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1997年マッキンゼー賞 銀賞

The Living Company


ロンドン・ビジネス・スクール 客員研究員

アリー・デ・グース
Arie de Geus

関 美和/訳
時代を超越して存続する

リビング・カンパニー
企業の潜在寿命は、本来数百年あるにもかかわらず、平均寿命は50年足らずである。
企業の「早すぎる死」は、個人や地域社会、経済などに影響を及ぼし、時には壊滅的
打撃を与えることさえある。筆者はロイヤル・ダッチ・シェル在籍時に、「企業の長期的な
存続」をテーマに、デュポン、シーメンス、コダック、三井や住友など、創業100~700
年という企業27社について調査した。これら「リビング・カンパニー」
(生命力ある企業)
と呼ばれる長寿企業には、 「保守的な財務」
「環境変化に敏感」 「おのれを知る」
「新し
いアイデアに寛容」という4つの特徴が共通して見られ、事業よりも社員を大切にすること
で学習とイノベーションの組織を実現している。リビング・カンパニーのリーダーは、他の

McKinsey Awards
1997
経営陣や株主のために金を稼ぐのではなく、人々の能力はもとより、努力と献身を引き出
すコミュニティをつくるために尽力する。

© 007-Fotolia.com

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見てみよう。一九七〇年時点の「フォーチュ また、教会や軍隊、大学などを見ても、企業
なぜ企業は
ン五〇〇」の三分の一が、八三年までに、買 ほど著しい格差のある組織は稀である。
早死にしてしまうのか
収されたり分割されたり、あるいは他社と合 企業の大半が早世するのはなぜだろう。企
組織の世界において、営利企業は新参者で 併している。 業が破綻するのは、方針や慣行が経済学の思
ある。企業が存在するようになって、たかだ こうも多くの企業が「早すぎる死」を迎え 考や用語に偏りすぎているからであり、この
か五〇〇年ほどにすぎない。人類の文明史の るのは、どういうわけだろう。こう考えるの ことを示す証拠は増えている。言い方を変え
なかで、ほんの一時のことである。企業はこ も、企業寿命はもっと長いという証拠がある れば、企業に死が訪れるのは、経営者が財や
の間、物質的な富の創造者として、あり余る からだ。 サービスを生み出すことにやっきになり、組
成功を収めてきた。文明的な生活を可能たら 日本の住友グループの起源は、一五九〇年 織は人間のコミュニティであり、いかなる企
そ が り え も ん
しめる財やサービスを提供し、世界的に急拡 に蘇我理右衛門が興した銅精錬業にさかのぼ 業であろうと、社員たちによって存続してい
大する人口を支えてきた。 る。また、いまや紙・パルプおよび化学企業 ることを忘れてしまうからである。実際、経
しかし、その可能性を鑑みれば、ほとんど の大手であるストゥーラエンソは、七〇〇年 営者たちは、土地、労働力、資本に関心を寄
の営利企業がその真価を発揮できずにいる。 以上前に、スウェーデン中部の銅山採掘会社 せるが、労働力が生身の人間であることを見

(初出『変化に適応し永続するリビング・カンパニーの条件』DHB 1997年9月号)
企業はまだ進化の初期段階にあり、潜在能力 として設立された。これらの例などは、企業 落としている。
のほんの一部しか開発・活用していない。 の天寿は二、三世紀もしくはそれ以上である それならば、長寿企業はどこが違うのだろ
ここで、企業の「死亡率」の高さについて 可能性を示している。 う。レフ・トルストイは、一八七七年に著し
この統計値を見て、意気消沈するかもしれ た小説『アンナ・カレーニナ』でこのように
ない。住友やストゥーラの超長寿と平均的企 書いている。
「幸福な家族はいずれも似てい

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“The Living Company,” HBR, Mar.-Apr. 1997.
業の短命とのギャップは、企業の潜在能力が るが、不幸な家族はそれぞれに違う不幸を抱
るストラテジック・プランニング・グループのディ
ロンドン・ビジネス・スクールの客員研究員。

