初級日本語のオンライン試験における不正行為対策

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多文化社会と言語教育 Vol.

2 March 2022

【実践報告】

初級日本語のオンライン試験における不正行為対策
Measures to Prevent Academic Dishonesty in the Online Elementary Japanese Exam

河内彩香・米谷章子・村田道明・山本そのこ・金子広幸

要 旨
2020 年度に続き、所属大学の日本語教育プログラムでは 2021 年度の春学期と秋学期も
ほぼ全面的にオンライン授業が実施された。本稿は 2020 年度に実施した教員アンケート調
査の結果から初級総合クラスの課題をまとめ、2021 年度のオンライン授業における「クイ
ズ・試験の不正行為対策」の実践を報告した。
また、教員が注意してもクイズや試験で辞書や翻訳ツールの使用が疑われる解答が見ら
れたため、2020~2021 年度の間にオンラインで初級総合クラスを受講した学習者に「公平
な評価」に関するアンケート調査を行ったところ、試験の際に辞書や翻訳ツールの使用が
許容できると回答した学習者が一定数いることが明らかになり、教員が「不正行為」だと
考える行為と学習者が考える行為とに齟齬が生じていた。事前に何が不正行為で禁止され
ているかを教員と学習者で共有する、クイズ・試験の際に時間制限を設ける、成績に占め
るクイズ・試験の配分を下げるなどの対策を示した。

キーワード:オンライン授業、初級日本語教育、授業改善、不正行為対策

1.はじめに

2020 年度は新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、世界中の多くの教育機関でオ
ンライン授業が実施された。2021 年度は対面授業が再開されつつあるものの、日本では外
国人の新規入国の停止が継続されており、依然としてオンライン授業を行っている日本語
教育機関が多い。所属大学の日本語教育プログラムも春学期、秋学期ともに対面授業を行
う方針であったが、結果的に、2021 年度もほぼ全面的に Zoom による双方向授業と学習支
援システム(Learning Management System)である Google Classroom を組み合わせたオンラ
イン教育が実施された。2020 年後半から 2021 年前半にかけて、全学的なオンライン教育
実施報告(田浦・明比・秋田・郡司他 2020、村上・浦田・根岸 2020、山本・若山・眞
鍋・ 宮本 2021)や個々の授業の実践報告が報告されたが、学習者を益する授業の追求と
オンライン教育の発展のためには、課題の考察と授業改善の継続が求められる。
本稿では、所属大学の初級総合クラスにおける授業実践を報告する。2020 年度に実施し
たオンライン日本語教育の調査(河内・村田・⾧谷川・竹山・池田 2021)をもとに、初級
レベルのオンライン教育の課題を明らかにし、2021 年度のオンライン試験の実践を報告す
る。また、学習者が何を「不正行為」だと考えたかを調査し、その実態を報告する。

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2.対象となる初級総合クラスの概要

所属大学の日本語教育プログラムには、進度の異なる初級前半総合クラスが2クラス
(以下、J1、J2 と呼ぶ)と、初級後半総合クラスが1クラス(以下、J3)設置されている。
これらは週3日授業があるセット科目で、チームティーチングで教えている。以下に
Google Classroom と Zoom を組み合わせた授業の流れと各クラスの授業概要を示す。

