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高等教育研究の動向

高等教育研究 第1
0集 (2
007)

高等教育研究における比較研究の成果と課題
―紀要掲載論文を中心にして―

川嶋太津夫

本稿の目的は,過去1
0年間の高等教育学会における比較研究の動向と,そ
れらがわが国の高等教育研究に果たした貢献,及び今後の課題と展望を検討
することである.そのために,まず比較研究とは何か,さらに高等教育研究
における比較研究の意味と意義を検討し,高等教育の歴史的経緯と現代的趨
勢が比較研究を不可欠のものにすること.また,比較研究をその志向性の観
点から3つに類型化し,そのような分析を通じて,1
0年間の比較研究の特色
を明らかにし,次の1
0年の課題を提起することとしたい.
なお,今回具体的に取り上げた比較研究は,学会紀要である『高等教育研
究』
(以下,学会紀要とする)に所収の論文に限定した.というのも,学会
紀要への掲載論文は,それが依頼原稿であれ,投稿論文であれ,学会という
研究者集団のその時々の「集合的価値」を多かれ少なかれ反映していると考
えられるからである.

1.高等教育研究における「比較研究」の必然性

本学会の初代会長を務めた天野は,学会紀要の第1集の巻頭論文でわが国
の高等教育研究の回顧と展望を行い,
「高等教育研究は,きわめて現実的な
諸問題を対象とする場合でも,比較と歴史の視点を無視することはできな
い」と述べ,高等教育研究において「比較」研究は不可欠のアプローチであ
ることを指摘している1).また,実際にわが国の高等教育研究の多くが,そ
の淵源までさかのぼってみても歴史研究と外国事情の研究であったことは同
じ学会紀要において金子も指摘しており2),さらにアメリカの研究者である

神戸大学

51
特集 高等教育研究の1
0年

アルトバックも,高等教育が直面する諸課題に取り組むためには,
「歴史と
比較の双方の視点から考察すること」が意義深い,とその著書『比較高等教
育論』で主張している3).
このように,日米の著名な研究者がともに高等教育研究にとって重要な研
究手法と位置づけている比較研究とはどのような研究手法で,どのような目
的で行われるのか.また,なぜ高等教育研究には比較研究が「不可欠」なの
であろうか.

2.比較研究とは

比較研究は改めて説明するまでもなく「比較 Comparison」することであっ
て,比較とは「二つあるいはそれ以上の事項について,どれほどそれらが似
ているのか,あるいは異なっているのかを研究する」ことである4).しかし,
比較教育学の歴史をたどれば,必ずしも明示的に二つ以上のものが「比較」
されていたわけではない.比較教育学の第一段階は「旅行者の物語 traveler’s
tale」の時代で,好奇心を動機とした,未知の国や地域の情報の提供に留まっ
ていた.次に1
9世紀になって「教育的借用 educational borrowing」
の時代に
なり,初めて暗示的ではあるが「比較」の観点から研究が行われるように
なった.しかし,それは「最良の思想と実践 good practice」を見つけ出し
たり,
「自国の教育に有用な他国の教育制度や実践を同定」したりして,そ
れらを自国の教育の改善のために借用(輸入)しようとする極めて「実践志
向」が強い「功利的」な活動であり,他国の教育を無批判に記述しようとす
る傾向が顕著であった.そして2
0世紀の後半以降になって,比較教育学は比
較を明示的に取り入れ,
「国際協調」つまり互いの教育に関する知識や実践
を共有するとともに,比較によって教育を社会や文化に文脈付け,教育と社
会や文化との関係について「法則のような原理 law like principles」を見出す
という科学への道をたどり始めた5).
このように,比較教育学は,その歴史的経緯から,記述志向,実践志向,
科学志向という3つの伝統が重層的に現在でも存在しているが,多くの比較
研究には明示的にも暗示的にも「自国において改革が可能となるようなアイ
デアを他国から借用しようとの明確な意図」を持っており,他国の最良の実
践を直接適用するのであれ,法則化を通じた一般原則の適用であれ,
「改
革」を強く意識した研究分野であるといえよう6).

