479100749507985927 講義レジュメ(第5回:10月19日)

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国際アジア研究の基礎

第5回

Tax Ideology
政策創造学部 准教授 杉浦 勉

1
講 義 の 目 的

2
講義の目的
• 講義で学ぶ学問的見地を、現実と関連づけて
より豊富化して理解する。
• 入門系の講義では、初歩的な考え方の解説と
習得に重点があり、隔靴掻痒の感あり。
• 複雑怪奇な現実を簡単に理解できるなら、誰
も苦労して学習する必要ない。
• 簡単な説明からは簡単な現実しかみえない。
例)血液型占い 星座占い

3
講義の目的
• 素振りのような基礎トレばかりでは物足りな
い学生に、少しボールを投げてみる。
• 英国における租税思想を取り上げ、現代にお
ける租税の意義と限界を確認する。
• 英国における状況を検討することで、日本に
おける影響を考える視点を提供する。
• リレー講義での位置付けとしては英国枠であ
り、同時に経済枠でもある。

4
もくじ
税金
戦争と税金
Hobbes & Locke
消費税の正当化
義務か権利か

5
税 金

6
税金
• 税金と聞いて、みなさんはこの言葉からどの
ようなイメージを思い浮かべるだろうか。
• 税金を納めることに無上の喜びを感じている
人はいるだろうか。
• もっとたくさんの税金を納めたい、まだまだ
イケるぜ!と願う人はいるだろうか。

7
税金を差し出す人

8
税金
• そんな人はいない。 はず。
• 何を買うにしても毎日のように、消費税を支
払っている。
• 毎月の給料から天引きされて、所得税を納め
ている。
• 自分の資産を子供に残そうとすると、相続税
や贈与税が頭を悩ませる。

9
税金
• 消費税、所得税、相続税のほかにも、税金に
はいろいろな種類がある。
• いずれの税に対しても、私たちが抱くイメー
ジは良いものではない。
• 仕方なく応じている、できるなら払いたくな
い、いったい何に使われているのか、など。
• 「支払う」ではなく、「とられる」と受け止
められている。 苛斂誅求

10
つらい税金

11
英国と税金
• 税金に対する否定的なイメージは、近代英国
に目を転じると、やや様子が異なる。
• もちろん、「とられる」という感覚はあり、
税に対する国民の反発が強かった。
• その一方で、税金を納める行為は、肯定的な
イメージでとらえられていた。

12
英国と税金
• 国家は王様のものではなく、市民のものであ
ると思想から、近代国家は成立した。
• Hobbes や Locke といった思想家たちは、国
家にとって税を不可欠なものと考えた。
• 市民がみずから税を負担しあわない限り、近
代国家は立ちゆかない。

13
英国と税金
• 日本の消費税をめぐる論議は、私たちの生活
に直結する問題を含んでいる。
• 嫌なものである、との感覚をいったん納め
て、税とは何かを考えたい。
• 税を検討することで、国家、経済、市民とい
う三者関係を見つめ直す。

14
税と国家
• 税は国家の経済活動を支える財源であり、税
が途絶えると国家は活動できない。
• しかし、国家は資産をもっておらず、外から資
金を調達しなければならない。
• 権力によって個人の私的財産に介入し、強制
的に税を徴収しなければならない。

15
税と国家
• 暴力や武力によって、本当に強制的に徴収す
ることもできるが、長続きはしない。
• 市民による同意に基づかない徴税は、国家に
対する反発を生み出してしまう。
• 18 世紀後半のフランス革命やアメリカ独立戦
争は、税への反発を原動力としていた。

16
戦 争 と 税 金

17
財政危機
• 17 世紀の英国では、Stuart dynasty が 30 年
戦争による財政危機に苦しんでいた。
• 臨時的な戦費は臨時税によって調達するが、
その都度、議会の同意が必要であった。
• Charles I は議会の反発を無視して、臨時税を
提案するが、議会はことごとく廃案にした。

