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ロジスティクス論の変遷

──ビジネスロジスティクスの価値を求めて──

種 崎 晃

結果バイヤーは日本の市場に到着する頃合いを
はじめに
予想して,食べ頃になる前に現地の果物畑農家
ビジネスにおいて,物流に関する機能面での に収穫をお願いし,船積みして他のライバル企
技術革新が進められた.人や組織の間の「もの」 業よりも,売価は同じだとしても味が良く,品
の取引は,「もの」よりも先に扱われる情報に, 質に差別化ができればその分売れる.
物流は限りなくリードタイムを加速させ,情報 ビジネス活動において物流の機能や技術をよ
と「もの」の間の非対称性を物流は縮めてきた. く理解し,それをマネジメントして目的とする
物流論において,それらを主な背景とした事例 結果に効果や利益をもたらすことが,ビジネス
研究が研究者や実務家らの経験等から多数取り における兵站活動といえる.この視角から筆者
上げられ多くの議論がなされてきた. は物流論から混同されがちな,ロジスティクス
筆者は本論において,物流論ではなくロジ =兵站を分かち,ビジネスにおける兵站の姿を
ス ティク ス =兵站 に つ い て 議論 を 進 め た い. 現し,重要性を訴えるものである.
物流は英訳すると,Physical distribution であ 筆者は軍事学から派生した兵站論や,物流論
り Logistics で は な い.Logistics は 日本語 で における兵站的な議論を論じる.そして,ビジ
は兵站である.日本の物流論の多くの研究は ネスにおける兵站性を事例研究から抽出し,兵
Physical distribution で あ り,Logistics =兵站 站活動が確実に存在し競争優位性に寄与してい
の議論や研究は皆無に近い.例えば,季節性が ることを論じる.
強く市場に反映される果物は,タイ産のライチ
1 ロジスティクスの概念とは
を日本の市場に旬のものとして航空便で輸送し
高く売る.バナナのような東南アジアの諸地域 1―1 軍事での兵站活動(= Logistics)について
から年中出回るものであれば,売価と利益率が 戦史や軍事研究家が,近代において戦争につ
低ければ,輸送単価の低い海上輸送で運び欠品 いて議論している代表的な文献として,ドイツ
しないように継続的に果物店の軒先にならべ の軍人,軍事学者である,クラウゼヴッツ[1832]
る.ニュージーランド産のキュウイフルーツは や,同じく米国のマハン[1890]があげられる.
中程度の価格帯であり,航空輸送で利益が望め 他スイス出身でフランスの軍人でもあり軍事学
ず,海上輸送が望ましいが,長いリードタイム 者であった,ジェミニ[1838]が,兵站につい
のおかげで品質の劣化が気になるのであれば, て多くの紙面を割いている.また,イスラエル
冷凍コンテナを使用し温度や湿度を管理し品質 の軍事学者であるクレフェルト[1977]は,兵
を維持させる. 站活動そのものを主題としている.実践の現場
110 (472) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

で は 旧防衛庁,防衛研修所『兵站概説』
(1959) ベル,組織レベル,作戦レベルで詳細に議論を
があり,その指針と運用方法が記されている. 行っている.谷・野中[1993]は日本軍の戦争
近著ではパゴニス[1992]や江畑[2008]がある. スタイルは,草創期にドイツ陸軍をモデルとし
これらの兵站活動の中で補給物資の輸送を中 ている影響もあり短期決戦型であり兵站を軽視
心とした後方支援がある.銃弾一発も届かなけ していることを論じている.ドイツのライバル
れば,戦争もできないし背後に病院施設がなけ であったフランスが中長期決戦型で経営資源活
れば,負傷者すら治療することもできない.近 用型であるとし,第二次・太平洋戦争中の米軍
代戦のように大規模な長期戦では,戦闘を維持 は国内産業を軍需産業に結び付け継続的軍事物
させるための兵站活動の重要性は増してくる. 資の補給に伴う兵站力で,軍事技術的には比較
また,ゲリラ戦のように決戦規模を小さくして 優位のあった日本軍を圧倒した.
分散し,同時にヒット&ウェイを繰り返すこと また NHK(2011)のドキュメンタリー番組
によって,相手の戦力を小さい戦力でそぎ落と により当時の様子を当事者が証言2)しているよ
すには,各地に散った自軍を見つけ出し,補給 うに,太平洋戦争でのレイテ島決戦での「鼠輸
活動を維持しなければならない. 送」は,補給に不向きな場所を占領し,維持す
ジェミ ニ[1832]の 兵站論 の 当時 の 議論 の るために輸送に不向きな虎の子の戦闘艦である
背景は,拠点を移動させながらの「陣取り合 駆逐艦を使用して,本来の作戦行動に使用する
戦」から,お互いの戦力を競う「決戦方式」が ことができなかった.よって,日本軍が得意と
戦争の主流となる近代戦の時代に突入したとい する現場レベルでの作戦行動が兵站を軽視する
える.兵站の主任務は補給と速やかに各部隊を がために,全体行動の作戦を機能不全に陥れて
決戦場へ移動できる方法を考え,参謀本部に兵 しまうのである.
站活動を統括指揮する機能が加わり,管理運用
組織へと体裁が整ったといえる.兵站将校は参 1―2 組織としての兵站活動の欠落と兵站活動
謀本部に所属し,①決戦における各部隊の予定 からビジネスロジスティクスへ
配置位置までの移動に関する道程の策定,②移 日本軍はドイツ陸軍をお手本としたが,図 1
動方法と手段,そして③補給である1).彼らは はフランスとドイツの軍事組織図であるが,谷
作戦遂行に関する兵站活動を通じての全体最適 [同掲書 1993]は,フランスが参謀長以下人事,
と,個別の兵站活動の最適化を同時点で調整し 情報,作戦,後方は対等であり各部署間を調整
実施しなければならない.しかし兵站将校は作 しながらの決戦行動に移していくが,ドイツは
戦を通じての直接的な意思決定権や法的な拘束 作戦・決戦優位にあり展開リードタイムが非常
力を持たず,前述の作戦への道程や補給などの に速いことを組織的にも指摘している.
物的な拘束力を用いて,各部隊の動きに対して おかげで旧日本陸軍士官学校の兵科では兵站
拘束をかけることになる.よって部隊の長の裁 に関しては輜重(しちょう)科が設けられたが
量により,兵站を前提に作戦行動を起こすか決 輜重科修了生が任官後,陸軍大学校に入校が許
められ,
作戦の成功の可否を左右するといえる. されたのが開校後 8 年後のことであった.難関
しかし,戦前の日本軍には兵站が作戦行動の優 の陸軍士官学校に入校できたとしても輜重科に
先順位にすら入っていないと指摘しているの 行くことになった者は,軍人としての栄達はあ
が,野中[1991]であり,谷[1995]は国家レ

