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NBL1248号抜刷

[ 日本私法学会シンポジウム資料(2023 年 10 月 8 日)]

デジタル社会の進展と
民事法のデザイン
総論──共同研究の目的および検討の対象と視点
大阪大学招聘教授・名古屋大学名誉教授 千葉 惠美子
第 1 セッション
プラットフォームを情報共有基盤とした「市場の組織化」と
デジタル・エコシステムに対する規制の複層化
1 デジタル・プラットフォームによる
「市場の組織化」
と経済法
京都大学教授 和久井 理子
2 デジタル・プラットフォームビジネスにおける
プラットフォーム事業者の役割と責任
大阪大学招聘教授・名古屋大学名誉教授 千葉 惠美子
第 2 セッション
データ・情報の無形資産としての利活用と
それに関係する主体間の利益調整の在り方
3 情報・データの保護と利用に関する法的規律の在り方
──知的財産法の視点から 早稲田大学教授 鈴木 將文
4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地 大阪大学准教授 髙 秀成
第 3 セッション
デジタルビジネスの進展とガバナンスの手法
5 デジタル社会におけるODRの意義
──取引デジタル・プラットフォームを中心に 京都大学教授 山田 文
6 会社法の強行法規性 2.0
──DAOを
「法の支配」下におくために 一橋大学教授 得津 晶
〔司 会〕 大阪大学教授 松尾 健一
〔コメンテーター〕 上智大学教授 森下 哲朗/弁護士 増島 雅和
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

総論──共同研究の目的および検討の対象と視点
大阪大学招聘教授・名古屋大学名誉教授

千葉惠美子 CHIBA Emiko

革し、CPSの構造をもつ社会システムに適合的な
1. 本シンポジウムの目的
法制度をデザインするのかを検討する点にある。
Digital Transformation(DX)によって実現し
2. 検討の対象と視点
ようとしているのは、人の生活や企業活動に対して
新しい価値を提供することであり、デジタル技術に 新しい法規制を考えるにしても、これまでの法制
よるプロセスの自動化などによる効率性や利便性の 度を活用するにしても、新しい社会システムである
促進だけが問題となっているわけではない。 CPS を正確に理解することが議論の出発点になる。
1
日本政府が提唱する Society5.0 を念頭に置いた 2007 年の iPhone、2008 年の Android端末の発売
場合、これからの社会システムは、サイバー空間と 以降、スマートフォーンの普及によって、インター
フィジカル空間(現実空間)が融合したシステム ネットの利用デバイスがPCからスマートフォーン
2
(Cyber-Physical System: CPS )に移行していくこと へとシフトし、いつでもどこでも取引ができる環境
になる。多くの産業がモジュール化・ソフトウェア ができ、取引のモバイル化が進展した。本シンポで
化・ネットワーク化し産業構造も大きく変化してき は、取引のモバイル化によってインターネット利用
3
ている 。 者が爆発的に増大する中で、飛躍的に発展したビジ
本シンポジウムの目的は、CPS を民事法の観点 ネスモデルを主な素材として検討する。
から分析し、①これまで想定されてきたフィジカル これらのビジネスモデルの共通した特徴は、サイ
空間を中心とする社会システムとの違いを明らかに バー空間上の取引・行為がフィジカル空間のそれに
し、②CPSへの移行によって、フィジカル空間(現 優位している点にある。典型なビジネスモデルは、
実空間)における社会システムにどのような影響が いわゆるデジタル・プラットフォームビジネス(以
生じてきているのかを示すこと、③デジタル社会の 下「DPFビジネス」という)である。
進展に伴って、既存の民事法がどのような問題に遭 スマートフォーンの普及以前にも、インターネッ
遇し、検討課題を抱えることになっているのか、④ トを介して商品・音楽・映像を配信するデジタルビ
民事法の観点から、既存のシステムをどのように改 ジネスがあったが、利用者はサービスの消費者にと

4 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
総論──共同研究の目的および検討の対象と視点

【図表 1】 DPF ビジネスの特徴

どまっていた。これに対して、DPF ビジネスでは、 YouTube や Instagram など、SNS や検索サービス


サービスの利用者が、フィジカル空間でのサービス を無料で提供するプラットフォームを基盤に広告ビ
の顧客でも供給者でもある点で違いがある(両面・ ジネスを展開する「非取引型(情報型)のプラット
4
多面市場の形成)。DPFビジネスの特徴は、PF利用 フォーム」を挙げることができる。そこでは、PF
に異なる利害を有する者が登場し、その間に相互作 事業者が提供し運営するデジタル・プラットフォー
用が働く点にある。DPFビジネス以前のビジネス ム(以下「PF」という)に、異なる 2 つ以上の利用
に対して、DPF ビジネスが Web2.0 時代のビジネ 者グループ(売主と買主、ゲームのクリエイターと
スモデルであるといわれる理由の 1 つはこの点にあ ゲームの利用者、宿泊施設のオーナーとゲスト、広告主
る。 とSNSの投稿者と受信者、広告主と検索サービスの利
DPF ビジネスの典型例としては、アマゾンや楽 用者など)が登場する。また、異なる利用者グルー
天などのデジタルマーケット・プレイス、Uber、 プは、インターネットを通じて、サイバー空間上
Airbnbやメルカリのシェアリングエコノミー、ヤ で、DPF 事業者が提供する PF を介して結びつけら
フーなどのネットオークションサイトのように、 れ、フィジカル空間(現実空間)上で、サービスが
PF 利用者間で取引が行われる「取引型のプラット 提供されるという点でも共通した特徴がある(【図
フォーム」と、フェイスブック(メタ)、グーグル、 表 1】
)。

1 「未来投資戦略 2018 ──『Society5.0』『データ駆動型社会』への変革」〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2018_


zentai.pdf〉。
2 CPSについては、稻谷龍彦=プラットフォームビジネス研究会「Society5.0 における新しいガバナンスシステムとサンクションの役割(上)(下)」
法時 94 巻 3 号 98 頁、同 94 巻 4 号 111 頁(2022)。
3 産業構造の変化について、千葉惠美子「産業のデジタル化と法政策への影響──先端技術を巡るELSI(Ethical, Legal and Social Issues)研
究に基づく総合的政策学の構築をめざして」情報法制研究 7 号(2020)32 頁。
4 両面市場の経済学は、フランスのジャン・ティロールとジャン・ロチェット、イギリスのマーク・アームストロングによって確立され、2004
年 1 月にフランス・国際産業経済研究所&政策研究センター主催で開催された経済学シンポがその後の経済理論に影響に与えたとされる(J.C.
Rochet and J.Tirole“Platform Competition in Two-Sided Markets”Journal of European Economic Association, Vol.1, No.4(2003)pp.990-
1029. J.C. Rochet and J.Tirole“Two-Sided Markets: A Progress Report”The RAND Journal of Economics ,Vol.37, No.3(2006)
pp.645-667.Armstrong, M.“Competition in Two-Sided Markets”The RAND Journal of Economics ,Vol.37, No.3(2006)pp.668-691) 。両面
市場の経済学は、ネットワーク効果(利用者サイドの規模の経済性)の理論と複数財生産企業の理論における財の補完性(利用者サイドの範
囲の経済性)を融合した理論とされる(黒田敏史「多面市場における競争戦略」岡田羊祐=林秀弥編著『クラウド産業論』(勁草書房、2014)
49 頁) 。2 つ以上の市場を対象に、間接ネットワーク効果をてこにして、利用者サイドの双方からの利益を最大化するには、どのような価格戦
略が有効なのかについて理論分析がなされてきた。

5
このように、DPFビジネスは、インターネット の関係について民事訴訟法の観点、事前規制との関
を介して交流する、2 つ以上の、異なるが相互に依 係については商法の観点から分析を試みた。なお、
存するユーザーセット間の相互作用を促進するデジ ③については、DPFビジネス(Web2.0 のビジネス
タルサービスであると要約することができる。その モデル)と事後救済(主にODR)
、Web3 のビジネス
特徴は、PFを介した利用者の双方向性ないし相互 モデルと事前規制(主に組織法)という組み合わせ
性・サイバー空間の優位性にある。 で議論を行っている点で、①・②のセッションのよ
周知のように、PF 事業者によって取引機会を生 うに、同じ分析の対象に異なる法分野から考察する
み出す原動力になっているのはデジタル・データで という方法をとっていないことについて予めお断り
あり、これを PF事業者が独占している。また、 をしておきたい。
PFを基盤に形成されるネットワーク化された経済
3. DPFビジネスの「取引」
モデル
圏(エコシステム)を PF 事業者がコントロールして
いることから、PF事業者にこのビジネスによって DPF ビジネスは、PF 事業者が PF 利用者の市場
もらされる富の多くが独占されている。このため、 をサイバー空間にあるPFを介して組織化して、
DPFビジネスに対するアンチテーゼとして、現在、 フィジカル空間でのサービスを創出・実現している
Web3 というコンセプトに基づいた新しいビジネス から、フィジカル空間において、契約の二当事者間
モデルが登場しつつある5。 で、一方が財産権を移転しこれに対して対価を支払
本シンポジウムでは、CPS の代表的なシステム うという双務・有償契約の基本型とは多くの点で違
であるDPFビジネスを主な素材として、このビジ いがある。
ネスの「アーキテクチャ」を市場と取引の両面か そこで、個別報告の前に、DPF ビジネスを全体
ら、また、このようなデジタルビジネスの源泉であ として観察した場合に、この「取引」がどのような
る「データ・情報」を財産法の観点から、さらに、 ものなのかを予め述べておくことにしたい。
Web2.0 以降のデジタルビジネスの「ガバナンス」 PF 事業者は、ショッピング・モールや百貨店を
の問題を事前規制・事後規制の両面から検討する。 営む事業をネット上で行っている事業者であり、
本シンポジウムにおいて、上記の「アーキテク PF 利用者であるビジネス・ユーザーは、そのテナ
チャ」
「データ・情報」
「ガバナンス」の問題を関連 ントにすぎないといわれる場合がある。そこでは、
する法分野から横断的に検討するという研究方法を 取引型のPF であるデジタル・マーケットプレイス
採用したのは、それぞれの専門領域内に閉じた理論 を念頭に置き、DPFビジネスをインターネット通
だけでは捉えきれない問題が少なくなく、結果とし 販の発展型として理解し6、PF 利用者は、PF 事業
てDPFビジネスの全体像を法学領域から捉えきれ 者が提供するノウハウを利用し、販売やサービス提
ない可能性があると判断したからである。 供の促進を図っているにすぎないと解していること
そこで、本シンポジウムでは、DPFビジネスを になる。そこでは、PF 事業者の役割を、PF 利用者
「アーキテクチャ」
、「データ・情報」
、「ガバナンス 間の完成した意思表示をインターネット空間で伝達
の手法」という 3 つの要素に分けて、3 つのセッ し、データ情報を転送するために一時保管するサー
ションを設けて考察することにした。 ビスを提供するものとしか考えていないことにな
アーキテクチャについては、①「プラットフォー る。
ムを情報共有基盤とした『市場の組織化』とデジタ 確かにPFの利用はインターネットを通じて行わ
ル・エコシステムに対する規制の複層化」という れるが、PF 利用者からの意思表示は、PF 事業者が
テーマで、経済法と取引法の観点から、データ・情 提供するアプリケーション上でやり取りされるデー
報については、②「データ・情報の無形資産として タの送受信によって行われており(【図表 2】の第 7
の利活用とそれに関係する主体間の利益調整の在り 、DPFビジネスにおける、PF事業者の役割は、
層)
方」というテーマで、知財法と民法の観点から、ガ ネットワーク・インフラ(【図表 2】の第 1 層~第 4
バナンスについては、③「デジタルビジネスの進展 層)を提供する情報通信業者とは異なることにな
とガバナンスの手法」というテーマで、事後救済と る7。

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総論──共同研究の目的および検討の対象と視点

【図表 2】OSI(Open Systems Interconnection)参照モデル


OSI参照モデルは、国際標準化機構(ISO)により策定されたコンピュータなどの通信機器の通信機能を、階
層構造に分割したモデルであり、通信プロトコル(通信を行うためのルール)を下記の 7 つの階層に分けて、
それぞれの階層で行われる通信機能を定義している。OSI参照モデルは、ネットワークの通信を考えるときの
物差しとなっている。簡単に分類すれば、第 1 層~第 4 層がネットワーク・インフラ(ハードウエア)、第 5
章~第 7 層が通信アプリ(ソフトウエア)になる。コンピュータなどで情報の発信者側では、第 7 層から第 1
層の順番に、受信者の側では、第 1 層から第 7 層に向けて処理が行われる。各層の機能は以下のとおり。
第7層 アプリケーションが扱うデータのフォーマットや処理の手順のな
アプリケーション層 どの決定
第6層 通信アプリ
アプリケーションを使う人間にわかるようにデータを「表現」
プレゼンテーション層 (ソフトウエア)
第5層
届いたデータを適切なアプリケーションへ振り分け
セッション層
第4層 データが分割されたとしてもすべてのデータを正しい順番で間違
トランスポート層 いなく転送/ TCP あるいは UDP による通信など
第3層 離れたネットワーク間のデータ通信/ IP パケットの宛先アドレス
ネットワーク層 ネットワーク・インフラ に基づく通信など
第2層 (ハードウエア)
同じネットワーク上でデータ転送
データリンク層
第1層
データを物理的な信号に変換し、その信号を伝える
物理層

アマゾン・楽天市場などのデジタル・マーケット カル空間での契約当事者の間で直接支払われること
プレイスや、メルカリなどのシェアリング・エコノ はなく、PF 利用規約に基づいてPF 事業者が提供
ミーを例にとれば、取引型PFでは、PF事業者の する決済手段から選択して、キャッシュレス決済で
利用規約に基づいて、PF 利用者はそれぞれ PF 事 行われることになる。
業者に対して契約締結のための一定の条件を提示し 非取引型のPF では、フィジカル空間でのサービ
て、この条件に合致する相手がいれば契約すると スの提供・実現のために、PF 利用者間での契約を
PF 事業者に対して意思表示をしているにすぎな 要しない。たとえば、YouTubeでは、投稿者は、
い。PF事業者は、各 PF利用者とのPF利用契約に PF 利用契約に基づいて、PF上でフォロワー数
基づいて、エンド・ユーザーの意思表示と、ビジネ ・閲覧回数・再生時間などに
(チャンネル登録者数)
ス・ユーザーの意思表示を分析し、両者をマッチン 応じてPF事業者が広告主から得た広告収入の一部
グして、誰と契約するのが最適解であると考える を受け取ることになるが、投稿者と広告主の間には
か、その順番を PF上でPF利用者に示し、PF 利用 直接の契約関係はなく、投稿者は広告主が宣伝して
者間での契約締結を促していることになる(PF事 ほしい内容を投稿する役務を負っているわけでもな

業者による潜在的需要の創造) い。投稿者は閲覧者が興味を示すコンテンツを制作
PF 利用者間でのサービス提供の対価も、フィジ しSNS上に公開しているにすぎず、投稿者・閲覧

5 増島雅和「Web3 とDAO──ロジック、実務と今後の展望」金法 2194 号(2022)6 頁。


6 このような見解をとる見解では、DPFビジネスは、PF事業者、エンド・ユーザー、ビジネス・ユーザーの 3 者間ないし 3 面契約であると解し、
PF事業者はPF利用者間の契約から発生する問題について法的責任を負わないのかを論じる傾向にあり、PF事業者はPF利用者間の契約に基づ
く出品者の契約責任と同様の責任を負うと解する見解もある(中田邦博「消費者視点からみたデジタルプラットフォーム取引とプラット
フォーム事業者の責任」現消 48 号(2020)38 頁など)。一方で、PF事業者がPF利用者間の契約に「場」を提供していると捉えることから、
論者の中には、PF利用者間の契約がBtoCか、CtoCによって違いがあるとして、消費者保護の必要がないシェアリング・エコノミーについて、
PF事業者の責任を区別して検討するべきであるとする見解が登場することになる(森亮二「デジタルプラットフォームの法的責任に関する近
時の問題」現消 46 号(2018)24 頁など)
。PF事業者の責任について正反対の結論をとっているが、これらの見解は、PF事業者がPFを介して
両面市場の形成に果たす役割が捨象され、PF事業者・PF利用者間のPF利用契約がPF利用者間契約に優位しているという特色が捉えきれてい
ない点、および、DPFビジネスにおけるPF利用者間の契約を中心にDPFビジネスの取引構造を分析する点では共通している。
7 もっとも、PF事業者が、第 7 層のみで事業を展開しているということを言っているわけではない。GAFAMは、クラウドやデバイス、あるいは、
通信用の海底ケーブルの設置など、他の層での事業展開も並行して行っていることに注意する必要がある。

7
者間にも契約があるわけではない。PF事業者は、 影響があるのか、組織化された市場において、公正
広告主との間のPF利用契約、コンテンツを投稿す 競争制限行為とは何か、公正競争秩序とは何かが問
る制作者との間のPF利用契約、閲覧者との間の われることになる。
PF利用契約、これら最低 3 つのPF利用契約をPF 一方、二当事者間の交換的契約をデフォルトとし
を介して結びつけて、広告の効果が高い SNS の投 て取引構造を分析し、契約当事者がどのような債務
稿者のチャンネルの閲覧者に広告主が求める広告を と責任を負うのかを主な考察対象としてきた取引法
提供していることになる。 学にとっては、サイバー空間の規律を目的として
4. 各セッションの内容と各研究報告 PF 事業者・PF利用者間に PF 利用規約があり、こ
の位置づけ れに基づいて、フィジカル空間(現実空間)で PF
⑴ プラットフォームを情報共有基盤とした
「市 利用者間にサービスが提供される場合に、PF事業
場の組織化」
とデジタル・エコシステムに対す 者をどのような主体として捉えるのか、エコシステ
る規制の複層化
(経済法×民法) ムの構成要素となっている各契約からみれば、契約
Society5.0 では、物理的にはインターネット上の の外にある要素をどのように評価して、契約当事者
ソフトウエアを通じて、法的には契約というツール の債務や責任を考えたらよいのかが問題となる。経
を媒介として、情報共有基盤となる PF上で複数の 済法の観点から和久井理子教授が、また、取引法の
市場を結びつけてネットワーク化し(いわゆる「市 観点から千葉が報告する。
場の組織化」
)、新しいサービスが提供されることに ⑵ データ・情報の無形資産としての利活用とそ
なる。 れに関係する主体間の利益調整の在り方
巨大テック企業である GAFAM(グーグル、アッ (知財法×民法)
プル、フェイスブック[メタ]
、アマゾン、マイクロソ 日本政府は、現在、Trusted Webというコンセ
フト)などのビジネスモデルに代表される DPF ビ プトの下、データ取引に関する Trustを高めるため
ジネスは、DPF 事業者による「市場の組織化」が の構想を打ち出している(Trusted Webホワイト
8
成功したビジネスモデルの 1 つである。ChatGPT ペーパー Ver2.0)。
などの生成 AI が、今後、エコシステムに組み込ま デジタルビジネスでは、無形資産であるデジタ
れて利用されると、アルゴリズムやマッチングの精 ル・データを源泉としてビジネスが展開されてい
度が飛躍的に増大し、サイバー空間での取引・行為 る。デジタル・データには動産・不動産などの有形
の優位性がより強化されることになろう。 資産にはない経済的特性9 がある。すなわち、何度
そこで、上記ビジネスモデルを素材に、経済法と も同時に複数の場所で使用することができること、
民事法の両面から市場規制と取引規制の在り方(相 市場で売却して費用を回収することが難しいこと、
互連携や規制の在り方)を検討する。DPF事業者が 他人が比較的利用しやすく、データ・情報の組み合
サイバー空間での行為を PFを介してコントロール わせによって他人が予想外の便益を得ることができ
し、現実空間で多様なサービスが提供されることに ること等の特徴がある。
よって、競争法にとっても取引法にとっても新たな そこで、デジタル・データの上記の特性を考慮し
法律問題に直面している。 た上で、データ・情報をめぐる私人の権利・利益の
単一市場と価格理論を基本単位として公正競争市 バランス(データ提供者と提供先、提供されたデータ
場を分析してきた経済法学にとっては、複数の市場 、
の保管者とそのデータの利用者およびその相互の関係)
が結びついて商品やサービスが提供されるDPFビ さらには私人の権利・利益と公的利益のバランスと
ジネスをこれまでの手法でどこまで分析できるか、 いう複合的な観点から、データのもたらす価値の分
現実空間で PF利用者に提供されるサービスには、 配を決定する透明性のある「新たな財」をめぐる
GAFAM などの DPF事業者の事業展開との関係 ルールを検討することが必要となる。また、無形資
で、組成されたエコシステムには違いがあるが、こ 産である点で、データ・情報は知的財産権と共通す
の違いが組織化された市場を競争法の観点から分析 る側面があることから、データ関連規制と知的財産
する際に考慮すべきか、考慮するとしてどのような 権に関する規制との関係についても考える必要があ

8 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
総論──共同研究の目的および検討の対象と視点

る。上記の課題について、鈴木將文教授が知財法の また、スマートコントラクトの利用が進むと、ブ
観点から、髙秀成准教授が民法・財産法の観点から ロックチェーン技術によって契約締結・履行のプロ
検討する。 セスすら自動化されることになる。そこでは、コン
なお、本シンポジウムでは、狭い意味でのパーソ ピュータにデータのパターンや構造を分析・解釈さ
ナルデータ(個人情報)とプライバシーの保護の視 せ、人間が介在せずに学習、推論、判断できるよう
点からではなく、デジタルビジネスの基礎となる非 にすることに重点が置かれることになり、個人の意
パーソナルデータを含むデータ一般を中心とした議 思が希薄化することになる。
論が行われる予定である。法人が持つ情報、産業 伝統的には、契約締結交渉の段階、契約内容の画
データ・情報は、これからのビジネスにとって、ま 定の段階、契約内容の履行過程に障害が生じた段階
さに新しい産業を生み出す原動力であり、データ・ のいずれについても、契約の当事者の「意思決定」

情報の相互運用性を図ることが、きわめて重要に 契約の当事者間での「合意」が重要な役割を担って
なってきている。パーソナルデータに比べて、法人 きた。しかし、DPF ビジネスでは、契約当事者の
が持つ情報、産業データ・情報の相互運用に当たっ 「自己決定」や「合意」からは説明できない多くの
て、どのようなルールの元で利活用を実現するのか 問題が存在する。
は、手つかずの領域である。今後、ChatGPTなど DPF ビジネスは、デジタルビジネスの源泉とな
の生成AIが利用される機会が多くなるとすれば、 るデータ・情報をPFを介して集積し、PFの提供
この点についてはより早急な検討を要する課題とな 者であり運用者であるPF事業者による中央集権的
る。 なビジネスモデルである。このようなビジネスモデ
⑶ デジタルビジネスの進展とガバナンスの手法 ルに対するアンチテーゼとして新しいビジネスモデ
(民事訴訟法×商法) ルが登場している。そこでは、パブリック・ブロッ
デジタル化の進展に伴ってサイバー空間上で、契 クチェーン技術をベースに、サイバー空間上に自律
約内容が定型化し同種の取引が大量に成立すること 分 散 型 組 織(Decentralized Autonomous
11
になり、紛争が起こった場合に、権利を侵害された Organization: DAO) が組成されることになる。こ
個人が事後的に民事法に基づいて司法制度を通じて れらの新しいビジネスモデルでは、巨大テック事業
権利救済を図ることは難しくなっている。2022 年 3 者によって支配される閉じたエコシステム内でのコ
月に、法務省はOnline Dispute Resolution(ODR) ミュニケーションではなくて、サイバー空間上での
10
推進に係るアクションプランを公表 しているが、 開かれた自由なコミュニケーションが目指されてい
DPFビジネスの進展に伴い、すでに実体法との議 る。しかし、DAOを前提にすると、規制の対象を
論の接合が十分とはいえない状態になっている。 捕捉しづらいという問題が生じている。
取引型のDPFビジネスでは、PFの利用規約に基 そこで、デジタルエコノミーに適合的なガバナン
づき、サイバー空間で、PF 事業者に対して利用者 スの在り方について、主に取引型の DPF ビジネス
が意思表示を行い、PF事業者が利用者から得たデー におけるODRを素材に事後規制に焦点を当てた考
タに基づいてAIによる機械学習を通じて自動的に 察を山田文教授が、Web3 のビジネスモデルで注目
データのマッチングを行うことによって、フィジカ されている DAOを素材にして、事前規制に焦点を
ル空間でPF利用者間の取引が成立することになる。 当てた考察を得津晶教授が検討する。

8 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/trusted_web/pdf/trustedweb.pdf
9 ジョナサン・ハスケル=スティアン・ウェストレイク(山形浩生訳)
『無形資産が経済を支配する──資本のない資本主義の正体』
(東洋経済
新報社、2020)など参照。
10 法務省「ODRの推進に関する基本方針 ~ ODRを国民に身近なものとするためのアクション・プラン~」(2023 年 3 月)〈https://www.moj.
go.jp/content/001370368.pdf〉。
11 特定の所有者や管理者が存在せずとも、事業やプロジェクトを推進できる組織で、組織の意思決定はDAOが発行するガバナンストークン(暗
号資産)を利用したコミュニティの投票によって自動的に集計および実行がなされるために民主的で情報の透明性が高いとされる。DAOの運
営ルールはスマートコントラクトに書き込まれて開示される。イーサリアム財団は、公式ホームページでDAOと従来の組織構造との比較につ
いてわかりやすい説明をしている。

9
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 1 セッション プラットフォームを情報共有基盤とした「市場の組織化」

デジタル・エコシステムに対する規制の複層化

1 デジタル・プラットフォームによる
「市場の組織化」
と経済法

京都大学教授

和久井理子 WAKUI Masako

タル分野で競争法を活発に執行し5、EUでも「ビジ
Ⅰ はじめに ネスユーザーのためのオンライン仲介サービスの公
正性及び透明性に関する規則」2019/1150 号(以下
6
支配的地位をもつデジタル・プラットフォーム 「P2B規 則 」と い う )、デ ジ タ ル 市 場 法(EU規 則
7
(DPF)が、不公正な行為を行っており、競争にも 2022/1925 号) と、立法が相次いで行われている。
悪影響を与えているという懸念が強まっている1。 ただ、独禁法と透明化法については課題も多い。そ
DPFは、最近まで国の規制をほとんど受けていな の中には、DPF とは、通常、いかなる行動をとる
かった。契約については、交渉の余地がない定型約 (べき)ものかが明らかになっていないことに由来
款が用いられることが多い上に、取引の相手方との する問題もあるように思われる。
関係で優越的地位に立ち、のみならず市場支配的地 DPFは多様であり8、種類によってビジネスモデ
2
位にも立つようになれば 、取引の相手方からも競 ルも課題も違うが、紙幅の都合上、本稿ではオンラ
争圧力からも自由に、一方的・恣意的に、取引の条 インショッピングモールのみを扱う。以下、DPF
件を設定し、実施することが可能になる。そこで、 が社会経済・取引をいかに変えたか、そしてその中
独禁法とそれを補完する法律への期待が高まった。 で何が問題となっているかを明らかにし、独禁法を
日本では、独占禁止法(独禁法)とそれを所管する 中心とする経済法分野での規制とその運用、立法・
公正取引委員会(公取委)の法執行等の活動に加え 政策立案上の諸課題を検討する9。
て、
「特定デジタルプラットフォームの透明性及び
公正性の向上に関する法律」
(以下「透明化法」とい
う)が制定され、これを所管する経済産業省(経産 Ⅱ DPFによる取引関係の変容
3
省)の動きも重要になった 。海外、なかでもドイ
ツでは競争制限禁止法を改正し4、フランスはデジ DPF 出現前には、取引方法の非効率性のために

10 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
1 デジタル・プラットフォームによる「市場の組織化」と経済法

潜在的効用が実現されないことがしばしばあった。 そのような処理を行うことも容易でなかった。
第五の非効率性は、品質・信用保証の仕組みに関
1. DPF登場前の課題・非効率性
係する。過去には、第三者から得られる品質等にか
非効率性の第一の要因は、対面性である。DPF かる情報の入手と精確性の検証は容易でなかった
出現前の購買、決済等は、対面での接触(経験)を し、意味あるデータがかなりの量、得られても、そ
前提としていた。対面で接触するには、物理的な移 れを処理・共有する手段がなかった。品質にかかる
動と空間の占有が必要であり、これには時間と費用 情報の入手・検証ができないがために実現されな
がかかる。この時間・費用を省略できれば、効率性 かった取引は、少なくなかっただろう。
は増す。 最後に、探索にかかる時間・費用のために、財の
第二に、対面性を前提とする限り、購入等を行う 取引や関係性の構築ができないことも稀ではなかっ
範囲(特に地理的範囲)は、狭いものとならざるを た。
得ない。市場が狭いと、取引を行う当事者の双方に
2. DPFによる市場の組織化
とって、選択肢が限定され、競争が活発に行われ
ず、好ましくない取引条件(購入の場合には高い対 非効率性・実現されていない効用の存在は、それ
価、供給の場合には低い対価等)を受け入れざるを得 らを改善する仕組みを構築すれば、そこから利益が
ないことにもなりがちになる。 得られることを意味する。大規模な DPFは、上で
第三の非効率性は、規模の経済性と分業の利益に 述べた種々の非効率性を解決し、取引を可能にし
関係する。市場が狭く顧客数(顧客ベース)が小さ た。他方、この過程で、多くの市場参加者がDPF
いと規模の経済性が十分に発揮されず、分業も十分 が設定する仕組みに組み込まれ、DPFが設定する
には行われにくい。 ルールに従うようになった10。
第四に、物理的店舗における取引では、利用者の DPFがルールを設定する関係性への組入れ(組織
増加に伴い混雑効果という負の効果も働くために、 化)の仕方は、DPF の種類・規模によっても、市
間接ネットワーク効果も十分に働かない。さらに、 場における地位によっても異なる。以下では、
間接ネットワーク効果の実現には大量の利用にかか 「Amazon マーケットプレイス」を例にして、組織
るデータを処理する必要があるところ、かつては、 化の様相を確認する。

1 経済法/競争法分野でDPFに関する競争法上の問題を包括的に扱った初期の文献として、Ariel Ezrachi & Maurice E. Stucke, Virtual


