小川未明 ある日の先生と子供

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2021/1/31 小川未明 ある日の先生と子供

ある日の先生と子供
小川未明

さむ ひ ゆび はな あたま あか さむ
それは、寒い日でありました。指のさきも、鼻の 頭 も、赤くなるような寒い
ひ よしお あさはや お
日でありました。吉 雄は、いつものように、朝 早くから起きました。
かあ さむ ひ ふる
「お母さん、寒い日ですね。」と、ごあいさつをして震えていました。
ひばち ひ かあ
「火 鉢に、火がとってあるから、おあたんなさい。」と、お母さんは、もう、
あさ はん したく
朝のご飯の支 度をしながらいわれました。
よしお ひばち まえ て あたた いえ そと かぜ ふ
吉 雄は、火 鉢の前にいって、すわって手を 暖 めました。家の外には、風が吹
ゆき うえ こお
いていました。そして雪の上は凍っていました。
あつ しる はん た からだ かあ
「いま、熱いお汁でご飯を食べると、 体 があたたかくなりますよ。」と、お母
さんは、いわれました。
はん よしお ぜん む はん しる
そのうちに、ご飯になって、吉 雄は、お膳に向かい、あたたかなご飯とお汁
あさはん た
で、朝 飯を食べたのであります。
ばんちゃ で あつ ちゃ の からだ
「番 茶がよく出たから、熱いお茶を飲んでいらっしゃい。 体 が、あたたかに
かあ よしお はん お
なるから。」と、お母さんは、吉 雄の、ご飯が終わるころにいわれました。
よしお かあ
吉 雄は、お母さんのいわれたように、いたしました。すると、ちょうど、
きしゃ きかんしゃ せきたん からだ きゅう げんき
汽 車の汽 罐 車に石 炭をいれたように、 体 じゅうがあたたまって、 急 に元 気

が出てきたのであります。
よしお がっこう まえ か
吉 雄は、学 校へゆく前には、かならず、かわいがって飼っておいたやまがら
えさ みず おこた
に、餌をやり、水をやることを 怠 りませんでした。
よる うち さむ まいばん うえ
夜の中は、寒いので、毎 晩、やまがらのかごには、上からふろしきをかけて
がっこう じぶん と
やりました。そして、学 校へゆく時 分に、そのふろしきを取ってやったので
す。

ひ よしお の だ
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その日も、吉 雄は、いつものごとくふろしきを除けて、かごを出してやりま
えさ みず か とり とぐち はしら
した。そして、餌をやり、水を換えてやってから、鳥かごを、戸 口の 柱 にかけ
てやりました。
たいよう はや とり
太 陽が、いちばん早く、ここにかけてある鳥かごにさしたからであります。
さむ とり からだ
けれども、あまり寒いので、鳥は、すくんで、 体 をふくらましていました。や
たいよう うえ じぶん げんき だ と
がて、太 陽が、かごの上をさす時 分には、元 気を出して、あちらに止まり、こ
と う
ちらに止まって、そして、もんどり打ってよくさえずるでありましょうが、い

まは、そんなようすも見られませんでした。
とり じぶん よしお がっこう きょうしつ
しかし、鳥がそうする時 分は、吉 雄は、学 校へいってしまって、 教 室には
せんせい しゅうしん さんじゅつ おそ
いって、先 生から、お 修 身や、 算 術を教わっているころなのでありまし
た。
とお たこ おと き かぜ
どこか、遠いところで、凧のうなる音が聞こえていました。そして、風が、
き いただき ふ かぜ なか
すさまじく、すぎの木の 頂 を吹いています。その風は、また、かごの中のや
あたま ほそ ちい け なみだ
まがらの 頭 の細い小さな毛をも波 立てました。すると、やまがらは、ますます
からだ
まりのように、 体 をふくらませたのであります。
よしお あいだ えさ みず こお み
吉 雄は、こうしている 間 に、餌ちょくの水が凍ってしまったのを見ました。
かれ あたら みず か こお
彼は、また 新 しい水を換えてやりました。凍ってしまっては、やまがらが、
みず の こま おも
水を飲むのに、困るだろうと思ったからです。
よしお かあ
このとき、ふと、吉 雄は、さっきお母さんがおいいなされたことから、
ゆ からだ げんき
「やまがらにも、あたたかなお湯をいれてやったら、 体 があたたまって、元 気
で おも かれ えさ なか
が出るだろう。」と、思いつきました。そこで、彼は、こんど餌ちょくの中

