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Make a Wish

Posted originally on the Archive of Our Own at http://archiveofourown.org/works/39574461.

Rating: General Audiences


Archive Warning: No Archive Warnings Apply
Category: F/M
Fandom: Naruto
Relationships: Haruno Sakura/Uchiha Sasuke, Haruno Sakura & Uchiha Sasuke,
SasuSaku
Characters: Uchiha Sasuke, Haruno Sakura, Uchiha Sarada
Additional Tags: Family
Language: 日本語
Stats: Published: 2022-06-11 Completed: 2022-06-13 Words: 11,670 Chapters:
4/4
Make a Wish
by hamachi_fish

Summary

外伝前後の話です。
サスケの不在期間、時空間について等々、少々捏造があります。
うちはサクラ

三月二十八日の朝、サクラは頬に触れる温かい手の感触に気付いて目が覚めた。
そのままふわりと抱きすくめられ、愛しい人の胸の中でもう一度微睡みかける。
懐かしい匂い。最後にこの匂いに包まれたのはいつだっただろうか。
「サクラ」
サクラはこの声の持ち主が発音する自分の名前が好きだ。口内の狭い隙間を息が
通り抜けていく摩擦音から始まり、舌尖が上前歯の裏に軽くあたる「サ」、僅かに
舌を窄めて少しくぐもる「ク」、舌端が上歯茎に接する「ラ」。声の持ち主はサク
ラの夫であるうちはサスケだ。彼がサクラの名前を口にする度に、サクラは自分
の名前に特別な意味を感じた。甘く、柔らかく、儚い、一瞬の音の響き。もう一度
呼んでほしい。そう思った時、既に彼の唇はサクラの首筋を這っており、あまり
のくすぐったさに堪らず小さな笑い声を漏らした。
「誕生日おめでとう」
まだ微睡みから抜け切らないサクラの耳元で、サスケの声がする。サクラが瞼
を開くと柔和な目をしたサスケがその様子を見つめていて、二人はどちらからと
もなく口付けた。脚を絡ませて抱き合う。腕の重み、脚の重み、蕩けるように柔ら
かい唇の感触。安心感と多幸感の中で段々と覚醒し始めたサクラの耳に、今度は金
属がぶつかり合うけたたましい音が突き刺さる。
もう一度目を開くと、そこにサスケの姿はない。

「サラダー、そろそろ起きようかー」
もうすぐ十歳になる娘に声を掛けると、彼女はむにゃむにゃと小さな声で何か言
いながら、布団により深く潜っていった。サクラはその様子を見てクスッと笑う
と、洗面所で顔を洗い、もう一度サラダに声をかけてからキッチンの流し台の前に
立った。
───誕生日おめでとう……か
さっきまで抱き合っていた筈のサスケの声を脳内で反芻しかけて、サクラは頭
を振った。そんなことをしている時間はない。目を擦りながら起きて来たサラダ
に朝食を食べるよう促すと、自分も大急ぎで出勤の支度を始めた。物思いに耽って
いては、慌ただしい母娘の朝の歯車が回らなくなるのだ。
「八時十分!ほら行くよ!遅刻しちゃう!」
娘と一緒に家から出ると、足早に目的地へ向かう。途中の曲がり角でサラダとは
別れた。サラダはアカデミーへ向かって走りながらサクラの方を振り返り、大き
な声で呼びかけた。
「ママ!誕生日おめでとう!いのさんが今日はママに残業させないって言ってた
よ!だからちゃんと帰って来てねー!」
娘と親友が自分の誕生日のために根回しし合っている事が可笑しくて、サクラは
思わず笑みを溢した。
「わかったから、ちゃんと前見て走りなさーい!」
笑顔で手を振って駆けていく娘を見送り、自分も職場へと急いだ。