2)NHK BS プレミアム「鼠輸送を命じられた
1) ジェミ ニ[1838](訳 書[2001]p. 175~) 最 強 部 隊~駆 逐 艦・第 二 水 雷 戦 隊~」2011 年 12
を参照されたい. 月 10 日放送.
ロジスティクス論の変遷(種崎) (473) 111

① フランス 人事

指揮官 参謀長 情報

作戦

後方

② ドイツ
情報

指揮官 参謀長 作戦

後方

(出所:谷光太郎,野中郁次郎[1993]同文書院インターナショナル,
『ロジスティクス』p. 303)

図1 フランスとドイツの軍事組織図

きらめざるをえなかった.これらの組織風土で 立戦争や第二次世界大戦を例に求めた.軍事に
は兵站活動に関する専門家は育たない.現在の おける兵站つまりロジスティクスとビジネスに
日本のグローバルビジネスにおいても,兵站を おけるロジスティクスを,ビジネスロジスティ
編み出すための DNA が欠如しているのではな クスと称しビジネスを支える一機能としてマー
いかと筆者は考える. ケティングと戦略論の視角から,ロジスティク
一方,米国の軍事組織上の兵站活動の位置づ スの姿について議論を行っている.
けは,物流論研究者である中田,橋本[2007] ロジスティクスをトランスポートや保管,在
は戦争の概念を戦略(Strategy)
,戦術(tactics)
, 庫管理など様々な諸機能や技術の束として捉え
兵站(logistics)が三大要素から成り立ってお 経営に果たす重要な役割として,特にインベン
り,兵站活動とビジネスにおけるロジスティク トリーとストックとの各関係ユニット間の調整
スの関係性と,物流の相違について議論を行っ であるとしている.
ている. 唐沢・相浦[1999]による,ロジスティクス
論に関する文献レビューによると,具体的にロ
2 ビジネスロジスティクスの概念
ジスティクスの概念や特徴についての議論はそ
2―1 ビジネスにおける,ロジスティクスの概 れほど多くないことを述べている.
念と特徴 「ロ ジ ス ティク ス の 活動領域 あ る い は 範囲
Christopher[2011]はビジネスにおけるロ (scope of work)に関する海外文献調査と独自
ジスティクスについて,経営学における競争優 の見解は,我が国の学術論では皆無に近い.そ
位性の観点から,そのルーツと進展を米国の独 の大きな理由は 第一に当該分野が数多くの学
112 (474) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

術研究者の興味の対象とならなかったことであ 後述していくがハードに対する実践的な議論を
り,第二に物流関係の学術研究者が学術レベル 深める傾向が強く,米国は組織のビジネスモデ
での海外での論文発表あるいは海外との積極的 ルや,システムや事業に対する全体に対して,
な交流に多くの関心を持たなかったことにある ロジスティクスを如何に構築していくかとい
と思われる.
(同唐沢・相浦 1999)」 う議論が存在していることが特徴といえるだ
2―1―1 米国の学会におけるロジスティクスの ろう5).
定義 2―1―2 日本におけるロジスティクスの定義
米国においては,前節に述べたようにロジ 日本においては 1983 年に日本物流学会が設
スティクスを軍事に関するロジスティクスと 立され 30 年に満たず比較的若い学会と言える.
区別して,ビジネスロジスティクスと表現す 同学会内のロジスティクス(現ロジスティクス
るのが一般的で学術研究においては大きく二 フロンティア)研究会により,中田,橋本,他
つ の 学会 が あ る.一 つ 目 は 1963 年 に 設立 さ 『ロジスティクス概論』(2007)に,ロジスティ
れ た,Council of Supply Chain Management クス論の定義についての議論がまとめられてい
3)
Professional(CSCMP) で あ り,同学会 の ロ る.様々な研究分野からの視点で議論されてい
ジスティクスの定義は,
「ロジスティクス・マ るが,中田(同書)によれば日本に物流という
ネージメントは,サプライチェーンマネージメ 概念が導入されたのは,1955 年 10 月に日本生
ントの一部であり,それが顧客の要求に合うよ 産性本部(当時)が 米国 に 派遣 し た,「流通技
うに起点から消費点の間の効率的,効果的な川 術専門視察団」が,Physical Distribution と い
上から川下への財のフローや保管,サービス, う言語に「物流」という訳語をあたえたことか
関連する情報を,計画,実行し,コントロール ら始まったと言われている6).
するものである.
」とある. 経済界や実業界からのロジスティクス論のア
二 つ 目 は,1968 年 に 設立 さ れ た Society of プローチは,日本ロジスティクスシステム協
Logistics(SOLE)があり,同じくロジスティ 会(= JILS)が 1992 年に設立された.同協会
クスの定義を「ロジスティクスとは,目標の実 の 前身 は,日本物流学会 よ り も そ の 歴史 が 深
現,計画,運用を支援するための技術であり, く 1970 年に任意団体として日本物的流通協会
科学であって,要求事項,設計,資源の供給と と同年に設立された任意団体日本物流管理協議
維持に関するマネジメント,エンジニアリング 会が統合され,1992 年に現在の名称に改称し
に及び技術的活動のためのものである」とした. 今日に至っている7).同協会は物流企業だけで
橋本4)によると両学会のロジスティクスへのア はなく製造業や流通業,情報企業など物流にか
プローチの基本概念の違いは,CSCMP は川上 かわるビジネス系の営利団体が主に参加してい
から川下までの一連の流れを指し,SOLE は循
環の概念を指すという.循環はリサイクルの概
5)筆者はこの相違により日本の製造業の特に
念も抱合し,例えば原子力発電所の廃棄物処理 海外展開時にものづくりをビジネスとしてサポー
システムにおいて一貫したリサイクルをどのよ トする競争力の一つとしてのロジスティクスが非
うにするかといった,営利非営利問わず幅広く 常に手薄になっているのではないかと考えている.
6)湯浅編著[ 2011 ]でも同様に述べられている.
及び,日本でロジスティクスを議論するときは, 7)詳 し く は,日本 ロ ジ ス ティク ス シ ス テ ム
協 会 ホ ー ム ペ ー ジ(http://www.logistics.or.jp/
overview/index.html)参照のこと.筆者は同協会
3)学会名と定義は度々変更されている. の 資格講座,国際物流管理士講座 の 兼任講師(31
4)2011 年 6 月 19 日,都内目白大学橋本雅隆先 期 2009 年 度,32 期 2010 年 度 33 期 2011 年 度)
生との学術面談にて. を務めている.
ロジスティクス論の変遷(種崎) (475) 113