Competition: The Promise and Perils of the Algorithm-Driven Economy(Harvard University Press, 2016)がある。DPFはこれ以前から関心
を集めており、日本では、ディー・エヌ・エー(DeNA)事件公取委排除措置命令平成 23(2011)年 6 月 9 日審決集 58 巻第一分冊 189 頁が注
目された。ネットワーク効果やアーキテクチャの問題はさらに古くから論じられている。本論文では、最近の日本語文献を中心にごく僅かな
文献だけを引用する。英語文献については、OECD(2022) , OECD Handbook on Competition Policy in the Digital Age〈https://www.oecd.
org/daf/competition-policy-in-the-digital-age/〉に掲載されたOECD報告書が便宜である。
2 DPFが寡占・独占になりやすいことについて、大橋弘『競争政策の経済学――人口減少・デジタル化・産業政策』(日本経済新聞出版、2021)
276 頁以下。
3 解説として長谷川貞之「デジタルプラットフォーム(DPF)取引透明化法に導入された「共同規制」の意義とDPF提供者の役割」日法 87 巻 4
号(2022)287~320 頁; 角田美咲「特定デジタルプラットフォーム取引透明化法の運用を経て: 共同規制アプローチの成果と展望」NBL1235 号
(2023)42 頁以下等。
4 島村健太郎「ドイツ競争制限禁止法第 10 次改正の概要について」公取 850 号(2021)45 頁以下。
5 長尾愛女「EUにおける優越的地位の濫用規制――デジタル・プラットフォーム及びフランス競争法を中心に」公取 841 号(2020)21 頁以下;
同「濫用規制におけるフェアネスの考慮――フランス競争法を中心に」日本経済法学会年報 43 号(2022)35 頁以下。
6 Regulation (EU) 2019/1150 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on promoting fairness and transparency for
business users of online intermediation services.
7 Regulation (EU) 2022/1925 of the European Parliament and of the Council of 14 September 2022 on contestable and fair markets in the
digital sector(Digital Markets Act). 日本語での解説として、小川聖史「デジタル分野に関する欧州の最新動向――デジタル市場法の成立及
び垂直規制の改正」公取 866 号 31 頁以下(2022); 平山賢太郎「EUデジタル市場法(the Digital Markets Act)――規制の概要とわが国への
示唆」現代消費者法 58 号(2023)109 頁以下。
8 千葉惠美子「電子商取引をめぐる取引環境の変化と今後の消費者法制の課題――デジタル・プラットフォーム型ビジネスと取引法」消費者法
研究 5 号(2017)77~80 頁、86 頁以下; 中川丈久「デジタルプラットフォームと消費者取引」ジュリ 1558 号(2021)41~42 頁。
9 この種の問題についての横断的分析として、滝川敏明「Eコマースの巨大プラットフォームと独禁法・競争法――日米EU中国の比較分析」際
商 50 巻 3 号(2022)255 頁以下等。
10 千葉・前掲注⑻ 94~97 頁; 東條吉純「デジタルプラットフォームと独禁法――現状と課題」日本経済法学会年報 42 号(2021)3 頁以下。

11
Amazonが占める領域は、オンラインショッピン Amazonは、このようにして、上記 1 で述べた
グモールの運営(物品・書籍等)、Echo・Alexa等 非効率性等を克服し、取引と効用を実現する。一方
の電子機器(デバイス)、コンテンツ配信(Prime で、出品審査、口コミの管理、表示・ランキングと
、デジタル広告、クラウドサービス等で
Video等) その背後にあるアルゴリズム、返品・返金にかかる
11
ある 。
「Amazon マーケットプレイス」は、この ルールの管理・設定はAmazonが一方的に行って
ような様々なサービスを提供する Amazon にとっ きた。
て重要な顧客との接点であり、Amazonが提供する 仲介型の場合には、価格設定は、原則的には、出
12
他の商品役務も購入できるようになっている 。 品者が行う。もっとも、Amazonは、仲介型サービ
Amazonマーケットプレイスにおいて、Amazon スを利用する出品者に対して、Amazonでの販売価
は、①Amazonのアカウントを持つ者から出品さ 格を、他のオンラインショッピングモールで設定す
れた商品等を表示し、消費者が検索・閲覧・購入で る価格と同一か、より有利なものにするよう要請し
きるようにし(仲介型/マッチング型)、②第三者か ていたことがある(後記█ 。
Ⅲ 2)

ら買い取った他社ブランド商品の販売を行い(卸売
13
3. DPFによる組織化の特徴
、③ Amazon ブランドの商品を販売する 。こ
型)
のうち、第一の取引形態が、オンラインショッピン DPF の特徴はいくつかあるが、特に重要なのは、
グモールを介した取引の典型であろう14。 データの取得・利用であろう16。再び Amazon を例
仲介型取引において、Amazon は、出品者(利用 にしていうと、Amazonマーケットプレイスで得ら
事業者)から、売れた商品について販売手数料を徴 れる利用者の購入履歴のように利用者個々人のデー
収する15。また、Amazonは、出品者に対して、受 タも、売れ筋情報のように商品に関するデータも、
注、梱包、発送、顧客サービス、返品にかかる対応 豊富に有する。これに加えて、Amazonマーケット
のすべてを出品者に代わって行う「フルフィルメン プレイス外の動画配信(Prime Video)を通じて得
トby Amazon(FBA)」というサービスも提供して ら れ る デ ー タ も 持 つ。 こ の よ う な デ ー タ を
いる。 Amazonは、出店者に対する助言、効果的に売れ
Amazonマーケットプレイスでは、日本内外から るようにするためのサポート、ターゲティング、
様々な出品者・出店者が提供する商品等が表示され Amazonが行う広告事業に加えて、Amazonブラ
ており、消費者は、豊富な画像、説明をみながら、 ンド商品の開発・販促に利用してきた17。
それらを横断的に検索できる。Amazon は、
「おす データの集積・利用、またそれを行うために必要
すめ」
(レコメンド)機能も設定しており、利用者に なデータセンター等は、固定費用が大きくなりがち
あわせて ランキング・表示を行っ
(パーソナライズして) であり、規模の経済が働きやすい。一定のデータは
ている。
Amazonは、
Prime Video、
Alexa等Amazon 他の財の提供にも利用できるから、範囲の経済も働
が提供する様々なサービスから得た情報も利用し く。一般にデータは、入手・更新速度が速く、多様
て、Amazon マーケットプレイスで各個人にあわ なものである程、価値が高くなるため、DPFは、
せた効果的な販促(ターゲティング)を行っている。 様々なデータの吸入口ないし顧客接点を持つことが
商品等の品質確保は、購入者からの評点、口コミ 重要である。データの会社を越えた移動(市場での
等の「カスタマーレビュー」を収集・表示すること 取引)は容易でなく、データの集積・利用は同一会
により行う。Amazonは、加えて、購入者に商品が 社内ないしグループ会社間で行われることが多い。
届かなかったり、注文や期待と異なる商品が届いた これらの要因により、DPF の企業の境界が決まる。
場合の保証プログラムである「Amazonマーケット そして、DPF の企業を含め、それが組織化する範
プレイス保証プログラム」も提供する。他方、顧客 囲において、DPFの設けたルールないしアーキテ
側が支払を確実に行うことについては、クレジット クチャに従って様々なアクターが相互作用しあう
カード等を決済手段とし、代引きのようなリスクの 「エコシステム」が形成される18。
高い支払方法は、利用を制限したり、予め規約への
同意を求めたりすることで対処している。

12 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
1 デジタル・プラットフォームによる「市場の組織化」と経済法

干犠牲にしてでも、利用消費者を厚遇する誘因をも
Ⅲ DPFをめぐる課題と規制 つと考えられる20。
さらに、市場で有力な地位を確立するに至った
DPFは、様々な便益をもたらすが、慈善事業を DPF は、現在または将来の競争を抑圧して、より
行っているわけではない。DPF が様々な便益・効 多くの利益を、より長い間、獲得し続けるための行
用を提供するのは、自己利益に合致する限りにおい 動をとることもある。
てである。DPFが利益最大化を目指してとる行動 オンラインショッピングモールを運営するDPF
が、利用者の利益、さらに社会的利益に合致すると の多種多様な行為が問題とされるようになっている
は限らない。 が、紙幅の都合上、次項では、自己優遇、同等性条
仲介型オンラインショッピングモールのような仲 項、アカウント停止をとりあげ、その行為の経済的
介型プラットフォームは、多面市場性を特徴とし、 影響と独禁法等による規制の状況について検討す
一方には利用事業者(出品者)、他方には利用消費 る。
者という異なる利用者群が存在する。DPFがどち
1. 自己優遇
らの利用者群を利する行動をとるかは、利用者群の
存在・規模が DPFの利益になる程度、利用者群が 自己優遇とは、広くDPFが自社を有利にする行
取引条件の変化に反応する程度等次第である19。 為を指すが、紙幅の都合でランキング・表示上の自
オンラインショッピングモールについては、出品 己優遇のみを検討する。
者側は、視認性(visibility)と販売機会の増大、関 自社を有利に扱っているというのであるから、独
係特殊的投資、評点等を他のショッピングモールに 禁法で禁じられる不当な差別的取扱い(19 条、一般
移転できないこと等のために、有力な DPF との取 指定 4 項)に当たらないかが問題となる。もっとも、
引を継続する傾向が強い。対して、利用消費者の側 事業上、取引の相手間で異なる扱いがあるのは通常
は、使い慣れ等から特定の DPF の利用を継続する のことであり、独禁法によって非難されるのは、自
ことはあっても、比較的、他の DPFへの乗換えや、 由競争減殺の効果がある場合に限られる21。一般的
複数のDPF の並行利用(マルチホーミング)をしや に、このような効果を示すことは容易ではない22。
すい。DPF からすると、大きな顧客ベースの存在 このような中、日本は、透明化法により有力な
は、間接的ネットワーク効果により利用事業者の増 DPF の自己優遇を規制しはじめた。もっとも、同
大、網羅的で大量のデータ獲得につながる等の利益 法が命じるのは、自己優遇を行う場合にはそのこと
もたらす。このため、DPFは、出品者の利益を若 と詳細を明らかにすること(5 条 2 項 1 号ト、経済産

11 Amazon.com, Inc., 2022 amazon annual report, p.3〈https://s2.q4cdn.com/299287126/files/doc_financials/2023/ar/Amazon-2022-Annual-


Report.pdf〉, visited 14 June 2023.
12 たとえば、利用消費者側について、amazon.co.jp, すべて,〈https://www.amazon.co.jp/〉(2023 年 6 月 14 日閲覧)

13 たとえば、amazon.co.jp, Amazonブランド等(すべての家電)
,〈https://www.amazon.co.jp/〉(2023 年 6 月 14 日閲覧)。
14 公取委「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書(オンラインモール・アプリストアにおける事業者間取引)」
(令
和元年 10 月)16~17 頁。
15 以下、Amazonに関する記述は 2023 年 6 月に同社のサイト(amazon.co.jp)を閲覧した結果に基づく。
16 中川・前掲注⑻ 43 頁(著者はこれを「デジタル性」という)

17 EUでは、Amazon確約事件等を通じて、自己優遇型のデータ利用は制限されるに至っている。山本真弘「EUにおける競争政策の最近の動向」
公取 868 号(2023)23 頁。
18 間接的ネットワーク効果が働く財(多面市場性をもつ財)については、一方の面の利用者数が増えれば、別の面の利用者も増えるという正の
循環がはたらくことになるが、そのような循環が働き始めるまでは、どうにかしていずれかの側の利用者数を増やさなければならない。この
ためDPFは、一方の数が小さいがために、もう一方の数も小さいままに留まり、その逆も正であるという「鶏が先か、卵が先か(chicken or
egg)」問題に直面する。この問題を解決するために、DPF自らが出品することがあり、このような要因もエコシステムの組織化の仕方に影響
する。
19 一般的に、中川・前掲注⑻ 42~43 頁。
20 もっとも、利用事業者/利用消費者の顧客ベースの数等次第で、むしろ利用事業者を厚遇する誘因をもつこともある。たとえば、情報ないし
データについては、ある程度、集積が進めば価値が逓減することが指摘されており、利用消費者がDPFにもたらす情報の価値が低くなれば、
利用消費者に対する丁重な扱いはやむことがある。
21 東條・前掲注⑽ 7 頁参照。
22 長谷河亜希子「食べログ事件東京地裁判決 2022 年 6 月 16 日」公取 870 号(2023)77 頁。

13
、利用事業者との間で「相互理解の促
業省令 6 条) て自発的に取りやめ等の措置をとった例ばかりであ
進を図るために必要な措置を講じ」ること(法 7 条 り26、判断基準・考慮要因等は明らかではない。他
、そして、DPFが提出した報告を基に経済産
1 項) 方、透明化法を適用されるDPFは、同等性条項に
業大臣が行う評価(以下「大臣評価」という)の結果 ついても、透明性確保、相互理解促進義務等を負
を踏まえて「公正性の自主的な向上に努め」ること う27。
だけである(9 条 6 項)。2022 年末に公表された最初
3. アカウント停止
の大臣評価23 では、
「正当化されるものもあれば、
公平性・公正性の観点から問題があると評価される アカウント停止が恣意的に行われ、しかも、その
場合もある」とするが、いかなる観点から、どうい ことに関するDPFに対する苦情申立て等の処理を
う場合に問題があるのかは分からない24。 DPF が迅速に行わないことがある。他方、アカウ
ント停止は、危険・違法な商品を扱い続けていると
2. 同等性条項
いった客観的に合理的な理由により行われることも
同等性条項は、MFN条項などともよばれ、ナ ある。
ロー型、プラットフォーム間型等に分類される。ナ 日本の独禁法は、取引先選択は自由であるべきと
ロー型は、出品者に対して、自社チャネルで設定す いう考えに基づき、取引関係の解消に対する介入に
る条件と同等またはより有利な条件をDPF上で設 は慎重な姿勢をとってきており、独禁法違反行為の
定することを義務付けるものである。こうした義務 実効性確保手段となっている場合等、ごく限られた
付けは、一見すると DPF利用者の利益となるよう 場合に規制されることがあるにとどまっている28。
にみえるかもしれないが、このような義務が課され これに対して、透明化法では、透明性確保、相互
ると、価格はかえって高止まりする可能性があるこ 理解促進義務に加えて、大臣評価を受けて公正性向
とが知られている。というのも、出品者としては、 上努力義務が課されている。また、大臣評価におい
手数料を支払わない自社チャネルでの取引が利益に て、
「利用事業者の事業活動に深刻な影響を与える
なることから自社チャネルにおいてこそ安値をつけ 行為」であるとし、
「アカウント停止等の措置を行
る誘因をもつところ、ナロー型同等性条項は、この うに当たって、消費者等の利益保護とのバランスを
ような安値設定をできなくするからである。 図りつつ、適正なプロセスを確保するとともに、継
これに対してプラットフォーム間同等性条項は、 続的に対応改善を図っていくことが求められる」と
出品者に対して競合するDPF上と比較して同等ま する。そして、慎重な対応を求めるだけでなく、
たはより有利なものとするよう義務付けるものであ 「誤ったアカウント停止措置であったことが判明し
る。これも、競争を害する可能性がある。というの た場合、速やかなアカウントの回復、補償の要否の
も、かような義務付けを有力な事業者が行ったり、 検討等、利用事業者の利益に十分配慮した取組を行
このような義務付けが並行的に行われていると、新 うことを期待する」とする。透明化法が結局のとこ
規参入DPF等の成長が難しくなることがあるため ろ何を義務付けているのかを理解することは難しい
である。参入間もないなど規模の小さいDPFに が、透明化法上の「期待」と独禁法の間に連続性が
とっては、手数料を下げることで自己の DPF 上に あるとは考えにくい。独禁法違反の予防という理論
設定される条件を他のDPFよりも有利なものとし でも、連続するものとして説明することは困難なの
てもらうことが、成長のためにとり得る戦略であ ではないか。なお、EUでは、競争法上、事業遂行
る。ところが、有力な DPFがプラットフォーム間 上不可欠な投入要素の利用をできなくする行為の規
同等性条項を課していると、新規 DPF等は、この 制が比較的活発に行われ、EU加盟国は、アカウン
25
ような戦略を採用できない 。 ト停止にかかる差別的な契約条項等を搾取型濫用と
公取委は、自由競争を減殺する効果をもつおそれ した例があるが、米国反トラスト法上は、単独・直
があるとして、同等性条項に対して措置をとってき 接の取引拒絶が規制されることは稀である29。
ている(独禁法 19 条、一般指定 12 項)。もっとも、
正式処分は一例もなく、確約認定事例か調査を受け

14 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
1 デジタル・プラットフォームによる「市場の組織化」と経済法

争法(反トラスト法)に違反しない30。これに対し
4. 独禁法と透明化法の間の「ずれ」
て、EU競争法(EU機能条約)102 条は、市場支配
透明化法は、何を目指しているのかがよく分から 的地位が要件ではあるが、これがあれば、搾取型行
ない。法律上の規定にある相互理解や公正性といっ 為や競争歪曲行為(なかでも差別的取扱い)が広く違
た概念は抽象的であり、どのようにでも理解でき 反とされ得る。さらに、EU加盟国には、市場支配
る。ただ、アカウント停止にみられるように、独禁 的地位を問わずに一定の搾取型行為・競争歪曲行為
法とは別の原理・基準を採用しているところは、あ を競争法上違法とする国もある31。
りそうである(上記 3 )。 日本の独禁法は、市場閉鎖効果をもてば独占力/
法律により判断基準が異なることは頻繁にある 市場支配的地位は勿論、市場支配力も不要――自由
が、独禁法も透明化法も「公正且つ自由な競争を 競争減殺で足る――とするし、優越的地位の濫用と
(の)促進」するという同じ目的を掲げていること して取引条件の一方的変更等の搾取型行為の一部も
からすると奇妙ではある。さらに、公取委への措置 規制してはいるが、全体として、母法の米国競争法
請求(透明化法 13 条)が透明化法の遵守を促す手段 に似ている。比較すれば、DPF に対する積極的な
とされるところ、独禁法上の基準と異なる部分につ 規制と親和性が高いのはEUと加盟国の競争法であ
いては、遵守促進機能は期待できない。 り、親和性が低いのは米国競争法である。日本は、
現在問題になっている DPFの行為のほとんどは、 その中間ということになろうか32。
競争法上、単独行為と呼ばれるものに当たる。単独
行為規制は、独禁法(競争法)分野で見解が分かれ
やすい。不当な手段を用いてライバルを排除し、自 Ⅳ 展 望
己の市場支配力/独占力ないし市場支配的地位を確
立・強化する行為を規制する必要性には、比較的、 デジタル分野で問題とされている行為には、日本
異論は少ないだろう。他方、これには当たらない行 の独禁法上、違反とするためのハードルが高いもの
為を規制するかどうかをめぐっては、見解が分かれ が多い。透明化法は、独禁法との間では異なる考え
る。 に立ち実効性に問題がある。
極端に簡略化していうと、米国では、不当・人為 日本がデジタル分野の競争上の問題について今
的な手段を用いて自己の独占力を維持・強化するか 後、とり得る選択肢は、いくつかある。一方では、
そのような蓋然性を持たない限り、単独行為は、競 (ほとんど)何もしないという対応が考えられる。

23 経済産業省「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性についての評価(総合物販オンラインモール及びアプリストア分野)
」(2022
年 12 月 22 日)。
24 大臣評価は、「利用事業者のみならず、有識者をはじめとした世の中の懸念を払拭していくことが重要」という。大臣評価は、さらに、日本の
独禁法に言及することなく、「国際的にも、大手デジタルプラットフォームによる自社優遇行為については競争上の問題があり得るとして、
様々な議論・検討がなされている」とする。実際に、欧州にはそのような事例があることは確かだが、米国では見られず、自己優遇が普遍的
に競争上の問題とみられているわけではない。
25 具体例として、公取委・Booking.com B.V.から申請があった確約計画の認定等について(2022 年 3 月 16 日) 〈https://www.jftc.go.jp/houdou/
pressrelease/2022/mar/220316.html〉
(2023 年 6 月 14 日閲覧)等。もっとも、いずれの同等性条項もフリーライド防止機能をもつことがある。
26 公取委・アマゾン(マーケットプレイス)について(平成 29 年 6 月 1 日); 同・アマゾン(書籍)事例について(平成 29 年 8 月 15 日); 同・
楽天トラベルにかかる確約計画認定事例(令和元年 10 月 25 日); 同・Booking.comにかかる確約計画認定事例(令和 4 年 3 月 16 日); 同・エ
クスペディアにかかる確約計画認定事例(令和 4 年 6 月 2 日)

27 2022 年公表の最初の大臣評価では、同等性条項には言及がなかった。
28 単独・直接の取引拒絶(独禁法 19 条、一般指定 2 項前段)について、公取委指針も下級審裁判所もこのような立場をとっており、正式な処分
や民事上の責任が認められた例は、管見の限り、存在しない。いわゆる不可欠施設の法理の適用例が日本ではないことについて、東條・前掲
注⑽ 8 頁参照。全体として、宍戸聖『私的独占における排除概念の再構成』 (商事法務、2022)第 3 章 1 参照。
29 宍戸・前掲注第 3 章 2 参照。
30 米国でも、競争法を強化する法案提出等があったが、執筆時までに廃案になったものも多く、この変化が確かに起こるとみることは難しい状
態にある。
31 長尾愛女『フランス競争法における濫用規制――その構造と展開』 (日本評論社、2018)3・4 章; 杉崎弘「フランス競争法の基本構造」一法 21
巻 1 号(2022)83 頁以下; 柴田潤子「デジタル経済における相対的な市場力規制の展開」土田和博ほか編『現代経済法の課題と理論』 (弘文堂、
2022)。
32 日米EU比較について、伊永大輔ほか「Eコマースの競争法・競争政策への示唆(下)」公取 818 号(2018)43 頁。

15
公取委は正式処分をしていないし、透明化法は強制 究も行われるようになっている。しかし、日本の独
力を欠くので、実質的には、これが日本の現状に近 禁法を全面的にEU型にすることには慎重な検討が
いのかもしれない。モバイルエコシステムに関する 必要であるように思われる。
報告書が公表され、Google およびApple について 有力なDPF に対する規制は、独禁法の延長線上
は、事前にルールを定め、違反行為に対して是正命 で、独禁法上の規制と補完関係にあるものとして行
令や金銭的不利益を課す方向が示された。規制を われてきたところがあるように思われる。独禁法を
33
行っていく方向性が示されたが 、本稿執筆時に 補完する部分があることは確かだが、部分的には、
は、透明化法のように自主的取組みと報告に委ねる デジタル分野で行われている立法等は、むしろ、私
規制手法の採用可能性が皆無とはいえない。採用さ 法上の諸原理に立脚するものとは考えられないだろ
れるのがこのような手法であれば、競争政策の観点 うか。透明化法のモデルになったP2B規則はそも
からは、実質的には何もしないのと同じことになろ そも「善良な商行為、信義則ないし公正取引」から
34
う 。 の深刻な乖離を問題とするものであった35。また、
他方では、独禁法の運用・解釈も、デジタル分野 日本では、取引関係を一方的に解消する行為の規律
の規制も EU型にするという方向性もあり得よう。 は、独禁法でなく、一般民事法によって行われてき
EU に追随することに筆者は強く反対するものでは た36。自己優遇を非難する根拠は、双方代理や利益
ないが、特に搾取型濫用行為を競争当局が規制する 相反(とのアナロジー)が挙げられることがあるが、
ことに伴う困難(価格水準、取引条件が濫用かどうか これらも一般民事法上の概念である。DPFと利用
を判断しなければならないこと、実効的な監視のメカニ 事業者・消費者間の情報上の格差等から公的規制の
ズムを取り入れる必要があること等)への懸念や、市 必要性があることは確かだが37、ルールの構築・運
場のダイナミズムをそぐことになるといった懸念が 用上は、日本における一般民事法上の行為規範を
予想される。DPF の様々な行為について、その経 DPFの特性を踏まえた上で明らかにし、これを手
済的特徴を踏まえて、競争への悪影響の発生機序と 掛かりにして公的規制の設計・運用にかかる議論を
悪影響を生じさせる要因を明らかにしていく作業を 再出発させることも選択肢となり得るだろうか。
進める必要があることは明らかであり、そうした研

33 デジタル市場競争会議「モバイル・エコシステムに関する競争評価最終報告」
(2023 年 6 月 16 日)。
34 透明化法がよって立つ「アジャイル・ガバナンス」モデルとその仕組みの問題点につき中里浩「デジタルプラットフォームの競争法上の課題、
刑事法との接点」NBL1228 号(2022)46~47 頁。
35 P2B規則前文第 2 項。
36 中田裕康『継続的契約の規範』(有斐閣、2022)等。DPFによるアカウント凍結について、松尾剛行「プラットフォーム事業者によるアカウン
ト凍結等に対する私法上の救済について」情報法制研究 10 号(2021)66 頁以下。
37 松尾・前掲注 75 頁(権利保護の不十分性について)

16 NBL No.1248(2023.8.15)
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 1 セッション プラットフォームを情報共有基盤とした「市場の組織化」

デジタル・エコシステムに対する規制の複層化

2 デ
 ジタル・プラットフォームビジネスにおける
プラットフォーム事業者の役割と責任
大阪大学招聘教授・名古屋大学名誉教授

千葉惠美子 CHIBA Emiko

なり、市場の透明性、公平性が阻害される可能性が
1. 問題の所在
あることになる。
デジタル・プラットフォームビジネス(以下 加えて、集積したデータをPF 事業者は何度も簡
「DPFビジネス」という)では、プラットフォーム事 単に利用できること(限界費用の低廉)、PF利用者
業者(以下「PF事業者」という)による情報提供に にとっては自分の相手方となるものの選択肢が多い
よって、自己のニーズに即したサービスを享受・提 PFを利用することによって便益が増大することか
供できる機会が増し、PF利用者間では情報の非対 ら(エンドユーザーにとってはサービスを提供してもら
称性を改善する側面がある。しかし、PF利用者は、 えそうなビジネスユーザーが多く、ビジネスユーザーに
PF事業者が PF上で表示・開示する情報に依存し 、
とっては、顧客となりそうなエンドユーザーが多い)
て取引しサービスを提供することになり、PF事業 PF利用者相互間に間接(交叉)ネットワーク効果1
者・PF利用者間には、情報の非対称性がある。 が働くことになり、市場が寡占化しやすいことも指
また、PF事業者がPFをどのように運営するか 摘されている2。
によって、PF利用者のアクセスを制御することも、 このように DPF ビジネスは利便性とともに新た
取引慣行を一方的に押し付けることもできることに なリスクを社会に生み出していることから、近年、

1 本稿では、一方の市場での需要増が他の市場での需要増にとって便益になるという意味で用いている。DPFビジネスの場合、川濵昇「支配的
デジタルプラットフォーム事業者の排除行為について」根岸哲ほか編著『プラットフォームとイノベーションをめぐる新たな競争政策の構築』
(商事法務、2023)33 頁注 11 は、交叉ネットワーク効果と呼んだほうがわかりやすいと指摘している。
2 独禁法からみたDPFビジネスの問題については、日本経済法学会編『デジタルプラットフォームと独禁法(日本経済法学会年報 42 号)』(有斐
閣、2021)参照。

17
DPF ビジネスに関連する実態調査報告書などが相 に図る義務がある(公平忠実義務) と解されてき
次いで公表されている3。これらの報告書を参考に、 た6。
「アーキテクチャ」に着目して苦情・紛争の内容を しかし、取引型DPF ビジネス(本特集「総論」2 )
整理すると、アカウント停止やアプリの審査基準、 では、PF利用者からの情報や条件をもとにマッチ
同等性条項等のPF事業者による強制、高額の手数 ングして、PF 利用者間に契約を成立させたのは
料、PF 事業者による商品の検索・アプリ等の順位 PF事業者であり、PF利用者はPF事業者に対して
表示の一方的決定、違法コンテンツや誤認惹起的取 「買う」
「売る」という意思表示をしているだけであ
引の放置、PF 利用者間でのトラブルの処理と PF る。PF利用者間の交渉によって契約内容が合致し
事業者の責任の関係などがある。 たわけでなく、PF利用者からの意思表示が相互に
そこで、以下では、まず、取引法の観点からみた 相手方に到達したことによってPF利用者間での契
DPFビジネスの特徴を明らかにした上で( 2 )、 約が成立しているわけではない。非取引型(情報
EU単一市場のデジタル戦略のもとで、DPFビジネ 型)DPFビジネス(本特集「総論」2 )では、そも
ス規制が進む EU法を参考に、PF事業者がDPFビ そも、PF 利用者間にはサービスの提供があっても、
ジネスにおいて果たしている役割に注目し、PF事 PF 利用者間には契約が締結されていない。
業者が提供するサービスの内容を明らかにし、これ したがって、民事法学における伝統的な媒介・仲
に対してどのような規制を行っているのかを整理す 介契約の定義からすれば、PF 事業者は PF 利用者
る( 3 )。DPFビジネスでは、PF事業者は、PFを に仲介サービスを提供しているとしても、商事仲立
介してサービスを提供していることから、この点に 人あるいは民事仲立人には該当せず、PF利用契約
着目して、DPFビジネスの取引構造を理論的に分 を現行法上の仲介・媒介契約と解することはできな
析し( 4 )、具体的に発生している問題について取 いことになろう。
引法からみた紛争解決の方向性を提示することにし ⑵ 契約か組織か
たい( 5 )。 論者のなかには、異なる当事者との間で複数の契
2. 取引法の観点からみたDPFビジネ 約が締結されていても、DPF ビジネスでは、PF 利
スの特色 用者間でのサービスを実現しているのは、PF事業
⑴ PF事業者は仲立人か 者であるとして、PF 事業者と PF 利用者間の二当
DPFビジネスでは、利害を異にする 2 つ以上の 事者間の取引に還元して、PF事業者の責任を論じ
PF利用者の意思表示を結び付けて、サービスの提 る見解がある7。
供を実現していることから、PF を提供し、運営す しかし、DPF ビジネスでは、PF 利用者には PF
るPF事業者はサイバー空間で仲介サービスをPF を利用する目的との関係で、定型化した 2 つ以上の
利用者に提供する「仲立人」に当たるのだろうか。 利害を異にするグループ(買い手か売り手か、サービ
PF利用者の一方が、無料で PFを利用したとして ス提供者かサービスの利用者か、エンドユーザーかビジ
も、PF利用者がその対価として自己のデータを提 ネスユーザーかなど) があることが不可欠である
供しているとすれば、PF利用者双方から対価を得 。
(PFを介した両面・多面市場の形成) PF利用者グルー
てPF利用者間でサービスの提供を仲介したと解す プごとに、PF 事業者との間の PF 利用契約は定型
4
ることはできそうである 。 化しているが、PF 利用者グループによって、その
これまで民事法学では、事業として不特定多数の 契約内容には違いがある。したがって、異なる利用
者から第三者との間の法律行為の媒介の委任を受け 者グループをPF利用者として集約的に表現し、
5
る契約を仲立契約と呼び 、他人間の商行為を媒介 DPF ビジネスを PF事業者・PF 利用者間の 2 者間
する商事仲立人(商 543 条)および商行為以外の行 契約に還元して全体システムを捉えるべきではない
為を媒介する民事仲立人は、受任者として委任事務 ことになる。
の処理について善管注意義務(民 644 条)を負い、 また、サイバー空間のフィジカル空間に対する優
委託者が契約締結をする上で必要な情報を提供する 位性は、取引法の観点からみた場合、PF の利用を
義務が、また、法律行為の当事者双方の利益を公平 目的とする「PF利用契約の優位性」として現れる

18 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
2 デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任

