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政治経済学Ⅱ第 2 回講義

資本制における分配と格差:理論と現実の事例
【講義構成】
1)ピケティの格差に関する実証分析
2)アメリカの "Occupy Wall Street”
3)日本の格差問題:産業構造転換を妨げる労働制度
4)スウェーデンの「積極的労働市場政策」
3)成長と格差のバランスをどう取るか=政治経済学の課題

1
ピケティの格差に関する実証分析
共産主義体制は結局崩壊、市場を活用しない経済体制は成長の活力を喚起することが出来ないことが明らかに
(第 3 回講義で詳述)。しかしマルクスが指摘した資本制下の分配、その結果としての格差の問題は果たして
市場資本主義経済の下で解決可能なのか?

ピケティの『 21 世紀の資本』=第二次大戦以降、格差は縮小に向かっていたが、近年再び拡大している状況を
実証
分析の結論は意外とシンプル。マルクス経済学の「生産価値のうち、資本の取り分がどんどん拡大していく結
果、格差がどんどん拡大する」というものと同じ。
但し、マルクスは理論的な検討から(飛躍は多々あるにせよ。また投下労働価値論という現実離れした仮定か
ら考察されているけど)そうした結論を導き出したのに対し、ピケティは税務データを丹念に収集、整理して
現実のデータに基づき実証的に分析したところに大きな意義がある。

2
ピケティの格差に関する実証分析
ピケティの論点のエッセンス:
① 資本分配率=資本収益率( r )*資本ストック/ GDP
② 資本ストック/ GDP =貯蓄率( s )/成長率( g )
① はほぼ定義式、②は長期的に資本ストックがどれだけ増えるかは貯蓄率が決定するからということらしい。
今後の世界、特に先進国では低成長が常態化することになればgが下がり、更にそうした社会では貯蓄率も上
昇する傾向が見られるのでs/gが上昇する。

そうすると資本ストック/ GDP (1単位の生産に必要な資本ストック)も上昇することになるので、rが一定
といった条件下では、①により資本分配率が上昇=労働分配率は下落
→ 格差がどんどん拡大していく。それを示す具体的なデータは PPT 参照。

3
実際、過去を見ると、常に資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回る状況

(出所)ピケティのサポートページの日本語訳サイト( http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf) 4
但し、 20 世紀の世界においては、空前の高度成長が続く状況下で( g が高いと資本ストック/
GDP も押し下げて資本分配率を低く抑える)、それ以上に税制など分配政策による介入があった
ため(これは 2 回の大戦と冷戦で共産主義国と対峙していたことが影響)、例外的に r < g の局面
となった。

(出所)ピケティのサポートページの日本語訳サイト( http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf) 5
しかし 1970 年以降は資本ストック/ GDP の上昇(資本の増強)が進んでいるし...

(出所)ピケティのサポートページの日本語訳サイト( http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf) 6
所得格差(フロー)も 20 世紀前半の水準に戻りつつある。

(出所)ピケティのサポートページの日本語訳サイト( http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf) 7
保有財産(ストック)で見ても格差は 1970 年頃に底打ちし、その後既に上昇を開始している。 1950 年
までのストックの減少は戦争の影響が大きいのだろう(と私は思う)。そして 1970 ~ 80 年代以降の増
加はいわゆる新自由主義的な政策で分配政策が見直された結果によるもので(とピケティは主張)、特
に従来と異なり、アメリカの方がヨーロッパより格差は大きくなった(従来ヨーロッパは身分制社会
だったので、アメリカよりも格差が大きかった。これが 1980 年代以降はアメリカの方が市場への不介入
が強く、逆転)。

(出所)ピケティのサポートページの日本語訳サイト( http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf) 8
ピケティの格差に関する実証分析
ピケティの見方では、いまのままでは
① 世襲(または財産ベース)社会への回帰
② 未来は富の集中が進む
という展望を描く。それを避けるためには、世界的な累進財産課税を提唱(現実的ではないとする意見が多
い)。あるいは専制主義的な政治による資本統制(中国、ロシア←このへんのロジックは本当にマルクスを髣
髴とさせる)、あるいは人口増による成長の持続、はたまたインフレ(資本の価値を相対的に低めるというこ
とだろう)があれば、格差の拡大から逃れることが出来るとする。
確かに近年、資本vs労働の文脈で、『機械との競争』(肉体労働と真に創造的な仕事以外は全て機械(特に
コンピュータ)によって代替される)なんていうのもベストセラーになっているので、資本がますます労働節
約的になってきている傾向は感じられる。日本では非正規労働者の比率上昇なんていう長期的トレンドも観察
されるし(もっともこれはサービス経済化の問題でもある)。
ピケティの研究からは、マルクス経済学が突きつけていた資本主義の矛盾の構造は実は政策によって適切に
市場の制度設計をやらないと、マルクスの予言が復活してしまう可能性もあるってことを暗示しているのかも
しれない。
一方、ピケティの実証分析は相当しっかりとしたものと評価されているが、他方でその処方箋は現実味を欠く
との批判が多い。実際、ピケティの貢献は多くの国を同一の指標で横並び比較できるようにしたことだが、当
然ながら格差の状況や原因は各国で異なる点は考察の範囲外としている面がある。
9
→ そこで、具体的にアメリカ、日本、北欧における詳しい状況を確認していこう。
アメリカ、日本、スウェーデン、いずれも 80 年代以降は上位 10 %の所得シェアが上昇傾向。但し、ス
ウェーデンは日米と比べると明らかに格差抑制に成功している。所得上位 1 %シェアは日本もそれほど上
昇していないが、 2000 年代以降はやや上昇基調(戦前は結構スーパーリッチがいる社会だったんだね)。
他方、米国では 80 年代以降、顕著な上昇傾向があり、近年も減速する兆しは見えない。

【所得上位 10 %シェアの推移】

【所得上位 1 %シェアの推移】

(出所)“ The World Top Incomes Database” - new website by F. Alvaredo, T. Atkinson, T.
Piketty and E. Saez. 、 https://www.parisschoolofeconomics.eu/en/news/the-top-incomes-
database-new-website/

10
3 カ国の成長率を見ると、 90 年代後半以降(つまりバブル崩壊後)は、日本がほぼ一貫して米国とスウェーデ
ンを下回る状況が続く。スウェーデンは日本のバブル完全崩壊までは日本を一貫して下回っていたが、その後
はリーマンショック時を除くとかなり堅実な成長モードへ。近年は米国を上回ることも多い。他方、失業率の
推移は日本は一貫して低く、安定しているのに対し、アメリカ・スウェーデンは高く、変動も大きい。ポイン
トはスウェーデンの失業率が高福祉国の印象と異なり、かなり高めであり、しかも高位安定(というか、高位
硬直性)していること。
実質GDP成長率(%)
8

2
失業率(%)
12
0
日本 アメリカ スウェーデン

-2 10

-4
日本 アメリカ スウェーデン 8

-6

6
-8

0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021

(出所) OECD.Stat ( http://stats.oecd.org/ )より作成 11


アメリカの "Occupy Wall Street”
まずアメリカ。アメリカでは税制の累進性の骨抜き、その結果としての公共財の供給不足および質的劣化と
いった点から格差が拡大しつつある。そしてその原因は政治過程を通じたレントシーキングに求められる。
*レントシーキング=経済主体が自らの活動環境を有利なように変えるべく規制などの導入を政治過程に働き
かけること。その結果、市場競争による効率化が妨げられ、社会的な非効率性を生じさせるが、経済主体に
とっては市場競争に対応するコストよりもレントシーキングのコストの方が低いためレントシーキングを行う
インセンティブがある。

アイゼンハワー政権下
最高税率は 91 %(ちなみに 1981 年まで 70 %を下回ることはなかった)。インターステートハイウェイ建設、
国家防衛教育法による数学・科学教育のレベルアップ(→航空・宇宙、通信分野での発展の基礎)

対して、ブッシュ政権下における相次ぐ減税で最高税率は 35 %に低下。加えて、超富裕層(上位 400 名)の所


得税税率 17 % vs 中間層 16 %( 2011 年)。
← 超富裕層の所得の多くがキャピタルゲインで 15 %の税率が適用(ピケティのデータでも 2014 年の上位 1 %
の所得シェアは 17.85 %だが、キャピタルゲインを含むと 21.24 %に大幅に上昇。他の国では見られない差)

12
アメリカの "Occupy Wall Street”
富裕層は政治家に働きかけ(大統領選挙のキャンペーン費用の高騰= 20 億ドル以上?、それを可能にする政治
献金の無制限化=スーパー PAC )によって減税措置を推進。当然財政赤字が膨らむが、歳出削減で対応させ、
公共財(特に教育、公的サービス(公務員の数)、社会インフラ)の供給減少、質的劣化を招く。富裕層は減
税で浮いたお金を使って公共財と同じ(多くの場合、より良い)サービスを享受。特に公教育の荒廃は富裕層
以外の家庭の優秀な子女の可能性を閉ざし、他方で富裕層の子女は質の良い私的教育を受けて有利な地位を確
保、民主主義において世襲が成立。

生産性と平均賃金のギャップは IT などによる生産性の上昇が逆に労働需要を減少させ、平均賃金の伸びを抑え
たものと考えられている(もっともそもそもこれだけ格差の存在するアメリカについて平均賃金で議論するこ
とが厳密性を欠くかもしれない)。

考えてみると、冷戦がピケティの言う例外的な 30 年をもたらした最大の要因だったのかも。労働者階級の貧困、
ファシズム、共産主義に対する防壁として公共財への投資(それを支えるための高い税率)を支持していたが、
その前提が失われた 80 年代後半以降、格差が拡大したのは偶然ではないのだろう。そして民主主義という政治
制度さえもカネで買うようになった現在のアメリカは資本主義の行き着くところに達していると言えるのかも。
しかし "Occupy Wall Street” 、 "We are 99%” デモは潮流を反転させるのろしとなるか?(ちなみにティーパー
ティーは更に公共領域を縮小させるためのレントシーキングの受け皿)
13
3 カ国の労働生産性と平均賃金、失業率の推移を見ると三者三様
115 140

110 130

105 120

100 110

95 100

90 90

85 80

日本(労働生産性) 日本(平均賃金) アメリカ(労働生産性) アメリカ(平均賃金)

150 失業率(%)
12
140 日本 アメリカ スウェーデン

130 10

120
8
110

100
6

90

80 4

2
スウェーデン(労働生産性) スウェーデン(平均賃金)

0
(出所) OECD.Stat ( http://stats.oecd.org/ )および World Bank Databank 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
14
(https://databank.worldbank.org/home) より作成
日本の格差問題:産業構造転換を妨げる労働制度
印象よりも生産性の上昇は着実に進んできたが(但し、その一因は就業者数がアベノミクス以前は減少してい
たことがあるかも)、賃金は実質でもほとんど伸びていない。

背景要因として注目したいのは(色々な要因があると思うが)、労働の二極化。
まず一方で非正規雇用の増加。いまや労働者の 3 分の 1 以上が非正規雇用。失業率は低位安定してきているが、
必ずしも労働者は安定的な雇用を享受してきたわけではない。非正規雇用労働者は賃金交渉で不利な立場にお
かれることが多く、生産性の上昇ほどには賃金引上げを獲得することが出来ない。

他方で、正社員については高度成長期の労働制度、すなわち解雇が容易に出来ない硬直的な制度が温存。その
ため企業は事業の選択と集中がなかなか出来ず(抱えている正社員のために仕事を残す)、日本企業は「総合
●●」という形態を残しがち。解雇をしない代わりに賃金調整で対応、依然平等主義の残滓が残る日本企業で
は生産性の低い層の賃金が高い層の賃金引き上げの足を引っ張る形に。
こうした日本の労働制度は、新規産業(ベンチャーなど)への労働供給が制約されることで産業構造の転換が
遅れるというデメリットを生んでいる。また外部労働市場が未発達であることにもつながり、新卒採用から漏
れてしまうとなかなか正社員に登用されることが難しく、非正規雇用が増える要因のひとつにもなっている。

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日本の格差問題:産業構造転換を妨げる労働制

【正規雇用者と非正規雇用者の推移】 【非正規雇用増加の年齢別内訳】

(出所)本川裕「社会実情データ図録」 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/
(出所)本川裕「社会実情データ図録」 http://www2.ttcn.ne.jp/ 16
honkawa/
スウェーデンの「積極的労働市場システム」
興味深いのはスウェーデン。有名な高負担高福祉型経済でなぜ経済パフォーマンスも良好に保てるのか?高負
担は優秀な人材のやる気を削ぎ、高福祉型はそんなに頑張らなくてもいいかぁというモラルハザードを生むと
考えられているが、どう解決してきたのか?

まず生産性と賃金の関係=賃金の伸びが生産性の伸びを上回る状況。これはまず労働組合の組織率の高さが背
景にある(アメリカ 11.9 %、日本 18.2 %、スウェーデン 68.3 %)。賃金決定方式はかつての日本のように、経
営者団体と労働組合がマクロレベルでの賃金調整を行う団体的労使協約を採っており、社会全体の賃金格差も
抑制する仕組み。

他方で、興味深いのは失業率が高い点。雇用の GDP 弾性値は日本 0.02 に対し、スウェーデンは 0.11 と賃金調


整を制限する代わりに、柔軟な雇用調整は認めている。背景にあるのは「レーン=メイドナーモデル」=賃金
のマクロコントロールで企業・産業間の賃金格差を抑制→低生産性部門の利益圧縮、同時に高生産性部門に余
剰利益→低生産性部門の淘汰、高生産部門への産業転換→低生産性部門における失業の発生→手厚いセーフ
ティーネットで保障、高生産性部門への再就職を支援する研修プログラム提供。

17
スウェーデンの「積極的労働市場システム」
巧妙なのは、個人からはがっぽり税金を徴収(高負担)する代わりに、企業、特に戦略産業と国家が位置づけ
た産業に対しては法人税減税など手厚い成長政策を遂行している点。個人への高い課税はセーフティーネット
および社会保障の財源となり(高福祉)、それはセーフティーネットを充実させることで産業構造転換を遅滞
なく促進するメリットあり。また競争力を喪失した企業を救済するようなことも一切しない。 2008 年のボルボ
の経営危機においてもリストラに伴う解雇労働者への再就職支援を行っただけで、企業(ボルボ)自体には一
部の技術開発支援を除くと一切救済措置を取らず。つまり企業の成長を助ける支援は手厚く、それに応えれな
かった脱落企業は市場淘汰に任せる、労働者個人は転職支援で救済するという発想。

まとめるとスウェーデンは「積極的労働政策」、すなわち衰退産業を救済しない、雇用を直接守るのではなく
時代の要請に応じて産業=雇用の受け皿を創造し、個人が新しい産業に必要なスキルを身につけるのを支援す
ることで結果として雇用を守るという発想に基づく労働政策を推進。

なお、もう一点重要な点は、スウェーデンの社会保障は幅広い世代向けにリスクをカバーするものとして提供
されており、年金・医療・介護に止まらず、失業・雇用、育児・出産、教育・研修といった包括的なもの。日本と比
べて、前向きな積極的な支出が多く、国民は支払った税金分のリターンを受け取っている感覚を強く持ってい
る。

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経済成長と格差のバランスをどう取るか
=政治経済学の課題
IMD 国際競争力順位( 2021 年)アメリカ 10 位、スウェーデン 2 位、日本 31 位
( 2010 年)アメリカ 1 位、スウェーデン 9 位、日本 27 位
租税国民負担率( 2012 年、対国民所得比)日本 23.1 %、アメリカ 23.7 %、スウェーデン 49.0 %
社会保障国民負担率( 2012 年、対国民所得比)日本 17.4 %、アメリカ 7.4 %、スウェーデン 7.1 %
公的教育費の GDP 比( 2013 年)スウェーデン 6.49 %、アメリカ 5.22 %、日本 3.81 %

こうやってみると、日本っていかにもパフォーマンスが悪い。税金は実はかなり安い(小さい政府)割に、国
際競争力は凋落を続けている。未来を作る教育への公的投資はスウェーデンはおろかアメリカをも下回る。そ
の原因は、①税金払ってない企業が多い=利益率が低い←選択と集中が出来ず、不採算部門を抱え続けて資源
浪費、あるいは衰退産業に政策支援してゾンビ企業が存続、ひいては起業の少なさにも影響?、②社会保障費
が多いのは高齢化の影響はあるが、やはり老人向けの公的支出が教育や重視されている結果、教育や出産・育児
向けの政策が後回しにされていることの表れ=この背景には老人の政治行動(投票率)

19
経済成長と格差のバランスをどう取るか
=政治経済学の課題
それじゃ、アメリカ型?トリクルダウンの虚構。現在のアメリカのような分断された社会を望むか?そもそも
アメリカでも厚い中間層の存在が国内消費を引き上げ(富裕層の限界消費性向は小さい)、経済成長を実現す
るとの見方で現状は持続可能な経済成長につながらないという見方も。

スウェーデンは日本と比べると小国でそのまま真似ればうまくいくというのは短絡的。しかし重要な点は政策
目標(=人材を大切に有効活用)を明確に打ち立てその実現のために合理的な制度設計を行っている点。失業
は悪として思考停止するのではなく、失業しても労働市場の需要変化に適用できるようサポートし、そうして
企業の競争力を高め、従業員を正社員として雇うことが出来る(正社員率 90 %以上)。派遣社員ばかりが増え
ている日本の現状で果たして質の高い労働者を育成していけるのか、懸念される。経済学を理解し、政策に落
とし込むことが日本の経済政策過程には足りない(むしろそうした合理性を理解できない国民の経済学リテラ
シーの問題かも)。分配問題は政治経済学視点が重要であり、経済パフォーマンスを政治が大きく左右するこ
とを再確認したい。

<参考文献>
・ロバート・ライシュ [2014] 『格差と民主主義』東洋経済新報社
・翁百合・西沢和彦・山田久・湯元健治 [2012] 『北欧モデル-何が政策イノベーションを生み出すのか』日本
経済新聞出版社 20
第3回

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政治経済学Ⅱ第 3 回講義

共産主義は格差問題を解決できるか?