18
Charles I of England

1600 - 1649

19
財政危機
• 国家財政が 迫して臨時税に頼る度合いが高
まると、議会側の発言力も増大した。
• 次第に議会でも、議会派と国王派に分裂し、
それが新たな戦争を引き起こしていく。
• 劣勢であった議会派が Exercise Duty ( ExD )を
導入し、一般市民への税負担が増加した。

20
財政危機
• 国王派は Customs Duty および Assessed Tax
を導入し、商業と財産への課税を拡大した。
• これらの税は、あくまで臨時的なものであっ
たが、その後も英国財政を支えていく。
• 財政危機の回避方法が、増税や新税の導入で
あることは、現代でも変わらない。

21
Glorious Revolution
• 財政基盤が整った議会派は、国王派を降伏さ
せ、Charles I を処刑した。Puritan R.
• その後、Charles Ⅱ に続いた James II は議会派
と貴族に負け、フランスに逃亡した。
• Mary II と William III が権利宣言に署名し、共
同で王位に就いた。Glorious R.

22
Mary II of England

1662 - 1694

23
Glorious Revolution
• 宣言には、国王の守るべき 13 項目の規範が列
記され、議会が国王権力を制約していく。
• 国王は議会の同意なしに法律を制定できず、
平時に常備軍を維持することは違法である。
• 税を課する権利は議会がもつことが最終的に
確定され、国王の権限は取り上げられた。

24
家産国家から租税国家へ
• 税を通じた英国革命史は、家産国家から租税
国家への国家形態の変動である。
• 国王の財産で運営する国家から、税に依存し
て財政を運営する国家へ。
• 17 世紀から 19 世紀にかけて、欧州諸国の多
くで、この移行が生じた。

25
家産国家から租税国家へ
• 軍事費の膨張と戦争体制の整備のために、王
政は運営財源を税に求めるしかなかった。
• 税による個人の私有財産に対する介入は、保
有者による同意が必要となる。
• 王政を維持するために、議会制民主主義を導
入する、という根本的な矛盾が発生する。

26
家産国家から租税国家へ
• この移行過程を Schumpeter は The crisis of
the tax state (1918) で明快に描いた。
• 王政による収入は、戦争を遂行する上での費
用と、圧倒的に乖離していた。
• House of Habsburg v.s. Ottoman Empire
6,000 250,000

27
Joseph Schumpeter

1883 - 1950

28
財政学の誕生
• 国家運営にとって税こそが最大の問題とな
り、それを支える知識体系が必要となった。
• 王室財政を私的に管理する Cameralism か
ら、経済社会を分析する Fiscal Science へ。
• 王室の財産という内部から、外部の経済全体
と財政との関係へと関心が移った。

29
Hobbes & Locke

30
税の意義
• なぜ税を負担するのか、という問いかけに、
Hobbes と Locke ( H&L )は明確に回答した。
• 税は、生命と財産の保護という2つの便益に
対する対価、である。
• 現代においては、当然のことであり、教科書
的で、目新しい論理とは思えない。

31
Thomas Hobbes

1588 - 1679

32
John Locke

1632 - 1704

33
税の意義
• H&L の業績は、国家あるいは国家の担い手の
イメージを転換したことである。
• 国家の担い手は、神ではなく、神から信託を
受けた王でもない。市民である。
• 市民は国家の従属的な存在ではなく、自ら国
家をつくる主体となった、とした。

34
税の意義
• 生命と財産の保護は、自らが国家を通じて保
障するものであると H&L は考えた。
• 国家が保護機能を果たすために、必要な経費
を税として自主的に拠出している。
• 税の設定も、税の使い途も、市民が議会で審
議して、統制する権限を獲得した。

35
税の意義
• Hobbes と Locke が提唱した税の意義は、王
政における税とは根本的に異なっている。
• 国家の在り方を問い直すなかで、受け身の税
ではなく、自主的な税として位置付けた。
• 現在でも租税理論の支柱であり、常に立ち
返って確認するべき理論である。

