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況――これはあまりにも下手な比喩だが、

餌が足りるか足りないかは、食い得る状態
にある餌の量、すなわち流下する昆虫量と
対比するときに意味のあることであって、
食い得る状態にない量との対比はナンセン
スであること、これは判って貰えるだろう
か。
ついでにいうと、昆虫の流下量は一般に
夜のほうが遙かに多く、それに対してマス
類が餌を食うのはまずまず明るい間に限ら
れている。 水生昆虫にとって幸、アマゴに
とって不幸、というべきか。それとも餌を
食い尽すことによって自滅するという状態
を避け易いという点で、アマゴにとっても
幸というべきであろうか。
さてマス類の餌は、決して水生昆虫に限
られているわけではない。水面上の蚊鉤に
とびつくことからも明らかなように、陸上
性の昆虫をも食う。いや、とくにアマゴや
ヤマメの場合は、腹をさいて消化管の内容
を調べてみると、むしろ陸上性のもののほ
うが多いぐらいである。
水の流れの速さは淵の場合、底層よりも
表層で大きく、また下流寄りよりも上流寄
りの方が大きいのがふつうだ。だから、一
様に水の中を流下してくる餌を一個所にと
どまって食おうとすれば、水の流れの速い
ところ、すなわち上流寄りの表層がいちば
ん良いことになる。そのうえ、水生昆虫が
石からはがされ易いのは瀬したがって
り、わざわざ食いつくこともあるまい。釣
りなんぞはほとんど成立しない筈だといっ
ても、あながち過言ではない。
どうも一度前に書いたことのある話を再
度書くのは嫌なのだが、見事な例はそうは
ないので止むを得ない。琵琶湖の水草地帯
でかえったニゴロブナの子供は、水中を泳
いでいるマルミジンコを大好物の餌とする
のだが、これが水草にくっついてしまうと
もう食おうとはしない。水草はまるで鬼ご
この「陣地」のようなもので、付着状態
のマルミジンコは餌として認識されないの
である。もっともこのフナが成長すると、
まずは付着直後のものなら食うようにな
り、体長十三ミリメートルを超える頃にな
れば、最初から水草に付着しているマルミ
ジンコをついばむようになって、いわば餌
の認識が発育と学習によって変化するのだ
が、それはこの場の話ではない。 生れたば
かりのニゴロブナにとっては、水草にいく
ら多くのマルミジンコが付着していてもそ
れを食うことはできず、食い得るのはた
だ、水草から離れて水中に泳ぎ出す数量だ
け。実状はこうなのである。
アマゴやヤマメの場合も同様である。 底
石にくっつき、とくに石の裏側や間隙に入
っている水生昆虫、さらに砂泥の中に潜っ
ているような連中を、そのままの状態で食
うことはまずまずない。

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