「おめでとう〜!あんたも三十代の仲間入りねー」
白衣を纏ったサクラの肩を親友がポンと叩く。そう。サクラもいつの間にか三十
年生きたのだ。勿論、いまだに悪戯っ子のような笑みを見せるこの親友も三十代
だ。そして、ここには居ないサスケも。いつの間にか、初めて出会った頃の恩師
の年齢も越えてしまった。一人目の患者の診療準備のために過去の診療記録を探し
ながら、今朝のサスケの声をまた思い出した。もう何年もサスケの顔を見ていな
い。
毎年、誕生日になると現れる幻のサスケは今のサクラよりもずっと若く、旅立っ
た日のままの姿だ。名前を呼び、キスをし、抱き締める。いつの間にあんな幻術を
仕込んでいったのだろう。油断も隙もない。サスケがサクラのためにしてくれた
事だと思うとサクラは嬉しかった。だけど、本当のサスケに会えるのは、いつに
なるのかすらわからない。
カグヤの謎を解くためにサスケが旅立ってからというもの、最初の数年はこの
幻術が発動すると恋人同士だった頃のように高揚したものだが、年月を経た今では
喜びの後に言いようの無い寂しさを感じるようになってしまった。夫の任務がい
かに重要で過酷であるか理解しているとはいえ、長い間音沙汰無しの夫にサクラが
何も思わないわけではない。
「サスケくんのしゃーんなろー」
今日、仕事を終えて家に帰ったら、サラダが張り切ってサクラの誕生日を祝う準
備をしているのだろう。二人の好物を一緒に作って食べ、ケーキにキャンドルを立
て、願い事をしてから火を消す。きっと楽しいに違いない。サクラは久しぶりに
娘とのんびり過ごす夜の情景を思い浮かべると、両頬をピシャリと叩いて気合を入
れ、診療室のドアを開けた。

「ママ、願い事した?願い事したら火を消して!早く早く!」
サラダは同年代の子供達の中では落ち着いており、しっかりしている方だ。だけ
ど、色とりどりの果物が乗った可愛らしいケーキを前にするとこの通り、無邪気に
燥ぐ年相応な一面をサクラに見せる。娘に言われるがままに目を閉じて願い事を済
ませると、サクラはキャンドルの火を吹き消した。
「わぁー!一気に全部消せたね!願い事、叶うよ!」
喜ぶサラダに笑顔を返しながら、果たして叶うのだろうかなどと後向きな考え
がサクラの頭をよぎった。いや、きっと叶う。いつかは。おそらく時間がかかる
のだ。
その夜、サラダが寝付いた後、自分のベッドに横たわったサクラの前にもう一度
サスケが現れた。
「サクラ、誕生日おめでとう」
サスケは朝と同じように優しくサクラを抱きしめ、囁き、キスをした。幻の胸
の中でサクラは眠りに落ちた。
うちはサクラとうちはサラダ
Chapter Notes
See the end of the chapter for notes