【講義構成】

1)マルクス経済学:古典派経済学へのアンチテーゼ-階級闘争(格差)
という視点、景気循環(不況)の発生を解明
2)共産主義の工業管理体制
3)共産主義の農業管理体制
4)計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

22
マルクス経済学:
古典派経済学へのアンチテーゼ-階級闘争(格差)という視
点、
景気循環(不況)の発生を解明
【時代背景】
都市賃金労働者の貧困拡大。経済恐慌の頻発( 1825,36,47,57,66 年、ほぼ 10 年周
期)。

【マルクス経済学】
 マルクスの恐慌発生のメカニズムの分析は、古典派、特にセイの販路説=「社会
全体で生産と消費、販売と購買は常に等しくなり、全般的過剰生産は起こりえな
い」=「供給はそれ自身の需要を生む」というパラダイムに対する強力な批判を
提示している(なお、セイの販路説は貨幣=交換手段であり、価値貯蔵手段とし
ての機能を無視したために誤った結論を導き出すこととなった)。

23
マルクス経済学:
古典派経済学へのアンチテーゼ-階級闘争(格差)という視
点、
景気循環(不況)の発生を解明
【マルクス経済学(続き)】
 資本制的な生産関係=消費手段も生産手段もほとんど全てが商品として売られて
おり、その入手に貨幣が媒介する。資本家は多くの貨幣を持っており、したがっ
て生産手段(資本)を自ら利用することが出来る。他方、それ以外の多くの人々、
すなわち労働者は貨幣を自らの生存を維持する程度にしか持たず、生産手段を買
うことができないが、資本主義社会では労働力も商品として売買可能であるため、
労働者は自らの時間を売る(それしか売れるものがない)。
 マルクスが観察したイギリスの産業革命は資本蓄積が進む中で、機械などの物的
資本への投資が進み、労働を節約する技術革新のプロセス=生産関係からはじき
出された失業者の存在が常態化し、そのため賃金は上昇せず、商品価値に占める
労働の分配比率は低下し、資本の取り分が拡大する。

24
マルクス経済学:
古典派経済学へのアンチテーゼ-階級闘争(格差)という視
点、
景気循環(不況)の発生を解明
【マルクス経済学(続き) 】
 そうすると労働者の生活水準は上がらず、むしろ困窮の度合いが強まるため、購
買力は生産に比して伸びない。こういう状況下では、販売と購買のギャップが常
に広がる(過少需要)ダイナミズムがあり、その結果、厳しい競争の中で資本家
は一層資本蓄積に向かい(=労働者を搾取)、ギャップは更に拡大に向かい、恐
慌という形で矛盾が発現する。
 恐慌による倒産や失業者の発生、廃棄される商品という矛盾を解消するためには、
生産手段を共同所有し、市場ではなく計画に基づいた生産が必要であり、矛盾が
飽和点に達したとき、資本制的な生産関係から共産制的な生産関係への移行が進
むとした。

25
共産主義の工業管理体制

 特徴としては、中央の官僚組織(中国では国家計画委員会、ソ連ではゴス・プラ
ン)が社会で生産・消費される財の数を計画という形で決定し、その決定に基づ
き、生産資源配分がなされること。
 背景にあった思想は既に話した通り、マルクスの資本主義分析の根底認識として、
資本所有の不平等が貧富の格差を生むというものであるので、資本を全人民の所
有として(便宜的に国家が代理で管理→国営企業)、資本によって生み出される
財を全人民で分け合うというのが基本的な考え。
 また計画によって秩序ある生産を行うので、需給は常に一致し、滞貨や失業と
いった資源浪費は生じず、経済恐慌や大量の失業は生じないとした(短期の摩擦
的失業はあっても、長期的には失業者はゼロというのが建前。ちなみに大学を卒
業すると、国家が統配で就職先も決定するという制度。羨ましい?そうでもない
んだよねぇ...)
 色々な欠点は後に述べるとして、利点はかつて封建的階級制度(地主、大商人、
資本家)で著しい不平等があった中国が「相対的に」平等な社会となったこと、
教育や医療は無料、食料や衣服など生活必需品、電気や水道などの基礎インフラ
は低価格で供給。男女平等が相当進んだことは共産中国の達成した大きな偉業の
ひとつ。
 具体的な工業管理体制の運営については図1を参照。
26
共産主義の工業管理体制

図1 共産主義の工業管理体制の実際(中国を例に)

国務院(内閣)

国家計画委員会(現国家発展改革委員会)
五カ年計画

生産・統配(配給)指令、投資資金供給、従業員給与支給


煤 冶 一
炭 金 機
工 工 械
業 業 工
部 部 業
部 配給券/代金
=内部留保は全て国家に吸い上げられる

製 自
炭 工
鉄 動
鉱 場
石 所 鉄 車 自
炭 鋼 動 物資部・商業部
1 5 車
0 0 1
0 万 0 配給券/代金
万 ト 万
ト ン 台

消 (注)石炭、鉄鋼、自動車の供給数は全く
費 のイメージで実際を反映してません

配給券/給与
27
共産主義の農業管理体制

 農業についても原則は同様。農業の最重要資源である土地については当初は農民
個人に配分(革命の際に共産党への支持を取り付ける大義として約束したし。地
主攻撃もやりやすかったと思われる)。しかしその後、初級合作社(農機具など
の資本を共有)、 1956 年に高級合作社(土地の共有)を経て、 1958 年に全国 2
万余りの人民公社による計画管理へと移行。
 人民公社の下での農業管理体制の特徴は、土地は当然全人民所有=便宜的に人民
公社が農民を代表して管理。国家からは農産物の生産量ノルマが計画として降り
てくるので、その生産を目指す。計画を超過して生産した農産物については留保
が認められず、人民公社から国家に上納。
 労働者(農民)は農地に出て働いた時間と作業ごとに決められたポイントに応じ
て報酬を受ける。報酬は消費財を購入することなどに使われ、最終的には食事に
ついては人民公社が共同の食堂を開設し、そこで取るようになった(三国志に出
てくる張魯の五斗米道を毛沢東が理想像のひとつとして評価していたため)。

28
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

何が問題だったのか。現実からの観察を整理すると、

① 計画当局の情報把握の限界
 共産主義国で蔓延していたもの=情報隠しのウソ。政治力が強い場合には大躍進
の過大目標、通常の場合、本来の生産能力よりも低い計画目標となる。
 現時点での生産能力に関する情報を持たない計画当局は結局、前年度実績を基準
に多少上乗せして計画を策定することに。

② 計画策定プロセスの人的、時間的制約の巨大さ
 実際にはほとんど理論的に想定したような計画は策定されず、ソ連のゴスプラン
の情報処理能力は理想的な計画作成に必要な能力の 1 %、中国ではきちんとした
計画を立てた物資はわずか数十種類に過ぎなかった。

29
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

③ 官僚主義の蔓延
 市場は「見えざる手」による資源配分であるが、計画は生身の人間が資源配分を
左右するシステム→そこに必ず権力が生まれ、利権が生じる。計画経済は官僚が
圧倒的な権力を持つシステムとなり、皮肉なことに社会主義国で生まれた特権階
級は官僚、政治家となった(旧ソ連の「ノーメンクラツーリスト」)。
 市場って、ある意味でつくづく民主主義と似ていると思う...消費者が投票権
を持ち、価値ある企業が市場で判定を受け、価値ない企業は退出(落選)する。
 そして社会主義国のほとんどは恐怖政治を敷く。政治を共産党が一党独裁で握っ
ているからだけではなく、人々の欲求(消費行動)を抑圧する体制を続けるため
には強制力が必要だから(この点も自由←民主主義と密接に関連)。

30
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

④ 企業・労働者(農民含む)のインセンティブ構造の歪みないし欠如
 企業にとっては出来るだけ計画目標は低くするため、生産効率性が上がっても当
然黙っている...そもそも効率性上げようというインセンティブがないので実
際には全然成果が出ない。そこで社会主義国で取られたのが勲章とか、「労働模
範」。
 他方で、生産財の配給は今後削られちゃうとその時困っちゃうのでとにかく使い
切る(旧ソ連では闇市場が大きく、そちらに横流し。中国は政治が強かったのか、
闇市場は大きくならなかった)。
 結局、情報の非対称性に現場でのインセンティブの歪みが加わって(これが重要
な市場機能のひとつ!)、経済の成長ダイナミズムが喪失。
 農民は自分の土地じゃないので、土地改良(肥料や灌漑など)に全く配慮をしな
い。そのため土地生産性の向上は低迷=所有権がいかに重要かが示されてる。

31
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

⑤ 経済成長は停滞、モノ不足が深刻化
 旧ソ連は 1970 年代以降、低成長が明瞭に。中国は実は経済改革(市場経済移
行)以前も成長率はそれほど悪くはない。それは低開発状態では計画的手法がそ
れなりに有効であることを示しているかもしれない(但し、きちんと設計された
市場システムより良いという意味ではない)。
 価格制度を採用していないのでモノ不足がインフレという形で明瞭には現れない
が、代わりに行列や配給切符が行き渡らない(特権階級のコネがないと入手でき
ない)形で顕在化する(抑圧インフレ)。ハンガリーでは国営住宅割当で 7 年、
乗用車購入で 2 年以上待つ必要があった。
 コルナイによれば、社会主義経済は資本主義経済の需要制約ではなく供給制約の
状況下に置かれており、そのため企業は投資渇望と拡張強制なる衝動を持つ。企
業は「ソフトな予算制約」に従って、価格が上がろうが、予算が不足しようが欲
しい財や設備を購入しようとする。他方、家計は「ハードな予算制約」に基づい
て行動するので、価格が上がればその財に対する需要を低下させる。もし企業と
家計が同一の財を購入しようとすればその財は企業需要を満たすように使われ、
家計は不足状態に置かれる。不足が継続すると予測されれば、企業は(恐らく家
計も)更に一層その財を買いだめしようとするから不足は永続化し、深刻化する。

32
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

⑥ イノベーション創出機能の欠如
 何より大きな問題は、計画だと「既に存在するモノ」しか生み出せないというこ
と。だって、既にあるもの(これはもちろん海外の資本主義国で売られているモ
ノを参考にすることはできるが)でないと計画に組み込めない。
 それどころか、消費自体にネガティブイメージもあり、更に広告などを悪と捉え
ていたため、消費者の微妙な嗜好などは圧殺。モデルチェンジなんて論外で、共
産主義国では多くの財がワンパターンしかなく、更に何十年も同じモデルを踏襲
というのはザラ。図2参照。

共産主義国は総体的には平等ではあったが(それでも特権階級を生んだ。それを破
壊しようとしたのが文化大革命)、それは経済が停滞する中での「不足が常態化し
ている貧しさの中の平等」であった。

33
計画経済のもたらした社会=市場手段を使わない社会とは?

図2 中国の乗用車産業の技術レベルの変遷

(出所)丸川 [2013]
34
第4回

35
政治経済学Ⅱ第 4 回講義
市場経済への移行過程に見る市場の機能

【講義構成】
1)体制移行の 2 つのモデル:急進主義vs漸進主義
2)急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス
3)何が中ロの経済パフォーマンスを分けたのか?:国有企業改革に注目した議論

36

36
体制移行の 2 つのモデル:急進主義vs漸進主義

「ワシントン・コンセンサス」
- IMF や世界銀行が移行国、途上国に融資と引き換えに要求した経済安定化・改革
プログラム=「新古典派経済学」に則った市場原理主義的色彩の強い政策パッケー
ジ(←途上国の開発政策は政府介入が過大で、市場と価格を歪め、構造的な財政赤
字、貿易赤字、高インフレを招いていたため)
→ 旧計画経済体制国の市場経済移行にも適用( by Jeffrey Sachs )
=急進主義改革(ロシア、東欧の国々。多少程度の違いはあるが)
他方、
自分たちのペースで改革を進めてきた国々(中国、ベトナム)
=漸進主義

37
体制移行の 2 つのモデル:急進主義vs漸進主義

【ワシントコンセンサス】
項目 具体的内容
1. 財政規律 予算の赤字はインフレ税に頼ることがないほど十分
小さいこと
2. 公共支出優先順位 経済効果が高く、所得分配を改善する潜在性のある
分野へ配分すべきこと
3. 税制改革 税基盤の拡大と限界税率の削減
4. 金融自由化 市場決定の利子率
5. 為替レート 競争水準に設定した統一為替レート
6. 貿易自由化 量的貿易制限の撤廃と関税率の引き下げ
7. 外国直接投資 外国企業の参入制限の廃止と内外無差別
8. 民営化 国有企業の民営化
9. 規制緩和
(出所)中兼 [2010] 参入規制の撤廃
38
10. 財産権 財産権を保証する法的制度
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

【中国とロシアの GDP 成長率の推移】

(出所) IMF - World


Economic Outlook Databases
および『中国統計年鑑』

 GDP 成長率は、中国は非常に安定した高成長を継続。ロシアは特に当初の
6 年間のマイナス成長(1年だけプラスに浮上したが)が印象的。 2000 年
代は 2010 年以外は堅調(石油・ガス価格の上昇が寄与)。ほぼ全ての年
において中国の成長率がロシアを上回り続ける。 39
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

【中国(右)とロシア(左上下)のインフレ率の
推移】

(出所) IMF - World Economic Outlook Databases および『中国統計年鑑』

 インフレ率は、ロシアは 1993 年から 1995


年にかけてハイパーインフレに見舞われる。
いったん落ち着くも 90 年代を通じて高イ
ンフレに悩まされる。 2000 年代は年々収
束の傾向。他方、中国は 1994 年にインフ
レの昂進が見られ、その後数年続くが、短
40
期間に収束し、安定化。
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

【中国とロシアの失業率の推移】

(出所) IMF - World Economic Outlook Databases

 失業率は、ロシアが一貫して中国よりも高い水準で推移。特に 90 年代
は一貫して悪化。但し、中国の失業率は過少計上されている可能性も高
41
いことには注意。
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

【中国とロシアのジニ係数の推移】

(出所) IMF - World Economic Outlook Databases

 ジニ係数は、両国とも移行によって大幅に悪化。この指標については
中国の方が状況は悪い。
42
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

【中国とロシアの平均寿命の推移】

(出所) WORLD BANK - Data Indicators

 平均寿命のデータは衝撃的。計画経済から市場経済への移行が始
まって、ロシアでは大きく平均寿命が低下、改革後 20 年余り経った
最近になって、ようやく計画経済体制下の平均寿命に戻った。他方、
中国は一貫して寿命が伸び続けている。 43
急進主義vs漸進主義:移行過程の経済パフォーマンス

改革の内容:
 ロシアでは、 1992 年 1 月に価格の自由化を一気に推し進め(生産財の 80 %、消
費財の 90 %)、国家統制価格も大幅な引き上げ。企業も 1 年半余りで急速に民
営化。次に抜本的な税制改革が行われ、付加価値税が導入された。更に補助金や
国防費、投資を切り詰めることによって大胆な財政支出削減が実施=まさに、
「ワシントン・コンセンサス」の処方箋に忠実な内容
 中国では、体制移行が始まったのはロシアより早い 1978 年 12 月の三中全会(中
国共産党第 11 期中央委員会第 3 次総会)。しかし 80 年代前半は農業改革が主
(人民公社の廃止= 1984 年にはほぼ完了、個人農家へ)。 80 年代後半には請負
制が国有企業に導入されるとともに、一部価格は自由化(双軌制)。そしてよう
やく 1993 年に一部の生産財を除いて多くの商品価格を自由化。

各種経済指標、特に平均寿命の両国の違いは、改革の経済パフォーマンスの違いが
国民にいかに大きなインパクトを与えるかを明瞭に示している(もちろん両国の
様々な条件の違いがあるので、移行政策以外の要因がある可能性はあるが)。それ
ではこのパフォーマンスの違いはどこから生じたのか?