ことになり、PF事業者・各 PF利用者間の PF 利用 ビス(DMA 2 条 2 号)を提供し、かつ、非常に巨大


契約こそが、DPFビジネスの中核となる契約とな なPF事業者をゲートキーパー(同 2 条で定義される
る。DPFビジネスにおける両面(多面)市場は、取 コアPFサービスのプロバイダーで同 3 条によって指定
引法の観点からみると、PFを介して契約内容を異 されたもの)として位置付け、PF間競争を阻害する
にする 2 つ以上の自律した PF利用契約の結合に 行為、および、PF 上で、PF 利用者であるビジネス
よって実現されていることになる。PF利用者は ユーザーによる自由な事業活動を制限することにな
PFを介して契約をするしかなく、各 PF利用契約 る行為として列挙した行為をゲートキーパーに禁止
を通じて、PF 事業者が PF 利用者に協調的行動を し(同 5 条)、ゲートキーパーが遵守すべき義務を
要請している点を等閑視すべきではないことにな 規定している(同 6 条)。
る。 一方、デジタルサービス法(Digital Services Act.
このように、DPFビジネスでは、契約をネット 以下「DSA」という。2024 年 2 月 17 日全面適用予定)
ワーク化するという方法によって、いわば「柔らか の 特 徴 の 1 つ は、EU 域 内 に 事 務 所(place of
な組織」が形成されており、経済学や経営学が、市 establishment)が所在するか、あるいは、EU域内
場を通じた分業とコンツェルンによる組織化の中間 に所在するサービスの受け手に対して仲介サービス
的なシステムであると考えているのは、この点に理 (Intermediary service)を提供するプロバイダーに
由がある。 適用されるものとされ、オンラインを通じて展開さ
れているビジネスを包括的に規律している点に特徴
3. EU法によるPF事業者規制
がある。また、規制対象となる事業者の範囲を画定
⑴ DSAとDMA8 して規律する手法ではなく、サービスのレイヤーに
デ ジ タ ル 市 場 法(Digital Markets Act. 以 下 応じたリスクベース・アプローチに基づく事前規制
「DMA」という。2023 年 5 月 2 日適用) では、PF が の手法が採用されている。サービス内容をオンライ
PF 利用者をつなぐために必要なゲートウェーであ ン上で提供される仲介(online intermediary)サー
り、ビジネスユーザーの依存度が高いコアPFサー ビス一般、ホスティングサービス、オンライン・プ

3 公正取引委員会からは「オンラインモール、アプリストア実態調査報告書」 (2019 年 10 月)
、「デジタル広告分野実態調査報告書」
(2021 年 2 月)

「モバイルOS等に関する実態報告書」(2023 年 2 月)、デジタル市場競争会議(内閣官房)からは「デジタル広告分野の競争評価・最終報告」
(2021 年 4 月)、「モバイル・エコシステムに関する競争評価・最終報告」(2023 年 6 月)、経済産業省からは「特定デジタルプラットフォーム
透明化法の運用状況報告書に基づく大臣評価の公表」(2022 年 12 月)などがある。
4 大澤彩「デジタル・プラットフォームへのフランス法の『模索』と『挑戦』 」法時 94 巻 8 号(2022)68 頁によれば、フランス法では、検索サー
ビスなど、無料でPF上でのサービスを受けるからといって、PF利用者のデータを対価として提供している以上、無償契約ではないと解される
ようである。経済法の観点からも、非価格競争をどのように評価するかの問題となっており、川濵・前掲注⑴ 44 頁によれば、一見したところ
無償であるようにみえても、PF利用者の情報を受け取る方法で対価を得ていると解している。
5 洲崎博史「仲立法制の在り方」森本滋先生還暦記念『企業法の課題と展望』(商事法務、2009)411 頁以下、民法(債権法)改正検討委員会編
『詳解 債権法改正の基本方針Ⅴ 各種の契約⑵』(商事法務、2010)138 頁以下参照。
6 民法(債権法)改正検討委員会編・前掲注⑸ 141 頁。
7 このような見解のなかには、取引型のDPFビジネスについて、ビジネスユーザーであるPF利用者をPFの履行補助者と解して、PF事業者の契
約責任を肯定する見解(中田邦博「インターネット上のプラットフォーム取引とプラットフォーム事業者の責任」現消 46 号(2020)38 頁な
ど)、PF事業者がビジネスユーザーであるPF利用者に名板貸しをしたとして(商 14 条、会社 9 条)、PF事業者にエンドユーザーに対する責任
を肯定する見解なども含まれる。カライスコス・アントニオス「オンライン・プラットフォーム事業者のビジネス・モデルの画定と民事責任
──欧州連合司法裁判所における近時の判例から」消費者法研究 10 号(2021)86 頁は、UberのPFを介して運転手として顧客にサービスを提
供するPF利用者が、Uberの労働者であるかどうかが争われた事件、運輸サービスに対する行政的規制がPF事業者に及ぶかが争われた事件で、
EU司法裁判所の一連の判断は、PF事業者自らサービスを提供していると解しているとする。しかし、上記判決は、運転手を労働者に準じる
ものとして保護の対象とすることができるか、運輸サービスに対する行政的規制を及ぼすために、Uberを規制対象とすべきかについて判断を
したものである。そこで、中心となる争点は、「私的な規制緩和」と称される現象であり、ネットワークのノードとなる運転手の自律性が弱い
ため、彼らには効率性の利益を享受できる機会が乏しいことから、PF事業者がDPFビジネスモデルを選択することによって、行政規制や強行
法規を回避したといえるのかどうかが検討されている。いわゆる「ウーバー・テスト」とよばれる基準の中で、PF事業者がPF利用者(特に運
輸サービスを提供する運転手)に対して決定的な影響力を行使できる地位にあるとする点は、DPFビジネスの取引構造を理解する上で重要な
着眼点ではあるが、この点から、直ちに、DPFビジネスにおいて、取引から発生する民事責任(契約責任・不法行為責任)をPF事業者がすべ
て負うべきであるという結論を導けるわけではない。
8 両法はセットになっており、デジタル・サービスのすべてのユーザーの基本権が保護され、より安全なデジタル空間を構築すること、企業に
とって平等で競争条件を確立することを目的としている。両法の内容の詳細については、千葉惠美子編『デジタル化社会の進展と法のデザイ
ン』(商事法務、近刊)を参照してほしい。

19
ラットフォームビジネス一般、および、EU域内で つつ、DPFビジネスの私法上の法律関係や民事責
月間アクティブ利用者 4,500 万人以上を有する超大 任を考えていくことになるものと思われる。した
型 の プ ラ ッ ト フ ォ ー ム(very large online がって、DSA・DMAが、オンラインを通じて展開
platforms、以下「VLOP」という)および超大型の されているサービスのどのような点に着目して、ど
オンライン検索エンジン(very large online search のような規制をなぜしようとしているかを明らかに
engines、以下「VLOSE」という)に類型化し、透明 することは、DPFビジネスの取引構造を私法的観
かつ安全なオンライン環境のために、そのサービス 点から分析し利害関係者間の権利・義務を明らかに
から発生するリスクを評価し、リスクの程度に応じ する際にも、参考になるはずである9。
て、当該サービスを提供する者が遵守すべき義務 ⑵ PF事業者がサービス提供に当たり遵守すべき
(due diligence obligation)を定め、これを遵守して 義務と責任
いるかどうかについて説明責任(accountability)を ア 仲介サービスの提供者としての義務
果たさねばならないとしている。 DPFビジネスにおいて、PF事業者は、データ・
DSA第Ⅲ章では、上記の分類に基づいて、すべ 情報の伝達やそのためのデータ・情報の一時保管の
ての仲介サービス提供者に適用される条項(同 11 役割を担っているのではなく、アプリケーションの
条~15 条)がまず規定されており、単なる情報伝達 データ、データ通信を行うための言語に相当する
サービス(導管サービス。同 4 条)、情報通信を効率 ネットワークアーキテクチャに深く関与している
的に行うために一時保管するサービス(キャッシン 。PF事業者は、データ・情報に
(本特集「総論」3 )
グ・サービス。同 5 条) だけを提供する場合には、 積極的に関与して、オンライン上で仲介サービスを
一定条件のもとで免責を認めている。一方、サービ 提供する者としてネットワークアーキテクチャに関
スの受け手から提供・要求された情報を保管する 連する情報の透明性と情報の信頼性の確保が求めら
サービス(ホスティングサービス。同 6 条)について れており、PF 事業者は、PF を介して上記サービス
は、追加規定が置かれている(同 16 条~18 条)。 を提供することから規制が強化されているものと解
DPF ビジネスでは、ホスティングサービスを提 される。PF 事業者は、基本権を考慮した利用規約
供していることになるが、これに加えて、PF を提 の作成を求められており、サービス利用に当たって
供していることから、さらに追加的な義務が規定さ 課される利用制限情報、利用条件等を開示しなけれ
れ(同 19 条~32 条)、VLOPやVLOSEの提供者の ばならない(同 12 条~14 条)。また、少なくとも年
場合には、システムリスクの管理を目的として規制 1 回、コンテンツ・モデレーションに関する透明性
が一層強化されている(同 33 条~43 条)。加えて、 報告義務(同 15 条、24 条、42 条)が課されている。
VLOPや VLOSEについては、サービス内容に応じ 取引法の観点からみると、PF 利用契約において、
たリスクベース・アプローチに基づく事前規制と共 PF事業者とPF利用者間には情報の非対称性があ
同規制の組み合わせ、および、その実現に向けたエ り、仲介サービスの提供に関して必要な情報を提供
ンフォースメントが規定されている(同 64 条~83 する義務は、PF 利用契約に基づいて PF を介して

条) 仲介サービスを提供するPF事業者にとっても本質
もっとも、DMA におけるゲートキーパーとして 的な義務と解すべきことになろう10。
のPF事業者の責任、また、DSAのPF事業者(DSA イ ホスティングサービス提供者としての
で は、オ ン ラ イ ン・ プ ラ ッ ト フ ォ ー ム 提 供 者 ) の 義務と責任
デューデリジェンスや説明責任から、直ちに私法上 DSAは、仲介サービスの提供者には、送信・保
の法律関係や民事責任を導けるわけではない。EU 存する情報につき一般的なモニタリングや、違法行
委員会の下で、国境を越えて広がるデジタル・ビジ 為に当たるかどうかにつき、積極的な事実調査義務
ネスを包括的に規制し、EU域内の利用者の基本権 はないとしている(同 8 条)。サイバー空間におけ
を保護する点に目的があるからである。しかし、 る言論の自由や表現の自由、および、私人による
EU 加盟国は、DMA や DSA の考え方を基礎に、自 「検閲」となるおそれに対する配慮があるものと思
国内の法律や判例を通じた議論の積み重ねも考慮し われる。

20 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
2 デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任

しかし、PF事業者は、PFを通じて、PF 利用者 ことを可能にする取引型のPFを提供する場合には、


から提供され、または、要求されたデータ・情報を さらに、ビジネスユーザーのトレーサビリティに関
保存し、さらに公衆に配信するサービスを提供して する義務(同 30 条)、製品またはサービスが公式
いる。したがって、PF事業者には、ホスティング データベースで違法であると認識した場合、取引業
サービスの提供者として保管するデータ・情報が適 者の情報・救済手段を消費者に通知することを求め
切であることにつき一定の責任があるものとして違 ている(同 32 条)。
法コンテンツの排除、そのための適正なコンテン VLOPやVLOSEの提供者については、遵守義務
ツ・モデレーションの基準、手続に関するルールを がさらに強化されており(広告につき同 39 条、レコ
遵守するように求められている(同 16 条~17 条)。 、消費行動の
メンダー・システムにつき同 38 条など)
また、刑事犯罪やその疑いがある場合には、当局に 分析・購入履歴の分析などのプロファイリングによ
対する通報義務がある(同 18 条)。VLOP および るマーケティングのリスクとの関係で、データへの
VLOSE の場合には規制が強化されている。 アクセスと精査についてもルールが設けられている
取引法からみると、PF事業者は、PF利用者に対 。
(同 40 条)
して違法行為の監視や探索すべき一般的な保護義務 取引法の観点からみると、これらは、いずれも、
を負わない。しかし、PF 利用者による犯罪行為な PF事業者が、単なる仲介サービスやホスティング
いし権利侵害を生じさせる行為によって他のPF利 サービスの提供者としてPF利用者に適切な情報を
用者が害される証拠ないしは疑いがある場合、ホス 提供するだけでなく、PF を介して PF 利用者間の
ティングサービスの提供に際して、違法なコンテン PF利用契約を結び付けてPF利用者間でのサービ
ツや虚偽情報による人権の侵害が生じていることを スを実現する役割をPF事業者自身が担っているこ
知りながら PF事業者が適切な措置を講じなかった とを理由に、PF提供者として遵守すべき義務を強
ことを理由に、PF利用契約上、PF 利用者に対して 化したものと考えられる。
保管するデータ・情報を適切に管理すべき義務に反 また、取引型のPFの提供についてはPFを介し
した(善管注意義務違反)として、PF事業者の民事 てPF利用者間での契約が締結されることを理由に、
責任11 を問題とする余地がありそうである。 PF 事業者の義務が追加されているものと解され
ウ PF提供者としての義務と責任 る。
これに加えて、PF事業者は、PFを介してホスティ 一方、DMAでは、事後規制だけでは、DPFビジ
ングサービスを提供し保存したデータ・情報を複数 ネスの利用者の利益侵害を回復できない場合がある
の市場で利活用して、公衆に配信している。そこ こと、また、PF 事業者が利用者の利益侵害を回復
で、DSAは、PFの設計の透明性・公平性を求め、 できる立場にあることから、ゲートキーパーとし
いわゆるダーク・パターンの禁止を規定しているほ て、PF 事業者にDPF ビジネスから発生する第 1 次
か(同 25 条)、広告やレコメンダー・システムにつ 的な責任を負わせている。
いても、使用する主なパラメーターを利用規約で明
示することを義務付けるなど透明性の高度化を求め
ている(同 27 条)。
隔地間での消費者・取引業者間の契約を締結する

9 私法制度との関係では、DMA・DSAの制定前に、加盟国の判例・学説を参照しつつ、ヨーロッパ法協会(ELI)が 2019 年に「オンライン・プ


ラットフォームのモデル準則」を公表しており、これがDMAやDSAの内容にも影響を与えている。
10 大澤・前掲注⑷ 66 頁によれば、フランスでは、すでに、DSAが整備される以前から、消費法典l11-7 条以下がPF事業者の情報提供義務につい
て規定を置いている。提供すべき情報の範囲とその根拠が問題になりそうである。
11 川地宏行「ドイツにおけるデジタルプラットフォーマーの法的地位」法時 94 巻 8 号(2022)74 頁によれば、ドイツでは、DSA以前から、他
人の行為によって権利侵害等が生じた場合には、権利侵害行為を防止できる立場にある者(妨害者)が適切な対応を怠ったことを理由に責任
を負えばよいという考え方(妨害者責任法理)が判例理論として定着しており、PF事業者も「妨害者」として責任を負えば足りる。他人の情
報などを「自己のものにした」といえる場合には、例外的にPF事業者自身が権利を侵害したものとして責任を負うという考え方がとられてい
るようである。

21
4. 取引法の観点からみたDPFビジネ 間による自己の立場の引受けと、②他の当事者の立
スの構造分析 場の承認からなるとしている16。そして、この「同
⑴ 分業による効率性を主な目的とした取引シス 意」によって、多角取引を構成する各契約の当事者
テムをめぐる理論の展開 は、取引を維持するために、相互に協力義務を負
取引法の観点から、PF 事業者が提供するサービ い、フランチャイズ契約におけるフランチャイザー
スの内容に応じて、PF事業者の義務と責任を考え (本部)の情報提供義務やリース取引における供給
ると、以下の点については理論的な説明が必要にな 者の目的物の修補義務などがその具体例であるとす
る。①PFを介してホスティングサービスを提供す る。
ると、PF事業者はPF利用者に対して、なぜ高度 このように、中舎教授は、
「複合」の法的意義を
な情報提供義務、保管情報についての善管注意義務 上記の多角的法律関係の形成についての「同意」に
を負うのか、また、PF 利用者を保護するために必 求め、この概念を通じて、当事者全員を含む組織
要な措置をとらなければならない場合があるのか、 (団体)的な契約の成立を認めることによって、個
②PF利用者の利益侵害が回復できないような場合 別の契約を超える効果が取引当事者間に発生するこ
に、PF 事業者がなぜゲートキーパーとして 1 次的 とを理論化できると解している。
責任を負担するのか、またどのような範囲で責任を 一方、①の見解に立つ給付関連説17 では、1 つの
負うのか。 取引システムを構成する個別の契約には、取引シス
周知のように、フランチャイズ・システム、第三 テム内でそれぞれ割り振られた機能を果たすために
者与信型販売取引、ジャスト・イン・タイムシステ 共通した債務負担の理由があり(二当事者間の契約
ム12 など、分業による取引の効率性を主な目的とし の双務的な給付関係を与信のために 2 つの契約上の給付
て、複数の当事者がそれぞれ独立した契約をしてい 、全体を構成する個別の契約の内
に置き換えたこと)
るが、その契約が結び付いて全体として 1 つの取引 容として各契約上の給付を関連付ける要素(結合要
13
システムが形成されている取引類型がある 。
「現 素)が取り込まれ、これによって、個別の契約に基
代型複合取引」あるいは「ネット契約」などと呼ば づく本体的給付義務の間に相互依存効がもたらされ
れるこれらの取引をめぐる理論を整理し、DPFビ ると解している。
ジネスの取引構造を私法的に解明するために応用で もっとも、給付関連説が検討素材としたのは、
きないかを考えてみよう。 ファイナンス・リースを含む、与信を目的として、
ア 現代型複合取引をめぐる理論 与信契約と売買契約などが結び付いた、いわゆる第
「現代型複合取引」に関する多様な見解について、 三者与信型取引にとどまっている。
「契約結合」に
すでに、中舎教授は、取引システム全体と個別の契 注目して、このような考え方をより一般理論化した
約を関係付けている「複合」の法的意義に注目し、 のが、トイブナー教授の「ネット契約」論である。
紛争の個別問題の解決を超えて現代型複合取引の一 イ ネット契約をめぐる理論
般理論・基礎理論となり得るのかという観点から整 ドイツでも、契約を結び付けてネットワーク化し
理されている14。それによれば、①複合取引におけ た企業協働の契約類型の拡大に伴って、独立した経
る各契約上の権利・義務を相互に関連付ける構成 済主体が自律しつつ、他方で、協力して長期的経済
と、②複合取引を目的とする包括的な合意の存在を 的活動を協働する関係を「ネット契約」と定義し、
認める構成に集約されるとする15。 取引法の観点からこのような取引類型をどのように
中舎教授自身は、②の構成を支持され、当事者を 捉えるのかを議論してきた。トイブナー教授が提唱
異にする複数の契約が結び付いて 1 つの取引システ される「ネット契約論」は、その代表的な見解の 1
ム(多角的法律関係)が構成されている場合には、 つである18。
このような取引への当事者の参加と三人以上の当事 トイブナー教授は、複数の契約を結び付けること
者が予め確定された合意条項についての「同意」が によって「ネットワーク」が形成されている点に着
あれば、多数当事者間での契約の成立が認められる 目し、第三者与信型販売取引を基本型として新設さ
と解されている。上記の「同意」は、①取引当事者 れたドイツ民法 358 条の「結合契約」の分析を基

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2 デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任

「ネット契約」の基礎理論を展開している19。
礎に、 換的契約には見られない法律関係が生じるとする。
「結合契約」では、他の契約の融資を目的として与 ア ネット固有の忠実義務
信を行い、かつ、与信契約と他の契約との間に経済 トイブナー教授は、
「結合目的」=「ネットの目
的一体性があるときには、商品などの供給などの給 的」を、個々人の利益を超えた、ネットワーク化に
付に係る契約と与信契約は結合しているとして、こ よって可能となった効率向上の現実化であると
の結合契約であることにより、2 つの独立した契約 し21、この点からネット固有の忠実義務が生じると
間での抗弁の対抗など特別の効果が認められてい 解している22。この取引に参加する者は、ネット目
る。トイブナー教授は、2 当事者間の双務契約でも、 的を実現するために協調する必要があり、この点か
契約当事者の給付義務の内容が合意されているだけ ら、ネットワーク内での情報提供義務の水準が引き
ではなく、給付間の結び付きが契約内容となってい 上げられるとともに、濫用的な情報利用の回避義務
るとした上で、
「結合契約」の与信契約と他の契約 が生じるとする23。
の経済的一体性という要件について構成要件要素を イ 契約関係がないネット契約参加者間の関係
抽出している20。これによれば、①複数の契約の間 トイブナー教授は、参加者の 1 人が基準を下回る
に「結合目的」が存在すること、②複数の契約が 行為によって他の参加者に損害をあたえることは、
「相互参照」されていること、③個々の双務的な合 ネット参加者相互の集約化された相互行為に関連す
意には左右されず、多角的ネット関係によって構成 るネットワーク全体の価値減少を発生させることに
される自発的秩序を形成するとする「協調関係」が なり、フリーライダーも自己の意思によってこの
あること、以上 3 つの要素が充足される場合に、 ネット契約に参加しているのに、ネット契約の参加
個々の契約と非契約的な性質(組織法的性格)をも 者に適用される「一般的な互酬性」に違反して、フ
つ「自発的な秩序」からなる「ネット契約」が成立 リーライダーではない忠実な参加者を不当に搾取し
するものと解している。上記の 3 要素が充足される ているとする24。
場合を「契約結合」としてのネットワークと呼び、 ネット参加者は、一般的互酬性に基づく義務を相
契約結合によるネットワーク化の目的(以下「ネッ 互に負い、この点に義務違反があれば、
「契約結合」
ト目的」という)を達成するために、2 当事者間の交 の限度で、直接の契約関係にないネット契約参加者

12 必要なものを必要な時に必要な量だけ生産することで、在庫を減らして効率化する生産管理方式で、トヨタの生産方式はジャスト・イン・タ
イムと自動化の 2 つの方式を中核としている。
13 古くは、北川善太郎教授が、民商法典の典型契約類型以外にも、定型化された契約類型があり、それは、複数の契約の複合体であることが多
く、契約が相互に関連して 1 つのまとまりのある取引(契約結合)となっていることを指摘されていた(同『現代契約法Ⅱ』 (商事法務研究会、
1976)55 頁)。また、椿寿夫教授も、2 当事者間の契約に還元して個別の契約を個別に観察することによって 1 つの取引を検討することに対し
て疑問があるとして、伝統的類型と現代的類型に分けて、いわゆる多角的法律関係を検討するべきことを提案されてきた(椿寿夫=中舎寛樹
編『多角的法律関係の研究』(日本評論社、2012)3 頁) 。
14 中舎寛樹『多数当事者間契約の研究』(日本評論社、2019)197 頁。
15 岡本裕樹「 『契約は他人を害さない』ことの今日的意義⑴~(5・完)」名法 200 号 107 頁、203 号 173 頁、204 号 135 頁、205 号 119 頁(以上、
2004)、208 号 335 頁(2005)、同「『契約は他人を害さない』ことの今日的意義」私法 68 号(2006)167 頁は、契約の相対効の原則が「契約当
事者の私的自治を保障しつつ、第三者の私的自治を侵害しないという原則」であることを解明している。この見解によれば、第三者が自己の
取引に他の契約を利用する場合、第三者の私的自治を侵害しているわけではないから、契約相対効の原則に反するわけではないことになり、
個別の契約の自律性から、契約の相対効の原則を盾にして、直ちに、契約当事者間でしか債務・責任が問題とならないという結論が当然導け
るわけではないことが、理論的に説明できることになる。
16 中舎・前掲注⒁ 249 頁。
17 千葉惠美子「『多数当事者の取引構造』をみる視点」椿寿夫先生古稀記念『現代取引法の基礎的課題』
(有斐閣、1999)161 頁。
18 グンター・トイブナー (藤原正則訳) 『契約結合としてのネットワーク──ヴァーチャル空間の企業、フランチャイズ、ジャスト・イン・タイ
ムの社会科学的、および、法的研究』 (信山社、2016) (原題“Netzwerk als Vertragsverbund: virtuelle Unternehmen, Franchising, Just-in-time
in sozialwissenschaftlicher und juristischer Sicht”(2004)Nomos)87 頁、93 頁は、ネット契約と 2 当事者間の交換的契約、信託、民法上の
組合、会社、コンツェルンとの違いを分析して、ネット契約を独自の発展形態であるとする。
19 トイブナー・前掲注⒅ 106 頁。
20 この分析は、第三者与信型販売取引を素材とした給付関連説の理論構成とほぼ重なっている。
21 トイブナー・前掲注⒅ 150 頁。
22 トイブナー・前掲注⒅ 139 頁。
23 トイブナー・前掲注⒅ 141~142 頁。
24 トイブナー・前掲注⒅ 175 頁。

23
間であっても、損害賠償請求権が認められると解し による責任は、ネット参加者の個人財産を引き当て
ている25。この義務は、実質的には、ネット参加者 とすることを意図するわけではなく、他のネット参
相互の侵害から完全性利益を保護するための保護義 加者への帰責の移転の機能を引き受けること、すな
26
務といえる 。このような保護義務は、消極的ネッ わち、ネットワークを通じて義務違反の発生に関与
トワーク効果からネットワーク参加者に生じるリス したネット参加者、ネットワークの中心的な参加者
クに対応していることになる。 に責任を移転することを意味するとする30。ネット
ただし、ネット参加者間で直接請求を相互に広く ワーク内部では、ネットワークに関与した程度に応
認めることは、ネットワークを減殺させることにな じて、関係したノード間で割合的責任を負担するべ
り、ネット目的に反することから、ネット参加者間 きであるとも解している31。
の直接請求は、ネット目的の実現のために業務を遂 ⑵ DPFビジネスへの応用可能性
行すべき者、その義務を怠ったフリーライダーに対 現象として観察されるネットワークは多様である
して請求する場合に限られるべきであり、ネット参 が32、上記の見解は、いずれも、企業協働の取引類
加者間の直接請求は、任意的訴訟担当であるとす 型を念頭においた理論であり、法律構成のしかたは
る。 異なるにしても、独立した法主体間で複数の契約が
ウ ネットワーク責任 結び付けられていること、同時に、複数の契約に分
伝統的な見解によれば、契約の相手方のみが契約 離されているが、
「共通の目的」を実現するために、
から発生する責任を負うことになるから、ネット契 契約の「複合」あるいは「契約結合」としてのネッ
約では、個別の契約に分解することによって「組織 トワークがあることを理由に、個別の契約の効力を
化された無責任」
、いわゆる「ネットワークの失敗」 超えた法律関係が生じるとする点では共通してい
27
が生じやすい 。 る。
しかし、トイブナー教授は、口座振込取引に関す もっとも、中舎教授は、このシステムの取引当事
るドイツ民法 676 条のルールが、契約結合に基づ 者が、それぞれ自己の立場を引き受け、他の当事者
く責任について、わかりやすい素材を提供している の立場を承認する点について「同意」した点に、個
とする。振込が行われなかった本質的な原因が振込 別の契約の効力を超えた組織的性格を有する法律関
依頼人が指定した仲介金融機関にある場合を除き 係が生じる根拠を求めておられる33。中舎教授が
、仲介金融機関や被仕向銀行
(同 676c条 1 項第 3 文) 「同意」を重視されるのは、当事者の意思に基づく
に原因があって振込がなされなかった場合、猶予期 ものとして、個別の契約からみれば外にある要素の
間の経過によって振込契約は解約されたものとみな 拘束力を説明する点にねらいがあるものと思われ
され、振込依頼人は仕向銀行に対して、振込金の償 る。
還を請求できるとする規定が置かれている(マ 2017(平成 29)年民法改正では、意思表示に対応
28
ネー・バック・ギャランティ。同 676b条 3 項) 。振込 する意思を欠く場合にとどまらず、法律行為の基礎
のネットワークは、仕向銀行の組織ではなく、仲介 とした事情について、法律行為の基礎とされること
金融機関・被仕向銀行は、それぞれ仕向銀行とは独 が表示されている限り、表意者の認識が真実に反す
立した主体として行為を行い、個別の契約に基づい る場合にも、錯誤取消しが認められることになった
て責任を負担することが原則であるが、上記のルー 。また、契約の履行過程について
(95 条 1 項、2 項)
ルでは、口座振込取引において過誤が生じた場合の も「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会
第 1 次的責任は仕向銀行が負い、振込依頼人からの 通念に照らして」債務の不履行があった場合に、民
償還請求には、仕向銀行の過失を要しない。 事責任が肯定されている(民 412 条の 2 第 1 項、同
そこで、トイブナー教授は、ネット契約でも、契 。
415 条 1 項、同 541 条など)
約がネットワーク化して結び付けられている(した 契約当事者の「意思」以外の要素をどこまで契約
がって集合に帰属している)がゆえに、ネット参加者 関係に取り込めるか、成立した契約内容と合意との
も契約結合に伴うネットワーク責任を負担すること 関係をどのように捉えるのかは、今後とも議論が継
になると解している29。ただし、この「契約結合」 続することになろうが34、当事者の「意思」だけで

24 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
2 デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任

なく、
「契約結合」という客観的指標によって、ど ように、サービスの提供のためにPF利用者間契約
のようなネットワークであるのかを画定し、かつ、 の締結を要する場合には、PF利用者間契約を成立
一般的互酬性に基づいて義務や責任の内容を解明す させていることになる。したがって、契約結合とし
ることができないわけでないように思われる。 てのネットワークの構成要件要素、すなわち、
「具
取引法のデフォルト・ルールとなっている売買契 体的な結合目的」
「契約相互間の参照」
「協調関係」
約の場合、売主は売買の目的物となった物の所有権 という 3 つの構成要素が、DPF ビジネスの場合に
移転義務を、買主は代金の支払義務を負うが、相互 も存在することになる。
の給付義務は相手方から給付を受けられるから自己 もっとも、DPF ビジネスの場合には、フィジカ
の給付義務を負担する関係にあり、双方の給付義務 ル空間でのサービスの供給者サイドであるPF利用
を関連付ける「対価性」という概念によって、契約 者も、サービスの需要者サイドであるPF利用者側
の内容の画定に当たって契約の目的が考慮されてい も、PF 利用契約に基づくサービスとの関係では、
る。トイブナー教授の「一般的互酬性」という概念 ネットワーク内の参加者(ノード)になっており、
は、ネット目的によって、複数の契約に基づく給付 この点では違いがある35。PF 利用者間の相互の関
義務が関連付けられていることを意味していること 係が増大することが PF 利用者にとっても、PF 事
になる。 業者にとっても、自らの利益の拡大につながる。し
DSAやDMAを 参 考 に す る と、PF事 業 者 は、 たがって正のネットワーク効果の最適化が共通した
PF 利用契約に基づいて、PF 事業者は、PF 利用者 目的となり、この点からこのシステムに参加した者
に対して、データ・情報の仲介によるサービス、ホ の忠実義務の内容を精査することが必要となる。ま
スティングによるサービス、PF提供によるサービ た、PFを提供するPF事業者が契約結合としてネッ
スを提供している( 3 参照)。この 3 つのサービス トワークの中心的な役割を担っていることになる点
のうち、PF 提供によるサービスでは、PFを介した でも違いがある。
2 つ以上のPF利用契約間の「結合」によって、PF とりわけ、取引型DPFビジネスの場合、PF利用
事業者が 2 つ以上の異なるPF利用者から提供され 者間の契約の成立や効力についてトラブルが生じた
た情報を積極的に結び付けて公衆に配信してPF利 り、あるいは、契約不適合責任が生じた場合に、
用者間でのサービスを実現している。取引型PFの PF利用者間の契約がネットワークの外部関係であ