供給者・原材料の
供給可能性 購買・仕入先分析

原材料在庫

生産計画

完成品在庫 財務・投資計画

流通チャンネル マーケティング
在庫 製品供給可能性

供給輸送

消費者在庫の動向
流通輸送,経由在庫

(出所:唐沢・相浦[1999]
 「ロジスティクス活動領域に関する基本研究」,
物流学会第 7 号,p. 61)

図2 G.Buxton[1975]による,ロジスティクスの活動範囲

る.
同協会によるロジスティクスの定義は,「ロ 同論文で取り上げられている,Bartlett[1972]
ジスティクスとは,需要に対して調達,生産, の定義は,
「特徴としては,この活動(ロジス
販売,物流等の供給活動を同期化させるための ティクス,筆者補足)の主たる活動領域は輸送,
マネジメントであり,その狙いは顧客満足度の 配送,在庫管理,倉庫,荷役 お よ び 工業包装,
充実,無駄な在庫の削減や移動の極小化,供給 工場と倉庫の場所並びに情報システムを含む」
コストの低減等を実現することにより,企業の と工場の生産活動に関する可視化可能な機能を
競争力を強化し,
企業価値を高めることにある」 掲げた議論から始まり,Buxton[1975]は「ビ
としており,参加企業が営利団体でもあり,物 ジネスロジスティクスの活動範囲は,原材料の
流を要する組織の範囲はビジネス分野に限られ 調達から消費者の在庫動向に至るまでの領域
ているものの,企業活動の物流機能全般を包括 で,原材料 の 調達 か ら 最終消費者 ま で の い わ
しかつビジネスや経営に関するインパクトまで ば川上から川下まで流通チャンネル全体を視野
及んでいるといえる. に入れている.それに生産計画を含んでいる」.
とし既に 1970 年代にはサプライチェーンの範
2―2 ビジネスロジスティクスのドメインの拡大 囲をロジスティクスの活動範囲として議論がな
前述で述べたが,唐沢・相浦[1999]は機能 されている(図 2 参照).
的な側面をとらえてロジスティクスの定義とい 更に彼らは,Coyle, と Bardi[1994]のロジ
うよりも,構造的な特徴を捕まえようとして, スティクス論の着目点に,各物流機能間の移動
数少ない研究成果をいくつか取り上げている. と保管の議論が組み込まれていることを確認
114 (476) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