44
何が中ロの経済パフォーマンスを分けたのか?:
国有企業改革に注目した議論

 ロシアでは、国有企業は 1992 年 10 月から 1994 年 6 月の間に国民にバウチャー


を与える形で民営化、その後は 競売や入札を通じた金銭民営化が進められ
た。 1992 年から 2000 年末までに民営化された企業数は 13 万 5000 社、その過程
で 3 万 1000 社の株式会社が設立、民間企業数は企業総数の 75 %、就業者数は
46 %に達した。 GDP に占める民間部門の比率は約 70 %と推定。
 価格自由化で価格が急上昇したものの、(期待されたのと異なり)それにインセ
ンティブを受けて産出量の拡大にはつながらなかった。何故か?
 ロシアでは国有企業が民営化された際に、企業の意思決定方式、経営者・労働者
のインセンティブ構造は改善されず、リストラクチャリングを行うための資本の
確保、新製品の新しい顧客開拓といった点がほとんど改善されないまま推移。
 そもそもロシアでは多くの企業が独占企業=民営化後も競争圧力が少ない。市場
に関する情報チャンネルがほとんどなく、企業にとって新規顧客を見つけること
は困難。企業間関係についても、企業は顧客他社のニーズに合わせて生産しよう
にも、そのニーズはおろか新しい取引相手を探し出すこともできなかった。その
結果、企業は何を生産すればよいかも分からず、投資を控え、旧式設備のまま生
産性は低迷、国際競争力も持ちようがない状態(使用年数 10 年超の鉱工業の設
備割合は 1991 年 50 %以下→ 1999 年 80 %以上)。こうして各地で生産の停滞が
生じると、企業間関係(サプライチェーンネットワーク)を通じて、国全体の生
産が機能不全を起こすことに...。 45
何が中ロの経済パフォーマンスを分けたのか?:
国有企業改革に注目した議論

他方、
 中国では改革は「増分主義」で進められた。従来の計画経済、国有企業を温存し、
国有企業に従来の計画生産を超える分については自由に販売を認めるやり方。そ
の際の価格は自由価格を適用し、 10 年弱の期間、中国では計画価格と自由(市
場)価格が並存する「双軌制(二重価格制)」が存在。
 「双軌制」はコネを持った人々(特に官僚)に私腹を肥やす機会を提供したとい
う副作用もあったが(天安門事件の要因のひとつ)、国有企業を中心とした計画
経済システムを破壊することなく、他方、規制緩和で新たに出現した企業(集体
企業=郷鎮企業)にインセンティブを与える大きなメリットがあった。
 国有企業は従来の企業間取引システムを温存しつつ、時間をかけて、インセン
ティブに導かれつつ、新しい顧客を開拓。一方で、国家は政策で国有企業改革を
継続し、経営者・労働者報酬への企業業績の反映やレイオフを断行、他方でリス
トラクチャリングのための投資資金も供給→生産性の向上を実現。
 新たに台頭してきた郷鎮企業(実際には少なからず実質的には私営企業も含まれ
る)は、不十分な契約法、弱い私有財産権保護、未発達の資本市場という悪条件
の下でも急成長。結局、上からの改革ではなく、現場(=市場情報を最も有す
る)からの改革であったことで自らの有する競争優位性(労働集約型)を認識し、
正しい発展方向へ踏み出すことが出来たということ。
46
何が中ロの経済パフォーマンスを分けたのか?:
国有企業改革に注目した議論

【中国の企業類型別工業生産値( 1970-1999 年)】


(億元)

50000

45000
国有企業
40000

35000

30000

25000 集体企業

20000

15000

10000
その他
5000

( 出所)国家統計局国民経済総合統計司編『新中国五十年統計資料匯編』中国統計出版社

47
47
何が中ロの経済パフォーマンスを分けたのか?:
国有企業改革に注目した議論

【中国の企業類型別工業生産値( 2000-2009 年)】


(億元)
600000

国有企業

500000

集体企業
400000

300000 その他

200000
私営企業

100000
外資企業

0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009

(注)外資企業の中に香港・マカオ・台湾企業も含む
( 出所)国家統計局編『中国統計年鑑 2008 年版』中国統計出版社 48
48
結論

結論は、以下の通り。

市場が機能するにはそれを支える公式・非公式の制度が必要。競争が存在するため
にはある程度の数の企業が必要だし、プレイヤーのインセンティブ構造が圧倒的に
重要。需要情報は現場が機能しないと集まらないし(独占状態にある大企業はそも
そも現場から遠い。中国の郷鎮企業と鮮明な対比)、そうすると市場が機能し始め
るにはある程度の時間が必要ということになる(漸進主義に軍配?でも資本主義の
混合(公有)経済体制の改革には急進主義がベターという論も=ニュージーラン
ド)。
改革はボトムアップで進めないとうまくいかないが、大企業への成長は整備された
契約法システムや私有財産権の保護が不可欠(でないと、企業は資産没収や新規の
取引開始にまつわる(騙される)リスクを恐れて投資しない)。これは国家がトッ
プダウンで整備しないといけない。これは中国の 2000 年代以降の改革方向と合致=
途上国の経済発展を考える上で重要な視点。
皮肉なのは、ロシアの改革は名だたる西側の「新古典派」経済学者がアドバイザー
として多数入って出された処方箋に従って行われたのに対し、中国の改革は政治家
が必ずしも経済学の知見と整合しないが、政治的バランスを見ながらその都度策定
してきた施策で導かれてきたという点。理論の下僕となるのではなく、プラグマ
ティズムで使いこなすという姿勢が重要なのかも。
49
第6回

50
政治経済学Ⅱ第 6 回講義

経済発展を遂げる条件( 1 )

【講義構成】

1)「大いなる分岐( Great Divergence )」を巡る議論


2)産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要
3)後発国の発展モデル:ビッグプッシュ型工業化

51
「大いなる分岐( Great Divergence )」

19 世紀に何故イギリスを始めとする西欧諸国(新大陸アメリカを含む)がそれまでの停
滞状況を打ち破って急速な発展( 1 人当たり GDP の上昇)を実現できたのか?

何故産業革命はイギリスで生じたのか(フランスではなく)?

加えて、またその後、西欧に続いて経済発展に成功した国が一部に限られるのは何故か
(アジアは発展し、ラテンアメリカは停滞したのかは何故か)?

52
「大いなる分岐( Great Divergence )」

【世界主要国の一人当たり GDP の推移( 1500-1950 )】

(出所) Maddison's estimates of GDP per capita at purchasing power parity in 1990 international dollars for selected
53
European and Asian nations between 1500 and 1950
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

産業革命の背景として、①政治的要因(名誉革命に始まる「制約を受けた」弱い王権、低い税率、私有財産の保
護)、②文化的要因(イギリスは科学志向・実用主義の文化があった、マックス・ウェーバーの『プロテスタン
ティズムの倫理と資本主義の精神』)などがこれまで指摘されてきたが...

① 私有財産はフランスでも保護されていた。実際には、清朝中国でも。税率についてはイギリスの方がフランスよ
りも高かった。経済史の知見からは、専制国家であった東洋の国々においても商業の繁栄、都市の拡大は見られた
(例えば、宋明時代)。
それに止まらず、むしろイギリスでは名誉革命後、所有者の意に反して議会の同意によって私有財産の収用を行う
ことも可能(フランスでは認められず)=インフラ整備に有利

② プロテスタンティズムが重要ならその後イギリスは低迷し、他の宗教の国々が成長したのは何故なの
か?

54
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

最も本質的な要因は、イギリスにおいて対資本労働費用が上昇、資本(機械)による労働代替が合理的となったこ
と。加えて都市化によって消費が成長し、エネルギーコスト(石炭)が割安となったこと( by ロバート・アレン。
以下の記述はもっぱらロバート・ C ・アレン [2012] に拠る)
 18 世紀半ばまでにイギリスで高賃金経済が実現したのはイギリスの植民地経営による商業帝国の成立(=グ
ローバル化)による。国際貿易はイギリスの都市化率を 1500 年の 7 %から 1800 年の 29 %に引き上げ。この商
業帝国の成立により、イギリスとオランダで 1500 年代から 1800 年代の期間、国内賃金が上昇を続けたという
のが産業革命の準備をしたと言える
=グローバル化こそが産業革命で技術革新を実現した最大の要因。
 都市と高賃金経済の拡大が農業革命を実現。農民の労働生産性は 50 %以上上昇(農業部門から工業への労働
力移動を促進)。
 高賃金経済は親が子供の教育に資金を振り向ける余裕を生み、次第に教育が経済的に価値のあるも
のとなったことで教育投資に拍車がかかる(識字率の上昇は宗教改革によるものではない)。

55
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

Wage Relative to Price of Capital


3

2.5

1.5

0.5

0 ( 出所) Robert C. Allen 氏の個人


1550 1600 1650 1700 1750 1800 Website より転載

S. England Strasbourg Vienna

56
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

( 出所)スライド 6 に
同じ

57
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

( 出所)スライド 6 に
同じ

58
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

 イギリスは別に石炭資源に恵まれていたわけではなかったが、都市化によっ
てエネルギーを輸送して集中的に利用するシステムが成立したことで、石炭
採掘が商業的に成り立つことに。他方、フランスでは依然木材を利用。
 労賃が資本やエネルギー(石炭)に比して高かったため、労働節約的な技術
として機械設備の導入が進み、それが生産性を飛躍的に上昇させる結果を生
んだ。生産性の上昇が 1 人当たり GDP の急上昇をもたらした。

59
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

gr ams of s ilv er per million BTU s


Price of Energy
early 1700s
10 Ams ter dam

8 London

6 Par is

4 Str as bour g

2 N ew c as tle
( 出所)スライド 6 に
同じ
0 Beijing

60
60
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

Price of Labour relative to Energy


early 1700s
5 Amsterdam

4 London

3 Paris

2 Strasbourg

1 Newcastle

0 Beijing
( 出所)スライド 6 に
同じ

( 出所)国家統計局国民経済総合統計司編『新中国五十年統計資料匯編』中国統計出版社
61
61
産業革命をもたらした背景:経済的要因が重要

gr ams of s ilv er per million BTU s


Real Prices of Wood & Coal in London
16
14
12
10
8
6
4
2
0
1400
1450
1500
15501600
1650
1700
1750
1800 ( 出所)スライド 6 に
同じ
w ood c oal

62
62
後発国の発展モデル:ビッグプッシュ型工業化

産業革命の発信地イギリス、それに西欧・アメリカが経済発展に成功、その後は計画経済体制でロシアが離陸。戦後
は日本が高度成長を達成。

戦前の日本もある程度の経済成長を実現していたが、 1870 年から 1940 年にかけての期間の成長率は 2.0 %。このペー


スだとアメリカ( 1.5 %)に追いつくまでに 300 年以上。後発国が先進国に 2 世代( 60 年)で追いつくためには継続的
に 6 %の成長率が必要だが、 1955 年から 2005 年までの期間でそれを実現したのはわずか 10 カ国のみ。
→ オマーン、ボツワナ、赤道ギニア=石油やダイヤモンドの埋蔵量発見、シンガポール、香港=都市国家であるため、
農業部門がないので賃金上昇が農村からの出稼ぎで帳消しにされない。日本、韓国、タイ、中国(+旧ソ連: 1970 年
代以前は平均 4.5 %)

これらの国々がどうやって工業化に成功したか?が問うべき課題。
→ アレン [2012] はビッグプッシュ型工業化が奏功したと指摘。

63
後発国の発展モデル:ビッグプッシュ型工業化
後発国が離陸して持続的経済成長経路に乗るには、急速な工業化と経済インフラ整備のための大量投資が必要で
あり、製鉄所、発電所、自動車工場、都市などを同時に建設するという考え。政府が需給関係に関するグランド
デザインを描き、建設・準備活動を調整する計画が前提となる。「貧困の罠」から政治的イニシアティブでの離
脱を目指す。
戦後の日本も戦前の資本節約型の技術ではなく、資本集約型の大規模技術を採用。グランドデザインは通産省が
描き、当時の日本の賃金では分不相応な最新設備を導入。鉄鋼では通産省が外貨配分機能を活用し、アメリカを
超える最新型の鉄鋼設備を導入。 1975 年には 1 億トンを超える最大の生産国となり、最も安価な価格で生産。連
続鋳造法の導入率は 1970 年代半ばで 35 %とアメリカの 11 %を上回る。自動車も 1960 年代でアメリカメーカー
の 1 工場当たり生産量 15 ~ 20 万台に対し、 40 万台以上(トヨタ、ホンダは 80 万台以上)。
ビッグプッシュ型工業化はまさに政治主導型(計画経済型)発展。しかし日本の高度成長以降に成長した国々は
ビッグプッシュではなく、むしろ市場経済化こそが成長を実現する条件だったのではないか?
→ アジアの発展に対する認識が乏しいのかも?確かにまだ高所得国の水準には達していないが、アジア諸国のう
ち NIEs はもとより、 ASEAN 、中国も著しい経済発展=国民 1 人当たり GNI / GDP の上昇を遂げつつある。

64
第7回

65
政治経済学Ⅱ第 7 回講義

経済発展を遂げる条件( 2 )

【講義構成】

1)世界システム論の国際マルキシズムの世界観とラテンアメリカの停滞
2)反証としてのアジアの発展:貿易・投資のグローバル化と国際分業の
進展

66
世界システム論の国際マルキシズムの
世界観とラテンアメリカの停滞
ロバート・アレン [2012] 『なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか』 NTT 出版が示す「 1980 年代以前に富裕層クラ
ブに入った国々」の経済発展の条件に関する分析は納得できるが、 1980 年代以降の世界においても果たして当ては
まるのか?

その点を考える上で、 80 年代以降に急速な経済成長軌道に乗ったアジアとかつてアジアよりも有望視されていたラ
テンアメリカの対比について考察する価値あり。
=ラテンアメリカの国々が停滞気味なのは、貿易・投資のグローバル化の潮流を取り込むことが出来なかったことが
大きい。
→ 貿易・投資のグローバル化の下で展開する企業の国際分業システムにうまく乗ることができることが出来れば経済
発展のプロセスを開始することが出来るのではないか?