に、お湯をいれてきてやりました。
ゆ からだ よしお む
「さあ、お湯をのむと、 体 があたたかになるよ。」と、吉 雄は、やまがらに向
かっていいました。
ふしぎ えさ た ゆげ
やまがらは、くびをかしげて、不思議そうに、餌ちょくから立ちのぼる湯気
よしお み あいだ ゆ の
をながめていました。そして、吉 雄が、そこに見ている 間 は、まだお湯をば飲
みませんでした。
よしお がっこう おも
吉 雄は、学 校へゆくのが、おくれてはならないと思って、やがて、かばんを
かた べんとう さ で
肩にかけ、弁 当を下げて出かけました。

よしお がっこう とも はな じぶん きょう


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吉 雄は、学 校へいってから、友だちといろいろ話したときに、自 分は今 日


まえ ゆ はな
くる前に、やまがらにお湯をやってきたということを話しました。
とも かお
すると、その友だちは、たまげた顔つきをして、
きみ ゆ の し
「君、やまがらはお湯など、飲ませると、死んでしまうぞ。」といいました。
さむ ゆ の からだ
「だって、寒いじゃないか。お湯を飲むと、 体 があたたまっていいのだよ。」
よしお
と、吉 雄はいいました。
ゆ し きみ きんぎょ ゆ なか し
「お湯なんかやれば死んでしまう。君、金 魚だって、お湯の中へいれれば死ん
あいて しょうねん
でしまうだろう?」と、相 手の 少 年は、いいました。
よしお おも さむ きんぎょ ゆ なか
吉 雄は、なるほどと思いました。いくら寒くたって、金 魚をお湯の中にいれ
みず きんぎょ い
ることはできない。そのかわり、たとえ水がこおっても、金 魚は、生きている
おも
ことを、思ったのであります。
よしお おも だいじ
吉 雄は、たいへんなことをしたと思いました。大 事にして、かわいがってい
じぶん かんが ちが ころ と
たやまがらを、自 分の 考 え違いから、殺してしまっては取りかえしがつかない
おも ゆ
と思いました。けれど、どうしてもやまがらにお湯をやったことを、まだ、ま
わる おも きんぎょ ばあい
ったく、悪いことをしたとは思われませんでした。なんとなく、金 魚の場 合と
ちが き うたが せんせい き
は、異ったような気もして、 疑 われましたので、先 生に聞いてみることにい
たしました。
よしお ねんせい ねん かれ せんせい
吉 雄は、一年 生で、もうじき二年になるのでした。彼は、先 生のいなさる
ところへゆきました。
せんせい ゆ し
「先 生、やまがらにお湯をやっても、死にませんでしょうか!」といって、
よしお せんせい き
吉 雄は先 生に聞きました。
ことり ゆ う も せんせい
「小 鳥に、お湯なんかやるものはない。」と、受け持ちの先 生はいわれまし
た。
う も せんせい となり こし
すると、このとき、受け持ちの先 生の 隣 に、腰をかけていた、やさしそう
おとこ せんせい
な、やはり 男 の先 生がありました。
よしお せんせい せんせい し
吉 雄は、その先 生をなんという先 生だか知りませんでした。
せんせい よしお かお み わら
やさしそうな先 生は吉 雄の顔を見て、笑っていられました。そして、
ゆ ゆ き
「やまがらにお湯をやったんですか? どうしてお湯をやったのです。」と聞
かれました。