した.この議論を組み込むことによって,移動 ジスティクスの姿と,一企業や事業のビジネス
に対しては8)デリバリーと時間の関係,保管に を担う為のロジスティクスの姿と,二つの様相
9)
ついては 在庫を中心とした財についての議論 が明らかになった.ロジスティクスの各機能に
を進めることにより,マネジメントとの関係の つ い て は 処々議論 が あ る も の の,杉山・根本
議論を可能せしめることになった.80 年代入 [2010]は SCM とロジスティクスの活動範囲を,
りより一層サプライチェーンの概念が強まり, 図 3─1 に 示 し た.SCM は 各事業者間 の 商取引
Rosenfiled[1985]は,「ロ ジ ス ティク ス シ ス を川上から川下10)までの流れに対して,事業者
テムは経営資源の獲得から,完成品の究極的な は図 3─1 でいう製造業者 A として,サプライ
ユーザーに至る全ての物の流れと物の移動管理 ヤー B から材料や部材を仕入れ,販売先である
し,記録する逆に流れる関連情報を含む」と定 卸・小売 C に売り渡す.
義づけた. つまり,商取引として,買い手と売り手の連
この議論の特徴は,調達物流の末端となる資 鎖が連なり,各製造業者 A はそれを繋ぐため
源調達まで含まれており,ビジネスの一主体者 に,3PL11)業者を起用し物流機能をアウトソー
の管理領域を超えた,複数の事業主体者がサプ シングし,ロジスティクスサービスを享受し両
ライチェーンに繋がる概念が導入される契機に 者に展開するものである.
なったといってよい. 3PL 業者は倉庫や輸送手段など市場からサー
他に,主要活動として①在庫サービス,②輸 ビスを仕入れ,彼らにとってクライアントにな
送,③在庫管理,④受注処理を示し,支援活動 る製造業者 A は荷主となり,ニーズに合った
として①倉庫,②荷役,③材料の確保,④保護・ 物流サービスを提供するものである.この図で
包装設計,⑤情報の維持,⑥生産との調和をとっ 示すのは,売り手ないし買い手が自ら持つべき
た生産計画とし,活動範囲というよりも期する ロジスティクス機能は共有できそうに見える
役割も含むといってよいと思われ,企業や一事 が,ほとんどできないといってよい.この状態
業に対するロジスティクスの活動範囲や役割に を示したのが,図 3─2 となり買い手が製造業
は相違があるのと,述べているようにロジス であれば,売り手はサプライヤーでありメー
ティクスの概念や活動範囲にも変遷があり,一 カーか商社などの卸売かもしれないが,仕入れ
概に大きな二つのカテゴリーで切り分けること るものが部品であれば,製造業者が生産するの
は難しい. がアッセンブリ製品であるとし,商品市場にデ
しかし,
重要なのは SCM のように長いチェー リバリーされるものであれば,共有してロジス
ンを繋ぎ,物流の側面から支える役割を担うロ
10)現在においてこの範囲が認識する主体者の
視覚によって違う.昨今グローバルの視点から見
8)本論から若干外れるので,脚注にて述べさ た SCM や,緊急非常時の SCM などチェーンその
せていただくが,米国においては図 2 において, ものを環境や状況によってどのようにして紡ぐべ
完成品在庫 か ら 消費者 に 配送 す る 過程 に お け る, きか議論が多くなっている.特に,災害などによ
配送(デリバリー)に関しては,ロジスティクス る SCM の断絶に対する,復元性の議論が多く見受
論からの議論よりも,マーケティング論の中でデ けられるようになっている.
リバリーに関してその手法や役割などが議論され 11)3PL=3rd Party Logistics は,一企業 や 事業
てきた経緯があり,現在でもマーケティングとロ から流通機能に関する物流部分の業務委託を一括
ジスティクスを合わせて議論する研究がなされて して引き受け,物流部分を担うサービスを指す.
いる. 自社で持ち合わせない物流機能は外部からその荷
9)調達在庫 の 概念 が 議論 さ れ る よ う に な り, 主に代行する物流業者として,仕入れることがで
調達からデリバリーに関する範囲が,ビジネスロ き,身の丈に合った物流サービスを荷主や 3PL 業
ジスティクスの範囲として定着してきた. 者は入手することができる.
ロジスティクス論の変遷(種崎) (477) 115

(出所:杉山武彦監修[2010]『交通市場と社会資本の経済学』有斐閣,p. 254)

図 3―1 SCM とロジスティクスの関係

(筆者作成)

図 3―2 売り手と買い手の持ち合わせるロジサービスの組み合わせの相違
116 (478) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

ティクスのハードを利用することはできない. と Hoek[2005]らも同様のことを述べている
ロジスティクスサービスは共有する部分は限ら が,唐沢[2000]のロジスティクスの機能の範
れていて,その多くは荷主へのサービスないし 囲の概念を借りれば,グローバルロジスティク
は一方向に向かうものであり,循環はさせるこ スは国境を越えた地域や国家間のロジスティク
12)
とはできるが利用再現性は乏しく 無駄の多 スサービスを一部として,自らのホームグラウ
いサービスとして可視化されることが多い. ンド(自国)ではない相手国でのロジスティク
このつなぎを中心にして,顧客にロジスティ スサービスを展開している13).Frazelle[2001]
クスサービスを提供し価値を高めるのか,そし は,「国内のみのロジスティクスに比べてはる
て自社内でのロジスティクス機能を経営にとっ かに複雑であるが,それはハンドリングの重複,
て重要なポジションにあることを Christopher 複数の企業の存在多様な言語,書類処理,通貨,
はその多くの著作で力説している.それについ 時間帯,文化の違いなど,国際ビジネスに固有
ては,後述していきたい. の課題が存在するからである(訳書 p. 13)」と
ビジネスロジスティクスにおける学説を中心 し,前述したように,Harrison と Hoek[2005]
とした研究の変遷や概念は多少なり理解できた は,相手国で活動するロジスティクスサービス
と思う.また,SCM の概念が,ロジスティク の特徴について,「ア.より長いリードタイム,
スそのものの議論から派生し議論の範疇が拡大 及びリスクや地域の市場環境に関する知識の不
していく様が理解できたと思うが,現在におい 足,イ.諸外国の言語や通貨の処理,ウ . ロジ
てロジスティクスの範囲を超えて SCM そのも スティクス・プロセスにおけるより多くの手
のの議論が中心になっているものと思う.よっ 順,エ.通関や貿易障壁による各地域政府の干
て,根本・杉山の議論にあるように,その役割 渉」としている.
と機能を理解し,以降本論ではロジスティクス Frazelle の議論の重要な点は,前述でも触れ
そのものの議論を中心に進めていきたい. ているが SCM とロジスティクスサービスを区
別しその役割の重要性を明確にしている.更に
2―3 グローバルロジスティクスへ 世代ごとに発生するロジスティクスサービスの
フ レーゼ ル[2001]は,筆者 が 前述 す る よ 進化を述べているが決して,淘汰されるもので
うに SCM の中のロジスティクスの役割を議論 はなくて折り重なっていることを全体の議論の
し,最適なロジスティクスサービスの在り方を 中でなされている.
説いた.そして,現在は SCM に対するロジス 現在でも SCM に対するロジスティクスサー
ティクスサービスからグローバルロジスティ ビスは存在するし,グローバルロジスティクス
クスに進化していることを述べている.それ は存在するが,ロジスティクスビジネス市場で
を示したものが図 4 となる.同様に Harrison の発生と成長の順番を図 4 で記していると言っ
てよいだろう.

