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2021/1/29 小川未明 母犬

母犬
小川未明

お おお めすいぬ ぜんしん
どこから、追われてきたのか、あまり大きくない雌 犬がありました。全 身
け くろ かお しろ に かたち
の毛が黒く、顔だけが白くて、きつねかさるに似て、 形 は、かわいげがないと
きみわる き こども
いうよりは、なんだか気味悪い気がしたのであります。だから子 供たちは、こ
いぬ み いし ひろ な お
の犬を見ると、石を拾って投げつけたり、なにもしないのに、追いかけたりし
いぬ ひと かお み に
ました。犬はますますおどおどとして、人の顔を見れば逃げるようになりまし
た。
いぬ
ペスやポチは、みんなからかわいがられているのに、なぜ、この犬だけ、み
とし いぬ み かんが
んなからきらわれるのだろうかと、敏ちゃんは、ふと、犬を見たときに 考 えた
じぶん いぬ かんが
のでした。自 分だって、このあわれな犬をいじめたことがあるのですが、 考 え

ると、わるいことをしたような気がしたのでした。
ぼく いぬ とし
「こんどから、僕は、もう、あの犬をいじめないことにしよう。」と、敏ちゃ
おも
んは、思いました。
ぐうぜん ひ とし かって かお
ところが、偶 然にも、ある日、敏ちゃんのうちのお勝 手もとへ、その顔だけ
しろ いぬ
白い犬がやってきてのぞきました。よほど、おなかがすいていたとみえて、な
にかたべるものをさがしていることがわかりました。
きみ いぬ じょちゅう みず
「まあ、なんて、気味のわるい犬でしょう。」と、 女 中がいって、水をかけ
とし
ようとしたのを敏ちゃんは、やめさせました。そして、
いぬ む おく はい さくや た のこ
「まっておいで!」と、犬に向かっていいながら、奥へ入って、昨 夜、食べ残

してあったパンを持ってきました。
かた いぬ
パンは、もう堅くなっていましたが、このおなかのすいた犬にとっては、ど
いぬ とし
んなにかおいしいごちそうであったでしょう。犬は、敏ちゃんの、しんせつに

ことば ま
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2021/1/29 小川未明 母犬

いってくれた言 葉がわかったようにじっとして、待っていました。
とし ひとき いぬ な
「さあ。」と、いって、敏ちゃんはパンの一 切れを犬に投げてやりました。
いぬ よろこ た おも くち
犬は、 喜 んで食べると思いのほか、それを口にくわえると、あわただしく、

逃げていってしまいました。
ぼっ いぬ
「それごらんなさい、坊ちゃん、まあ、なんて、にくらしい犬でしょう?」
じょちゅう
と、 女 中は、あきれました。
いぬ とし いぬ
「ほんとうに、やな犬だね。」と、敏ちゃんもあんな犬に、なにもやらなけれ
いぬ
ばよかった、ああいう犬だから、みんなに、いじめられてもしかたがないのだ
かんが お
という 考 えが起こったのであります。
とし
「もう、きたって、なんにもやるものか。」と、敏ちゃんはいいました。
ひ とし がっこう かえ いぬ
ある日、敏ちゃんは、学 校から帰りに、この犬が、やはりなにかくわえて、
はら ばやし なか み
わきめもふらずに原っぱをかけて、あちらのすぎ 林 の中へゆくのを見ました。
とし おも
「どこへゆくのだろうか。」と、敏ちゃんは、思いました。
はやし なか いぬ ごえ
このとき、 林 の中から、ワン、ワンという、犬のなき声がきこえてきまし
とし いぬ お おも
た。敏ちゃんは、きっと犬どうしのけんかが起こったのだろうと思いましたか
き だ はやし ちか
ら、すぐいってみる気になってかけ出しました。そして、 林 に近づくと、そっ
なか
と中のようすをうかがいました。
ひき こいぬ ははいぬ
すると、どうでしょう、そこには二匹の小 犬がいて、いま母 犬のもってきて
さかな ほね あらそ ちい お よろこ
くれた、 魚 の骨を 争 いながら、小さな尾をぴちぴちとふって 喜 んでたべてい
るのでした。
じぶん こいぬ も
「あ、わかった! このあいだのパンも、自 分がたべずに、小 犬のところへ持
とし し
っていったのだ。」と、敏ちゃんは知りました。
ははいぬ じぶん こども み まんぞく
母 犬は、自 分がたべずに、子 供のたべるのを見て、さも満 足しているよう
あいだ はやし そと ほう き
でしたが、この 間 にも、たえず、 林 の外の方へ気をくばって、もしや、どこ
てき ちゅうい おこた
からか敵がおそってきはしないかと、注 意を 怠 りませんでした。
とし み ははいぬ こども たい あいじょう にんげん
敏ちゃんは、これを見て、母 犬の子 供に対するやさしい 愛 情は、人 間の
かあ こども たい か かんしん
お母さんが、子 供に対するのと、すこしも変わりのないのに、ひどく感 心しま
した。
とし へいわ いぬ
敏ちゃんは、この平 和な犬たちをおどろかしてはならないと、そっと、その
はやし
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はやし
林 からはなれました。
とし くろいぬ こころ あい
それから、敏ちゃんは、この黒 犬を 心 から愛するようになりました。ほか
こども いぬ み いし な とし
の子 供らが、この犬を見て石を投げようとすると、敏ちゃんはやめさせまし
た。
きみ いぬ かんしん じぶん み はな
「君、この犬は感 心なんだよ。」と、自 分の見たことを、話しました。これ
こども
をきくと、ほかの子 供たちも、
いぬ かんしん
「りこうな、いい犬だね。」と、感 心しました。
こども いぬ とし うち じょちゅう
もう、子 供たちは、この犬をいじめなくなりました。敏ちゃんの家の 女 中
とし はなし かんしん のち
も敏ちゃんから 話 をきいて、感 心して、その後、ペスやポチにやらなくて
さかな ほね やどな いぬ
も、 魚 の骨などを、この宿 無しの、かわいそうな犬のくるまでとっておいてや
りました。
こども じょちゅう どうじょう
「子 供があって、どんなにおなかが、すくでしょう。」と、 女 中は、 同 情
しました。

底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
1977(昭和52)年8月10日第1刷
1983(昭和58)年1月19日第6刷
ははいぬ
※表題は底本では、「母 犬」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫
(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったの
は、ボランティアの皆さんです。

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。

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●図書カード

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