52
高等教育研究における比較研究の成果と課題

では,なぜ「改革」を強く意識する比較教育研究が,高等教育研究におい
て歴史研究と並んで「不可欠」なのだろうか.
一つには,高等教育の中核をしめる大学が中世大学という同じ制度的起源
を有し,世界の多くの国に存在している.しかし,その発展の過程は各国の
社会の構造や文化の影響を受けていることから,各国の高等教育(大学)が
直面する課題の解決には,他国の状況の研究を欠いては課題の解決は不十分
なものにならざるをえないことがある7).
それと関連して,二番目には高等教育を含む教育の比較研究の理論と方法
論の基盤の一つを形成してきた社会学のパラダイムの影響がある.周知のよ
うに1
960年代以降の社会変動論は,
「世界システム論」が登場するまで「近
代化論」に代表されるような「段階論」が主流であった.段階論の前提は,
あらゆる社会は一定の段階を経て順次発展していくという「進歩史観」を前
提としている.高等教育における代表的な段階論は,高等教育システムの量
的変化とその質的変化・構造変動との関係を定式化した M. Trow の「構造=
歴史」理論であった8).彼は,同年齢層の高等教育への進学率という量的変
化に伴い,各国の高等教育システムは1
5%までが「エリート段階」
,50%ま
では「マス段階」
,そして5
0%を超えると「ユニバーサル段階」へと順次段
階を経て構造的に変化していくと指摘した.そこで,1
960年代から高等教育
の量的拡大を経験し始めた国々は,わが国も含めて,すでに先行してマス段
階にあった国,すなわちアメリカの高等教育を研究することによって,来る
べき自国の高等教育が直面するであろう事態を「予測」するために比較研究
が必要となった.
第三に,今日高等教育を含む「教育」は国の境界を越えた「制度」であり,
特に各国の文化や価値観及びイデオロギーとの結びつきが強い初等・中等教
育に比して高等教育は,そもそもの起源ゆえに「世界的制度」として,共通
の課題に直面する傾向が強い9).たとえば,知識基盤社会で果たす高等教育
の役割とは何かといったテーマや,高等教育市場のグローバル化が進行する
中で,高等教育の質を保証し,消費者である学生をいかに保護するかといっ
た 問 題 は,い ま や 一 国 の 教 育 問 題 で は な く「世 界 的 な 教 育 問 題 world
problems」となっており10),比較研究を通じて一定の「法則性」「一般原理」
を探求することは,各国の高等教育研究者共通の関心となっている.

53
特集 高等教育研究の1
0年

3.高等教育における比較研究の類型

このように,教育の比較研究には自国の教育の「改革」という視点が明示
的あるいは暗黙裡に含まれているが,比較研究の志向性の観点,すなわち何
のために比較研究を行うのか,という観点から,具体的には次の3つの類型
に整理できる.
一つは,比較教育研究の最も原初的な手法を受け継いだ他国の高等教育の
「記述」あるいは「報告」である.研究者には暗黙裡に自国との比較の視点
が内在しているにしても,成果としては一国(地域)の高等教育についての
分析になっているもの,すなわちある国の高等教育に関して,より具体的で
正確な情報を提供し,対象とする国や社会の高等教育の現状や課題を示すこ
とを目的とするもので,これを「外国研究」と呼ぶことにする.
二つ目は,わが国が現在直面している,あるいは今後直面するであろう課
題を解決するという問題意識のもと,一つあるいは複数の国の高等教育と対
比させながらわが国の高等教育の現状を検証したり,その「優れた実践 good