チューセッツ工科大学スローン・スクール・オブ・
マネジメントのオーガニゼーショナル・ラーニン
グ・センターのメンバーでもある。主な著作に
1951年にロイヤル・ダッチ/シェル・グルー

計画ならびにシナリオ・プランニングを担当す

レクター職を最後に89年に退職。また、マサ

School Press, 1997.(邦訳『リビングカンパ


ラジル、イギリスでの勤務を経験する。事業

The Living Company , Harvard Business

ニー』日経BP社、1997年。2002年『企 業
プに入社し、オランダ、トルコ、ベルギー、ブ

目減りしつつあることを表している。企業の えている」
早すぎる死は、個人、地域社会、経済すべて 私が「リビング・カンパニー」
(生命力あ
に影響を及ぼし、壊滅的打撃を与えることす る企業)と名づけた企業には、調和しながら

生命力』に改題)がある。
らある。 進化するという特徴がある。こうした企業は、
Arie de Geus

それにしても、企業の死亡率の高さは不自 みずからを知り、世界における自分の役割を
然である。生存種のなかで、最長寿命と平均 理解し、新しいアイデアや人材を大切にし、
寿命の違いに悩まされている種はほかにない。 自分たちの未来を自分たちで決定できるよう

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に倹約に努める。何世代にもわたって企業を メンスなど、二七社は自社の歴史をおおむね 廃業率は非常に高い ──を生き延びた後に拡
刷新させてきた行動のなかに、このような性 記録していた。 大成長し、その後平均で二〇~三〇年生き長
格特性がはっきり見て取れる。 ご存じのとおり、社史といえば、CEOの らえていた。
我々の多くが生きるために働くのと同じく、 功績について内部者が手前味噌に語った書物 すなわち、企業という種は、最長で数百年
リビング・カンパニーは存続するために財や や文章と相場が決まっている。記載されてい の潜在寿命があるにもかかわらず、その平均
サービスを生み出す。 るデータが当てにならないことも少なくない。 寿命は五〇年に満たないらしい。人類に例え
とはいえ、これらの社史からいくつかの洞察 るなら、まだ企業はネアンデルタール人の時
企業の平均寿命は
が得られ、この研究によって有意義な学習が 代にあり、その可能性を知らずにいるといえ
潜在寿命よりずっと短い
できたと思う。 るだろう。
リビング・カンパニーの特徴の詳細につい 最初の発見は、企業の平均寿命はその潜在 ネアンデルタール人の平均寿命はおおよそ
ては後述するとして、まずその背景から始め 寿命に比べて非常に短いことである。
「フォ 三〇歳だが、生物学的には、人類は一〇〇歳
たい。 ーチュン五〇〇」に関する研究にもその兆候 かそれ以上生きられる。このギャップは、
一九八三年、大手石油会社ロイヤル・ダッ が見られたが、北米やヨーロッパ、そして日 我々が発見した短命企業と長寿企業の違いに
チ・シェルでは、あるグループが、企業の長 本の事例から、これを裏づけるデータが得ら とても似ている。
期的な存続についてヒントを得るために、同 れた。 シェルでの研究における第二の発見は、リ
社より歴史の長い企業の研究を始めた。当時 これらの地域では、法律によって会社の設 ビング・カンパニーは、いま風に言えば「チ
(注)
シェルは創業一〇〇年に近く、そこで、一九 立と解散を登記することが義務づけられてい ェンジ・マネジメント」に優れている。本研
世紀最後の四半世紀には存在しており、業界 る。この登記情報を調査した結果、出生率 究のなかで最も特徴的だったのが、フィンラ
で重要な地位にあり、いまも強力なアイデン (開業率)と死亡率(廃業率)
、そして総人口 ンドのストゥーラであった。
ティティを放っている企業を探した。 (企業数)という三つの重要な情報を含む、 同社は、中世から宗教改革、一七世紀の三
その結果、北米、ヨーロッパ、日本に、以 企業の「人口統計」が得られた。 〇年戦争、産業革命、そして二〇世紀の二つ
上の基準を満たした三〇社が見つかった。こ これら三種類の情報に基づいて、企業の平 の世界大戦を生き延びた。そのほとんどの間、
れらは創業一〇〇~七〇〇年という企業だっ 均寿命を算出した。その結果、北半球全域の 意思伝達の手段として、電話や飛行機、電子
た。そのうち、デュポン、W・R・グレー 企業の平均寿命予測は、二〇年を大きく下回 ネットワークの代わりに、人馬や船が使われ
ス・アンド・カンパニー、イーストマン・コ ることが明らかになった。そのうち研究対象 ていた。
ダック、三井グループ、住友グループ、シー になった大企業だけが、幼児期 ──この間の ストゥーラの事業は、銅から木材、製鉄、
水力発電、そして紙・パルプや化学へと変遷 おけば、自社の成長と進化をみずからコント
していった。その製造技術は、蒸気から内燃 ロールできる。
機関へ、そして電気から半導体へと変化した。
ストゥーラはたえず変わり続ける世界に適応 自分を取り巻く世界に敏感である
している。 技術革新に努めてきたデュポンなど、知識
によって富を蓄積した企業であれ、カナダの
長寿企業に共通する
森林で毛皮を調達したハドソンズ・ベイ・カ
四つの特徴
ンパニーなど、天然資源によって財をなした
類稀なる成功を収めた企業に共通するもの 企業であれ、我々が調査したリビング・カン
は何か。それを明らかにすべく、我々は相関 パニーは、自社を取り巻く世界の変化に適応
性に目を向けた。これが当てになるとは限ら してきた。
ないが、生き残った二七社には、その長寿の 戦争や恐慌の勃発と終息、新たな技術や政
理由を解き明かすであろう四つの共通特性が 策の登場と消失など、数々の興亡が繰り返さ
見られた。 れるなか、これらの企業はその五感を研ぎ澄
ませ、周囲で何か起これば、敏感に反応して
財務は保守主義である きた。はるか彼方の情報は陸路や海路に頼っ
長寿企業は、理由なく資本をリスクにさら ていた時代でも、知りえたニュースにすぐさ
さない。彼らは、お金の意味を古風に考えて ま対応した。長寿企業は学習と適応に秀でて