ラテンアメリカの輸入代替戦略の背景となった世界システム論(従属論)についてまず検討していく。

67
世界システム論の国際マルキシズムの
世界観とラテンアメリカの停滞
世界システム論
 近代以降を資本主義というシステムが世界中に広まっていく過程と認識。世界を覆う資本主
義システムという構造が国家や企業といったアクターの行動を規定しており、国家単位の分
析ではないシステム分析が必要と主張。
 世界は中核、周辺、半周辺から構成。中核と周辺の間では異なる製品が交易されているが、
その交易は不等価交換であるため、中核は周辺を搾取することで貧富の差は拡大、格差構造
は強化される。不等価交換が成立するのは、周辺が生産する製品は汎用品で誰にでも供給可
能であるために競争が激しく価格が押し下げられているのに対し、中核の製品は資本・技術
集約度が高いために競争が制約され、価格は高止まりしていることに起因。典型的状況とし
ては周辺が原材料を、中核が工業製品を供給する図式。なお、半周辺は時代遅れの(汎用化
しつつある)工業製品を中核から譲られて供給する位置づけ(後述する雁行形態論を意識)。

68
世界システム論の国際マルキシズムの
世界観とラテンアメリカの停滞
世界システム論

69
世界システム論の国際マルキシズムの
世界観とラテンアメリカの停滞
世界システム論(続き)
 世界システム論はこうした構造が政治的に固定化されていると主張。それを可能にするのは
中核の製品を市場競争ではなく独占的に供給可能とする特許制度であり、国家による補助金
や税免除、貿易保護主義(あるいは周辺には保護主義撤廃)など。重要なポイントは資本主
義=反市場として(資本主義が市場主義とみなされることが通例だが)、資本主義には独
占・寡占に向かうダイナミズムがあると認識している点。中核に存在する資本家は自らの製
品については独占・寡占を維持して超過利潤を享受、半周辺の汎用化した工業製品や周辺の
原材料については市場機能が最大限に働くように市場化を進める。
 中核の国家は国際政治経済も牛耳っているので、中核の企業は周辺・半周辺の国内政治過程
(政治家)に影響力を行使することで、国際政治経済制度はもとより、周辺・半周辺におい
ても搾取の構造を維持している。

70
世界システム論の国際マルキシズムの
世界観とラテンアメリカの停滞
ラテンアメリカは元々工業化の標準モデルとしてビッグプッシュ型を採用。
1913 年時点で鉄道と関税制度は整備済。銀行は脆弱だったが、海外から資金調達で対応。但し、普通教育の提供は遅れた
(アルゼンチンのみ例外)。
1920 年代、 1930 年代には関税に守られた製造業の発展スピードは加速、輸出農産物の価格低下を受け、工業発展に一層注力。
そして 60 年代以降、従属論と世界システム論に基づき、 1980 年代まで「輸入代替工業化」を志向。
→ しかしラテンアメリカによる工業化の標準モデルは失敗( 1982 年のメキシコの債務不履行以後、深刻な景気後退)。

その理由は、技術が一層資本集約型、規模拡大型に進化していたこと。
先進国の技術は 19 世紀よりも更に賃金格差が開いた後発国では資本集約度が高すぎる。また規模の経済性の追求が進んだこ
とで、工場規模も巨大で後発国の市場では吸収が不可能。
cf. 自動車の最小効率生産規模: 1960 年代 20 万台 vs アルゼンチン 5.7 万台、コストはアメリカの 2 倍。

71
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
他方、アジアの国々は、出発点は経済発展水準に合った「出がらしの技術」と豊
富で安価な大量の労働力を組み合わせた産業から出発し、徐々に国際分業で担う
地位の向上を遂げていくことで経済発展を遂げてきた。

このあたりを考えると、政治主導のビッグプッシュ型ではなく、輸出主導型=経
済のグローバル化も重要な要因であるということになる。日本は高度成長の過程
で、生産量の 3 分の 1 を対米輸出に振り向けていた。アメリカは対共産主義戦略
の中で、保護主義を採ることなく、また自らの比較優位を持った産業育成を念頭
に自由主義を堅持。

72
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【主要国の 1 人当たり GNI の推移( 1991 年と 2011 年比較)】
1990年→ 低所得国 下位中所得国 上位中所得国 高所得国

2011年 ポルトガル(7,000:21,250) 香港(13,110:35,160)

↓ 韓国(6,000:20,870) シンガポール(11,450:42,930)

12,476ドル以上 高所得国 台湾(8,106:19,178)

スペイン(11,880:30,390)

ギリシャ(8,590:25,030)

中国(330:7,910) マレーシア(2,370:8,420) アルゼンチン(3,180:9,740)

4,036-12,475ドル コロンビア(1,260:6,110) ブラジル(2,700:10,270)


上位中所得国
タイ(1,480:4,420) メキシコ(2,790:9,240)

南アフリカ(3,390:6,960)

インドネシア(610:2,940) エジプト(750:2,600)

1,026-4,035ドル ベトナム(98:1,411) コンゴ(910:2,270)


下位中所得国
インド(390:1,410) フィリピン(730:2,210)

パキスタン(410:1,120) セネガル(740:1,070)

カンボジア(280:830)

1,025ドル以下 ケニア(380:820)
低所得国
↑ バングラデシュ(290:770)

2011年 エチオピア(250:400)

1990年→ 低所得国 下位中所得国 上位中所得国 高所得国


629ドル以下 630-2,489ドル 2,490-7,619ドル 7,620ドル以上

73
(出所)末廣昭 [2014] 『新興アジア経済論-キャッチアップを超えて』岩波書店
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展

【プロダクトサイクル論】 【雁行形態論】
①プロダクト・サイクル理論(Product cycle theory)-技術革新の波及と貿易の関係 ②雁行形態論(Flying-geese theory)-後発国の産業高度化と貿易の関係

量(額) 品目 A(例:繊維製品) 品目 B(例:繊維機械)


国内生産 量(額)
輸出
生産 生産
輸入
輸出
輸出
国内消費

輸入
輸入

時間の経過
時間の経過 時間の経過
第 1 段階:先進国で新製品開発・国内販売開始
第 2 段階:後発国へ輸出開始+技術の成熟化・標準化進展
第 3 段階:後発国で生産開始
第 4 段階:先進国が後発国から輸入開始

74
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
 プロダクトサイクル論・雁行形態論の発想は技術開発・移転の主体である企業の内在的論理から
技術移転は進むとの見方。ある製品の新生期・成長期には企業は技術を自社の手元に置いて利益
をあげることを優先するが、成熟期に入ると製品の普及とともに成長余地の減少と類似の商品を
作る競合の出現などに直面し、技術供与による追加的利益の確保を考えるようになる。これを国
際間に広げれば、プロダクトサイクルの初期の財は先進国で生産・輸出されるが、標準化に伴い
途上国へ移転され、途上国においてその財が生産・輸出されるようになるという図式。
 この背景にはもちろん多国籍企業の国際ビジネスの展開が更に深化したことがある。多国籍企業
の途上国への展開は企業内技術移転を通じて、先進国から途上国への技術移転が進んだ。企業間
技術移転だと競合相手を作り出し、独占利潤を低下させるのに対し、企業内技術移転は技術秘
匿・占有が可能であるため、独占利潤を長期化できる。また労働市場の内部化によって企業に特
有の情報・ノウハウの創出・蓄積が容易になる。

75
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
 特にアジアにおいては、先行する日本企業が、製造工程を分割し、特定の製
造工程(生産ブロック)を切り離して最適な場所に工場を配置、同時に原材
料、部品、設備機械を品質的にもコスト的にも最適な自社工場や他の工場か
ら調達する「生産のフラグメンテーション化」を推進(←背景要因として、
輸送コストと通信コストが 1990 年代以降、劇的に低下。更に FTA によるサー
ビスリンクコストの引き下げが加速要因)。
 他方、ラテンアメリカの国々は従属論・世界システム論に影響を受けた輸入
代替戦略を採用したことで、多国籍企業の資本、技術を自国の経済発展に活
用する機会を喪失。

76
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【 2000 年】

77
( 出所)『通商白書 2012 年
版』
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【 2010 年】

78
( 出所)『通商白書 2012 年
版』
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【 2016 年】

79
( 出所)『通商白書 2018 年
版』
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【 2019 年】

80
( 出所)『通商白書 2021 年
版』
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【東アジア域内貿易額と中間財が占める割合の推移】
10億ドル %

3,000.0 70.0

60.0
2,500.0

50.0
2,000.0

中間財 中間財以外 中間財が占める


(部品+加工品) (素材+最終財) 割合(%) 40.0

1,500.0

30.0

1,000.0
20.0

500.0
10.0

0.0 0.0

(出所)『通商白書 2019 年版』のデータより作成

81
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展
【日系製造業の業種別海外現地法人数( 2018 年度)】

(出所)『通商白書 2021 年版』のデータより作成

82
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展

【資材調達先別シェア( 2012 年と 2018 年)】

(出所)『通商白書 2014 年版および 2021 年版』

83
反証としてのアジアの発展:
貿易・投資のグローバル化と国際分業の進展

【日系製造現地法人の調達相手別シェア】

(出所)『通商白書 2021 年版』

アジアの工程間分業システムは依然として機能している。しかし日本からの素材・中間
財の輸出による調達シェアは情報通信機械以外は明白に低下し、現地国内調達のシェ
アが上昇。

アジア各国の製造業のレベルが上がることで、日本企業の中間財生産における優位性
が失われつつある。
84
結論

結論:

 途上国の経済発展を実現する条件として、政治主導型の体制(ビッグプッシュがその典型)が必要
と考えられることが多いが、市場が機能している (換言すれば企業が制約を受けずに存分に活動
できる)という点の方が重要かもしれない、という知見がアジアの発展の現実から導き出される。
 世界システム論の主張する世界の二重(三重)構造自体を覆すことが出来るのか否かという点につ
いては未だ答えは出ていないが、少なくとも絶対的な水準では経済を向上させることが出来た。
 この点を考えると、技術が発達し、貿易・投資のグローバル化が進んだ現代世界においては、市場
を活用することが経済パフォーマンスを左右するというのは途上国でも同様に見える。他方、政治
が市場の機能する環境を整える上で重要な役割を果たすという点があるのも否定できない。次回議
論する。

85
第8回

86
アジアの発展をもたらした政治的要因

 「開発独裁」:様々な定義があり、「経済開発という国家目標を設定することで正当性を付与され、
その目標に対し、一定の成果を収めた独裁政治」など。経済発展の成果を挙げながらそれによって自
己の政権の正当性の根拠とし、社会と国民を強力に上からコントロールする政権の抑圧性が特徴。具
体的には、朴正熙政権下の韓国、国民党支配下の台湾、リー・クアン・ユーのシンガポール、インド
ネシアのスハルト政権、マレーシアのマハティール、フィリピン・マルコス政権、タイのサリット政
権など。
 「 development state 」:チャーマーズ・ジョンソンの MITI and the Japanese Miracle ( 1982 )が契機。
国家が工業化推進の役割を担い、官僚機構が産業政策の立案・実施を通じてその役割を果たすという
もの。国家は市場の機能を保証するための規制の枠組みをつくることと理解する新古典派経済学と対
照的。その特徴は、①経済発展を国家の最優先課題とすること、②その課題を達成するために国家が
経済に介入すること、③その成功が社会の政治的圧力から遮断された不合理的で有能な官僚群によっ
て保証されていること、④市場メカニズムの重視、⑤官民協調など。強い国家が前提。分析対象は
もっぱら NIEs で ASEAN は対象外のことが多い。

87
アジアの発展をもたらした政治的要因

 「開発主義」:「開発を特定の国家目標に向けて国民を動員していくための
基本スローガンに据え、これをテコにして個人や家族・地域社会ではなく、国
家や民族の利害を最優先させ、国の特定目標、具体的には工業化を通じた経
済成長による国力の強化を目指すために、物的人的資源の集中動員と管理を
図ろうとするイデオロギー」に則り、①開発に関わる国家機関(官僚機構)
の整備、②国家による通貨・為替管理、③国家による労使関係への介入、④
社会政策の実施を制度化するというもの。

88
経済と政治の相互作用:収奪的制度と包括的制度

アセモグル・ロビンソン [2013] 『国家はなぜ衰退するのか-権力・繁栄・貧困の起源』上・下、早川書房(原著は


2012 年)は、韓国と北朝鮮など、地理的に近接していて、文化的にも近似しているふたつの近い地域が経済発展パ
フォーマンスにおいてどうして大きな違いを持っているのか、その背景要因を議論。豊富な歴史的事例のケーススタ
ディで論理を展開。
 ある国が貧しいか裕福かを決めるのに重要な役割を果たすのは経済制度だが、国がどのような経済制度を持つか
を決めるのは政治と政治制度。
 制度を包括的制度と収奪的制度に区分。包括的制度とは、経済制度としては大多数の人々が経済活動に参加でき、
経済活動を通じて人々は才能や技術を最大限に活用、個人は自ら望む選択ができる。安全な私有財産、公平な法
体系、公共サービスの提供を政府が保証。政治制度としては国民が幅広く参画できる民主的制度を採る。収奪的
制度はその反対概念。
 経済発展を実現した国のほとんどが包括的制度を政治的にも経済的にも採用した国。産業革命の波及についても、
特許権の保護など、発明の成果=私有財産をきちんと発明者に対して保護する制度を導入できていたことが大き
い。エディソンのような「平民」が特許で財をなすことができたというのは歴史的に見ると容易なことではない。

89
経済と政治の相互作用:収奪的制度と包括的制度

 それじゃ、なぜ経済発展に有利だと分かっているのに包括的制度を採ろうとしないの
か(歴史的にも圧倒的に収奪的制度を続けているケースが多い)。ズバリ、収奪的制
度でパイは小さく止まっても、政治権力を独占し、それに基づいて限られた権力層で
分け合うことで得られるそれぞれの利得が、包括的制度で国民全体で分け合った場合
よりも大きいから。既得権益層の変革への抵抗が収奪的制度の維持を支える。
 ポイントは、包括的な経済制度を採った場合、その自由主義からいずれ政治制度にも
影響を及ぼすという点。例えば、アジアの開発独裁の事例で挙がる国々もシンガポー
ルとマレーシアを除くと、多くの国がやがて自らが目的とし、生み出し続けてきた経
済発展の副産物とも言える市民社会の成長とそれによる民主化運動によって倒された。
普通教育の普及も経済発展にとって重要な要因であるが、これも収奪的政治制度への
変革圧力を生む。

90
中国の国家資本主義を巡る論争

アセモグル・ロビンソンの主張に拠れば、中国は収奪的制度の下で驚異的な成長を遂げている例外的な存在(アセモグル・
ロビンソンは中国はいずれ限界にぶつかるとしている)。他方で、中国の発展を(あとロシア、湾岸諸国についても)国家
資本主義( State Capitalism )による成功として位置づける議論などもリーマンショック後盛り上がりを見せた(ブレマー
[2011] 『自由市場の終焉-国家資本主義とどう闘うか』日本経済新聞出版社(原著は 2010 年出版)など)。
とは言え、ロシアと湾岸諸国の成功は豊富な石油・天然ガス資源とその国際価格高騰を背景にした「レント」を背景にした
ものであったことが近年露呈(原油価格が低迷し、 50 ドル/バレルを切る水準であった時期は産油・ガス国の財政赤字問題
が深刻化)。

それでは中国はどうか?
 中国の国家資本主義としての特徴は、①工業化に成功しており、経済体制も比較的バランスの取れた混合体制となっ
ている、②自由資本主義国を上回るような激しい市場競争が展開、③地方政府の間にも企業誘致で擬似的な市場競争
に似た成長競争が機能、④共産党が政治のみならず産官民学あらゆる局面において支配層として利益集団を形成、と
いった感じではないかと。