【図 1 Google Classroom と Zoom を組み合わせた初級総合クラスの流れ】

【表 1 初級総合クラスの概要】
初級前半 J1 初級前半 J2 初級後半 J3
学習目的 日本語で簡単なコミュニケ 日本語で基本的なコミュニ 日常生活でいろいろな活動を
ーションができるようにな ケーションができるように するために日本語のコミュニ
る なる ケーション力を高める
受講者 1
交換留学生 英語学位生、交換留学生 英語学位生、交換留学生
2 名~6 名 4 名~13 名 5 名~13 名
教科書 『大地1』(スリーエーネットワーク) 『大地2』(スリーエーネッ
1 課~14 課 1 課~22 課 トワーク)23 課~40 課
『にほんごチャレンジ N4-5 かんじ』(アスク)
Part1 1 課~6 課 Part1 1 課~Part2 4 課 Part2 5 課~Part2 20 課
授業時間数 42 コマ(1 コマ 100 分×週 3 コマ×14 週)
授業担当者 山本、河内 河内、金子、山本 米谷、河内、村田
主な 1)(J1、J2 のみ)語彙クイズ/漢字クイズ(J3 は任意選択科目「聴解・語彙・漢字」で実施)
授業構成 2) 漢字導入・練習 3) 宿題のフィードバック、前回の復習
4) 新規文法の導入・練習 5) 応用練習
評価方法 平常点 20% (パフォーマンス:10% 発話量:5% 貢献度:5%) 平常点 20%(内訳は同左)
中間試験 20% 中間試験 20%
期末試験 20% 期末試験 20%
宿題(文法選択式・文法記述式・会話課題) 20% 文法宿題(選択式・記述式) 20%
クイズ(ひらがな・カタカナ・漢字・語彙) 20% 作文課題・会話課題 20%

2020 年 4 月にオンライン授業に移行した際、海外から受講する学習者が教科書の入手に
時間を要する点が問題になった。そこで、予習用 PowerPoint(以下 PPT)を作成し、反転
授業を取り入れた2。

1
受講者数は、2020、2021 年の学期によって異なる。
2
初級前半では語彙・文法導入と漢字導入の PPT を、初級後半では漢字導入の PPT を配信している。

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3.初級レベルのオンライン授業における課題

3.1 オンライン初年度の初級授業の課題

本節では、2020 年度初級総合クラスのオンライン授業の課題を述べる。
表2は 2020 年度に日本語教育プログラム初級担当の教員5名が指摘した、初級のオンラ
イン授業におけるメリットとデメリットを示したものである。( )内の数字は言及した
初級担当教員数を表している。河内他(2021)で実施したオンライン教育のアンケート調
査結果から、初級総合クラス担当教員の「オンライン授業のメリット・デメリット」に関
する自由記述を抽出し、分類した。分類方法は河内他(2021:37,39)の表に基づいている。

【表 2 担当教員が感じた初級オンライン授業のメリットとデメリット】
オンライン授業のメリット オンライン授業のデメリット
①出席・試験 ・出席率の向上、遅刻の減少 (2) ・クイズや試験の不正行為 (3)
・場所の制約がない (2) ・学生が授業中に学習活動以外のことをして
・課題提出率がよい (1) いても把握できない (2)
・ブレイクアウトルームに入ると、ルームの
外の学生を観察できない (1)
②教材 ・教材、資料の共有が簡単 (1) ・紙の教材が配付できない (1)
・教科書の入手に時間がかかる (1)
③学習活動 ・学生がリラックス・集中している (2) ・文字指導・手書きの練習が難しい (3)
・全員が同じ距離で参加できる (1) ・手書き課題の添削に手間がかかる (2)
・課題管理が楽 (1) ・自己紹介、指示詞、存在文など場を利用し
・課題・クイズ・試験の採点・添削が た文法導入が難しい (1)
容易 (1) ・小さい表現練習が難しい (1)
・会話の練習が難しい (1)
・発音練習が難しい (1)
・クイズ時間を制限しにくい (1)
・集中・参加しない学生がいる (1)
・活動のプロセスが把握できない (1)
④コミュニケ ・(少人数で)参加者全員の表情が見える (1) ・参加者間の交流が図りにくい (2)
ーション ・学生との距離が縮まる (1) ・心的距離を縮めるのに時間がかかる (2)
・距離感
⑤時間・労力 ・感染の危険性を回避できる (2) ・準備が大変 (1)
・健康 ・通勤時間と労力の節約 (1) ・時差の問題がある学生がいる (1)
・一度準備すれば二度目以降の労力節約 (1)
⑥その他 学生・教師双方の成⾧ 機材・通信環境
・メディアリテラシーの向上 (1) ・不安定なネット環境 (2)