12)トラックでの往復運賃が代表的な例と言え
この折り重なりの議論は,同時期に国際経営
る.荷主はデリバリーだけのサービスを求めてい 論の議論から見ることができる.いち早く根本・
るがその運賃にはトラックがデポ(トラック基地)
に帰る費用なども加味しなければならない.また,
コンテナの定期航路サービスも,アジア・日本か 13)筆者は 1998 年 7 月~2003 年 11 月までタイ
ら工業製品が輸送され,北米からは食料品などが に駐在し,タイでのロジスティクスサービスのオペ
アジア・日本に輸送される.邦船社としては北米 レーションや営業活動を経験した.帰国後も中国や
からの帰り荷が少ないために,ビジネスとしては 東欧でのロジスティクスサービスの企画や開発を
このバランス差の運行費用を運賃に反映させビジ 行い,日本国内にいながらほとんど日本で企画をプ
ネスのマネジメントは非常に難しい. ランし,海外でサービスを展開するものであった.
ロジスティクス論の変遷(種崎) (479) 117

(出所
 : E. H. Frazelle[2002]
『Supply Chain Strategy』The McGrwa-Hill Companies, Inc.(
『サプライチェー
ンロジスティクス』2007 白桃書房),p. 7)

図4 フレーゼルのロジスティクスの進化

茂垣[2006]らは,多国籍企業のグローバルビ したものであって,足りないものは別の生産拠
ジネスの展開において,進出市場に対する位置 点から現地販売子会社が調達を行い15)市場の
とアプローチ的な見解から,グローバルとロー ニーズに応えるようになるとしている.多国籍
カルを合わせてグローカルと表現した.多国籍 企業の様々な形態の変化により,本国からの輸
企業の海外市場へ,持ちうる最新の知識など用 出を中心としたロジスティクスは完成品の国際
い て グ ローバ ル 市場 に 向 か う が,進出先国 の 的な物流や販売が中心になるし,各国に生産拠
ローカル市場へそのまま持ち込むことができず, 点があれば生産に対する調達やそこからの製品
適合化を図る困難さが伴うことを示している14). の輸送が発生し海外に拠点が多ければ,その企
根本・茂垣[2007]らは,多国籍企業の国際 業のロジスティクスの比重は高まると述べてい
化の進展の度合いで,ロジスティクスとして扱 る.また,そのような企業の強みをロジスティ
うべき問題は複雑になり,それを戦略として積 クスに求めるならば,各国拠点間の複雑なネッ
極的にとらえて競争力の源泉にする可能性も高 トワークをロジスティクスが集約化と効率化を
まる と し た.ま た,各多国籍企業のそれへの 図ることが非常に重要であることを指摘して
対応も同じではないことを述べている.特に多 いる.更に茂垣らは同じタイミングで,藤沢
国籍企業 の 特徴 と し て,現実的 に は 海外拠点 [1997]がグローバルマーケティングの観点か
だけで進出先国の市場を完結しているわけで
はなく,企業全体の製品ラインの一部に専業化
15)茂垣[1998]は多国籍企業の国際化の進展
をドメスティク型(本国中心の輸出) ,シンプル・
14)日本 の 多国籍企業 の 進出先国 で 設立 し た, グ ローバ ル 型(本国中心,販売拠点 の 拡充分散),
現地子会社とのビジネス展開の議論については, ユニ・グローバル型(生産拠点の分散) ,マルチド
茂垣広志『グ ローバ ル 戦略経営』2001 年,学文社 メスティク型(各国毎での生産,販売) ,グローカ
参照のこと. ル型(地域間ネットワークと調整)と類型化した.
118 (480) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

ら,進出先国市場で製品を充足させるにはロジ サービスの形成にも影響を与えるものである.
スティクスが重要であり,特に配送センター16) モジュール型のように競争相手に模倣されやす
の議論に着目している. く,キャッチアップされやすい製品は,製品開
一方,ものづくり経営論のから,ロジスティ 発などの投資回収分も合わせて,すぐさま市場
クスの視点を介すれば,生産拠点の海外移転は 投入し売上と資金回収を早期にあげなければな
進出先国で何を生産し,生産プロセスのどの部 らない.
分を移転し現地化するのかにより,ロジスティ 茂垣のいうグローバル化の進展と,ものづく
クスのモードが決まってくることを自明の理と りプロセスを媒介としてロジスティクス手段を
して示唆している.今までは日本国内でのフル 具体的に記したのが図 517)となる.多国籍企業
セット型生産方式が確立されたために,ロジス の国際化の進展に応じてグローバルロジスティ
ティクスは国内での SCM を支える,輸送や在 クスの内容も,異なり Frazelle[2007]のグロー
庫管理を中心とした運輸的なサービスが中心で バルロジスティクスの議論を裏付け補完するも
あったが,アジアを中心とする新興国に日本の のとなり,様々なロジスティクスのバリエー
ようなフルセット型の生産方式を移転するので ションがあることに気づくことになる.
はなく,ある部分の生産プロセスだけを移転す
3 ロジスティクスと競争力
ることになるため,今までの国内完結型のロジ
スティクスとは違う本国と移転先国とのロジ 3―1 セブンイレブンの事例
スティクスサービスと,更には拠点数の拡大と 前章で茂垣[1998]が述べているように,多
ともに,前述の Frazelle の議論のように進出 国籍企業のグローバル化の進展に伴ってロジス
先国でのロジスティクスの困難さを示した,グ ティクスの形態も異なり,これを戦略として取
ローバルロジスティクスが現れるようになった り込むかは各企業に依るものとしたが,取り込
と言える. むか否か企業のマネジメントにどれほど影響を
また,天野[2005]の国際分業論をものづく 与えるかという議論は非常に少ない.またその
りプロセスの観点から見ると,汎用品と呼ばれ 議論がなければ,ロジスティクスの存在価値を
るスペック,価格的にも汎用品と呼ばれる製品 認めてもらうことは難しいだろう.
のアジアなどの新興国への分業ないしは移転 経営戦略論の事例研究の中でロジスティクス
は,移転プロセスの推移と進出先国の現地化の が活用され,競争力に影響を与えたものとして
進度により,拠点間のロジステックスサービス いくつか議論されている.例えば流通業界での
上の物量や調達部品や部材の点数は多く流れ 成功事例としてセブンイレブンのビジネスモデ
る.同様に進出先国の拠点の組織能力や進化が ルが多く取り上げられているが,その中にロジ
進めば,自ずと今まで以上に生産できなかった スティクスが大きく寄与していることが述べら
ものが生産できるようになり,自己調達能力も れている.
上がることになる.同様に藤本[2003]らの生 セブンイレブンは,碓井[2009]によれば,
産プロセスによる,摺合せ(インテグレート) 同社のバリューチェーンの特徴は資本関係の無
型とモジュール型の議論は,ロジスティクス