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いる。すなわち、いざという時のために金を いたのである。
蓄えておくことがいかに有益であるかを承知
している。 おのれが何者かを自覚している
手元にいつも金があれば、ライバルが手を 長寿企業は、どれほど多角化していても、
こまぬいている時、選択肢をいち早く実行に 社員たちはみな、全体の一部であると感じて
移せる。物にしたいビジネスチャンスがあれ いる。六〇~七〇年までユニリーバ会長を務

The Living Company


ば、その将来性について、いちいち株主や債 めたジョージ・コール卿は、企業を「艦隊」

リビング・カンパニー
権者を説得する必要はない。金を積み立てて に例えている。個々は一隻の船にすぎないが、

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艦隊になると、個々の総和以上の強さとなる。 在、同社の本業は化学メーカーであり、アメ
組織への帰属意識や達成感の共有は軟弱な リカでは腎臓透析の大手企業でもある。
ものと片づけられることが少なくない。しか
し歴史は、コミュニティ意識が長期的な存続 以上のように、一世紀以上生き延びた企業
に不可欠であることを繰り返し教えている。 は、世界は自分の力ではどうにもならないに
我々が調査したリビング・カンパニーの経 もかかわらず、いまなお存在している。この
営者たちは、ほとんどが生え抜きであり、だ 点で、多国籍企業は、我々が調査した長寿企
れもがみずからのことを、歴史ある企業を預 業とどこか似ている。
かる執事と見なしていた。彼らの最優先課題 多国籍企業の活動範囲は、広範かつ多文化
は、少なくとも引き継いだ時と変わることな にまたがる。一国内の活動には限りがあるた る。そのためには、価値観を明確に打ち出し
く組織を健全に維持することであった。 め、これに比べると、おのずと不安定で、コ て社内のコミュニティをまとめ上げ、社員た
ントロールが難しい。長寿企業同様、多国籍 ちを成長させる必要がある。
新しいアイデアに寛容である 企業が成功するには、積極的に変化を受け入 それゆえ経営者は、事業よりも人材に力を
我々が調査した長寿企業は、社内の理解を れなければならない。 入れ、経営方針に専念するよりもイノベーシ
超えた実験や奇抜な試みなど、極端な行動に これら四つの特性は、数百年にわたって持 ョンを、また手続きに従うよりも試行錯誤の
も寛容である。新規事業は既存事業とまった 続してきた企業の核となる特徴である。では、 学習を重視し、他のあらゆる課題よりコミュ
く無関係なものかもしれないこと、また必ず これらの基本特性を踏まえたうえで、リビン ニティの存続を優先しなければならない。
しも本社主導で新規事業を始める必要がない グ・カンパニーの経営者と社員たちの優先課
ことも心得ている。 題とは何だろうか。 事業より人を大切にする
W・R・グレースは創業当初から、自主的 このように伝統的な経営課題の優先順位を
社内コミュニティの
な試みを奨励していた。同社は、ペルーに入 ひっくり返していることが、我々の研究で明
存続を最優先させる
植したアイルランド人が一八五四年に創業し、 らかになった驚くべき事実によって裏づけら
すず
天然肥料のグアノを輸出し、その後砂糖と錫 リビング・カンパニーの経営者たちは、企 れた。二七社の長寿企業すべてが、少なくと
に進出した。そして一九二九年、パン・アメ 業を存続させるとは、自分が引き継いだ時と も一度は事業ポートフォリオをゼロから組み
リカン航空と合弁で、パン・アメリカン・グ 少なくとも同じくらい健全な状態で後継者に 換えていた。
レース航空(通称パナグラ)を設立する。現 バトンを渡すことにほかならないと考えてい 二〇〇年以上の歴史があるデュポンは、火
薬製造会社として創業された。同社は一九二 稼ぐことになる。このような企業は、苦境に ころなど、最悪の場合、バラが台無しになっ
〇年代、ゼネラルモーターズの大株主だった 陥れば、人を解雇する。 てしまうかもしれない。私は丘の上に住んで
が、いまはスペシャリティ・ケミカル(特殊 おり、ここでは、四月に、時には五月の初め
化学品)の会社である。三〇〇年近く続く三 手綱を緩める ですら、夜に霜が降りることがよくある。ま
井グループの始まりは呉服店(越後屋三井八 事業ポートフォリオを積極的に組み換える た、シカがたくさんやってくる。シカはバラ
郎右衛門)である。その後、銀行となり、鉱 ことが、企業の長期的な健全性と世代を超え のつぼみが大好物なのだ。
業にも参入し、一九世紀末には製造業に進出 た存続に不可欠とすれば、経営者は外部の意 強剪定をして、夜に霜が降りたり、シカに
した。 見ややり方を柔軟に取り入れなければならな 食べられたりすると、六月にバラの花が一つ
歴史をひも解くと、生き残りのためには、 い。また、社員たちにアイデアを生み出す場 もないかもしれない。それゆえ、私は弱剪定
長寿企業は事業を切り捨てることもいとわな を与える必要がある。統制や命令から解き放 にしている。つまり、一つの苗木に五~七本
いことがわかる。事業や利益は、長寿企業に ち、失敗を許すことが必要である。言い換え の枝を残し、それぞれの枝に五~七つの健康
とって酸素のようなものである。すなわち、 れば、経営者は、社員たちがリスクを負い、 なつぼみを残すのである。栄養はたくさんの
生きるために不可欠だが、生きる目的ではな 目新しいアイデアを求めて新規分野を探すと つぼみに分配されるため、近所一大きな花を
い。ストゥーラは、存続するために銅を生業 いう寛容の原則を実践しなければならない。 咲かせるのは無理だが、六月になれば、毎年
としたが、銅を生業とするために存在したの このことは、バラの栽培に例えるとわかり バラを楽しむことができる。
ではない。 やすい。庭師は、毎年春になると、どのよう ずっと弱剪定を続けていると、何かが起こ
長寿企業は、事業が糧を得るための手段に にバラを剪定するかを決めなければならない。 る。きっと驚くだろう。たとえば、二、三年
すぎないことを承知している。しかし、これ 元気のよい枝を三つ選び、ほころびつつある すると、弱々しかった枝が力強く成長し、つ