初級担当教員で共有されていた課題は、①出席・試験に関する「クイズや試験の不正行
為(3名)」「学生が授業中に学習活動以外のことをしていても把握できない(2名)」、③
学習活動に関する「文字指導・手書きの練習が難しい(3名)」「手書き課題の添削に手間
がかかる(2名)」、④コミュニケーション・距離感に関する「参加者間の交流が図りにく
い(2名)」「心的距離を縮めるのに時間がかかる(2名)」、⑥その他の「不安定なネット
環境(2名)」である。次節では「クイズや試験の不正行為」に焦点を当てて、授業改善の
実践を報告する。

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3.2 クイズ・試験の不正行為の可能性

初級総合クラスのクイズや試験にて不正行為が疑われた事例を紹介する(表3)。

【表 3 クイズ・試験の不正行為が疑われた事例】
選択式の語彙クイズ・試験 例1)10 分で終わる学習者が多いクイズで、20 分以上かかる学習
記述式の漢字読みクイズ・試験 者がいた。クイズ中に目線が左右に動き、不自然だった。
例2)これらのクイズ・試験では高得点の学習者が、インタビュー
試験で語彙や漢字の読みを言わせた際は答えられなかった。
記述式の短文作成 例3)未習の言葉や文法を使用しており、辞書や翻訳サイトで調べ
作文の試験 たのではないかと疑われた。
例4)2名の学習者が多くの問題で同じ解答を書き、間違いまで同
じだったため、SNS 等での連携が疑われた。
インタビュー試験 例5)質問した際や漢字を読ませた際に沈黙が続き、キーボードを
触る音が聞こえ、インターネットでの検索が疑われた。

カメラをオンにしていても手元で何をしているのかは把握できず、不正行為が疑われて
も注意しかできない。試験監督を強化しても不正行為の現場を押さえることは難しいため、
不正行為を未然に防止するクイズ・試験の実施方法を検討するしかないだろう。

4.初級レベルにおける定期試験の不正行為対策

筆者ら初級担当教員5名は、初級総合クラスにおける不正行為対策について話し合い、
2021 年度は定期試験の実施方法を見直した。クイズは変更せずに 2020 年度の方法を踏襲
した。表4は 2020 年度と 2021 年度の初級総合クラスの定期試験の変更点である。

【表 4 2021 年度の初級総合オンライン授業における定期試験の変更点】

2020 年度定期試験の実施方法 2021 年度定期試験の変更点


語彙 選択式(Google Forms)20~30 問 ①記述式(Google Forms)5~8問、制限時間内に
(J1、J2:10 分、J3:5分)ひらがなで語彙を書く
②インタビュー時にスライドでイラスト・文脈を見
せて語彙を言わせる、3~5問
漢字 書き:ヒントを見ながら手書きし、 書き:2020 年度と同じく、ヒントを見ながら書く
写真か PDF を提出、10 問 読み:インタビューでスライドを読ませる、10 問
読み:記述式(Google Forms)10 問 答える時間を与えすぎない
文法 ①選択式(Google Forms) ①選択式(Google Forms)の問題文を画像化し、設
②記述式の短文作成(Google Forms) 定可能な問題は選択肢をシャッフルした
③インタビューでの Q&A 試験方式②③は同じ
読解 選択式 ※期末試験のみ実施
作文 発表のスクリプトを書く 15 分の制限時間内に日常の出来事について書く
辞書の使用のみ許可、翻訳ツールの使用は不可、翻
訳ツール使用が疑われる場合は減点
発表 発表の文法・言葉・発音が中心 スクリプトを評価しない、聞き手への配慮を評価、
質問への答えだけでなく他の人への質問も評価
ロール 初級前半・初級後半:学習者同士の 初級前半:授業内で準備し授業外に準備させない
プレイ ロールプレイ、授業外で準備させる 初級後半:インタビュー時にロールプレイを実施