17)諸上・根本[1996, p. 18]は「グ ローカ ル 経


16)藤沢[2004]が指摘しているように,実業 営の概念はバートレット = ゴシャールの概念と近
界では直近ではロジスティクスサービスの一つと いと想定されがちだが,彼らはグローバル産業に見
して,クロスドックがあげられる.各生産・販売 られるような市場と競争の環境を前提としており,
拠点の製品を 1 つの倉庫をハブとして,各製品を また,本社リーダーシップによるグローバル調整を
再配分するロジスティクスサービスである. より明確にしている点が異なると説明している.
ロジスティクス論の変遷(種崎) (481) 119

(筆者作成)

図5 多国籍企業のグローバル化,ものづくりプロセス,ロジスティクス形態変化の推移

いフランチャイジーやパートナー企業との垂直 その当時のコンビニエンスストアの顧客のニー
統合を組み立て,かつ多くのパートナーと連携 ズは,「納品はケース単位ではなく,必要数だ
している点にあるという.セブンイレブンの けのバラ個数あるいは小ロットでの納品,商品
パートナーは主にサプライヤーであり彼らと の回転数に応じて頻度の高い納品が必要だ.配
の,
「発注・物流システム,生産管理システム, 送のトラックもできるだけ集約し,しかも毎回
在庫管理システム,情報共有システム,売掛・ 定時の輸送を行ってほしい.日曜や祭日,正月
請求システムなどを網羅しており,物流セン もフレッシュな商品が食べられるよう,通常の
ターの総合システムや,製品・原材料メーカー 納品を行ってほしい.納品リードタイムは短く
との受発注や情報共有もサポートしている.購 欠品は少なく,しかも粗利は更に高くならない
買・調達 の 支援活動 に お い て も,自動車 メー のか.ファーストフードや牛乳,惣菜は温度管
カーとの協業によってカスタマイズや最適設計 理や品質管理を高め 1 日 2~3 便にならないの
などを行った約 3800 台の配送車両を,物流セ か…(同書 p. 111)」といったものがあった.
ンターに導入している.メンテナンスや設備機 しかし,
「品質・鮮度の高い商品提案にマッ
器も開発・整備することで,153 か所の専用物 チさせるには,当時の卸売業のサービスにリン
流センターの効率化とサービス品質向上を実現 クすると,実現が難しかった.卸問屋との取引
している(碓井 2009, p. 110)」. 契約にも制限があり,段ボール単位で納品され
同社は 1974 年に設立されたが小規模店舗で, る商品は平均日販 40 万円弱の店舗では回転し
120 (482) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

図 6―1 セブン イレブンの物流システム

(出所:図 6-1 と 6-2 ともに碓井[2009]


『セブンイレブン流 サービスイノベーションの条件』日経 BP 社,p. 113)

図 6―2 セブン イレブンの物流システム

きらず,アイテム数をそろえれば在庫の山とな たりのトラック台数を減らしながらも,小ロッ
る.78 年 の 平均在庫高 は 873 万円,在庫回転 ト,多品種,多様化した輸送手段を駆使してい
数 15.7 回/年 と 現在 の 40 回転 の 3 分 の 1 強 で る.それを実現させた一因として,図 6─2 にあ
あった.
(同掲書 p. 111)
」.そこで物流の様々な るように集約配送と共同配送があげられる.
手段を活用して,図 6─1 にあるように一店舗当 この二つの輸送モードを変える改革は,単に
ロジスティクス論の変遷(種崎) (483) 121

出所 : 筆者作成

図7 共同配送と店舗展開の関係

使用トラック台数とコストを下げただけではな 高め売り上げに寄与している.
い.集約配送は図 6─2 の左図にあるようにそれ 同書では触れられていないが,筆者のロジス
以前は,メーカー一社に対して一次卸問屋が一 ティクス的な観点から考察すれば,1 つの共同
社ないしは複数社があれば,その分トラックを 配送センターの商品の供給量とトラックの各店
一台ずつ配車する必要があったということであ 舗への定期輸送能力を勘案して,店舗展開戦略
る.これを一つの卸問屋に集約するということ の範囲を検討する重要な要因となり,図 7 に示
は,他の卸問屋の持つ既得権益としての商権を すように一つの地域のビジネス可能範囲を規定
流通業者が変えてしまうということである. することになるだろう.
それは,伝統的な日本の流通システムの変革 これが同社のドミナント出店戦略を裏付けて
への挑戦であったと言える.これが図 6─1 にあ いるものであり,他社と比べて出店エリアが全
るように 1971 年から今日まで粘り強く日々続 国的に拡散していないのはこの理由に起因して
けられており,今すぐにすべてを変革できるも いると言えるだろう.この議論は軍事における
のではないことがわかる. 兵站の議論と同じである.決戦する場を設定し,
更に,この集約配送が可能になれば,一次卸 戦闘活動を維持するための兵站を常に機能させ
問屋が持つ複数の物流センターを共同配送セン 続けることを,多少時間はかかりながらも行っ
ターに代えて各取引メーカーの商品を一拠点に ているのである.また流通業は家電製品的な市
集め,複数のトラックではなく一台のトラック 場短期決戦型ではなく,ロングタームの視野で
でかつ定期輸送が可能となる.また,食料品な 地域密着型での継続的な売り上げを目指して,
どの各温度帯管理が必要なトラックの集約定時 収益を確保するマネジメントを展開していると
輸送を可能にせしめ,店舗の品ぞろえと品質を 言ってよいだろう.図 7 を前提に各店舗が欲し
122 (484) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

