小川未明 ものぐさなきつね

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2021/1/29 小川未明 ものぐさなきつね

ものぐさなきつね
小川未明

+目次

ほし まいよ おおぞら かがや げかい て


星は、毎 夜さびしい大 空に 輝 いていました。そして下 界を照らしていまし
ほし み ほし
たけれど、だれも星を見てなぐさめてくれるものとてなかったのです。星は、
たよ おも
それを頼りないことに思っていました。
にわとり あさはや お くろ ひとみ なか ほしかげ うつ
鶏 が、朝 早く起きて、そのりこうそうな黒い 瞳 の中に、星 影を映して、
いさ な ほし まいよまいよ おと のはら くろ
勇んで鳴いてくれなかったならば、星は、毎 夜 毎 夜、音もない野 原や、黒い
むら しろ きり はやし みず うえ て
村や、白く霧のかかった 林 や、ものすごい水の上を照らしていることが、もう
あ あ
飽き飽きして、まったくいやになってしまったにちがいありません。
わかわか にわとり よろこ な ごえ き ほし なが
けれど、若 々しい 鶏 の 喜 ばしそうな鳴き声を聞くと、星は、すべての長
よる あいだ ものう わす にわとり
い夜の 間 の物 憂かったことなどを忘れてしまいます。そうして、つい 鶏 の
あいそう ひ こ ひ のぼ あさ あいだ たの おく
愛 想のいいのに引き込まれて、いっしょに日の上らない朝の 間 を楽しく送る
のでありました。
たいよう ひがし そら のぼ にわとり わか つ
そのうちに太 陽が 東 の空を上ると、もはや 鶏 に別れを告げなければなり
ほし なごり お にし そら ぼっ
ません。星はさも名 残 惜しそうにして、西の空に没してゆくのでありました。
にわとり な
すると 鶏 も、もう鳴くのをやめてしまいます。
ほし にわとり なか ほし だま
こんなふうにして、星と 鶏 とはたいそう仲がよかったのです。星の黙っ
はなし にわとり あたま かたむ き
て、ぴかぴかとしてお 話 をするのを、 鶏 は 頭 を 傾 けて聞いていました。そ
にわとり ほし にわとり な
して 鶏 だけには、星のものをいうことがよくわかりました。また、 鶏 の鳴
はな ほし
いていろいろなことを話すのも、星にはよくわかりました。
うし うま ねむ わたし お にわとり おお
「まだ牛も馬も眠っています。 私 だけが起きたのです。」と、 鶏 は、大きな
こえ だ さけ
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2021/1/29 小川未明 ものぐさなきつね

声を出して叫びます。またつぎに、
うち ひと お かって おと
「いま、ようやく家の人たちは起きました。そして、勝 手もとでガタガタ音を
ひ つ うらぐち ほう で
させています。いま、ろうそくに火を点けて、裏 口の方へ出てゆきます。きっ
うま にわとり つ
と馬にまぐさをやるのでしょう。」と、 鶏 は告げていました。

まいあさ ほし よる あいだ み ふしぎ にわとり し


かくして、毎 朝、星は夜の 間 に見た不思議なことを 鶏 に知らせ、また
にわとり むら なか ほし し はる あき
鶏 は、村の中のできごとを星に知らせて、たがいに春から秋になるまで、
なが あいだ なか とも ほし ことば
長い 間 、仲のいい友だちであったのです。星がしめやかな言 葉つきで、
さむ かぜ とお もり なか さわ にわとり つ
「いま、寒い風が、あちらの遠い森の中で騒いでいる。」と、 鶏 に告げます
にわとり からだ まる
と、 鶏 は、うなだれて 体 じゅうを円くしてちぢむのでした。
にわとり わたし まいばんまも ほし
「しかし、 鶏 さん、 私 はおまえさんを毎 晩 守ってあげますよ。」と、星は
いったのです。
ふゆ ゆき ち うえ つ にわとり こや なか お い
冬になって、雪が地の上に積もると、 鶏 は小舎の中に押し入れられてしま
そと で ゆる
いました。そして外へ出ることを許されませんでした。
あわ にわとり こや なか たいくつ
哀れな 鶏 は、小舎の中にいて、どんなに怠 屈をしたでしょう。ただじっと
みみ き やみ なか くる かぜ ゆき おと
していて、耳に聞くものは闇の中に狂う風と雪の音ばかりでありました。
はや はる つち ふ やさ こがねいろ
「ああ、早く春になって、土を踏みたいもんだ。そして、あの優しい黄 金 色に
かがや ほし ひかり み はる なる あき なが あいだ わたし
輝 く星の 光 を見たいものだ。春、夏、秋、なんという長い 間 、 私 たちはま
ほし はなし たの にわとり おも
た星とお 話 することができるだろう。楽しいことだ。」と、 鶏 は思いまし
た。
ほし まいよかぎ ゆき こうや て み
星はまた、毎 夜 限りない、しんとした雪の広 野を照らしていました。ただ見
しろ ゆき くろ もり やま なが め はい
るものは白い雪ばかりでした。そしてたまたま黒い森や、山や、流れが目に入
はなし なま
りましても、なにひとつおもしろい 話 をするではありません。そのほか、怠け
けもの わる どうぶつ じぶん む はなし
ものの獣 物や、いじ悪い動 物はありましたが、自 分に向かってやさしく 話 を
にわとり とも ほし にわとり おも だ
する、あの 鶏 のような友だちはなかったのです。星は 鶏 のことを思い出し
はや はる にわとり こや で そら の
ていました。そして早く春になって、 鶏 が小舎から出て、空にくびを伸ばし
はな ひ ま
て話しかける日になるのを待っていました。