25 トイブナー・前掲注⒅ 182 頁。
26 トイブナー・前掲注⒅ 184 頁。
27 トイブナー・前掲注⒅ 192 頁。ジャスト・イン・タイムシステムでは、製造業者は製造物責任のルールに基づいて不法行為責任を負うことに
なるが、フランチャイズ・システムを通じてサービスが提供される場合には、製造物責任の適用がない。
28 岩原紳作『電子決済と法』 (有斐閣、2003)423 頁は、立法論としてではあるが、決済サービスの利用者が指示した受取人に資金が届かなった
場合に、ネットワーク責任論という観点から、仕向銀行から利用者への資金の返還を認めるルールを強行法規とすべきであると主張されてい
る。
「契約結合」としてのネットワークという観点から、カード決済と口座振込取引を分析し、上記ルールを解釈論として展開したものとして、
千葉惠美子「プラットフォームビジネスという観点からみたキャッシュレス決済の取引構造──ネットワーク責任論からプラットフォーム契
約構造論への転換」千葉惠美子編著『キャッシュレス決済と法規整』(民事法研究会、2019)がある。拙稿では、カード決済システムが両面市
場の 1 つとして論じられていることに注目し、このシステムで中心的役割をになっている国際ブランドおよびインターネットバンキングを利
用した振込取引の場合の全銀ネットの役割に注目し、プラットフォームビジネスという観点から、キャッシュレス決済サービス取引の構造を
横断的に説明するための理論として再構成している。
29 トイブナー・前掲注⒅ 198 頁。
30 トイブナー・前掲注⒅ 225 頁。市場に媒介された分業と契約結合によりネットワーク化された分業の違いは、後者では、ネットワークに帰属
する主体が集合して責任を負い、ネットワーク自体を通じて責任をネット本部や関係したネット参加者に移転することを意味することから、
トイブナー教授は、これを「ネット内部での連関による集合責任の再個人化」とよんでいる。
31 トイブナー・前掲注⒅ 226 頁。
32 ネットワーク社会で起こる問題に対して、経済学・社会学・情報科学を横断的に学際的に分析した文献として、David Easley=Jon Kleinberg
(浅野孝夫=浅野泰仁訳) 『ネットワーク・大衆・マーケット──現代社会の複雑な連結性についての推論』 (共立出版、2013)
(原題“Networks,
Crowds, and Markets: Reasoning about a Highly Connected World”
, 2010, Cambridge University Press)がある。DPFビジネスが飛躍的に発
展する前の文献であるが、現代社会における複雑なネットワークと行動の関係を理解するために役立つように思われる。
33 中舎・前掲注⒁ 249 頁。
34 内田貴「契約責任の将来像」瀬川信久ほか編『民事責任法のフロンティア』(有斐閣、2019)117 頁。
35 川濵・前掲注⑴ 33 頁は、オンラインであることによって、需要者側の依存関係を考慮にいれた新しい事業展開となっていると述べ、DPFは、
インターネットを介して多面市場型PF機能を果たしているとする。

25
るとして、ネット参加者は責任を負わないとするこ PF事業者が一方的に作成したアカウント停止や
とは、取引法の観点からみても「市場の組織化によ アプリの審査基準、同等性条項が、PF 利用契約の
る無責任」と考えるべきだろう。取引型DPF ビジ 内容となるかどうかは、
「定型取引の態様及びその
ネスにおいても、契約結合に伴う責任を論じる余地 実情並びに取引上の社会通念に照らして第 1 条第 2
がある(DMA6 条 2 項および 3 項参照)。 項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方
トイブナー教授は、前述したように、ドイツ民法 的に害する」かどうかによって判断され、上記の基
676 条のマネー・バック・ギャランティ・ルールを 準を満たす場合には、個別条項について合意しな
参考に、結合している契約はそれぞれ自律的であり かったものとみなされる(同条 2 項)。正の間接(交
独立しているから、契約結合によるネットワークに 叉)ネットワーク効果の最適化を目的として PF を
参加したことを理由に、各ネット参加者が契約結合 介して契約が結合しているとすれば、上記の判断に
に伴う責任を負う場合にも、他のネット責任者への 際しては、PF 事業者も PF 利用者も上記目的の実
責任の移転を引き受けるとする効果が生じるとして 現のために忠実義務を負っている点が判断基準とな
も、DPF ビジネスにおいては、PF を介して契約結 る。他の利用者に便益を与えないような利用者やア
合によるネットワークを提供するPF事業者と他の プリを排除すること自体は有効であるが、アカウン
ネット参加者が同等の責任を負うと解すべきかどう ト停止やアプリの審査基準が不明確であることや、
かは検討の余地があるとする。 そのための適正手続が保障されていないとすると、
PF事業者は、PF 上で契約結合としてのネット PF利用者の利益を一方的に害する条項として無効
ワークを自ら設計し提供している。したがって、 となる可能性がある(同条 2 項)。
PF事業者が、契約結合の限度でネットワークから また、PF 事業者が上記条項を濫用的に適用する
生じる損害について第 1 次的責任を負い、PF 事業 場合には、PF事業者の行為は、契約結合の目的に
者が原因行為者へ責任を移転すると解すべきではな 反した忠実義務違反行為となり、当該行為によって
いだろうか。取引型のPFビジネスの場合には、 損害を被ったPF 利用者がPF 事業者に対して損害
PF事業者の権限・管理下で、PF利用者が他のPF 賠償請求できる可能性がある。同等性条項には、ビ
利用者にサービスを提供しているような客観的状況 ジネスユーザーが自社サイトでDPF のサイトより
があると(DMA6 条 2 項参照)、さらに顧客が消費 安値設定ができないとする条項や、他の競合する
者である場合には、PF 事業案の権限・管理下にあ DPF のサイトと同様またはより有利なものとする
ると見えた場合も含めて(同条 3 項参照)、PF 事業 よう義務付ける条項があるようであるが、取引法の
者の契約結合に伴う責任は重くなるものと解され 観点からは、契約結合の目的に反した忠実義務違反
る。 行為と評価できる場合には同様の構成が可能であ
る。ただし、どのような損害が発生するのか、ま
5. 結びに代えて
た、その額の算定については、現行制度のままで
以下では、以上の検討結果を踏まえて、DPF ビ は、立証が難しい。
ジネスに関する具体的な苦情や紛争について、取引 ⑵ PF利用者のPF事業者に対する手数料問題36
法からみた場合に、どのような解決が考えられるの PF事業者は、PF利用契約に基づいて、データ・
かについて簡単に記述して結びとしたい。 情報流通の仲介・ホスティング、およびPF 提供の
⑴ 利用規約の効力 各サービスを提供しており、これらのサービスに対
PF利用契約は「定型取引」(=ある特定の者が不 する対価として手数料を支払っていることになる。
特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内 取引法の観点からは、PF事業者から契約内容に適
容の全部または一部が画一的であることがその双方に 合するサービスが提供されていなければ、債務不履
とって合理的であるもの)の典型とされ、PF利用規 行責任が問題となる。
約は「定型約款」(民 548 条の 2 第 1 項)であると解 PF事業者に対して債務不履行責任を追及するた
されている。したがって、PF利用者はPF利用規 めには、手数料の内訳と当該サービスに対する手数
約の個別条項に原則として拘束されることになる。 料の関係性を立証する必要がある。しかし、PF 事

26 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
2 デジタル・プラットフォームビジネスにおけるプラットフォーム事業者の役割と責任

業者とPF利用者間の情報の非対称性を考えると、 になる。PF 事業者による自己優遇行為38 の 1 つと


この点についての立証責任を PF利用者に負担させ して行われるランキングや表示上の自己優遇は、
ることは公平とはいえない。 ネット参加者による濫用的な情報利用であり、ま
PF事業者は、間接(交叉)ネットワークを最大 た、検索順位・表示順位を不当に操作する行為は、
化するために、手数料をどのユーザーに負担させる PF事業者の忠実義務に反した情報提供である。し
かを決定している。したがって、PF 利用者の一方 たがって、上記行為によりPF利用者である事業者
が無料でサービスの提供を受けている場合にも、間 が損害を被った場合には、PF利用契約に基づいて
接(交叉)ネットワーク効果の最適化を目的として 損害賠償を請求できることになる。
いる限度では、不公正な取引方法であるとはいえな 特定デジタルプラットフォーム透明化法(同法 5
37
いものと解される 。 条 2 項 1 号ト、経済産業省令 6 条)では、自己優遇行
⑶ 商品の検索順位・アプリの表示順位 為を行っているか、行っている場合には、その詳細
DPFビジネスでは、PF事業者がPF上にどのよ を明らかにするように求めている。透明化法の適用
うな順番でどのような情報を提示するかによって、 があるPF事業者については、この情報を資料とし
PF 利用者間のマッチングの結果が左右されること てPF事業者による忠実義務行為を立証することが
になる。 容易になるかもしれない。しかしPF事業者の上記
取引法の観点からは、PF提供者としてネットワー 行為とPF利用者の損害の発生との間の因果関係や
ク内での情報提供義務の水準が引き上げられること 損害額の算定は、現行制度のままでは立証が難しい
になり、PFを介して契約結合することになるから、 ものと考えられる。景表法も含めた総合的な検討が
ネット固有の忠実義務に基づいて正のネットワーク 必要になろう。
効果が高まるように情報を提供する義務があること

36 DPFビジネスにおけるコンテンツ取引において、PF事業者の収入の面から競争法の問題と分析した文献として、和久井理子「デジタルプラッ
トフォームとコンテンツ取引」根岸ほか編著・前掲注⑴ 85 頁。
37 同旨、川濵・前掲注⑴ 48 頁。川濵教授は、固定費用を含めた長期の限界費用を下回り、かつ、競争者の排除をも目的とする廉売行為は、競争
者を排除するものとして規制すべきであるとする。また、支配的なPFによる略奪的な価格設定についても、ネットワーク効果の発生の達成を
困難にすることで競争を抑制する可能性があるとする。
38 PF事業者による自己優遇行為にはさまざまな内容がある。自己を優遇するために、PF利用者から収集したデータ・情報を利用することが、契
約結合によるネットワークの目的に反しており、忠実義務に違反しているとも考えられる。また、データ取引という観点からは、データの利
活用の目的外利用という観点から検討してみる必要があるように思われる。

27
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 2 セッション デ
 ータ・情報の無形資産としての利活用と
それに関係する主体間の利益調整の在り方

3 情報・データの保護と利用に関する
法的規律の在り方
――知的財産法の視点から

早稲田大学教授

鈴木將文 SUZUKI Masabumi

済的価値を実現する機会を与えることによって、一
Ⅰ はじめに 定の政策目的を実現しようとする法制度である2。
そこで、本稿では、知的財産法の視点から、次の 2
デジタル化が進む社会の特徴の一つは、情報およ 点について検討することとしたい。第一に、経済的
びデータ(これらの語の意味については、次節で確認 価値を持つ情報やデータの法的保護について、基本
する)の持つ価値が飛躍的に増大することである。 的にどう考えるべきか、第二に、具体例として、
典型的な例を挙げれば、第一に、IoT機器等の普及 データの経済的価値を社会全体に望ましい形で活用
に伴って、生成されるデータ量が拡大するととも していくために、どのような法的規律が望ましい
に、AIの発達により、それらを分析、加工等して、 か、である。
新しい知見を得たり新たなサービスにつなげたりす
ることが可能になっている1。第二に、現実世界だ
情報・データに関する法制度に係
けでなく、メタバース等の仮想世界において、サー
Ⅱ る基本的視座(知的財産法の視点
ビスの提供・享受や商品の売買などが行われるよう から)
になっており、これは有体物に固定されない情報に
よる価値創出の例ということができる。
1. 情報・データの概念
さて、筆者が専門とする知的財産法は、一定の要
件を満たす情報について、特定の者に当該情報の経 まず、用語の確認をしておく。情報およびデータ

28 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
3 情報・データの保護と利用に関する法的規律の在り方

という概念は、多義的である。たとえば、データを 開されると、人々が対価を払わずに利用する「フ
上位概念とし、情報を下位概念とする(すなわち、 リーライド」が生じることになる。
データを集合と捉えると、情報はその部分集合となると 情報の以上のような特徴は、経済学における公共
3
理解する)用語法も使われている 。しかし、本稿で 財の性質と同じである7。ただし、公共財について
は、わが国の実定法の例にしたがい、情報を上位概 は、一般に、市場を通じた供給が困難であることか
4
念、データを下位概念として使用する 。 ら政府による供給が必要であるという文脈で議論が
そして、情報とは、法的効果の原因または対象と なされるが、情報については、必ずしも供給が困難
なり得るもののうち、人および有体物(民法 85 条) であるという事情が認められるわけではない。すな
以外のものを広く意味すると捉えておくこととす わち、情報は、人為的な措置を講じなくても、供給
5
る 。また、データとは、コンピュータの処理対象 されるものが多い。また、情報がフリーライドされ
6
となる、符号化された情報を意味するものとする 。 ることは、それ自体が悪いことではなく、むしろ、
2. 情報の法的保護に関する知的財産 新たな情報創出につながるし、表現の自由、知る権
法の考え方 利等の観点からも、望ましいことともいえる。さら
情報(以下の説明は、データについても妥当する) に、情報を法的に保護することによって、人為的に
の財としての特徴は、消費の非競合性と非排除性が 排除性を付与した場合、情報の利用を阻害する効果
認められることである。消費の非競合性とは、ある をもたらしかねない8。
人がその財を消費しても、他の人がその財を消費で そこで、知的財産法は、産業の発達および文化の
きる量は減らないことであり、消費の非排除性と 発展を促す観点9 から、情報について自由な利用に
は、特定の消費者を消費から排除することが困難で 委ねておくこと10 を基本としつつ、政策的に必要な
あるということである。そこで、情報がいったん公 場合に特別に法的な保護を与えている。政策的な必

1 わが国政府の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2023 年 6 月 9 日、閣議決定)も、「デジタル化の急速な進展・高度化が進む中、デー
タは知恵・価値・競争力の源泉・創造の基盤であり、データスペースや生成AIの急速な普及等の新たな動きがデータの生み出す付加価値を更
に飛躍的に高めている。」と述べている(同 36 頁)。
2 知的財産制度の趣旨や考え方について、知的財産法の研究者の間にコンセンサスがあるわけではない。本稿における以下の説明は、あくまで
筆者の立場、すなわち、同制度の趣旨を政策効果実現手段とみる帰結主義的な立場に基づくものである。これに対し、知的財産権につき創作
者等に当然に認められるべき自然権的な権利と捉える立場もあり、特に著作権制度について、伝統的に、後者の立場も有力である。
3 たとえば、「情報の哲学」の代表的研究者によれば、情報関係の諸学問分野で採用されている「情報の一般的定義」 (the General Definition of
Information)は、データにより構成され意味をもつものを「情報」と定義しているという(Luciano Floridi, The Philosophy of Information
(OUP 2011)83-84)。
4 わが国実定法上、「データ」に係る用語を定義する際には、 「情報」の下位概念として定義するのが通例である(たとえば、「限定提供データ」
を「技術上又は営業上の情報」のうちの一定の要件を満たすものとして定義する不正競争防止法 2 条 7 項参照)。知的財産法は、 「財としての
情報の保護法」(中山信弘「情報と財産権――討論の概要と感想」ジュリ 1043 号(1994)86 頁)であり、データ以外の「情報」(たとえば、
技術的思想である「発明」(特許法 2 条 1 項 1 号参照))も保護するものであることから、このような用語法を採用する必要がある。
5 ちなみに、出来事(事実、事象)自体も情報である。「出来事自体」を著作権法上の編集著作物の「素材」と認めた東京地判平成 5・8・30 平
3(モ)6310 号(ウォール・ストリート・ジャーナル事件)参照。なお、ここでの「情報」の定義は、あくまで本稿における検討の便宜の観
点からのものである。法一般における「情報」の概念の検討として、たとえば、林紘一郎『情報法のリーガルマインド』(勁草書房、2017)17
頁以下参照。
6 山口和紀編『情報〔第 2 版〕』 (東京大学出版会、2017)161 頁〔山口和紀執筆〕の「データ」の定義に基づく。なお、わが国の実定法上、 「デー
タ」の語は、コンピュータの処理対象となるもののみを指す場合(たとえば、 「限定提供データ」
(不正競争防止法 2 条 7 項)
、「官民データ」
(官
民データ活用推進基本法 2 条 1 項))と、そのような限定がない場合(たとえば、「個人データ」(個人情報の保護に関する法律 16 条 3 項およ
び同法施行令 4 条 2 項))とがあるが、本稿はデジタル化社会との関係を論じることから、前者の用語法にしたがう。
7 神取道宏『ミクロ経済学の力』(日本評論社、2014)274 頁参照。公共財またはそれに近い財の例は、国防、外交、景観、公園、道路等である。
8 たとえば、著作物に対する著作権を強く保護するほど、当該著作物が利用されにくくなり、さらにその著作物を利用した二次的創作活動も妨
げることになる。また、保護の強さに関係なく、権利の存在自体が情報の利用を妨げることもある(たとえば、バイオ医学研究分野において、
多数の異なる権利者の特許権の存在が研究活動を阻害するという「アンチコモンズの悲劇」を指摘したMichael A. Heller & Rebecca S.
Eisenberg, Can Patents Deter Innovation? The Anticommons in Biomedical Research , 280 SCIENCE 698(1998)参照)

9 「産業の発達」は産業財産権法の目的規定(特許法 1 条等)、「文化の発展」は著作権法の目的規定(同法 1 条)のキーワードである。また、知
的財産基本法 3 条は、知的財産法政策の目的として、「国民経済の健全な発展及び豊かな文化の創造」を挙げている。
10 情報が誰でも自由に利用できる状態にあることを、「公有」(public domain)に置かれているという。最二判昭和 59・1・20 民集 38 巻 1 号 1
頁(顔真卿事件)もこの表現を用いている。

29
要性の根拠としては、主として以下の 3 つがある。 的財産法上の要件や効果と異なる規律を適用したり
11
第一に、情報を創出する活動等 に対するインセ することは、原則として認められないと考えるべき
12
ンティブを付与する必要性である 。 である17。
第二に、情報に対する権利を認めることによっ 第四に、少なくともわが国の知的財産法学では、
13
て、情報の取引を促す必要性である 。 特定の主体への情報自体の「帰属」という捉え方は
第三に、情報の利用に関する一定の法的規律を設 しないと思われる。情報と特定の主体との結びつき
けることにより、公正な競争を確保する必要性であ は、いったん情報に係る権利を観念し、一定のルー
14
る 。 ルに沿って当該権利が特定に主体に帰属することに
なお、上に挙げたような必要性が認められるとし なる18。情報自体の「帰属」を問うというアプロー
ても、情報を保護することによるマイナスの効果 チをとらない理由を推測すれば、まず、情報の一般
(上述のように、情報の利用への阻害効果等)や、制度 的な性質に照らし、
「誰かのもの」というニュアン
運用のコストなどを考慮して、最終的に保護の是非 スを含む「帰属」の概念が馴染まないことがある。
15
を決める必要がある 。 次に、仮に情報の「帰属」と問うこととしても、誰
以上が、知的財産法における情報の保護について に帰属するのかを決めることは、必ずしも容易でな
の基本的考え方であるが、3 点補足する。 く、そのような判断過程を経る意義は乏しい19。さ
第一に、上述から明らかと思われるが、情報に経 らに、情報の「帰属」を仮に認めるとしても、有体
済的価値が認められるとしても、法的保護が必要で 物の占有の場合と異なり、その帰属自体を法的に保
あることには直ちに結びつかない。 護することの必要性・正統性は当然には認められな
第二に、情報の法的保護の手法は、多様である。 い20。
すなわち、わが国の知的財産法における民事法的手
法に限っても、特許権のような排他的権利を設定す
デジタル社会におけるデータに
る制度から、利用に係る報酬請求権のみを認める制 Ⅲ 関する法的規律
度、特定の者に情報に係る「権利」を認めるわけで
なく、一定の行為を規律するにとどめる制度(行為
1. データの概念と法的保護
規整法)など、様々である。法的保護の対象となる
情報であるからといって、有体物に対する所有権の 上記の基本的考え方を踏まえつつ、応用問題とし
ような全面的な支配権はもとより16、対世効のある て、データの経済的価値を社会全体に望ましい形で
「権利」を認める必要は、必ずしもない。 活用していくための法的規律について、若干の検討
第三に、以上はあくまで知的財産法の視点からの をしたい。
説明であって、他の分野の法が、知的財産法と異な ここで、データとは、先に確認したように、コン
る目的のために、情報に係る規律を定め得ること ピュータの処理対象となる、符号化された情報を意
は、当然である。ただし、不法行為法との関係は議 味する。さらに、データの分類方法は種々存在し、
論の余地がある。知的財産法上保護対象とされてい た と え ば、
「 提 供(provided) デ ー タ 」
、「観察
ない情報につき、何らかの法的利益を他人に毀損さ (observed)データ」
、「派生(derived)データ」お
れたという主張に対し、不法行為の成立を認め得る よび「推論(inferred)データ」等と分ける方法21
か。この問題については、過去から議論があるとこ などが提唱されている22。
ろ、情報の経済的価値の実現を通じて政策目的の達 データについては、従来型の知的財産制度による
成を図るという法制度の内容については、知的財産 保護を受ける場合がある。わが国の制度を前提とす
法が判断を下しているのであり、不法行為法によっ ると、著作権、特許権(「データ構造」が発明と認め
て、知的財産法上保護されない情報を保護したり知 、営業秘密、技術的制限手段
られる可能性がある)

30 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
3 情報・データの保護と利用に関する法的規律の在り方

23
(の保護の間接的対象として)等である 。 ビス事業者、レンタカー利用者、自動車の修理等の
アフターサービス事業者、データを他の製品やサー
2. 問題の所在
ビス(たとえば地図の作成)に活用しようとする事
さて、ここでの課題につき、具体的なイメージを 業者などが考えられる。
喚起するために例を挙げると、コネクテッドカーの データの活用を図る観点からの最大の問題点は、
利用に伴い収集・蓄積されるデータ(運転状況、道 自動車の利用によって生成されるデータが特定の事
路状況等に関するデータ)について、これを経済的に 業者(たとえば、自動車製造業者)に集中的に蓄積さ
活用して商品やサービスの開発、市場の拡大につな れる一方、そのデータの源泉となった自動車の利用
げていくために、何らかの特別な法的措置が必要か 者や第三者は、特段の理由がなければ、そもそもい
24
という問題である 。 かなるデータが生成されているかということもわか
また、データの生成および利用に関係する当事者 らず、まして、データへのアクセスやその活用につ
は多様であり、上記のコネクテッドカーの例につい いてデータの保有者に要請をすることができないと
て言えば、自動車の製造業者、販売業者、自己使用 いう点であろう。
目的の購入者(個人および事業者)、レンタカーサー

11 「等」としたのは、商標のような標識法については、標識自体の創出でなく、標識を用いて優れた品質の商品やサービスを提供することへのイ
ンセンティブが企図されているためである。
12 特許、著作権、意匠等の保護は、情報の創出の活動に対するインセンティブの付与を主目的としているといえる。
13 たとえば、個人発明家や小説家は、それぞれ特許権または著作権を得ることにより、生産設備を持つ企業や出版社に対して権利を譲渡したり
ライセンスを与えたりする取引が容易にできるようになる。
14 不正競争の防止は、産業財産権に関するパリ条約上、産業財産権保護の一つとして義務付けられており(同条約 1 条 2 項、10 条の 2)、わが国
では不正競争防止法が対応している。不正競争行為とは、「工業上又は商業上の公正な慣習に反するすべての競争行為」とされるが(パリ条約
10 条の 2 第 2 項)、わが国の不正競争防止法上の定義規定(2 条)は限定列挙にとどめ、一般条項を置いていない。
15 「情報の財産権」(property rights in information)について、法と経済学の観点から論じた文献として、スティーブン・シャベル(田中亘=飯
田高訳)『法と経済学』(日本経済新聞出版、2010)157 頁以下参照(なお、邦訳では、同所のタイトルを「知的財産権」と訳しているが、著者
は個人情報も含めた情報について論じており、訳語が狭すぎるように思われる) 。
16 むしろ、排他的な知的財産権でさえも、存続期間や効力範囲の限定等による大幅な制約を受けている。
17 最二判平成 16・2・13 民集 58 巻 2 号 311 頁(ギャロップレーサー事件)、最一判平成 23・12・8 民集 65 巻 9 号 3275 頁(北朝鮮事件)参照。
ただし、不正競争防止法については、同法が実質上不法行為法の特則的な性質を有すること、および、情報の保護それ自体を目的とするので
はなく、競争秩序維持の観点から、特定行為を規整する制度であることから、この原則を単純に適用すべきでないであろう。
18 たとえば、著作物については著作権や著作者人格権、発明については「特許を受ける権利」を認め、原則として、前者は創作者、後者は発明
者に帰属する(著作権法 17 条 1 項、特許法 29 条 1 項)
。職務著作や職務発明については、権利帰属についての特則がある(著作権法 15 条、
特許法 35 条)。
19 たとえば、作曲家の甲がモーツァルト風の曲を作曲し、乙がこれに日本語の歌詞をつけ、丙がこの楽曲を編曲し、丁が英語に訳した歌詞を付
し、さらに戊がこの英語版歌曲のパロディーを創作した場合に、当該パロディー曲は誰に「帰属」するかは、一義的に明らかでないであろう。
著作権法の観点からは、一定の法的概念(翻案、創作的表現等)を用いて分析を加え、権利の帰属を決定することになる。
20 たとえば、まったく同一の技術的アイデア(発明)を、異なる主体の甲と乙が各々思いついたという場合を想定すると、甲のみが同アイデア
につき特許出願をして特許権を取得したときは、乙は、自分のアイデアを利用した製品を製造販売することが、原則としてできなくなる(特
許権侵害となる)。このような情報の利用権限の調整は、特定の利用行為との関係(たとえば特許権の効力の及ぶ範囲内)で行われるにとどま
り、乙自身が自分のアイデアを開示したり私的領域で実施したりすることは妨げられない。しかし、乙が自分のアイデアにつき知的創作物と
して法的保護を求め、他人の行為を禁止すること等は、甲に特許権が認められることとの関係で、原則として認められない。
21 OECD, Enhanced Access to and Sharing of Data, 30(2019)
. それぞれの例を挙げれば、
「提供データ」は、個人のクレジットカード使用情報、
健康診断結果、SNSへの投稿、 「観察データ」はコネクテッドカー等のIoT機器がセンサーを通じて収集するデータ、 「派生データ」は大量のデー
タから算出する平均値、 「推論データ」は大量のデータを分析して将来の事象の発生確率を予想するデータなどである。
22 たとえば、Andreas Wiebe, Protection of industrial data – a new property right for the digital economy? , 2016 ⑽ GRUR Int. 877 は、記号論な
いし言語学を参照して、広義の情報を、「統語的(syntactical)レベル」、「意味論的(semantic)レベル」および「語用論的(pragmatic)レ
ベル」と分け、統語的レベルがデータであると捉えている。これに対し、データにつき、コンピュータがデータを人に知覚可能な形態に変換
した結果までを含むものと捉えれば、データについて意味論的または語用論的レベルのものを観念できるであろう。
23 紙幅の関係で詳細な説明は省略する。たとえば、田村善之「限定提供データの不正利用行為に対する規制の新設について――平成 30 年不正競
争防止法改正の検討」高林龍ほか編『年報知的財産法 2018-2019』 (日本評論社、2018)28 頁を参照。なお、諸外国でも概ね状況は同じであるが、
EUについては、著作物性を欠くデータベースを投資保護の観点から特別な(sui generis)権利によって保護するEU指令(Directive 96/9)が
1996 年に制定されている点が、特殊要因として存在する。同指令は、特に米国に対抗して、EUのデータベース産業を育成しようという意図に
基づくものであったが、その効果は十分上がらず、 「最もアンバランスかつ反競争的な排他的権利」をもたらしたなどと批判されている(Justin
Pila & Paul Torremans, European Intellectual Property Law 487(2d ed. OUP 2019)
)。国際的にも、新たな権利を創設することにより、か
えって情報の創出や利用に害をもたらした悪例として、頻繁に言及されている。
24 この問題設定から明らかなように、個人情報の保護の問題は、直接の検討対象としない。

31
3. わが国におけるビッグデータ
(限定 しかし、
「データの収集・蓄積・保管等」について、
提供データ)の保護 法的措置を講じてまで「投資インセンティブ」を与
デジタル社会においてデータの重要性が飛躍的に える必要があったのであろうか(「価値あるデータ」
高まる中で、わが国は、国際的にも先陣を切る形 の「価値」が、すでに投資インセンティブとして十分な
で、データに関する新たな法的措置を講じた。すな のではないか。技術的手段や契約、さらには既存の刑事
わち、2018 年、不正競争防止法を改正し、いわゆ 。また、
法などの機能も期待できるのではないか) 「オー
るビッグデータに特定の行為を不正競争行為とし、 プンな利活用」の促進と言いつつも、データをすで
民事救済措置の対象とする旨の規定を導入した。具 に保有している事業者の営業上の利益を保護するこ
体的には、
「限定提供データ」に係る不正な取得、 とが、なぜ「オープンな利活用」に結び付くのであ
使用および開示の行為が、不正競争行為とされ ろうか。そのような問題が十分検討されないまま、
25
た 。 本改正は一種の勢いで実現してしまったようにも見
この改正の特徴を挙げると、以下のとおりであ 受けられる。上記の実効性への懸念は、むしろ、立
る。 法による弊害を抑える観点からは、積極的に評価す
第一に、目的は、データ保有者が安心して他の事 べきことかもしれない30。
業者とデータを共有できるように、データ保有者に ところで、上記の「知的財産推進計画 2017」で
契約の効力を超えた保護を与えることといえる。本 は、上記立法と並ぶ方策として、
「契約上の留意点
制度は、限定提供データの保有者が当該データを保 をまとめる」施策が提言されていたところ、経済産
有する(電磁的方法により相当量蓄積し、管理してい 業省は、2018 年に「AI・データの利用に関する契
る)事実に基づき、一定の行為との関係で、データ 約ガイドライン」
(以下「契約ガイドライン」という)
26
保有者の「営業上の利益」 を保護するものである。 をとりまとめた31。データの利活用に関し、契約は
限定提供データ保有者には、民事救済措置に係る請 極めて重要な役割を果たすことから、契約のガイド
求権(これは知的財産法上の「権利設定法」にいう権 ラインを示すことの意義は大きいと考えられる。し
利とは異なる)を越えて、データそのものについて かし、データの利活用に関しては、データ保有者が
何らかの「権利」を認めるものではない。 相対的に強い立場に立つと考えられる中、基本的に
第二に、保護対象とされる「限定提供データ」 対等な当事者間で締結されることを想定した契約32
は、限定提供性、相当蓄積性および電磁的管理性と について、法的拘束力のない契約ガイドラインがど
いう 3 要件を満たす技術上または営業上の情報とさ の程度の効果を挙げられるかについては、慎重な検
27
れるところ 、データの種類に限定がない(上述の、 証を要するであろう。
提供データから推論データまでのいずれも含まれ得る) 4. EUの動向(「データ法」
を中心とし
ものの、3 要件とりわけ相当蓄積性は極めて不明確 て)
であって、外延がはっきりしない。 ⑴ 経 緯
第三に、不正競争行為は、極めて限定的に定めら EUでは、欧州委員会が、2017 年に「欧州のデー
28
れている 。 タ・ エ コ ノ ミ ー の 構 築 」 と い う 通 知
33
このような特徴に照らすと、果たして実効性があ (communication)を欧州議会等に提出し 、その中
る制度と言えるか、疑問が生じるであろう。 で、データの価値を最大化するためには、市場参加
そもそも、本改正の目的について、政府として改 者がデータにアクセスできることを確保する必要が
正の方針を打ち出した「知的財産推進計画 2017」 あるとした。そして、その方策の選択肢を複数示す
は、
「価値あるデータの収集・蓄積・保管等に関す 中で、特に注目されたのが、データの利用(および
る投資インセンティブを確保しつつ、オープンな利 他人に利用を認めること)に係る、データ生産者の権
29
活用を促すための方策」の一つと説明している 。 利(data producer’s right)の提案であった。ここで