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とは異なるモデルに従って経営される企業で つぼみを三つ、四つ残し、それ以外をすべて ぼみをつけるようになる。古くなった枝には、
は、人を切り捨て、工場や装置を守る。これ 刈り込むことを強剪定という。この方法なら やがて花が咲かなくなる。では、どうするか。
らが自社の存在の証であると考えているから ば、少数の健康なつぼみに栄養が行き渡る。 古い枝を取り除き、新しい枝を育てる。広い
である。 なぜこのようなことをするかというと、六月 心を持って剪定すれば、バラのポートフォリ
たとえば、そのような企業がレンタカー事 には近所で一番の大輪のバラを咲かせたいか オはだんだん更新されていく。
業を営んでいれば、自動車を貸すために自社 らである。 このガーデニングの例えは、現代マネジメ

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は存在していると考える。自動車を主要な資 私の場合、強剪定はしない。それはなぜか。 ントのジレンマの一つを解決する一助にもな

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産と見なし、その目的は株主のために利益を リスクが高いからである。私が住んでいると る。すなわち、大失敗を犯すことなく多角化

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する方法である。寛容の原則によって、バラ たな環境に適応すれば、もはや以前の組織と 部環境が根本から変わっても、これにすぐさ
本来の生命力を危険にさらすことなく、バラ 同じではない。つまり進化したことになる。 ま適応できる能力が高まるという。
と環境は相互に作用し合う。 これが学習の本質である。 この仮説を検証するために、ウィルソンは、
個人と違い、組織はどのように学習するの 十分な調査の下に書かれたシジュウカラとコ
「学習する組織」をつくる か。この問いに答えるヒントは、鳥が教えて マドリの行動に関するイギリスの報告書にあ
自社のノウハウ、製品の種類、社員の関係 くれる。カリフォルニア大学バークレー校教 らためて目を向けた。
が外部環境とうまく調和する時期というもの 授で生物化学と分子生物学の研究者、故アラ 一九世紀末、ある牛乳配達人が、牛乳びん
がある。事業はよく知るところの状況にあり、 ン・ウィルソンの研究を見てみよう。 の口を開けて、玄関の外に置いておいた。乳
組織は整い、社員たちは訓練され、準備万端 彼の仮説によれば、周囲の環境をうまく利 脂の濃厚な匂いが牛乳びんの口から漏れたの
である。 用する能力を、種全体で向上できるという。 だろう。イギリスで一般的な野鳥であるシジ
このような時期には、経営者が新しいアイ ただしその際、次の三つの条件が必要になる。 ュウカラとコマドリが二羽、その乳脂をつい
デアを開発・実行する必要はない。その仕事 ばむようになった。
は、成長と発展を後押しするように資源配分 ◦その
 種のメンバーには、あちこち移動で 野鳥たちが乳脂を食べ始めてから五〇年が
し、現状以上の利益を生み出しそうな部門に きる能力があり、これを利用し、かつそ 経った一九三〇年代、イギリスでは、牛乳び
資本と人材を供給することである。すると、 れぞれが離れて孤立するのではなく、群 んにアルミのシールをかぶせるようになった。