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尹(2020)もオンライン企画で述べていたが、筆者らも「時間制限により多少は不正行
為が防止できる」と考え「語彙」と「作文」は基本的な問題で時間制限のある記述式に変
更した。この変更には、絵や英語を見て日本語の動詞を選ぶ選択式の語彙クイズの実施時
に、学習者から「選択肢が全て英語になっている」と指摘があったことも影響している。
選択式は、学習者のコンピュータの設定によっては自動的に翻訳される可能性がある。
また、漢字、文法の試験と並行して、試験監督以外の教員が学習者を一人ずつブレイク
アウトルームに誘導して「漢字の読み」「語彙」「Q&A」のインタビューを実施した。
「文法」は設定可能な問題は選択肢をシャッフルした。また、受験者が Google Forms の
URL や問題文をコピー&ペーストすることによってオンラインの翻訳ツール等で解読する
恐れもあるため、問題文を画像化した。日頃の宿題の短文作成や作文では、可能な限り辞
書・翻訳ツールを使わずに既習の言葉・文法を使って産出するよう指示した。
「作文」は 2020 年度までは発表原稿を作文として評価していたが、日本語母語話者が添
削したと思われる発表原稿が見られたため、試験時に 15 分以内で日常の出来事を説明する
文章を書かせる方式に変更した。翻訳ツールを使用した箇所はある程度判断できたため、
翻訳ツールは禁止したが、辞書の使用は認めた。「発表」では、原稿は評価対象とせず、
教員が添削・助言して書き直させた。表5は「発表」の評価基準の変更点である。

【表 5 「発表」の評価基準の変更点】
2020 年度の「発表」の評価基準(各5点) 2021 年度の「発表」の評価基準(各5点)
ⅰ.声の大きさ Ⅰ.発音・アクセント・イントネーション
ⅱ.話すスピード・ポーズ Ⅱ.文法・言葉
ⅲ.発音・アクセント Ⅲ.豊かな内容
ⅳ.文法・言葉 Ⅳ.聞き手への配慮
ⅴ.豊かな内容 Ⅴ.質疑応答・ディスカッション(質問と発展)
ⅵ.発表の参加度 Ⅵ.質疑応答・ディスカッション(答えと発展)

2020 年度は音声面を重視していたが、オンラインでは声の大きさは機械的に調節できる
ので問題にならない。そして、準備した発表原稿を読むだけの学習者がいる可能性もある。
そこで、「ⅰ.声の大きさ」を削除し、「Ⅳ.聞き手への配慮」という項目を加えて「ⅱ.話
すスピード・ポーズ」やアイコンタクト、理解を助ける PPT の使用等をそこに含めた。ま
た、「ⅵ.発表の参加度」をⅤとⅥに分けてクラスメートの発表に対する質問も評価した。

例(1) A:(様々な国を旅行したいと述べた B に)どこに行きたいですか。【質問と発展】


B:私のおじいさんはペルー人なので、ペルーに行ってみたいです。【答えと発展】

内容に関連性の高い質問をすることによって、例(1)の下線部のような発表内容を深める
「答えと発展」を引き出すことが可能になり、それを聞いたクラスメートがさらに質問す
るという活発なやりとりが生まれた。発表の評価項目を変更した結果、以前よりもクラス
メートの発表を熱心に聞き、発表内容に関連した質問をする学習者が増えて、聞き手に驚
きや発見があるような回答を引き出すことができるようになった。学習者が質問者として
も積極的に参加することで、今まで以上に活動が豊かになった。

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5.学習者は何を「不正行為」と考えたか

5.1 学習者を対象とした「公平な評価」に関する調査結果

2021 年度は不正行為を防止するための工夫をしたが、それでも不正行為が疑わしい場面
が見られた。そこで、教員が考える「不正行為」と学習者が考える「不正行為」が異なる
可能性を考え、2020~2021 年度の間にオンラインで初級総合クラスを受講した学習者にア
ンケート調査を依頼し、12 名の学習者から回答が得られた。調査は Google Forms を用いて
行ったが、名前・メールアドレスを収集せず、個人を特定しないように配慮した。
最初に「宿題をするとき」「クイズを受けるとき」「試験を受けるとき」という3つの
状況で①教科書を見る、②辞書を使う、③翻訳ソフトを使う、④(SNS で)クラスメート
に答えを聞く、⑤(SNS で)日本語がわかる人に答えを聞くという5つの行為が許容でき
るか否か質問した。また、授業担当者である筆者らも同じアンケートに回答した。12 名の
学習者の結果を図2に、担当教員5名の結果を図3に示す。