32 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
3 情報・データの保護と利用に関する法的規律の在り方

想定されているデータとは、IoTのような先端技術 ン ス や イ タ リ ア で は、 デ ー タ の 所 有 権(data
を用いた機械またはそれに関連するサービスにおい ownership)という考え方はほとんど関心を持たれ
て 生 成 さ れ る「 機 械 生 成 デ ー タ 」
(Machine- ていない36 との指摘もあった。
generated data. 以下「MGD」という)であり、か しかし、
「データ生産者の権利」の案は、産業界
つ、処理がなされる前の生データ(raw data)であ や学界等から強い批判を受け37、欧州委員会は、事
る。また、
「データ生産者」は、当該機械の所有者 実上、この案を取り下げることとなった。すなわ
または長期間のユーザー(借主)を意味するとされ ち、2020 年に、欧州委員会が欧州議会等に提出し
た。さらに、
「権利」の性質に関しては、委員会の た「欧州のデータ戦略」と題する通知は、
「諸セク
スタッフの作業文書によると、物権的な排他的使用 ターにおける水平的なデータ・シェアリング」を促
権(a right in rem assigning the exclusive right to すための法的措置(「データ法」)を検討する旨を明
utilise certain data)または純粋に防御的な権利(a 確にした一方、データ生産者のデータ利用に係る権
set of purely defensive rights)とされた。 利を創設する案には言及しなかった38。
なお、
「データ生産者の権利」の案は、元はドイ ⑵ データ法案
34
ツの一部の研究者が提案していたものである 。
「権 2022 年 2 月、欧州委員会は、上記の予告に沿っ
利」構成の案の背景には、ドイツの不法行為法にお て、
「データ法(Data Act)案」を提案した。同提
いて保護法益が限定的に規定されていることがあ 案は、法的にはEU規則の案であり、2023 年 6 月
35
り 、保護法益に限定のない不法行為法を持つフラ 28 日、欧州議会および欧州理事会が、データ法に

25 不正競争防止法 2 条 1 項 11 号ないし 16 号。改正内容については、経済産業省知的財産政策室「不正競争防止法平成 30 年改正の概要」


NBL1126 号(2018)13 頁、田村・前掲注等を参照。
26 不正競争防止法の民事救済措置の保護法益が、事業者の営業上の利益であることにつき、同法 3 条および 4 条参照。
27 不正競争防止法 2 条 7 項。
28 田村・前掲注 36 頁以下の説明を参照。
29 知的財産戦略本部「知的財産推進計画 2017」(2017)10 頁。
30 山内貴博「平成 30 年改正不正競争防止法への実務的対応」ジュリ 1525 号(2018)22 頁は、立法直後に、すでに批判的見解を述べていた。ま
た、田村・前掲注は、(おそらく、立法案の策定に関与されたことから)抑制された筆致ではあるが、実質的には立法に批判的である。
31 経済産業省情報経済課編『AI・データの利用に関する契約ガイドラインと解説(別冊NBL No.165)
』(商事法務、2018)(以下、『ガイドライン
と解説』として引用)。
32 たとえば、「本ガイドライン(データ編)はあくまで対等な当事者間における対価・利益の分配の一般的な考え方の例を実務上の参考として示
すにとどまる」と述べる(『ガイドラインと解説』・前掲注 86 頁)

33 European Commission, Building a European Data Economy , COM(2017)9 final(10 January 2017) . それまでの経緯としては、2014 年 4 月に、
ユンケル次期欧州委員会委員長によって示された「次期欧州委員会の政治的ガイドライン」において、優先取組事項の一つとして「繋がった
デジタル単一市場」 (“A Connected Digital Single Market” )が掲げられ、それを受けて、欧州委員会が、2015 年、 「欧州のデジタル単一市場
戦略」 (“A Digital Single Market Strategy for Europe ”, COM(2015)192 final(6 May 2015) )と題する通知を発出し、その中で、デジタル経
済の成長可能性を最大化する方策の一つとして、「データ・エコノミーの構築」 (“Building a data economy”)を挙げた。欧州委員会通知「欧
州のデータ・エコノミーの構築」は、その課題設定を受けて、政策の方向性について述べたものである。なお、欧州のデータ関連施策の動向
については、欧州委員会のサイト(https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/strategy-data)を参照。また、落合孝文ほか「産業デー
タを中心とするデータ利活用に関する課題と展望 欧州における産業データ等を取り巻く規制動向〔上〕〔中・1〕」NBL1242 号 28 頁、1244 号
92 頁(2023)(本稿執筆時点では未完)参照。
34 E.g ., Herbert Zech, A Legal Framework for a Data Economy in the European Digital Single Market: Rights to Use Data , 11 J. of Intell. Prop.
L. & Practice 460(2016).
35 権利として明確化することにより、不法行為法の保護対象となることを確保するという趣旨である。批判的な観点から、そのような指摘をす
るJosef Drexl, Designing Competitive Markets for Industrial Data – Between Propertisation and Access , 8 JIPITEC 257, 271(2017)参照。
36 Giorgio Resta, Towards a Unified Regime of Data-rights?: Rapport de Synthèse , in Rechte an Daten 231, 232-33(Tereza Pertot ed., Mohr
Siebeck, 2020).
37 See, e.g., Position Statement of the Max Planck Institute for Innovation and Competition of 26 April 2017 on the European Commission’s
‘Public consultation on Building the European Data Economy’(2017) . 同意見書は、結果的にデータ法案が採用するに至ったuser’s right に近
いdata access rightを提案していた。
38 European Commission, A European Strategy for Data , COM(2020)66 final(19 February 2020)13. むしろ、データ法の課題の一つとして、
典型的には契約によって定められる、共同生成データ(co-generated data)の利用権についての問題を解決して、B2Bのデータ・シェアリン
グを支援することが明記され、契約を補完する制度の創設という方向が示されている。他方、この通知の段階では、市場の失敗が見られる個
別セクターごとにデータへのアクセスに係る手当てを講じるべき旨が強調されていた点(id. at 13(n.13) )は、後に提案されたデータ法にお
けるセクター横断的なアプローチと異なっているように思われる。

33
係る政治的合意に至り、現在、最終的な条文の調整 を締結することが想定されていることから、上記権
39
が行われている 。 利に係るデータ法の規定は、実質上、契約内容につ
データ法案の主要な特徴は、以下のとおりであ いて一定の義務付けをするものと捉えることができ
る。 る48。
第一に、基本的な性格につき、権利創設のアプ 第二に、第三者への共有権は、これを通じて、た
ローチでなく、データ市場の機能の発展に焦点を当 とえばIoT機器のアフターサービスの市場の拡大と
40
てるアプローチを採るものと評されている 。 競争の促進を図るものである。製品等利用者または
第二に、対象とするデータは、コネクテッドカー それを代理する者が、求めた場合、データ保有者
のような製品およびそれに関連するサービスの利用 は、第三者に対し、保有するデータを入手可能とし
41
によって生成されるデータとされる 。上述した なくてはならない。なお、データ保有者は、上記
データの種別のうち、提供データと観察データであ データ共有権の行使の結果、データを入手する第三
り、いわゆる生データ(raw data)である。 者等が事業者である場合、
「公正、合理的、非差別
第三に、上記の製品または関連サービスの利用者 的」(fair, reasonable, and non-discriminatory)な条
(上述したコネクテッドカーの関係当事者について言え 件(FRAND条件) で入手を認めなくてはならな
ば、自己使用目的購入者、レンタカーサービス業者、レ い49。また、大規模プラットフォームは、
「第三者」
ンタカー利用者がこれに当たり得る)に、データへの としての利益を享受できないとされている50。
アクセス権(right to access data)42 と第三者と共有 第三に、データに個人情報や営業秘密が含まれる
43
する権利(right to share data) が認められる。対 場合には、それぞれ既存の保護制度に沿った対応を
象製品・サービスは、データ保有者に入手可能な すべきこと等が定められている51。
データが、製品等利用者にも(容易に、無償で、機 ⑶ 評 価
械読込み可能な形式等により)アクセス可能となるよ データ法案については、すでに欧州の多数の研究
44
うに設計・製造・提供されなくてはならない 。ま 者により論評がなされており、好意的な評価もあれ
た、データ保有者は、製品等利用者に対し、売買等 ば、批判的な評価もある52。ともあれ、わが国とし
の契約の前に、データに関する情報を提供する義務 ては、データの利活用に関する重大な問題である
45
を負う 。さらに、データ保有者は、製品等利用者 データへのアクセスや共有のメカニズムに正面から
との間の契約が認める範囲内でのみ、データを利用 取り組もうとするEUのデータ法の動向を注視すべ
することができる46。 きであろう。
第四に、その他、データ共有に係る契約の不当条
項の規制、事業者と公共機関の間のデータ共有に係
る規制、データ取扱いサービス業者の交換に関する Ⅳ 結 語
ルール、相互互換性に関する規制、データベース指
令との関係の整理47 などが定められている。 本稿の検討は、デジタル社会における情報・デー
製品等利用者のデータへのアクセス権と第三者と タの民事的規律について包括的に論じるものではな
の共有権について、さらに補足すると、第一に、こ く、あくまで知的財産法の視点から、論点を絞って
れらは「権利」と名付けられてはいるが、データに 考察するものにとどまる。しかし、いずれなされる
対する支配権を対世的に主張できる権利ではなく、 べき前者の作業に役立つ面があれば幸いである。
データ保有者に対して、利用を通じて生成された なお、後半で論じたデータの活用に向けた法的規
データへのアクセスを求めることができる権利であ 律に関し、筆者のとりあえずの意見としては、デー
る。そして、利用者(およびデータを利用することに タについてそもそも誰が本来包括的・全面的に支配
なる第三者)は、当然、データ保有者との間で契約 すべき地位にあるのかを問うても、明確な解を得ら

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3 情報・データの保護と利用に関する法的規律の在り方

れる見込みは少なく、むしろ、データの利用に関す として、EUのような規制色の強い措置を講じるこ
る主要な行為類型ごとに、誰が、その可否や条件を とには、種々の問題や困難も予想されるが、他方、
決める権限を持つかを割り振るというアプローチを EU市場でビジネスを展開する多くの日本企業も
とることが、現実的かつ生産的と考える。わが国の EU 法の規律に服することになることも踏まえ、わ
契約ガイドラインおよび EU のデータ法案も、その が国としても、法的対応を視野に入れた検討を進め
ようなアプローチをとるものと考えられる。わが国 るべきではなかろうか。

39 欧州議会および欧州理事会は、欧州委員会の提案に対し、かなりの修正を提言していることから、最終的には、当初提案に多くの修正が加え
られた形で規則が成立するものと推測される。なお、以下に引く規定は、特記のない限り欧州委員会の提案のものである。
40 Matthias Leistner & Lucie Antoine, IPR and the Use of Open Data and Data Sharing Initiatives by Public and Private Actors(May 3, 2022)
29, available at: https://www.europarl.europa.eu/thinktank/en/document/IPOL_STU(2022)732266.
41 データ法案 2 条⑴。
42 同法案 4 条 1 項。
43 同法案 5 条 1 項。
44 同法案 3 条 1 項。
45 同法案 3 条 2 項。
46 同法案 4 条 6 項。
47 同法案 35 条は、MGDを含むデータベースについてデータベース指令に基づく特別の権利は認められない旨を定めている。ただし、同規定の
文言については、不明確との批判があり、欧州理事会は修正を提案している。
48 欧州理事会の修正案では、利用者のデータへのアクセス権および第三者との共有権について、データ保有者と利用者間の契約により、利用者
に不利な方向で修正することが許されない(そのような条項は利用者を拘束しない)旨が、欧州委員会の当初の提案よりも一層明確化されて
いる(理事会修正案の 4 条 1a項、7 条 3 項等参照)。また、データ法案が公表される前の文献であるが、データアクセス権とは、実質上、デー
タ利用に係るライセンス契約を要請する強制ライセンスと言える旨を述べていたものとして、Josef Drexl, Connected Devices - An Unfair
Competition Law Approach to Data Access Rights of Users , German Federal Ministry of Justice and Consumer Protection, Max Planck
Institute for Innovation and Competition(eds),“Data Access, Consumer Interests and Public Welfare”
(2021)477, 479.
49 データ法案 8 条。したがって、B2Bの関係でのデータ利用は、原則有償である。他方、製品等利用者のデータアクセス権および第三者との共
有権の行使は、無償とされる(同法案 4 条 1 項、5 条 1 項)

50 同法案 5 条 2 項。EUの域内産業育成に向けた政策的配慮が窺える規定である。
51 同法案 4 条 3 項、5 項、5 条 6 項、8 項。欧州理事会は、さらに営業秘密の保護に配慮する規定の追加を提案している。理事会修正案の 4 条 3a項、
5 条 8a項参照。
52 たとえば、Wolfgang Kerber, Governance of IoT Data: Why the EU Data Act Will not Fulfill Its Objectives , 2023 ⑵ GRUR Int. 120 は、デー
タ法は、すでに優越的な地位に立つデータ保有者を一層優位にする等と批判している。また、データ法が対象とするデータの範囲が狭すぎる
旨の批判も、多く見られる。代表的な包括的検討の例として、Leistner & Antoine, 前掲注; Position Statement of the Max Planck Institute
for Innovation and Competition of 25 May 2022 on the Commission’s Proposal of 23 February 2022 for a Regulation on Harmonised Rules on
Fair Access to and Use of Data(Data Act) (2022); Axel Metzger & Heike Schweitzer, Shaping Markets: A Critical Evaluation of the Draft
Data Act(2022) , available at: https://ssrn.com/abstract=4222376.

35
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 2 セッション デ
 ータ・情報の無形資産としての利活用と
それに関係する主体間の利益調整の在り方

4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地
大阪大学准教授

髙 秀成 KOU Hidenari

4
項 11 号~16 号)が導入されるに至った 。また、経
1. はじめに
済産業省によって、データの利用・加工・譲渡など
本稿に与えられた課題は、
「非パーソナルデータ」 の契約実務の集積が乏しいことに鑑み、取引費用を
1
を民法の観点から検討しろ、というものである 。 削減し、データの有効活用の促進を目的として、契
データは、
「21 世紀の石油」とも呼ばれ、デジタル 約条項例や条項作成時の考慮要素等に関するガイド
2
時代における競争力の源泉であると目されている 。 ラインが策定されている5。さらに、日本銀行金融
本特集の鈴木論文においても指摘されるように、 研究所が設置した研究会による、データ取引に関す
データは、ネットワーク環境の進展およびIoT る私法上、競争法上の法律問題の包括的な検討につ
(Internet of Things)機器の普及等に伴い、膨大な いての報告書も公表されている。これは、金融など
データ量が生成され、高度に発達したAI(人工知能) 諸分野におけるデータ利用の進展の基盤づくりおよ
などのIT技術による解析手法を通じて迅速に収集、 びデータをめぐる取引と利用に関する法的不確実性
分析、加工等が施されることが可能になったことに の除去を企図したものである6。
より、新たな知見や新たなサービスにつながる高い 加えて、注目すべき国際的動向として、2022 年
経済的価値を有する財として取引されるに至ってい の欧州委員会によるいわゆる EUデータ法案の提
る3。別言するならば、データは単独で死蔵された 案7 、ALI(American Law Institute) お よ び ELI
ままで価値をもたらすことはなく、これら収集・分 (European Law Institute)によるデータ・エコノ
析・加工等を経て、事業活動に利活用されること ミーのための原則(ALI-ELI Principles for a Data
8
で、はじめて価値を創出する。かかる認識を反映し Economy― Data Transactions and Data Rights) の
た近年のわが国のルール形成の動向として、データ 作成がある。これら国際的動向は、データアクセス
の利活用を促進し、データの収集・蓄積・保管等に 権、共同生成データの利益分配、データ共有、デー
インセンティブを付与する等の観点から検討が進め タポータビリティ、民間保有データに対する公共部
られ、平成 30 年改正により不正競争防止法上の限 門によるアクセスなどをめぐる規律について、あり
定提供データ保護制度(不正競争防止法 2 条 7 項、1 得る選択肢を示している。このような国際的動向に

36 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地

対峙し、それをいかに評価し、どのように国内の える9。これは民法 85 条適用の形式的帰結にとどま


ルール形成につなげていくかを考えるに当たって、 らず、有体物との本質的相違の観点から、データに
まずはわが国の政策的立脚点はもとより、データの 所有権を認めるべきではない論拠が積極的に示され
保護および取引の諸規律に関する私法学の立脚点に ていることに裏打ちされている。まず、データは複
ついて再検証することには意義がある。とはいえ、 数の者が同時に利用したり(非競合性)、複数の媒
無体財としてのデータについての私法上の取扱いに 体に同時に存在させることが可能であり(非排他
ついては、相当の議論の蓄積がある。再度、議論を 、所有権に認められるような排他的利益享受に
性)
蒸し返すことを超えて裨益するところは小さいよう 馴染まない。さらに、排他権は他人の行動の自由を
に思われるが、近年の動向を踏まえて、改めてデー 制約するものであるところ、有体物は外界における
タの帰属について検討する。なお、本稿では、一応 物理的な境界を通じて、所有権が及ぶ範囲が他者に
の指標として、情報の内容が問題となる「意味論レ 対して比較的明確に事前告知されているため、自由
ベルの情報」をそのまま「情報」と記し、ビット列 制約のインパクトは小さい。他方、データの窃視や
やバイト列による符号的表現による「統語論レベル 利用行為を侵害行為とみなすことは、あくまでメタ
の情報」を「データ」と記す(議論の詳細について ファーを通じた観念上の操作にとどまるため、デー
。しかし、本論文において不法
は本特集の鈴木論文) タに排他権を設定した場合、そこからの自由領域の
行為法上の保護、取引対象としての性質を検討する 確定は不明瞭にならざるを得ず、自由制約のインパ
上で、この区分に応じた差異に十分言及できていな クトは甚大なものとなる。種々の知的財産権は所有
い。 権と類比可能な排他権として設計されているもの
の、規制される対象行為や違反の効果、保護期間が
2. データ保護の現況
立法によって明定されることによってはじめて正当
⑴ データ
「所有権」
の否定 化され得る10。
「物」は「有体物」を指し(民法 85 条)、有体物に ⑵ 不正競争防止法による保護
記録された場合を除き、データなどの無体物は所有 特許法や著作権法など各種知的財産立法によって
権の対象にならないという理解が現在、一般的とい 保護を受けないデータについても11、不正競争防止
1 パーソナルデータは、現行法に定義はなく、個人情報に加え、個人情報との境界が曖昧なものを含む(総務省「平成 29 年版 情報通信白書」
第 1 部第 2 章第 1 節 1 ⑷)。デジタルビジネスの基盤という点に着目するのであれば、
(その外延確定の困難さと向き合いつつ)パーソナルデー
タについても別途、理論・政策の両面から検討することが重要になる筈である。しかしシンポジウム総論による制約に加え、非パーソナル
データと同一平面で論じるべきではないと考え、本文のような形で課題を設定した。
2 公正取引委員会競争政策研究センター「データ市場に係る競争政策に関する検討会 報告書」(2021 年 6 月 25 日)1 頁。
3 田村善之「限定提供データの不正利用行為に対する規制の新設について――平成 30 年不正競争防止法改正の検討」高林龍ほか編『年報知的財
産法 2018-2019』
(日本評論社、2018)28 頁、林いづみ「新たな情報財としてのデータ利活用のあり方」牧野利秋編『最新知的財産訴訟実務』
(青
林書院、2020)179 頁。
4 知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会=新たな情報財検討委員会「新たな情報財検討委員会 報告書――データ・人工知能(AI)の利活用
促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて」(2017 年 3 月)12~13 頁、20 頁。
5 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」
(2018 年 6 月)1 頁。
6 事業者における顧客情報の利用を巡る法律問題研究会「法人顧客情報の取引と利用に関する法律問題――商取引における新たな価値創造に向
けて」金融研究 41 巻 3 号(2022)1~2 頁。
7 EUデータ法案の詳細については、本特集の鈴木論文のほか、落合孝文ほか「座談会 EUデータ法構想と包括的データ活用法制の可能性」L&T
97 号(2022)2~28 頁、生貝直人「EUデータ法構想とデータ活用法制」21 世紀政策研究所『データに関する権利のあり方 報告書』
(2023 年 3
月)111~120 頁など。
8 同原則の条文内容については、森下哲朗「ALI-ELIデータ・エコノミーのための原則について⑴」NBL1214 号(2022)4 頁を参照されたい。本
原則の目的は多岐に亘るが、モデル契約書作成を促進したり、契約当事者の選び得る準拠枠を提供するほか、仲裁審理の指針となったり、各
国の立法者や裁判所の法発展を促すことなども目的とする(同 4~5 頁)。
9 データ所有権をめぐる議論について、原田弘隆「ドイツの『データ所有権』論争に関する序論的考察⑴~⑶ ――データの法的帰属・保護に関
する現代的規律の必要性を検討する手掛かりとして」立命館法学 395 号 240 頁、396 号 236 頁、397 号 132 頁(2021)
。また、ヘルベルト・ツェ
ヒ(兼平麻渚生訳)「デジタルの世界における財の帰属――権利客体としてのデータ」法時 87 巻 9 号(2015)71 頁、原恵美「フランスにおけ
る情報に対する所有権」NBL1071 号(2016)46 頁。また、本稿では言及できないが、EUデータ法に至るまでの、データプロデューサーの権
利の提案とそれに対する議論が重要である。この点につき、山根崇邦「ビッグデータの法的保護をめぐる欧米の議論動向」田村善之編著『知
財とパブリック・ドメイン[第 3 巻]不正競争防止法・商標法篇』(勁草書房、2023)114 頁以下、泉恒希「ビッグデータの法的保護に関する
一考察」知的財産法政策学研究 58 号(2021)191 頁以下。
10 以上につき、水津太郎「民法体系と物概念」吉田克己=片山直也編著『財の多様化と民法学』
(商事法務、2014)76~81 頁、水津太郎「物権的
請求権と無体的利益」法教 417 号(2015)30 頁、34~35 頁。
11 知的財産法によって保護対象となり得るデータおよびその要件について、青木大也「知的財産法とデータとの関係をめぐる一考察」千葉惠美
子編著『デジタル化社会の進展と法のデザイン』(商事法務、2023・近刊)。

37
法上、
「営業秘密」 、
(同法 2 条 6 項、2 条 1 項 4 号~10 号) ⑶ 不法行為法による保護
「限定提供データ」として保護される場合がある 知的財産法による保護の対象とならない知的創作

(詳細については、本特集の鈴木論文を参照されたい) 物や情報が、別途、不法行為法によって保護され得
「営業秘密」として保護されるためには、①有用 るかについて、学説上の議論とともに裁判例の蓄積
性、②非公知性、③秘密管理性の要件を充たす必要 がある17。考察の起点となるのは、最一判平成 23・
がある(同法 2 条 6 項)。すなわち、①経済的価値を 12・8 民集 65 巻 9 号 3275 頁〔北朝鮮映画事件判決〕
有する情報が、②非公知であることでその価値を保 (以下「平成 23 年最判」という)である。同判決は、
持していることに加えて、③当該情報について第三 「著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲
者から認識可能な程度に客観的に秘密の管理状態を の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認め
維持していることを要するとされる12。次に「限定 るとともに、……独占的な権利の及ぶ範囲、限界を
提供データ」(同法 2 条 7 項)として保護されるため 明らかにしている。……同法 6 条もその趣旨の規定
には、①限定提供性、②相当蓄積性、③電磁的管理 であると解され……ある著作物が同条各号所定の著
性の 3 つの要件を充たす必要がある。 作物に該当しないものである場合、当該著作物を独
営業秘密に関する不正競争防止法の規定は、秘密 占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならな
管理体制を不正に突破する行為を中心として規制の いものと解される。したがって、同条各号所定の著
要否を区別するメルクマールとする、行為規制の 作物に該当しない利用行為は、同法が規律の対象と
ルールとして一般に捉えられている(=行為アプ する著作物の利用による利益とは異なる法的に保護
13
ローチ) 。このような行為規制法である不正競争防 された利益を侵害するなどの特段の事情がない限
止法は、差止めと損害賠償請求を認めることで、あ り、不法行為を構成するものではないと解するのが
る一定の事実状態を保護するため立法されたとされ 相当である」と判示し、不法行為の成立を否定して
る14。ここから、不正競争防止法による営業秘密の いる。平成 23 年最判以前において、東京地判平成
保護は、情報の秘匿により排他的な利益を享受し得 13・5・25 判時 1774 号 132 頁は、網羅型データベー
る事実状態そのものの保護を問題とするものであ スの著作物性を否定しつつ、データベース作成者の
り、そこに「帰属」の観念を入れる余地はなく、③ 競合地域内での複製・販売した行為について不法行
の秘密管理性の要件は、当該情報についての「占 為の成立を認めた。同判決は、著作権法が保護対象
有」があると法的に評価し得ることを要求するもの としている創作的表現とは異なる労力、費用(=額
と主張される。これによれば、不正行為に対して差 に汗)を保護しようとしており、平成 23 年最判に
止請求や損害賠償請求を行う請求権者たる「営業秘 抵触しないとの理解がある18。
密の『保有者』
」は「事実上の権限」を行使するも 平成 23 年最判の読み方として、著作権法の保護
15
のとして理解される 。 対象とならない知的創作物について、
「同法が規律
限定提供データ保護についても、技術的なプロテ の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益
4 4 4

クション不正突破行為や、不正突破行為の利用行為 を侵害する」場合にしか不法行為が成立しないとみ
などの一定の行為に不正性を見出し、規制の要否の る見解があり得る。これに対し、特段の事情の例示
メルクマールとする制度と捉える見解が有力に主張 )とみて、対象利益の
4 4

(判決文の「などの特段の事情」
されている。このような行為アプローチにおいて、 異同にかかわらず不法行為の成立の余地があるとす
不正突破行為があったか否かを判別するための結節 る見解もあり得る。知的財産法において一定の要件
点として技術的プロテクションを客体の要件とする のもと「保護」が定められ、当該要件を充たさない
ことは必要であるが、保護の客体をうるさく吟味す 場合に同法上の保護が否定されている場合、これ
る必要はないとされる。すなわち、技術的プロテク を、単に同法上の保護を否定している(不保護)に
ションは、保護の外延を画するものとして要求され とどまるとみるのか、あるいは積極的な「自由」を
るが、客体に関する他の要件は、そこから保護され 確保するものとみるのか。そして、知的財産法の趣
るべきでないことが明らかなものを除くための要件 旨を踏まえてなお、知的財産法によって与えられる
16
と捉えられるのである 。以上の考えと異なる見方 保護の内容と、不法行為法のみによる保護の内容
について、後の 4 ⑵で検討してみたい。 は、自ずから相違があり、知的財産法による不保護

38 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地

の場合に不法行為法による保護を与えたとしても、 ついて取り決めることを目的とした契約である。ⅲ
直ちに知的財産法の趣旨を潜脱することになるとは 「データ共用型」契約は、複数の事業者がデータを
限らないとの見方もある19。また、特許法や著作権 プラットフォームに提供し、プラットフォームが当
法の制定時には、現代にみられるデータ駆動型社会 該データを集約・保管、加工または分析することを
の到来は予期されていなかったことから、そこに 通じて、これら事業者が当該データを共用するため
「データの不保護」という積極的含意は読み取れな の契約である。これら契約ごとに想定されるトラブ
いと指摘するものもある20。そして、不正競争防止 ルや関心事は異なるが、概ね、主要論点として、①
法は、保護されるべき自発的管理(秘密管理性・電 当事者間の権利関係、②データの品質保証、③対
磁的管理性など)については完結的に定めていると 価・利益の分配、④秘密保持条項、⑤派生データの
しても、非公知性を欠くため営業秘密とならない 取扱い、⑥損害賠償に関する規律が挙げられる22。
データ、限定提供性・相当蓄積性を欠くため限定提 これら条項をめぐる個別の解釈論については先行研
供データとならないデータについては、不法行為成 究23 に委ねることとして、以下では、データ取引の
立の余地があるとの見方が示されている21。 枠づけの観点からデータの帰属をめぐる問題抽出を
行いたい。
3. データ取引と財産性
⑵ データ取引と契約類型
⑴ 契約実務が牽引するデータ取引の規律 民法 100 周年を契機に、債権法改正の課題とし
データの法的保護の輪郭が明瞭でないために、そ て、基本契約類型ないし典型契約の再検証ととも
の利用権の規律は、基本的に当事者間の合意ないし に、近代法の構成要素として「情報」という要素が
契約に委ねられているのが現状である。経済産業省 補われるべきとの主張がなされていた。無体財であ
のガイドラインは、データ取引を次の 3 つに分類 るデータの特性を見据えた上で、各種データ取引を
し、モデル・ルールを提示する。まず、ⅰ「データ 分析する基本的視座はいずれに据えられるべきか。
提供型」契約は、譲渡型・ライセンス型・共同利用 典型契約の役割や任意規定の半強行法規化はいうま
型に分けられ、一方当事者から他方当事者へのデー でもなく、契約書に基づいた個々のデータ取引から
タ提供が主たる給付になる契約である。取引対象た 生じる権利・義務を分析するに当たり、基本契約類
るデータをデータ提供者のみが保持しているという 型たる財産権移転型契約、財産権利用型契約、役務
事実状態(について争いがないこと)が前提となる。 提供契約の論理をどこまで推及できるかを確認する
データ提供型契約は、さらにデータ譲渡、データの 意義があると思われる。たとえば請負契約を「物中
ライセンス(利用許諾)、データの共同利用(相互利 心型請負契約」と「役務提供中心型請負契約」とに
用許諾)に分けられる。ⅱ「データ創出型」契約 分類し、後者のなかで情報提供や情報の加工・処理
は、複数当事者が関与することにより、従前存在し に関する契約等は、準委任との区別が難しく、労働
なかったデータが新たに創出されるに当たり、デー そのものと労働の「結果」の区別がはっきりせず、
タ創出に関与した当事者間で、データの利用権限に 物のアナロジーがうまく機能しないことが指摘され