(出所:碓井誠[2009]『セブンイレブン流 サービスイノベーションの条件』日経 BP 社,p. 113)

図8 物流センターシステムの機能概要

い時に欲しい商品を送り出すことが前提になる のようなタイミングで送り込み,それがヒット
が,当たり前だが各店舗からの受発注情報を管 するかは商品開発などの問題であり,別次元で
理して機能的,効果的に商品を送り出すための の議論になる.よって,セブンイレブンの競争
標準化されたシステムが欠かせない. 力の源泉の一つとして物流システムは上げるこ
それが図 8 の物流システムであり,各店舗情 とはできるがそれはすべてではない.この議論
報からのデマンドと本部などからのサプライ情 については後述したい.
報と商品がマッチングすることにより,それが 他同社の事例を通じて,物流は「もの」を流
輸送モードにつながり,機会損失を減らし,新 すという機能はあるものの,それを競争力向上
旧の商品の入れ代わりや,無駄のない在庫管理 につなげるには,それを有効に働かすための諸
が可能となる.つまり,この物流システムは情 機能との連携が欠かせないことも明らかになっ
報と商品(もの)と,顧客(店舗)への輸送(リー たといえるだろう.
ドタイム)を有機的につなげている重要な役割
を担っていると言える.しかし,商品を顧客に 3―2.トヨタの事例
タイムリーに届ける機能を物流システムが負っ 岩城[2005]は,トヨタ生産システムの特徴
ているが,顧客に対して新商品を入れ替えてど を「品物が通過するすべての場所,工程等を品
ロジスティクス論の変遷(種崎) (485) 123

図9 工程の横持ち

物の流れによって接続し,これらのすべてを一 準化」を可能せしめることになり,トヨタ生産
つの大きなシステムとして構成する(同書 p. 方式と物流は表裏一体の基を形成していると言
22)」であるとし,このシステムを支える三本 える.
柱として,「ジャスト・イン・タイム」と「自 表面的には物流は何も機能してないように見
働化」および「平準化」がある. 受けられるが,このような議論を通じて生産工
「ジャスト・イン・タイム」は物の流れに関 程の前後を併せて全体の物の流れを形成する導
与するものであり,「欲しい時に,欲しい物を, 線となって,トヨタ生産方式に物流が深く関
欲しい数」だけ生産現場に納入するという意で わっていることに,初めて気づく.
あるが,これを実現するにはどのような物流シ 図 12─1 と図 12─2 は,品物の流れが形成した
ステムの構築が必要とした,そのプロセスの議 前後の情報管理の流れを示したものであるが,
論は多くない.完成車の組み立て工場への納入 大きく改善された点は,品物の流れと情報の流
単位は,大多数が部品や半製品の第一次サプラ れが常に対称になっている.図 12─1 であれば
イヤーであり,彼らとは生産工程の一部として 現場での情報がいったん生産管理に流れ,そし
物流を通じて同期化させる必要がある.更にト て次の工程に流れていくが,極論すると品物の
ヨタの強みは,工程の図 9 にある「横持ち」を 流れのほうが情報の流れよりも早くなってしま
図 10 の「縦持ち」に変えて,第一次サプライ い,次工程の当事者に事前情報が届く前に,品
ヤーが製造ラインごとに,必要とする組み付 物がくることになり,作業指示が不明となって
け場所に,必要な分だけ部品を送り込むことが しまう.現場でよくあるが,WEB で情報確認
できるようにしていて,これが図 11 となり, するよりも電話で現物確認したほうが早くて確
岩城 は 工場内外物流接続例 と し て い る.岩城 実だということがここにあると言ってよい.
[2005]がトヨタ生産方式は物流にあると述べ 情報の伝達経路を整理して,情報が先行しそ
ているのは,上述に起因し,物流と生産工程を れを見て次の作業に待ち時間なく次の工程にか
併せることにより,「品物の流れ」が発生する. かることができる.予め行うべき仕事が個々人
この品物の流れが基礎となり,「自働化」と「標 に明確に伝わることは,生産現場の効率を上げ
124 (486) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

 10 
(出所:図 9 と 10 ともに岩城宏一[2005]『実践トヨタ生産方式』日本経済新聞社,p. 27)
 10P27])
     [2005, 

 図 10
     工程の縦持ち
[2005, P27])


 11 
(出所:岩城宏一[2005]『実践トヨタ生産方式』日本経済新聞社,p. 29) 

 [2005, P29]) 図 11 工場内外物流接続例
 [2005, P29])
ロジスティクス論の変遷(種崎) (487) 125

(出所:岩城[2005]『実践トヨタ生産方式』日本経済新聞社,p. 37)
図 12-1 従来の情報系統と品物の移動



(出所:岩城[2005]『実践トヨタ生産方式』日本経済新聞社,p. 38])
図 12-2 トヨタ生産方式の情報系統と品物の移動
126 (488) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