三月三十一日、休みをとったサクラはサラダのしたい事に丸一日付き合った。二人
で買い物へ出かけ、サラダが気に入った本や服を買い、サラダが好きなカフェで
好きな物を食べた。父親不在の上に母親が仕事上忙しい事を無意識のうちに気遣っ
てか、サラダは滅多に我儘を言わない。アカデミーでの成績も良い。手の掛からな
い、親想いの優しい子に育った。その娘が今日はサクラの腕を引っ張って走り、何
の気兼ねもせずに笑っている。その様子にサクラは安堵した。普段なかなか甘え
させてあげられない分、今日は思い切り甘えさせてあげたかった。母娘は二人の
お気に入りの洋菓子店でケーキを買い、沢山の買い物袋をぶら下げて家へ帰った。
「何を願うか今のうちに考えておいて」
サクラはキャンドルに火を灯しながらサラダに促した。
「願い事はもう決まってるんだよねー!」
部屋の明かりを消すと、ゆらゆらと揺れるオレンジ色の火を前にサラダはゆっ
くりと目を閉じた。そして数秒の後、目を開くとサクラに向かってにっこりと笑
顔を見せ、ふっと一息で全ての火を消した。
「やった!全部消せた!叶いますように!」
「どんな願い事をしたの?」
「へへへ。多分ママと一緒だよ!」
「あれー?サラダ、ママの願い事知ってるの?」
「聞かなくても分かるもん!」
火が消えたキャンドルを取り除いた後は、ホールケーキを切り分けずそのまま
フォークで刺して、二人で競い合いながら食べた。行儀の悪いこの食べ方でホール
ケーキを丸ごと食べてみたいとサラダが言ったのだ。大急ぎでかき込むものだか
ら二人とも鼻や頬にクリームが付いて、競走はいつの間にか有耶無耶になり大笑い
のうちに終わった。
「パパ、今頃どうしてるかな?」
「どうしてるかしらねー」
「私達の誕生日を一人でお祝いしてると思う?」
「ふふふ。どうかなぁ。おめでとうぐらいは思ってくれてると思うけど」
「一人でケーキ食べたりしてるかな?」
「それはないわ。パパ、甘い物苦手だから」
「なぁーんだ。じゃあ、もしパパがここに居てもケーキの早食い競争出来ないね」
「そうね。パパには審判をやって貰おうかな」
「それが良いね!」
片付けを済ませて、二人は同じベッドに並んで横になった。独立心旺盛で何でも
一人でこなそうとする一人娘の、本日最後の「したい事」は「ママと一緒に寝る」
だった。サラダがこんな風に手放しで甘えてくれる事は珍しく、サクラはそれが
嬉しかった。サラダは自分の部屋で独り寝をするようになって久しいので、同じ
布団に入って寝るのは二人にとって久しぶりだ。とは言っても、医者として働くサ
クラは夜勤も多く、乳幼児期ですらサラダと同じ部屋で一緒に布団で寝た事は他の
家庭と比べれば少なかった。それは、オナモミの小さな鉤のようにサクラの心に
引っかかっていた。サラダが手のかからない子に育ったのは、否が応にも自立せ
ざるを得なかったからでもあった。
「パパは、どうして帰って来ないんだろう」
「とても重要な任務に就いているから、なかなかね……」
「……ママ、私ね、パパがどんな人なのか、全然思い出せないの」
すでに消灯した部屋の中でポツリポツリと小さな声でサスケの事を話すサラダ
に、サクラは胸が痛んだ。サラダは物心ついてから、一度もサスケに会った事が
無い。
「パパが里にいた頃、あなたはまだ小さかったから無理もないわ。だけど、いつ
か会える時が来たら、きっとすぐに自分のパパだって分かるわ。だって、パパ、
あなたにそーっくりだもの!」
サクラが出来るだけ明るい声で答えると、サラダはサクラの方を向いて訊いてき
た。
「私が小さい頃、パパ、どんなだったの?」
「パパはねー、赤ちゃんのサラダを、目の中に入れても痛くないくらい可愛がっ
てたわ」
「本当?」
「本当よ。いつもはこんなツーンとした目付きなんだけど、あなたを見る時は
こーんな風に目尻を下げてデレデレだったんだから」
サクラもサラダの方を向いて、サスケの目付きを多少大袈裟に瞼や目尻を指で
引っ張りながら真似して見せた。真っ暗なのでその顔をサラダがちゃんと見るこ
とが出来たかどうかは怪しいが、彼女はクスクスと小さな笑い声を漏らした。そ
して、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。
サスケが旅立った時、サラダは三歳になったばかりだった。せめて四歳になっ
てから旅立ってくれていたら、サラダにはもう少し父親の記憶が残っていただろ
う。サスケを責めたいわけではないが、たまにこんな風に寂しげなサラダを見る
とつい考えてしまう。サクラは暫くサラダの寝顔を見ていたが、そっと布団から
出るとベランダに出て空を眺めた。
第四次大戦の傷跡を覆い隠す勢いで復興が進み、今では里は発展を遂げた大きな
街となった。街は夜中でも明るい。以前ほど星が見えなくなってしまったにも関
わらず、サクラは子供の頃のように無意識のうちに流れ星を探していた。

下忍だった頃、サクラは野営の度に流れ星を探していた。ある日、寝袋に包まっ
て寝たふりをしながらこっそり目を開けて空を見ていたら、火の番をしていたサ
スケから「任務中なのだから明日に備えてしっかり寝ろ」と静かな声で注意され
た。まさか自分が眠っていない事をサスケに気付かれると思っていなかったサク
ラは、驚いてサスケの方を振り返った。
「気付いてたの!?」
「気付かれてないとでも思ってたのか?」
「だって、暗いし……」
「オレは夜目が利く」
「……さすがサスケくん」
暫くの沈黙の後、珍しくサスケが先に口を開いた。
「……眠れないのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、どうした」
「……流れ星を探してたの」
あの時、サスケは流れ星に願い事なんてくだらないと言ったけど、もし、サク
ラが眠れないと言っていたら、彼なりのぶっきらぼうな優しさを見せてくれてい
たかもしれない。その後は、サクラもサスケも何を話すでもなく、黙って空を見
上げていた。
「あ」
二人同時に小さく声を上げた。それは、サクラが初めて誰かと一緒に見た流れ星
だった。サクラは大慌てで願い事を頭の中で唱えた。今にして思えば、「サスケく
んといつか結婚出来ますように」だなんて幼稚な願い事だった。だけど、実際に結
婚した今でも、願い事はあの頃とそれ程変わらないのかもしれない。
「サスケくんが元気でいてくれますように」
「サスケくんがいつか無事に帰って来ますように」
「サスケくんに会いたい」
サクラの願い事は幾つになってもサスケの事ばかりだ。何処かでサスケもこう
して空を見上げているかもしれない。そう思うと、サクラはつい空を見上げてし
まう。