これらの部門は拡大・安定化し、勢いを増し れをなして移動すること さて、何が起こったか。五〇年代初頭までに、
ていく。 ◦メン
 バーのなかに、新しい行動、すなわ グレートブリテン島──スコットランドから
しかし、組織の体がまさに整った時に、外 ち新しいスキルを生み出す能力を備えた 最西端のランズエンド岬まで──のおよそ一
部環境が変化するかもしれない。新しい技術 個体が存在すること 〇〇万羽のシジュウカラは、アルミ・シール
が登場したり、市場シフトが起こったり、金 ◦遺伝
 ではなく直接のコミュニケーション に穴を開けることを覚えた。一方、コマドリ
利が変動したり、顧客の嗜好が変化したりす を通じて、その個体から群れ全体にスキ はそのスキルを習得できずじまいだった。
ると、企業は新たなライフ・ステージへと移 ルを伝達するプロセスが確立されている この種間競争で、シジュウカラが優位を得
行しなければならない。 こと られたのはどうしてだろう。ウィルソンが発
外部環境と歩調を合わせるには、マーケテ 見した、集団に学習を生じさせる必要条件を
ィング戦略、製品の種類、組織形態、製造す ウィルソンによると、これら三つの条件が 思い出してみよう。すなわち、移動する個体
る場所や方法を変更しなければならない。新 そろっていれば、種全体の学習が加速し、外 がたくさん存在すること、そのなかにイノベ
ーションを起こす個体がいること、そのイノ いるが、もっぱら互いに「出ていけ」と言い ことは大変有益である。こうした経験は組織
ベーションを伝播する社会システムが存在す 合っている。 内に知識を流通させる一助となり、文化的背
ることである。 シジュウカラも私の庭が大好きだ。五月と 景、職種や学問分野が異なる人材を一つにま
コマドリにはこのような社会システムがな 六月、つがいで住みつく。六月と七月の終わ とめる。
かった。もちろん、コマドリもさえずり、そ りには、八羽、一〇羽、一二羽の群れになっ この集合研修はきわめて効果が高い。研修
れぞれに個性があり、飛び回る。つまり、情 ている。シジュウカラは庭から庭へと移り飛 後、ほとんどの参加者が「授業で教わったこ
報を伝達することができる。しかし、コマド び、遊んだり、餌をついばんだりする。 とより、休み時間に同僚から学んだことのほ
リは基本的に縄張り意識の強い鳥である。 群れをなす鳥は学習が速い。集団行動を奨 うがはるかに大切だった」と述べている。
私の庭にも、コマドリが四、五羽住みつい 励する組織もしかりである。シジュウカラが
ているが、それぞれ小さな縄張りを持ってい 乳脂を見つけたように、数百人規模の組織に ヒューマン・コミュニティをつくる
る。どのコマドリもかまびすしく鳴き合って は、新しい分野に突進する好奇心旺盛な社員 経営者は、企業内の人的要素について、ど
が少なくとも何人かいるものだ。しかし、組 のように位置づけるかを決めなければならな
織学習を保証するには、数人のイノベーター い。経営陣の他のメンバーや株主のために富
では足りない。 を創出するという選択でもよいし、組織をコ
これらの人材が他者と交流するよう、組織 ミュニティとして開発することもできる。こ
として後押しすることが不可欠である。スカ の選択によって、企業が創業世代を超えて存
ンクワークス(選抜されたメンバーのみからな 続できるかどうかが大きく左右される。
る特命チーム)などは、その一例である。 世代を超えて生き残れる企業をつくろうと