ることにつながるといってもよい.それにリン イムからの「リードタイム・ギャップ」の議論
クさせて問題が起きれば,ラインを止めて必要 を基点としている.
最小限の影響に留めてストップせることになる. 彼はマーケティング論の観点から顧客への機
この品物の流れを作る工程は,前述のセブン 会損失を減らし顧客価値を上げるためには流通
イレブンの事例と考え方は同じで,品物と情報 チャンネルを支える物流の重要性に注目し特
を対称化させ,余分なリードタイムを削減し生 に,配送(デリバリー)におけるリードタイム
産や客先での機会損失を極限まで減らす努力を が顧客への価値創造のカギになっていることを
していると言える. 議論し,リードタイムが単に工場から納入先ま
でのトラックなどのリードタイムだけを比較対
4 ロジスティクス論の重み 象とはせず,顧客からの発注から図 13 にある
4―1 ロジスティクスの価値について ように,様々なプロセスを経て全体のサイクル
ロジスティクスそのものの学説的な変遷と, タイムを減らすことが物流上のリードタイムの
ビジネスにおける事例を通じてロジスティクス 考え方であるとしている.
とは何かを論じてきた.品物の流れをとらえて, 彼の考えを代弁すれば,発注から顧客に納入
物的な流通を議論する事例研究は多数あるが, するまでにどれだけのリードタイムを要したか
ビジネスであれば何に価値を与えているのか, が重要であり,全体のリードタイムをマネジメ
その相関性に着目した議論は多くない. ントすることがロジスティクスであると主張し
前章の事例研究でも企業や事業の競争優位性 ている.
の特徴を示すビジネスモデルとして,セブンイ 物流とはモノや品物の流れを指すものであり
レブンのドミナント戦略やトヨタの生産方式 各プロセスのリードタイムをマネジメントする
は,品物の流れを主とし,在庫はストックでは まで及ぶことは,ロジスティクス的思考といえ
なくスルーさせるものとして扱う,物の流れを る.これは実務レベルでは,トヨタ生産方式の
定量化しその価値を問うことは難しく,その手 言葉でいう「横串」となり個々の部門が独立し
柄は在庫バランスを会計上に取り上げられ,そ て活動することに対し,物流を通じてリードタ
の改善効果の裏方として内在化されてしまうの イムをマネジメントする発想ができることは,
である. ロジスティクスならではと言える.
ロジスティクスの価値を主張するために,前 この点で重要なのは,物流から輸送など一義
述の事例研究のようにロジスティクスをどのよ 的な概念から,経営戦略や戦術,マネジメント
うにしてビジネスや事業に貢献させたかとい レベルで物流を活用する思考が意図的にあるの
う,プロセスを説明することにより,やっと理 かという点にあると言える.繰り返しになるが
解できるようになる. 物流は必要不可欠であるが,競争優位性を得る
ためにいかに物流を取り込み活用するか,とい
4―2 Christopher のロジスティクス論による, う思考が企業や事業への存在の濃淡が,価値を
ロジスティクスの価値 考察する上での前提条件とも言えるだろう.
一 方 Christopher[2003]は,マーケ ティン 碓井誠[2009]はセブンイレブンのビジネス
グ研究を基礎として,経営戦略論,生産管理論 モデルの構築・改善運動を通じてそのプロセス
の研究成果からロジスティクスにおけるビジネ の 価値 を,ポーターの バ リューチェーン の フ
スの競争優位とは何かを議論している.大きく レームワークを援用同社のバリューチェーンに
は二つの議論がある.一つはマーケティング論 ついても言及している.それが図 14 である.
からの流通と生産管理論における生産リードタ セブンイレブンにとって,ロジスティクスは主
ロジスティクス論の変遷(種崎) (489) 127

(出
 所:Martin Christopher [1998],『 Logistics & Supply Chain
Management』2nd edition(田中浩二他編訳,ロ ジ ス ティク ス・マ ネ
ジメント戦略─ e─ビジネスのためのサプライチェーン構築手法』2000,
ピアゾンエデュケーション出版) ,p. 155)

図 13 Christopher のリードタイムギャップの議論

(出所:碓井[2009],『セブンイレブン流 サービスイノベーションの条件』日経 BP 社,p. 47)

図 14 セブン―イレブンのバリューチェーンとロジスティクス
128 (490) 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月)

活動の重要な機能として認識されており,物流 ネスにとって必要不可欠な機能であるものの,
センター,専用物流とし機能として独立してい その価値を経営や事業に結び付けるという行為
る.他に,商品開発やビジネスモデル開発の中 は意図的ではなく,経験的な結果として議論さ
にも物流は組み込まれている.また,取引先間 れているものが多く経験科学のとして位置づけ
との発注・物流システムにおいてもそれが機能 られるだろう.
を果たしており,このバリューチェーンで具体 この数少ない,ロジスティクスのバリューが
的に示されていることが解り,その価値の創造 重要であることを少しでも本論で理解すること
のプロセスは前章で述べているとおりである. ができたら,この主張では成果があったといえ
る.現在,日本企業のグローバル展開が,その
5 まとめ 進度を早め深められている.進出先国での生産
ビジネスにおいて,ロジスティクスは「もの や販売がローカル化されながらも,多国間の
を運ぶ」といった身近な行為の経験の中に押し ネットワーク形成がなされ,兵站線は長くなり
込められて,その気づきはやっと軍事上の兵站 戦後初めての経験とも言えるだろう.
活動から見出すこととなった.欧米列強諸国は それを支える一機能として,ロジスティクス
軍事作戦にロジスティクスを組み込み,軍事行 は重要性があらためて認識され,ロジスティク
動の規模と移動距離拡大に伴い価値は高まり, スを物流戦略ないしは兵站として意図的に活用
機能は高度化していった.兵站活動の充実によ する方法を,意図的に事業展開に組み込むこと
り戦線の維持と継続性が保たれ,局地戦の勝敗 が必須になっていると思われる.
だけでは戦争に勝ったといえないものとなっ 筆者は今後日本のメーカーを中心にグローバ
た.皮肉にも,その重要性を発見したのは戦後 ル展開時にロジスティクスをどのようにとらえ
の日本の経営学者の指摘によるところが多い. て,それに活かしているのか,更にその意図を
日本の実業界や学会では,ビジネスにおける 持ち合わせているのか議論を進めて行きたい.
ロジスティクスを意識したのは戦後になってか
らであった.しかし軍事において戦略があり,
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