practice」を紹介したり,将来わが国が直面するであろう課題への「示唆」
そして可能ならば「解答」を得ようとしたりするものである.このタイプの
研究には,したがってわが国の高等教育の現状との「比較」の視点が明示的
に存在する.このような研究を「合わせ鏡研究」と名づける.
そして最後に,異なった社会や国の異なった高等教育システムを取り上げ,
それぞれの発展形態の類似性や差異を明らかにし,その原因を分析すること
によって,高等教育の構造や変動過程に関する一般法則を希求したり理論構
築を目指したりするものである.このような志向性を有する研究を「一般化
志向研究」と呼ぼう.
また,どのように比較研究が実行されたかという「研究方法」については,
次のような3つの方法に類型化できる11).
一つは,
「文献研究 descriptive survey」を中心とした方法であり,研究者
が研究対象である他国や地域といた「現場(フィールド)
」に赴くことなく,
既に公刊されている文献やデータを駆使して行う研究である.二つには複数
の国の共同研究者が同じ課題についてそれぞれの国を分析し結果を「並置
juxtaposition」する方法,いわばわが国の研究者と外国の研究者との共同研
究である.そして三番目の方法が,研究者自らが研究対象の国や地域,すな

54
表1 『高等教育研究』
(第1集∼第9集)に掲載された「比較研究」論文
特 集 テ ー マ 特集論文 該 当 論 文 投稿論文 該 当 論 文
第1集 高等教育研究の地平 5本 !5本 1 「大学教員の研究―大学教授の使命と市場」
第2集 ユニバーサル化への道 6本 2 「やわらかな高等教育システムの形成―バー 5本
! ! 5 「アメリカの大学・高校の接続―リメディアル教
チャル・ユニバーシティの様態と単位制度の意 育と一般教育」
義」
3 「アメリカの経験―ユニバーサル化への道」
!
4 「アジアの経験―高等教育拡大と私立セク
!
ター」
第3集 日本の大学評価 7本 6 「大学評価の意義と大学の未来」
! 2本
第4集 大学・知識・市場 6本 7 「大学教育と職業への移行―日欧比較調査結 2本
! ! 8 「チェコスロバキア高等教育におけるイデオロ
果より」 ギー教育に関する一考察―195
0年代のマルクス・
レーニン主義学科の組織・機能を中心に」
! 9 「大学の組織・経営―アメリカにおける研究動
向」
第5集 大学の組織・経営再考 5本 3本
第6集 高等教育 改革の1
0年 7本 1
0 「短期大学の現状と将来―2
! 1世紀の新たなる 1本
! 1
2 「アメリカのビジネス・スクールにおける専門職
戦略に向けて」 教育の構築過程―シカゴ大学の事例を中心として」

1 「認証評価制度のインパクト―アメリカの
!
「教育長官認証」の紹介を兼ねて」
第7集 プロフェッショナル化と 6本 1
3 「社 会 の プ ロ フ ェ ッ シ ョ ナ ル 化 と 大 学― 3本
! ! 1
6 「教育成果を用いた教養教育の評価活動―NIAD
大学 professional school に関する一考察」 による試行を切り口として」

4 プロフェッショナル化する社会と人材―経営
!
人材のプロフェッショナル化と教育」

5 「企業内教育―日米の動向を中心に」
!
第8集 学士学位プログラム 6本 1
7 「スワニー、HIROSHIMA、玄米」
! !3本 2
1 「国境を越える高等教育に見るグローバル化と国

8 「アメリカの学士課程カリキュラムの構造と
! 家―英国及び豪州の大学の海外進出の事例分析」
機能―日本との比較分析の視点から」 ! 2
2 「中国農村部の遠隔高等教育―「広播電視大学」

9 「イギリスの大学における学士学位の構造と
! 学習センターにおける在学者と学習の実態」
内容―近代オックスフォードの古典学優等学士
学位を中心に」

0 「欧州高等教育圏構想と Undergraduate 課程
!
の再構築―日本の学士課程改革への示唆」
第9集 連携する大学 6本 2
3 「アメリカの産学連携―社会における大学の 4本
!
役割」

4 「大学の国際連携―グローバル時代の高等教
!

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高等教育研究における比較研究の成果と課題

育戦略」
特集 高等教育研究の1
0年

わち現場に出かけて自ら調査した「サファリ法 Safari approach」である.