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管理職研修も、集団行動を奨励する絶好の する経営者は、何を置いても社員の育成に注
機会である。たとえばシェルでは、毎年一人 意を払う。彼ら彼女らは、
「次世代にバトン
当たり二四〇〇㌦のコストをかけて、社員の を渡すために、どのような組織をつくるか」
専門性を高め、新たな取り組みに挑戦し、新 という問題を優先課題に据える。
しいスキルを育成する研修を実施している。 一部の人たちだけが利する組織では、それ
より重要なことは、この研修の大半が共同 以外の人はみな部外者であり、およそ構成員

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作業であることだ。さまざまな分野の人たち ではない。会社との暗黙の契約の下、これら

リビング・カンパニー
がチームを組み、定期的に集中研修を受ける 部外者はその時間と専門能力をお金と交換す

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る。組織行動学によって数々の証拠が示され ない。川の水はたえず動いている。とどまり いうコーポレート・アイデンティティに関す
ているとおり、この種の契約では、社員たち 続けることはない。一時として同じではない。 る究極の質問にも答えられる。その企業の価
は全力を出そうとはせず、会社や上司にロイ 新しい水が古い水に入れ替わり、すべてが流 値観にそぐわない人はその一員になれないし、
ヤルティを感じることもない。新入社員はい れていく。 またなるべきではない。さまざまなメンバー
ずれ辞めることを前提に働く。 川は水のしずくが集まってできたものだが、 が集まったとしても、帰属意識によって一丸
このような企業の場合、引き継ぎもうまく そのしずくよりも何倍もの時間生き続ける。 となれる。
いかず、そのコストも高くつく。また、企業 川は、みずからを持続させるコミュニティで リビング・カンパニーにおける暗黙の契約
が世代を超えて存続するかどうかも難しい。 あり、継続性や水の流れを維持する仕組みが は、相互信頼である。社員たちは、努力と献
私に言わせれば、一部の人たちのために富 備わっている。企業は、継続性と社員の行動 身を引き換えに、会社が自分の潜在能力を引
を創出するといった目的の企業は、雨ででき に関するルールをつくることで、川の生命力 き出してくれることを承知している。川のよ
た水たまり、そう、雨のしずくがくぼみやへ と力強さを真似ることができる。 うな企業では、金銭は動機づけにならない。
こみにたまったようなものである。くぼみの リビング・カンパニーは、川のような企業 報酬が不十分であれば、社員たちは不満を感
底に水滴がたまっているとしよう。雨になれ である。このような企業では、経営者は人材 じる。とはいえ、満足できる報酬以上の金銭
ば、そのくぼみにたくさんの雨粒が降り、水 の最適化に力を入れるが、資本の最適化には を与えても、もっと努力し、もっと献身を傾
かさはあたりの地面へと近づく。しかし最初 それほどではない。利益と長寿が両立する企 ける動機にはならない。
にあった水滴は、いまだなかほどにある。 業をつくるために、経営者はコミュニティを その前に、社員たちは、コミュニティが自
停滞は、もろさにつながる可能性がある。 つくることに尽力する。 分たち一人ひとりに関心を抱いていることを