宿題をするとき(学習者) クイズを受けるとき(学習者) 試験を受けるとき(学習者)

【図 2 学習者が考える「不正行為」】

宿題をするとき(教員) クイズを受けるとき(教員) 試験を受けるとき(教員)

【図 3 教員が考える「不正行為」】

教員はクイズ、試験の全項目に関して全員が「許容できない」を選択した。一方、学習
者は「クイズを受けるとき」「試験を受けるとき」の①~⑤全てに「許容できる」「どち
らかといえば許容できる」を選んだ者がおり、教員と異なる認識の学習者が見られた。ク
イズと試験とでは、試験のほうが不正行為をしにくいのではないかと思われるが、学習者
は試験のほうが①~③の行為を許容する傾向にあった。特に、②辞書の使用は約半数が

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「許容できる」「どちらかといえば許容できる」を選んだ。将来のキャリアのためにより
よい GPA(Grade Point Average)を取りたい切実な気持ちから許容する可能性もあるが、
教科書や辞書を見れば容易に解答にたどり着けるクイズとは異なり、定期試験は教科書や
辞書を見たとしても解答に結び付くとは限らないため、問題視していない可能性もある。

5.2 オンライン試験の改善に対する学習者の評価

アンケートの第2部では、以下の試験について2つの選択肢を提示し、どちらが公平な
試験だと思うかを尋ねた3。表3に示した 2021 年度オンライン試験の方式を、学習者が公
平な試験と評価するかを調べるために行った。
1)語彙試験:選択式、制限時間内に答える記述式とインタビュー
「選択式 (12 名中8名)」と「制限時間5分の記述式 (同4名)」では「選択式」を、「制
限時間5分の記述式 (2名)」と「インタビュー (8名)」では「インタビュー」を選んだ学
習者が多く、「インタビュー (6名)」と「選択式 (5名)」はほぼ同数だった。「制限時間
5分の記述式」が「公平な試験」と思われにくかった。
2)漢字読みの試験:記述式とインタビュー
「記述式 (7名)」と「インタビュー (5名)」で意見が分かれた。既習漢字を見てすぐに
読めるようになることは中級以上に進むために重要で、読み練習を強化する必要がある。
3)作文試験:制限時間 15 分の作文と時間制限のない作文
「制限時間 15 分の作文 (8名)」と「時間制限のない作文 (4名)」では「制限時間 15 分
の作文」を選んだ者が多かった。「不正行為防止のために時間制限は重要」(原文英語、
筆者訳)とコメントした学習者もいたが、文字が弱い学習者や時間をかけて考えたい学習
者には緊張感やストレスを与える。ディスレクシア等の文字認識に困難を抱える学習者が
いる可能性も念頭に置き、配慮が必要である。本実践も実際には 10 分程度延⾧した。
文法試験(選択式・穴埋め式・短文作成・インタビュー)と口頭試験(インタビュー・
ロールプレイ・発表)については、顕著な差はなかった。第2部では2つの選択肢と「ど
ちらでもない」を提示したが、「どちらも公平だ」と「どちらも公平でない」が区別でき
なかったことが反省点である。

6.考察とまとめ

本稿では、初級総合クラスにおける 2020 年度のオンライン教育の課題を記述し、「不正


行為対策」に焦点を当てて、2021 年度の授業改善の実践を報告した。
調査結果からは、教員が「不正行為」とみなす行為を許容できると回答した学習者が一
定数いることが明らかになった。特に、試験の際に辞書の使用を許容する学習者が約半数
いたことは特筆すべき点である。デジタル・ツールに囲まれて育ったデジタル・ネイティ
ブ世代の学習者は、不明な言葉があれば直ちにサイトやアプリで調べることが日常的にな
っていると思われるが、対策としては「事前に何が不正行為で禁止されているかを共有す
る」「時間制限や問題数を増やすことで調べる時間を与えない」「試験をインタビュー形
式にする」「辞書や翻訳ツールの使用を認めた試験をする」ことが挙げられる。教員と学