12 森田宏樹「財の無体化と財の法」吉田=片山編著・前掲注⑽ 102 頁。また、通商産業省知的財産政策室監修『営業秘密――逐条解説改正不正


競争防止法』(有斐閣、1990)46 頁以下。
13 田村・前掲注⑶ 32 頁。
14 中山信弘「デジタル時代における財産的情報の保護」曹時 49 巻 8 号(1997)7 頁、田村善之『不正競争法概説〔第 2 版〕
』(有斐閣、2003)367
頁以下。
15 森田・前掲注⑿ 101~102 頁。占有訴権の具体的検討につき、麻生典「情報の占有理論による保護」NBL1071 号(2016)42 頁以下。
16 田村善之「プロ・イノヴェイションのための市場と法の役割分担」田村編著・前掲注⑼ 32 頁。
17 近年の論稿のうちごく一部を挙げると、前田健「知的財産法と不法行為」窪田充見ほか編著『事件類型別 不法行為』 (弘文堂、2021)371 頁、
村田健介「不法行為法による情報保護のあり方」現代不法行為法研究会編『不法行為法の立法的課題(別冊NBL No.155)』(商事法務、2015)
131 頁、山根崇邦「情報の不法行為を通じた保護」吉田=片山編著・前掲注⑽ 351 頁。
18 田村・前掲注⒃ 15 頁。
19 以上につき、上野達弘「『知的財産法と不法行為』の現在地」日本工業所有権法学会年報 45 号(2021)204~205 頁。
20 前田健「データの集積・加工の促進と知的財産法によるデータの保護」田村編著・前掲注⑼ 160 頁。
21 前田・前掲注⒇ 160 頁および同頁注。本稿は同見解の支持に傾いている。
22 福岡真之介=松村英寿『データの法律と契約〔第 2 版〕
』(商事法務、2021)44 頁。
23 加毛明「情報の取引と信託」神作裕之=三菱UFJ信託銀行フィデュ-シャリー・デューティー研究会編『フィデューシャリー・デューティー
の最前線』(有斐閣、2023・近刊)22~29 頁。また、事業者における顧客情報の利用を巡る法律問題研究会・前掲注⑹ 9~17 頁。

39
る24。仮に最もシンプルなデータ提供型契約のうち ことになるため、信託の法的構造およびそれに基づ
譲渡型を措定するとして、データ取引における給付 く信託法の規律は、ある財産に「帰属」を観念でき
を個々の作為・不作為などの役務に集約させてしま ることが前提とされている32。
うか、あるいは物のアナロジーと帰属の観念を容 多くの学説は、一定の要件のもとデータに信託財
れ、財産権移転と財産権利用の区別をもたらし、そ 産性を認めている。まず、情報に人為的に排他性を
こに対価性(金銭の反対給付) と有償性のメルク 付与することにより囲い込みが認められ「財産」と
マールを担わせるか25。たとえば、データは民法 なるという認識のもと、不正競争防止法上の差止請
26
555 条の「財産権」たり得るか 。財産的価値が認 求が認められることを根拠に営業秘密が信託財産に
められるとしても財産上の権利ではない業務上の秘 なるとするものがある33。また、受託者の意思に基
密などはここでの「財産権」から除かれるとする理 づいて排他的に管理され、公共財としての一般の
27
解 がある一方、その範囲を広範に捉え、財産権と データと区別される場合に、データが信託財産とし
事実的関係(華客関係など)からなる営業なども売 て受託者に帰属することを認めるものがある34。こ
買の対象となり、事実関係の部分は買主に同様の利 のほか、信託財産が責任財産としての適格を要する
益を受けさせるに当たり適当な方法を講ずべきとす として、排他的管理可能性とともに換価可能性を挙
るものがある28。もっとも、前者は営業上の秘密の げるものがある35。
有償的移転を売買類似の無名契約とするし、後者が これらに対し、排他的帰属関係を構成する要素
事実的関係だけの売買を認めるものかは判然とせ (利益享受可能性と処分可能性)に着目し、データか
ず、両説の実際上の帰結の違いは明瞭ではない。あ らの利益享受を無限定かつ排他的に行うことができ
る財産的利益が「財産権」たり得るには法律で権利 る状態にあり、かつ、自らの意思に基づき、他の者
として明定されているまでの必要はないものの、そ に同様の状態を作出する可能性がある場合にはじめ
の移転可能性が問題になる以上、帰属を観念できる て私法上の財産としての帰属が認められるとする見
29
ことが前提となるのではないだろうか 。 解がある。この見解は、情報の「消費の非競合性」
⑶ 信託の設定 という性質に鑑みると、これが認められるのは、適
次に信託を取り上げる。信託財産としてのデータ 切に管理されるブロックチェーン上に情報が記録さ
という素材を通じて、データの帰属に関する基本的 れたような例外的な場合に限定されると解する36。
30
視点が炙り出されるからである 。旧信託法は信託
4. データの帰属・再考
の対象を「財産権」と規定していたところ、現行信
託法は、信託財産を「受託者に属する財産であっ ⑴ データの帰属を語ることの困難性
て、信託により管理又は処分をすべき一切の財産」 本章では、一定の対象からの利益享受と法的な処
(信託法 2 条 3 項)と規定する。ここでの「財産」の 分権限が特定の法主体に繋留されていることの法的
意義について、現行信託法の立案担当者は、
「具体 表現としての(物権・債権その他の財産権一般に通有
37
的な名称で呼ばれるほどに成熟した権利である必要 「帰属」 が、データに観念できるか、またそ
する)
はなく、金銭的価値に見積もることができる積極財 の意義について再考したい。この「帰属」は、その
産であり、かつ、委託者の財産から分離することが 客体が有体物であれ無体物であれ、排他的帰属関係
31
可能なものであればすべて含まれる」 という趣旨 であることが前提とされている38。まずデータにつ
によるものであるとする。ここで分離可能性を要す いて帰属を語る困難性について確認しておきたい
る趣旨は、信託の構造から次のように敷衍される。 。
(そのいくつかは 2 ⑴の視点と重なる)
信託の設定により、受託者に帰属する財産のなか すでに述べたようにデータには、消費の非競合性
で、受託者が目的拘束を帯びた管理・処分を義務付 があるため、排他的帰属を観念できないとの指摘が
けられ、利益享受が制限された信託財産と、自由な ある39。また、データが他者に開示された場合、複
利益享受が認められる固有財産(信託法 2 条 8 項) 数当事者が共同してデータが創出された場合、デー
の区別が設けられる。そうすると、信託において タに現にアクセスできる者が複数となった場合など
は、ある財産が、法人格のレベルで受託者に帰属 において、帰属先を決定する基準を現行法上、見出
し、かつ、責任財産のレベルで信託財産に帰属する すことは困難である 40。さらには、個人によるデー

40 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地

タの提供、あるいは現象の観測を通じて、データが 般に解されている。
収集・分析・加工がなされるまでの間に、多数の主 しかし、有力見解が示すように、一定の行為態様
体が関わりデータ生成に貢献している場合に、特定 を勘案した上で成立する不法行為について、
「デー
主体への排他的帰属を認める、あるいは共同的な利 タ」そのものの利益保護の性質を見出す余地はまだ
益享受を認めるに当たり、現行民法体系から利益配 あるように思われる。また、投資や労力の保護とい
41
分の基準を抽出することは困難と思われる 。 う枠組みには不明瞭な点が残り、成果たる「デー
⑵ データの状況依存的な帰属 タ」から切り離してその保護を考えることは難しい
データについて厳密な意味での排他的帰属は認め ように思われる。一定の行為態様を加味した上でも
られないかにみえる。では、不法行為法や不正競争 なお、不法行為による保護があり得る限りにおい
防止法を背景とした、法主体によるデータからの利 て、データおよびその財産的価値の不法行為請求権
益享受を法的にどのように捉えるべきか。 者への帰属を語り得るのではないか。ただし、これ
これまで検討したところによれば、知的財産法の は「法的に保護される利益」という形で、一定の行
保護対象にならないデータの無断使用が不法行為に 為による侵害の場合に不法行為に基づく損害賠償を
なり得るとしても、それはデータとは異なる利益侵 通じて確保される、状況依存的な財産的価値の帰属
害が認められる限りにおいてであり、ここでの不法 にとどまる42。他方で、⑴で挙げたように、データ
行為の成立はデータの「帰属」保護を企図したもの 生成に複数の当事者が関与する場面に即応した排他
ではないという理解が優勢のようである。また、不 的帰属主体の決定ルールが確定できない以上、不法
正競争防止法による「秘密管理データ」
・「限定提供 行為法や不正競争防止法によるデータ保護をあくま
データ」の保護は、データそのものの権利性を認め で事実状態の保護を企図した占有訴権に類似した救
たものではなく、競争法的関心からデータに関わる 済とみる構想は、実態をよく反映しており魅力的で
行為を規制するものであり、データ保有者に認めら はある43。しかし、本権を措定しない占有保護制度
れる一定の事実状態を保護しているに過ぎないと一 を果たして構想し得るかは、占有権の理解いかんに

24 以上につき、山本敬三「契約法の改正と典型契約の役割」『債権法改正の課題と方向(別冊NBL No.51) 』 (商事法務、1998)14~18 頁。また、


曽野裕夫「情報取引における契約法理の確立に向けて(中間報告)(上)・(下)」NBL626 号 24 頁、628 号 32 頁(1997)が重要である。
25 給付を中心とした契約基本類型とその規律の構造的把握につき山城一真「契約法を考える 第 22 回 典型契約の分類」法セミ 816 号(2023)83
頁およびそれ以後の連載を参照されたい。
26 晴山秀逸「売買契約法における『財産権』の概念とその射程に関する一考察」明治大学法学研究論集 45 号(2016)271 頁以下が参考となる。
同論文は、ある者にとって財産的主観的価値があり、流通性が観念できる限り、広く売買の対象たる「財産権」たり得るとする。
27 鳩山秀夫『日本債権法各論(上巻)〔増訂〕』(岩波書店、1924)283~284 頁。また、中田裕康『契約法〔新版〕』(有斐閣、2021)290~291 頁。
28 我妻栄『民法講義Ⅴ 2 債権各論中巻一』(岩波書店、1957)252~253 頁。
29 「財産権」一般について、岩川隆嗣「『財産権』の法的性質について」法時 95 巻 4 号(2023)23 頁。
30 このような問題意識を反映した近時の最も詳細な検討として、加毛・前掲注 29 頁以下。
31 寺本昌広『逐条解説 新しい信託法〔補訂版〕』(商事法務、2008)32 頁。
32 加毛・前掲注 29~30 頁。
33 松田和之「信託における情報の位置付け」信託法研究 37 号(2012)13~16 頁。
34 三枝健治「情報の信託『財産』性についての一考察」トラスト未来フォーラム『信託の理念と活用』(トラスト未来フォーラム、2015)16 頁。
排他的管理可能性と金銭的価値が認められることを要件とする道垣内弘人『信託法〔第 2 版〕』
(有斐閣、2022)37 頁。
35 後藤出「データと信託」畠山久志監修・後藤出編『デジタル化社会における新しい財産的価値と信託』(商事法務、2022)350 頁以下。
36 以上につき、加毛・前掲注 33 頁。同論文が着目する排他的帰属関係の理解について、森田・前掲注⑿ 111 頁。
37 法的処分権と帰属について、森田・前掲注⑿ 114 頁。また、吉田克己「所有権の法構造」吉田克己編著『物権法の現代的課題と改正提案』
(成
文堂、2021)20 頁も参照。
38 この点は公共財との区別において意義がある(吉田・前掲注 2 頁)。なお、ある権利が排他的に帰属することは、有体物所有権のように権利
4 4 4

自体に排他性が認められることとイコールではない(森田・前掲注⑿ 113 頁)。この点について、


「権利による帰属」(妨害排除請求権などの問
4 4 4 4 4

題局面)、「権利そのものの帰属」(二重譲渡などの問題局面)の視点が有用である(水津太郎「財貨帰属と代位法理」民法理論の対話と創造研
究会編『民法理論の対話と創造』(日本評論社、2018)267 頁)

39 三阪幸浩「知的財産の信託制度導入に係る実務的諸問題の調査研究」知財研紀要 13 号(2004)50 頁。また、加毛・前掲注 31 頁。
40 福岡=松村・前掲注 52 頁。
41 合意を通じた利益分配に際し、あり得べき考慮要素については、森下訳・前掲注⑻ 13~15 頁(なかでもデータエコノミー原則 18)が参考と
なる。このほか、経済産業省・前掲注⑸ 88 頁、福岡=松村・前掲注 55 頁も参考となる。
42 吉田克己『物権法Ⅰ』(信山社、2023)87 頁。実際の不法行為の成否は、データの価値・管理態様・蓄積量、侵害者のデータ入手態様や利用・
処分の態様(刑罰法規違反・公序良俗違反・権利濫用など)を基軸に決せられよう。主に前田・前掲注⒇ 160 頁注のケースが念頭に置かれ、
不正競争防止法上の保護を大きく超え出るものではない。
43 森田・前掲注⑿ 101~102 頁、麻生・前掲注⒂ 42 頁。占有権の位置付けに関する議論については、吉田克己『物権法Ⅲ』
(信山社、2023)1369
~1376 頁。データの過渡的保護手段としての評価につき、同 1537~1539 頁。

41
4

依拠するところでもあり、なお検討の余地があるか どによる価値のコントロールを通じた排他的管理可
4 4

もしれない。たとえ不正競争防止法が客体としての 能性をもって足りる(受託者には、価値維持の観点か
「データ」の保護を直接的に法目的としないとして ら、信託目的に応じて、適切な管理が要請される。な
も、不正競争防止法の各種規定による請求権を通じ お、すでに公共財としての性質を帯びているデータは排
て、遡行的に(反射的利益にとどまらない)主体への 。
他的管理可能性すらない)
一定の利益の帰属が措定されることはあり得る。こ ⑶ データの帰属を語る意義、
そしてなお残る
こでの一定の利益の実体は、第一次的にはデータと 課題
主体との一定の関わり合いを基礎とした法的地位と 以上のかたちでデータの帰属を考えることは、
44
して認識し得る 。次いで、データそれ自体が取引 データに排他権を認めることを企図するものではな
対象たり得る客体と観念されるに至る。この点は、 い。そうだとすると、データの帰属を論じる意義は
「情報の保有者は、事実上独占的にその情報を利用 どこにあるのか。
し得るという地位に立つことになり、情報自体が財 実務上、データ取引にかかる紛争予防実務がいか
としての性格を有するようになる」という言をもっ に精緻化されようとも、そこから漏れる紛争があり
て端的に表現されている45。 得る。各種データ取引をいずれかの典型契約に必ず
ただし、データの帰属を考えるに当たり、消費の しも当てはめる必要がないにしても、任意規定を導
非競合性と排他的帰属の関係性についての問題提起 出するための準拠点についての手掛かりを得ておく
に対する応答を欠かすことはできない。次のように 必要があると思われる。そこで、最も重要と思われ
考えることはできないか。まず、空間や空気、多数 るのが、各種データ取引における「給付」を確定す
人が制約なくアクセスできる情報などの公共財を対 ることである。B2Bの「データ提供型」のうち譲
象とした活動が不法行為によって保護される場合が 渡型のごくシンプルな契約を仮定するとしても、そ
あるとしても、それは法主体の人格と不可分な一般 れをデータ保有者の作為・不作為などの中心とした
的自由(憲法 13 条)にとどまる。また、日常的なコ 役務提供型契約として構想すべきか、あるいは財産
ミュニケーションによる情報流通(憲法 21 条参照) 権移転型契約として構想すべきか。データの価値と
について、逐一、財の移転を観念することはナンセ 役務、いずれに対価性を見出すべきか、有償性の拠
ンスにも思える。他方で、情報が囲い込まれること り所が問題となる。
で稀少性と価値を発揮することがあり得、この場 なお、不正競争防止法 2 条 1 項 14 号の信義則違
合、特定の情報との一定の関わり合いそのものが事 反類型のうち不正使用行為には、図利加害目的と
実状態として保護されるに至る。しかし、これら保 「限定提供データの管理に係る任務に違反して行う
護のあり方の両端を仮定すると、その間には、切れ もの」であることが要求される。この「任務」の意
46
目のないスペクトラムが拡がっている 。あるデー 義につき、立案担当者はデータ保有者と取得者との
47
タは、複数の人に伝播していくにつれ稀少性と財産 間の「委託信任関係に基づく任務」 に限定するよ
的価値が摩耗し、それに伴い公共性を帯びていき、 うである。いずれにせよ、ここには制約のない移転
ある段階で「データ」の要保護性が完全に消失する 的なデータの提供と、管理型ないし利用型のデータ
に至る(いわゆる「公共財」となる)。そのため、あ 提供の区別を見出すことができる。この区別は、契
るデータが複数の法主体によって同時に保有されて 約当事者のみならずデータの転得者の法的地位に波
いる場合にも、個別の法主体ごとにデータとの関わ 及する。なお、信託取引やデータ管理を分析するに
り合いごとに「利益」と「帰属」を観念することが 当たり、データに対する主観的権利(権利の帰属)
可能である。 と目的的拘束を帯びた「権限」(他人の財産の管理)
そうすると、データの信託財産適格性について、 の区別の視点も有用と思われる48。このほか、不正
必ずしもリジッドな形での排他的帰属を要求しない 取得類型(不正競争防止法 2 条 1 項 11 号)、転得類型
という考えもあり得よう。すなわち、あるデータが (不正競争防止法 2 条 1 項 12 号、13 号、15 号、16 号)
複数人にすでに保有され得る点のみをもって信託財 の規律群は、
「財」としてのデータを通して眺める
産適格性が否定されるわけではなく、データが信託 ことで見通しが良いものとして把握できるし、それ
財産となり得るには、データの秘匿・提供先限定な にとどまらず、法体系のなかに位置付けるに当たり

42 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
4 データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地

一定の「帰属」の観念を入れざるを得ないように思 譲渡担保に限られている。データの執行方法や、帰
われる。 属と管理が分化した場合の取戻権ないし優先権など
ただし、不正競争防止法を含めた私法秩序のなか についても、課題がある。立法判断としても、知的
に一貫したデータの帰属秩序と移転秩序を見出すに 財産法や善意取得や取得時効、担保物権に関する規
は、大きな障害がある。すなわち、不正競争防止法 定をどこまで参照し、データの「帰属」ルールに網
上の保護に関し、データの帰属の起点をどのように 羅性を持たせるかは、その実効性や政策的影響も睨
考えるかが、なお課題として残るのである。差止 みつつ、なお慎重な判断を要するものと思われ
め・損害賠償の請求権者たる「営業秘密の保有者」 る53。
は、正当な権原に基づいて取得して保持している者
5. おわりに
とされており49、他方で「限定提供データ保有者」
については、財産権が帰属すべき者は誰かという観 ひとくちにデータ利活用の促進といっても、限定
点から確定すべきでなく、単に電磁的に蓄積管理を 提供データの導入などデータ保護に関わる法制度の
している者との理解が有力に主張されている50。こ 見直しというアプローチに力点を置いてきたわが国
こで、データの原始帰属者を請求権者とするにして の選択は、B2B、B2C、B2G それぞれの関係性にお
も、3 ⑴で述べたように、データ生成のプロセスに けるデータアクセスの法的強化によるデータの「活
おいて多数の関与者がおり、誰にデータを帰属させ 用」に直接の焦点を当てたEUデータ法とは対極を
るべきかの判断が困難な場合があり、また、データ なしているとも評される54。このようなデータ取引
取引に当たり正当権原者の特定に過大な取引コスト をめぐる合意への強い介入を伴う EUデータ法の
51
を強いることになる 。このほか、データの帰属を ルールを肯定・否定いずれの態度で受け止めるにせ
前提として、その対価に対する物上代位や代償財産 よ、いまいちどわが国におけるデータの私法上の取
性などをいかに考えるかの(立法上・解釈上の)問 扱いの立脚点を検証することに意味があると思われ
題がある。また、データの帰属を観念した上で、責 る55。本稿は、このような関心からデータの帰属と
任財産としてのデータや、データの担保設定をどの その意義について再検討してみたものである。
52
ように考えるか 。担保設定方法は、いまのところ

44 瀬川信久「競争秩序と損害賠償論」NBL863 号(2007)55 頁は、競争秩序を相対的な入れ子構造と捉え、一定の社会条件が整ったときに営業


上の信用なども 1 つの知的財産権=財貨と考え、不競法の規範が、財貨帰属秩序と理解されるに至ることを指摘する。また、競争秩序におい
ても、損害賠償請求権などを通じて、ある主体に一定の財産的価値の帰属を観念し得ることにつき、吉田克己「廣中先生の外郭秩序論と損害
賠償請求権」廣中俊雄先生を偲ぶ会『廣中俊雄先生を偲ぶ』(創文社、2016)8~12 頁。また、ヘルベルト・ツェヒ(水津太郎訳)「法的問題と
しての財の帰属」法時 87 巻 9 号(2015)65 頁。
45 中山信弘「財産的情報における保護制度の現状と将来」
『岩波講座・現代の法⑽情報と法』(岩波書店、1997)276 頁。
46 吉田・前掲注 89 頁。
47 経済産業省知的財産政策室『逐条解説 不正競争防止法〔第 2 版〕
』(商事法務、2019)112~113 頁。
48 これらの区別について、髙秀成「財産管理と権利論」吉田=片山編著・前掲注⑽ 544 頁以下。
49 通商産業省知的財産政策室監修・前掲注⑿ 92 頁注⑵。
50 田村・前掲注⑶ 41 頁。
51 事業者における顧客情報の利用を巡る法律問題研究会・前掲注⑹ 22~23 頁は、善意取得や取得時効に類似した制度構築の可能性を示唆する。
52 担保権の設定を明示的に認める法律上の条文がない知的財産について否定的見解として、倉持喜史「知的財産の担保化」角紀代恵ほか編著
『現代の担保法』(有斐閣、2022)319 頁。同 319 頁は、収益性のある営業秘密を引当てとした資金調達を行うには、会社分割等の方式により当
該知的財産を含む事業を切り出すことも考える必要があるとする。
53 これら問題に広く取り組むものとして、事業者における顧客情報の利用を巡る法律問題研究会・前掲注⑹ 22~30 頁。
54 生貝・前掲注⑺ 118 頁。なお、本特集の総論との関係で若干、2 点、付言する。①EUデータ法におけるデータポータビリティ権(第 2 章)は
GDPRとの連続性のもと捉え得るものであり(生貝・前掲注⑺ 118~119 頁)、そこからB2Cにおけるデータ取引における対価性・有償性や給
付の均衡、さらには公序についていかなる示唆を得ることができるかが問題となり得よう。この点につき、西内康人「電気通信契約の法的構
成にかかる試論」情報通信政策研究 5 巻 1 号(2021)108 頁、馬場圭太「消費者契約における個人データの定位――EU消費者私法における『反
対給付としての個人データ』の展開」現代消費者私法の理論と実務研究班『消費者私法の現代的課題(関西大学法学研究所研究叢書第 64 冊)』
(2022)1 頁が注目される。②公共部門における民間保有データの利用(第 5 章)は、公法的視点を抜きにして語ることはできない。
55 落合ほか・前掲注⑺ 16~17 頁、27~28 頁。

43
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 3 セッション デ
 ジタルビジネスの進展とガバナンスの手法

5 デジタル社会におけるODRの意義
――取引デジタル・プラットフォームを中心に
京都大学教授

山田 文 YAMADA Aya

後者のような動的かつ非集権的な規範形成過程か
Ⅰ はじめに ら生成される規範の一例としてソフトローが挙げら
れよう。一定の業界等の中間団体内で通用しつつ、
取引関係、社会関係等の構築・利用において急速 やがて事業者共通の自主規制や行為規範として根付
にデジタル化が進み、E-commerce とりわけデジタ き、ADR(民事調停を含む)や裁判上の和解等にお
ル・プラットフォーム(DPF)を利用した取引の拡 いて一定の確度で積み重ねられ規範として機能し、
大、スマートコントラクトとブロックチェーン技術 さらに判断手続においても信義則等の解釈を通じて
の組み合わせによる効率化等が一般化しつつある。 裁判規範として漸進的に影響してゆくプロセスは従
契約の観点からは当事者の意思表示による合意内容 来も観察されてきた2。
コントロールのあり方の変容、関係人としてDPF 現在のDPF によるルール設定との類比では、質
事業者という「場」を提供する第三者をも含めた複 的にはこのような規範形成過程の拡大版と位置付け
合的契約関係の規律の必要性などが指摘される。ま ることも可能であるが、非集権的な規範形成の場
た、規律のあり方についても、一方では伝統的な法 が、事業者のインナーサークルにとどまらず消費者
的規律が想定していたような確定した法規範の適用 や一般社会(場合によってはインターネットの特性上
による画一的な解(高い予測可能性)を想定するパ 世界的規模で) に拡大し得ること、市場における
ターンは厳然として残りつつも、他方でより広い範 DPFが多様な分野に及び、そのプレゼンスが桁違
囲のステークホルダーが具体的な規律について議論 いに大きいこと等から規範形成のあり方が市場に大
や検証を重ねて規範形成を行うアジャイルな方法に きく影響することはもちろん、社会一般への影響も
より、技術の進展や社会規範の急速な変容等を反映 実体を備えていること、さらに規範形成の効果が関
したヴァージョンアップを行っていく動的な規範形 係人間の合意拘束力にとどまらず、合意履行結果と
成過程を想定する枠組みも注視される1。 いう事実的な効力をもこのシステム内で実現できる

44 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
5 デジタル社会におけるODRの意義

こと(したがって、外部システムである裁判所の判断 て は 狭 義 のODRす な わ ち 調 停 や 仲 裁 と い っ た
なしに履行強制が可能となること)等を考え合わせる ADR手続を念頭に置いており、裁判手続に関して
と、単なるソフトローの拡大版ではカバーしきれな はIT化と呼んで別途法改正を進めてきた。そこで、
い変容を認めることができよう。 本稿も狭義の ODR を中心とする。
このような非集権的なシステムの台頭とシステム ODR の一般的な意義は、ADR の意義(簡易・迅
内での紛争に対して、紛争解決規範のダイナミズム 速性、廉価性、秘密保護、専門性、宥和性、規範の柔軟
を前提とした手続法からのアプローチとしては、① 性・創造性、ハードローの実現・ソフトランディングの
当該システム内部での紛争解決(過程)のあり方、 助力)に加えて、遠隔地(渉外を含む)とのコミュ
②システムの外部(ADR、裁判手続を含む)への開 ニケイションの容易化、時間的・経済的コストの低
放性のあり方、③外部システムたる裁判手続におけ 減、時間的制約の緩和(夜間・休日の利用可能性)、
る、内部システムの自由(契約による規範形成の自 当事者間の対面の回避(心理的コストの低減)、多様
由)と国家法による権利保護の関係の規律(当事者 な手続ニーズへの即応性等による司法アクセスの向
、内部システ
間合意による私的自治を認めるべき範囲) 上等が想定され、潜在していた紛争の顕在化による
ムの情報に基づく主張・立証のあり方(デジタル証 権利利益の保護の拡大が見込まれる。
、証拠・情報収集のあり方等
拠の証拠能力・証明力) また、ODRによる司法アクセス拡充の観点から
を検討する必要が考えられる。 は狭義のODR単独での推進は不十分であり、当事
本報告では、主として取引DPF(取引デジタルプ 者の目線に立って、情報収集・検討フェーズ、相談
ラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する フェーズ、交渉フェーズの連携と使い勝手を向上さ
法律 2 条各号)において生ずる紛争を対象とする解 せた上でスムーズに狭義のODRへ繋げる工夫(紛
決過程(システム内での紛争解決)のあり方をODR 争解決のためのODRプラットフォームの構築)が有益
(Online Dispute Resolution)を中心に検討する。③ と考えられる5。各フェーズの連携の必要性はODR
3
の論点 については、必要に応じて触れるにとどめ 以前から強調されてきたが、デジタル化により連携
る。以下では、ODRの現状( █
Ⅱ)、ODRに関する のコストが減ずる可能性も期待されるようになっ
規範的規制(█
Ⅲ)、DPF による紛争解決の現状と課 た。なお、交渉フェーズでは、何らかのアルゴリズ
題(█
Ⅳ )として論じる。 ムにより選択肢を当事者双方に提示したり、当事者
のチャットを送信前に点検して攻撃的表現を直すよ
う助言したりして交渉を促すシステムも想定され
Ⅱ ODRの現状 る。これが調停型ADRに該当するか否かは和解仲
介行為の解釈によるが、このような中間的な手続を
含めて手続種類は多様である。
1. ODRの多様性とその推進
また、デジタル技術特にAIが手続運営・進行上
ODRは広義ではデジタルを用いた紛争解決手続 どのように用いられるかも手続の多様性を基礎付け
一般を指し、司法権が運営する場合にもそのように る。ウェブ会議で人が手続を行うフェーズ 1 から
4
呼ばれる 。日本では、一連のODR推進政策におい ケースマネジメントも手続実施者(調停人、仲裁人)

1 関連する論稿は多いが、包括的なものとして、林秀弥ほか「座談会 デジタル社会の実現と法規整」ジュリ 1569 号(2022)50 頁以下参照。な


お関連して、大陸法系とコモンロー系では司法における私法秩序と法の正統性の捉え方、効率性や社会的変化への対応のあり方に違いがあり、
デジタル技術がもたらす変容に対応しやすいのは後者であるとのコメントがある(Horst Eidenmüller & Gerhard Wagner, LAW BY ALGORITHM
(Mohr Siebeck, 2021), 223, at note 10)。
2 旧くは(仲裁手続を中心とするが)三ヶ月章による規範の多重構造論(同「紛争解決規範の多重構造」 『民事訴訟法研究 第九巻』(有斐閣、
1984)235 頁以下)で論じられ、よりダイナミズムを強調する議論として小島武司「紛争処理制度の全体構造」新堂幸司編集代表『講座民事
訴訟 1』 (弘文堂、1984)360 頁以下等に展開される規範の波及と汲み上げ効果論がある。
3 たとえば証拠について杉山悦子「電子契約、電子署名と訴訟法」ジュリ 1569 号(2022)42 頁、消費者救済について町村泰貴「消費者の身を
守るデジタル武器とその課題」現代消費者法 56 号(2022)55 頁等がある。
4 カナダのCRT(Civil Resolution Tribunal)は、司法制度の一環として、一定類型の民事紛争についてtribunalが提供するODRの利用を可能と
する制度であり、裁判所が運営する。
5 ODR活性化検討会「ODR活性化に向けた取りまとめ」(2020 年 3 月 16 日)5 頁図 1、7 頁以下参照。