Chapter End Notes

東アジアの幾つかの国々には、子供の幼年期に親子が一つのベッドや布団で一
緒に寝る習慣があります。例外もありますが、子供は小学校入学前後に一人で
寝るようになる事が多いです。
うちはサスケ

サスケは険峻な山の中にいた。カグヤの軌跡を探す旅を始めてもう何年が経つの
か、正直な所、瞬時に答えられるかどうかあやしい。
時空間を連続で移動していると、時間の間隔がもと居た世界とは違う空間に出る
時がある。初めのうちはそれに気付かずに探索を続けていたが、何度目かで違和感
を持ち、それ以来、サスケはもとの空間に戻る度に必ず時間を確認するようにして
いた。
今日は三月の末日だ。
日が傾き始めたので、今日はここまでかと息を吐き、サスケは野営の準備を始め
た。野宿には慣れているし、人里から遠く離れた環境で何日も過ごす不便にも慣れ
ている。しかし、今日という日はとても疲れていた。ここは岩場も多く険しい山中
だが、標高はそれ程高くなく、植物が生い茂っているのだから、探せば幾らでも食
べられる物は見つかるだろう。が、この日ばかりは面倒くさく感じてしまい、幸
いまだ十分な量の飲水を持っているのを良い事に、サスケは手持ちの乾物で夕食を
済ませる事にした。
手頃な木を見つけ、紐を張って夜露避けの生地で屋根を作ると、近くで火を起こ
し、腰を下ろした。パチパチと小さな破裂音を立てる焚き火を前に、サスケは自分
に残された片方の掌を見た。指が、一、ニ、三、四、五本。これに後二本足すと、
丁度サスケが阿吽の門でサクラとまだ幼いサラダと別れてから現在までの年数に
なる。サラダはあの時、三歳になって半年経つか経たぬかといった頃だった。今日
であの子は十歳になる。
毎年、三月の下旬はやけに身体が重だるくなる。単に不調というわけではない。
サスケにはその原因がわかっていた。身体でなく気持ちの問題なのだ。妻と娘の産
まれ日の時期だからだ。幾ら一人でいる事に慣れてしまっても、二人を残したまま
でいる事にまで慣れてしまったわけではない。妻は強く聡明だ。里には信頼でき
る友と師がいる。自分が常に側に居なくても、妻と娘は大丈夫だ。そう思っている
が、自分と違い地に足のついたあの二人にとって誕生日は大切な記念日だろうと思
えば、普通の夫や父らしく側にいて祝ってやれない自分に不甲斐なさを感じてしま
うのだ。
三日前の三月二十八日、サクラは恐らく幻術の中でサスケに会ったはずだった。
毎年の誕生日の朝にはサクラがサスケと目覚め、夜にはまた一緒に眠りにつけるよ
うにと、旅立つ前にこっそりと仕掛けておいたのだ。サクラが自ら解術しない限
りは毎年必ずサスケがサクラの前に現れる。勿論、幻術なのだから実際にはサクラ
は一人のままで、サクラの目の前に現れるのはただの幻なのだが。気休めにしか
ならなくても、サスケが発する祝いの言葉でサクラが喜ぶならそうしてやりた
かった。
今年もちゃんと自分の幻術は発動したのだろうか。サクラは今でも解術せずにい
るだろうか。
焚き火の赤い色をぼんやりと見つめながら、ふとそんな疑問がサスケの頭を過
ぎる。サクラの一途さを疑う気は全くない。いつかサクラが自分を忘れてしまう
のではないかという心配もしていない。表ではそう強がって見せているくせに、
サクラのためだと嘯きながら、その実は自分がサクラに忘れて欲しくなかっただ
けなのかもしれない。サスケがこのように弱気な事を考えてしまうのは決まって
三月の末日、娘の誕生日なのだった。
「ろくでもない父親だ」
声に出して言ってみると、自分が一人で悦にいっている馬鹿のようで、妙にくだ
らなくておかしかった。
随分と年月が過ぎたものだ。時空間の事を言い訳にしても長過ぎる。

