF の効用に関する項目 目を設定した。
「あなたは,職場の同じ職階の人と比較
1)安全職務への NF:NF を想起しやすい場面として「安 して,以下のミスや違反は多いと思いますか」という
全上の確認作業について,以下のことはどのくらいよ リーディング文の後で,
「確認作業を忘れたことによる
くしますか。」というリーディング文を示した後で, ミス」,「会話の伝達ミス(誤解)によるミス」
,「気が
「チーム作業のとき,
あなたがミスにつながりそうな行 抜けていたことによるミス」
,「急ぎの仕事をこなすた
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実験社会心理学研究 第48巻 第1号
めの作業手順の違反」,「会社の損害ではなく自分の身 技術を測定する項目など)や,意味が重複する項目を
の安全についてのルール違反(ヘルメット着用など)」 除外した 12 項目(項目例:「職場での人間関係は良好
の 5 項目を対象の職場で生じうるミスとして独自に作 だ」,「地位・身分などの上下関係が明確である」
),②
成し,「少ないと思う」,
「同じくらい」
,「多いと思う」 フォーカスグループインタビューで重要な要因である
の 3 件法で尋ねた。 ことが示唆された「世代差」について,廣瀬ら(2001)
が用いた項目から 3 項目(項目例:「若年層は自分の
2.NF の効用が機能する条件に関する項目 能力を過信している」
),③フォーカスグループインタ
1)職務 NF によるフェイス脅威度:
「あなたの仕事のや ビューで重要な要因であることが示唆された「ミスに
り方や態度に対して,職場の人から『良くない』
,『直 対する態度」
,および,「取引先や他部署との関係にお
した方がいい』と言われた経験について,もっとも最 けるスケジュール管理の厳密さ」を測定する 7 項目
近のものを思い出して,以下の質問にお答えくださ (項目例:「自分でカバーできることであればミスは報
い。
」というリーディング文を示し,NF を受けた経験 告しなくても良い」
,「社内のほかの部署に影響が出る
がない場合には「そのような経験はない」という選択 スケジュールは,無理をしてでも守る」),③事柄より
肢を選択し次の質問へ進むよう教示した。その後, も誰が行っているかという人的要素を過度に重視して
Goldsmith & MacGeorge(2000)が用いた項目を本論 意思決定する傾向である「属人思考」を測定する項目
文の状況設定に適するよう修正し,
「自分の能力が認め として,鎌田ら(2003)で用いられた 5 項目(項目例:
られていないと感じた」
,「好意をもたれていないと感 「仕事ぶりよりも好き嫌いで人が評価される傾向があ
じた」,「理解されていないと感じた」
,「思うように仕 る」)を用いた。尺度は「あてはまらない」から「あて
事をすることを認められてないと感じた」の 4 項目に はまる」の 4 件法で尋ねた。なお,項目の言い回しは,
ついて,
「あてはまらない」から「あてはまる」の 4 件 研究対象に合わせて調整されている。
法で尋ねた。これらの項目は,フェイスには,認めら
結果と考察
れたい,受け入れられたいという欲求に基づくフェイ
スや,立ち入られたくないという自律に対する欲求に 以下では,本研究の 2 つの目的である,NF の効用の
基づくフェイスがあるというBrown & Levinson(1987) 検討,および,NF の効用が機能する条件の検討を行う。
の議論に基づいて作成されたものである。
2)送り手との関係特性:NF を行った人との関係につい NF の効用
て,地位差は「その方が目上」,「対等」,
「その方が目 NF 項目とその他の会話項目について,欠損値を含む
下」の 3 件法,親密度は「まったく親しくない」から 回答を除いた有効回答数は 279 であった。平均値と標準
「とても親しい」の 4 件法で尋ねた。 偏差,安全行動との相関係数,および,各成員のミスの
3)メッセージ特性:NF のメッセージ特性について,
「そ 相対的多さを除いた偏相関係数を Table 1 に示した(安
の内容や言い方について,以下のことはどれくらいあ 全行動を測定した 5 項目の α 係数は .72 であり,加算し
てはまりますか。」というリーディング文の後に, て用いた)
。
Lundgren & Rudawsky(1998)に基づき,① NF 内容の まず,平均値については,安全職務 NF は 2. 99 であり
重要度:
「あなたにとって重要なことだった」,② NF 「たいていする」ことが分かった。また,同じ尺度ラベル
時の送り手の不満:
「その方自身が不満を感じていた」, を用いた項目群での平均値を比較すると,一般職務への
③ NF 表現の間接性:
「その方は遠回しに言った」の 3 NF として測定した 3 つの形態の頻度は,アドバイス型
項目を作成し,「あてはまらない」から「あてはまる」 が最も高く,指摘型,不満型と続く。ネガティブな意味
の 4 件法で尋ねた。 合いが強まるほど,頻度は抑制されていることが分かる。
「あなたの職場の雰囲気について」という