暑くなれば、水たまりは消えてなくなる。日 そこには、メンバーの要件を定義し、共通 知り、そして企業の行く末に関心を寄せる必
が上り、気温が上がると、水が蒸発し始める。 の価値観を確立し、人材を採用し、社員たち 要がある。すなわち、組織と個人の両方が互
そのうちに、なかほどの水滴も蒸発してしま を育成し、個々の潜在能力を評価し、信頼に いを思いやる必要があるのだ。
うおそれがある。 応え、会社を円満に辞められる退職制度を確 こうした思いやりの一つが、社員たちが会
生存を目的とする企業は、むしろ川のよう 立するといったプロセスが存在する。 社のことを正しく理解したうえで入社する、
である。水たまりと違い、川は変わらぬ風景 さらにリビング・カンパニーでは、社員た あるいは退職できるように配慮することであ
の一部である。雨が降れば、増水する。日が ちが「我々は何者か」を承知しており、共通 る。採用は、その仕事に要求される技能があ
照れば、水かさが減る。しかし、厳しい干ば の価値観でつながっていることを理解してい るかどうかだけでなく、企業の価値観や原則
つが長く続くでもしない限り、川はなくなら る。また、
「我々は何を大切にするのか」と に合っているかどうかで判断される。
人々は、ここならば自分の潜在能力が開花 「ただほど高いものはない」ことを自覚すべ このような場は、法律事務所や監査法人、
すると納得したうえで、リビング・カンパニ きである。 クレジット・カード会社、金融サービス企業
ーの一員になる。かといって、終身雇用とい 自分の力ではコントロールできない世界で など、知識集約型で、資産が少なく、成功が
うわけではない。社員たちがコミュニティの ビジネスを営む企業が増えている。銀行や保 社内コミュニティの質に左右される組織にと
価値観を軽んじる、あるいは共有しないなら 険会社、通信会社やソフトウエア会社など、 って不可欠である。石油会社や自動車メーカ
ば、居続けることはできない。そして、ある 外部環境を自分に有利に変えられる可能性は ーなど、資産をたくさん抱えている古いタイ
年齢に達したら、卒業する時が訪れる。 日に日に低くなっている。なぜだろう。 プの企業でさえ、二〇年前と比較すれば、製
リビング・カンパニーのリーダーシップは、 グローバル競争により、お膝元や自国市場 品やサービスのためにいっそう多くの知識を
昔の漫画で描かれた、定年の一年延長を申し を出て、未知の地域に参入せざるをえないか 必要としている。
出る会長、そんな会長に向かってゆっくりと らである。また、陣地を拡大していない企業 リビング・カンパニーは、もっと長生きで
うなずく一二人の老いぼれた取締役とは正反 ですら、その縄張りが外から侵されつつある きる可能性がある。すなわち、企業という種
対である。 ことをわかっている。 の平均寿命と最長寿命の差を縮めることがで
厳格な退職制度の利点の一つは、経営陣が グローバル市場では、ニッチを発見するこ きる。このことがなぜ重要なのか。企業の死
執事の心を持つことである。自分が引き継い とも、障壁の陰に隠れることも、ますます難 は多くの犠牲を伴うからである。社員やサプ
だバトンを、そのまま後継者に渡す。企業に しくなっている。要するに、金儲け一辺倒の ライヤー、下請け企業や地域社会、そして株
何が残るのかは、経営者がいかに優れた執事 企業は、保護された国立公園でしか生きられ 主など、全員が損失を被る。
だったかどうかに左右される。 ない絶滅危惧種になりかねない。 (HBR 一九九七年三 四
- 月号より)
生命力にあふれ、学習を続ける企業は、み
企業の死には