36
個人と国家
• 国家のイメージを転換したことで、人々は個
人として市民社会に位置付けられた。
• 自由で平等な個人を出発点として、国家をつ
くる論理は、従来にはない視点である。
• 個人が国家をつくるのであり、逆ではない。
国家が死滅しても個人は残る。

37
個人と国家
• 封建的共同体に埋没していた個人を掘り出
し、その束縛から自由にした。
• 個人と国家は、要素と全体との関係となり、
要素を足し合わせると全体となる。
• 国家を分析するためには、個人の分析が必要
となり、両者は一体的である。

38
before H & L after H & L
国家

個人 個人
国家
個人 個人
主従
個人 個人
個人 個人
共同体
個人 個人
国民

39
個人と国家
• 自由な個人がつくる国家というイメージは、
民主主義と親和性がある。
• 英国の租税理論は正統派の地位にあり、現代
においても生命力を保っている。
• 個人は、通常の消費と同じように、自らの便
益のために税を負担する。

40
専門用語一覧
• リバイアサン1651
市民政府論1690
• 王権神授説 自然権
革命権 抵抗権
• 原子論的国家論
機械論的国家論

41
消 費 税 の 正 当 化

42
税制への影響
• 市民革命、および、国家イメージの転換によ
り、税制はどのように変化したのか。
• 17 世紀半ばに導入された Exercise Duty は、
その後の英国社会で基幹税に育っていく。
• 革命による変革は英国の税制を、持続可能な
制度へと転換させたのである。

43
税制への影響
• ExD は、ビールなどの飲料、食料品などの必
需品、絹などの奢侈品、などに課された。
• 現代日本の消費税とは異なり、個々の商品に
対して異なる税率をかけていた。
• ExD は、導入後ほどなくして充分な税収をあ
げるようになっていた。

44
税制への影響
• その一方で、ExD は、私たちも実感している
ように、生活必需品を直撃している。
• いくら国家のイメージが転換したとはいえ、
税の負担が軽くなるわけではない。
• 17 世紀の英国においても、市民の不満や反発
はズブズブとくすぶり続けた。

45
アンチの人

46
税制への影響
• にもかかわらず、ExD は、当時の政治家や学
者から支持を得ていた。
• Customs Duty および Assessed Tax などの他
の税よりも、ExD を望ましいとみなした。
• ExD を正当化する論拠は、大きく分類する
と、3点にわたっていた。

47
正当化の論拠
• 第一の論拠は、貧者への負担軽減である。
• ExD は貧者に相対的に重い負担を課すことに
なるが、その弊害は回避することができる。
• 生活必需品に軽課する一方で、奢侈品に重課
することで、負担を調整した。
• 日本をはじめ、消費税を導入している諸外国
が適用している軽減税率と同じである。

48
正当化の論拠
• 第二の論拠は、課税の公平性である。
• 消費に課税することで、支払い能力である所
得に応じた課税を実現できる、とした。
• 消費水準を所得水準を測る代理指標とみなす
ことで、ExD は公平な税となる。
• 現代においても、消費税は所得比例的な税と
みなされる。こともある。

49
正当化の論拠
• 第三の論拠は、倹約の奨励である。
• 消費に課税すれば、人々は無駄なものは買わ
なくなり、浪費を抑制する、とされた。
• 節約した生活を送り、貯蓄を促進すること
で、投資しやすい環境が生じる。
• 勤労な人が税によって報われ、経済全体とし
ては生産力も拡大する。

50
正当化の論拠
• とくに第三の論拠については、生命と財産の
保護に対する対価としても正当化しうる。
• 国家による秩序維持があるなかで、経済活動
が活発になり、多くの所得がえられる。
• そうした所得の代替指標としての消費に税を
課すことは望ましいとされた。