4)組織風土: なお,安全職務 NF と上記 3 形態の一般職務 NF の相関
リーディング文の後に以下の 27 項目を設定した 1)。① 係数は,順に .28(p<.001)
,.22(p<.001),.06(n.s.)と低
小島ら(2000)が,組織風土・雰囲気として測定した く,異なる形態のコミュニケーションであるといえよう。
項目群 27 項目から,研究対象に適さない項目(作業 また,会話については,平均値は,仕事に関する会話が
1)本研究は,コミュニケーションを安全会話よりも広く捉え,その効果を検討していることから,組織風土を
安全風土に制限せず測定している小島ら(2000)の項目を用いた。
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繁桝・村上:安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
Table 1
職務 NF 項目と会話項目の平均値と標準偏差,および,安全行動との相関係数
一般職務 NF 会話
安全職務 NF
アドバイス型 指摘型 不満型 安全会話 仕事会話 雑談会話
平均値 2. 99 2. 71 2. 58 2. 34 2. 58 3. 11 2. 82
標準偏差 0. 57 0. 69 0. 67 0. 65 0. 64 0. 71 0. 74
2)性別,年代,職位などをデモグラフィック要因として投入した分析を行ったところ,年代が上がるほど安全
行動を行うという効果のみが得られ,コミュニケーションの変数の効果はほぼ同値であることが示されてい
る。デモグラフィック要因の項目に対する欠損データが多いため,これらの変数を除いた分析を掲載した。
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実験社会心理学研究 第48巻 第1号
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繁桝・村上:安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
Table 3
組織風土項目(属人思考以外)の因子分析結果
因子
上意下達 安全重視 対外重視 世代差 協調 自己処理
固有値 4. 21 2. 17 1. 73 1. 36 1. 07 1. 00
累積寄与率(%) 22. 13 33. 53 42. 62 49. 76 55. 40 60. 68
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実験社会心理学研究 第48巻 第1号
Table 4
職務 NF によるフェイス脅威度に対する重回帰分析結果(n=206)
職務 NF によるフェイス脅威度
独立変数
標準化偏回帰係数
は弱く,したがって,安全行動促進の効用はより機能す を認知することの効果なのか,個人の組織風土認知を規
るだろう。 定する要因は何か,という問題については,組織レベル
さらに,各要因の規定力を比較するため,調整済み決 を含む階層的線形モデルを可能にする調査設計など,更
定係数を比較したところ,全ての要因を投入した分析で なる検討が必要である。
は Adjusted-R2=.35 であったのに対し,関係特性の変数
総合考察
を除外すると .33,メッセージ特性の変数を除外すると
.28,組織風土の変数を除外した場合は .20 であった。す 最後に,本研究の 2 つの目的の検討を総じて結論を示
なわち,フェイス脅威度に対する説明力は,組織風土が す。1 つ目の目的は NF の効用を検討することであり,
最も大きいことが分かる。これまで述べてきたように, 安全行動を促進するためには単にコミュニケーション
受け手が維持したい社会的イメージであるフェイスを損 量が多ければいいのではないこと,安全職務 NF が安全
なうような NF は,受け手の安全行動への動機付けを低 に関する会話とは独立した効用を持つことを示し,より
める可能性が高い。NF を個人の問題とするのではなく, 特定的な対人コミュニケーションとしての職務 NF の効
組織として NF が機能するような風土を構築することの 用を明らかにした。さらに,NF の形態による効用を比
重要性が示唆されたといえる。ただし,本研究で扱った 較検討した結果,その効用の強さは,安全職務に対する
組織風土は個人の認知に基づくものであり,実際に各職 NF,一般職務 NF のアドバイス型,指摘型の順であり,
場の組織風土が異なり,職場独自の風土の影響を受けて 不満 NF の効果は有意ではないことが分かった。この違
いることまでは実証していない。7 つの組織風土の認知 いについて,2 つ目の目的の検討で得られた「送り手の
得点を 8 つの研究グループ間で比較する分散分析を行っ 不満が弱いほど,フェイス脅威度が弱い」という結果と
たところ,有意な差が見られたのは,上意下達,安全重 併せて考察すると,職務 NF の効用はフェイス脅威の程
視,協調,自己処理の 4 つであった。つまり,本研究で 度に依存すると解釈できる。したがって,NF を安全行
示された対外重視や属人思考の風土の効果は,組織文化 動促進のシステムとして機能させるためには,フェイス