───サクラもサラダも元気でいるだろうか。サラダは無事だろうか。
うちは一族のたった一人の生き残りとなってしまったサスケには、恐らく写輪
眼を引き継いでいるであろう娘が、常に狙われやすい身である事が容易に想像がつ
いた。過去にサクラを伴って旅をしていた頃、サスケの弱点をつこうとサクラを
狙う輩に何度となく遭遇した。後にサラダを授かる事になった幸せな思い出の多い
旅だったが、身重になったサクラが襲われそうになった時には本当に肝を冷やし
た。不審な者が近づかない様に、サラダが産まれてからは特に目を光らせていた
が、自分と関わりがあるというだけで愛する者が狙われるというのは想像以上に
心身に応えるものだった。特にサラダは目を奪う目的で狙われる可能性が高く、幼
いうちは守ってくれる者が多い場所に居るのが一番だと思われた。理不尽に奪われ
る事なく、子供らしい幸せを享受していて欲しかった。
任務を負って里を出たからには、結果を出してから家族の元へ帰りたい。しか
し、こうも長く離れていると、結局のところ、心の底から里での暮らしを受け入れ
る事ができない自分がまだいるのかもしれないとも思う。サスケから全てを奪っ
た里に対する憎悪は今ではどこかへ行ってしまった。が、やはり、なぜ虐殺をイ
タチに負わせる以外の方法が無かったのか、今でもふと考えてしまう時がある。
うちはの事件は明るみに出される事はなく、里の膿は膿のままだ。親友や師によっ
て緩やかに変わって行くのかもしれないが、一族の苦しみを知る者は自分しかお
らず、その自分が今、里のために生きているというのも不思議な気がした。普段は
余り考えないようにしているが、今夜のように、ふと頭を過ぎる時がある。
その時、サスケは胸の辺りに開いたままの空洞が、自分を飲み込もうと待ち構え
ているように感じるのだ。かつて、一度はその空洞に落ちた。もしかしたら小さ
な切っ掛けで、また落ちてしまうのかもしれないが、それはサスケの本意ではな
い。今は、落ちないように距離を保ちながらただその穴を見下ろしているが、閉
じ方はまだ分からないままだ。そして、閉じ方が分からない穴をそのままに生き
ているが、未来に希望がないわけではないのだ。現在のサスケにとってかけがえ
のない未来への光明を守ってくれているのも、また、里なのだった。