3
直感的に答えやすくするために「どちらでもない」という選択肢も入れた。

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習者の「不正行為」の認識が異なったことから、何が禁止された不正行為なのかを共有す
ることが重要であると言える。一方、インタビューにすると、試験時間の確保が難しく、
今以上にインタビュー試験の比率を増やすのは現実的ではない。経済学の試験で学生が解
ききれないように問題数を増やした犬飼・中村(2020)と異なり、日本語教育では学習者
の到達度を適切に評価するために全ての問題に解答できる試験が理想である。問題を増や
すより、時間制限を設ける方式が適しているのではないか。渡邊(2021)は何を参照して
もよい試験を実施したが、オンライン辞書や翻訳ツールの使用を許可した場合、コンピュ
ータやスマートフォンの使用を認めることになり、SNS による学習者間の連携が懸念され
る。よって、時間制限を設ける 2021 年度の試験改善案は妥当と言える。また、オンライン
では公平な試験の実施は不可能だと考え、試験による評価比率を下げるのも一案である。
初級前半 J1、J2 ではクイズに時間が取られ、学習活動の時間が不足する点が課題となっ
ているが、クイズも基本的な問題に絞り込み、5~10 分程度の時間制限を設けることが時
間管理、不正行為対策の両面で有効だと考える。中級・上級の漢字・文法クラスにおいて
Moodle で定期試験をした濱田(2021)は、小テストを評価の対象とせず、学生からの小テ
ストの時間が短いという声について学生の準備不足の可能性を指摘している。しかし、小
テストを評価の対象外にすることは学習動機の低下や準備不足につながるのではないか。
宿題も小テスト(クイズ)も実施するからには評価の対象に含めるべきだと考える。
今後、本プログラムでも、対面とオンラインで同時に授業を行うハイフレックス型授業
や、授業回によって対面・オンラインを組み合わせるブレンド型など、様々な授業形態を
取る可能性がある。授業形態に合わせた、よりよい評価方法を検討していきたい。

参考文献
犬飼佳吾・中村友哉(2020)「オンライン定期試験実施の実施方法に関する一考察」『明治学
院大学産業経済研究所研究所年報』37:61-69.
河内彩香・村田晶子・⾧谷川由香・竹山直子・池田幸弘(2021)「教員と学習者はオンライン
授業をどうとらえたか―Zoom と Google Classroom を併用した日本語教育―」『多文化社
会と言語教育』1:30-45.
田浦健次朗・明比英高・秋田英範・郡司彩・工藤知宏・空閑洋平・栗田佳代子・黒田裕文・三
浦紗江・中村文隆・中村宏・小川剛史・岡田和也・坂口菊恵・関谷貴之・柴山悦哉・玉造
潤史・友西大・椿本弥生・TAVARES VASQUES Diego・吉田塁(2020)「東京大学にお
けるオンライン授業の始まりと展望」『コンピュータソフトウェア』37(3):2-8.
濱田美和(2021)「遠隔日本語クラスにおける Moodle を用いたオンライン定期試験」『富山
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村上正行・浦田悠・根岸千悠(2020)「大学におけるオンライン授業の設計・実践と今後の展
望」『コンピュータ&エデュケーション』49:19-26.
山本恵・若山公威・眞鍋和弘・宮本真有(2021)「オンライン授業実施状況の調査と分析」
『名古屋外国語大学論集』8:1-75.
尹智鉉(2020)「オンライン日本語授業をはじめよう:Instructional Design(ID)と遠隔教育の理
論からのヒントとガイド」第1回オンライン企画『オンライン日本語授業をはじめよう』
発表資料(2020 年 4 月 13、14 日開催)
渡邊正明(2021)「オンラインによる大学英語授業実践報告」『東京情報大学研究論集』
25(1):29-42.

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