小川未明 酒倉

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2021/1/27 小川未明 酒倉

酒倉
小川未明

+目次

こう おつ くに とな あ せんそう
甲と乙の二つの国は、隣り合っているところから、よく戦 争をいたしまし
た。
せんそう こう くに おつ くに やぶ おつ ぐんぜい
あるときの戦 争に、甲の国は乙の国に破られて、乙の軍 勢は、どしどし
こっきょう こ こう くに はい こう たいしょう せいとう ちから
国 境を越えて、甲の国に入ってきました。甲の 大 将は、とても正 当の 力
おつ ぐんぜい ふせ こうさん おも
では乙の軍 勢を防ぐことができない、そうして降 参しなければならないと思
さくりゃく めぐ おつ へいたい たいしょう ころ
いましたから、これはなにか 策 略を巡らして、乙の兵 隊や、 大 将どもを殺
かんが
してしまわなければならぬと 考 えたのであります。
おつ ぐんぜい こう ちい まち せんりょう こう たいしょう
そこで、乙の軍 勢が、甲のある小さな町を 占 領したときに、甲の 大 将
まち しょくもつ や はら さけ みず のこ
は、すっかりその町の 食 物を焼き払って、ただ、酒と水ばかりを残しておき
さけ みず どく い
ました。そうして、その酒と水には、ことごとく毒を入れておきました。
たいしょう てき はら へ かわ
大 将は、敵がきっと腹を減らして、のどを渇かしてくるにちがいない。その
しょくもつ さけ の みず の おも
とき、 食 物がないから、きっと酒を飲み、水を飲むにちがいないと思ったの
まち に
です。そうして、この町から逃げてゆきました。
おつ ぐんぜい いきお まち せんりょう
はたして、乙の軍 勢はえらい 勢 いでこの町を 占 領しましたけれど、
しょくもつ はら す かわ
食 物がありません。みんなは腹が空いてのどが渇きますものですから、
たいしょう へいし さけ の みず の
大 将はじめ兵 士は、いずれも酒を飲み、水をがぶがぶ飲んだのであります。
きゅう はら いた くる
すると、 急 に腹が痛みだしてきて、みんなは苦しみはじめました。そうして、
とき うつ たお し
時を移さずにごろごろと倒れて死んでしまいました。
み こう くに たいしょう おも
はるかに、このようすを見ていました甲の国の 大 将は、このときだと思い
ま へいし ゆうき ぎゃくしゅう よわ おつ くに
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ゆ く ゅ わ く
ました。負けた兵 士を勇 気づけて 逆 襲 をいたし、さんざんに弱った乙の国
ぐんぜい やぶ
の軍 勢を破りました。
おも さき おつ ぐんぜい ま たいきゃく こんど
思わぬことにほこ先をくじいた乙の軍 勢は敗けて 退 却いたしますと、今 度
こう ぐんぜい きゅう いきお も かえ に おつ ぐんぜい お
は甲の軍 勢は 急 に 勢 いを盛り返して、逃げる乙の軍 勢を追ってゆきまし
た。
おつ ぐんぜい こっきょう こ くに に かえ せんそう
いつしか乙の軍 勢は 国 境を越えてわが国に逃げ帰り、とうとうこの戦 争
こう しょうり き こう くに たいしょう きりゃく もち
は、甲の勝 利に帰してしまいました。そうして、甲の国の 大 将が奇 略を用
せんそう か たいしょう ひとびと
いたから戦 争に勝ったというので、たいそうその 大 将は人 々にほめられま
した。
へいわ やぶ こく せんそう はじ
けれど、平 和はただちに破れて、また二国は戦 争を始めました。

こんど こう くに か ぐんぜい こっきょう こ おつ くに


今 度は甲の国が勝ちつづけて、その軍 勢は、 国 境を越えて乙の国へ
しんにゅう
侵 入したのであります。
ひ こう ぐんぜい おつ くに むら せんりょう むら
ある日のこと、甲の軍 勢は乙の国のある村を 占 領いたしました。その村の
ひとびと に むら ひとかげ み
人 々は、すでにどこへか逃げてしまって、村にはまったく人 影が見えなかっ
いえ うしな いぬ へん すがた み
たのです。たまたま家を 失 った犬がその辺をうろついている 姿 を見ますばか
ぶた にわとり うま うし み むらびと に
りで、豚も、 鶏 も、馬も、牛も見なかったのであります。それは、村 人が逃
てき わた お つ ころ や す
げるときに敵に渡すのを惜しんで連れていったり、また殺して焼き捨ててしま
ったりしたのであります。
こう くに たいしょう ひ き むら なか み
甲の国の 大 将は、このさびしい火の消えたような村の中を見まわりまし
た もの かく おも
た。どこかに食べ物が隠してないかと思ったのであります。けれどどこにも、
しょくりょうひん たいしょう ほほえ こころ うち
食 糧 品 がなかったのです。 大 将は微 笑みました。そうして 心 の中でい
ったのです。
てき こま さくりゃく
「ははあ、これは、いつかおれが敵を困らしてやった 策 略をそのまま、おれ
あ み ある
に当てはめようとするのだな。ばかなやつらめ。」と、見まわって歩きまし
た。
くさはら なか ひとり しょうねん たいよう ひかり
すると、草 原の中に、ただ一 人の 少 年がすわっていました。太 陽の 光
しょうねん あたま あつ て
は、その 少 年の 頭 を熱そうに照らしています。
たいしょう しょうねん こえ
「おまえは、そこでなにをしているのだ。」と、 大 将は 少 年に声をかけま
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した。
わたし に
「 私 は、びっこです。みんなといっしょに逃げることができませんから、し
こた
かたなくこうしています。」と答えました。
いど さかぐら どく い し
「おまえは、どの井戸や、酒 倉に毒を入れたか知っているにちがいない。それ
おし おし しょうち たいしょう
を教えればよし、教えないと承 知をしないぞ。」と、 大 将はいいました。
しょうねん むら げん さかぐら どく はい どく はい
少 年は、この村の三軒の酒 倉だけには毒が入っているが、ほかは毒が入っ
つ き たいしょう かんが
ていないと告げました。これを聞いた 大 将は 考 えていましたが、やがてみん
めいれい くだ
なに命 令を下して、
げん さかぐら さけ の どく はい
「みんなは三軒の酒 倉の酒を飲め、そのほかは、どれも毒が入っているぞ。」
さけ へいし あらそ げん さかぐら と こ
と叫びました。兵 士たちは 争 って、その三軒の酒 倉へ飛び込みました。
たいしょう さけ の ひとりのこ し
大 将もいって酒を飲みました。そして一 人 残らず死んでしまいました。
しょうねん
少 年は、うそはいわなかったのであります。

底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社
1976(昭和51)年11月10日第1刷
1977(昭和52)年C第3刷
初出:「読売新聞」
1918(大正7)年10月24日~25日
さかぐら
※表題は底本では、「酒 倉」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:江村秀之
2013年9月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫
(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったの
は、ボランティアの皆さんです。

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。


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●図書カード

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