そろそろ夜も更けて、辺りには獣の気配も人の気配もない。サスケは横になり空
を仰ぎ見た。背の高い木々に囲まれているため、目に映る星空は狭かったが、眠り
に落ちるまでの暇潰しにサスケは流れ星を探した。これはサスケの癖のようなも
のだった。下忍の頃、任務で野営した時は必ずと言っていいほどサクラが流れ星探
しに没頭しており、眠りの浅いサスケはサクラの僅かな挙動が気になってなかな
か寝付けなかった。
過去など全て捨ててきたつもりでいた十代の数年間ですら、夜空を見上げる機会
があれば気がつくと流れ星を探してしまっていたのは、やはりあの頃のことが自
分の根底に染み付いていたからかもしれない。
七班で任務にあたっていた十三歳の頃。
サスケが火の番をしていたある夜、サクラは案の定狸寝入りを決め込み、もぞも
ぞと姿勢を変えては空を見上げていた。サクラがいつも野営の度になかなか眠ら
ずにいるのが気になっていたサスケは、「眠れないのか?」と、サクラに訊いて
みた。当時のサクラはまだ髪を長く伸ばしていて、肌の調子や爪の形などをえら
く気にしていた。忍である事を除いてはごく普通の少女だった。虫が這うゴツゴ
ツとした地面に寝転がって過ごす夜など、もしかしたら落ち着かなくて休むに休
めないのかもしれない。サスケはてっきりサクラが何か泣き言を返してくると考
えていたが、返ってきた答えは違うものだった。
「流れ星を探しているの」
聞けば、どうやら流れ星を見つけて願掛けをしたいらしく、少女らしいといえ
ば少女らしいロマンチックな動機だった。子供じみていてくだらないと当時は
思った。そんなに簡単に願いが叶えば人間は皆幸せだ。サクラにも、たしかそう返
したように思う。しかし、結局のところサクラの流れ星探しは伝染し、サスケの
癖になってしまっていたのだった。
今にして思えば、過去など捨てるか捨てないかではなく、ずっとサスケの中に
あるままだった。それを受け入れてはいけないと、サスケが頑なだっただけなの
だ。既に三十路を数えた今、当時をただ、幼かったと思う。幼く、馬鹿で、無知
だった。今は歳の分幾らか知識は増えた。が、妻子のためでもあると言いながら、
その大事な妻子を放っておいて、こんな所で一人で寂しくなっているのだから、
馬鹿なのは変わっていないのだろう。成長しないものだ。
その時、大きな木々の黒い影の隙間をぬって、流れ星が白い筋を描いた。サスケ
の目はその一瞬を捉え、赤く光った。
『サスケくんと結婚出来ますように』
記憶の底にいた幼い頃の妻の小さな声が、耳の奥で聞こえた気がした。なんだ、
叶ったじゃないか。そう気付いた時、やけに面白くなってしまいサスケは鼻で小
さく笑った。そして、自分が流れ星に願うなら、と、目を閉じて考えたのはこんな
願いだった。
「サクラとサラダに幸せでいて欲しい」
しかし、願い事は流れ星が消える前に言わなければいけない。さっきの奴はも
うとっくに消えた後だ。自分はどこまでも馬鹿なままだと、サスケは眠りに落ち
ていった。
サスケとサクラとサラダ

サスケが長期任務のために木の葉を去ってから八年。サラダは十一歳になった。
たまにナルトやシカマルからサスケの状況や本人からの言伝を聞かされる事は
あったが、相変わらずサクラとサラダのもとへ直接サスケの鷹が飛んでくる事
は、滅多に無かった。それは、妻子の居場所を悪い輩に知らせまいとするサスケな
りの配慮なのだろうと、サクラは考えていた。サスケの生い立ちを思えば、サス
ケが二人を、とりわけサラダを遠ざけてでも守ろうとするのは理解できた。二人
で旅をしている間、うちはを恨む者や、特殊な能力を得ようとサスケとサラダの
写輪眼を狙う者に度々遭遇し、サスケと共に切り抜けてきたのだ。寂しさはあって
も、サクラとサスケはサラダを守りたい思いを共有していた。
しかし、大人の事情など知らないサラダはそうもいかなかった。思春期にか
かったサラダは、サクラとサスケの関係や自分達家族の在り方を訝しげに尋ねる
ようになった。これにはサクラも頭を悩ませていた。忍の任務は家族同士でも秘密
にしなければならない場合があり、まして、サスケの任務は国際レベルで機密扱
いとなっていた。サクラは父親不在の大きな理由二つを娘に話す事ができず、サラ
ダの猜疑心は募る一方だった。
そんな最中に起きたうちはシンの事件によって家族が再会できたのは、不幸中の
幸いだった。
事件解決後、サスケのストイックな性格を考えるとそのまま旅立ってしまって
も不思議はなかったが、サクラとサラダの無言の圧力を感じたのか、ナルトから
の「里へ寄っていけ」の一言のお陰か、サスケは久しぶりに木の葉へ戻ってきた。

サラダは物心ついてから初めて過ごす父との時間に、緊張の表情を見せはした
が、明らかにいつもよりはしゃいでいた。
サクラも幾らか緊張していた。久しぶりにサスケの側にいるのだから、出来る
限りの事を全てしてあげたかった。少しでもこの時間がサスケとサラダにとって
楽しく、幸せなものになるように。
「ねぇ、ママ!願い事、叶ったね!」
サラダは空いた食器を下げるサクラを手伝いながら、満面の笑顔で言った。サク
ラはサスケに聞かれやしないかと少々焦った。サスケの事ばかり願っていると知
れてしまうのは、連れ添って十年以上経つ現在でも何故か気恥ずかしかった。
サクラの子供時代と比べるとそう喋る方ではないサラダだが、この日はよく
喋った。最初はぎこちなかったが、少しずつサスケへの警戒心が薄れてきたのだ
ろう。入浴と夕食を済ませた後も、リビングのソファーでサスケの隣に座り、ア
カデミーについてや自分の好きな本などについて熱心に話していた。サスケはた
まに相槌を挟みながら、穏やかな顔でそれを聞いていた。サクラの前でサスケが
あんな表情をするようになるまで何年もかかったが、娘のサラダの前では自ずと
あの表情が出てしまうらしい。サクラは二人の様子を見て思わず口元が綻んだ。