91
中国の国家資本主義を巡る論争

 この体制のメリットとしては、①新しい産業分野(例えば携帯電話とか)においては、民営企業主体で競争を通じた
効率性の向上、イノベーションによる成長が実現、②レントが発生する産業(例えば資源産業)においては、レント
を企業から国益に資する形で配分することで成長を支援、③キャッチアップ段階においては目標が明確であることも
あり、資源の集中を通じて急速に成果を出した事例も(例えば宇宙開発)、④外資企業に国家として(規制を通じ
て)対峙し、技術移転を促すなど活用(「以市場換技術」)、⑤市場の急変に直面した企業にセーフティネットを提
供(例えば太陽光パネル)など(中国開発銀行が主たるツール=総資産額 80 兆円、貸出残高 108 兆円)。
 他方、デメリットとしては、①国有企業の効率性は低いままに止まりがちで、それなのに逆に国有のシェアが近年に
なって上昇傾向を示す(「国進民退」)、②レントシーキングで企業と支配層がレントを分け合う結果、汚職の額が
半端じゃない水準に(例えば総後勤部谷俊山元副部長の汚職額 200 億元、元政治局常務委員周永康は 1000 億元?)、
③なかなか検証できないが(起こらなかった事象の効果を測るのは難しい)、民間部門の創意工夫に始まるイノベー
ションの芽を摘んでいる可能性も高い(もちろん成功している民営企業はいくつもある。しかしいずれも政治との折
衝コストを相当支払っているものと思われる)、④国家が戦略的観点から保護した産業が空振りした例も少なからず
(例えば自動車産業。 しかし日本でも同様の例はあった=政治の失敗)。

92
中国の国家資本主義を巡る論争

 2000 年代以降に相次いで出された「経済成長は自由主義的経済制度を採用する国で実現する」という一連の研
究でも、中国の事例はどうもうまく位置づけがたいよう。何よりそうした研究で最重要視されている、法の支
配、私有財産が不十分にしか保護されていない状況で、何故規模の大きな民営企業が存在するのか(通常、そ
うした体制の下ではインフォーマルセクターの中小企業が中心となる)、あろうことか外資企業もどうして進
出するのかってのが謎として提示される。個人的には、①あまりに巨大な市場であり、多少のリスクを上回る
リターンが想定される、②地方政府間の誘致競争で、地方政府は企業の活動を支援するインセンティブが存在
する、③これまた巨大な市場規模であるがゆえに、「仕切られた競争」であっても十分に効率性を向上させる
インセンティブを与えることができた、というような中国独特な好条件が存在したためという気がする。途上
国全般に一般的知見として拡大することは難しいし、キャッチアップを超えて今後はイノベーション主導の成
長を目指す段階で通用するか、がカギ。
 なお、国家資本主義によるものかどうか判然としない問題として、経済格差の拡大がある。一見、レントシー
キングの結果にも見えるが、農民の戸籍制度の影響かもしれない。そもそも自由主義国アメリカは格差がより
ひどい(移民で成り立つ国という面もある)。

93
第9回
課題の採点状況
 今回 A は 21 名で前回 29 名より少し減りました。私が中国研究をやってて多
少詳しいということがあるかもしれません(と言っても産業、特にエネル
ギー・環境産業に特化してますが)。それでも新しく教えてもらった動向や視
点があったということです。謝謝!
 配点ですが、前回同様、 A を 20 点(シラバスで示していた配点よりも大き
くなりますが)、 B を 15 点、 C を 10 点としました。そして今回 1 名だけで
すが、D(正直全然課題内容に答えてない)が出現しましたが、まあ、折角
出してくれたので 5 点差し上げました。今回は C を 5 点にしようかとも思っ
てたのですが、Dの出現で、まあ、今回も 10 点にすることにしました。
 前回も言いましたが、 A は 20 点ですが、期末試験はシラバス通り、 55 点満
点とします(前回の資料では 60 点と書いてました、訂正します(口頭では
訂正したと思いますが)。課題で全て満点取った人は期末試験前の段階で 60
点持ち、更に試験も 55 点なら 115 点獲得となります。まあ、 100 点超過し
た分は特に評価に反映されませんが、試験が 30 点でも S が付くことになり
ます。なお、 2 回連続Aを獲得した人は実は少なからずいます、8名です。
 今回は既に Moodle の方に点数を入力済です。ひとりの学生さんが見れない
と連絡してきたけど、他の人からは特にそうした問い合わせが来なかったの
で、多分ちゃんと見れるのだろう、と考えています(私は学生さんの操作画95
面がどんなものか分からないので、皆さんで助け合って下さい)。
ちなみに今回の課題は、
「中国習近平政権の強権化は経済発展にどのような影響を及ぼすか?」

「習近平政権の強権化」については授業で触れていませんが、普段ニュースに
接していれば多少なりとも知識があろうかと思います。改めてここ1年ほど中
国国内の経済状況がどのような状況か、あるいは米中対立で貿易・投資がどのよ
うに変わっているかなどについて状況を調べてリポートを作成して頂けると嬉
しいです。調べた具体性のある記述がなされたものを高く評価すると思います
(もちろんただ、ニュースを羅列するのではなく、そこから課題に関連した知
見を抽出し、影響をどう評価するかが最も重要です)。

授業で説明したこれまでの中国経済の成功要因は何で(もちろん授業では触れ
てなかった重要な点があれば是非ご指摘ください)、それが強権化でどう変
わったのか、具体的に説明した上で今後の経済発展にどのような影響を及ぼす
か、展望してもらえればと思います。

96
優れた回答の内容紹介
 割と多くの方が私の指示を踏まえてくれまして、ここ一年の中国経済の動向
をまとめた上で(でもコピペ的なものも多かったですが。大和総研が大人気
でした)、「習近平政権の強権化の影響」について考察してくれてました。
 多かったのは、ゼロコロナ政策、不動産バブル崩壊(強硬な政策が引き金)、
米中対立の影響から中国経済の先行きは暗い、とするものですね。まあ、標
準的な見方で間違っているわけではありません。一般的なニュースなどの論
調を超えて、講義で話したこれまでの中国経済の成長要因がどう変わるのか
を考察してくれた方も数多くいました。
 あまりうまくリポートとしてまとまってはいませんでしたが、現状の中国経
済が置かれた状況(労賃高騰とか、中所得国の罠とか)をまとめて、先行き
暗いとする内容も多かったです。

97
優れた回答の内容紹介
 また強権化が経済発展にプラス、という逆張り的な意見を書いてくれた人も
少数ながらいました。でもその多くは、結局強硬な政策をいずれ修正するこ
とが前提のような内容が多かったです。
 ただ、その中で一人、「信訪制度」に言及し、「日本の一般人目線では、国
内の政治的不満が募ることで今後民主化するのではないかという予測を見る
が、ある程度人民の意見を取り入れる制度が整っていてそれらが実際に有効
に運用されている以上、少なくとも今後しばらく民主化は達成されない」と
いう意見もありました。よく知ってましたね。ガス抜き、あるいは地方政府
を槍玉に挙げるチャンネルとしてこれまで機能してきました。でも「白紙デ
モ」があれだけ広がったのを見ると、 「信訪制度」 には限界もありそうで
す。他方、中国共産党の社会統治システムは 2003 年の SARS の時に精緻化さ
れたと言われてましたが、今回のコロナで IT 実装され、更に強力になったと
私は考えています。
 また権力集中のメリットとして、「政策が一貫していて中長期的な効果を期
待できる」と指摘してくれた人もいました(この人自身はデメリットが上回
るという意見でしたが)。
98
優れた課題の内容紹介
 強権化のメリットとして、民主主義と経済成長率およびコロナ死者数の関係
を見ると、権威主義体制の国の方が経済成長が高く、コロナ死者数は低いと
いう研究(というにはかなり粗いが)を紹介してくれた人もいます。おもし
ろいね。
 ただ、 2020 年という年であること、コロナウイルスへの反応の人種の差を
加味しないといけないと思います。いまのブラジルは民主的とも思えないと
か、色々つっこみどころあります。
図 1. 各国の民主主義指数と
GDP 成長率( 2020 )・コロナに
よる死者数の関係

99
優れた課題の内容紹介
 強権化、権力集中のデメリットとしては、①「イエスマンが多く、個人(習
近平)の意見が強く、多様な視点が政策に反映されにくく、修正もされにく
い」、②「後継者が育たない」、③「政治腐敗」というところを挙げてくれ
てまして、こうした点から強権化は経済発展を阻害するという意見も多数あ
りました。
 ① はゼロコロナ政策で明らかですね。②は歴史的に見ると後継者(ナンバー
2)が失脚する例は枚挙にいとまがありませんし、今回の常務委員人事を見
てもその感が強いですね。ある人が、「中国も後継者選びが全く制度化され
ていなかったが、それを制度化したのが江沢民。共産党大会は 5 年に一度必
ず開催、国家主席は党主席が兼務、任期を 2 期 10 年」とした、「激しい権
力闘争を行いながら指導者の交代を制度化できたことは世界史的に見ても
稀」と指摘してくれました。そうか、江沢民だったのか、確かにそうかもと
思いました。

100
優れた課題の内容紹介
 ③ は不動産バブルと結び付けて、「 90 年代半ばの土地使用権売買の許可、
使用権払い下げの利益は地方政府の財源、不動産ディベロッパーと結託して
乱開発は政治腐敗の構図」と指摘してくれた人もいました。
 習近平は福建省党委員会の頃から汚職を摘発( 4000 人)していたそうな。
知らなかった。てっきり単に権力基盤確立のためにやっているのかと思って
た。ちなみに 10 年間で 465 万人を処分したそうな(共産党員は 9671 万人)。
 なお、腐敗についてはサミュエル・ハンチントンを引いて「腐敗は経済が急成
長の国で発生しやすく、ある程度経済の効率を向上させ、社会の安定にプラ
スの効果がある」という主張を紹介し、中国が法の支配不在の短所を補った
のは集団指導体制や腐敗のプラス効果ではないか、との指摘をしてくれた人
もいました。公正さはどうあれ、確かにそういう面はあったかもしれません。
 実際、この方によると「 2021 年に合計 480 億ドルの資産を有する中国の富
裕層 1 万人が財産とともに海外移住した」そうで(アリババ創業者の馬雲は
含む?)、確かに腐敗である程度お金を渡しておけば身と財産の安全は保障
されていたのがいまはその保障がなくなった状態と言えるかもしれませんね。

101
優れた課題の内容紹介
 習政権の経済政策の左傾化、「先富論(改革開放)」を否定し、「共同富裕
(毛沢東イズムの復活)」を目指す方針は、全体のパイの成長ができず、
「共同貧困」へ、という意見(このまま言った人はいませんが)も少なから
ずありました。
 2020 年時点で中国の上位 1 %の富裕層が富全体の 31 %を保有という状況を
考えると、そうした軌道修正もやむを得ないかなという気もします。
 しかしその手法が国有企業の復権、「国進民退」ということになるのは問題
ですね。非効率な国有企業のシェアを引き上げることは経済全体を停滞させ
るとの指摘もいくつかありました。
IT プラットフォーマーへの規制強化・
罰金、子供たちのゲーム時間制限、塾
産業をぶっ潰しなど、これまで中国共
産党は特定の産業を禁止することはな
かったのに。
習近平思想を学校で教えるとともに、
英語の試験を禁止するなどの措置も
102
優れた課題の内容紹介
 ある人は、中国の政治経済学の老大家バリーノートン(カリフォルニア大学
サンディエゴ校)の著書、「中国の産業政策の台頭、 1978-2020 年( The
Rise of China’s Industrial Policy, 1978-2020 )」を引用してくれました。有難う、
勉強になりました。
 中国の成長は国の監督当局の賢明な介入を反映したものではなく、計画や産
業政策が提案されたが、非現実的、実現不可能、あるいは機能不全だとして、
最終的に破棄。中国の急成長を支えたのは、むしろ拡大する市場の力であっ
た。当局による経済への直接介入は、 1998 年から 2005 年にかけて縮小し、
ほとんどゼロに。
 ところが 2006 年以降、共産党は方針を転換し、中国の発展を管理しようと
する姿勢を強めている。習近平国家主席の下、脱炭素化から出生率の押し上
げに至るまで、中国の目標は急増しているが、それを達成する手段は今のと
ころない。

103
優れた課題の内容紹介
 その代表例が、「共同富裕」。欧米の市場民主主義には、格差を緩和するた
めの累進課税や社会的移転の精巧な制度がある。中国の所得税は相対的に税
収が少なく、資本所得にはほとんど手を付けていない。中国は 2014 年、こ
の制度を改革する計画を発表したが、結局実現しなかった。
 また、中国当局は農村と都市の格差を縮めるための社会的移転を拡大してお
らず、貧しい地方財政を改善するための小手先の措置しかとっていない。習
氏は、「基本的な公共サービスの平等化」を呼び掛ける一方で、福祉国家は
「怠け者」を育てると警告。再分配の手段を持たない共産党は、代わりに裕
福な企業経営者を締め付け、その多くが政府をなだめるために多額の慈善寄
付を表明した。
 自由民主主義国家は選挙や制度によって政策の失敗を修正できるが、中国に
はそうした制度がない。それでも、 1976 年の毛沢東の死後、共産党上層部
の集団的な意思決定と任期制限によって、独自の自己修正メカニズムを発展
させてきた。しかし、習氏が任期制限を廃止し、権限を集中させるにつれ、
政策にはますます習氏個人の判断が反映されるようになり、政府の他の部分
や民間からの影響は受けなくなった。米中摩擦のさらなる激化など世界経済
の分断が意識される動きが強まるなか、中国経済は『政策の失敗』が相次ぐ
104
形で頭打ちの様相を強めているが、中国の政策運営が均一化された指導部の
優れた課題の内容紹介
 米中対立については、これまで海外に技術や資本を依存しながら発展してき
た中国の勝ちパターンが崩れるという論理ですね。
 実際、中国のサービス輸出は米国の 5 分の 1 、知的所有権の使用で 293 億ド
ルの赤字という状況を見ると、確かに苦しいでしょうね。
 米中対立は当初貿易戦争(関税引き上げ合戦)の様相でしたが、その後、米
中貿易はそれほど減ったわけではありません。ただ、米国商務省による中国
への輸出許可審査で 2017 年は審査件数 3500 、うち許可されなかったもの
612 、平均審査日数 37 日だったのが、 201 年にはそれぞれ
5923 、 1933 、 81 日になっているようで、品目によっては(そしてそれは中
国が是非欲しいものです)、両国の貿易に影響が出ていると考えられそうで
す。

105
優れた課題の内容紹介
 強権化は民間企業を委縮させ、イノベーションを停滞させるという視点も複
数ありました。確かにいきなり召し上げられちゃうのであれば、とても投資
する気にならないですよね。

106
中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

イノベーションの源泉は種々あるけれど、まずは研究開発( R&D )の面で見て


も中国の躍進は著しいものがある。

【アジア主要国の経済発展段階と研究開発費( R&D )支出の関


係】

(出所)戸堂康之 [2014] 『開発経済学入門』新生社

107
中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

【主要国の研究費の推移( IMF 為替レート換算)】

(出所)『科学技術要覧令和 2 年度版』 108


中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

【主要国の研究費の推移( OECD 購買力平価換


算)】

(出所)『科学技術要覧要覧令和 2 年度版』 109


中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

【主要国の研究者数の推移】

110
(出所)『科学技術要覧令和 2 年度版』
中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

【主要国の論文数シェアと被引用シェアの推移】

(出所)『科学技術要覧令和元年度版』
111
中国の研究開発( R&D )とパフォーマンス

【主要国の特許登録件数の推移】

112
(出所)『科学技術要覧令和 2 年度版』
中国のイノベーションシステム:
① 国家資本主義

【主要国の研究者数の組織別割合】

(出所)『科学技術要覧令和 2 年度版』 113


中国のイノベーションシステム:
② 「大衆創業、万衆創意」

【中国のプライベートエクイティおよびベンチャーキャピタル投資額
の推移】

(注)元データは、投中研究院「 2020 年中国 VC/PE 市場数据分析報告」 CVSource 投中数据


(出所)河野円洋 [2021] 「選別が進む深センのスタートアップ(中国)」ジェトロ地域・分析リポート、 https://www.jetro.go.jp/
biz/areareports/2021/0594f459a0d1bf8d.html

114
中国のイノベーションシステム:
② 「大衆創業、万衆創意」

【国別ユニコーン企業割合( 2021 年 3 月)】


インドネシア 日本 スイス ユニコーン企業とは企業価値が
10 億ドル以上ある未上場企業
韓国 1% 1% 1%
1%
フランス
ブラジル 1% その他
7%
2015 年 10 月 142 社
2%