さむ ゆ の からだ
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「あまり、寒いものですから、お湯を飲んで 体 があたたかになるように、やっ
よしお わる こた
たのです。」と、吉 雄はきまり悪げに答えました。
せんせい う も せんせい かお あ
「おもしろい。」といって、やさしそうな先 生は、受け持ちの先 生と顔を合
わら よしお いみ
わして笑われました。吉 雄には、どうしておもしろいのか、その意味がわかり
ませんでした。
ことり にんげん ゆ の からだ
「小 鳥は、人 間とちがって、お湯を飲んだからって、 体 があたたまるもので
う も せんせい
はない。」と、受け持ちの先 生はいわれました。
よしお にんげん ことり ちが いみ
吉 雄は、どうして、人 間と小 鳥とは、そう異うのだろう。やはりその意味が
わかりませんでした。
せんせい よしお ほう む
このとき、やさしそうな先 生は、吉 雄の方を向いて、
ことり やま なか たに はやし あいだ さむ
「小 鳥は、山の中や、谷や、 林 の 間 にすんでいるのです。そして、どんな寒
そと ねむ う ゆ の そだ
いときでも、外に眠っています。生まれたときから、お湯を飲むように育てら
さむ みず の へいき さむ くに
れてはいません。ですから、寒いことも、水を飲むことも平 気です。寒い国に
う ことり こども じぶん さむ な しんぱい
生まれた小 鳥は、もう子 供の時 分から、寒さに慣れています。あなたの心 配
さむ おどろ
なさるように、寒さに 驚 きはしません。」といわれました。
よしお こころ
吉 雄は、なるほどと 心 に、うなずきました。
せんせい
また、先 生は、
とり けもの ひ や みず わ し
「鳥や、 獣 は、火でものを焼いたり、水を沸かしたりすることは、知っていま
ひ に みず わ にんげん
せん。火でものを煮たり、水を沸かしたりするものは、人 間ばかりであります
よ。」といわれました。
よしお き せんせい
吉 雄は、なにもかもよくわかったような気がしました。そして、先 生たちの
しつ で あたま なか しんぱい
いなさる室から出ました。けれど、やはり 頭 の中に、心 配がありました。
じぶん ゆ の した や かれ おも
「やまがらが、いま時 分 湯を飲んで、舌を焼いてしまわないか。」と、彼は思
いました。
した や くる
もし、舌を焼いてしまったら、きっといまごろは、やまがらは、苦しんで、
し おも かれ き き
死んでしまったかもしれない。こう思うと、彼は、気が気でなかったのであり
ます。
よしお ふあん しゅうしん じかん じかん す やす
吉 雄は不 安のうちに、 修 身の時 間を、一時 間 過ごしました。そして、休み
じかん かれ せんせい と こた
時 間になったときに、彼は、いつも、はっきりと先 生に、問われたことを答え
おだ む
る、小田に向かって、
ぼく ゆ よしお
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ぼく ゆ よしお
「やまがらに、僕は、お湯をやったんだよ。」と、吉 雄はいいました。
ゆ おだ め まる と
「お湯をやったのかい。」と、小田は、目を円くして問いました。
ゆ の した や よしお おだ
「やまがらが、お湯を飲んだら、舌を焼くだろうかね。」と、吉 雄は、小田に
たずねました。
ゆ の した や
「お湯を飲めば、舌を焼くさ。」

「死ぬだろうね?」

「ああ、死ぬかもしれないよ。」
よしお きょうしつ
吉 雄は、もう、じっとしていることができませんでした。さっそく、 教 室
にもつ も かえ じたく
へはいって、荷 物を持って帰り支 度をしました。
きみ うち かえ おだ
「君、家へ帰るの?」と、小田が、そばにきてたずねました。
ぼく うち かえ ゆ みず か
「ああ、僕、家へ帰って、やまがらにお湯をやったのを、水に換えてくるよ。
の よしお
しかし、もう飲んでしまったら、たいへんだね。」と、吉 雄は、いいました。
め おだ よしお なぐさ
すると、りこうそうな、目のぱっちりした小田は、吉 雄を 慰 めるように、
きみ の じぶん ゆ
「君、もう飲んでしまったらしかたがない。そして、いま時 分は、お湯は、こ
さむ みず かえ
んなに寒いんだもの、水になっているよ。帰ってもしかたがないだろう。」と
いいました。
よしお おも かえ
吉 雄は、なるほどと思いました。そして、帰るのをやめました。
はなし う も せんせい せんせい
この 話 を、だれか受け持ちの先 生に、したものがあります。すると、先 生
まえ
は、みんなの前で、
おだ あたま ゆ
「小田のいうことはよくわかる。 頭 がいいからだ。そして、いつまでもお湯
おも ゆ あたま
が、あついと思ったり、やまがらに、お湯をやるようなものは、 頭 がよくない
からだ。」といわれました。
よしお かお ま か は おも
このとき、吉 雄は、顔を真っ赤にして、どんなにか恥ずかしい思いをしなけ
ればなりませんでした。
う も せんせい ただ
しかし、受け持ちの先 生のいったことは、かならずしも正しくなかったこと
のち よしお ゆうめい がくしゃ
は、ずっと後になってから、吉 雄が有 名なすぐれた学 者になったのでわかり
ました。

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底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社
1977(昭和52)年2月10日第1刷発行
1977(昭和52)年C第2刷発行
初出:「童話」
1924(大正13)年1月
ひ せんせい こども
※表題は底本では、「ある日の先 生と子 供」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:富田倫生
2012年1月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫
(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったの
は、ボランティアの皆さんです。

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。

●図書カード

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