では,日本高等教育学会が設立されて以降の1
0年間,高等教育に関する比
較研究の動向はいかなるものであろうか.表1は,学会紀要の第1集から第
9集に所収された論文の中から,何らかの形で外国の高等教育について言及
している論文を比較研究とみなし,それらを整理したものである.ただし外
国の大学に籍を置く研究者による論文2編は除外している.
第1集から第9集に所収された論文は,特集論文が54論文,投稿論文が2

論文の合計8
2論文である.そのうち比較研究は,特集論文で1
6本,投稿論文
で8本,合計2
4本で,比較研究が占める割合は,それぞれ,3
0%,2
9%,2

%となり,紀要掲載論文の3割が比較研究で占められていることになる.や
はり,冒頭に天野らの考えを紹介したように,比較研究は高等教育研究の重
要な位置を占めていると言ってよいだろう.
では,わが国の高等教育の比較研究はどういう特色をもっているのだろう
か.そこで,先に整理した比較研究の志向性と,研究方法の点から見てみよ
う.研究の志向性には,
「外国研究」
,「合わせ鏡研究」及び「一般化志向研
究」の3類型がある.また研究方法にも,研究者が現地に赴くことなく発刊
されている資料や文献をもとに行う「文献研究」
,わが国の研究者が他国の
研究者と同じテーマについてそれぞれの国で調査し,分析する「並置法(共
同研究)
」及び研究者自身が対象の国や地域に赴き自ら調査,分析した「サ
ファリ法」の3つのアプローチがある.したがって,両者を組み合わせるこ
とにより9つの比較研究の類型が得られることとなる.ただし,1国の高等
教育の状況の紹介や分析を主とする「外国研究」には,論理的に「並置法」
は存在しない.この8つの類型を示したものが,次の表2であり,それぞれ
の枠内の括弧数字は,表1の各論文の番号を示している12).

表2 比較高等教育研究の類型
外 国 研 究 合わ せ 鏡 研 究 一般化志向研究
文献研究 !8 ! ! !

2 1
9 2
3 !2 !3 !9 ! 1
0 !4 !6 ! 2

! ! ! !

1 1
3 1
4 1

! ! !

6 1
8 2

並置法(共同研究) (該当せず) (該当なし) !1 !7


サファリ法 !

2 !5 !2
1 !

56
高等教育研究における比較研究の成果と課題

まず研究の志向性の観点からは,
「合わせ鏡研究」が圧倒的に多いことが
分かる.
「合わせ鏡研究」は,外国の高等教育で起きたこと,起きているこ
とを,わが国の高等教育の現在の課題や,将来遭遇するであろう問題へのヒ
ントや示唆を得るために,つまり他国の経験を「他山の石」とするために行
われる研究である13).それだけこの1
0年のわが国の高等教育は激動の時代で
あり,かつて経験したことのない未曾有の課題に多々直面したということで
あろう.これらの論文が扱ったテーマを見れば,それがどのような課題であ
るのかは一目瞭然である.それらの課題とは,高等教育のユニバーサル化と
それが引き起こす諸問題である高大接続問題,柔軟な高等教育システムの提
供,学位の水準の維持などの問題であり,ユニバーサル化の別の側面である
社会のプロフェッショナル化とプロフェッショナル教育の問題であり,高等
教育のグローバル化に伴う,高等教育の質の保証や評価の問題などである.
これらの諸課題は,いまだわが国が解決しえていない課題であり,今後も
「合わせ鏡研究」が量産されるであろう.
このように「合わせ鏡研究」が比較研究の半分を占め,残りの半分を「外
国研究」と「一般化志向研究」が二分していることは興味深い.というのも,
一方で「外国研究」は特定の国の高等教育の特定のテーマに関する詳細で具
体的な研究であるのに対して,
「一般化志向研究」は,逆に具体ではなく複
数の国や社会に関して共通する要素や法則を見出そうとする研究志向である
からである.