イスラエル
2% ↓
ドイツ 米国 2021 年 3 月 629 社と急増中
2% 50%

インド
中国
22% 米国は 317 社、中国が 137 社
5% と断トツ(日本は 5 社のみ)
英国
5%
上位企業は、頭
条、 Stripe 、 SpaceX 、滴滴出
行、 Instacart と米中企業が上
(出所) CB Insights
位 20 社のうちそれぞれ 8 社、
5 社を占める。

115
中国ディカップリングが世界にもたらす悪影

 しかしこれは過去 30 年くらいの経済繁栄を支えたオープンな社会、グロー
バリゼーションなどなどの社会システムの大変革(大きな後退)であり、米
中のみならず世界に恐ろしいほどのインパクトを与える可能性がある、とい
うことに戦慄を覚える。
 シリコンバレーの雇用数 130 万人のうち、白人系 39 %、アジア系 29 %、ヒ
スパニック 26 %、アフリカ系 2.5 %、更に海外生まれ( 35 %)の内訳はア
ジア 58 %、中南米 32 %、欧州 8 %、オセアニア 1 %、アフリカ 1 %。科学
技術職に占める海外出身者は 60 %(全米平均 21 %)( 2010/2011
年、 Silicon Valley Index )


https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/0594f
459a0d1bf8d.html
)より引用
116
政治経済学Ⅱ第 10 回講義資料
2022/12/16

外部性への対処(1)

気候変動問題

-異なる価値観のアクターの利害調整、
公正の担保の難しさ-

117
気候変動問題の視角
2000 年代以降、気候変動対策が政治課題として浮上、特に 2015 年の COP21
でパリ協定が採択されて以降、気候変動対策がまるであらゆる問題に優先し
て取り組むべき課題であるかのようにマスコミも扱うように。
気候変動対策はエネルギーの利用と密接に関わる。元々(かつて)、エネル
ギー問題で重視されていたのは安定供給と経済性(価格)。その後、環境問
題が加わるが、 90 年代以前は従来型大気汚染問題、すなわち SO2 や NOx と
いった汚染物質の排出問題がその内容であった。
現在の技術では気候変動対策と経済成長はトレードオフ。エネルギーの脱炭
素化は低コストのエネルギー(化石燃料)の利用を制限せざるを得ない。エ
ネルギー問題における「気候変動対策至上主義」(環境保護原理主義)は果
たして正しいことなのか?人々を幸せにするものなのか?
「気候変動対策至上主義」をサポートするものとして、マスコミは往々にし
て SDGs を引き合いに出すが、果たしてその SDGs 理解は正しいものなの
か?

118
気候変動問題の視角
気候変動問題=環境問題→経済学では外部性の問題としてまずは理解。
要するに、社会的に適正な排出量以上に CO2 を排出しているので、その排出
源である化石燃料の消費量を削減しなければならないということ。
しかし誰が消費量を減少させるのか? 通常(炭素税などにより)価格を引
き上げて消費減に導こうとするが、それは公正なのか?
気候変動問題=グローバル、国際問題
→① 各々主権を持つ国々の間で負担配分の決定は困難
②先進国が経済発展過程で CO2 排出という歴史的経緯を考えると、価格効
果で消費削減を進めることに不公正感
③モニタリング困難→フリーライダーの抑制は可能か?
④通常の環境問題と異なり、ある国の排出が世界全体に影響(削減コスト
の低い国で削減していくことで世界全体のコスト最小化の余地)

国際交渉の必要性と有効性
119
気候変動対策の国際交渉の経緯
1992 年 国連気候変動枠組条約( UNFCC )採択( 1994 年発効)(締約国数: 197 カ国・機関)
1997 年 京都議定書採択( COP3 )( 2005 年発効)(締約国数: 192 カ国・機関)
2009 年 「コペンハーゲン合意」( COP15 )
→ 先進国・途上国の 2020 年までの削減目標・行動をリスト化することなどに留意
2010 年 「カンクン合意」( CO16 )
→ 各国が提出した削減目標などが国連文書に整理されることに
2011 年 「ダーバン合意」( COP17 )
→ すべての国が参加する新たな枠組み構築に向けた作業部会が設置
2013 年 ワルシャワ決定( COP19 )
→2020 年以降の削減目標( INDC :「自主的約束草案))の提出期限など決定
2015 年 パリ協定採択( COP21 )( 2016 年発効)
→2020 年以降の枠組みとして史上初めてすべての国が参加する制度の構築に合意
2021 年 グラスゴー気候合意( COP26 )
(出所)外務省資料を一部改変して作成 120
COP26 におけるインドの反旗
2015 年の気候変動枠組条約締約国会議( COP21 )でパリ協定が採択されて以降、
脱炭素への圧力は強まるばかり(だった。ウクライナ侵攻までは)
【年限付きのカーボンニュートラルを表明した国・地域】

(出所)経済産業省「エネルギー白書 2022 」
(図【第 121-1-1 】】)

しかし 2020 年の COP26 の終盤、インドが石炭を始めとする化石燃料の「段階的


廃止」( phase out )という文言を拒否、その結果、「段階的削減」( phase
down )に修正。急進的な脱炭素への圧力に途上国が反旗を翻す契機となった。

121
開発におけるエネルギーの重要性
発展途上国の経済発展=産業化が必要
産業化には安定したエネルギー供給、とりわけ電力供給が重要
再エネ(風力・太陽光)は間欠性(お天気まかせ)があり、安定した電源とは
なりえない(電力構成の一部を占める程度であれば良いが)。
そもそも再エネは系統安定費用を加味すれば割高。
途上国にとっては産業の国際競争力向上や人々の家庭生活を支えるエネル
ギー・電気は安価な方が良い。

したがって、やはり化石燃料を利用する大規模電源が必要
(もちろん再エネの中である程度の規模で安定的に発電できる地熱も良いが、
コスト面、資源面から制約大)

122
再エネの限界
例えば、日本の太陽光。冬場(季節外れの寒波)
3月の需給逼迫は直
2022/03/22 予備率マイナス(使用率 107 %) 前の地震による火力
停止が原因と言うが、
太陽光出力ピーク=正午 179 万 kW =需要の 4 %
太陽光がしっかり出
同日全体で 1.7 %、 LNG 火力 66.8 %、石炭火力 11.1 % 力していれば、問題
一方、ポカポカ陽気の前日 2022/03/21 は なかったもの。
6-7 月は太陽光は役
出力 1256 万 kW =需要の 40 % 割を果たしたが、そ
カンカン照りの夏でも もそもの特性で需要
が引き続き高いのに
2022/07/01 予備率 6 %台に低下 退場するという面で
太陽光出力ピーク 11:25 1354 万 kW =正午需要の 24.8 % 責任は果たせていな
い。
しかし 13 時以降出力低下 ↓
電力需要ピーク 14 時台 5570 万 kW 、太陽光 1126 万 kW = 火力が安定してある
20.2 % 中での、補助的役割
ならともかく、主力
そして 17 時 需要 5166 万 kW 太陽光 293 万 kW = 5.7 % 電源として経済活動
19 時の需要は 4640 万 kW (気温 32.5 度)、太陽光出力ゼロ を支えられるのか? 123
再エネの限界
ちなみに蓄電池で対応しよ
【 EU の電源別発電量推移】
うとした場合(粗い計算で
すが)、
日本の例だが、
太陽光が十分に発電できな
い時間に東京電力管内 1700
万世帯への電力供給を蓄電
池でまかなおうとすれば7
兆円ほどの投資が必要。
同じ金額で 557 倍の出力の
LNG 火力を建設できる。
そして蓄電池の寿命は発電
所よりもはるかに短い。

少なくとも現状のコストで
は非現実的

(出所) Quarterly report on European electricity markets_Q1 2022


https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/energy_climate_change_environment/quarterly_report_on_european_electricity_markets_q1_2022.pdf 124
世界の現状
そもそも 2021 年時点で世界で使われるエネルギーの 82.3 %は化石燃料の燃焼によ
り供給されている。また電気は現代的な生活に欠かせないが、その 61.4 %は化石
燃料で発電されている。途上国では先進国以上に化石燃料への依存度は高い(石
炭は中国によるバイアスあり)。
【 OECD 加盟国( 38 カ国)と非 OECD 加盟国(約 160 カ国)のエネルギー消費量】

(出所) BP Statistical Review of World Energy June 2022 より作成 125


石炭火力の果たしている役割
【石炭火力を利用する主要国の石炭火力依存率(縦軸)・発電量(バブル)と一
人当たり GDP (横軸)( 2020 年)】
%
100 全世界の石炭火力発電量
90 南アフリカ
( 2021 年)に、アジア太平洋
カザフスタン
地域は 77.8 %を占める。
中国を除いた部分でも 25.6 %
80 中国
インド

ポーランド

70

60 インドネシア
石炭火力はアジアの産業化に
伴うエネルギー需要増に対応
オーストラリア
50
ベトナム マレーシア 台湾
40
韓国 日本
トルコ
ウクライナ
30

タイ ドイツ
20
ロシア
米国
10
ブラジル メキシコ スペイン
イタリア 英国 カナダ オランダ
アルゼンチン
0
0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 70,000
ドル

(出所)世界銀行統計および BP 統計より作成
126
石炭火力は環境にマイナスじゃないの?
【中国の大中規模都市の環境状況( SO2 および NO2 )】
【 SO2 】
2013 年 2015 年 2018 年 2020 年

14% 3% 16% 0% 0%
3%
17%

46%
51%

84% 97%
69%

【 NO2 】
2013 年 2015 年 2018 年
2020 年は NO2 の環境
1%
基準は変更され、従来
の 1 級と 2 級が統合さ
18% 21% 15%
23%
38%

61% れ、 98.2 %となった。


61% 62% 従来の 3 級以下は
1.8 %となった。
(注) 2013 年は 74 都市、 2015 年以降は 338 都市の環境基準を達成した都市数の比率
(出所)『中国環境状況公報』各年版より作成 127
石炭火力は環境にマイナスじゃないの?
【中国の大中規模都市の環境状況( PM2.5 および PM10 )】
【 PM2.5 】
2013 年 2015 年 2018 年 2020 年
0%
4%
3% 5%
1%
22%
37%
41%
56%
58%
77%
96%

【 PM10 】
2013 年 2015 年 2018 年 2020 年
0%

15% 5% 7%
23% 24%
30% 43%

65% 50%
85%
53%

(注) 2013 年は 74 都市、 2015 年以降は 338 都市の環境基準を達成した都市数の比率


(出所)『中国環境状況公報』各年版より作成 128
そうは言ってもやはり温暖化対策が必要では?
SDGs の取り組みは大切でしょ?
そもそも SDGs =持続可能な発展目標。
すなわち発展途上国の経済発展を実現するために留意する目標。

129
そうは言ってもやはり温暖化対策が必要では?
SDGs の取り組みは大切でしょ?
確かに、目標 13 「気候変動に具体的な対策を」とあるが、
目標 7 「すべての人々に手頃で安定した、持続可能な現代的エネルギーへのアク
セスを確保する」ともある( 13 と比べて言及されることが少な過ぎるが)。
具体的には、「再エネ割合を大幅に拡大させることを目指しつつ、高効率かつ環
境負荷の低い化石燃料利用技術もクリーンエネルギーとして技術開発と投資が奨
励」されている。
つまり、 SDGs は決して化石燃料を排斥するスタンスを取ってなどいない。それ
どころか、途上国の人々にクリーンな化石燃料へのアクセスを支援する国際協力
を強化することを求めている。

目標 13 にしても、途上国は気候変動(温暖化)に脆弱な国が多いのでそうした
国々で被害が出ないように対策しましょうということ。温暖化進行を抑えるだけ
ではなく、温暖化の被害を軽減する対策(適応策)も重視している。

130
経済学の知見に拠れば
① 気候変動問題についても、被害と対策費用のバランスを考えるべき
→ 途上国にとって経済発展を犠牲にすることの機会費用は巨大
汚染は削減しすぎても社会的には望ましくない。その対策費用を経済発展に
資する投資に回せば経済発展を加速できるため(削減費用上昇による機会費用)

【「最適」汚染排出水準の決定】



界万
削円 限界被害曲線
減/








被 限界削減費用曲線

汚染物質排出量(トン) (出所)筆者作成 131
経済学の知見に拠れば

② 気候変動は長期的課題、時間を味方につけてイノベーションに向けた種を蒔くべき時
→ イノベーションにより限界削減費用を引き下げることでより少ないコストで目的を達
することが可能

③ 被害曲線自体も引き下げることができる、いわゆる適応策
→ 経済発展が災害などへの対応力を飛躍的に引き上げる
例:日本の伊勢湾台風( 1959 年)死者 5000 人以上
2019 年の台風 19 号(ここ数十年で最大規模の水害)
死者・行方不明者 51 人
2022 年の「史上最強クラス」の台風 14 号は 4 人

*「緩和策」vs「適応策」
→ 「緩和策」とは温暖化ガスの排出量を削減して気候変動自体を防止しようとすること。
「適応策」は気候変動自体は容認し、その結果生じるとされる災害などのダメージを縮減
するための対策に投資をすること。現状は「緩和策」に傾きがちだが...。
(「島国」の水没vs移住)。 132
少々暴論に聞こえるかもしれないが

世界の CO2 排出量は中国、米国、インドの 3 か国で 48.7 %を占める( 2021 年)。


こういう状況で、経済規模が小さな国々がその小さなエネルギー需要を支えるた
めに化石燃料を利用することが世界の CO2 排出削減をどれだけ遅らせるという
のだろうか?
(また巨額のコストをかけて CO2 削減したことで得られるメリットは、途上国
が経済発展することで得られるメリットよりも確実に小さいはず)

現在の先進的石炭火力は従来型の大気汚染物質はほとんど排出しない。多くの途
上国にとって化石燃料は SDGs の目標 7 が規定する持続可能なエネルギーである
と言って差し支えない。

133
少々暴論に聞こえるかもしれないが
【エネルギー消費上位 10 か国のエネルギー消費量( 2021 年)】

中国の 2021 年の
エネルギー起源
CO2 排出量

105 億 2300 万ト

世界シェア
31.1 %

(出所 BP 統計から作成。

134
少々暴論に聞こえるかもしれないが
【エネルギー消費起源 CO2 排出量の推移】

(出所) BP Statistical Review of World Energy June 2022 より作成 135


少々暴論かもしれないが
 世界の脱炭素への圧力を強めてきた EU がいまや世界中でガスと石炭を買い漁る現状
ウクライナ侵攻による一時的な事柄というが、実際には昨年から石炭消費量は増加
 途上国は価格高騰した化石燃料を購入できずエネルギー不足に。スリランカの政変、パキスタン・
バングラデシュの計画停電。脱炭素を煽って投資を阻害してきた責任を EU は取るべき