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ずからコントロールできない世界でも生き残
多くの犠牲が伴う

ロイ

ル・ダッチ・ペトロリアムとシェル・トランス
とシェル・トランスポート・ア

ロイヤ
ヤル・ダッチ・ペトロリアム・カンパニー

が異なる株
主集団の下、1つの事業体を所有し共同
が合併して誕生した。同社は2005
(1897年
り、進化していく可能性が高い。それは当然

ロイヤル・ダッチ・シェルは1907年2月、

年まで、2つの上場会社(この場合、

であった。
株主や経営者の多くが、みずから持続して のことで、いまの時代にあっては、企業がな

ンド・トレーディング・カンパニー

ポート・アンド・トレーディング)

©1997 Harvard Business School Publishing Corporation.


いくワーク・コミュニティをつくることに無 いがしろにしている知性をできるだけ多く結

「二元上場会社」
関心である。むしろ、内輪の人たちに利益を 集することが成功のカギである。
もたらすために、企業は金儲けの機械であり リビング・カンパニーでは、社内の寛容性

(1890年設立)

The Living Company


続けるべきだと考えている。そのこと自体、 が高く、それゆえイノベーションと学習の場

運営する
設立)

リビング・カンパニー
【注】
まっとうな選択にほかならないが、ならば がより多く生まれる。

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