↑ 合わせ鏡研究 → 改革・実践



志 日本の
向 高等教育研究

外国研究 → 具体
図1 わが国の高等教育の比較研究トライアングル

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特集 高等教育研究の1
0年

現在,これら3つの研究の志向性は,1:1:2の関係にあるが,今後こ
の三角形がどのように変容していくのか興味深い.つまり,現状どおり,課
題解決に貢献するような「改革・実践」を志向する「合わせ鏡研究」の「辺」
が長辺を占め続けるのか,あるいは,
「抽象」度を高め,
「一般化志向研究」
の「辺」が長くなるのか,逆に「具体」を追い求める「外国研究」の「辺」
が伸びていくのか.いずれの方向に向かうにしても,今以上にこの三角形の
面積を拡大していくこと,すなわち研究成果をあげていくことが日本高等教
育学会と研究者の使命であろう.
次に比較研究の方法・アプローチを見てみると,表2が明白に示している
ように,公刊された資料や文献を利用した「文献研究」が圧倒している.こ
れは,インターネットなどの情報技術の革新により,研究に必要な資料や
データがインターネットを通じてたやすく入手できるようになったことが大
きい.それに反して,他国の研究者との共同研究による「並置法」や,自ら
のフィールド・ワークによる「サファリ法」が極めて少ない.先にも述べた
ように,比較教育学研究が,もともと「旅行者の物語」として始まった経緯
を考えると,直接対象国を訪問することなく比較研究が可能になっている今
日の状況は,技術革新のおかげとはいえ,興味深い状況には違いない.
最後に比較研究の対象となった国や地域を見てみると,アメリカ合衆国が

6論文,英国が3論文,欧州が2論文,オランダが2論文,アジアが1論文
と,圧倒的にアメリカ合衆国を対象とした研究が多い.これはとりもなおさ
ず,
「合わせ鏡研究」が多いことによる.つまり,高等教育の発展段階にお
いて先行し,すでにユニバーサル・アクセスを実現しているアメリカ合衆国
に,来るべきわが国の高等教育像を投影させ,高等教育のユニバーサル段階
に到達しつつあるわが国の高等教育が直面し,また近い将来直面するであろ
う諸課題へのヒント,示唆あるいは解答を得ようとする意図がわが国の研究
者に強いことの表れに他ならない.

4.高等教育研究における比較研究の課題と展望

これまで日本高等教育学会が1
997年に創設されて以来の過去1
0年間に学会
紀要である『高等教育研究』に所収された比較研究の論文は2
4本.全掲載論
文の3割を占める.
研究の志向性の観点からは,わが国の高等教育が直面する課題に対してな

58
高等教育研究における比較研究の成果と課題

にがしかの含意を対象国の高等教育の経験から引き出そうとする研究,つま
り「合わせ鏡研究」が過半を占め,残りが個別の国の高等教育を対象とした
「外国研究」と,逆に共通性や異質性を明らかにし,その背後にある法則性
を見出そうとする「一般化志向研究」であった.
比較研究のアプローチとしては,公刊された資料や文献を利用した「文献
研究」が圧倒的に多く,他国の研究者との共同研究である「並置法」や,研
究者の現地調査に基づく「サファリ法」は少数派であった.
また,比較研究の対象は,アメリカ合衆国が他の国や地域を大きく引き離
している.アジア諸国はいうまでもなく,欧州諸国を対象とした研究は極め
て少数である.
大学に代表される高等教育の普遍的な性格や,2
1世紀の知識社会に高等教
育に期待される役割の重要さとグローバルな競争の激化など,高等教育本来
の「国境を越えた性格 trans-borderness」からすれば,比較研究の興隆はな
んら不思議なことではない.
また,高等教育を取り巻く環境の変化の類似性,すなわち教育機会の拡大,
政府からの支援の削減,高等教育の商品化とアカウンタビリティ要求の増大
など,各国の高等教育が直面する課題の共通性が高まっており,わが国が直
面する諸課題への示唆を得ようとする「合わせ鏡研究」が隆盛していること
も首肯できる.したがって,学会創設時になされた「日本の大学,高等教育
の特殊な現状を国際的座標軸で客観的に明らかにし,大学人政策関係者がそ
の認識を共有すること,それが改革を目指す」「改革志向の高等教育研究」
への期待や14),
「比較教育学研究は外国事情をことこまかに説明しても,い
まの日本でそのことがどんな意味をもつのかを必ずしも指摘しえず,比較や
15)
レリバンスの問題意識がうすかったのではなかろうか」 という批判にも十
分応えてきたといえよう.
ただし,現代の比較研究の意義が,冒頭に紹介したように,
「国際協調」
つまり互いの教育に関する知識や実践を共有することにあるとしたら,単に
外国を「合わせ鏡」として研究するだけでなく,他国との共同研究(並置法)
が今以上に必要となるのではないか.また,共同研究に限らず,比較研究の
対象国もアメリカ合衆国に限定されることなく,我々の視野を広げるべきで
あろう.とりわけわが国の高等教育研究者への大きな挑戦は,日本の高等教
育が他国にとっての「合わせ鏡」となるよう,わが国の高等教育の改善と改