【世界の石炭消費量の推移】 【世界の新規石油・ガス田開発投資の推移】

(出所) IEA, World Energy Investmente 2022


https://iea.blob.core.windows.net/assets/b0beda65-8a1d-46ae-
(出所) BP Statistical Review of World Energy June 2022 より作成 87a2- 136
f95947ec2714/WorldEnergyInvestment2022.pdf
COP27 は大きな転換点となりそう
• ウクライナ戦争の下、先進国、とりわけ EU が世界中で化石燃料を買い漁った
ことで価格高騰、そのあおりを途上国が受ける現状に途上国は怒り心頭。先進
国の欺瞞を糾弾する声が上がる。途上国・産油国が巻き返し、EUの発言力低下。
• EU は緩和策、すなわち 1.5℃ 以下に向けて化石燃料排斥を具体化しようと画
策して、途上国提案の「気候変動の悪影響に伴う損失と損害(ロス&ダメー
ジ)支援基金」設立を呑むも、緩和策強化は結局盛り込めず( COP26 からほ
ぼ進展なし)。 COP15 で合意した先進国の途上国向け資金支援の目標未達
( 2020 年までに年 1000 億ドルが 170 億ドルの未達)も批判される。
• COP21 で生まれた「世界が一致して気候変動対策への取り組み」というス
キームでは隠されていた、現実に存在する先進国と途上国の間の根深い対立が
露わに。 2030 年までに 5.8-5.9 兆ドル必要とされる途上国の気候関連資金需要
への支援を今後の COP で先進国は強く求められる見通し(「ロス&ダメージ
支援基金」は一応この金額の中に含められているように読める)。年間 1 兆ド
ル...先進国は支払えるように思えないが、先進国が支払いに同意しなけれ
ば途上国は今後の交渉に応じないと予想。
• 気候変動の国際交渉は結局 COP21 以前に戻るか、先進国が腹を括ってこれだ
けの巨額の資金負担に応じるか?前者の可能性が高いと見る。
137
まとめ
• 開発には安価で安定供給可能なエネルギーが必要。再エネは特性上、その役割
は担えない。したがって化石燃料の活用を排除すべきではない。
• 途上国は現状、化石燃料にエネルギーを頼っているし、火力は CO2 を除けば
クリーンに使用できる。
• 化石燃料排斥は SDGs の目標 7 の精神に反している。 SDGs は開発を最重視し
ており、脱炭素が全てに優先するかのような風潮は本来 SDGs を相容れないは
ず。
• 途上国には長期的課題である気候変動よりも優先して取り組むべき目先の課題
が数多い。また経済発展は気候変動により生じる被害を軽減することに大きく
寄与することは確実。
• SDGs の理念に照らして、闇雲に脱炭素を推し進めるのではなく、経済発展へ
のマイナス効果も含め対策費用とのバランス、更に長期的課題であることを踏
まえて、当面は(主に先進国が役割を果たすべきだが)イノベーションへの投
資、適応策の果たす役割(先進国による途上国への支援を含めて)の再評価を
行うことが現実的な気候変動対策と考える。
• 途上国には他にも資金を投じて解決すべき多数の社会問題がある( cf. コペン
ハーゲンコンセンサス)=本来これこそ SDGs の思想
• 昨年来、 EU でも急進的な脱炭素の綻びが見られる、今後の推移を注視すべき。
138
まとめ
政治経済学という視点から気候変動問題に関して注視すべき点は、

① 経済学で話すのは、外部性を内部化して社会的に過剰な消費が行われている状況を最適な消
費水準に修正するべきというだけ。そこは政治の役割ということ。
② その手段は規制によるか、炭素税などで価格を引き上げるかということになる。
③ しかしそれを行うために、アクター間で価値観が異なっている状況で、どのようにその利害
調整を行うのかは経済学では答えが出ない。
④ 気候変動問題については、明らかに先進国と途上国は価値観が異なる。途上国は経済発展最
優先(当然だ)、気候変動対策はその費用をこれまでの歴史的経緯から先進国が負担すべきで
その前提でのみ対策をするというスタンス、 EU などは環境のために経済成長を犠牲にするこ
ともいとわない(もっとも国民が本当にそう思っているかは別)ということ。この中で、両者
を妥結に導く方法は本当にあるのか?
⑤ 手段としては、全世界に適用できる規制などがモニタリングの難しさ(フリーライダーの発
生)から不可能なことを考えると、炭素税など価格引き上げを通じた対策が現実的。しかしこ
れまで CO2 を排出して豊かになった先進国は消費を続け、途上国は消費を減らすよう求められ
るということで公正さを欠く。
⑥SDGs の悪用を見ると、それでも「環境危機」などのワードは人々を飛びつかせる効果があり、
間違った価値観で政治が進む恐れがあることも肝に銘じてちゃんと見極めるようにしたい。
139
政治経済学Ⅱ第 11 回講義資料
2022/12/23

市場活用の効率性と安定性のトレードオフ
-電力自由化の功罪-

はじめに
① 電力事業はなぜ地域独占・公益事業になっているのか?-自然独占
② 電力自由化の背景-自然独占条件の喪失?
③ 電力自由化の実際の経緯とその効果
④ 電力自由化は供給安定性を破壊?
はじめに

近年、停電間際まで追い込まれる事態が頻発している我が国の電力需給。一体何
故こうなった?

重要な要因として指摘できるのは、
① 再エネの導入拡大(不安定性拡大)
② 火力の低迷(稼働率低下による効率性低下)
② 原子力再稼働の遅れ(供給力不足、脱炭素圧力増)

そしてこの状況は、我が国の電力産業をより良いものとするために実施されたは
ずの「電力自由化」が問題を生み出し、深刻化させたと言える。
電力事業はなぜ地域独占・公益事業に
なっていたのか?-自然独占
電力事業を地域独占・公益事業とすることが正当化される理由
=規模の経済性(費用の劣加法性 C(Q) < ΣC(qi) )
(1) 工場レベルの規模の経済性
→① 生産設備の建設費用において規模の経済性が存在
( 0.6 乗比例に関わる経験則: 2 倍→ 1.516 倍、 3 倍→ 1.933 倍、
10 倍→ 3.981 倍)、
②分業の利益、③学習効果

(2) 企業レベルの規模の経済性
→① 原材料の大量購入、②大量販売、③資金調達上の優位性ないし資本費用の低下、
④在庫管理の効率化、⑤経営管理者や技術者の専門化、組織的な社員教育
電力事業はなぜ地域独占・公益事業に
なっていたのか?-自然独占
規模の経済性に加え、巨額の固定費用を要する装置産業であるがゆえに、電力産業の
平均費用は相当の生産量水準まで低下を続ける。
最小最適規模(=平均費用の低下が止まる生産水準)が市場需要に比して大きい場合、
自然独占と呼ばれ、独占が社会的に効率的ということになる。
(もうひとつ、電力産業の場合、送配電網の整備は競争的に行うと重複投資による資
源の浪費の可能性があること、また電力系統システムの整合的運用の確保という面も
ある)
電力事業はなぜ地域独占・公益事業に
なっていたのか?-自然独占
但し、当然のことながら平均費用の逓減を享受するとともに平均費用曲線そのもの
を下方シフトさせる技術革新、経営改善が望まれるのはもちろんであり、そのため
にヤードスティック競争などのインセンティブ規制が導入されてきた。
電力自由化の背景
-自然独占条件の喪失?
SCE 指標=平均費用と限界費用の差によって規模の経済性の有無やその大きさを判断
しようとするもの(←規模の経済性が成立するときは平均費用>限界費用となること
を利用)
SCE≡ (平均費用-限界費用)/平均費用=1-限界費用/平均費用
→ 実証分析の結果は、発電部門の規模の経済性の消失は明白。他方、送配電部門は依
然規模の経済性を保持し、垂直統合による経済性は拡大している。
この結果から発電部門については自由化することが望ましい可能性が高いことが示さ
れる。

(出所)後藤美香・井上智弘
[2012] 「電気事業の構造改革
に関する経済性分析-わが国
電気事業の費用構造分析-」
電力中央研究所報告 Y11009
電力自由化の背景
-自然独占条件の喪失?

なぜ電力産業において、とりわけ発電部門で規模の経済性が喪失したのか?
① 設備稼働率の低下(←需要構造の変化=ピーク・オフピークの差が拡大)
② 従来型発電技術のボトルネック
(送電コスト低下<発電コスト低下が成り立たない)
③ いわゆる大企業病?
(そもそも日本の電力会社は世界的に見て突出して大規模。おまけに福島原
発事故の後、露見した総括原価主義の下での様々な無駄遣いの存在)

小規模分散型で熱供給も含めた電源の参入を可能にという点から電力自由
化が企図された
(他に有力な参入者として、製造業の自家発電電源←熱電併給可能なども)

色々な自由化のタイプがあるが、基本的には発送配電の一貫体制から発電―
送配電と分離、送配電網は共通インフラとして託送量を支払うという体制が
主。
電力自由化の実際の経緯とその効果

147
(出所)「電気を選ぶ .jp 」( http://denki-erabu.jp/)、エネチェンジ( https://enechange.jp/ )
電力自由化の実際の経緯とその効果

【新電力のシェアの推移】

(出所)資源エネルギー庁「電力・ガス小売自由化の進捗状況について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料) 148


元データは電力取引報
電力自由化の実際の経緯とその効果

【小売電気事業者の登録数の推移】

(出所)資源エネルギー庁「電力・ガス小売自由化の進捗状況について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料)


149
電力自由化の実際の経緯とその効果

【卸取引市場における取引量の推移】

(出所)資源エネルギー庁「電力・ガス小売自由化の進捗状況について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料) 150


電力自由化の実際の経緯とその効果

(出所)消費者庁ホームページ
http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/ko
kyoryokin/doc/004_160629_shiryou2.pdf
資源エネルギー庁「日本のエネルギー
エネルギーの今を知る 10 の質問」
電力自由化の実際の経緯とその効果

【スポット市場価格の推移】

(出所)資源エネルギー庁「電力・ガス小売自由化の進捗状況について」 2022 年 10 月 17 日電力・ 152


ガス基本政策小委員会資料)
電力自由化の実際の経緯とその効果

【新電力の主要 10 社の決算】

(出所)資源エネルギー庁「電力・ガス小売自由化の進捗状況について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料)

153
電力自由化の実際の経緯とその効果

 電力自由化の字義的な意味、すなわち電力産業への参入規制が緩和され、
参入が増加するという点では明らかに成果はあった。
 しかし電力自由化の本来の目的が電力価格の引き下げであったことを考
えると、判断の難しいところ。部分自由化の段階では順調に価格は低下、
しかし 2010 年代は再び上昇、 2016 年に全面自由化が実現したにもかか
わらず、である(原発の停止は影響しているだろう)。ほぼ燃料価格の変
動と一致。
 それどころか価格が急騰する局面も増え、価格のボラティリティは大きく
拡大。
 その原因は、参入した企業=新電力の多くは単なる小売事業者であった
ことにある。その帰結は卸売市場からの電力購入の大幅な拡大。
 結局のところ、参入した新電力企業がいくら多くても、小売企業は自ら
発電しないので、電力価格の引き下げに寄与しない。それどころか、燃
料価格高騰の中で、再エネの出力低下で卸売価格が急騰した際、きちん
と契約ユーザーに電力を供給することができず(現在の制度では旧一般
電力が代わって供給し、後日ペナルティを含めた費用を請求する)、大
154
電力自由化は供給安定性を破壊?

【再エネ発電所の発電実績および発電事業者数の推移】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料)


155
電力自由化は供給安定性を破壊?

【火力発電所の発電実績および発電事業者数の推移】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料)


156
電力自由化は供給安定性を破壊?

【設備利用率の変化】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料) 157


電力自由化は供給安定性を破壊?

【小売全面自由化後の火力発電所の廃止実績】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガ


158
ス基本政策小委員会資料)
電力自由化は供給安定性を破壊?

【今後 10 年間の火力供給力の増減見通し】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガ 159


ス基本政策小委員会資料)
電力自由化は供給安定性を破壊?

 新電力の多くは自社で発電能力を持たない小売事業者であるが、発電事
業者は一応大きく増加、この点でも自由化の字義的な意味では成果が
あったという評価はできる。
 しかしその事業者の多くは再エネ事業者で、既にお話した通り、再エネ
(ほとんどが太陽光)は安定的な供給ができない、そのため再エネの出
力が急低下した際には電力需給が逼迫、価格は急騰してしまう。
 更に再エネ拡大で火力の稼働率は大きく低下、採算性は悪化し、そこに
高すぎる 2030 年の脱炭素目標が加わり、火力の退役が進む。
 再エネが安定供給の役割を果たさないばかりか、火力の採算性を悪化さ
せることで安定供給を更に損なっている、これが近年の停電危機の構図
 そもそも電力自由化という競争メカニズムと脱炭素政策の一環として FIT
による再エネ導入という相矛盾する政策を並行して進めたことが問題の
根源
cf.固定費用vs変動費用、平均費用vs限界費用
 そこで再エネ事業者にも安定供給のコストを負担させようとして容量市
場の制度導入が進みつつある。しかしこれも再エネに傾倒する河野太郎
160
電力自由化は供給安定性を破壊?

【容量市場の仕組み】

(出所)資源エネルギー庁「安定供給に必要な供給力の確保について」 2022 年 10 月 17 日電力・ガス基本政策小委員会資料)


161
政治経済学の視点から見た
電力自由化の評価

 電力自由化は市場を活用して効率性の向上を目指す目的で行われた。
 他方で、ほぼ同時期に再生可能エネルギーの導入拡大を目的に、政治的
に決定された価格で全量買い取りをする FIT を推進。
 市場と政治という相反する制度を併用したことで問題が複雑化。
 そういった制度上の不備があったとはいえ、電力自由化で異なる特性を
持った電源間で競争させることは、ある特定の電源への偏りを生む、あ
るいは競争で多くの発電所が採算ギリギリで疲弊する、という事態は想
定可能だったはず。
 市場メカニズムを導入した以上、価格の急騰を小売価格に反映すること
が前提だが、実際には日本はもちろん多くの国でそれが可能な状況と
なっていない(現在の電力料金高騰で補助金を入れるくらいだから)。
市場活用の負の側面も受け入れる覚悟なき自由化はうまくいくはずがな
い。
 容量市場の創設で安定供給を確保しようというのが当面の対策だが、事
業者にとってメリットがどこまであるものか?総括原価主義では自然に行
われていたことをわざわざ市場で行おうとすることの無理がありそう。
162
政治経済学Ⅱ第 12 回講義資料
2023/01/13

外部性への対処(2)

知的所有権

-特許が社会経済の発展を阻害する可能性-

163
そもそもなぜ知的所有権制度は存在
するのか
• 研究開発の成果は知的財としての特性からフリーライドが可能。つまり私的費用に
よって賄われるのに(実際には必ずしもそうでもないのだが。後述)、公共財のよ
うに流通してしまうので費用回収ができない→その結果、過少供給に陥る恐れ。
• そこで一定期間、研究開発により得られた新製品、新サービスの独占的供給を認め
ることで研究開発の費用回収を可能にしてあげよう、でないと経済社会の改善に資
するイノベーションが生まれてこなくなっちゃうからねというのが知的所有権(特
許)制度の必要性。
• もちろんこれって経済学で社会的厚生を阻害(死加重を発生)するとされる独占価
格をイノベーションの社会的効用と引き換えに認めるってことなので、あくまで一
時的な措置に限ることになる(その意味で、オプジーボの薬価引き下げは合理的。
ただ、そうしたやり方を制度に組み込んでなかったのに断行したのは問題)。

164
そもそもなぜ知的所有権制度は存在するのか
【独占レント】

(出所)武田巧 [2013] 「レントとレント・シーキング理論の系譜」(中村文隆編著『レントと政治 165


経済学』八千代出版、第 1 章所収)より引用
知的所有権制度なしにイノベーションは
生じ得ないのか?
• この経済学の一般的な想定では、パクリはイノベーターのインセンティブを萎えさ
せ、イノベーションを阻害することになる、なぜなら独占価格による利益確保の一
部(場合によっては大部分)を掠め取ってしまうから。
• しかしラウスティアラ・スプリグマン [2015] はこの経済学の想定に対し、非常に
興味深い反論を行っている。まず世の中には、知的所有権がほとんど全く保護され
ていない状態であっても活発なイノベーションが行われている事例が多数存在する
ことを指摘。ファッション、料理、コメディ(日本の事例なら落語)、映画などな
ど。音楽もメジャーレーベルの売上高は確かに激減したが、かつてと違って音楽で
生計を立てているアーティスト(あるいは YouTuber という形で)の裾野は大きく
広がった、イノベーションは活発だ。