の効果ではなく,認知の個人差の効果である可能性が示 脅威度を弱く抑えることに着目すべきであると主張でき
唆される。組織風土が実在することの効果なのか,それ るだろう。このような主張は,NF というコミュニケー
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繁桝・村上:安全マネジメントにおけるネガティブ・フィードバックの効用
ションの多面性や両価性に着目し,フェイス脅威度とい な可能性があるだろう。
「コミュニケーションが重要」,
う概念を用いて NF の効果を検討したからこそ可能であ 「対人関係が重要」という大きな枠組みから一歩踏み込
り,安全会話やエラー指摘の効用の知見への貢献となる み,より具体的な安全マネジメントとして,
「誰が」,
「何
だろう。さらに,本研究の知見を介入的な視点で言い換 を」
,「どのように」言うべきなのか,そのためには,
「組
えるなら,職務 NF の推進は,以下の条件の下に行なう 織全体として」どのような風土作りが必要なのか,を考
べきである。すなわち,関係特性レベルでは親密な他者 慮した検討を行っていく必要があるだろう。
が NF を行うシステムを作ること,メッセージレベルで
引用文献
は問題の重要性を認識させるとともに送り手の不満感情
を極力抑制すること,そして組織風土レベルでは共同体 Brown, P., & Levinson, S. (1987). Politeness: Some univer-
という意識に基づいた風土作りを行うこと,を条件に職 sals in language usage. New York: Cambridge Univer-
務 NF を推進するべきであろう。 sity Press.
また,本研究は,身近な対人関係で行ってきた NF 研 Cupach, W. R., & Carson, C. L. (2002). Characteristics and
究(繁桝,2007)の応用としても興味深い。まず,安全 consequences of interpersonal complaints associated
が重視される産業組織という特殊なコンテクストにおい with perceived face threat. Journal of Social and
ても,NF が機能するためにはフェイス脅威度を抑制す Personal Relationships, 19, 443–462.
る必要があるという知見は,フェイスへの配慮が,身近 福井宏和(2004).原子力発電所の安全風土 ―質問紙
な対人関係の促進を越えた意義を持つこと示している。 調査をとおして― 産業・組織心理学研究,18, 41–
さらに,NF の効果が組織風土に強く規定されることは, 46.
対人コミュニケーション研究全般において,風土や文化 福井宏和・吉田道雄・山浦一保(2000).原子力発電所
という要因を考慮することの重要性を示唆するものであ 職員の安全確認行動と組織風土の因果モデル.INSS
るといえよう。 Journal, 7, 2–15.
なお,本研究の限界を 2 点挙げる。まず,本研究で示 Goffman, E. (1967). Interaction ritual: Essays on face-to-face
した一般職務 NF の効果は,受け手個人のミスの相対的 behavior. New York: Pantheon.
多さを統制した上で,組織環境要因としての NF が安全 Goldsmith, D. J., & MacGeorge, E. L. (2000). The impact of
行動を促進するという効果であった。
このような統制は, politeness and relationship on perceived quality of
個人特性によって NF を多く受けるという連関を排除す advice about a problem. Human Communication
るために行っている。しかし,実践的には,個人特性を Research, 26, 234–263.
含んだ安全行動に対する NF の効果を検討する必要があ 廣瀬文子・長谷川尚子・津下忠史・佐相邦英・高野研一
る。この問題は,パネルデータの取得によって,職務 NF (2001).組織面・意識面から見た安全診断システム
が各個人の以後の安全行動を促進するかどうかを検討す の構築(その 2)
:安全診断手法の妥当性検討のため
ることによって解決されるだろう。 のケーススタディ 電力中央研究所報告 S01003
また,本研究のコンテクストの一般化可能性について Iverson, R. D., & Erwin, P. J. (1997). Predicting occupa-
は考慮すべき点がある。本研究では,
「職場」が研究グ tional injury: The role of affectivity. Journal of Occupa-
ループとして想定され,本研究の知見からは,共同体と tional and Organizational Psychology, 70, 113–128.