59
特集 高等教育研究の1
0年

革に資する研究と,その成果を海外に積極的に発信する努力だと思われる.
これらの課題と挑戦への解答は,日本高等教育学会の「次の1
0年」に期待
したい.

◇注
1)天野郁夫,1 998, 「日本の高等教育研究―回顧と展望」 『高等教育研究』第
1集:8.
2)金子元久,1 998, 「高等教育研究のパースペクティブ」 『高等教育研究』第
1集:6 8.
3)アルトバック,P. G.(馬越徹監訳) ,1 994, 『比較高等教育論』玉川大学出版
部,p. 13.
4)Kubow, Patricia K. and Fossum, Paul R., 2003, Comparative Education :
Exploring Issues in International Context, Pearson Education, p.6.
5)同上書,pp. 7―13.
6)Watson, K. ed., 2001, Doing Comparative Education Research : issues, and
problems, Symposium, p.11.
7)アルトバック,前掲書,p. 13.
8)天野,前掲論文,pp. 10―1.
9)Meyer, John W., Ramirez, F. O., Frank, D. J. and Schofer, E., 2006, “Higher
Education as an Institution,” CDDRL Working Papers, No.56, Stanford
University.

0)Kubow and Fossum,前掲書,p. 23.

1)Hantrais, L. and Mangen, S. eds., 1996, Cross-national Research Methods in
the Social Sciences, Pinter, p.4.(Tight, Malcolm, Researching Higher
Education, 2003, Open University Press, p.191 での引用)

2)各論文の分類は,筆者の判断による.

3)江原武一,1 999, 「アメリカの経験―ユニバーサル化への道」 『高等教育研
究』第2集:8 7.
1 !
4)大 仁,1 9
98, 「高等教育研究の視点」 『高等教育研究』第1集:5 7.

5)喜多村和之,1
998,
「高等教育研究の現在・過去・未来」
『高等教育研究』
第1集:4
1.

60
高等教育研究における比較研究の成果と課題

ABSTRACT

The Achievements of Comparative Studies in Research on


Higher Education and Future Issues :
Focusing on Papers in the Japanese Journal of Higher Education Research

KAWASHIMA, Tatsuo
Kobe University

This paper aims to examine trends in comparative research over the past
decade within the framework of the Japanese Association on Higher Education
Research, to identify the contribution made by research on higher education in
Japan, and to offer a perspective on future issues and prospects. With these aims in
mind, the paper asks firstly what comparative research is, then examines the
meaning and significance of comparative research within the field of research on
higher education, and concludes that a knowledge of historical details and
contemporary trends are both indispensable factors in comparative research.
Furthermore, the paper categorizes the directions of comparative research from 3
perspectives, and through this kind of analysis, clarifies the characteristics of
comparative research over the past decade as well as hopefully offering thoughts
on issues that will occur over the next 10 years.
In terms of the specifics of the comparative research studies that constitute
the data for this paper, the author has limited himself to the papers contributed to
the Japanese Journal of Higher Education Research. The reason for this is that
the papers that make up the contents of the Journal, regardless of whether they are
solicited or unsolicited, can be thought of as reflecting, to a greater or lesser extent,
in line with the passage of time, the collective values of the Association as a body
of researchers.

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