51
消費税反対論
• 経済学の父である Adam Smith は、18 世紀の
英国を生きた研究者である。
• Smith は ExD に反対していた。消費に対する
減少効果を問題視していた。
• ExD が消費拡大を抑制するだけでなく、価格
への転嫁により生産も抑制されてしまう。

52
Adam Smith

1723 - 1790

53
消費税反対論
• 消費という代替指標ではなく、所得そのもの
に税を課すべきだと主張した。
• 浪費家は多く消費することで多く納税するこ
とになり、所得に比例した負担にならない。
• 当時は所得に課税する方法がなく、他に代替
手段がないので、ExD は生き残っている。

54
消費税反対論
• Smith の主張は、19世紀以降の所得税導入に
つながる提起内容を含んでいる。
• 所得税を公正に実施するためには、所得を正
確に把握しなければならない。
• 一方で、消費は正確に把握することが可能で
あり、税制の公正さは維持できる。

55
義 務 か 権 利 か

56
税と権利
• 税を納めることは、私たちの義務であるの
か、それとも、権利であるのか。
• 回答は容易ではなく、苦し紛れに、両方大事
である、と答えることもできる。
• 困難な問いに、17 世紀の英国は、権利である
と、明確に答えた。

57
税と権利
• 自分たち市民がつくる社会を維持していくた
めに、必要経費として負担する。
• 国家による生命と財産の保護に対する対価と
して、市民が自ら積極的に負担する。
• 権利としての税という考え方は、現代に至る
まで、租税理論の主流である。

58
税と権利
• 日本における消費税の論議について、租税思
想としての性質を認識しておくべきである。
• とにかく税を批判しておくと、人々の人気を
簡単に集めることができてしまう。
• 最終的な判断はどうあれ、感情に流されず
に、的確な論議を積み上げていく。

59
税と社会
• 英国の国家イメージは、豊かに発展した経済
的基盤によって支えられていた。
• 豊かな経済が市民社会を育て、市民が国家を
形成しているとの自覚につながった。
• 王政からの解放もあり、英国社会は自らの権
利として Exercise Duty を選択したのである。

60
税と社会
• 逆からみれば、一定の経済的余裕が社会にあ
ることが自主的な納税の前提となっている。
• 実質的な豊かさではなく、豊かであると感じ
ているかどうかが重要である。
• 税を納めることは、豊かであると感じている
と表明することでもある。

61
税と社会
• とはいえ、無い袖は振れぬ、のも事実であ
り、矜持でメシが食えるわけでもない。
• 税に対する不満は、経済社会が不安定で動揺
していることの証でもある。
• 多くの人が経済的に余裕がないと感じてる社
会であることは認識しておくべきである。

62
余裕がある社会

63
余裕がない社会

64
能力か便益か
• Adam Smith が提起した論点、消費税か所得
税か、は現代も議論が続いている。
• 支払い能力である所得に応じて課税するの
か、受け取った便益に応じて課税するのか。
• 前者を応能原則、後者を応益原則と呼び、税
を課す根拠の二大巨頭となっている。

65
能力か便益か
• 便益の対価でもあるべきであり、能力に比例
して課税するべきでもある。
• いずれの税も欠点を抱えており、いずれか単
独で完全となる税は現状では存在しない。
• それぞれの欠点を克服する取り組みは続いて
おり、現在も改革が進行中である。

66
能力か便益か
• 所得を正確に把握するためのマイナンバー制
度は、一部から猛烈に批判されている。
• 私たちが負担した消費税を正確に納税するた
めのインボイス制度も、同様である。
• どちらかが勝つ関係ではなく、お互いの利点
と欠点を補い合う関係として議論すべき。

67
もくじ
税金
戦争と税金
Hobbes & Locke
消費税の正当化
義務か権利か

68
国際アジア研究の基礎
第5回

Tax Ideology
政策創造学部 准教授 杉浦 勉

69

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