45
もAIが担う最終フェーズまで多段階であり6、手続 デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向
実施者が人(のみ)であるか、手続における関係人 上に関する法律(令和 2 年法 38 号。以下「透明化法」
間のコミュニケイションが(オンライン上での)口 という)においてもこの類型の紛争解決について
頭ないし対面によるものかテキスト情報によるか、 DPF事業者の自主的な取組を促しており、また大
媒体として何を用いるか等、アナログ時代よりも、 臣評価にあたり勘案される「特定デジタルプラット
多様な手続を想定し得る。 フォーム提供者が商品等提供利用者との間の取引関
係における相互理解の促進を図るために講ずべき措
2. ODRの状況
置についての指針」では外部のADR 利用を推奨し
ODRを有名にしたのは、米国で当事者間売買の ているが、現時点ではADRを利用している報告は
仲介サービスを提供するeBay が、年間 6 千万件の なされておらず、なお具体化を検討する必要があ
苦情をODRにより合意を成立させて処理しており、 る。
顧客からの評判も良いとのエピソードである。その
特徴として、DPFが当事者間の交渉を整理し解決
提案をすること、取引の全経過の記録を有する Ⅲ ODRに関するレギュレーション
DPFが事実関係を把握していること、クレジット
カード情報その他の顧客プロフィールを有してお
1. 日本法
り、合意成立後にリファンドしたりエスクロー機能
を使う等迅速に合意を実現できること、悪性の強い 日本法では、弁護士以外の者が調停型のADRを
場合にはサービス利用を停止する等の制裁も可能で 業として行う場合にはADR 法による認証を得る必
あり、総じて実効性が高い点が挙げられる。顧客に 要があり(同法 6 条各号、弁護士法 72 条参照)、ODR
とっても、交渉の迅速性・廉価性、外部システム として実施する場合にも同じ規律が妥当する。
(裁判所や弁護士等)を利用せずに合意どおりの(割 ADR法はもともとテレビ会議システムでの手続実
引のない)権利実現が得られる点で満足度が高いと 施をも想定していたため、ODR 固有の法改正はな
される。 されていない。
日本においても、取引DPFは顧客からの苦情処 仲裁に関しても、オンラインで仲裁手続を実施す
理を行っているが、当事者間交渉のための連絡を可 るにあたり仲裁法固有の問題点の指摘はなされてい
能にするにとどまり、紛争解決手続は実施していな ない。ただし、消費者紛争を対象とする仲裁合意に
7
いと報告されている 。ただし、DPFの判断により は解除権等の特則があり(仲裁法附則 3 条)、実務上
お見舞い等として事実上の補償をする制度は機能し は消費者仲裁の利用につき制約がある。
ており、またエスクロー的機能により解決結果が実 このほか、特定DPFに対して、透明化法による
8
現されている例も報告されている 。 苦情処理・紛争解決の状況の報告義務が規定された
DPF利用者のうち取引に問題があったと感じた (同法 5 条 2 項 1 号、7 条 3 項 3 号、9 条 1 項 2 号・2 項
人の割合は高く、また複数回答ではあるがDPF に 。
等参照)
和解案の提示を含む紛争解決を求める人も多い

2. EU法
(68.3%)が、日本では合意成立へ向けた積極的な関
与は行われていない実情がうかがわれる。他方で、 P2B規則10 は、DPF事業者と利用事業者(出店者)
DPFによる補償は事実上の解決と言えるが、その の間の紛争解決のための内部苦情処理制度(11 条)
判断について基準や顧客の関与は制度上は明らかで の設置のほか、12 条で外部の調停(mediation)を
ない。 利用できるようにする措置をDPF事業者に義務付
これに対して、DPF と利用者間では交渉力等の けている。
格差があり、また DPFとしても公正な手続による 前者は、利用事業者が容易にアクセスし無料で利
健全なマーケットの維持に利益があることから、苦 用できること、合理的な期間で処理されること、透
情・紛争解決手続の必要性が指摘されてきた。特定 明性と同種事案の平等取扱いの原則に基づくこと、

46 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
5 デジタル社会におけるODRの意義

苦情をその重要性と複雑性に応じたやり方で扱うこ 業者・消費者を問わない)からの苦情を扱う内部苦情
とが求められる(11 条 1 項)。また DPF 事業者は、 処理システムへのアクセスを 6ヶ月間提供する義務
苦情処理の結果、条件等の変更のほか苦情の総数や を定める(20 条 1 項・2 項)。その処理方針として、
類型、平均所要期間および苦情結果に関する情報の 適時、非差別的、真摯かつ非恣意的に行うことのほ
取りまとめを公開すべきとされる(同条 4 項)。 か、判断を覆すべき要件について、プラットフォー
後者の外部の調停利用に関して、DPF 事業者は、 ム提供者の判断の再評価および苦情申立人側の事情
契約において 2 人以上の調停人を特定し、裁判外 の判断基準に踏み込んだ規定が置かれている(同条
で、DPF事業者と利用事業者の間のDPF利用に関 4 項)点が注目される。
するすべての紛争(11 条の苦情に限定しない)につ 苦情処理の結果について、プラットフォーム提供
いて合意を目指すことを定めなければならない(12 者は理由を付した判断を行い、また 21 条所定の
。この調停人は、⒜不偏的かつ独立、⒝調
条 1 項) ADRの利用可能性およびその他のあり得る救済に
停サービスが利用事業者にとり利用可能 ついて、不合理な遅滞なく苦情申立人に通知しなけ
、⒞ DPF利用契約で使用される言語に
(affordable) ればならない(同条 5 項)。この判断は、適格なス
よるサービス提供、⒟調停地に物理的または技術的 タッフにより監督され、完全には自動化されてはい
に容易にアクセス可能、⒠不当な遅滞なくサービス ない方法で行わなければならない(同条 6 項)。
提供する能力、⒡商事紛争に関する知見といったク 20 条で解決できない場合を含めた紛争解決のた
オリティを備える必要がある(12 条 2 項)。解決は め、両当事者は、デジタルサービス調整官(Digital
合意によるが、両当事者は調停のすべての試みにつ Services Coordinator)による認証を得た ADR を選
き誠実義務を負う(同条 3 項)。費用は、当事者間 択する権利を有し、紛争解決を目的として誠意を
の負担割合を調停人が決定できる(同条 4 項)。調 もって手続関与する義務を負う(21 条 1 項)。認証
停は、当事者双方について、調停開始前、継続中、 ADRは合意型の手続を提供し、裁判で争う権利を
および終了後に、裁判手続を開始する権利に一切影 奪うものではない(1 項・2 項)。
響しない(同条 5 項)。消費者代表(団体)や公的機 認証 ADR の基準としては、当該 ADR 機関が不
関による訴え提起や訴訟追行も推奨されている(14 偏性、財産的独立性を含めた独立性、専門性、手続
。他方、DPF事業者や同事業者団体において、
条) 結果から独立した報酬制、オンラインによる手続開
上記要件を充たす本紛争に特化した ADRを設置す 始や書面提出、迅速かつ効率的で費用対効果の高い
ることが勧奨される(13 条)。 手続、EU公用言語でのサービス提供、手続ルール
なお、DPF での取引から生ずる消費者紛争に関 が明確かつ公正であって容易にアクセスでき、また
しては、2013 年ODR指令により、利用事業者や 本条を含む適用法に適合することが列挙される(3
DPF 事業者はEUのODRプラットフォームについ 。ADR 機関は、合理的な期間であって原則
項各号)
て電子的リンクを張る義務があり、これにより EU として 90 日を超えない期間で解決を行う(4 項)。
域内であれば外国所在の事業者に対してもODRの 認証ADRの質保証はデジタルサービス調整官が
開始申出をすることができる。 担う。認証したADR機関から年次報告を受け、2
このほか、DSA(Digital Services Act)は、プラッ 年ごとに受理件数、手続結果、処理期間等の基礎
トフォーム提供者によるサービス提供やアカウント データのほか当該機関の機能的不備や問題点、改善
の停止・終了等の判断についてサービス受領者(事 策等を含めた報告を行う(同条 3 項・4 項)。

6 Lear Wing, Mapping the Parameters of Online Dispute Resolution , 9-1 Int’l J. Online Disp. Resol., 3, 14(2022).
7 消費者庁「デジタル・プラットフォームにおける苦情処理対応・紛争解決のあり方」(2020 年 7 月 2 日)14~15 頁(以下「紛争解決のあり方」
という) 。デジタル・プラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会「報告書」(2021 年 1 月 25 日)では
DPF外での紛争解決を念頭に置いた立法提案(買主が消費者である場合の売主情報開示請求権の新設等)がなされている。
8 ODR活性化検討会・前掲注⑸ 20 頁。
9 消費者庁「紛争解決のあり方」10~13 頁。
10 Regulation 2019/1150 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on promoting fairness and transparency for business
users of online intermediation services, OJ L 186/57.

47
DPFにおけるODRの可能性と 2. DPF提供者と利用事業者の紛争
Ⅳ 課題
両者が適正な条件のもとで利用事業者が出店し事
業を行うためには、DPF提供者との交渉力の平準
1. 紛争解決手続を整備する意義
化が必要とされる。また、DPF 提供者による措置
デジタルプラットフォーム市場の特殊性として、 (アカウントの削除、ランキングの低下等)の不当性を
急速な市場の集中化とその維持が容易であること、 争うためには第一次的には合意ベースでの解決が効
ネットワーク効果やこれに伴うロックイン効果によ 率的であり、DPF 提供者としても迅速な検討・是
り利用事業者・顧客が他のプラットフォームに移転 正ができ、また秘密保持のために非公開の場を設け
することが事実上難しくなること、データの集中・ ることに利益がある。
独占的利用による優位性があること等が挙げられ このような観点から、まずはDPF内の紛争解決
11
る 。これにより市場におけるDPF提供者のプレゼ 手続として苦情処理手続が整備されるべきことを指
ンスは巨大となり、その取引のあり方やその「場」 摘し得る(金融ADRにおける苦情処理手続の位置付け
で生じた紛争解決のあり方が有する社会的影響力も 。日本法も、特定
につき銀行法 52 条の 72 等参照)
大きい。また、E-commerceを通じて社会の隅々ま DPF提供者を対象とするが、透明化法により内部
で経済活動を広げつつその救済については途を狭め 苦情処理手続の実施状況の報告義務を課し、モニタ
ることはバランスを欠くし、苦情・紛争の適正な解 リング会議がこれを検討してフィードバックし、さ
決は競争力を構成し、海外のDPF市場との比較に らに業務の適正化および手続の改善を促すシステム
おいて有利に働くレピュテーションとなり得る。 を構築している(同法 7 条 3 項 3 号、8 条、9 条等参照)。
さらに社会・経済のインフラとしての DPFは一 ただし、苦情処理手続の適正さの検証は難しい作
12
企業にはとどまらない社会的責任を担うこと 、そ 業である。一般には相談窓口のような形で受け付け
れゆえに法的規制や行政への特別な報告義務を負う るため、紛争性のある苦情か単なる情報照会か、質
こと(透明化法 9 条)、当事者間に定型的に格差があ 問の形式をとった苦情であるのかが一義的には明ら
り交渉には専門的な知見が必要であること、市場の かでない(紛争性を疑って話を掘り下げると紛争性が
発展を考慮すると事前規制にも限界があり、個別紛 。また、苦情対応者はDPF
発見される可能性もある)
争解決とこれを通じた規範形成が重視されること等 提供者の従業員ないし受託者であるとすれば、少な
を考え合わせると、2009 年に金融商品取引法等の くとも苦情申出人からすれば、真摯な調査検討がな
改正により創設された金融ADRのスキームが参考 されているかについて釈然としない場合があるだろ
になるように思われる。金融ADRのスキームでは う。実際には踏み込んだ調査等がなされていても、
金融機関に手続利用契約の締結義務を課し、また 第三者ではなく当事者が実施することによる心理的
ADRの質も業法で保証されている(ADR法上の認 バイアスもあり、手続的公正さの外観の問題があり
証基準に固有の要件が加重され、金融機関には手続応諾 得る。
や帳簿書類の提出等の義務のほか一定要件のもとでの特 さらに、公平性の問題がある。利用事業者の当該
別調停案受諾の義務がある。たとえば銀行法 52 条の 62 DPFでの経済的規模や契約期間の長さ、従来の経
。財政は業界団体が担っているものの実
以下参照) 緯等により、同種事例を平等に扱わない恐れが指摘
際の和解仲介手続は独立したパネルで行われてお される13。DPF 提供者側が経済合理性からそのよう
り、その人選は弁護士、学識経験者、消費者問題専 な苦情対応をしたりそのようなアルゴリズムを使っ
門家を含み、独立性が強い。また、相談・苦情処 ている可能性もある。そのため、紛争解決事例につ
理・ADR 手続の件数と結果も公表され、透明性を いて匿名化の上で公開し、または専門家による監査
確保することで社会特に顧客の安心・納得を得よう (scrutiny)を行ってその相当性を外部から確認でき
としていることも参考となる。 ることが望ましい。
そして金融ADRと同様に、内部苦情処理の適正
な実施を担保し(これによる迅速な措置改善はDPF提

48 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
5 デジタル社会におけるODRの意義

、第三者性ある手続実施者によ
供者にも利益となる) 紛争と捉え、顧客(消費者の場合)から利用事業者
る紛争解決を図るためにADR/ODRの利用を可能 (出店者等)に対する苦情があり、これを DPF 提供
とすることが必要と考えられる(外部への開放性)。 者が苦情処理手続として利用事業者に調査を促す等
P2B 規則においてADR利用可能とする措置が明記 して解決を試みると構成することや、DPF提供者
され、DSA では認証基準を設けて ADR の質保証を の役務には取引の安定に向けて利用者に働きかける
図りつつその利用を推進していることからも、 ことも含まれている等の契約解釈があり得るとすれ
DPF 利用契約の適用をめぐる紛争解決が社会的な ば、利用者双方からその履行を求められて DPF 提
関心事であることが見てとれる。言うまでもなく 供者が働きかけを行うと見る可能性もあろう。これ
DPF サービスは金融サービスのような厳格な規制 らは実体的な解釈によるが、いずれにしてもDPF
監督対象ではないが、DPF利用に係る即時的なルー 提供者は利用者との間で利害関係があり、たとえば
ル設定と解決の公正さの重要性は金融サービスに類 high profile の顧客の優遇等もあり得ることから第
する側面を有する。そこで事後規制につき行政庁に 三者性を認めることは難しく(前掲注⒀参照)、交渉
よる直接的な監督・規制ではなくADRによる場合 フェーズと ADR フェーズの中間的介入と位置付け
には、ADRの枠組みを強化しDPF提供者側に文書 ることになりそうである14。
等の開示や手続実施者の規制、片面的拘束力ある調 そこで第二段階として、DPF 提供者には両当事
停案の制度(金融ADRにおける特別調停案)等の法 者が外部の ADR を利用できるよう求めることが紛
律上の義務を課するとともに、透明化法の予定する 争解決やルールメイクの透明化の観点から重要とな
行政庁による評価制度をより踏み込んだものとする る。この紛争類型では少額多数の事案につき、第一
等の外部開放性を検討することも考えられよう。 段階ではアルゴリズムによる自動化が効率的ともい
なお、この紛争類型は典型的にはDPF提供者と えるが、その場合にもアルゴリズムの検証であると
利用事業者を当事者とするが、事業者ではない利用 か結果やルールの相当性を検証することが望まれる
者からの苦情・紛争解決においても、消費者紛争で ためである(なお手続種類として、合意型のみならず
はあるが、上記はおおむね妥当すると考えられる 。
判断的手続の有用性も検討の余地があろう)

(DSA20 条・21 条参照) 外部の ADR を利用するにあたり、日本法上は
ADR法の認証を得るか弁護士会が行うADRを利
3. 利用事業者と顧客(消費者)
の紛争
用することが必要となる。
利用事業者と顧客間の紛争(典型的には売買契約 なお、第一段階として説明した DPF内部手続に
紛争)については、第一段階として、eBay の例の よる場合、裁判所の強制執行によらずに合意内容の
ようにDPFが利用者間の交渉の場を設定すること 実現を得ることができるが、このような司法の
が考えられる。もっともDPFが和解の仲介と解釈 privatizationをどこまで許容すべきかも検討を要
される行為(チャット等による解決案の勧奨等)を行 する。合意による解決では、不合理な当事者がいる
う(アルゴリズムを運用する)ならば、調停型の手続 場合に不合理な交渉結果が生ずる恐れがあり、
に該当し得る場合があり、法律事務に該当しないか DPF 提供者が介入する場合には実体的に適切な解
、ADR法上の認証基準を満た
(弁護士法 72 条参照) 決案が提示されているか検証すべきものと言えよ
しているか等が指摘され得る。他方、これを消費者 う。
11 佐々木勉「欧米におけるオンライン・プラットフォーム市場の規制――支配的プラットフォーム規制アプローチ」情報通信政策研究 5 巻 1 号
(2021)167 頁、178 頁等。
12 Rory Van Loo, Federal Rules of Platform Procedure , 88 U. Chicago L. Rev. 829, 832(2021)はDPFは主権者に準じた地位にあるとし、その
アナロジーによりデュープロセス適用を論じている。DPFサービスに係る規範形成を第一次的にADR/ODRが担うとすると、その一定の質保
証につきデュープロセスの観点からも検討することが求められよう。もっとも、従来裁断型の手続について議論されてきた概念であり、ODR
の文脈への適合のほか、近時相次いで策定されているODRの行為規範や規程等との整合を図る必要があると思われる。近時の例として、
ICODR(International Council for Online Dispute Resolution)Standards〈https://icodr.org/standards/〉
、B2B紛争を対象とするODRにつき
APECのCollaborative Framework for ODR〈https://www.apec.org/seli/overview〉等があり、ISO規格も策定中である(早川吉尚「ISOにお
けるODR国際規格の策定」JCAジャーナル 791 号(2023)15 頁) 。
13 Horst Eidenmüller & Gerhard Wagner, Chapter10 Digital Dispute Resolution, theirs, LAW BY ALGORITHM(Mohr Siebeck, 2021)note 63 および
該当する本文参照。
14 山本和彦『民事裁判手続のIT化』(弘文堂、2023)177~179 頁(ODRの提供義務を肯定される)。

49
Feature

日本私法学会シンポジウム資料▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン

第 3 セッション デ
 ジタルビジネスの進展とガバナンスの手法

6 会社法の強行法規性 2.0
――DAOを
「法の支配」下におくために

一橋大学教授

得津 晶 TOKUTSU Akira

き、一方で、すべての事業をプログラムで自動的に
1. 会社法の強行法規性 2.0 とは何か
実行しながらも、他方で、ブロックチェーンに参加
1989 年のEasterbrook & Fischelによる「会社 しているアカウント(ノード)に事業活動のルール
は契約の束に過ぎない」というセンセーショナルな を変更する権限を予めプログラムの中に組み込むこ
1
主張 は世界中を駆け巡った。この主張の延長線上 とをも可能とする6 。これはさながら、ブロック
には「会社法の任意法規化」
、さらには「会社法は チェーンとプログラムによってビジネス事業体、す
そもそも不要ではないか」という命題が存在し、賛 な わ ち「 組 織 」 を 構 成 す る も の で あ り、DAO
2
同と共に多くの反発を招いた 。 (Decentralized Autonomous Organization: 分散型自
7
理論上、集合行為問題、取引費用や当事者の合理 立組織)と呼ばれる 。
性の限界などを根拠に会社法には一定の強行法規が DAOを組織として眺めた場合、そのルールがす
必要であるという主張がなされた3。たとえば、現 べてプログラムという形で当事者によって書き尽く
実には、ビジネスの組織に関するルールを当事者が されている点が特徴である。当事者の作成したプロ
すべて契約に書ききるのは不可能であろうというド グラムを「契約の束」とみれば、法がなくてもすで
ラフティングコストの問題は取引費用の一例であ にルールは書き尽くされており、取引費用の中でも
る。 ドラフティングコストを理由とする会社法の必要性
4
かつてより自動販売機がそうであるように 、コ が成り立たない。しかしながら、会社法の必要性に
ンピューター上のプログラムは、人の手を介さず自 は、ドラフティングコストの節約以外のものも論じ
動的に一定の事業を行うことを可能にしている。そ られてきており、DAO の存在は、たとえば、合理
して、近時のブロックチェーン技術は、その中にプ 性の限界や集合行為問題を理由とする会社法の必要
ログラム(ブロックチェーンに付随するプログラムを 性、さらには強行法規の必要性を否定するものでは
5
スマートコントラクトという )を格納することがで ない。このことは、DAOにも強行法規を含む会社

50 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
6 会社法の強行法規性 2.0

法的な規律を及ぼすことの是非という問題にもつな かつて、会社法において、当事者が定款で明示的
がっている。この問題は、①DAOが会社となるこ に定めた場合であっても会社法が定款規定を覆して
とを望めば(この場合、誰が望めばDAOが望んだと 一定のルールを強制的に適用する場面があるか、あ
評価できるのかという別の問題がある)会社法の規律 るとすればいかなる場合か、という議論がなされて
を及ぼすことができるか、および② DAOが望むと きた。これは定款自治の問題であり、その裏返しと
望まないとにかかわらず、会社法の規律を及ぼすべ して会社法の強行法規性の問題でもあった。ただ、
きかという 2 つの異なる問題に分けることができ この議論は適法な会社として登録された組織体を前
る。 提としていた。これに対して、本稿が対象とする
このうち、① DAOを自ら登録する場合に会社と DAOは、そもそも会社として登録しておらず、会
する試みは米国のいくつかの州において採られてい 社となることを望んでいないにもかかわらず、会社
る。バーモント州、ワイオミング州、テネシー州の 法の規律を強制的に適用する場面はあるかを論じる
3 州では、DAOにもLLC(日本法上の合同会社に近い) ものである。このような議論は会社法の強行法規性
として登録を認めている8。だが、本稿で検討した をさらに進めて新たなフェーズで論じるものであ
いのは、② DAO側は会社となるための手続をして り、いわば会社法の強行法規性 2.0 ということがで
いない場合にも、会社に関する法ルールを強行規定 きる。
的に DAO に適用することができるのかという問題
2. DAOの用途・仕組み
である。実際に DAOに法人格を認める法制は前述
のように米国内でも少数派にとどまる。またそもそ 現在、DAOによって提供されているサービス・
も DAO によってビジネスを行っている参加者らは 事業には多様なものがあり9、将来、さらに拡大し
法定の会社とすることを望まないケースも多いであ ていくことが予想される。このうち現状を分類する
ろう。しかしそのような場合にも、当事者自治、あ と、①暗号資産(仮想通貨)金融サービス(DeFi)、
るいはDAO のアルゴリズム自治に委ねるのではな ②ビジネスへの投資、③特定対象物の購入、④非営
く、法的な介入の必要はないだろうか。それが本稿 利活動・慈善事業、⑤ゲームとに分けることができ
の問題関心である。 る。

1 Frank H. Easterbrook and Daniel R. Fischel, The Corporate Contract , 89 COLUM. L. REV. 1416-1448(1989).
2 Lucian Arye Bebchuk, Limiting Contractual Freedom in Corporate Law: The Desirable Constraints on Charter Amendments, 102 HARV. L.
REV. 1820-1860(1989); Lucian Arye Bebchuk, Foreword: The Debate on Contractual Freedom in Corporate Law, 89 COLUM. L. REV. 1395-
1415(1989); Jeffrey N. Gordon, The Mandatory Structure of Corporate Law, 89 COLUM. L. REV. 1549-1598(1989); John C. Coffee, Jr., The
Mandatory/Enabling Balance in Corporate Law: An Essay on the Judicial Role , 89 COLUM. L. REV. 1618-1691(1989); 柳川範之=藤田友敬
「会社法の経済分析」三輪芳朗ほか編『会社法の経済学』 (東京大学出版会、1998)1~33 頁。
3 柳川=藤田・前掲注⑵ 30 頁。
4 事実的契約概念について五十川直行「いわゆる『事実的契約関係理論』について」法協 100 巻 6 号(1983)1102~1182 頁。
5 スマートコントラクトには、技術上の概念と法学上の概念との 2 つの意味がある。前者の技術上のスマートコントラクトとは、 「ブロック
チェーンネットワーク上に暗号技術によって署名された取引を用いて展開されたコードやデータの集合(関数や状態と呼ばれることもあるも
の)の集まり」 (米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology)ウェブサイト、available at, https://csrc.nist.
gov/glossary/term/Smart_contract)、
「ブロックチェーンネットワーク上で動作するプログラム」 (赤羽喜治=愛敬真生編著『ブロックチェーン
仕組みと理論〔増補改訂版〕』 (リックテレコム、2019)103 頁(愛敬真生))である。法学上のスマートコントラクトとは、「デジタル契約の自
動執行」「事前に定めたルールに従ってデジタル資産が自動的に移転するシステム」「自動的・自立的に契約を執行する」(赤羽=愛敬・前掲書
100 頁(愛敬) )という意味である。本文の「スマートコントラクト」は技術上の意味で用いている。
6 Gail Weinstein, Steven Lofchie, and Jason Schwartz, A Primer on DAOs , HARVARD LAW SCHOOL FORUM ON CORPORATE GOVERNANCE(September
17, 2022), available at, https://corpgov.law.harvard.edu/2022/09/17/a-primer-on-daos/; Kevin Schwartz & David Adlerstein, Decentralized
Governance and the Lessons of Corporate Governance , HARVARD LAW SCHOOL FORUM ON CORPORATE GOVERNANCE(June 4, 2022), available at,
https://corpgov.law.harvard.edu/2022/06/04/decentralized-governance-and-the-lessons-of-corporate-governance/.
7 DAOとは、パブリック・ブロックチェーン上に展開された自動に執行されるルール群を通じて、人々が調整し管理することを可能にするブ
ロックチェーン・ベースの分散化された(中央集権的なコントロールから独立した)システムである。Samer Hassan & Primavera De Filippi,
Decentralized Autonomous Organization , 10 INTERNET POLICY REV, 1-10(2021), at 2.
8 Weinstein et al., supra note 6. ワイオミング州法の紹介として柳明昌「DAOの法的地位と構成員の法的責任」法学政治学論究 132 号(2022)
39~41 頁参照。
9 Weinstein et al., supra note 6; 金融庁=株式会社クニエ「分散型金融システムのトラストチェーンにおける技術リスクに関する研究 研究結果
報告書」(令和 4 年 6 月) 〈https://www.fsa.go.jp/policy/bgin/ResearchPaper_qunie_ja.pdf〉。

51
DAOでは、事業活動や組織に関するルールはす となることもあれば、譲渡できない仕様にすること
べてスマートコントラクトの中に書き込まれ、予め も可能である。前者であれば、あたかも株式(譲渡
定めた条件通りに事業活動を行う。そして、スマー 制限のない株式)のような取扱いが可能となる。
トコントラクトの内容、すなわちプログラムのコー ガバナンス・トークンによるスマートコントラク
ドを変更する手続についても事前にスマートコント ト変更の手続や変更可能な範囲もスマートコントラ
ラクトに定めてある。このため、スマートコントラ クト自体に記述されており、ガバナンス・トークン
クトの内容、すなわちDAOのルールは具体的な 保有者は誰でもルール変更の提案が可能であり、そ
DAOごとに異なる。だが、多くの DAOでは、ブ のような提案がなされたらコミュニティ・フォーラ
ロックチェーン上、メンバーとされている者は誰で ムでガバナンス・トークン保有者の多数決によって
もコードの変更を提案でき、そしてメンバーの多数 提案の実行の可否が決せられる。このガバナンス・
決によって承認されれば、その変更が実施されるこ トークン保有者の多数決は投票を 2 回ないし 3 回行
10
とになる 。 い(定足数が徐々に上昇する例が多い)、すべて可決
この「メンバーとされる者」もDAOのスマート されたらルール変更提案が実行されることになると
コントラクトでいかに定めるかによって決まる。だ いう仕組みが採られる。コミュニティ・フォーラム
が、分散型記録台帳たるブロックチェーンの仕組み では、ガバナンス・トークン保有者のほかに当該
を利用するものである以上、ブロックチェーンの記 DAOの開発会社や関連法人その他の専門家(とさ
録を保管しているユーザー、すなわちブロック れている者)らもコミュニティメンバーとして参加
チェーンネットワークのアカウント保有者である必 し、彼らにもルール変更の提案権や、また提案され
要がある。そのようなメンバーのアカウントには、 たルール変更に対する意見表明が認められているこ
スマートコントラクト変更提案や提案の承認手続へ ともある13。
の参加を認めるための特定の情報ないしデータが備 そして、DAOの事業によって獲得した利益はガ
わっている必要がある。メンバーであるためのデー バナンス・トークン保有者ほか、一定のトークンを
タはDAOのメンバー全員に共通する規格化した 保有している者に分配する(この場合もブロック
データであるため「トークン」とされている。特 チェーン上で処理するために暗号資産(通貨タイプの暗
に、DAO の ス マ ー ト コ ン ト ラ ク ト の 変 更 手 続 。このルール
号資産)を用いて利益分配がなされる)
(DAOのガバナンス事項の決定手続)への参加権限が もスマートコントラクトによって定められる。利益
認められていることからガバナンス・トークンと呼 の分配を受け取るアカウントをガバナンス・トーク
11
ばれる 。 ン保有者に限定させることもできるし、異なるトー
このガバナンス・トークンがどのような場合に発 クンを発行してそのトークン保有者に分配すると定
行されるのかもそれぞれの DAO のスマートコント めることもできる。DAOの発行するトークンには、
ラクトの内容次第である。たとえば、創設者やその DAOの利益の分配だけでなく、スマートコントラ
関係者のみが何らの対価なしに大量のガバナンス・ クトで記述すれば DAO で提供するサービスのディ
トークンを保有しているという事態もあり得る。だ スカウントなど様々な異なる利益を提供することも
が、指定されたアカウント(DAOのアカウントとみ 可能である14。
ることができる)に暗号資産を移転した対価として なお、DAOが行う事業というのは、ブロック
発行したり、DAO創設時に労務・サービスの提供 チェーン上で執行まで自動的に完了する必要がある
の対価として発行されたりすることが多いとされて ため、暗号資産等、すべてオンライン上かつプログ
12
いる 。ガバナンス・トークンの発行の対価として ラムのみによって実行可能なものであることが原則
暗号資産その他の財産や労務の提供を行うことは、 である。
あたかも「出資」とみることもできる。
3. DAOをめぐる規制上の問題点
DAOのガバナンス・トークンの譲渡可能性につ
いてもスマートコントラクトによって定めることが このような DAOには法的諸問題として以下のよ
できる。誰に対しても譲渡・販売が可能で取引対象 うな問題が考えられてきた。