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さむ よる やま やま えさ
寒い夜のことでした。山にすんでいるきつねはもう山には餌がなかったの
さと で さが のはら うえ ある むら
で、里へ出てなにか探してこようと野 原の上を歩いてきました。きつねは村へ
にわとり こや おそ おも
いって 鶏 の小舎を襲おうと思っていたのです。
さむ そら む ふと いき
「おお、寒い。」と、きつねはつぶやいて、空を向いて、太い息をしました。
さむ ほし
「この寒いのに、どこへゆくのですか?」と、星はたずねました。
やま た さと にわとり と おも
「山に食べるものがなかったから、里へいって 鶏 でも捕ってこようと思うの
だ。」と、きつねはめんどうくさそうにいいました。
ほし とし こうかつ
星は、びっくりしました。しかし、きつねは、なかなか年をとっていて狡 猾
ほし おも
でありましたから、星はちょっとだますことはできないと思いました。
こんや かりゅうど ね ばん ほし
「今 夜あたり、 狩 人が寝ずに番をしているかもしれない。」と、星はささや
きました。
き わら
きつねは、これを聞いてせせら笑いをしました。
かりゅうど にわとり ばん
「なんで 狩 人が、 鶏 の番などをしているものか。」といいました。
にわとりごや あ ば し ほし
「おまえさんは、鶏 小 舎の在り場を知っているのですか。」と、星はきつね

に問いました。
むら なか こた
「なに、村の中をうろついてみればすぐわかることだ。」と、きつねは答えま
した。
ほし め わら
星は、目もとに笑いをたたえて、
かりゅうど う
「そんなことをして、うろついていると、 狩 人に撃たれてしまいますよ。そ
ま にわとり な じぶん
れよりここに、もうしばらく待っておいでなさい。やがて 鶏 が鳴く時 分で
こや み しんぼう かんじん
す。そうしたら、じきにその小舎を見つけることができます。辛 棒が肝 心で
ほし さと
す。」と、星は諭すようにいいました。
むら ほう み
「そうしようか。」と、ものぐさなきつねは村の方を見て、そうすることにし
みみ す よ ゆき ふ
ました。そしてじっと耳を澄ましていました。その夜は雪こそ降らなかった
さむ よる がまん
が、いつにない寒い夜でありました。きつねはもう、なんとも我 慢をすること
ができなくなりました。
はや にわとり な おも まぢか くろ もり
「早く、 鶏 め鳴かないかなあ。」と思っていますうちに、間 近の黒い森の
ほう いぬ こえ き
方で、犬のなく声が聞こえました。きつねは、びっくりしました。
わたし かりゅうど いぬ
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2021/1/29 小川未明 ものぐさなきつね
わたし かりゅうど いぬ
「そら、きつねさん、 私 のいわないことではありません。 狩 人の犬です
ほし
よ。」と、星はいいました。
た お ゆき うえ こご
きつねは、あわてて起とうとしましたが、尾が雪の上に凍えついてしまっ
と おも いた ひ はな
て、どうしても取れませんでした。やっとの思いで、痛いめをして引き離す
むな やま なか か こ
と、きつねは空しく山の中へ駆け込んでゆきました。

底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
1977(昭和52)年1月10日第1刷
1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「読売新聞」
1922(大正11)年1月23~25日
※初出時の表題は「ものぐさな狐」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:江村秀之
2013年12月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫
(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったの
は、ボランティアの皆さんです。

●表記について

このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。

●図書カード

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