サクラが入浴を終えて戻って来た時、サラダは既に眠ってしまっていた。今日一
日であまりに多くの事が起きたのだ。疲れていたのだろう。ソファーの上に横た
わったサラダにはブランケットがかけられており、その側ではラグの上に座った
サスケがただ彼女を見守っていた。が、気配に気付いたサスケは振り返り、サクラ
を見て微笑んだ。そして、小さな声で囁くように「眠ってしまった」と言った。そ
の様子はサラダがまだ幼かった頃の些細な思い出をサクラの脳裏に蘇らせた。じ
わりと滲む涙を誤魔化して、サクラは微笑み返した。
「懐かしい。昔、サラダがまだ赤ちゃんだった頃もこんな事があったね」
「そうか?」
笑顔で頷いたサクラだが、サスケはサクラの小さな変化に既に気付いたよう
だった。サクラは、物音を立てないようにそっとサスケの隣に腰を下ろした。成
長したとはいえ、まだまだあどけない娘の寝顔に二人とも視線を落としていた。
「遊び疲れて眠ってしまったサラダの隣にあなたが座って、こっちを見て静かに
微笑んでるの。あなたの指はサラダに握られたままで、動けなくて……」
サスケに肩を抱き寄せられながら、幻のような幸せの中にいるとサクラは思っ
た。隣にいるサスケはいつものように消えてしまわないのに、サクラの肩に、耳
に、左腕にしっかりとサスケの体温が伝わっているのに、何故か実感が湧かない
のだ。今起きている幸せが半分他人事のように感じられて、夢でも見ているかのよ
うな心地がするのだ。そんなサクラの心を知ってか知らずか頭の上でサスケの小
さな声が響いた。
「ただいま、サクラ」
さっき、溢れる前になんとか引っ込めた涙は、とうとうサクラの頬を伝い始め
てしまった。今口を開けば、きっとサスケを困らせてしまう。サクラは口を結ん
だまま、顔を見られないようにサスケの胸に顔を埋め、広い背中に両腕を回した。
誕生日ケーキのキャンドルに、流れ星に、何年も祈り続けてきた願いがやっと叶っ
た。
「サクラ?」
サスケが何を促しているか、サクラはちゃんと知っていた。
「……お帰りなさい、サスケくん」
もう誤魔化すことはできなくて、サクラはサスケにしがみついたまま泣き声を
殺しながら肩を震わせていた。髪を撫で、震える背中を抱き締めるサスケの右腕
は、久しぶりの抱擁だというのに力任せにならず優しいままだった。二人で旅を
し始めた頃は、力強く抱き締めてくれないサスケがもどかしかった。痛い思いを
させたくないからだと言うサスケの優しさを愛おしく思いながらも、狂おしい程
きつく抱き締めてくれたらいいのにとよく思った。それは今でも変わらない。
「……会いたかった」
付き合い始めてから今まで、駄々を捏ねたことなどなかったのに、これでは泣
いて縋るだけだった子供の頃に戻ったようだ。
「ずっと会いたかった。何度も何度も祈ったの。会いたかった」
「流れ星か……まだ探してたんだな」
下忍の頃の癖を覚えていてくれて嬉しい反面で、幼稚だと揶揄われているよう
で、サクラは夫を責めてやりたくなった。が、止まらない涙に飲み込まれて言葉
にならなかった。
「……サラダが言っていたな、片付けの時」
「……狡い。聞こえてたなんて」
二人の囁き声の応酬を他所に、サラダは規則正しい小さな寝息をたてていた。
「もういい大人なのに、子供染みてると思ったでしょ?」
「……そんな事はない」
「バカみたいでしょ」
サクラはサスケの胸に額をつけたままで、当て付けがましく言った。不貞腐れ
たみっともない顔を見られたら敵わないので、サスケの背中に回した両腕に
ぎゅっと力を込めた。サクラに答えるかのように、サスケの温かい右手がサクラ
の頭を更に胸板に押し付けた。
「あなたはきっと鼻で笑うでしょうけど、放流みたいなものよ。持て余してる気
持ちはね、時々自然に返すの。空気に溶けてしまえばあなたのところまでいつか
届くかもしれないから」
そこまで言い終えると、サクラはサスケの胸から顔を離した。
「そうやって循環してるのよ。知らなかった?」
サクラはサスケを見上げて笑って見せたが、その笑顔がサスケの目にどう映っ
ているのか自分では分からない。強がり、いたずら、それとも諦念めいているの
か。明るく屈託のない笑顔ではないことは確かだ。
「去年の誕生日にね、この子が言ってたの。パパも私達の誕生日をお祝いしてくれ
てるかな?って。サラダもね、あなたに会いたい気持ちを、キャンドルの火と一
緒に煙にして溶かしてたの。だから、今日夢が叶ったねって言ったのよ」
サスケは何も言わなかった。二人は娘の穏やかな寝息を聞いていた。その内、気
配に気付いたのか、サラダは顔を歪めてもぞもぞと動いた。
「……ママ?パパ?」
やはりまだまだ夢の中にいるようで、目を擦ったサラダはサクラの方へ頭を寄
せるとそのまままた静かになった。
「寝室へ運んでやったらいいか?」
「もうずっと自分の部屋で一人寝してるから……でも、たまには」
二人はサラダを二人の寝室へ運んだ。最後に親子揃って寝たのはもう八年も前
だ。あの頃とは随分変わった。里は大きく発展を遂げ、背の高い建物が幾つも立ち
並び、子供達は子供らしく通りを走り、広場で遊ぶようになった。サスケとサクラ
も、そして八年前はまだ覚束なかったサラダも、もうあの頃のままではない。そ
れでも、ずっと変わらないままのものもある。八年越しの再会がそれを裏付け
た。
心と心は繋がっている。