52 NBL No.1248(2023.8.15)
日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
6 会社法の強行法規性 2.0

⑴ 立法管轄 に民事法規定の中に特定の政策目的を実現するため
DAOの中でもとりわけDeFiと呼ばれる金融サー の規定が多く用いられるようになっている。このよ
ビスを提供するものに対しては、それぞれ事業内容 うな民事法規定は私人間の権利関係の調整の中で特
に応じた金融規制を課すべきでないのかという問題 定の政策目的の実現を図っていくものであるとこ
がある。たとえば、暗号資産型のステーブルコイン ろ、法人格が認められない DAOはこのような民事
プラットフォームは暗号資産交換業者として資金決 法の形を借りた規制から逃れることができてしま
済法上の規制を課すべきではないのか。 う。
この問題を考えるに際して、まず管轄の問題が挙 このように公法的な規制の文脈においても、そも
げられる。DAOの多くは「英語文化」の中にあり そも DAO に規制の適用対象たり得るかという意味
日本人は主要な顧客としては想定されていないであ での広義の法人格が認められるかどうかという問題
ろう。だが、排除もされていない。このような が前提として存在し、私法上の分析が必要となる場
DAOに対して日本の金融規制法は適用されるの 面があることがわかる。
か。日本の金融規制法が適用されるのかどうかとい
4. 会社法の規律のリスト
う立法管轄権の問題とかかる立法管轄が及ぶことを
前提に金融規制違反に対する制裁等のエンフォース 補論:スマートコントラクト
メントを実施できるかという執行管轄権の問題とが それでは、DAO に対して私法上、どのような処
15
ある 。 遇が可能であるか。この分析を始める前提として、
そしてこの管轄権を考えるに当たり、あるいは管 ブロックチェーン上の技術上のスマートコントラク
轄権を肯定できたとしても、DAOに制裁を科すこ トを用いて組織の前に契約を自動化した法律学上の
とができるかについて、後述する「法人格」がさし スマートコントラクトについて、法的にはどのよう
あたり付与されていないという点が問題になる。 に分析するのかを検討したい。
⑵ 対象の不存在 契約においては成立におけるミラーイメージルー
DAOにはさしあたり法人格がない。これまでの ルが暗黙裡に前提にしていたように、契約ないし契
法人格の有無に関する議論は、権利能力なき社団や 約書に記載された内容がそのまま法的な契約として
組合など何らかの実体が存在するところかかる実体 の拘束力が認められるという理解があり得る。だ
に法人格を認めることができるか・認めるべきかが が、実際に、これまでの(少なくとも日本の)民法
論じられてきたのに対して、DAOにおいては、そ 学においては契約の拘束力は「意思」にあるとされ
のように法的に把握できる実体の存在が明白ではな ており、約款論では約款の細かい条項の 1 つ 1 つに
い点に特殊性がある。 まで「意思」ないし「認識」が及んでいないことか
このため、そもそも規制を課す「対象」が存在し らその拘束力をいかに基礎付けるかが論じられてき
ないという問題がある。規制の違反を認定できな た(法規説・商慣習説・合理性説など)。そして、現
い。(登録要件の欠缺のように)規制違反を認定でき 在の民法の定型約款規定は事後的な変更における
たとしてもサンクションを課すことができない。サ 「社会的監視」の活用(民法 548 条の 4 第 2 項)など
ンクションを課すために法的に要求される適正手続 意思以外の様々な社会的な仕組みを活用して契約内
を遵守することができない。 容の適正化を図っている。このような意思の要素の
また、後述するように、近時は純粋な公法規制・ 退潮は、前述した約款による契約の正当化根拠や事
行政法規制だけではなく、消費者契約法などのよう 実的契約論のみならず、内田貴教授の「関係的契約

10 Weinstein et al., supra note 6; Schwartz & Adlerstein, supra note 6.


11 金融庁=クニエ・前掲注⑼ 8 頁; Schwartz & Adlerstein, supra note 6.
12 Weinstein et al., supra note 6.
13 金融庁=クニエ・前掲注⑼ 44 頁(Uniswapの例)、76 頁(Makerの例)
、89 頁(Aaveの例)

14 Weinstein et al., supra note 6.
15 原田大樹=プラットフォームビジネス研究会「プラットフォームビジネス規制の制度設計(上)」法時 93 巻 10 号(2021)103~104 頁。

53
論16」
「制度的契約論17」や任意法規の半強行法規 道具立てを使う前に、出発点として、法的な概念分
化18 などにすでに現れていた。 析を用いて接する。これは同じく技術上のスマート
このように考えると、技術上のスマートコントラ コントラクトを用いた組織体であるDAO にも等し
クトを活用した法学上のスマートコントラクトにお く当てはまるはずである。
いて、一方で技術上のスマートコントラクト(プロ よって、以下、DAO に対して会社法上の基本的
グラム)を認識・理解していないことそれのみを な道具立てとして「法人格」
「議決権」
「財産分配規
もって契約の拘束力を否定することを基礎付け得な 制(債権者保護制度)」
「忠実義務」
「情報開示」の 5
いと同時に、他方で実際に法学上のスマートコント つの観点から分析を行う。もとよりこれは網羅的な
ラクト(契約)の内容として行われることはすべて 分析ではない。
プログラムに詳細に書いてあることをもって契約の ⑴ 法人格
拘束力を完全に肯定することもできない。 まず、DAOにおいて「法人格」が認められるか。
契約の拘束力を認めるか否か、認めるとしてその DAOはブロックチェーン技術を用いていることか
契約の拘束力の内容をどのように確定するかは、消 ら、ブロックチェーンのノードとしてアカウントを
費者契約法や民法上の定型約款規定を活用し、また 保有している者が存在し、かかるノードの保有者に
契約の解釈を通じた契約内容のコントロールをする よる集合体が観念できる。これを民法上組合と性質
など様々な仕組みを活用して、裁判所が契約の債務 決定することもできよう。ブロックチェーンのノー
内容の適正化を図りながら行っていくものである。 ドのすべてではなく、ガバナンス・トークンの保有
そのような作業を裁判官・法律家が行うために 者のみの集合体として捉えることもできる。いずれ
は、難解な技術上のスマートコントラクトやその周 にせよ、DAOには人の集合体としての性格が認め
辺事情が意味するところを理解する必要があるとこ られる。そこで、DAOに法人格を認めなければ、
ろ、このような理解は法的なレンズを通じて眺めて DAOを構成するアカウントの保有者レベルで捉え
初めて把握できるものである。この法的レンズの主 ることとなるし、DAOに法人格を認めれば、DAO
要な道具が性質決定や契約の「目的」の理解といっ を構成するアカウントの保有者にまでいちいち遡る
たものであろう。契約を分析するに当たっては、た ことなく DAO を名宛人とすれば足りる点で様々な
とえ複雑な取引システムを利用していようとも、ま 取引行為・紛争手続の取引費用の節約となる。
ずは出発点として、法的な概念分析を用いて接して DAOとの取引や紛争、規制を課す場面において
きた。 問題となる「法人格」には、伝統的な「権利義務の
たとえば、証券取引所には自らが用意した売買シ 帰属主体」であるということ、前述の民事訴訟にお
ステムを利用して取引させる場合に、公正・円滑な ける当事者能力、そして、近時の法と経済学の議論
証券取引と円滑な投資者保護のために誤発注があっ に言われる財産分離(asset partitioning)19 を意味す
た場合にはすぐに取り消すシステムを用意する義務 ることと、多様な意味があり得る。
や異常な取引を検知したら市場内の売買の停止措置 このうち、伝統的な「権利義務の帰属主体」とし
を講じる義務を負うとされている(東京高判平成 ての法人格については、日本の民法は自然人以外の
。これは、金融商品取
25・7・24 判タ 1394 号 93 頁) 法人については法定の手続に従うことを要求してい
引法上の取引所という市場を提供するサービスであ る(民法 33 条 1 項)。本稿の想定する DAOはかか
るという契約の目的やそこで扱われる商品の社会的 る法人の設立手続を満たしていないことを想定して
意義・規制における位置付けなどを勘案して、取引 おり、このような意味での法人格を満たすことはな
所に一定の付随義務を認めたものである。このよう い。だが、このことは、たとえば不動産登記を
な措置はスマートコントラクトで提供される暗号資 DAO名義で行うことができないといったことにと
産取引所にも妥当する可能性がある。 どまり、DAOの構成員によって財産を共有(合有)
法律学上のスマートコントラクトが問題になった している、あるいは負債(責任)を連帯して負うと
場面において、裁判所は技術上のスマートコントラ 理解すれば、実質的に DAOに権利義務が帰属する
クトに対して契約内容の適正化を図るために様々な こととなるため問題はない。

54 NBL No.1248(2023.8.15)
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6 会社法の強行法規性 2.0

取引費用の節約という観点からは、権利義務が帰 性が保持されていること(対内的独立性)、②代表者
属するのがDAOなのか構成員なのかよりも、取引 が定められ現実に代表者として行動しており、他の
行為において、
「代表権者」との取引が DAO/構 法主体から独立していること(対外的独立性)、③組
成員に帰属するか否かが重要である。そして、この 織運営について規約が定められて、総会などの手段
点について、DAOによる取引と通常想定される取 によって構成員の意思が団体の意思形成に反映して
引であればすべてスマートコントラクトに取引によ いること(内部独立性)20 に加え、一部の学説は被告
る権利義務の移転が(プログラムの形で)記載され、 として訴えられる場面を想定して、④構成員から独
参加者はその条件を了解して DAO との取引に参加 立して管理されている団体独自の財産があることを
している。よって、DAO のユーザー(とりわけ消費 同法 29 条の「法人でない社団又は財団」に当事者
者)の取引行為を不当に制限するものでない限り、 能力を認める要件とすることもある21。
DAO の定めた条件通りに取引が行われることは法 ここで想定されるのは、DAOが申立人(原告)
的に承認され、代表権者の有無やその権限の範囲内 として自ら裁判制度を利用する場面というよりは、
か否かを問題とする必要はない。 前述のように DAOに対して不当利得返還・損害賠
DAOのユーザーが通常想定していない取引行為、 償請求などの民事訴訟を提起する、あるいは規制違
すなわち、日本の民法上は不当利得返還請求権や損 反に対するサンクションを課すなど、DAOを相手
害賠償請求権、契約の取消し等を主張するような紛 方として私人または公的機関がアクションを起こす
争解決プロセスにおいてはスマートコントラクトが 場面である。このようにDAOに対するアクショ
簡易な権利行使方法を予め用意していないことが想 ン・エンフォースメントを実効化するには、当該ア
定される。また、前述の問題点として掲げた規制の クションの性質にもよるが、終局的には金銭的な請
適用ないし規制違反の制裁を科す場面でも「対象の 求権あるいは金銭的な制裁に転化することを考える
不存在」という問題が存在する。このような場面で と、④財産的基盤が実質的に必要となる。
DAO のユーザーや公的機関が DAO の構成員をた そしてこのような財産的基盤は、法人格の経済的
どっていく必要があるというのでは(特に株主名簿 意義といわれる財産分離、すなわち構成員の債権者
のような制度のないDAOにおいては)取引費用が禁 よりも DAO の債権者が DAO の財産から優先的に
止的に高くなる。また、一部の規制については、そ 回収できるという側面に結び付くものと考えられ
もそも各構成員レベルに還元しては違反行為を認定 る22。
することができない場合もあり得る。 さて、それでは上記のような①~④がDAOにお
そこで、このような場面で取引費用を削減し、エ いて認められるか。①対内的独立性については、
ンフォースメントを可能にする方法として、民事訴 DAOのブロックチェーンへの加入・脱退がなされ
訟法上の当事者能力が認められる民事訴訟法 29 条 ても、あるいはガバナンス・トークンの保有者が交
の「法人でない社団又は財団」とする方法が解決策 替されても、DAOの同一性は維持されることで認
となり得る。同概念についてはこれまで判例法およ められよう。また、④財産的基盤についてもDAO
び議論が積み重ねられてきた。同条の文言にも照ら 固有のアカウントが設定され、そのアカウントに暗
すと、①構成員の脱退・加入に関係なく団体の同一 号資産等 DAOにおいてやり取りする財産が管理さ

16 内田貴『契約の再生』(弘文堂、1990)、内田貴『契約の時代』
(岩波書店、2000)。
17 内田貴『制度的契約論――民営化と契約』(羽鳥書店、2010)

18 河上正二『約款規制の法理』(有斐閣、1988)386~388 頁、大村敦志『典型契約と性質決定――契約法研究 Ⅱ』
(有斐閣、1997)9 頁。
19 Henry Hansmann & Reinier H. Kraakman, The Essential Role of Organizational Law , 110 YALE L. J. 387, 390, 393-(2000); REINIER KRAAKMAN,
ET AL., THE ANATOMY OF CORPORATE LAW: A COMPARATIVE AND FUNCTIONAL APPROACH 3
RD
ED. 6(2017) . 日本法上、同様の指摘をするものとして星
野英一「いわゆる『権利能力なき社団』について」同『民法論集 第一巻』 (有斐閣、1970)270~271 頁。
20 高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下)〔第 2 版補訂版〕』 (有斐閣、2014)177 頁。最一判昭和 42・10・19 民集 21 巻 8 号 2078 頁〔地域の任意団体・
原告〕、最二判平成 14・6・7 民集 56 巻 5 号 899 頁〔預託金会員制ゴルフクラブ・原告〕など。
21 伊藤眞『民事訴訟法への招待』(有斐閣、2022)42 頁、新堂幸司『新民事訴訟法〔第 6 版〕』
(弘文堂、2019)145~147 頁。
22 これに対して、DAOの債権者が構成員の責任財産から回収できるかどうか(いわゆる有限責任の問題)は別の問題であって必ずしも要求され
るものではない。

55
れていれば充足されよう。 原則」とされるものである。これは会社の利益の最
③内部独立性(組織運営の規約等)は、スマート 大化のインセンティブをたくさん持つものに、会社
コントラクトにおいて、ガバナンス・トークンやコ の経営の意思決定権限を認めることで、効率的な意
ミュニティ・フォーラムによってスマートコントラ 思決定がなされることを期待した仕組みである23。
クト中の DAO の事業内容や分配等の取り決めの変 この議決権分配について、会社法は株式会社につ
更をすることがいかなる場合にどのような要件で可 いては、原則として利益分配請求権割合に比例した
能であるのかについて定められていることで充足す 議決権付与を要求し、中でも公開会社については定
るとみることができる。 款自治による支配権割合と利益分配請求権割合との
問題は②対外的独立性(代表者の定め)である。 乖離を制限しているのに対して、持分会社について
DAO においては事業はすべてスマートコントラク は定款自治が広く認められるだけでなく、デフォル
トに基づいて自動的になされることから、そもそも トルールも議決権は社員の頭数要件とされ(会社法
代表権を有する法人格という意味での代表者は置か 、利益分配請求権比率、すなわち出
590 条 2 項など)
れていない。だが、一方でこの②対外的独立性とは 資比率(会社法 622 条)との比例関係がそもそも要
対外的取引を円滑に行うことを可能であることを意 求されていない。株式会社の中でも上場会社では上
味すると考えれば、代表権を有する法人格など存在 場規則による種類株式の利用制限によってより強く
せずともスマートコントラクトによって取引のルー 議決権と利益分配請求権との一致が要求されてい
ルの定められている DAO はかかる要請を満たして る24。
いるとみることができる。他方で、紛争解決手続な このような規律について、株式会社の上場会社の
どイレギュラーな取引行為については、ガバナン ように株主間の取引費用が禁止的に高い場合には特
ス・トークンの大量保有者、あるいは、DAOの多 別多数決という定款自治に議決権分配のルールを委
くに存在する関連法人・研究所等がそれに当たるこ ねると支配株主あるいは経営者のエントレンチメン
とが規範的に要請されているとみることができ、す ト(保身)目的等、企業価値の最大化のインセン
なわち、ガバナンス・トークンの大量保有者あるい ティブを損なうような議決権分配がなされるおそれ
は関連法人の運営者を「代表者」と規範的に評価す が高いためそれを制約しているのに対して、非公開
ることもできる。これらの点から、DAOにおいて 会社は株主間の取引費用が小さくコースの定理が成
②対外的独立性を満たすということもでき、DAO 立する状況に近いため自由な交渉に委ねる幅を広く
に民事訴訟上の当事者能力を認め、ひいては、公的 したものと理解できる25。そして、持分会社では、
規制の適用対象や制裁対象、手続の対象とすること 一方では、社員間の取引費用が低いことが想定され
ができる場合は多いと考えられる。 ることから定款自治への制約が弱く、他方で原則と
⑵ 議決権分配の議論 して社員全員が経営に関与するなど社員にとって会
ガバナンス・トークンの権利内容として、DAO 社からの利益分配請求権以外の利益ないし利害関係
のスマートコントラクトの内容を変更する権限や を有することも多いことから利益分配請求権(出資
DAOの獲得した収益の処分を決定する権限に加 額)割合ではなく頭数での支配権割合分配を原則と
え、当該利益の分配を受ける権利が認められている したものと考えられる。
場合もある。このようなガバナンス・トークンは このように、支配権比率は効率的に(少なくとも
DAOについての支配権(control right)と利益分配 合理的に)事業活動の意思決定がなされるように定
請求権(cash flow right)とを組み合わせたものと められる。それでは、DAO のガバナンス・トーク
して株式会社の株式あるいは持分会社の持分に相当 ンはそのように分配されているだろうか。ガバナン
するものと位置付けることができる。 ス・トークンが DAOの利益分配請求権と紐づいて
このような有限責任会社の支配権(議決権)と利 いる点は株式会社の原則系に近いスキームというこ
益分配請求権との関係について、会社の利益最大化 とができる。それでは、DAOによってはガバナン
の観点から、両者の割合は等しくなるスキームが望 ス・トークンと利益分配請求権の比率とが乖離する
ましいといわれてきた。その表れが「一株一議決権 ことを認め得るだろうか。DAOの利用者は匿名で

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6 会社法の強行法規性 2.0

あり、ガバナンス・トークンの保有者同士もお互い と、すなわち他の債権者の権利と比べて劣後するも
を知らず、また株主名簿のようにお互いにアクセス のであることは普遍的に妥当する原理だと考えられ
するためのツールが整っていないならば、取引費用 る。構成員の持分の保有する利益請求権は、債権者
は高いと考えられるため、ガバナンス・トークンと に劣後し、残った利益については持分割合に応じて
利益分配請求権の割合とを一致させることを法的に すべて取得することができるため予め金額が確定し
要求すべきだとも考えられる。だが、他方で、この ておらず、利息規制(利息制限法)などの適用はな
ような議決権分配は、最終的に DAOの経済的価値 い。このような債権と構成員の持分との間の優先劣
すなわちガバナンス・トークンの価値を左右するも 後関係は、普遍的にみられる現象であり、かつ、構
のであるため、ガバナンス・トークン取得時に議決 成員の支配権が組織全体の利益ひいては社会全体の
権分配のルールが明らかになっているのであれば、 利益の最大化につながるように行使されるインセン
あとは市場競争に任せれば足り、法的に介入する必 ティブとなるものであることから、DAOにおいて
26
要はないとも考えられる 。 も法的に強制的に導入されることが望ましいのでは
⑶ 財産分配規制
(債権者保護制度) ないか。
株式会社を特色付けるルールの 1 つが有限責任と ⑷ 忠実義務
それを補うための債権者保護ルールであり、その代 株式会社の取締役および持分会社の業務執行社員
表例がかつては「資本制度」ないし「資本維持の原 は会社に対して善管注意義務(会社法 330 条・民法
則」と称された株主への分配規制である。日本の会 、忠実義務(会社法 355 条、
644 条、会社法 593 条 1 項)
社法は有限責任形態の会社にのみ分配可能額の上限 593 条 2 項)を負うとされており、しかもこのよう
を定めており、株式会社においては貸借対照表上の な会社の業務執行権者の義務は強行規定であって定
剰余金といういわば累積利益額、合同会社において 款によって免除することはできないと解されてい
は利益額(会社法 628 条)が分配可能額となってい る。そして、このような業務執行権者の義務は、条
る。 文上の概念とは別に、講学上、注意義務と忠実義務
このような計算書類上の数字を基礎とした社員へ とに分類されてきた。
の分配規制という形の債権者保護ルールについて このような業務執行者の法律上の義務は英米法で
は、債権者にとっては資産―負債比率やキャッシュ は信認義務とされるように普遍的に存在する。この
フローの方が重要であること、会社では多種多様な 義務が強行法規的に課せられているのは、多数派が
事業活動が営まれているところ一律のルールによる 定款変更を通じて業務執行者の義務を排除すると多
保護は不合理であることなど、実効性に乏しいこと 数派や業務執行者の利益のために会社の利益が犠牲
が批判されてきた27。社員への分配規制は国によっ にされ、ひいては他の構成員の利益を害するおそれ
てまた会社類型によってルールが異なり、また一般 があるため、誰も少数派構成員として持分を保有す
的な詐害譲渡法理(日本法上の詐害行為取消権等)に るために出資をすることがなくなるからであろう。
よっても対応が可能である。 とりわけ講学上の忠実義務とされている類型、す
この意味で特定の会社形態の採用を明言していな なわち、会社の利益と業務執行者の利益とが対立
い DAO において特定の分配規制を強行法的に適用 し、業務執行者の利益のために会社の利益を犠牲に
するということは考えにくい。だが、これらの債権 するおそれの高い行為は、DAOにおいても禁止な
者保護法制の前提として、利益分配を受け取ること いし規制すべきであろう。ただし、前述のように
のできる構成員の保有する権利は残余権であるこ DAOにおいてはスマートコントラクトによって予

23 Frank H. Easterbrook & Daniel R. Fischel, Voting in Corporate Law , 26 J.L. & ECON. 395, 403(1983); Frank H. Easterbrook & Daniel R.
Fischel, THE ECONOMIC STRUCTURE OF CORPORATE LAW, 68(1991); 得津晶「種類株式」法教 444 号(2017)18 頁。
24 得津・前掲注 18 頁。
25 得津・前掲注 18 頁。
26 得津晶「持合株式の法的地位(5・完)株主たる地位と他の法的地位の併存」法協 126 巻 10 号(2009)2040 頁。
27 藤田友敬「会社法と債権者保護」商法会計制度研究会懇談会編『商法会計に係る諸問題』(企業財務制度研究会、1997)29 頁。

57
め定められている通りに取引が実行されるだけであ に認められる権限とはされていない。
り、
「業務執行権者」に該当する法人格が明確に存 これらのことから、株主代表訴訟制度には役員同
在するわけではない。しかしながら、これまた前述 士の同僚意識による提訴懈怠のおそれという制度趣
の通り、DAOにおいてはガバナンス・トークンを 旨があるものの、他方において濫訴のおそれという
大量に保有している者がいる場合や、そういう者が 弊害とのバランスであることから、明文なき DAO
いない場合であっても当該 DAOの関連法人等が においても提訴懈怠のおそれや大陸法国では認めら
DAO のルールの管理を主導しているとみることが れていない信認義務の一般法理の解釈を理由に当然
でき(以下、管理主導者とする)、このことをもって に各構成員に代表訴訟の提訴権を認めるのは行き過
会社における「業務執行権者」と同視し、講学上の ぎではなかろうか。
忠実義務を中心とする義務が裁判所によって課され ⑸ 強制的情報開示
(Mandatory Disclosure)
得ることとなろう。 会社法は株式会社・持分会社に計算書類の作成、
より具体的には、利益相反取引や競業取引(機会 保存と社員の閲覧請求に供することを義務付けてい
28
の奪取) においては、具体的な会社法のルールに る。さらに上場会社には金融商品取引法で目論見書
従うことが求められずとも、DAOの利益を犠牲に 交付、有価証券届出書、有価証券報告書といった義
しないため慎重に適正な手続を踏まえることなく実 務的な情報開示制度が用意されている。
施してDAOに損害が生じた場合には、DAOから このような情報開示制度の根拠は、情報の偏在の
責任追及され得る。もちろん、DAOがスマートコ ある市場(Lemon Market) において品質の低い
ントラクトによって管理主導者を責任追及すること 財・役務のみが市場に残っていくという逆選択に
は考えられないが、たとえばガバナンス・トークン よって高品質の財・役務の取引がなされなくなるこ
の移転やコミュニティ・フォーラムの運営団体の変 とによる社会的な効用の喪失を、情報開示によって
更などによって管理主導者が交替した場合に、前管 情報の偏在を解消し、高品質の財・役務の取引成立
理主導者の杜撰な管理の責任をブロックチェーン外 によって社会的効用を増進しようというものであ
で責任追及することは考えられる。 る。ただし、それならば、市場の当事者は任意に情
また、責任追及方法について、日本法やアメリカ 報開示をするはずであり、法律が強制的に情報開示
法(デラウェア州会社法)では、1 株でも株式を保有 を義務付ける必要はないのではないかという問題が
していれば会社を代表して役員に対して責任追及を 従来から指摘されてきた29。
求める株主代表訴訟制度が存在する。このような株 そこで、法による強制的情報開示の根拠は、情報
主代表訴訟制度の適用排除を求める定款規定は日本 開示のフォーマットを統一することや、虚偽開示が
法の下では無効であろう。それでは、DAOにおい なされた場合に簡便なエンフォースメント手段(会
ても常に構成員に管理主導者に対する責任追及の提 社法 429 条 2 項や金融商品取引法 21 条の 2 など)が用
訴権を認めるべきかというと難しい判断である。デ 意されていることによる開示情報の真正性の確保
30
ラウェア州法では、株主代表訴訟提訴権は役員の負 (コミットメント)などにあるとされている 。
う信認義務という一般法理の解釈によって導かれる DAOにおいて、もっとも欠けているのはこのよ
権限であるのに対して、日本法上は、株主代表訴訟 うな情報開示制度である。ガバナンス・トークンが
は会社法の明文によって初めて認められる法定訴訟 譲渡可能であるような場合には、もはや金商法上の
担当制度である。そのため、デラウェア州法におけ 1 項有価証券発行会社と同様の投資家保護のための
る株主代表訴訟の提訴権の取扱いは却下判決(早期 情報提供が求められてもおかしくないはずであるの
打ち切り)を含めて裁判所の広範な裁量に委ねられ に、情報開示が不十分なDAOも存在する。これに
た上での判例法理の積み重ねによるルールの明確化 対して、著名なDAOには、市場で利用者を獲得す
であったのに対して、日本法は明文の形式的な要件 るためにコミュニティ・フォーラムやウェブ上のホ
を充たして初めて提訴権が認められるものに過ぎな ワイトペーパーを通じて任意の情報開示がなされて
い。さらに大陸法の多くの国では株主代表訴訟の提 いるものも多い。しかしながら、強制的情報開示制
訴権を少数株主権としており、1 株保有のみで当然 度の趣旨がフォーマットの統一や虚偽の場合の簡便

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日本私法学会シンポジウム資料 ▶ デジタル社会の進展と民事法のデザイン
6 会社法の強行法規性 2.0

なエンフォースメント手段にあるとすれば、明文の 念に依拠したものの、このような単位で制度を捉え
ルールのない DAO においてこのような強制的情報 ることは論理必然ではない。たとえば、株式会社、
開示の目的を達することは不可能であろう。 合同会社といった会社類型ごとに規制を塊で捉え
また、DAOの任意の情報開示に虚偽があった場 て、DAOにいずれのルールの塊を適用するかどう
合には有価証券報告書虚偽記載の場合における発行 かで考えることもできる(DAOを株式会社または合
会社の責任(金融商品取引法 21 条の 2)を類推適用 。他方で、よ
同会社とするという議論はその例である)
するという可能性もある。米国ではこの帰結を「市 り細かく制度を捉えることもできるし、異なる単位
場に対する詐欺」という法理で肯定する。だが、情 で制度を捉えることもできる。財産分配規制は詐害
報開示に虚偽があった場合に投資家(構成員)に対 譲渡法(詐害行為取消権)を基準に考えるべきであ
する責任を発行主体が負うことについては、そもそ り、忠実義務は会社の取締役というよりも代理関係
も構成員間で利得が循環しているだけで社会的な効 に特有の関係とみるべきであって、指標となり得る
用の改善につながっていないとの立法論的な批判が のは会社法ではなく民法だと考えることもできる。
ある。DAOにおいてこのようなサンクションまで いずれにせよ、会社法・民法の既存の法制度を
解釈によって導入すべきかは疑わしい。 DAOにもスライドして適用すべきか否かの判断に
5. DAOを司法機関を通じたガバナン ついて、従前の法制度の機能主義的な分析が必要で
スの統御下に置くために あり、またDAOの国際性(無国籍性)にかんがみ
スマートコントラクトに対しては、すべてプログ て、多くの国(法圏)の法制度に共約可能・翻訳可
ラム通りに実行されるので司法も法律も要らなくな 能な枠組みで分析する必要がある。前者は法と経済
るという楽観的な予測がある。DAOも「すべて(技 学や利益衡量論といった知見が活用され、後者では
術上の)スマートコントラクトに書かれた通りに処 比較法・外国法の参照の知見が必要とされる。既存
理すれば足りる」と考えることができるかもしれな の法制度の道具立てを用いてDAO をよりよい物と
い。 すべく統御するには、従来の法律学の知見が必要と
だが、本稿は、従来の法概念の機能的な分析を通 される。
じ、DAOをよりよく活用するためには、司法制度 これに対して、本稿と異なり、そもそも既存の法
や法による介入、すなわち「法の支配」下に置くこ 制度の枠組みを指標として用いず、DAOにふさわ
とが必要であるとの結論をとった。会社として登記 しい新たなルールをゼロから構築していくという発
されていなくとも、技術上のスマートコントラクト 想もあり得る。しかしながら、既存の法制度の概念
に記載していなくとも、一定の場合には会社法の規 を用いずに、技術上のスマートコントラクトに対し
律をDAOに適用すべきであるということを示し て他律的なルールを設計するのは非常に難しいので
た。その手段として本稿は会社法の制度のいくつか はないか。
をそれぞれ個別的に分析するという手法をとった。
※ 本
 稿は科学研究費補助金(課題番号:22H00043、
だが、これには異論もあり得る。会社法からどのよ
22H00801、19K01362)の成果の一部である。
うに「制度」を抽出するかは可塑性のある作業であ
る。本稿では会社法学でしばしば用いられてきた概

28 赤堀光子「取締役の忠実義務⑴ ―(4・完)」法協 85 巻 1~4 号(1968)



29 松村敏弘「ディスクロージャー問題」三輪芳朗ほか編『会社法の経済学』(東京大学出版会、1998)371~390 頁、江頭憲治郎「企業内容の継続
開示」同『商取引法の基本問題』(有斐閣、2011)342 頁。
30 得津晶「大株主の情報開示」宍戸善一=後藤元編著『コーポレート・ガバナンス改革の提言――企業価値向上・経済活性化への道筋』(商事法
務、2016)109~110 頁、江頭・前掲注 348 頁。

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