166
知的所有権制度なしにイノベーションは
生じ得ないのか?
• その要因として同書は以下の 6 つを指摘。①トレンドと流行を引き起こす力、②社会的
規範の存在と効果、③製品ではなく体験、パフォーマンスを供給、④オープンソースに
よるイノベーション(ウィキペディアvsエンカルタ)、⑤先行者優位性(コピーされ
るまでに十分な利益を確保。あるいはデファクトスタンダード・正のネットワーク外部
性)、⑥ブランドと商標の力
• これら 6 つの要因があれば、イノベーターは特許などの独占価格による利益が確保され
ていなくともイノベーションは生じる、とする。それどころか、みんながパクリ合うこ
とで逆にイノベーションが活発化するという逆説にまで論を進める(ファッションに
至ってはパクリがなければむしろイノベーションは停滞する、とまで)。
• パクリと言えば中国?中国に限れば(あるいは経済のグローバル化を踏まえれば?)、
市場の巨大さもイノベーションの果実を早期に回収できる状況を準備し、イノベーター
のインセンティブになっている可能性もありそう。加えて、人間の楽観バイアスでイノ
ベーションの成功確率が高めに感じられること、イノベーションに必要なコストが急速
に低下していることも重要な要因と考えられる。
• 確かにこうした条件があれば、独占レントによらずイノベーションのモチベーションを
維持することが出来そう(但し、イノベーションのコストが巨額に上る医薬品などを
別?)。
167
知的所有権制度なしにイノベーションは
生じ得ないのか?
• またイノベーションの中でも破壊的イノベーションはともかく、持続的イノベーション
については多数の参加者の少しずつの貢献を組み込んでいく方が明らかに効率が良さそ
うだ。シェンカー [2013] によれば、基礎研究ではなく製品化プロセスではむしろ模倣
しながら切磋琢磨する方が製品は短い時間でどんどん品質が向上し、完成に向かうとい
う主張が展開されている。実際にそうだと思う、イノベーションの最初のステージ(何
もないところにコンセプト、目標を設定)は非常に困難だが、そこを越えると目指すべ
きところは明確なので、多数で競争しながら進めていくのがいいような気がする。
• このあたりの議論も踏まえると、中国で展開されているのはいまや単なるパクリに止ま
らず、ユーザーの希望を汲み取った改良をみんなで付け加えていく過程、まさしく「大
衆創業、万衆創新」が展開しつつあると見ることもできる。深圳は製造業については安
価な部品とその加工組み立てを小ロットで受注する EMS の一大産業集積があり(有名
な華強北は秋葉原の 30 倍の電子部品街。ドローンを開発した DJI もそうしたサプライ
チェーンのインフラが利用できなければ起業できなかった可能性大)、更にソフトウェ
アや IT サービスも少なくとも日本を超える水準に達している。単なるパクリも多いが、
それでも驚異的な多数の起業家がほんの少しでも他と違うアイデアを商品・サービスに
しようとしのぎを削っている状況が生まれつつある。

168
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
• そして近年、知的所有権制度が社会経済発展の障害となる構造が生まれ
つつある。
• 特許申請数は 90 年代後半以降、急激に伸びているが、研究開発費の伸びとは乖離
が拡大=つまり、大したことない内容の技術が特許申請されている可能性大。背景
に特許の「軍拡競争」=特許紛争の増加→競合他社牽制のために特許出願→ますま
す特許紛争増加→クロスライセンスのために更に特許出願増加→果てはパテントト
ロールまで出現→結局、医薬・化学を除けば特許収入が特許維持コストを上回る状
況...て、特許が全然研究開発費の回収に役立ってない(医薬が多額の収益を挙
げているのは別の問題。後述)。競合他社が特許で攻撃してくるから、こちらも防
御的に特許申請するんだけど、それを見た競合他社がまた防御のために特許申請す
るという、まさに「囚人のジレンマ」状態。

169
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
【アメリカの特許出願件数と研究開発費用の推移】

(出所)イノベーションと知財
政策に関する研究会 [2008]
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
【アメリカ企業の特許収入と訴訟コストの推移】

(出所)イノベーションと知財政策に関する研究会
[2008]
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
• 更に、そもそも本当に研究開発は私的費用によって賄われているのか、という議論。
本当に私的費用で賄えない公共財のような基礎研究は実は多くが公的費用により賄
われている(アメリカでも基礎研究に限れば、連邦政府 57 %、大学など 15 %、そ
の他非営利資金 11 %と公的費用が 8 割を超える)。
• マッツカート [2015] によれば、ベンチャーキャピタル?あいつらはイノベーショ
ンの帰趨がほぼ固まってから現れて、基礎研究の成果を基に製品化するところだけ
にカネ出してるだけ。ちょっとでも収益化遅れるとすぐ逃げ出すし。儲けた分は社
会(基礎研究)に還元せずに自分のポケットに納めるフリーライダー、ってことに
なる。アップルだって、技術開発ではなく単にデザインで売ってるだけ(アップル
の売上高 R&D 比は 2.8 %!、マイクロソフト 13.8 %、グーグル 12.8 %とエライ違
い)。 iPhone を支える技術はほぼ全て国家による基礎研究が由来。それなのにタッ
クスヘブンをフルに使うなどして税金逃れをして利潤極大化を追求。

172
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
【アップル製品を支える技術の由来】

(出所)マッツカート [2015]
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
• 改めて考えると、かつてアメリカには基礎研究を行う企業の研究所が存在したが
(ベル研究所、パロアルト研究所など)、現在は基礎研究を行う資金的基盤は失わ
れ、応用研究が中心。株主主権の下、短期的な利益最大化を企業が重視するように
なった結果。基礎研究に近いイノベーションはスピンオフ企業や大学や政府系研究
機関からのみ。オープンイノベーションはスローガンとして聞こえが良いが(正直
私もそう思ってた)、実際にはこうした大企業のイノベーション軽視(と言うより
も、国家プロジェクトへのフリーライド)から生まれた戦略に過ぎない。
• 最もえげつないのは医薬産業。アメリカの新薬のうち 75 %がアメリカ国立衛生研
究所( NIH )の研究費を使って開発された新規化合物を基としている。それなのに、
医薬メーカーは製品特許を登録、 NIH には 0.5 %程度の特許使用料を支払うのみで
暴利を確保。ひどい例としては、 NIH の発見を製品化した稀少疾患の医薬品で年間
35 万ドルという価格設定で売り出したケース。公的資金から始まった医薬品がほと
んどの国民が使用不可能な金額で売り出されているという不合理。医薬メーカーは
近年どんどん研究機能を縮小、基礎研究は国家に任せ、自らは製品化のみを行い、
浮いたカネは経営者のストックオプションや自社株買いに充当。

174
知的所有権制度が社会経済の発展の障害
となる場合
• こうした企業のぼったくり状況を見ていると、基礎研究はもっぱら公的資金を使
用して大学と政府系研究機関によって担う体制とし、その成果は公共財として社会
に幅広く提供、企業の製品特許は認めず、その結果独占的供給を認めず、自由に競
争させるという方がいいんじゃないの?という気がしてくる。消費者は新製品を安
価に享受することができるので消費者余剰は拡大するし、何より死加重が生まれな
い。シェンカー [2013] によれば、実際には基礎研究ではなく製品化プロセスでは
むしろ模倣しながら切磋琢磨する方が製品は短い時間でどんどん品質が向上し、完
成に向かうという主張が展開されている。実際にそうだと思う、イノベーションの
最初のステージ(何もないところにコンセプト、目標を設定)は非常に困難だが、
そこを越えると目指すべきところは明確なので、多数で競争しながら進めていくの
がいいような気がする。
• その方向性で考えると、中国の国家資本主義体制はイノベーションに国家が強く
関与するとともにその成果を国家が回収、あるいは価格引下げで消費者に還元する
という点でメリットも多いと考えることも出来そう。またパクリの許容も製品化プ
ロセスでのパクリ合いは早めに製品の使い勝手の向上と価格引下げの点でベターか
もしれない。

175
レントとレントシーキング

レント=超過利潤

それではレントは何故生じるのか?
→ 財やサービス、あるいは生産要素といった投入物の供給が、短期でも長期で
も、価格に非弾力的な場合
→ 供給が時間を問わず固定的であれば、価格は需要によってのみ決まり、希少
性が続く限り、レントも存在し続ける

そしてレントが生じるケースは二つに大別できる
① 経済活動の中で市場を通じて発生する場合
例:イノベーション
② 市場を経由せず希少性が人為的に作り出される場合
例:政府の規制(許認可、免許、登録制度など)、保護貿易政策
=市場への自由な参入を制限することで供給を制限して希少性の創出
そしてこのふたつの大きな違い
① はレントの存在が新たな参入を促し、市場競争を通じてレントはいずれ消失
② は希少性の存続期間は政府の裁量次第
176
レントとレントシーキング

レントシーキング
=「供給が固定的な要素に対する権利を保有または獲得するための努力」
「個人や企業が政府に働きかけてレントやその他の優遇措置を引き出そうと
すること」
「レントを創出、維持、移転しようとして費やす資源、努力、支出」
他方、
経済主体がレントを追求することは経済合理的行為
とりわけ先の①のレントについては社会的にも正当な利潤追求(プロフィット
シーキング)
問題は②の「政治的レント」で、この場合レントシーキングは「新たなレント
の創出を政府に働きかけたり、既得権益としてのレントの維持を求めたり、あ
るいは他者の享受するレントを自らの手中に収めようとしたりする目的で、時
間や資金といった希少な資源を費やすことで超過利潤を追求する行為」という
ことになり、具体的にはロビイング、陳情、政治献金、あるいは賄賂やヤミ献
金など非合法な形を取ることもある。

177
レントとレントシーキング

レントシーキングの何が問題かと言えば、
プロフィットシーキングの場合、時間や資金は生産活動に投入され、生産、所
得、雇用の拡大につながり、社会的便益を生み出す
他方、
レントシーキングの場合、投入される資源は生産活動から漏れ、非生産的な目
的に投じられ、社会的便益を減少させる

この講義で一貫して流れる問題意識、「市場の資源最適配分機能を『ある価値
観(目的)』のために制限する政治の是非を考える」上で、レントシーキング
は経済学的な視点から整理できるという点で有用
(但し、すべてではない。例えば、格差問題などはレントの問題では説明でき
ない)

178
レントシーキングの類型

【独占によるレントとレントシーキング】

通常、経済学では独占による社会的費用
は ABC の死荷重と認識
レント= P1ABP0 は消費者から独占企業
への所得移転に過ぎない(ハーバーガー
の三角形)
しかし
現実には(理論的には)独占企業は
P1ABP0 を上回らない額でレントを維持す
るためのレントシーキングを行っており、
それは生産の効率化に用いられることが
ない点で社会的費用と考えるべきとの考
え(タロックの矩形)

(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-


132
179
レントシーキングの類型

【関税によるレントシーキングによる効率低下】

自由貿易の下では価格は Pj 、消費量
Q0 、国内企業の販売量 Q1 という均衡と
なる。
国内企業が自らの販売量を増やすべく政
府に働きかけて関税がかかれば、価格は
P’j に上昇、消費量は Q’0 に減少、但し国
内企業の販売量は Q’1 に増加する。
関税引き上げによる影響は通常、 FGH
と BCE の死荷重と言われるが、消費者余
剰は PjHFP’ j分減少しており、そのうち
CFGE は関税収入として政府に帰着する
が、 PjBCP’ jは国内企業の生産者余剰に
変わり、これが関税によるレントという
ことになる。

(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-


132
180
レントシーキングの類型

【天然資源レント】 例えば講義でも取り上げた漁業。
魚の販売価格は一定、限界費用が右
上がりなのは漁獲量が増えると魚が
減り、漁獲コストが増えていくと想
定。
この場合、社会的に適正な漁獲高は
限界費用が価格と一致する Q1 となる。
この際、生産者余剰に当たる ABC が
レントとなる。
しかし漁獲枠が設定されていない
(日本のような)場合、限界費用が
価格を上回っていても固定費用を一
定程度回収できるため、平均費用と
価格が一致する Q2 まで漁獲量が増え
てしまい(場合によっては平均可変
費用と一致する水準まで)、漁業の
レントは ABC - CDE となり、負にな
(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング る可能性が高い。
理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-132 このケースはレントの存在が資源配
分の効率性をもたらし、むしろレン 181
レントシーキングの類型

【移転レント】

税金を課すことは企業の限界費用
を引き上げ、死荷重を生むととも
に、税収という形で政府を介した
所得移転を生む(当たり前の話だ
が)。
正直この話をレントとして扱うの
は完全に理解できていないという
のが正直なところ。

(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-


132
182
レントシーキングの類型

【シュンペーターレント】
図ではイノベーションは費用面
での優位(低コストでの生産が
可能)と想定、市場価格は P1 、
イノベーションに成功した企業
は P2 での生産が可能なので、当
面 ADP1P2 のレントを獲得できる。
他企業が追随すれば市場価格は
P2 に下がり、消費者余剰は拡大。
このシュンペーターレントは企
業がイノベーションに投資する
インセンティブとなる。
しかし特許などで P1 から P2 への
転移を妨げた場合、概念的死荷
重が顕在化し、社会の効率性を
悪化させる。

(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-


132
183
レントシーキングの類型

【学習レント】
学習レントが想定しているのは途上
国が先進国の技術の学習を促進する
ため途上国政府が設定するレント。
政府が出す直接的補助金、低利融資、
輸入関税など。
レントが付与されなければ、途上国
企業の選択する技術はリスクの低い
既存技術になりがち。政府はリスク
が高くとも学習が進めば生産性向上
に大きく寄与する先進国技術の導入
を促すため、 ABCD を上限とする補
助金を支給。
輸入量は Q2 から( Q2 - Q1 )に減少、
国内企業が Q1 供給。いずれ学習効果
で国内企業が外国限界費用で供給可
能となれば生産者余剰 APQ が国内企
業の生産者余剰となる。
(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング 効果はそれと学習レントを支えるた
理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-132
めに支出した補助金合計と比較する。 184
レントシーキングの類型

【レントシーキングの類型】

*モニタリング・レントに
ついては割愛。ちょっと
レントの定義を逸脱して
いるように思うので。

(出所)武田巧 [2010] 「レントとレント・シーキング


理論の再定義」『政経論叢』 79(1-2) 、 pp.85-132

185
中国の強さ(?)をレントの管理で考えると?

以上の議論を踏まえると、レントをうまく設定し、管理することで市場機能を活性
化したり、補完したりすることが可能ということになる。

改革開放期の中国が急速な経済発展に成功した一要因として、移転レント(まあ、
税収を他の成長分野に移転するということはレントかどうかはさておき、中国のみ
ならず日本でも有効だった)や学習レントが大きな役割を果たしたのは間違いない。

また 2000 年代以前は主な経済主体が国有企業であったことも有効だったかもしれな
い。独占レントや学習レントを設定して、その対象を政府のグリップが効いている
国有企業を中心とすることでそのレントを効果的に管理することができたと考えら
れる。

一方、レントシーキングは過去 10 年間で汚職で立件された共産党員が 464 万人


( 2022 年 10 月時点)というから猖獗を極めていて、中国のウィキで汚職金額が 1
億元を超える 56 名、最高 74 億元とあったりする(実際にはもっと金額が巨額の案
件もあった記憶が...)。そして具体的な事例を思い起こせば、レントのおこぼ
れをもらおうとする動機が贈賄側は強いような気がする。

186
中国の強さ(?)をレントの管理で考えると?

レントシーキングのことを考えると、やはり普通は企業の(特に民間企業の)モチ
ベーションを削ぐ形になるはずだが、中国の場合は講義でも以前指摘した通り、あ
まり巨大な市場という特殊要因があったのだろうか?(更なる考察が必要)。

また 2010 年代以降(要するにほぼ習近平政権期)については、シュンペーターレン
トを民間企業から取り上げるべく、様々な規制と罰金(果ては寄付の強要)を課し、
民間企業のモチベーションを大幅に低下させているということができる。

レントもレントシーキングも定量的に把握しがたいのが玉に瑕だが、視点として用
いることは色々と現実の事象をすっきり整理した形で理解できるように思う。

187
政治体制の影響

【自由度別国数の推移】

(出所)石附賢実 [2022] 「世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と権威主義の台頭( 2022 年版


update 」『ビジネス環境リポート』第一生命経済研究所、 2022 年 4 月。元データは Freedom House [2022]
"Freedom in the World 2022”

188
政治体制の影響

【世界 GDP の自由度別構成比の推移(名目ドル建て)】

(出所)石附賢実 [2022] 「世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と権威主義の台頭( 2022 年版


update 」『ビジネス環境リポート』第一生命経済研究所、 2022 年 4 月。元データは Freedom House [2022]
"Freedom in the World 2022”

189

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