「サクラ」
明かりを消した寝室で、娘を挟んでサスケがサクラの名前を呼んだ。微かにベッ
ドが軋む音から、サクラはサスケが顔をこちらへ寄せてくるのが分かった。
「どうしたの?」
サクラが瞼を開いてサスケの方へ顔を向けると、すぐ目の前でサスケの瞳が赤
く光った。儚く消えていく白い光の筋が、何度も何度もサクラの眼底に映し出され
る。消えては流れ、消えては流れ、その都度違う空を伝っていった。
「サスケくん、これ……」
声を発する間も流星はサクラの瞳の中に映り続けた。
「バカみたいだろ?」
サクラは思わず笑い声を噛み殺した。視界が涙に滲み始めても、星空の再生は続
き、サスケの赤い瞳はサクラの潤んだ瞳を映していた。一体何個あるのだろう。数
も分からないほどの星屑がかわるがわる大気に突入しては、燃えて消えていっ
た。
「見つける度に撮りためた。もはや癖みたいなものだ」
「……どうして?」
「お前が昔言ってたろ。お前のせいだ」
サクラが微笑むと、サスケも微笑み返した。サスケは右手をサクラに向けて伸
ばした。二人は手を繋ぎ、そして目を閉じて唇を重ねた。その間も、サクラの瞼の
裏で流れ星は短い弧を描いていた。
「もう寝よう」
二人の間ではサラダが健やかな寝息をたてていた。小さな小さな彼女の呼吸は二
人の胸を安らぎで満たし、額と額を寄せ手を繋いだままのサスケとサクラは微睡
に包まれていった。

どこにいても、二人がずっと共有し続けているものはとても些細なことで、ど
ちらかが言った他愛のない一言だったり、不機嫌で眠たげないつもより子供っぽ
い表情だったり、安らかな赤ん坊の寝息だったり、触れた手の温かさだったりす
る。油断するとすぐにこぼれ落ちて消えてしまいそうなほど儚い一つ一つを、大
切に胸にしまって二人は歩く。胸にしまった欠片たちはいつまでも仄かに燃え続
けて、二人を温かくする。その温かさが欲しいから、何度離れてしまっても、二人
は手を伸ばし続ける。もう一度手を繋ぐために。
そして、大切に集めたその温かい欠片たちが、穏やかに眠るサラダの上に降り積
もって、彼女を明るい方へ導く白い星の筋となるなら、サスケとサクラは永遠に幸
せだ。
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