いう性質が職務 NF の効果を高めることが示唆される。 鎌田晶子・上瀬由美子・宮本聡介・今野裕之・岡本浩一
しかし,回答者が実際に想起した職場の範囲や,職務が (2003).組織風土による違反防止―「属人思考」の
共同で遂行される程度は測定していない。以後の研究に 概念の有効性と活用― 社会技術研究論集,1, 239–
おいては,職場の範囲や職務について更なる検討が必要 247.
である。 小島三弘・廣瀬文子・高野研一・長谷川尚子・庄司卓郎・
安全マネジメントにおいて,ハード面の開発による対 鈴木芳美(2000).組織面・意識面からみた安全文
策が実績を蓄積している中で,そこで回避し切れない事 化構築に関する調査研究 ―その 4 現場従業員を
故やエラーについては,人的資源としてのソフト面への 対象としたアンケート調査の結果― 電力中央研究
介入が必要となる。特に,個人の能力や経験に依存する 所報告 99008
のではなく,組織環境としての対人コミュニケーション Lundgen, D. C., & Rudawsky, D. J. (1998). Female and male
に介入することには,安全マネジメントを促進する大き college students’ responses to negative feedback from
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実験社会心理学研究 第48巻 第1号
partners and peers. Sex Roles, 39, 409–429. Reason, J. (1997). Managing the Risks of Organizational
丸山康則(2001).交通事故―心理学から見た安全対策 Accidents. Ashgate Publishing Ltd.
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織制度・職場コミュニケーションが違反意識・違反 繁桝江里・池田謙一(2005)
.ネガティブフィードバック
経験に及ぼす影響 社会技術研究論文集,1, 228– は対人関係に何をもたらすか 第 46 回日本社会心
238. 理学会大会論文集
森永今日子・藤村まこと・三沢 良・山内桂子・松尾太 繁桝江里(2007).対人関係におけるネガティブ・フィー
加志(2003)
.事故を捉える視点とエラー指摘への抵 ドバック ―関係促進効果と関係阻害効果の比較,
抗感 日本社会心理学会第 44 回大会 および,相互作用的視点による検討― 東京大学人
大坪庸介・島田康弘・森永今日子・三沢 良(2003).医 文社会系研究科博士論文
療機関における地位格差とコミュニケーションの問 山口裕幸(2005)
.組織の安全行動とチーム・マネジメン
題:質問紙調査による検討 実験社会心理学研究, ト ―集団力学的アプローチ― 産業・組織心理学
43, 85–91. 研究,18, 113–122.
Oliver, A., Cheyne, A. J., Tomas, J. M., & Cox, S. (2002). 山内桂子・山内隆久・山口裕幸(2001)
.病院では他者の
“The Effects of Organizational and Individual Factors 誤りを指摘できているか?―医療場面のコミュニ
on Occupational Accidents”. Journal of Occupational ケーションに関する考察― 日本心理学会第 65 回
and Organizational Psychology, 75, 473–488. 大会発表論文集 pp. 919.
ERI SHIGEMASU (Politics and Public Administration, Department of Law, Yamanashi Gakuin University)
FUMIO MURAKAMI (Center for Risk Management and Safety Sciences, Yokohama National University)
A questionnaire survey was conducted targeting employees of a chemical plant in order to examine the
facilitation of safe work practices, focusing on “negative feedback on jobs” (hereinafter, Job-NF), which is defined
as verbal communication delivering negative evaluations on work behaviors and attitudes. For the first research
question, the effects of several types of Job-NF and other communication, such as conversations about safety in
the promotion of safe behaviors, were compared. Analyses revealed that the effect of Safety-related job-NF was
strongest, followed by type of advice and pointing out General job-NF, while type of complaint had no effect. To
resolve the controversy over whether Job-NF has negative effects when it involves a threat to recipients whilst
promoting safe behaviors, conditions where Job-NF functions were examined, focusing on the degree of face-
threat caused by Job-NF. Organizational climate had a stronger effect on degree of face-threat than closeness as a
relational factor and included dissatisfaction as a message factor. Contributions of focusing on NF in safety
management and the importance of organizational climate were discussed.
Key Words: safety management, negative feedback, face-threat, organizational climate
2007年 3月 1日受稿
2007年10月 7日受理
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